カテゴリー別アーカイブ: 裁判

◆9/4の第21回口頭弁論のお知らせ

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大飯原発差止訴訟[京都地裁]の原告の皆さまへ
次回 9/4(火)の裁判期日のお知らせ
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第21回口頭弁論について

9/4(火)14:00より,京都地方裁判所において開かれます。
多くの皆さまにご参加いただきますよう,ご案内します。

◆次回の法廷の概略…次の通りです。

(1)原告の意見陳述…京丹後市の西川政治さん(丹後ふるさと病院)「病院における原子力防災」について。前回の予定が順延になったものです。丹後ふるさと病院は,特別養護老人ホームふるさと,介護ステーションふるさとを併設し,医療と福祉を結ぶ連携体制をとっています。

(2)弁護団から(予定)
①7/4名古屋高裁金沢支部の判決への批判。
②国家賠償法上の違法と損害の問題。
③地盤特性,地震についてなど関電の主張に対する反論。


9/4の裁判に参加する方法…以下,三つの方法があります。

[1] 原告席…法廷の中で柵の内側に,原告として入ります。被告の正面になります。

・原告団が氏名を裁判所に通知します。希望される場合は★8月26日(日)★までに電話,FAX,葉書などで末尾記載の事務局宛ご連絡ください。
・E-Mailでの応募と合わせて先着順とし,定数に達するまで募集します。
・合計35名ほどの原告が参加できますので,先着順で定数に達するまで募集します。

【注意】2017年に原告申込をされた方(=第六次原告)も,原告席に入ることができます。

[2] 傍聴席…法廷の中で柵の外側。88席あり,そこに入るには,裁判所が抽選を行います。

・13:20~13:35の間に,京都地裁正面玄関前で,抽選リストバンドが配布されます。
・13:35からの抽選,傍聴券の配布は,地裁の北側正面玄関前となります。
・傍聴席は,原告でない方も,誰でも抽選によって参加することができます。
・傍聴席に入ることができなかった場合は,下記の模擬法廷にご参加ください。

★傍聴におこしください★ 最近の口頭弁論では,関電の関係者と思われる傍聴希望者が20名ほど来ていて,抽選の結果,10数名が傍聴席に入っています。関電の社員に私たち原告の主張を聞いてもらうのは良いことですが,原告の皆さん,脱原発を願う支援の皆さんの傍聴機会がなくなるのは困ります。3/27の傍聴席は,脱原発の声で埋めたいと思います。原告席に参加されない場合でも,ぜひ傍聴にご参加ください。

[3] 模擬法廷…弁護団が用意します(法廷と同じ14:00開始)。

そこに参加するには,
・京都地裁の構内の南東角にある「京都弁護士会館・地階大ホール」へ,直接おこしください。
・法廷よりもわかりやすく,弁護団が解説します。
・事前に提出されている被告(国や関電)側の書面があれば,その解説も行います。


報告集会の開催

・法廷の終了後(15:00頃から)「京都弁護士会館・地階大ホール」にて報告集会を開催します。
・裁判に関するご質問なども,弁護団から説明いたします。


開廷前のデモ

・市民に脱原発を訴えるため,従来通り,12:10 までに京都弁護士会館前(京都地裁構内の南東角)に集合して裁判所周辺のデモを行います。多くの皆さまが参加されるよう,訴えます。
・出発は12:15 です。30分程度で終わる予定です。
・デモ後に,裁判所の傍聴席の抽選に応募することができます。


◆これまでの口頭弁論(第1~20回)のまとめ

①[2013年]

・第1回口頭弁論(2013年7月2日)

◆竹本修三・原告団長が「地震国日本で原発稼働は無理」と陳述。
◆原告の福島敦子さん(福島県南相馬市からの避難者)ほかの陳述。福島さんは「こどもを守ることに必死な,懸命な母親たちをどうか救ってください。こどもたちに少しでも明るい未来をどうか託してあげてください。私たち国民一人ひとりの切実な声に,どうか耳を傾けてください。大飯原発の再稼働は,現在の日本では必要ないと断罪してください。もう,私たち避難者のような体験をする人を万が一にも出してはいけないからです。司法が健全であることを信じています。日本国民は,憲法により守られていることを信じています。」と訴えました。

・第2回口頭弁論(2013年12月3日)

◆原告で,聖護院門跡の宮城泰年・門主が意見陳述。「大飯原発運転を差し止めることは,地球とそこに生きる私たち人間を含めすべての生物の安全を守ることです」と述べ,宗教者として原子力と共存することはできないこと,とりわけ日本には自然への崇拝,山岳信仰があり,本山修験宗の総本山として,山岳自然を修行道場としてきたこと,そこは多様な生物の共生と命の循環によってみんなが生きているからこそ尊い世界であり,ここに大飯原発3号機を 24 時間フル稼働させると1日で広島型原爆3発分の死の灰がつくられる,この処置のしようのないものを地中に埋めても地殻変動で出てこないとは考えられない,こんなどうしようもないものを生みだす原子力発電所の稼働は絶対認められないと,訴えました。

②[2014年]

・第3回口頭弁論(2014年2月19日)

◆原告の宮本憲一・元滋賀大学学長・大阪市立大学名誉教授(環境経済学)が意見陳述。「福島原発災害は史上最悪の公害。福島のこの原発災害は,2市7町3村の15万人を超える住民が放射能公害によってふるさとを追われた。足尾鉱毒事件以来最悪の公害。事故の全貌が把握できず,原因究明も終わらない,その対策の汚染水防止や除染作業もめどがたたない,経済的救済もはじまったばかり,大飯原発の運転再開は環境政策予防の原則から許されない」と述べました。

・第4回口頭弁論(2014年5月21日)

◆裁判官の交代に伴う弁論の更新。
◆竹本修三・原告団長と福島敦子さん(福島県南相馬市からの避難者)が再陳述。

・第5回口頭弁論(2014年9月30日)

◆原告の意見陳述は萩原ゆきみさん(郡山市からの避難者)と,都市計画の観点から広原盛明さん(京都府立大学元学長)。
◆萩原さんは「3.11当時福島県郡山市に在住,事故後このままでは,福島は見捨てられる,放射能にやられてしまうかも・・そんな恐怖感にも襲われ 事故の1ヶ月後 生命が危ないと夫を残し,京都へ母と子で避難。外部と内部被爆で体力が極端になくなったと」訴えました。「今でも,毎日のようにあらゆる所で福島を思い出し胸が苦しくなります。町並みを見ても,山梔子や金木犀の香りをかいでも,望郷の念はつのるばかりです。私たちは,原発事故の9年前に,夢のマイホームを建てました。両家の両親と同居を夢見てアレルゲンを抑えた建材で造った思い出深い,愛しい家を手放すのは身を切られるように辛かったです。」
◆広原さんは,2014年発表の「国土のグランドデザイン2050・・国土の長期展望」に巨大災害,原発災害に関する項目が一切ない,政府のこれらの軽視を端的に表している。このことは,原発災害については国が将来展望を描くことができない存在だということを示している。原発が「日本国土の喉元深く突き刺さった骨」であり政府は,その骨を抜くことができなくなった状態なんだ。・・私は国民の生命,身体と財産を守るために,司法が英断をもって日本の全原発の再稼働を中止することを期待している」。

③[2015年]

・第6回口頭弁論(2015年1月29日)

◆原告の意見陳述は,高浜原発から15キロに住んでいる三澤正之さん(京都府舞鶴市在住)。「避難計画が,現実に機能するとは,とても思えません。まして複合災害となれば,さらなる大混乱が考えられます。また,福島第一原発の原因究明が行われず,今なお事故が収束せず,福島県で12万人が避難している福島の現実を見れば,一旦事故が起きれば,いつ戻れるのか分からず,戻れたとしても子どもの事を考えると一緒に住めるかどうか,そして,生活基盤は失われ,仕事がなくなったとき家のローンは,これからの生活はと考えると不安は山ほどあります。」

・第7回口頭弁論(2015年5月28日)

◆原告の意見陳述は,菅(かん)野(の)千景さん(福島市からの避難者)。「2011年8月末私は二人の娘を連れて,放射能の汚染を避ける為に福島県福島市から京都へ避難しました。私は仕事を辞めてしまいましたが,夫は仕事を直ぐには辞められず1人福島に残る事になりました。引越しの荷造りをする時も,「なんでこんな事をしなければならないんだべね,誰のせいだべ,誰が悪いんだべ」と,こみ上げてくる思いに潰されそうになり,泣きながら置いてくる荷物と運び出す荷物を分けていました。」…「出発の日,夫に見送られ郡山から京都府の運行する高速バスに乗りました。普段泣いたことのない夫は顔がくしゃくしゃになるほど泣き,子ども達もバスの中でしゃくりあげて泣きながら京都へ向かいました。京都へ来てから私達は毎日電話で話しました。子ども達は「お父さん大好きだよ,無理しないでね」と父親を気遣いました。」

・第8回口頭弁論(2015年10月20日)

◆関西電力の主張に対して弁護団から反論。被告関電の主張は,新規制基準に合致する旨の主張である。しかし,同基準は安全基準ではない。原子力規制委員会の委員長田中俊一は,「原子力規制委員会の審査は安全審査ではなくて,基準の適合性の審査であり,基準の適合性は見ているが,安全だということは言わない」「基準をクリアしてもなお残るリスクというのは,現段階でリスクの低減化には努めてきたが,一般論として技術であるから,人事で全部尽くしている,対策も尽くしているとは言い切れない。自然災害についても,重大事故対策についても,不確さが伴うので,基準に適合したからといって,ゼロリスクではない」と述べている。従って,被告関電が同基準へ適合すると主張しても,本件発電所が安全であると論証したことにはならない。被告関電は,大飯原発に近い「FO-A断層,FO-B断層,熊川断層」と共役断層をなす上林川断層について,その南西端(京都府内)は不明瞭であるとして,断層の存在を明確に否定できる福知山付近まで延長して評価する。しかし,北東端(福井県側)については,延長の検討すらしていない。
◆被告関電が想定する地震の規模についての見積もりが甘すぎるという点を,竹本修三・原告団長が分かりやすく解説。

④[2016年]

・第9回口頭弁論(2016年1月13日)

◆原告の意見陳述は,阪本みさ子さん。大飯原発から20キロ地点の東舞鶴に居住。「舞鶴市全体で住民避難のための協定を結んでいる事業者の保有台数の合計は,バス71台 ワゴン車2台 タクシー121台で,全部が一度に動けても3500人を運べるだけです。少なめに見ても20回の往復をしないと市民全員を運べません。その間,放射能を浴び続けることになるのでしょうか。全員を運ぶのに何日掛かるのでしょうか。線量が高い中,ドライバーの確保はできるのでしょうか。」
◆弁護団からは,新規制基準の基準地震動の「標準・平均値」は矛盾に満ちていることを主張。原発の基準地震動は,既往地震の平均像を基に想定されており,著しい過小評価である。

・第10回口頭弁論(2016年3月15日)

◆原告の意見陳述は,林(はやし) 森(もり)一(かず)さん。京都市左京区久(く)多(た)に生家。久多は大飯原発から約34km。「この5年の間に2回,左京区役所・下鴨警察署・左京消防署・久多の関係団体をあげての避難訓練を実施。しかし,避難訓練の結果,私の不安は増大しました。5つの町内住人全てに避難の連絡,車での避難所集合が100%出来るのか,出来たとしてそこから先の避難移動はどうなるのか」と,大きな不安を述べました
◆弁護団からは,避難困難性の敷衍(京都市左京区久多について)のほか,2015年12月24日の福井地裁異議審決定[福井地裁(林潤 裁判長)が大飯原発3,4号機及び高浜原発3,4号機運転差止仮処分について,仮処分決定を取り消し,住民側の仮処分の申立てを却下]の問題点を準備書面として提出。

・第11回口頭弁論(2016年5月16日)

◆原告の意見陳述は,大飯原発から約40kmの綾部市に住む斎藤信吾さん。由良川の水の問題,避難の問題を訴えました。「自動車を所有していませんし,通常の移動手段は,「自転車」です。仮に地震などにより,道路を通ることが出来なくなった場合,避難は不可能です。単身者ですので,同乗を頼める家族はいません。同乗させていただける知人がいれば避難できますが,緊急時に頼めるかはわかりません。自転車では,非常時用の持ち出しグッズも軽量のものしかのせることはできません。私のように障害があるものにとっては,交通渋滞などは別にして,そもそも一刻も早く避難すること自体が大変なのです。ここ数年は,夜や暗い場所での移動が困難となっています。夜間に避難することを考えるとぞっとします。」
◆弁護団からは,基準地震動以下の地震動でも大飯原発やその電源が損傷し,過酷事故に陥る可能性があること,大津地裁の高浜原発差し止めを命じる仮処分決定(2016年3月)の意義を主張しました。とくに後者は,出口治男・弁護団長が,最近の関経連関係者が語った「一地方の裁判官が勝手に原発を止めるな」のコメントを,人権の上にエネルギー政策があるのかのような不見識さだと,強く批判しました。

・第12回口頭弁論(2016年9月14日)

◆原告の意見陳述は,避難計画の問題点について栢(かや)下(した)壽(ひさし)さん(京都府南丹市)。避難計画は実効性が全く無いこと,地域の実情を把握していないことのほか,「美山町には希少生物の宝庫京都大学芦生研究林もあり,京都府指定希少野生生物25種の半数近くが生息する,西日本でも有数の自然環境に恵まれた地域である美山町を私は,誇りに思っています。仮に原発事故が起きれば,世界に誇るべき美山町の自然が失われてしまいます」と訴えました。
◆弁護団からは,被告関西電力が反論していない原告の主張について指摘しました。

・第13回口頭弁論(2016年11月28日)

◆原告の意見陳述は,池田豊さん(京都自治体問題研究所),吉田真理子さん(京都府宮津市)。
◆池田さんは,大飯原発,隣接する高浜原発をめぐる原子力防災訓練について,住民避難に関連した初動の重要性と問題点,並びにその第一線で直接避難の判断と住民の誘導をしなければならない地方自治体と自治体職員の問題について,福島の原発立地自治体での調査も踏まえて話しました。
◆吉田さんは,宮津市が2016年3月に改定した避難計画と,自分が2015年に参加した避難訓練について,問題点を指摘し,「宮津市は,日本三景天橋立を擁し,年間260万人の観光客が訪れる観光地です。海には水産資源が豊富で漁業や水産業がさかんです。農業も地元の産物がたくさんあり自然豊かな恵まれたところです。多くの高齢者は,動ける間は庭で野菜や果物を育てて,子や孫にやるのを楽しみに暮らしています。この自然を放射能で汚染されれば,賠償などできるものではありません。いくらお金を出されても謝罪していただいてもこの素晴らしい暮らしは返ってはきません。先日も先祖代々の土地を奪われ,いまだ戻れない福島県浪江町の方の話を聴きましたが,全く同じになることは明らかです。」とし,「宮津市民の宝ものである豊かな自然,住民の命と当たり前の暮らしを守るため,原子力発電の運転を差し止めてほしい」と訴えました。
◆弁護団からは,高浜原発広域避難訓練から明らかになった問題点,宮津市避難計画の問題点について,などを主張しました。

⑤[2017年]

・第14回口頭弁論(2017年2月13日)

◆原告の意見陳述は,福島県から避難してきた宇野朗(さえ)子(こ)さん(現在は京都府木津川市在住)。「3月11日の夜11時頃,政府災害対策本部の情報を目にし,メルトダウンの危険性が高いと判断,避難を決めました。友人が,オムツや衣類,食料,水等を車に積みこみ,眠り始めていた子どもたちを起こして車に乗せました。真夜中に出発しました。雪のちらつく,静かな夜でした。南へ向かう国道は,地震で陥没しており不通,東北自動車道も通行止めで,私たちは西の山を越えることにしました。山は吹雪でした。真っ白な視界の中を,私たちは一睡もせず必死に車を走らせました。翌朝,会津の知人宅で休憩をとり,埼玉で被災していた夫がレンタカーで合流,私たちはそこから家族3人で避難を続けました。新潟に向かう途中で,一号機の爆発を知りました。はりつめていた糸が切れるように,私は声をあげて泣きました。新潟空港でレンタカーを乗り捨て,キャンセルのでた飛行機に飛び乗り伊丹空港へ。大阪からは新幹線で12日の深夜に広島に到着し,13日午後,山口県宇部市にある夫の実家に到着しました」と,過酷な避難体験を語りました。
◆弁護団から①コスト的に成り立たない原発事業,②世界各国における原発産業の状況,③原発御三家の東芝,三菱重工,日立,④原発は産業発展の妨げ,⑤裁判官にのぞむこと,などを主張。
◆「裁判官にのぞむこと」では,「現在の技術は,人間社会と自然環境に対して致命的かつ不可逆的な損害を齎す原発に代わる,安全なエネルギー,再生可能エネルギーの創出に成功し始めている。いまや時代は,原発を廃棄し,再生可能エネルギーによる社会の構築を図ることを求めていると言って過言ではない。本件を担当する裁判官に対しては,この時代の要求を見据えて,本件に正面から取り組んでもらいたい。元最高裁判事,故中村治朗氏が述べるように,本件は,「究極的には自己の採る見解の正否を歴史の審判にかけざるを得ない」問題の一つと言ってよいと思われるが,本件においてこそ,裁判官は,社会的葛藤の舞台において,社会的価値の実現のために積極的に機能し,自ら傍観者ではなくプレーヤーとしてプレーに参加することが求められていると確信するものである。」と主張した。

・第15回口頭弁論(2017年5月9日)

◆裁判官の交代に伴う弁論の更新で,竹本修三・原告団長,福島敦子さん(福島県南相馬市からの避難者)が再々陳述。
◆世話人の赤松純平さんが,大飯原発の地盤特性や地域特性について意見を陳述。

・第16回口頭弁論(2017年7月21日)

◆原告の意見陳述は,市川章人さん(京都自治体問題研究所)で,避難の問題について。「2015年の原子力災害対策指針の改悪で不安は一層増しました。それは,避難よりも屋内退避を強調し,さらにUPZ以遠の地域で当初予定していた放射性プルーム対策としてヨウ素剤を服用する区域PPAを廃止し,ヨウ素剤配布はやめ屋内退避で十分としたからです。」と述べました。
◆弁護団からは,上林川断層(FO-A断層,FO-B断層,熊川断層の共役断層)について,前回に続いて大飯原発の地盤特性や地域特性について(被告関電は大飯原発の地盤特性を把握していないこと),京都市原子力災害避難計画の問題点について,主張。

・第17回口頭弁論(2017年11月1日)

◆原告の意見陳述は,松本美津男さん(京都市左京区,京都障害児者の生活と権利を守る連絡会[京障連])。実際に避難訓練したり,震災の経験者から聞いた話から避難の問題について陳述しました。「私の防災訓練の体験からも障害者は大きな災害が起これば避難所にも行けないケースが続出すると考えられます。」
◆弁護団からは,原発事故の際のヒューマンエラーおよび,原発裁判に関する原子力規制委員会の「考え方」に対する反論を行いました。

⑥[2018年]

・第18回口頭弁論(2018年1月16日)

◆原告の意見陳述は,高瀬光代さん(兵庫県)が,阪神淡路大震災のときの避難所に関連して原発事故の際の避難について述べました。「関西電力が大飯原発を再稼働するというのであれば,もし,事故が起きたらどうするかについて,なぜもっと責任を持たないのでしょうか。「災害対策基本法」は自然災害での自治体の責任が言われています。原発事故は,企業災害ですから原因企業が責任を持たねばならないのではないのでしょうか。避難を余儀なくされた方々に対しては,少なくともそれまでの生活と同等の生活環境を用意してしかるべきではないのでしょうか。」
◆弁護団からは,大飯原発の地盤特性について主張。関電は「ほぼ均質な地盤」であるとか,「浅部構造に特異な構造がない」と主張していますが,今回,「そういうことは到底言えない」ことを明らかにしました。関電の地震伝播速度の評価が著しく過大で,そのため地震動が著しく過小に評価されているのであって,「特異な構造は認められない」との評価の誤りを強く批判しました。関電の評価は明らかに誤りです。
◆被告関電は,基準地震動策定が「平均像」であることを認めた上で,地域特性を十分に把握できており,その地域特性に照らせば,基準地震動を超える地震発生の可能性は否定できると主張しています。しかし,主張をするばかりで保有している根拠資料すら提出せず,それどころか原発の地域特性の調査として当然になすべき重要な調査がなされないままです。また実施された調査結果が,科学技術を冒涜する所作以外の何物でもないと批判されるべきほどに,基準地震動が小さくなるよう歪めて評価されています。

・第19回口頭弁論(2018年3月27日)

◆原告の意見陳述は,小西洋一さん(京都府舞鶴市)が,現職の小学校の先生として意見陳述を行い,子供を放射能被害から守る困難さや,避難先での子供のいじめ問題等も紹介しました。全校生徒200人足らずの小学校には,市の職員配置はたった3人。でも校区内の避難想定者は3000人とのこと。子どもたちに放射能の心配のない日本を残すため原発の廃炉をと訴えました。
◆弁護団は,関電が日本海では巨大地震による大津波を警戒する必要はないとしている点に対して,竹本修三原告団長が1026年に島根県益田地方を襲った万寿(まんじゅ)津波のメカニズムを解明して,関電の津波対策の見直しを主張しました。伝承されている20mこえの津波の到来には信用性があり,関電の津波対策の不十分さを指摘しました。

・第20回口頭弁論(2018年6月5日)

◆この回は,原告の意見陳述なし。
◆弁護団からは,原発事故関連死の状況について,福島県の震災関連死の率が突出していること,行方不明者を見殺しにての避難強いられたこと,避難過程での死者の発生を述べ,過酷事故時の避難は,戦場からの退避にも比肩すべきであると主張。福島第一原発の廃炉の困難性については汚染水対策,デブリの取り出しについて,解決が困難な問題点を指摘しました。核ゴミ問題について,核燃料サイクルや高レベル放射性廃棄物の10万年単位での保存の虚構などを述べました。

◆第20回口頭弁論 原告提出の書証

甲第440~446号証(第51準備書面関係)
甲第447~449号証(第52準備書面関係)
甲第450~462号証(第53準備書面関係)

※ 書証データ(PDFファイル)がないものは、原告団の事務局の方にお問い合わせください。



★証拠説明書 甲第440~446号証(第51準備書面関係)
(2018年 月 日)

甲第440号証

甲第441号証

甲第442号証

甲第443号証

甲第444号証

甲第445号証

甲第446号証

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証拠説明書 甲第447~449号証(第52準備書面関係)
(2018年6月5日)

甲第447号証
「高レベル放射性廃棄物の最終処分に関する『科学的特性マ ップ』を公表します」との文書、及び「科学的特性マップ公表用サイト」との文書(弁護士 岩佐英夫)

・甲第448号証
「原発再稼働? どうする 放射性廃棄物」と題する本(一般社団法人・京都自治体問題研究所)

・甲第449号証
「日本列島では原発も『地層処分』も不可能という地質学的根拠」と題する本(土居和己)

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証拠説明書 甲第450~462号証(第53準備書面関係)
(2018年6月1日)

甲第450号証
県内1605人に避難長期化 直接死上回る_東日本大震災(福島民報)

甲第451号証
東日本大震災における震災関連死の死者数(復興庁)

甲第452号証
毎日新聞 東京夕刊8頁(毎日新聞)

甲第453号証
福島第1原発10キロ圏内で10遺体発見(AFPBB NEWS)

甲第454号証
世界に問う事故の「無念」 浪江消防団描いたアニメ仏で上映_ふくしま便り(東京新聞)

甲第455号証
地震情報2011年3月11日(日本気象協会)

甲第456号証
気象庁震度階級関連解説表(気象庁)

甲第457号証
死期早める 高齢者施設せんだん(双葉)36人死亡 体調悪化、心労重なり(福島民報)

甲第458号証
双葉病院事件の真相 当事者医師、語る 医療維新の医療コラム(医師 杉山健志、橋本佳子(m3.com編集長))

甲第459号証
東京地裁判例平成28年8月10日(双葉病院 失踪事案)(東京地裁)

甲第460号証
東京地裁判例平成28年5月25日(双葉病院 避難中死亡事案)(東京地裁)

甲第461号証
避難で移動平均7回 復興庁、県内35人を分析 最多は16回(福島民報)

甲第462号証
南相馬の5高齢者施設入所者 避難後、死亡率2.7倍に(福島民報)

甲第463号証
死亡率震災前の2・4倍 特養施設などで増える(福島民報)

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◆原告第53準備書面
―原発事故関連死の状況について―

原告第53準備書面
―原発事故関連死の状況について―

2018年(平成30年)5月28日

原告第53準備書面

目 次

第1 福島第一原発事故の原発事故関連死の発生状況

第2 行方不明者を見殺しにしての避難を強いられたこと

第3 避難過程での死者の発生
1 高齢者施設「せんだん」の例
2 双葉病院の例
3 全体的な状況

第4 まとめ



 第1 福島第一原発事故の原発事故関連死の発生状況

政府は、「震災関連死の死者」とは、「東日本大震災による負傷の悪化等により亡くなられた方で、災害弔慰金の支給等に関する法律に基づき、当該災害弔慰金の支給対象となった方」と定義している。福島県の主要な地方紙である福島民報では、丸括弧をつけて「原発事故関連死」という用語も併記している。

2013年12月の時点で、「震災関連死」の数は、福島県の1605名(202万9000人)に対し、宮城県878名(234万8000人)、岩手県428名(133万人)であった。かっこ内は平成22年度の国勢調査時点での各県の人口を示す。人口比で考えても、福島県の震災関連死の率が突出していることがわかる(甲450)。

平成29年9月30日の段階では、岩手県464名、宮城県926名、福島県2202名で、2202名のうち1984名が65歳以上の高齢者であった。
震災とは別に福島第一原発の事故が起きた福島県だけ、震災関連死の伸びが続いているのであり、ここに原発事故関連死という名前をつける事情が現れている(甲451)。

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 第2 行方不明者を見殺しにしての避難を強いられたこと

避難地域では、2011年3月11日の地震発生直後から避難が始まり、行方不明者等の捜索が打ち切られている。それでも、津波で行方不明になった者については、捜索できないまま避難するしかなかった旨の報道がされている。これらの行方不明者の捜索が再開されたのは概ね4月14日以降である(甲452)。多数の遺体が発見されている(甲453)。

一方、なかなか表に出てくる事情ではないが、地震でがれきに埋もれた人々を救出できずに避難せざるを得なかった証言もある(甲454)。引用した新聞記事にもあるが、この件は、後に物語化されている。

分団長だった高野仁久さん(54)は単身で捜索に行き、がれきの下から助けを求める声をいくつも聞いた。対策本部に戻り、「機材を持って救出に行こう」と提案するが、二次災害を恐れた町長らに止められる。この翌朝、約十キロ離れた原発が爆発し、全町避難となった。

東日本大震災の本震による原発事故の避難地域の震度は以下の通りである(甲455)。

震度6強 楢葉町、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町
震度6弱 川俣町、田村市、広野町、川内村、飯舘村、南相馬市

一方、気象庁によると、震度6弱で倒れる建物が出始め、震度6強だと倒れるものが多くなる(甲456)。1981年の「新耐震基準」施行前に建設された建物にその傾向が顕著である。

あまりに凄惨な事態であることから、証言が公表されるとは限らないが、上記の記事のように建物の下敷きになった者を見殺しにしての避難の暗数は相当あると予想される。

原発の過酷事故が大地震の際に起こるのであれば、避難を強いられる近隣の地域で、このような避難による見殺しが起きるのは必然である。

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 第3 避難過程での死者の発生

  1 高齢者施設「せんだん」の例(甲457

双葉町にある高齢者施設「せんだん」は、福島第一原発から3.5キロメートルの場所に位置しており、2011年3月12日に全員避難の指示が出た。

そこで、88人の入所者が5つのルートに分かれて避難した(下図参照)【図省略】。88人は、当初、受け入れ先が決まらず転々とした。疲労や心労、体育館や公共施設などの寒さ、不慣れな固く冷たい食べ物、薬の不足など急激な環境変化で持病を悪化させ、衰弱も進んだ。このため19日までに別の高齢者施設、病院、近親者宅に振り分けられた。

88人のうち67人が福島市、伊達市、会津美里町、栃木県の16施設に移ったが、このうち28人が、病気や体調を悪化させて死亡した。

8人は福島市、郡山市、二本松市、栃木県の病院に入院し、3人が死亡した。家族に引き取られた13人のうち5人も死亡した。

亡くなった36人(女性25人、男性11人)のうち、避難から約半年で亡くなったのは半数の18人。さらに昨年12月までに18人が死亡している。死因の多くは肺炎や老衰などだった。

避難計画がいかに整備されても、高齢者が過酷な状況での避難を強いられることに代わりはなく、その過程で多数の死亡者が発生するのは避けがたい。

  2 双葉病院の例(甲458

双葉病院は、福島第一原発から約4.5kmの場所にある350床の精神病院である。福島県の沿岸部の浜通り地域では最大規模の精神病院だ。当時の常勤医は7人。震災当時の入院患者は338人であり、その約4割は高齢者で、寝たきりの患者も多かった上、高カロリー輸液の患者が20人以上、経管栄養の患者も30人以上いた。また、同じ法人が運営する介護老人保健施設「ドーヴィル双葉」(定員100人)が病院から約300mの場所にあり、一体的に運営していた。

双葉病院は、原発事故後、上記338人について、3月12日の第一陣、3月14日の第二陣(34人)、3月15日の第三陣(90人)の3回にわたり避難を余儀なくされた。
院内での死亡は、13日夜から14日未明までに3人、14日から15日に死亡したと推定されるのが1人であった。また、歩行可能な認知症の患者が1人行方不明になり、のちに失踪宣告されている。

一方、福島第一原発1号機のベント成功確認が3月12日の14時30分、同機の水素爆発が同日15時36分。同3号機の水蒸気爆発が3月14日11時01分、同2号機同4号機の水素爆発が3月15日6時14分。2号機の損傷は4号機と連動している可能性があり、同日午前11時25分には露内の圧力が低下していた。したがって、上記避難は、救出する側の関係機関、病院の職員、患者たちが濃厚に放射線に被曝しながらのものであった。 双葉病院の患者については、行方不明になった上記患者について訴訟になり判決が出されている(甲459 東京地判平成28年8月10日)。判決により認定された事実によると、当該患者は、3月15日に外部から救助に来た者が病棟出口を開放した後、行方が分からなくなったものであり、保護責任者である病院側の民事責任は逃れられないとしても、人員確保すらできない状態で原発が爆発し、原発の爆発音がとどろき、放射性物質が大量に放出される極限状態のなかで、外部からもたらされた事情で、徘徊、行方不明に至ったものであり、防止はきわめて困難だったと思われる。

判決文によると、当該患者の行方不明が判明したのは避難が完了した後の3月末になってのことであり、同時に、他の入院患者1名の行方不明も判明し、この患者は、双葉病院内で遺体(前述の4名の遺体のうち一人と思われる)で発見された。

また、さらに、避難途中になくなった患者1名についても訴訟になり判決が出されている(甲460 東京地判平成28年5月25日)。判決により認定された事実によると、当該患者は、第二陣の避難中、バス内で10時間にわたり水分補給も栄養補給もなかったため、脱水と栄養不足で死亡した。

  3 全体的な状況

復興庁は、震災後2年以内に死亡した福島第一原発事故の避難地域の高齢者35人について死因の調査を行った。それによると、避難の移動回数は平均7回で、中には16回という人もいた。一時帰宅の際に自治体の手続きで長時間待たされて体調を崩し、死に至ったケースもあった。死亡原因(複数回答)は7割超の25人が「避難所生活などによる肉体、精神的疲労」、約4割の13人が「避難所などへの移動に伴う疲労」、2割の7人が「病院の機能停止による初期治療の遅れなど」だった(甲461)。

また、南相馬市が行った調査では、福島第一原発事故に伴い避難を余儀なくされた南相馬市の5カ所の高齢者施設で、入所者の原発事故後約1年間の死亡率が、過去5年間の死亡率と比べて約2・7倍に上った。死亡率は大きな施設の方が高かった(甲462)。

2013年3月に福島県がおこなった調査では、福島第一原発事故で避難を強いられた県内の特別養護老人ホームや介護老人保健施設など34高齢者施設の事故当時の入所者1766人のうち、1月1日現在で約30%の520人が死亡したことがわかった。震災後8ヶ月の死亡率は、震災前の2.4倍になった(甲463)。

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 第4 まとめ

このように、震災直後、避難の過程、避難後の生活環境などにより、たくさんの人が死亡した結果、第1で述べた大量の震災関連死(原発事故関連死)が発生したのである。

机上の空論で避難計画をどのように整備しても、一度、原発に過酷事故が発生し、避難を強いられることになれば、たくさんの人々の命が奪われるのは、火を見るより明らかである。特に、原発が爆発し、放射性物質が大量に放出される中での避難は、戦場からの退避にも比肩すべきものであり、健常者であっても、一般的な訓練で馴致できるものではないだろう。

そして、我が国の新規制基準は、すでに過酷事故の発生を想定したものになっている。

結局、大飯原発が過酷事故を起こせば、直接的に大量の放射線被曝がなくても、それを避けるために、多数の人が亡くなるのは必然なのである。多数の人の生存権と比較できる原発の利益など観念し得ないし、百歩譲って仮にするとしても、すでに経済合理性すら失われていることはすでに述べた。

大飯原発は運転を差し止めして、廃炉にするほかないのである。

以上

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◆原告第52準備書面
第4 高レベル放射性廃棄物の最終処分場に関する「科学的特性マップ」批判

原告第52準備書面
-核ゴミ問題について-

2018年(平成30年)5月30日

目 次

第4 高レベル放射性廃棄物の最終処分場に関する「科学的特性マップ」批判

一、「高レベル放射性廃棄物」の最終処分に関する日本政府の処理計画
二、地震列島日本における地層処分の非現実性
三、「高レベル放射性廃棄物」の「地層処分」は既に世界的に破綻
四、日本学術会議の警告


第4 高レベル放射性廃棄物の最終処分場に関する「科学的特性マップ」批判

 一、「高レベル放射性廃棄物」に関する日本政府の処理計画

1、いわゆる「核のゴミ」には「高レベル放射性廃棄物」と「低レベル放射性廃棄物」とがあるが、「高レベル放射性廃棄物」についての日本政府の処理計画は、ガラス固化体にしたうえで深さ300m以上の深さの岩盤の中に埋めるとしている。

2、政府は、高レベル放射性廃棄物の最終処分に関する関係閣僚会議の確認を経て、2017年7月28日、原発の使用済み燃料から出る高レベル放射性廃棄物の最終処分場について、国土の約65%が「好ましい」とする「科学的特性マップ」(甲447)を公表し、今後、マップを活用した説明会を全国各地で行い、処分場立地に向けた調査を複数の自治体に申し入れたいとしている。

3、政府は、高レベル放射性廃棄物の最終処分場を2002年から公募してきたが、住民の反対が強く、未だ、受け入れた自治体はない。このため安倍政権は、「科学的有望地」を示して自治体に「申し入れる」など「国が前面にたって取り組む」ことを、「エネルギー基本計画」(2014年)と「最終処分基本方針」(15年)で決定した。その具体化の第一歩が、「科学的有望地」を示す「科学的特性マップ」である。

4、しかしながら、高レベル放射性廃棄物の最終処分場に関しては、以下に述べる通り、多くの問題を抱えており、全く見通しがたっていない(甲449土井和己著「日本列島では原発の『地層処分』も不可能という地質学的根拠」合同出版2014年10月10日第1刷 頁。以下、同著を引用する場合、単に「土井」という)。

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 二、地震列島日本における地層処分の非現実性

  1、先ず前提問題として確認しておかなければならいことは、甲449「土井」4頁表①が示すように、核ゴミに含まれる核分裂生成物には、半減期が例えばジルコニウム242は150万年、プルトニウムは37万年というように、極めて長期に及ぶものがある。高レベル放射性廃棄物については、少なくとも、人体に影響がないレベルまで低下するまでに10万年も要するという現実がある。この隔離管理期間は、原子力開発が始まった当初は約1万年とされていたが、放射線の人に与える影響に不明な点が多いことなどから、近年では安全側の考えをとって10万年とする関係者が多い(甲449「土井」5頁)。

  2、「10万年単位で保存」の意味

しかしながら、「10万年単位で保存」というが、逆に、10万年前はネアンデルタール人が活躍した時代であったことを想起すれば、「10万年単位の保存」が、想像を絶する長期の保存であるということを容易に理解できるであろう。

10万年後の日本がどうなっているかは、地震・火山活動を考えるだけでも想像もつかないのである。地震がいつどこで発生するか予知することは不可能ということが地震学の現在の到達点である。また地震とも関連が深い火山噴火の予知も事実上不可能であることは、2018年の草津白根山の連続した噴火でも明らかである(同火山の今回の噴火場所は、当初噴火の時は監視対象外であった)。

いまから10万年後に世界一の地震多発列島の日本列島がどうなっているか、人類が存在しているか否かについてさえ、誰も確実なことを言えないのである。日本で記録されているマグニュチュード(M)8(ないし、M8と推定されている)の巨大地震の実情は甲 「土井」71頁の表⑥の通りである(表⑥は、M8以上と推測されている地震を取り上げているため、M7.9と推定されている1923年9月1日の関東大震災すら含んでいない)。

  3、処分場立地の条件

(1)「化学的特性マップ」は、地層処分場の立地は、「地質環境の長期安定性を確保できる場所を選定できる」という前提にたっている。

同特性マップが、火山・活断層の近傍や石油・石炭など鉱物資源がある地域を、地下深部の長期安定性や将来の掘削可能性という観点から「好ましくない」としているのもそのためである。

(2)地層処分のために、「高レベル放射性廃棄物」は放射能の漏洩を防ぐために、ガラス固化体にしてオーバーパックや緩衝剤(これを「人口バリア」と呼んでいる。)に包まれて埋設される計画になっている。しかしながら、「人工バリア」は、地下水の中では腐食し放射能が漏れだすおそれがある。

(3)従って、「地下水の中では腐食し放射能が漏れだす」を前提にしたうえで、「天然バリア」として地下深く埋設するのが地層処分である。仮に地下水が出ても地表に到達するのを遅らせるという考え方に基づいて地層処分は計画されている。

(4)従って、地下水が流れやすい断層が近くにあってはならず、火山が近くにあってもダメである。鉱山など将来、地下深部を採掘することが予想される場所は論外である。地層の隆起・浸食が大きい所や地温が高い所も避けなければならない。

(5)従って、地層処分が安全であると言えるためには、地層処分のためのトンネルが掘られる対象岩石の安定性と、その地層処分の穴に地下水を近づけないこととが、必要条件である。

  4、日本の地質的特徴は、上記の必要条件を満たさない

(1)先ず第1に、本訴訟でも繰り返し指摘したように、日本列島は世界の地震発生の約1割が集中する世界1の地震多発列島であり、「地質環境の長期安定性の確保」など不可能である。

(2)世界的レベルで比較しても、日本は年間降水量が多い(甲449「土井」86頁「表⑧」)。しかも、(3)で述べるような日本の地質的条件もあり、深いところでも地下水が多い。

(3)日本の地質は「新生代」の岩石が多く、硬堅さにおいても、透水性においても、中生代や古生代の岩石に比べて劣るのである(甲449「土井」80頁「表⑦」及び地質年代表を参照されたい)。

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 三、「高レベル放射性廃棄物」の「地層処分」は既に世界的に破綻

1、欧米でも地層処分が想定されているが、ユーラシア大陸と日本とでは地層の安定性が大きく異なる。

2、しかしながら、その欧州でも、ドイツは地下の岩塩層のトンネルで保存なら安全と想定していたが、実際には、塩水びたしになってしまい、見通しが立っていない。

3、フィンランドでは巨大な岩の塊からできた島に掘った穴に核のゴミを保存する計画を立てたが、実際には岩にひび割れがあって、水が地上にあがってくること、即ち、放射能が地上に放出される危険性があることが判明している。


 四、日本学術会議の警告

日本学術会議は、地層処分について「万年単位に及ぶ超長期にわたって安定した地層を確認することに対して、現在の科学的知識と技術的能力では限界があることを明確に自覚する必要がある」と2012年9月に警告している。この警告を真摯(しんし)に受け止めるべきである。

以上

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◆原告第52準備書面
第3 破綻した「核燃料サイクル」について

原告第52準備書面
-核ゴミ問題について-

2018年(平成30年)5月30日

目 次

第3 破綻した「核燃料サイクル」について

はじめに
一、「核燃料サイクル」の仕組み
二、再処理工場の危険性
三、再処理工場は、操業開始の目途がたたず
四、再処理工場で大量放出される放射性物質
五、「再処理」で放射性廃棄物は逆に増える
六、実態でも理論でも破綻した高速増殖炉
七、危険なプルサーマル計画


第3 破綻した「核燃料サイクル」について

 はじめに

「核燃料サイクル」の本質は、危険性に満ちており、且つ放射性物質の再生産に過ぎないという点である(甲448「研究所」20頁)。

 一、「核燃料サイクル」の仕組み

1、「核燃料サイクル」とは、天然ウランをほとんど産出しない日本において核燃料の「安定供給」のために、使用済み核燃料の再利用をめざす原子力政策である。

2、「核燃料サイクル」の仕組(甲448「研究所」20頁)
原発の燃料中に含まれるウラン238が中性子を取り込んで、自然界には存在しないプルトニウムが生成される。「核燃料サイクル」は、このプルトニウムを大量に生産し核燃料として使用する仕組みである。しかしながらプルトニウムは、先述のように(「第1、3項」)、最も恐ろしい放射性物質のひとつである。

「核燃料サイクル」をわかりやすく図示すると、下記「図1」(甲448「研究所」20頁)の通りである【図省略】。

「図1」の左側が「軽水炉サイクル」であり、いわゆる「プルサーマル」である。

「図1」の右側は、高速増殖炉「もんじゅ」が破綻したにもかかわらず、国がなお将来めざそうとしている「高速増殖炉サイクル」である。

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 二、「再処理工場」の危険性(甲448「研究所」26頁~)

1、再処理工場では、使用済み核燃料を化学的に処理する。また、前提として念頭におかなければならないことは、核燃料は使用済みであっても核分裂物質であり、危険な放射性物質であるという点である。

2、こうした危険な使用済み核燃料を原料として化学処理する「再処理工場」は、次のような三重の事故を起こす危険性があり、危険きわまりない施設である。即ち、

(1)、核施設として臨界(核分裂連鎖反応)事故を起こす危険性
(2)、放射性物質を漏洩し被爆事故を起こす危険性
(3)、化学工場としての性質上、火災・爆発事故などを起こす危険性
である。

3、再処理工場の工程では、次々と危険な物質が生産される(甲448「研究所」27頁 図2参照)【図省略】

(1)「使用済み核燃料」の再処理は、次のような過程を経る。
1)、使用済み核燃料棒を剪断して高温の硝酸で溶かし、ウランやプルトニウム等さまざまな核分裂生成物(「死の灰」)の混ざった溶液ができる。この工程では、使用済み核燃料棒の鞘のジルコニウム合金の火災や溶液過熱の危険があり、臨界事故の危険もある。

2)、上記1)の溶液に有機溶媒を加えて、ウランとプルトニウムを死の灰から分離して抽出する。この工程では、硝酸と有機溶媒が混ざることで極めて爆発性の高い化学物質が生じる。これは摂氏130度を超えると爆発し、アメリカやロシアでは、そうした事故が発生している。水素爆発・臨界事故の危険もあり、放射性物質が漏れる危険も高くなる。
「死の灰」は濃縮され、ステンレス容器にいれてガラスと混ぜて固められて「ガラス固化体」となる。「ガラス固化体」は、人が近づくと即死するほど強力な放射線と熱を出す危険なものである。

3)、ウラン溶液から硝酸成分を抜く「脱硝」工程を経て、酸化ウランの粉末にする。

4)、一方、プルトニウム溶液は、ウラン溶液と1対1の割合で混ぜてから加熱して脱硝し、ウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX燃料)の粉末にする。この工程では、過熱事故や、超危険なプルトニウムが漏れる危険がある。

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 三、「再処理工場」は、操業開始の目途がたたず

  1、「東海再処理施設」

研究開発用に日本原子力開発機構が茨城県東海村に建設した「東海再処理施設」は1981年操業開始したが、度重なる事故・トラブルを起こした。1997年に低レベル廃棄物のアスファルト固化施設の火災・爆発で3年間運転休止した。2006年3月にその事故処理を終えたが、2014年9月に事実上の廃止となった(甲448「研究所」26頁左側)。

  2、「六ヶ所村再処理工場」の実情

(1)、他方、商業用としての青森県「六ヶ所村再処理工場」は、日本原燃株式会社が、1993年から建設に着手した。しかしながら、同工場は、再処理後の高レベル放射性廃棄物をガラス固化する工程の深刻な不具合をはじめ、遠心分離機の故障など度重なる技術的困難に直面し、いまだに本格稼働にいたっていない。これまで操業開始を22回も延期し、2014年10月に完成時期を2016年3月に遅らせた(2「研究所」26頁)。さらに、2018年に入って、再び完成時期は延期された。こうして「六ヶ所村再処理工場」は、これまで「試運転」程度に少し動いただけで、本格稼働は全くしていない。

(2)同再処理工場の建設費については、当初は1997年完成予定で7600億円と見込まれていた。しかしながら(1)で述べたように、完成時期は22回にわたり延期され、それに伴い建設費は2兆1900億円に膨らんでいる。さらに、福島原発事故後の新規制基準への対応のために、3兆円を超える可能性も指摘されている(2018年4月 日弁連シンポジウム「核燃料サイクル問題を考える」)

(3)、仮に同「再処理工場」が完成したとしても、その再処理の過程には、多くの問題が存在することは、上記で述べた通りである。

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 四、再処理工場で大量放出される放射性物質
(「第3、二、3」に掲記した甲448「研究所」27頁本文及び図2を参照)

  1、気体状放射性物質を大気中に放出

「使用済み核燃料棒」を、さや(被覆管)ごとぶつ切りにする時、原子炉内の核分裂で発生し被覆管に閉じ込められていたクリプトン、トリチウム、ヨウ素、炭素などの気体状放射性物質が、六ヶ所再処理工場の場合は高さ150mの巨大な排気塔から全て大気中に放出される。トリチウムの場合、原発の放出量の180倍も放出する。

  2、放射性物質の混じった廃液を海中に投棄

各工程の廃液には、トリチウム、ヨウ素、コバルト、ストロンチウム、セシウム、そして回収できなかったプルトニウムなど、あらゆる種類の放射性物質が混じっている。この廃液が、六ヶ所村再処理工場の沖合3km・深さ44mの海洋放出菅口から海に捨てられるのである。

 五、「再処理」で放射性廃棄物は「減る」のではなく、逆に増える

1、「ガラス固化体」にすれば、外見上「かさ」は小さくなるが、同時に膨大な量の低レベル放射性廃棄物が発生する。六ヶ所村の再処理工場では、原子炉での使用済み核燃料に比べて約7倍の廃棄物の発生が見込まれている。上記四の空と海への日常的な垂れ流しも含めると、もともとの使用済み核燃料に比べて約200倍もの廃棄物を生み出すと指摘されている(甲448「研究所」27頁右側)。

2、このように、再処理を行った場合、新たに膨大な放射性廃棄物を生み出すのである。また既に述べたように再処理過程において大事故を起こす危険が高く、ひとたび大事故が起きれば、放射性物質の被害は日本全体に及ぶ危険性がある。

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 六、実態でも理論でも破綻した高速増殖炉
(甲448「研究所」28~29頁)

1、高速増殖炉計画については、欧米各国で深刻な事故が相次いだ。1987年にイギリスで蒸気発生器のナトリウム中を通る細管が40本も破断して大爆発を起こした。フランスの「スーパーフェニックス」もナトリウム漏れ事故を繰り返し、1998年に廃止された。危険性の高さと費用の莫大さから、欧米各国は高速増殖炉の開発を断念している。

2、日本では1985年に福井県敦賀市に実用二段階前の「もんじゅ」が作られた。しかしながら、「もんじゅ」も運転開始後すぐに約640kgという大量のナトリウム漏れを起こし、事故隠ぺいまで行い不信を拡大した。2010年5月にようやく再開したが3カ月後に長さ約12m・重さ約3.3トンの炉内中継装置を原子炉容器内に落下させる前代未聞の事故を起こし、再び停止した。20年経過しても220日しか稼働実績がない。「もんじゅ」を扱う「日本原子力研究開発機構」の安全軽視も改善されず、2012年11月に1万件を超える機器の点検漏れが発覚し、2013年5月、原子力規制委員会が運転停止命令を出した。

3、また、「もんじゅ」運転停止中も、維持費に1日に国費5500万円も食い潰しており、膨大な無駄遣いである。

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 七、危険なプルサーマル計画(甲448「研究所」20頁~)

  1、プルサーマル運転とは

ウランとプルトニウムとを混ぜた燃料(MOX燃料)を軽水炉原子炉で燃料として利用する仕組みである(前記8頁「第3、一、2」の「図1」参照)。

MOX燃料は本来、「高速増殖炉」で使用する予定であったが、高速増殖炉「もんじゅ」のトラブル続きで行き詰まり、MOX燃料が使えない状態が長年続き、放置するとプルトニウムが溜まり続け、国際社会から核兵器への転用の疑惑を招くことになる。これを回避するために、その場しのぎで始めたのが“プルサーマル計画”である。

  2、プルサーマル計画の危険性(甲448「研究所」15頁 右側)

(1)、燃料が均一でなく、燃え方のムラが起こり、高温のホットスポットができ、燃料棒が破損しやすくなる。

(2)、プルトニウムはウラン235よりも核分裂を起こしやすく、制御棒の効果が低下する。

(3)、高い燃焼度で出力変化も急激になり、冷却機能の悪化も起きやすく、不安定で暴走の危険が高まる。

(4)、プルトニウムによりアルファ線放出が多くなり、燃料棒内で生じる気体が増える(アルファ線がヘリウムに変化)。その結果、燃料棒内の圧力が高まり、燃料棒破損やピンホールなどで、放射性物質が冷却水に漏れる危険が増大する。

(5)、MOX燃料は、ウラン燃料より融点が数十度低下し、且つ燃料棒内の被覆管と燃料との間にたまる気体のために、熱伝導率が低下し燃料溶融を防止する制御の余裕が減少してしまう。即ち、暴走の危険性が高まる。

(6)、「MOX燃料として再利用」といっても、結局、最終的には、前述のように危険な「核ゴミ」を増加させるだけである。

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◆原告第52準備書面
第2 満杯になりつつある使用済み核燃料貯蔵プール

原告第52準備書面
-核ゴミ問題について-

2018年(平成30年)5月30日

目 次

第2 満杯になりつつある使用済み核燃料貯蔵プール

一、満杯になりつつある燃料プール
二、姑息で危険性を増す「リラッキング対策」について
三、関電の「空冷式にするから大丈夫」との弁解について


第2 満杯になりつつある使用済み核燃料貯蔵プール
(甲448「研究所」22頁 図1)


 一、満杯になりつつある燃料プール

1、2014年3月末現在、全国の原発が保管する使用済み核燃料の合計は14,330トンU(金属ウランに換算した場合の重さ)達し、これに六ヶ所村再処理工場の保管分を加えると約17,000トンUになり、使用済み核燃料の貯蔵プールの余裕がなくなりつつある。

2、各原発の使用済み核燃料の貯蔵量と、あと何年で各貯蔵プールが満杯になるかを経産省資料に基づきグラフにしたのが下記の図1(甲448 「研究所」22頁)である【図省略】。この図1は、経産省資料に基づいており一律に16ヶ月ごとに燃料交換をする前提で残り満杯になるまでの年数を計算している。但し、各原発の核燃料交換の現実の交換実績は16ヶ月より短い。従って、それに基づいて計算した東京新聞資料では、経産省資料に基づく残り年数より短くなっている。

3、甲448「研究所」23頁で指摘しているように、使用済み核燃料の貯蔵プールが満杯に近づきつつある大きな要因は、再処理工場の操業の目途が立っていないことである。
即ち、政府の計画では、使用済み核燃料を、貯蔵プールで3~5年間冷却をした後に「再処理工場」に送るはずであった。

ところが、青森県六ヶ所再処理工場はトラブル続きで、いまだに本格稼働ができていない。そのため、同再処理工場の使用済み核燃料プール(貯蔵能力は3000トンU)では既に2951トンUも貯蔵されており、もう受け入れる余地がほとんどなくなってきている。そのため、各地の原発の使用済み核燃料がどんどん溜まってきてしまったのである。

4、こうした「核ゴミ」については、当然のことながら、発生させた電力会社や国の責任において最後まで管理する責任がある。

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 二、姑息で危険性を増す「リラッキング対策」について

1、国や電事連は、貯蔵プールが満杯になりつつあることに対する当座しのぎの対策として、「リラッキング」で、当初予定の容量より詰め込んで満杯になるのを先延ばしにしようとしている。

2、本来、使用済み核燃料棒を貯蔵プールに保存する場合は、臨界状態(核分裂連鎖反応)になるのを防止するために必要な一定の間隔をおいた格子状の桝目の中に挿入する。

ところが、「リラッキング」とは、貯蔵プールの貯蔵可能量を増やすために、桝目の間隔を縮小することで、貯蔵可能量を増大させることである。

3、しかしながら、「リラッキング」は、使用済み核燃料棒の相互間隔を縮小することであり、使用済み核燃料が臨界状態になる危険性が増大する(甲448「研究所」23頁)。まさに、姑息な当座しのぎの危険な対策に過ぎないと言わざるを得ない。

4、各電力会社は、貯蔵プールの「リラッキング」でも追いつかないため、次の対策として「リサイクル燃料備蓄センター」(「使用済み燃料中間貯蔵施設」とも呼ばれている)構想を練っている。被告関電は候補地として、京都府宮津市の粟田半島の「宮津エネルギー研究所」、又は京都府舞鶴市の大浦半島を検討中のようであるが、地元の反対も予想され、具体化はしていない。

上記の「宮津エネルギー研究所」は、もともと、関電が以前、京都府久美浜町に計画した原発計画が地元をはじめ京都府民の大きな反対で挫折し、最終的に宮津市に火力発電所として建設した施設である。同施設は現在、「長期計画停止中」(=事実上の廃止)である。

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 三、関電の「空冷式にするから大丈夫」との弁解について

1、たしかに、使用済み核燃料を水冷式の貯蔵プールで数年間保存すれば発熱量が下がり、空冷による保管が可能になる。

2、しかしながら、先ず注意を喚起したい点は、「空冷式」で保管できるといっても、「使用済み核燃料貯蔵プール」が空になるわけでは決してないという点である。
貯蔵プールに保管中の「使用済み核燃料」の一部を取り出して「空冷式」保管に移したとしても、原発が運転を継続している限り、16ヶ月毎(現実には、もっと短い間隔で)核燃料の交換が行われ、「使用済み核燃料貯蔵プール」自体は満杯に近い状態が続くのであり、決して「満杯状態」が解消されるわけではないのである。

3、しかも「空冷式」での保管は、少なくとも30年ないし50年間という長期にわたり「中間貯蔵施設」に貯蔵し、さらに、最終的には「再処理」することが大前提である。この中間貯蔵をするために使用済み核燃料を詰め込む「キャスク」自体の安全性についても、4項末尾で指摘するような危険がある。

そもそも、「第3、三」で後述するように、中間貯蔵後の「再処理工場」の完成は全く目途すら立っていない。

4、青森県むつ市に、東京電力及び日本原電の共同出資で、国内初の「使用済み核燃料中間貯蔵施設」である「リサイクル燃料備蓄センター」を建設し、2016年10月操業を予定していた(甲448「研究所」24頁)。

他方、同「中間貯蔵施設」の「基本的安全機能の保障」は50年とされている(甲448「研究所」25頁下段右)。「中間貯蔵施設」での貯蔵が終了後は、「再処理施設」に送って再処理することになる。しかしながら、その「再処理施設」の耐用年数は30年に過ぎず、50年後には「再処理施設」の耐用年数を超過してしまっている。

この対策として、第二再処理工場建設を模索している。しかしながら第二再処理工場建設については、検討の目途さえ立っていない(甲448「研究所」25頁下段左)。再処理の目途が立たなくなれば、「中間貯蔵施設」での「一時的保管」が、事実上「永久保管」にならざるを得ない。

「キャスク」は50年以上も経過すれば劣化し放射性物質が漏れたり、あるいは臨界に達する危険もある。

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◆原告第52準備書面
はじめに 第1 使用済み核燃料自体の危険性

原告第52準備書面
-核ゴミ問題について-

2018年(平成30年)5月30日

目 次

はじめに
第1 使用済み核燃料自体の危険性



はじめに:本準備書面の簡潔なまとめ

1、先ず、「第1」で述べるように、「使用済み核燃料」自体が極めて危険な放射性物質であることを認識することが重要である。

2、「使用済み核燃料」を「再処理」する過程において、「高レベル放射性廃棄物」と「低レベル放射性廃棄物」が生成される。仮に現時点で、即時原発運転をゼロにしたとしても、既に存在する放射性廃棄物、とりわけ高レベル放射性廃棄物の安全な処理の目途は全くたっていない。

3、国や電気事業連合会(以下「電事連」という)が、核燃料の「安定供給」のためとして推進してきた「核燃料サイクル」(使用済み核燃料の再利用をめざす原子力政策)は、破綻している。国や電事連が核燃料サイクルの要として位置付けていた高速増殖炉計画は破綻し、同サイクルに不可欠な再処理工場も「★第3」で述べるように、問題山積で操業の目途が立っていない。

4、それなのに、原発の再稼働・新増設をさらに進めることは、処理の見通しすら全く立っていない核のゴミを、今後もさらに増やし続けることになる。これは、「放射性核のゴミ」という危険かつ重い負担のさらなる増大を、将来世代に押し付けることにほかならない。

5、解決の見通しすら立たない危険な核ゴミをこれ以上増やし続ける原発再稼働・新増設は直ちに中止すべきである。原発稼働ゼロのときでさえ、国民の節電努力で電力不足は発生しなかった。ましてや、日本の自然再生エネルギーの潜在資源の豊かさは環境省も認めていることは、原告第13準備書面でも既に指摘した通りである。

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第1 使用済み核燃料自体の危険性

(甲448「原発再稼働?どうする 放射性廃棄物―新規制基準の検証―」《以下、同書を引用する場合「研究所」という》21頁上段)

1、原発の危険性の根源は、いうまでもなく放射能をもった核燃料を使用する点にある。しかしながら実は、「使用済み核燃料」自体も極めて危険であることに、まず注意する必要がある。

2、即ち、原発稼働中の核分裂反応により生成するヨウ素131・セシウム137・ストロンチウム90等の「核分裂生成物」も極めて危険な放射性物質である。これらの「核分裂生成物」の放射能は、原発運転のもともとの燃料である濃縮ウランよりはるかに強く、生命に危険なので「死の灰」と呼ばれている。

3、また、原発運転の過程では、上記の「核分裂生成物」とは別に、ウラン燃料に混在している核分裂しにくい「ウラン238」が中性子を取り込んでプルトニウムに変化する。プルトニウムは最も恐ろしい放射性物質のひとつであり、わずか100万分の1グラムの微粒子を肺に吸い込めば、ほぼ間違いなしに肺がんになるといわれるほどである。また同様の過程でアメリシウムやキュウリウムなどの超ウラン元素も生成されるが、プルトニウムと同様に、これらも恐ろしい放射性物質である。

4、こうして原子炉で1年間核分裂反応を続けた後の使用済み核燃料の放射能の強さは、使用前のウラン燃料の約1億倍にもなるのである。

5、使用済み核燃料貯蔵プールの脆弱性・危険性

1)上記のように、もともと危険な「使用済み核燃料」を貯蔵しているのが、「使用済み核燃料貯蔵プール」である。

2)原子炉本体は、放射性物質を厳重に隔離するために、「原子炉建屋」の中に「格納容器」と「圧力容器」の二重構造になっている。それでも、福島のような重大事故が発生した。

3)しかしながら「使用済み核燃料貯蔵プール」は、原子炉のような隔離壁は一切なく、むき出しのままの水の中に使用済み核燃料棒を貯蔵して水冷しているに過ぎない。もし巨大地震や津波が「使用済み核燃料貯蔵プール」を直撃した場合には、原子炉以上に重大事故につながる危険性は容易に推認可能である。

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◆原告第52準備書面
-核ゴミ問題について-
目次

原告第52準備書面
-核ゴミ問題について-

2018年(平成30年)5月30日

第52準備書面

目 次

はじめに:本準備書面の簡潔なまとめ

第1 使用済み核燃料自体の危険性

第2 満杯になりつつある使用済み核燃料貯蔵プール
一、満杯になりつつある燃料プール
二、姑息で危険性を増す「リラッキング対策」について
三、関電の「空冷式にするから大丈夫」との弁解について

第3 破綻した「核燃料サイクル」について
はじめに
一、「核燃料サイクル」の仕組み
二、再処理工場の危険性
三、再処理工場は、操業開始の目途がたたず
四、再処理工場で大量放出される放射性物質
五、「再処理」で放射性廃棄物は逆に増える
六、実態でも理論でも破綻した高速増殖炉
七、危険なプルサーマル計画

第4 「高レベル放射性廃棄物」のに関する『科学的特性マップ』の批判
一、「高レベル放射性廃棄物」の最終処分に関する日本政府の処理計画
二、地震列島日本における地層処分の非現実性
三、「高レベル放射性廃棄物」の「地層処分」は既に世界的に破綻
四、日本学術会議の警告

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◆原告第51準備書面
―廃炉の困難性について―

原告第51準備書面
―廃炉の困難性について―

2018年(平成30年)6月8日

原告第51準備書面

【目次】

1 はじめに
2 スリーマイル島の原発事故の後処理
3 日本原電東海発電所の廃炉作業
4 福島第1原発の廃炉(その1汚染水対策)
5 福島第1原発の廃炉(その2デブリの取り出し)



1 はじめに

 (1) 原告らは、平成25年5月25日付第12準備書面の中で、福島第1原発の廃炉の困難性について大雑把な素描をした。原発問題を取り上げるとき、廃炉の危険性,困難性への言及は避けて通れないからであるが、素描にとどまったのは、福島事故後2年くらいしか経っていない段階で、廃炉の見通しについてあれこれ論評し、短絡的に結論を出すのは相当でないと思料したからである。

それから5年。はたして福島第1原発の廃炉作業は進捗したであろうか。結論的に言えば、毎日5000人ないし6000人の人たちが懸命に作業をしているにもかかわらず、廃炉ロードマップに示された作業は遅々として進んでいないと言うのが現実の姿である。
確かに4号機の核燃料の取り出し、移転など廃炉に必要な作業工程を終了させた一部の進捗面があるものの、廃炉全体を通じていえば、いろいろ困難な壁が次から次へといくつも出てきて、暗闇の中を手探りで進むような作業となっている。

 (2) 廃炉の危険性、困難性

廃炉は、高濃度の放射能に汚染された原子力発電所の原子炉、格納容器及び建屋その他のガレキなどをきれいに撤去し、その区域を放射能のない安全な場所によみがえらせることにある。どんな原発でも、停止・閉鎖には廃炉作業が不可欠なのである。

しかし、一般的に言えば、廃炉は、まず高濃度の放射線に汚染されている核燃料棒を安全に取り出し、保管する必要があり、次にやはり高濃度に汚染されている建屋や原子炉の解体がそれに続く。放射線の飛散や吸引を無視するわけにはいかないから、廃炉は慎重の上にも慎重な作業が求められ、困難を極めざるをえない。

次に、解体が終了したとき新たな問題が発生する。ほかでもなく解体された建屋・原子炉の廃棄物の最終処分場の問題である。わが国には,「トイレなきマンション」を建てたのと同じだと峻烈な批判がなされているように,使用済み燃料棒や放射線物質に汚染された廃棄物の最終処分場がつくられていない。どこで、どういう方法で保存し、どう最終的に処分するのか。それが現実に決まらなければ,廃炉すらできないのであるが、我が国にはそれがない。それにもかかわらずどんどん原発をつくり、稼働して核燃料やゴミを大量に排出している。これをどうするのかが大問題なのである。

要するに,原発という魔物をいったん生誕させたら,これを死なすことも自由にできなくなってしまうのである。

次項にこうした廃炉作業の困難性と悪戦苦闘ぶりを、福島第1原発事故に先行したアメリカ・スリーマイル島の原発事故と日本原子力発電(株)の東海発電所の廃炉作業を取り上げて具体的に述べることとする。

その前チェルノブイリで取られた石棺方式について述べておく。

 (3) 石棺方式の否定

石棺方式とは、原発爆発により一部破損した建屋、原子炉その他関連施設全体を大きなコンクリートかステンレスですっぽり覆ってしまって、放射性物質を100年程度はそのまま閉じ込めてしまうやり方がある。チェルノブイリ原発ではこの方法を採った。つい最近(2018年)コンクリート製の覆いの消耗が激しくなってきたので、ステンレス制の大型屋根と交換された。これは放射線を除去して被災地をよみがえらせる作業ではなく、一定期間密閉して放射線の自然減衰を待つと言うものである。密閉していると言っても、放射線汚染地という評価は100年なら100年は続くであろうから、暫定的な封じ込めであって問題の根本的な解決にはならない。従って福島県や地元自治体も住民も石棺方法には猛反対である。廃炉を進める東電及び国も現実の廃炉を目指している。

 (4) 廃炉のためにしなければならないことは、福島第一原発の状況から見て大きく分けて3つあると言われている。

1つは、汚染水対策。

2つめは燃料(デブリ)の取り出し。

そして3つめが解体・片付け(廃止措置)である。いずれも高濃度の放射性物質によって汚染されているから、作業は困難を極める。

以下に、福島第一原発ではこの3つの課題がどのように進んでいるか、進んでないとしたら、その原因がどこにあるのか、そしてその解決のためには何が必要になって来ているかを明らかにしていく。

 (4) 原告らの思い

念のために断っておきたいのは、原告らは福島第1原発の速やかな廃炉を期待し、強く望んでいる。それなくしては、福島県住民の安全と健康を確保できないから、帰還はもとより不可能であり、従って被災地の復興も復旧も半永久的にありえないからである。だが、ひとたび事故を起こした福島第一原発の廃炉過程がいかに危険極まりない困難な作業であるかを事実に即してリアルに記述していくことは、原発の安全性神話から人々を覚醒させ、原発停止の必要性を理解する上で是非とも必要なことであると思料する。

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2 スリーマイル島の原発事故の後処理

 (1) スリーマイル島=TMI(Three Mile Island)の原発事故は、デジタル大辞泉によると、「1979年3月28日、米国のペンシルベニア州スリーマイル島原子力発電所2号機で発生した大規模な原子炉事故。営業運転中に発生した給水ポンプの故障を発端とし、運転員が非常用炉心冷却装置(ECCS)を手動で停止するなどの誤操作が重なって、冷却材喪失事故に発展し、炉心溶融を起こした。放射性物質の一部が環境に放出され、近隣住民が避難したが、被曝線量は平均0.01ミリシーベルト、最大でも1ミリシーベルトで、放射線障害は起きていないとされる。原発事故の度合いを示す国際原子力事象評価尺度でレベル5に分類される」と説明されている。

 (2) スリーマイル島原発事故は、全世界に衝撃を与えたが、それから32年後の2011年に起きた福島第1原発に比べると、爆発の規模ははるかに小さかった。外部に放出された放射線量も長期の避難住民が出なかったほどにすくなかった。

2号機の廃炉は、1979年に決定された。スリーマイル島原発では、事故の規模も小さく、燃料棒の冠水もすぐさま回復されたので、原子炉の中にデブリは出来ていないだろうと推測されたが、案に相違して100トンのデブリが存在していた。

デブリについて第12準備書面で述べた説明は部分的であり、不正確であったので、ここで改めて述べておく。デブリ、あるいは燃料デブリとは、原子炉の事故によって溶け落ちた核燃料が原子炉のコンクリートや金属と混ざり合い、冷えて固まったものである。スリーマイル島原発ではその硬さは鉄の棒をも全く寄せ付けなかったと言われている。

スリーマイル島原発事故では、原子炉の真上に作業台を設置し、そこに特殊ドリル(デブリを掘削し、取り出す)操作用機械を設置した。そこから水中に特殊ドリルを入れて掘削・取り出し作業を行った。しかし水の中は、大量の微生物が発生していて視界がさえぎられ、作業は困難を極めたといわれている。

核燃料すなわちデブリの取り出しを開始したのが、事故後6年目からであったが、完了したのがそれからさらに5年後の1990年であった。

この燃料棒取り出し作業を指揮したウイリアム・オースチン氏は、NHKスペシャル番組「廃炉への道」(2014年)の取材を受けて、「スリーマイル島の場合のデブリは原子炉の中に存在したが、フクシマの場合は圧力容器の底をすり抜け、格納器の底に落ちている。しかも原子炉上部から水中30メートルの距離である。そんな深さに真上から水の中に工具を入れてデブリを取り出すことは非常に困難である」。「私たちと比較にならならないほどの困難です。日本に立ちはだかる困難さは想像出来ないほどです」と語っている。「困難さを想像できない」とは、殆ど不可能だと言っているのに均しい。

 (3) 2号機の原子炉内のデブリ取り出しは終了したが、直ちに廃炉手続きに入るのではなくて、1号機の廃炉を待って同時に廃炉する計画で待機となった。だが、所有会社の経営困難により1号機も2号機も予定より早く廃炉に入ることにしたとのことである。

3 日本原電東海発電所の廃炉作業

 (1) 日本原子力発電株式会社(以下、日本原電と略称する)東海発電所は、第12準備書面で紹介したように、日本で初めての商業用原子炉発電所として1966年7月に営業運転を開始した。それから福島第1原発事故までの45年間に52基の原発が日本列島を覆い尽くし、日本を原発大国に変化させた。

先駆的役割を果たした東海発電所は、原子炉や熱交換器の大きさに比べて出力が小さいこと、 燃料コストや発電単価が割高であること等から1998年3月31日をもって運転を停止し、わが国で初めての廃炉作業に入った。原発事故による廃炉でないという意味で「ふつうの廃炉」と呼ばれることがあるのは、前述したとおりである。

しかし、普通の廃炉でも、放射線との戦いになることは変わりないので、放射線の高い部分である原子炉領域の解体は非常な危険性、困難性が伴う。それで原子力領域は放射能を減衰させるため、安全貯蔵状態にしておく(2001年から18年間)。2019年度からいよいよ原子力領域の解体撤去工事にかかる。これに7年の年月をかけ、建屋全体の撤去工事等が完了する予定は2024年から2025年とされている。何かトラブルが発生したときはこの帰還予測がさらに遅れることはもちろんである。

運転停止から廃炉が完了するまでは約30年である。

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4 福島第1原発の廃炉(その1汚染水対策)

 (1) 汚染水の発生

本件福島第一原発の4基の原子炉の中に、今も、上から水を入れ続けなければならない。そうなれば当然放射線による汚染水が増量してしまうが、しかし福島第一原発ではそれが不可避である。その理由について、前掲の「廃炉図鑑」は次のように説明している。「事故直後、津波の影響で非常用電源も含めた電源設備が水没し、1~4号機すべての電源が止まりました。その結果、燃料を水で冷却するシステムが使用できなくなり、原子炉の中の燃料が高温になって、燃料自体が溶け出しました。できたのがデブリと呼ばれるかたまりです。これは原子炉の中の『圧力容器』という金属でできた容器の底を溶かして突き抜けました。燃料デブリを冷やさないとさらに発熱して周りのものを溶かし、放射性物質も発生してコントロールができなくなります。被害を拡大させないためにはこれを水で冷やさなければならない。そこで原子炉の中や『使用済み燃料プール』と呼ばれる使い終わった燃料やこれから使う新しい燃料が入っているプールを冷やすため、原子炉建屋に水を入れようという作業が始まりました」(甲第445号証92頁)。

また、福島第一原発の山側から海側に向かって地下水が流れており、それが高線量の放射性物質によって汚染された建屋の下を通るので、毎日400トンという汚染水が発生した。これをそのまま海に流すわけにはいかないので、その処理が急がれた。

 (2) 汚染水処理の「成果」

それで、事故直後は水をヘリコプターで吊して運んできて原子炉の上からかけたり、消防ポンプとホースを利用して水を注いだり等の応急的な対応をしてきた。

しかし、そうして原子炉の中に注いだ水が建屋の外に漏れ出ているのが分かったため、これを防止する下記のシステムや施設などを設置したりして、ある程度「落ち着いた状態になった」と言われている(前掲「廃炉図鑑」甲第445号90頁以下)。

 ア 汚染水を循環させるシステムを確立した。
応急処置的にプロセス建屋の地下の部屋に止水工事をして汚染水を貯めることにし、やがて金属製の貯蔵タンクを大量に用意をして、そこに貯めていく。さらに貯蔵タンクにすべての水を流すのではなく、一部を再び建屋に戻し燃料冷却のために使用することで汚染水発生量を減らすシステムができた。

 イ 汚染水から放射性物質を取り除く、巨大な汚染水処理システムをつくった。
循環冷却が安定したとしても、汚染水の循環であるから、循環している間に原子炉建屋の汚染源に触れ続けると汚染濃度が高まって危険度が増すので、汚染水循環過程でこれを浄化させていく巨大システムをつくった。

 ウ ALPS(多核種除去設備)、モバイル型ストロンチウム除去装置での浄化処理を開始した。
ALPSの導入以前は汚染水の中のセシウムしか除去できなかったものが、ALPSの導入によって62種類の核種、放射性物質を取り除くことができるようになった。

 エ 凍土壁を設置した
原子炉建屋の中に毎日300m3の地下水が流入していたが、平成27年(2015年)ころになって地下水バイパスやサブドレンの汲み上げなどによって150m3に減らすことができた。それ以上に減らすにはどうしたらよいか。それで考えられ、実行されたのが凍土遮水壁(以下、単に凍土壁という)である。

凍土壁は、原子炉建屋に1~4号機を囲むように約1500本の管を1メートル間隔で地下30メートルまで打ち込み(全長約1.5km)、そこに氷点下30度の液体を循環させて凍土の壁をつくり、原子炉建屋に地下水が流れ込むのを防ぎ、汚染水の発生を抑える方法である。平成29年冬にはほぼ完成した。しかし、凍土壁による汚染水発生量の低減効果は1日約80トンにとどまる(甲第446号=2018.3.8付京都新聞夕刊)。

 (3) 今後の課題

平成29年6月策定の廃炉汚染水対策関係閣僚会議による「福島第一原発の廃止措置に向けた中長期ロードマップ」(甲第442号証。以下これを改訂廃炉ロードマップという)は、汚染源を取り除く、汚染源に水を近づけない、汚染水を漏らさないの3つの観点から予防的・重層的な対策を講じるとしている。

そこに掲げられた改良点は随時追求されて行くべきであろう。

しかし、次の2点はどうしても指摘せざるを得ない。決してめでたし、めでたしではないのである。

 ア 1つは、凍土壁の費用対効果である。凍土壁の構築には国費345億円が投じられた。その上今後も凍結の維持に年間10数億円がかかると言われている。廃炉まであと40年かかるとすれば、4000億円もの国費が投入されることになるのである。それだけの国費を注ぎ込んでも、当初掲げた「凍土壁構築後は、遮水壁内には外部からの地下水流入が殆ど無くなる」という目標にもかかわらず、一日80トンの汚染水しか減量できない(逆に言えば汚染水の発生は一日約150トン程度になる)という結果には落胆を禁じ得ない(原子力規制委員会はもともと凍土壁の効果に懐疑的であった)。

前記改訂廃炉ロードマップは、「2020年内に、‥‥汚染水発生量全体を管理して、その総量を150m3/一日程度に抑制する」という目標が掲げられているが、凍土壁のどこから地下水が入り込むのか具体的場所を突き止めてこの目標を実現させることこそが急務である。

 イ 2つめ貯蔵汚染水の処理の問題である。
トリチウムを含んだ汚染水は前述したように金属製タンクに貯蔵され、福島第一原発の敷地に並べられている。しかし、後2、3年で並べるスペースもなくなる言われている。ではどうするのか。

直ちには何の改善策もないのである!

根本的には核燃料や廃棄物の中間貯蔵施設や最終処分場を持たないで原発開発を進めてきた、いわゆる「トイレ無き原発」推進政策が破綻しつつあるのである。

一部には、希釈して海に流出させれば良い、海が希釈してくれると言う意見もあるようだが、希釈の可否の問題ではない。たとえ何年か年中年か先には希釈されるとしても、放射線汚染水が流された海で獲れた魚を誰が食べるのか。そんなことをすれば福島県の漁業は壊滅する。漁業関係者は死活問題に追い込まれる。住民の健康と安全の確保、地元の復興、復旧のための廃炉と言う目的がいつの間にか変質し、住民の生活を奪い、死に追いやるような方針を絶対に許してはらない。

このジレンマを解決しない限り、廃炉は決して実現しないのである。

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5 福島第1原発の廃炉(その2デブリの取り出し)

 (1) 1~4号機の内部状況

爆発を起こした1号機ないし4号機の原子炉の状況は現在(2018年3月11日時点を指す。以下、同じ)どうなっているだろうか。それがよく分からない。何故なら原子炉内の放射線量が高くて近づけないから、内部の状況をよく把握出来ないのである。それが分からなければ、デブリの安全な取り出しについて対策を立てようがないから、その詳細な状況の把握が不可欠である。以下にそれを素描する。

 ア 4号機の状況について
まず4号機は前述したように、5号機、6号機とともに定期検査のために発電を止めて、原子炉内から燃料棒を取り出し、使用済み燃料プールに保管していた。4号機の爆発は何らかの原因によって発生した水素(3号機から発生した水素が回り込んだという説には疑問が呈されている―甲3号証=国会事故調報告書160頁)が爆発し、4階、5階部分を吹き飛ばしたものであって、原子炉内の燃料棒が爆発したものではなかった。それゆえ、4号機原子炉内にはデブリは発生していない。しかも懸念された燃料プール内に水が満たされていたので、燃料棒の爆発と放射能拡散の危険はひとまず収まり、その廃炉作業は「ふつうの廃炉」と同じように進めることができている。

4号機の燃料プールに貯蔵されていた核燃料棒は1535体であった。これを取り出して安全な場所に移転する作業が2013年11月18日から開始された。細心で慎重な作業が約1年続けられた結果、2014年12月22日までで無事終了した。

ただし、原子炉内にはその後も水が満たされている。燃料棒はないが、放射線に汚染された構造物等が原子炉内に残置されており、これを冷却するためである。この高汚染水の処理が今後の課題となっている。

 イ 1号機ないし3号機の状況について

  1.  これに対し、メルトダウンした1号機ないし3号機の原子炉は、放射線量が高く、人が近づけない。それで次次と作業用ロボットを製作し、それを遠隔操作して、原子炉内の状況を把握しようとしてきた。しかし、その結果分かったことは必要な情報のごく一部のみであって、大部分は失敗の連続であった。
  2.  1号機の燃料プールには使用済み核燃料が392体、2号機には615体、3号機には566体保管されている。合計1573体である。
    3号機の566体は強い放射線を出す使用済み燃料と未使用燃料を合わせた数字であるが、これらの燃料棒の取り出し・移転は、燃料デブリをはじめとする今後の廃炉作業を安全に進めるために必要であるので、2014年から開始する予定であった。しかし、東電は3度にわたり、開始を延期してきた。平成29年9月の改訂廃炉ロードマップ(甲第442号証)では、2018年中頃を目途に取り出しを開始するとされている。屋上に燃料取り出し用のカバーが設置されて、そのための準備が進んでいる。
    1号機、2号機の使用済み核燃料の取り出し・移転について政府が策定した廃炉工程ロードマップ(1次=甲193第号証)では、燃料取り出し・移転の開始は「2020年目途」とされていたが、それが3年遅れとなり、2023年となった。4号機の核燃料棒の移転は前述のように1年有余の年数を要したが、これと比べると、例えば1号機などはオペレーテイングフロアのガレキの散乱が激しく、これを整理し片付けながらの作業を余儀なくされるので、4号機よりもはるかに多くの時間を要することが予想される。
  3.  1号機ないし3号機の原子炉内部は本件爆発事故当時運転中であったため、燃料棒は高熱によって溶融し、デブリ化した。この燃料デブリの取り出しが廃炉の成否を握る最大の難関である。しかし、前述したように、1号機ないし3号機の内部状況は必死の努力にもかかわらず未だ殆どつかめていない。理由は繰り返し述べてきたように放射線量が極めて高く、人が近づけないためである。それでロボットを製作し、これを遠隔操作して線量や内部のデブリの状況を知ろうしてきたわけであるが、その結果分かったことはごく一部であって、まだまだ全容解明にはほど遠い状況にある。
    放射線量についてロボットから送られてきた情報によると、2号機の原子炉外で原子炉を支える基礎の部分で531シーベルトの放射能が存在していることが分かった。これは人間が1分間浴びたら即死亡するというほどの異常値である。そんな高い放射線量が原子炉外に存在する理由について誰も見当もつかないという状況である。
    2018年3月7日付朝日新聞によると、放射線量は1号機で1.5~12シーベルト/h(2017年5月調査)、2号機で7~42シーベルト/h(2018年1月調査)と報じている。

以上、要約的に言えば、原子炉内の状況については少しずつ分かってきた面があるものの、全体的に言えば未だ何もかもがボヤッ-としか見えない深い霧の中にあると言っても過言ではない。その点について改訂廃炉ロードマップでは、「燃料デブリに関する情報や燃料デブリ取り出しに必要な技術開発等が未だ限定的であることから、現時点で燃料デブリ取り出しを検討するには未だ不確実性が大きいことに留意し、‥‥不断の見直しを行う」と記述されている。要するに、今得られている情報からは、確信が持てる廃炉方針が具体的に定まらないということである。

 (2) デブリ取り出し作業の困難性

 ア 平成29年9月の改訂廃炉ロードマップでは、燃料デブリ取り出しに関する方針として、“ステップバイステップのアプローチ”とか、“廃炉作業全体(準備工事、取り出し工事、搬出・処理・保管及び後片付け)の最適化”とか、“複数の工法の組み合わせの必要性”とかなどについて言及しているが、これはもはやロードマップではなく、デブリ取り出し作業に着手・推進する側の心構えを述べたものに過ぎないというべきであろう。廃炉推進に関わる人たちの緊張感や必死さは伝わってくるけれども、具体的な廃炉作業工程について言及するところがないのである。

 イ デブリ取り出しの方法は、冠水工法と気中工法がある。福島第一原発の1号機ないし3号機にはすでに原子炉内に流入された水が満たされていたので、冠水工法によってデブリの取り出しが行われるという前提で進められてきた。水は、冷却効果の外に放射線を遮蔽する効力、さらにダスト飛散の防止効果を持っているので、冠水工法によれば放射性物質からの安全は確保されるという感覚で進んできた。

しかし、1号機ないし3号機の原子炉は小さな穴がたくさん開いており、水は外部に流れて貯まらない。その穴を防ぐべくコンクリート(いろいろな物質との化合を加えてのことであるが)を水と同時に流し込む実験をしたところ、水の流失は一応止まったとのことである。だが、その止水は実際に恒常的な安定性を有するのかは誰にも分からない。それが保障されなければ、工業化は難しい。

また、格納容器の底部に存在するデブリを冠水工法で取り出そうとすれば、オペレーテイングフロアから水中約10ないし30メートルの深さまで工具を吊り下げて入れて、遠隔操作をする必要がある。このような遠隔操作がはたして可能かどうか。可能としても非能率この上ないことは誰しも認めるであろう。

それで、改訂廃炉ロードマップでは、気中工法に軸足を置くとして、「現時点では冠水工法は技術的難度が高いため、より実現性の高い気中工法に軸足を置いて今後の取り組みを進めることとする」と結論づけている。

と同時に、格納容器の底に存在するデブリは上から出なく、横から取り出すことを先行させる。

しかし、気中工法の欠陥は、取り出し中のデブリから多量の放射性物質が飛散すること、それを防止しにくいことである。日本中どこの家屋解体でも多量の粉塵が飛散されることは常識であるが、本件の場合の粉塵は放射性物質によって汚染されているから、飛散を完全に遮断しなければならないが、その方法は未だ定まっていない。

 ウ 廃炉の最終目標は当然1号機ないし4号機の建屋解体、そのガレキ等の後始末まですることであるとしたら、放射性物質で汚染された廃棄物が相当量出てくるのは必定である。それをどこへ運搬し、どこで処分するのか。それが未だに具体的に決まっていない。改訂廃炉ロードマップではデブリ取り出し後の第3期で決定するとして先送りしているが、改めて述べるまでもなく、それが決まらなければ、デブリの取り出しなどには着手できないのである。

 エ それにもかかわらず、廃炉ロードマップでは、デブリ取り出し方法について2019年度までに確定し、2021年から初号機におけるデブリ取り出しを開始するとしている。

1号機ないし3号機の原子炉内外の状況について殆ど把握出来ていない2018年度時点に立って予測してみても、あと1年でデブリ取り出し方法を決められるはずがない。ロードマップは早晩改訂されることは確実である。こう頻繁に改訂を繰り返すのでは、ロードマップの名に値しない。

正直言って、現時点でのデブリ取りだしはあれこれ模索しているという以上の域を出ない。マスコミも「燃料デブリ 調べるほど多難」(2019年3月7日付朝日新聞朝刊=甲第440号証)、「廃炉 遠い道のり」(前同日付毎日新聞朝刊=甲第441号証)などとやや絶望的な見出しをつけて、デブり取り出しが遠い将来の課題となっていることを嘆じて報じている。

東電の社員は、“我々は世界中どこでも経験したことがないような非常に困難な作業を遂行しているのであって、次世代までしっかりと引き継いでいきたい”と胸を張る。その心意気を敢えて否定する気はないけれども、そう言うならその前に本件福島第一原発の事故は天災ではなく、平成14年から18年にかけて津波の長期評価等から知り得た15メートル以上の津波が襲来する可能性を無視して何の対策も取らなかった被告東電と、適切な改善指導をしなかった国の責任であることを忘れてはなるまい。東電と国の責任は原発避難賠償訴訟で各地の判決(今日までの判決として前橋地裁平成29年3月17判決、福島地裁平成29年10月10日判決、京都地裁平成30年3月16日判決及び平成30年3月16日東京地裁判決)が明確に断じているところである。こんな大事故の収束作業を世界中どこでも経験したことがないという以前に、こんな大事故を起こした国は世界中どこにもないこと(チェルノブイリは例外であるが)に深く思いを致すべきである。

 (3) 廃炉の期間

計画通りうまくいって、仮に2021年からデブリの取り出しを開始することができたとしても、完了するのに何年かかるのだろうか。誰も予測もできない。実際やってみなければ分からないのである。

改訂廃炉マップは、デブリ取りだし開始から30年ないし40年という期間を挙げている。その年月を知って誰もがあまりの遠さに嘆息する。しかし、嘆息しながら何となくそれくらいの期間をかければ何とかなるだろうと思ってはいないか。そこが味噌だが、科学的にその保証はどこにもなく、ええ加減な感覚で言ってるに過ぎないのである。それが証拠には、30年~40年とひとくくりで言うが、その10年の差は何の違いがあってもたらされるのか、おそらく誰も答えられないであろう。
問題の先送りをしてごまかしているだけではないのかと言わざるを得ない。

 (4) ドイツの決断

ドイツは我が国と同じように原発大国であったが、福島第一原発事故の後大きく舵を切り、原発廃絶を国会で決議した。すでに2011年中に8基、2015年6月に1基が閉鎖された。現在(2018年現在)、9基の発電炉が稼働しているが、2022年までにすべての原発を停止・閉鎖する予定である。

ドイツを全原発廃炉に踏み切らせた理由は何か。それは、日本のような科学技術先進の国であっても大規模な爆発事故が発生したことを重視し、人間が扱う以上原発事故は避けられないとして原発ゼロ国家へ転身したのである。

ドイツは福島第1原発事故から貴重な教訓をくみ取り、迷うことなく原発ゼロに踏み切った。ドイツは日本を教訓にした。今度は我々がドイツを教訓にして原発ゼロを実現さなければならないのである。

以上

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