◆原告第16準備書面
第2 「標準的・平均的な姿」を基礎としていることの意味:
「バラつき」や「不確かさ」の考慮が原発の耐震設計では必要となること

被告関電準備書面(3)(地震)に対する反論(2) 目次

第2 「標準的・平均的な姿」を基礎としていることの意味:「バラつき」や「不確かさ」の考慮が原発の耐震設計では必要となること

 1 バラつきを考慮しなければならない理由

  (1)地震の科学には限界があること

自然現象の測定には必ずある誤差がある。測定の精度は,その測定の対象や手法によって種々であるが,たとえば地盤の速度構造の測定の誤差は決して小さくはない。

岩波書店の雑誌「科学」2012年6月号(「地震の予測と対策:『想定』をどのように活かすのか」・甲227)に掲載された,岡田義光防災科学研究所理事長,纐纈一起東京大学地震研究所教授,島崎邦彦東京大学名誉教授の鼎談では,纐纈教授と岡田教授の以下の発言が掲載されている。

「纐纈
地震という自然現象は本質的に複雑系の問題で,理論的に完全な予測をすることは原理的に不可能なところがあります。また,実験ができないので,過去の事象に学ぶしかない。ところが地震は低頻度の現象で,学ぶべき過去のデータがすくない。私はこれらを「三重苦」と言っていますが,そのために地震の科学には十分な予測の力はなかったと思いますし,東北地方太平洋沖地震ではまさにこの科学の限界が現れてしまったと言わざるをえません。そうした限界をこの地震の前に伝え切れていなかったことを,いちばんに反省しています。

編集部
限界があるとして,どういう態度で臨むべきでしょうか。既往最大に備えることになりますか。

岡田
どれくらいの低頻度・大事象にまで備えるかという問題になります。1000年に一度,1万年に一度と,頻度が1桁下がるごとに巨大な現象があると考えられます。大きなものに限りなく備えるのは無理ですから,どれくらいまで許容するかになります。日常的に備えるのは,人生の長さから考えると,100~150年に一度のM8くらいまでで,M9クラスになると,ハードではなくソフト的に,避難などの知恵を働かせるしかないのではないでしょうか。

編集部
原発の場合にはどうお考えになりますか。

岡田
施設の重要度に応じて考えるべきですから,原発は,はるかに安全サイドに考えなければなりません。いちばん安全側に考えれば,日本のような地殻変動の激しいところで安定にオペレーションすることは,土台無理だったのではないかという感じがします。だんだん減らしていくのが世の中の意見の大勢のようですが,私も基本的にそう思います。

纐纈
真に重要なものは,日本最大か世界最大に備えていただくしかないと最近は言っています。科学の限界がありますから,これ以外のことは確信をもって言うことができません。しかし,全国の海岸すべてで日本最大の津波高さに備える経済力が日本にはないだろうと考えています。そうするとどうするか。それは政治などの場で,あるいは国民に直接決めていただくしかないであろうと思います。

編集部
中越沖地震で号機ごとにゆれがかなり違っていましたが,地質の影響は本当にあらかじめわかるのでしょうか。

纐纈
前述のような科学のレベルですから,予測の結果には非常に大きな誤差が伴います。その結果として,予測が当たる場合もありますし,外れる場合もあります。ですので,その程度の科学のレベルなのに,あのように危険なものを科学だけで審査できると考えることがそもそも間違いだったと今は考えています。」

(甲227・636頁~637頁)

また,同じ鼎談の中で,島崎邦彦氏(原子力規制委員会委員長代理)は,「平均像のようなものを見ていることになります。解像度を一生懸命よくしようとしていますが,ほんとうに中で何がおきているのかには手が届いていない。」とも述べている。(甲227・642頁)。

これらの発言の意味するところは,極めて重大である。

要するに,地震の科学は,対象が複雑系の問題であるので,原理的に完全な予測が困難であること,実験のできるものではないので,過去のデータに頼るしかないが,起こる現象が低頻度であるのでデータが少ないこと,したがって,地震の科学には限界があるということである(纐纈)。また,頻度が1桁下がるごとに大きな現象があると考えられるとされている(岡田)。

重要なのは,(既往)日本最大ないし世界最大で備えるしかない(纐纈)とされているものの,日本最大,世界最大といっても,問題は,どれだけの期間での最大かであり,地震はたかだか何百年の間の最大でしかない。それどころか,正確なデータが取得できるようになったのは兵庫県南部地震後に多数の強震計が配置された平成9年(1997年)以降のことでしかなく,だからこそ被告関西電力が述べるように,近年,地震学は大きく発展してきたのである。ただそれだけのことで,何万年,何10万年の間の最大などわかるはずがない。今後さらに観測が積み重なり,データがより正確・詳細になっていけば,さらに地震学が発展するであろうことは,誰の目にも明らかである。

  (2)地震学の現状

実際に,過去の地震では,それがどのような現象であるのかが十分に解明されているとは到底言い難い。東北地方太平洋沖地震について見れば,それが良くわかる。

次の2つの図【図省略】のうち,上の方の図Ⅳ.10は,東北地方太平洋沖地震で,ずれの量がどこでどれだけあったかについて複数の見解を示した図である。宮城県沖で大きなずれが発生したことは共通して認められるものの,その大きさや範囲について各見解は相当に異なっている。

また,次の図では,強震動生成域(強い地震動を発生させた領域,すなわちアスペリティ)と考えられる領域を四角形で示しているが,やはり見解ごとに大きく異なっている。

このように,実際に起きた地震でも,どんな現象だったかは多くの部分を推測によらざるを得ず,正確には分からないというのが地震学の現状なのである。

  (3)不確かさを安全側に十分に大きく考慮することが必須である

地震は地下深くで起こる現象であり,強震計で地震動を観測し,あるいはGPSでどれだけ地面がずれたかを観測するなどして,それらのデータから地震現象を推し量ろうとする。地下深部で起こっていることが直接観測できるわけではもちろんなく,種々のデータから地下での現象を推測するにすぎないものであるため,当然,地震現象を正確に把握することなど不可能である。前記纐纈発言の「隔靴掻痒」とは,まさしくそのような状態を表している。このようにそもそも過去の現象ですら正確には把握しきれないのに,将来の現象を正確に予測することなど一層できるはずがない。

したがって,このことのみからしても,将来の地震・津波の予測には大きなバラつきや不確かさが必然的に伴わざるを得ないのである。

また,発生する現象である地震や津波も,同じ場所であれば常に同じ範囲で,同じ規模,同じ様相で生じるというわけではなく,発生する現象自体にもバラつき(不確かさ)がある。そして,そのバラつきは,実はとても大きい。将来発生する地震や津波の想定は,過去の地震,津波のデータに基づきなされ,また,地盤などの測定データも用いられるが,測定データやデータを基とした推定に誤差があり,さらに,発生する地震,津波という現象そのものにバラつきがあるため,この点からしても,将来事象の想定(推定)には必然的に大きな不確かさを伴わざるをえないのである。

一方,原発は極めて危険な施設であり,一旦重大な事故を起こしたときには取り返しのつかない深刻な被害を広範に生ずる。したがって,原発の耐震設計は「万が一にも」事故を起こさないように,安全側に行わなければならないが,現実には,原発の耐震設計は,地震動・津波という現象の推定を「平均像」で行っているのである。

平均像で行えば,実際に起こる地震,津波の多くは無視され,著しい過小評価となる。平均像では,平均から外れる地震等が捨象されることになるが,原発という極めて危険な施設の安全性のためには,このように平均から大きく外れるような地震動の発生をも考慮し,それでも安全性が確保されるような対策が施されなければならない。「標準的・平均的な姿」の地震動についてしか安全が確保されるなどという設計では,安全確保が不足することは明らかである。この点を事実をもって明らかにし,全市民・全世界につきつけたものが,福島原発事故であった。

したがって,原発の耐震設計において,地震動,津波という現象の推定を,平均像で行なうことは決して許されない。また,仮にある程度の事象をカバーするように推定したとしても,完全に全ての現象をカバーできるわけではない。現実の地震が想定を上回る可能性は大きく,だからこそ,原発の潜在的な危険性の大きさに鑑みて,バラつきを安全側に十分に大きく考慮することは,原発の耐震設計における地震動評価の際に,地震動評価をするための全ての手法において必須なのである。

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 2 新耐震指針(平成18年指針)におけるバラつき・不確かさの考慮の要求

新耐震指針(平成18年指針)は,バラつき・不確かさの考慮について,以下のように規定する。

「3.基本方針
耐震設計上重要な施設は,敷地周辺の地質・地質構造並びに地震活動性等の地震学及び地震工学的見地から施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり,施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切な地震動による地震力に対して,その安全機能が損なわれることがないように設計されなければならない。さらに,施設は,地震により発生する可能性のある環境への放射線による影響の観点からなされる耐震設計上の区分ごとに,適切と考えられる設計用地震力に十分耐えられるように設計されなければならない。
また,建物・構築物は,十分な支持性能をもつ地盤に設置されなければならない。」

「5.基準地震動の策定
施設の耐震設計において基準とする地震動は,敷地周辺の地質・地質構造並びに地震活動性等の地震学及び地震工学的見地から施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり,施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切なものとして策定しなければならない(以下,この地震動を「基準地震動」という。)。

(1)基準地震動Ssは,下記(2)の「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」及び(3)の「震源を特定せず策定する地震動」について,敷地における解放基盤表面における水平方向及び鉛直方向の地震動としてそれぞれ策定することとする。

(2)「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」は,以下の方針により策定することとする。

  1.  敷地周辺の活断層の性質・・・を考慮し,地震発生様式等による分類の上での敷地に大きな影響を与えると予想される地震(「検討用地震」)の複数選定
  2.  「活断層の性質」に関する考慮事項
  3.  上記1.で選定した検討用地震ごとに,次に示すⅰ)の応答スペクトルに基づく地震動評価及びⅱ)の断層モデルを用いた手法による地震動評価の双方を実施し,それぞれによる基準地震動Ssを策定する。なお,地震動評価に当たっては,地震発生様式,地震波伝播経路等に応じた諸特性(その地域における特性を含む。)を十分に考慮することとする。
    ⅰ)応答スペクトルに基づく地震動評価
    ⅱ)断層モデルを用いた手法による地震動評価
  4.  上記3.の基準地震動の策定過程に伴う不確かさ(ばらつき)については,適切に考慮する。」

また,その(解説)では,以下のとおり解説している。

「(3) 基準地震動Ssの策定方針について
4. 「基準地震動Ss の策定過程に伴う不確かさ(ばらつき)」の考慮に当たっては,基準地震動Ss の策定に及ぼす影響が大きいと考えられる不確かさ(ばらつき)の要因及びその大きさの程度を十分踏まえつつ,適切な手法を用いることとする。経験式を用いて断層の長さ等から地震規模を想定する際には,その経験式の特徴等を踏まえ,地震規模を適切に評価することとする。
(4) 震源として想定する断層の評価について
5. 活断層調査によっても,震源として想定する断層の形状評価を含めた震源特性パラメータの設定に必要な情報が十分得られなかった場合には,その震源特性の設定に当たって不確かさの考慮を適切に行うこととする。」

このように,新耐震指針は,「基準地震動Ssの策定過程に伴う不確かさ」と「震源特性の設定に当たっての不確かさ」の2つの過程でのバラつき・不確かさを考慮するよう求めている。

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 3 新規制基準における不確かさの考慮の定め

平成25年(2013年)6月に定められた新規制基準,すなわち,「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置,構造及び設備の基準を定める規則の解釈」)でも,次のとおり規定されている。

「選定した検討用地震ごとに,不確かさを考慮して応答スペクトルに基づく地震動評価及び断層モデルを用いた手法による地震動評価を,解放基盤表面までの地震波の伝播特性を反映して策定すること」

このように,新たに定められた基準も新耐震指針を踏襲しており,やはりバラつき・不確かさの考慮は求められている。
しかし,問題は,「不確かさの考慮」をどのように行うかの具体的手法である。この点について新規制基準は,「適切」という言葉を多用するのみで,それ以上具体的規定を置かず,結果として,従来行われてきた全く不十分な「不確かさの考慮」を放置することとなってしまっている。

 4 応答スペクトルに基づく地震動評価におけるバラつきの存在

以下,応答スペクトルに基づく地震動評価について,それが地震の平均像に基づくものであってバラつきが大きいことを,過去の地震における客観的データを基に明らかにする。

なお,応答スペクトルに基づく地震動評価は,基準地震動策定フロー(原告第2準備書面・60頁に抜粋)のうち,「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」を検討する中で,「断層モデルを用いた手法による地震動評価」とともに行うことが求められる地震動評価である。