◆原告第14準備書面
第5 被告関電の津波高試算方法の問題(1)

原告第14準備書面
-津波の危険性について 目次

  第5 被告関電の津波高試算方法の問題(1)

 1 活断層、及び古地震(津波)を適切に評価していないこと

関電側準備書面(2)によれば、被告関電は、大飯発電所に影響を及ぼす日本海側の津波について、以下のような認識であると考えられる。

  1. 福島第一原発の事故は、海・陸のプレート境界で起こった超巨大地震に起因しており、この際に発生した巨大津波が被害を大きくした。しかし、若狭湾の原発群は、海・陸のプレート境界から遠く、海溝型地震による津波影響は、考慮しなくてもよい。
  2. 「理科年表」によれば、日本海側で10mを超える津波は、1741年8月29日の北海道から佐渡に至る地震で15m、1983年5月26日の日本海中部地震で10m超、1993年7月12日の北海道南西沖地震で10m超が知られている。しかし、これらの例はいずれも日本海東北部のユーラシアプレート及び北米プレートの境界に近いところで起こっており、プレートの境界から遠い日本海西南部では、このような津波は認められていない。
  3. 日本海東北部のプレート境界は、海・陸のプレート境界ではなく、陸・陸のプレート境界なので、一方のプレートの下に他方のプレートが潜り込むと言うことはない。そこで、太平洋側のように超巨大な海溝型地震は起きないと考えられる。
  4. 2014(平成26)年8月26日に行われた「日本海における大規模地震に関する調査検討会」第8回会合の公式見解によれば、若狭湾に近い福井県坂井市で7.7m、京都府伊根町で7.2mの最大津波が予測され、大飯発電所では2.8m津波の到来が予測される。

以上の認識に基づき、関電側は、新規制基準を踏まえた大飯発電所の津波対策として、安全の上にも安全性を考えて、本件発電所における主要な建屋の敷地高さT.P.+9.3mとしているほか、海水ポンプ室についてもT.P.+8mの津波まで耐えうる対策を講じているため、何らの危険はないとしている。

しかしながら、被告関電の主張には以下の問題点がある。

 2 阿部の式を用いることの問題

(1)被告関西電力の主張

被告関西電力は、敷地周辺の海底活断層について、阿部に示される簡易予測式を用いて発電所敷地に到達する推定津波高さを検討したとする(準備書面
(2)12頁)。

(2)阿部の式を用いることの著しい不合理性

阿部による津波高の予測は、津波マグニチュードMtの決定式と地震断層パラメータの相似則に基づいて、津波の伝搬距離Δ(km)付近での区間平均高(海岸全域を20km~40km程度の範囲に区切って、その一つの区間内でのすべての津波高を平均した値)を近似したものであるから、例えば震源からの距離が概ね同一である一定の海岸線のある区間において到来するであろう津波の平均的な高さを求めることが可能となる。

しかし、同予測は、(1)あくまでも予測であって実測値とは乖離がある上、(2)到来する津波の平均値を求めるものであって最大値を予測するものでもないし、より重要なことに、(3)津波の高さに大きな影響を与える海底地形や海岸地形、地震のメカニズムなどの重要な要素を捨象したものであるという問題がある。

(1)について、20世紀に発生したもののうち一定規模以上の津波を見ると、以下のように、阿部の式に基づいて予測された最大津波高(各区間の平均高を比較して最大の値を取ったもの)と、実測された津波高との間には乖離が見られる。
予測最大平均高が実測最大平均高を上回ったもの(実際に発生した津波の平均高の方が低かったもの)もあるが、逆に実測最大平均高が予測最大平均高を上回ったもの(予測された平均高よりも高い津波が発生したもの)もあり、1993年北海道南西沖地震においては、予測最大平均高が5.6メートルであったのに対し、実測最大平均高はそれを1メートル以上上回る7.7メートルであった。

予測最大平均項を1メートル以上上回る津波が発生したり、逆に2メートル近く下回る津波しか発生しなかったこともあるということは、阿部の式による平均高の予測では振れ幅が大きすぎ、実際に発生する津波規模の算定において根拠とはなり難いことを如実に示している。阿部の式による予測には根本的に信頼性の疑義があり、正確に規模を予測することはできないというべきである。

【甲205.1,2】【表省略】

(2)について、平均高は上記のとおり一定区間における津波高の平均値を取ったものであるから、当然、当該区間における最大の津波高を示すものではなく、実際にはそれよりも大きな津波が生じ得、現に繰り返し観測されてきた。
例えば、上記図表に示した津波では、実測最大高が予測最大平均高や実測最大平均高を大幅に上回っている。1968年に発生した日向灘地震における津波では実測最大平均高1.9メートルに対し、実際の最大高は3メートル超とである。1983年の日本海中部地震でも、秋田県において2.3メートルから最大で13.8メートルの津波が(丙4・15頁目〔右上「13」〕においても、秋田県内で10メートルを超え最大14メートル近くの津波の痕跡のあることが示されている。)観測されているが、区間内の154個の測定値をもとにした実測最大平均高は上記のように7.5メートルにすぎず、最大高を6メートル以上下回るものであった。しかも、予測最大平均高に至ってはそれよりもさらに低い7.1メートルにすぎない。もちろん1933年の三陸地震や1993年の北海道南西沖地震でも、予測最大平均高と実測最大高との乖離は著しく大きい。

津波の高さは地形条件などによって大きく変わり得るものであり、東日本大震災において発生した津波にも非常に大きなばらつきがある(下図。原告第2準備書面27頁に同じ)【図省略】ように、津波高に大きなばらつきが発生することは通常のことであるということからすると、平均高を予測するにすぎない阿部の式によっては、発生する津波がどの程度の規模のものであるかを適切に導くことはできないのであり、原子力発電所という一旦事故が発生すれば極めて甚大な被害を引き起こす施設における津波予測手法として重大な問題があるのである。

(3)について、(1)(2)のように、阿部の式が実際の測定値との間に大きな乖離があったり、一定区間における平均値を導くものにすぎないのは、津波の高さに大きな影響を与える海底地形や海岸地形、地震のメカニズムなどの要素を捨象しているからである。津波高はこれらの諸要素によって大きく変動し、さらには地盤沈降・隆起の有無、土砂崩れの有無、遡上の有無などによって全く違った値となるが、これらの要素をすべて適切に数値化し、信頼性あるパラメータとして入力することは極めて困難であるし、そもそもそれらの自然条件を全て適切に条件付けした計算式を策定することは凡そ不可能である。計算式は、必然的に諸要素を取捨選択し、あるいは仮定的条件を設定して策定せざるを得ないものであり、地震発生やその規模を予測することがおよそ不可能であることと同様に、発生する津波の規模を完璧に予測することもまた不可能である。

(3)被告関西電力が算出した地震による津波水位の不合理性

なお、被告関西電力は、日本海東縁部の断層についてモーメントマグニチュード7.85の波源モデルを設定している(関電準備書面(2)16頁)ところ、この点についても地震の平均像をもとにしており原子力発電所における地震予測方法として極めて不合理であるという問題があるが、この点については地震に関する事項であるので、別書面で詳論することとする。

(4)小括

以上のとおり、阿部の式はあくまでも平均的な津波の高さを求める式であるから、原子力発電所に到来する可能性のある津波高の予測に用いるには著しく不適切である。よって、このような式によって算出した地震による津波水位を前提に策定された基準津波そのものが不合理である。

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 3 1026年の「万寿津波」(古津波)について

加藤芳郎論文(甲212)は、1026年の「万寿津波」の場合、島根県の益田周辺で地震の被害はほとんど記録に残されていないのにもかかわらず、20mを超える津波がこの地域を襲ったという文書記録が、正徹物語、石見八重葎、横田物語、安田村発展史などに残されていると指摘する。この指摘によれば、プレート境界から遠い日本海西南部において20mを超える津波が襲ったということになり日本海西南部では「超巨大な海溝型地震は起きない」(上記(3))とする被告関電の主張は根底から覆される。
このように、地震によらずに20m超の津波が発生するメカニズムはまだ、定説がないが、産業技術総合研究所の岡村行信教授[11]は、海底の堆積性斜面崩壊による津波の可能性すなわち海底地すべりによる津波発生の可能性を指摘しており、大地震が起こりにくい場所でも、大規模な斜面崩壊が起こり津波を発生させるメカニズムを提示している。(甲213:「日本海の津波波源」[12]岡村行信)。
同人は、このような海底の大規模斜面崩壊の例として、島根沖のほか、鳥取沖や若狭湾沖を示している(甲213-12「下図参照」)。同人が例として挙げる若狭湾沖は、被告関西電力準備書面(2)18ページの[図表7検討対象とした海底地すべり地形]に示されているエリアA、エリアB、エリアCを含む長さ200km程度の広大な大規模斜面崩壊を想定しているものと考えられる。

【甲213-12:「日本海の津波波源」】【図省略】

被告関電は、準備書面(2)の17~19ページで「海底地すべりよる津波」の影響を見積もる際に、3つのエリア(A~C)に分けて検討し、それぞれの海域で独自の海底地すべりが生じたとして、その影響は高々4.7mとしている。しかし、これらのエリアが同時に動いたとすると、[図表8]から見ても、大飯発電所では、10mを超える最大水位上昇が予想されることになる。このことから考えても、「万寿津波」[13]に関する文献の信頼性についての検証が重要である。

被告関電は、大飯原発の再稼働(申請)を停止し、1026年の「万寿の津波」の記述の信憑性、及び、上記3つのエリア(A~C)が同時に地すべりを起こした場合の試算について明確なエビデンスが得られるまで調査し、結果如何によっては津波対策を根本的に見直す必要がある。被告関電は、貞観津波の知見を得ながら原子炉の運転を続けることにより福島第一原発事故を招いた東京電力と同じ過ちを繰り返してはならない。

[11] 岡村行信:産業技術総合研究所活断層・地震研究センター長産総研は日本の堆積物調査における中心的機関である。岡村氏は東日本東北大震災以前より貞観津波の存在を主張していた。

[12] 同資料は、平成25年2月13日、国土交通省「第2回日本海における大規模地震に関する調査検討会」にて岡村氏が配布したものである。
http://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/daikibojishinchousa/dai02kai/dai02kai_siryou2.pdf

[13] 「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則の解釈」第5条(津波による損傷の防止)2は以下のとおり他の地域の津波の発生についても検討することを規定する四他の地域において発生した大規模な津波の沖合での水位変化が観測されている場合は、津波の発生機構、テクトニクス的背景の類似性及び観測された海域における地形の影響を考慮した上で、必要に応じ基準津波への影響について検討すること。
七津波の調査においては、必要な調査範囲を地震動評価における調査よりも十分に広く設定した上で、調査地域の地形・地質条件に応じ、既存文献の調査、変動地形学的調査、地質調査及び地球物理学的調査等の特性を活かし、これらを適切に組み合わせた調査を行うこと。また、津波の発生要因に係る調査及び波源モデルの設定に必要な調査、敷地周辺に襲来した可能性のある津波に係る調査、津波の伝播経路に係る調査及び砂移動の評価に必要な調査を行うこと。
として、「他の地域の津波」、「必要な調査範囲を地震動評価における調査よりも十分に広」い範囲を評価対象とする。

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 4 海域活断層で起こる地震による津波について-山田断層の取り扱い

(1)被告関電は山田断層(活断層)を評価していない

被告関電は、準備書面(2)13ページ[図表4敷地周辺の海域活断層]において(18)郷村断層を取上げるが、この地震と共役断層[14]である山田断層を採用していない。

この点、被告関電は、郷村断層は海域まで延びている部分を含めて34kmの郷村断層帯として扱ったが、山田断層は海域まで達していないため採用しなかったと考えられる。しかし、山田断層は、その先端が宮津湾(海域)に達しているため、この断層の東南端まで破壊した地震が起きたときには、当然に津波が発生するものと考えられる。

[14] 共役断層:同じ応力によって生じた隣接する断層、いわゆる共軛関係にある断層。

(2)山田断層は、郷村断層よりも発生確率が高く大きな津波被害をもたらす

また、地震調査研究推進本部[15]の「山田断層帯の長期評価について」(甲214)は山田断層について「山田断層帯主部は、京都府宮津市北部から与謝郡野田川町(現・与謝野町)を経て、兵庫県出石郡但東町(現・豊岡市)に至る断層帯です。断層帯の長さは約33kmで、ほぼ北東-南西方向に延びており、右横ずれを主体として、北西側が相対的に隆起する成分を伴う断層です。」と報告する

したがって、大飯発電所からの相対的な位置を考えると、郷村断層帯が動いた場合よりも、大飯原発に距離的に近い山田断層の東北端が動いて北西側が相対的に隆起した場合の方が、高浜や大飯発電所への影響の方が大きいと考えられる。

さらに郷村断層と山田断層を含む山田断層帯は、1927(昭和2)年の北丹後地震で見つかった共役断層である。地震調査研究推進本部の山田断層帯の説明(甲214.1)によれば、郷村断層帯の最新活動時期は1927年の北丹後地震とされているのに対して、山田断層帯主部の最新活動時期は、約3千3百年前以前であったと推定されている。従って、この地域で次に活動する活断層としては、郷村断層よりも山田断層の方が先である可能性が高い。それにもかかわらず、被告関電が「敷地周辺の海域活断層で起こる地震による津波」に関して、郷村断層を検討し、他方、地震調査研究推進本部地震調査委員会による明確なエビデンスが示されている山田断層に対する評価を行わないことは考慮すべき事項を考慮していない瑕疵があるのであり、山田断層を検討調査しないまま稼働申請を行うことは許されない。

【甲214:山田断層帯の長期評価について】【図省略】

[15] 政府の行政施策に直結すべき地震に関する調査研究の責任体制を明らかにし、一元的に推進するため、地震防災対策特別措置法に基づき総理府に設置(現・文部科学省)された政府の特別の機関。

 5 陸上地すべりによる津波に関して

準備書面(2)13ページの[図表4敷地周辺の海域活断層]のなかには、大飯発電所に最も近い活断層として、(9)FO-A~FO-B~熊川断層も含まれており、14ページの[図表5簡易予測式による推定津波高さ一欄]にはこれらの活断層が連動して動いた場合の大飯発電所の推定津波高さは4.17mと記載されている。

一方で、19~20ページの「陸上地すべりよる津波」についての記述のなかでは、大飯発電所に近いNo.17及びNo.18の地点で地すべりによる土砂が海面にすべり落ちる際の海面の挙動がどう伝わるかを計算して、津波水位を算出している。その結果、No.17では2.2m、No.18では0.8mの水位変化がありうるとされている(20ページ[図表10])。

しかし、上記の2つを独立に論じるのは誤りである。その理由は、FO-A~FO-B~熊川断層が連動して動くような場合には、地すべり地域のNo.17及びNo.18の地点も震源域に含まれると考えられる。そうなるとNo.17及びNo.18地点が同時に、さらにはもっと広い範囲が同時に地震動の揺れで斜面崩壊を起し、大量の土砂が海面にすべり落ちることになる。地すべり地域を保守的に評価するならば、FO-A~FO-B~熊川断層の動きによる津波に加えて、既に検討されているNo.17及びNo.18の局所的な地すべり地域だけでなく、それらを含む広範囲な陸域の斜面崩壊による水位変化も考慮しなければならない。また、FO-A~FO-B~熊川断層が連動して動くことを想定した場合、ほぼ90度ずれていて共役関係をなすFO-C断層などの短い断層帯も副次的に動く可能性も考えられる。

関西電力が、津波水位評価にあたり、このようなケースを排除したことは、考慮すべき事項を考慮していない評価方法の瑕疵であり、広範囲な陸域の斜面崩壊による水位変化を検討調査しないまま稼働申請を行うことは許されない。

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 6 被告関電の津波堆積物調査の問題点

(1)被告関電の主張

被告関電は、日本原子力発電株式会社、及び独立行政法人日本原子力研究開発機構とともに若狭湾沿岸の三方五湖等の堆積物調査を実施した結果「約1万年前以降に本件発電所の安全性に影響を与えるような津波の痕跡は認められなかった」(被告準備書面(2)11頁)として、若狭湾における津波の危険性を否定する

しかし、そもそも津波堆積物調査により津波堆積物が発見される確率は小さく、津波堆積物が発見されなかったことから端的に「津波の不存在」を立証できるわけではない。

この点、審査ガイド「3.3.1(5)」節(丙27)も「津波堆積物の調査は、調査範囲や場所に限界もあり、調査を行っても津波堆積物が確認されない場合があること。また、津波堆積物調査から得られる津波堆積物の分布域及び分布高度は、実際の浸水域及び浸水高・遡上高より小さいこと」に留意することを注意的に規定している。

また、原子力安全・保安院における聴取会の岡村行信委員らは、被告関電の引用するプレスリリース(丙5号証)記載の各調査内容に関して、当該堆積物調査が質・量ともに極めて不十分であり、「天正地震の痕跡はない」等とする被告らの結論に対し強い批判を加えている。以下詳述する。

(2)被告関電の津波堆積物調査

被告関西電力提出のプレスリリース(丙5)によれば、被告関電は、(1)平成23年11月21日、(2)平成24年6月21日、及び、(3)同年12月18日に、保安院(又は原子力規制委員会)に対し「大規模な津波を示唆する痕跡はない」旨の報告を行ったとする。

(1)及び(2)は、原子力安全・保安院内に設置された「地震・津波に関する意見聴取会」[16]に対する報告であり、第8回(平成23年12月27日)、第9回(平成24年1月25日)、第17回(平成24年6月22日)の聴取会にて審議された。
被告関電は、これらの報告に何らの問題がないかのような主張をするが、議事録からは被告関電らの報告に問題があったため、委員らが数回に渡り追加の報告を求めていたことが読み取れる。

[16] 第1回平成23年9月30日.第23回平成24年9月7日聴取会の議事録及び配布資料はインターネット上で閲覧可能である。
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/9483636/www.nsr.go.jp/archive/nisa/shingikai/800/26/800_26_index.html

(3)専門委員からの指摘

以下、議事録[17]より専門委員の指摘を抜粋する。

[17] 甲215:第8回議事録、甲216:第9回議事録甲217:第17回議事録

ア 第8回地震・津波に関する意見聴取会(平成23年12月27日)

第8回聴取会においては「若狭湾沿岸における天正地震による津波堆積物調査について」(甲218)と題する配布資料が提出された。これは原子力安全・保安院名義の資料であるが、関電ら電気事業者らの報告をその内容とする。当該資料は津波堆積物調査の結果を以下の通り結論付ける。

  • 三方五湖周辺で津波堆積物調査を実施。(全9箇所のうち、天正地震評価用は4箇所)
  • 天正地震の対象地層を含む表層1m以浅には津波堆積物の指標となり得る砂層は認められない。
  • 久々子湖(KG11-2)では天正地震の対象地層に微量な有孔虫、貝形虫及び海水性珪藻が確認されており、堆積環境が汽水~淡水域であったことも要因として考えられるが、規模の小さい津波や高潮・暴浪による海水が流入した可能性は否定できない。
  • 久々子湖(KG11-5)、菅湖及び中山湿地では天正地震の対象地層に有孔虫、貝形虫及び海水性珪藻は認められなかった。

しかし、岡村行信委員はこの資料に対して、津波堆積物ができる環境が整っていないと津波堆積物の不存在による津波の不存在を証明できないこと、及び、同様に「有孔虫、貝形虫及び海水性珪藻」等の化石の不存在が津波の不存在を簡単に証明できないことを指摘し、さらなる調査を要請した(甲215-21,22)。

「津波が来れば、必ず津波堆積物ができるとは限らないんですね。その津波が来ているところでも残っていないところというのはいっぱいあります」「久々子湖も津波が来れば、本当に津波堆積物ができるような条件というのはすべてそろっているんだということをまずは説明しないと、そこにないからといって、津波が来ていないという話にはならない」「天正だけではなくて、ここにもう少し長い期間を見て、津波堆積物がないということを言うのであれば、そういう津波堆積物が形成される条件というものが満たしているにもかかわらず、津波堆積物がないんだということを言う必要があるでしょうと、その説明がないと見つからないということだけでは、津波が来ていないということにはならないと思います。」
「コアで年代が示されているんですけれども、結構、上下が逆転していて、本当に信用できる年代なのかというのが、よく見ると疑わしいかなと思うんですね。」
「もう一つは、化石の話は、先ほど山田先生からも紹介されたんですけども、海生のもの、海から来たものはないということは、それは、見つからなかったということなんだけれども、津波が来なかったということになるかどうか、ちょっと入っただけであれば、検出できない可能性もありますし、津波は、大体一瞬ですね。堆積速度は、多分こういうところは遅いと思いますので、入っていたとしても、ごくわずかの層準で少し入っているくらいですから、検出限界みたいなものは当然あると思いますので、なかなかないというのは、そういうふうに言っていくと、非常に証明するのは難しいんですけれども、逆にないというのは、非常に慎重に言った方がいいと思います。」

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イ 第9回地震・津波に関する意見聴取会(平成24年1月25日)

この聴取会においては、「若狭沿岸における天正地震による津波堆積物調査(現地調査の概要)」(甲219)と題する資料が配布された。
「若狭沿岸における天正地震による津波堆積物調査(現地調査の概要)」は、平成24年1月10日に同志社大学京田辺キャンパスで行われた現地調査の報告書である。この報告書においては出席委員の「指摘事項」として、電気事業者が「わざわざ海からの津波が侵入しにくい場所で」ボーリング調査を行っていること(調査場所が不適切かつ不十分であること)、津波堆積物調査が「現在当たり前の技術(エックス線検査、CTスキャン)で確認されていないこと(調査方法の不適切性)等が挙げられ、「天正地震はなかったと社会に対し説明するのは難しい」と記載されている。

また、「講評」として、「今回の調査では、津波堆積物を否定するには不十分」であり「大津波が無かったとするならば、補足的な調査を追加すべき。」とされた。
すなわち、この聴取会でも、電気事業者らの津波堆積物調査が不十分であり再度の補充調査が要請されている。

ウ 第17回地震・津波に関する意見聴取会(平成24年6月22日)

第17回聴取会においては、被告関電らの報告書である「若狭湾沿岸における天正地震による津波について(コメント回答)」、及び「平成23年東北地方太平洋沖地震の知見等を踏まえた原子力施設への地震動及び津波の影響に関する安全性評価のうち天正地震に関する津波堆積物追加調査結果について」と題する資料が配布された。

「若狭湾沿岸における天正地震による津波について(コメント回答)」は、被告関電らが補充調査の結果の報告書であり「『古文書に記載されているような天正地震による大規模な津波を示唆するものは無いと考えられる』とする従来の評価と整合的である」と報告している。これに対しては、「大規模な津波」について具体的に津波水位の指摘がないため存否についての評価ができないこと、調査の対象となる層がそもそも天正地震の時代の層か否かが不明確であること、天正以前の長い期間の調査が必要である旨が指摘された。

また、岡村委員は、「天正の話に焦点が集まり過ぎていて、それを否定できればもう安全だというような雰囲気にもなっているかと思うですけれども、それは本質的ではないと思うのです。1つは、長い期間の津波堆積物、ほかの場所も含めて、広範囲、長い時間のものを調べるということと、それだけではなくて、やはりソースの方もちゃんと検討するべきだと思うのです。…」と述べて、天正地震の津波堆積物が発見できなかったとの一事をもって安全性であると評価することに強い危惧を表明している。

また、「平成23年東北地方太平洋沖地震の知見等を踏まえた原子力施設への地震動及び津波の影響に関する安全性評価のうち天正地震に関する津波堆積物追加調査結果について」と題する資料に対して、岡村委員は、天正地震の津波堆積物の不存在を結論づけようとする保安院の説明に対し、「また、やはり天正の津波が、大きなものはないという結論を出したいというお話だったのですが、なかなか、そこのところを結論するのは、決着は難しいなという気はします。」(36頁)、「これでもうないのだとか、限られた地点で天正のものはなかったから、天正の津波は大きくはなかったという結論まで行っていいのかというところは、ちょっと行き過ぎかなという気がするということですね。どこまでやればいいのだというのはわからないけれども、これだけでこの特徴がわかったと言ってしまうのもどうかなという気はします。」(39頁)と述べ、「天正時代の津波が大きくなかった」との結論を否定する。

また、今泉委員[18]は「一点集中で、そこを精度よく上げるという話は津波堆積物では絶対あり得ないことで、やはり数をたくさん取って、それこそ群列ボーリングではないけれども、列を成して、だって、波はそういうふうに入ってくるわけですから、波が入ってくることを想定した上で堆積物の痕跡を探す。1点ぐらい探して見つからないから来なかったということの証明は難しいと思うのですね。事実は、1か所でもいいから、もし見つかった場合は、それまでの考えが全部ひっくり返ってしまうと思います。…1か所でも見つかった場合は、それまでの考えが全部飛んでしまう。そういうことを十分踏まえた上で、ちゃんと調査をやるべきだと思います。」と述べ、被告関電らによる調査が量的に不十分であることを指摘した。

[18] 今泉俊文東北大学理学研究科教授地震調査委員会長期評価部会活断層分科会主査

エ 「平成23年東北地方太平洋沖地震の知見等を踏まえた原子力施設への地震動及び津波の影響に関する安全性評価のうち完新世に関する津波堆積物調査の結果について」

上記聴取会解散後の平成24年12月18日、被告関西電力は、原子力規制員会に対し、「ア」、「イ」、「ウ」の補充調査の報告書である「平成23年東北地方太平洋沖地震の知見等を踏まえた原子力施設への地震動及び津波の影響に関する安全性評価のうち完新世に関する津波堆積物調査の結果について」(丙5参照)を提出した。原子力規制委員会は同日付でHP[19]にて同書を公表し「当委員会は、関西電力、日本原電及びJAEAより、報告された報告書について、その妥当性等を厳正に確認していきます。」と述べている(甲220)。

しかしながら、原子力規制委員会が同報告書を評価ないし審議した形跡は見当たらない。したがって、同報告書が聴取会委員らの指摘する問題点を克服出来たか否かについては明らかではない。仮に、岡村委員ら津波堆積物調査の専門家の厳正中立な評価を経ていないのであれば、この報告書に基づいて津波の不存在を主張することは認められない。

[19] http://www.nsr.go.jp/disclosure/law/law_document/h24fy/1218-3.html

(4)小括

被告関電の津波堆積物調査に対しては、地震・津波に関する意見聴取会において、委員からその質・量双方の問題が指摘され、天正地震による津波の不存在についてはエビデンスが不十分であるとの指摘がなされていた。また、被告関電が最終報告書と位置づける「平成23年東北地方太平洋沖地震の知見等を踏まえた原子力施設への地震動及び津波の影響に関する安全性評価のうち完新世に関する津波堆積物調査の結果について」については原子力規制委員会において議論がなされた形跡がない。

したがって、被告関電による調査結果をもって、「約1万年前以降に本件発電所の安全性に影響をあたえるような津波の痕跡は認められなかった」(被告準備書面(2)11頁)ということはできない。

 7 小括

以上、被告関電は、津波高評価のために考慮すべき事項を考慮せず、また、その判断過程にも瑕疵がある。したがって、大飯原発が津波に対して十分に安全であるとの被告関電の主張は認められない。

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