◆原告第16準備書面
第3 応答スペクトルに基づく地震動評価について

被告関電準備書面(3)(地震)に対する反論(2) 目次

第3 応答スペクトルに基づく地震動評価について

 1 応答スペクトルに基づく地震動評価とは

応答スペクトルに基づく地震動評価は,地震動評価の手法の1つであり,実際の多数の地震で現に観測された地震動観測記録に基づき,地震の規模,敷地との距離によって分けて,地震動の平均像を求めたものを用いる手法である。

以下,応答スペクトルに基づく地震動評価手法を概略する。

  (1)マグニチュードと震源距離の想定

応答スペクトルに基づく手法は,まず当該断層で地震が発生したときの地震の規模(マグニチュードM)と震源距離(等価震源距離Xeq)を想定することから始まる。その上で,そのマグニチュード,震源距離に応じた地震動の平均を求める。

(高浜発電所「地震動評価について」平成26年8月22日 関西電力)【図表省略】

上記でも,それぞれM(マグニチュード),Xeq(等価震源距離)が記載されており,この手法の出発点が,MとXeqの想定であることが分かる。上図で見ると,「FO-A~FO-B~熊川断層」では,M7.8,等価震源距離23.5㎞の地震が平均的にどの程度の地震動をもたらすかを周期ごとに算出し,それを結んだものが応答スペクトルということになる。

ここで等価震源距離とは,「地震エネルギーが等価な点震源までの距離」であり,実際には断層面の上で発生する地震動を,それと同じ(等価な)地震波エネルギーをもたらす点として表すものである。

  (2)応答スペクトルに基づく手法の詳細

応答スペクトルに基づく手法は,下図【図省略】で見るなら,周期0.02秒,0.09秒,0.13秒,0.3秒,0.6秒での,「M7.5 震源距離20.15km」「M7.2 震源距離16.51km」などと分類した上での地震動の大きさの平均を求め,プロットし,それをつなげた折れ線を描く方法である。プロットしたポイントを「コントロールポイント」という。

(川内発電所 地震について 平成26年4月23日 九州電力株式会社)【図省略】
甲228[2 MB] 「岩盤における設計用地震動評価手法(耐専スペクトル)について」)【表省略】

このように,応答スペクトルに基づく手法は,たとえば,マグニチュードM6,震源距離Xeq78㎞,M7,Xeq20㎞などに分け,M7,Xeq20㎞の地震で,周期0.6秒の周期で,その地震の応答スペクトルがどれだけの大きさになるかの平均値を算出し,周期ごとに算出したものをプロットして作成するというものである。

  (3)応答スペクトルに基づく手法の種類

応答スペクトルに基づく手法には,いくつかの手法がある。

かつては,大崎順彦氏による「大崎スペクトル」が用いられていた。この大崎スペクトルでは,観測された地震動の最大値がほぼカバーされていて,より安全側に考えられていた。ところが,現在用いられている,電気協会耐震設計専門部会が作成した「耐専スペクトル」や,野田他(2002)の応答スペクトルでは,地震動の平均像を求めるものになっている。

なお,その他にも,Zhao.et.al(2006)の応答スペクトル等がある。

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 2 応答スペクトルに基づく手法の問題

  (1)地震規模の想定には大きな誤差が伴う

敷地ごとに震源を特定して策定する地震動(敷地周辺の活断層により発生する地震動)は,いずれにしても地震規模の想定が必要となる。

地表の活断層の長さから出発し,そこからそのまま地震規模を直接推定する方法(松田式)にしても,地表の活断層の知見に加え,地下の震源断層面の長さや幅を推定した上で地震規模を推定する方法にしても,大きな誤差という宿命からは逃れられない。

松田式は,断層の長さとマグニチュード(気象庁マグニチュードMj)との関係式であり,応答スペクトルに基づく手法では,まず断層の長さからマグニチュードを松田式によって求める。

松田式は断層の長さから地震のマグニチュードを推定する式であるが,この松田式は大きな誤差がある関係式であり,これを提唱した松田時彦氏自身,単なる目安に過ぎないとしている。その意味は,極めて大きな誤差があるということにほかならない。下図が,その松田式を示す図【図省略】である。

この図は,縦軸が断層の長さであり,横軸がマグニチュードであり,中央の点線が松田式である。この図を見れば,同じ断層の長さであっても,松田式を超える地震が発生していたこと,マグニチュードで1.0程度上回る地震が現に発生していたことがわかる。マグニチュードが1.0大きくなるとは,エネルギーで32倍(2の5乗)になることを意味しており(マグニチュードが2.0大きくなると,2の10乗で1024倍のエネルギーとなる。),松田式は,とんでもなく大きな誤差をかかえていたことがわかる。

  (2) 耐専スペクトルも野田他(2002)の応答スペクトルも平均像を求めるものであること

耐専スペクトルも,野田他(2002)の応答スペクトルも,その基礎となる観測された地震動記録は極めてわずかなものにすぎず,そもそもこれによって地震動の最大値を知ることは不可能である。

また,耐専スペクトルも,野田他(2002)の応答スペクトルも,「実現象の平均像を忠実に再現」しようとしたものである。耐専スペクトルについて,これを定めた日本電気協会原子力発電耐震設計専門部会は次のように説明する。

甲228[2 MB] 「岩盤における設計用地震動評価手法(耐専スペクトル)について」)

  (3)応答スペクトルに基づく手法の誤差(平均像からの乖離の程度)

このように,応答スペクトルに基づく手法は,以前の大崎スペクトルを除き,いずれもすべて基本的に平均像を求める手法である。これを原発の耐震設計に用いるのであれば,平均からどれだけ乖離し,最大どこまでの値になるかを考える必要がある。

平均像からの乖離は,応答スペクトルに基づく手法の誤差ということとなる。では,平均像からどれだけ乖離した値となりうるか。

甲228[2 MB] 「岩盤における設計用地震動評価手法(耐専スペクトル)について」)

これは「近年の内陸地殻内地震による残差」の図【図省略】で,耐専スペクトルで推定した値と近年の内陸地殻内地震での観測値の比を示すものである(甲228[2 MB]・29番)。

縦軸は対数表示となっており,観測値と推定値の比を示している。上図では,その比の1倍,2倍,5倍の値がどこになるかを線で示している。横軸は,周期である。描かれている1本1本が現実に発生して観測した地震動の値(推定値の何倍かの値)であり,原発に重要な短周期で,推定値の3~4倍の値となっていて,中には7~8倍程度に達するものも存在する。

これを原発の耐震設計に用いるのであれば,まずは観測された誤差の最大値(既往最大)はとらなければならない。図の多数の線の上限がその最大値であり,その値は,短周期で平均的値の4倍程度となっている。

しかしながら,原発の耐震設計では,これらの誤差については,全く考慮されていない。

  (4)観測値のバラツキの程度

多数の値のバラツキの程度を見るため,統計学等において一般的によく使われる数値が標準偏差(σ)である。上図【図省略】の下側の図には,+σと‐σの線が示されている。

標準偏差とは,値のバラツキを見る指標となるものであり,平均値と各値との差(偏差)を二乗し,それを合算した和をデータの数で割り,それをルートした値である。

上図【図省略】は,正規分布というよく見られる分布の図である。数値のバラつきの仕方にはいろいろなものがあるが,「正規分布」はその代表格のものである。観測値と推定値の比のバラつき(分布)が必ず正規分布であるとまではいえないが,バラつきの程度は正規分布に概ね沿ったものとなる(なお,「近年の内陸地殻内地震による残差」における縦軸は「対数表示」となっていることには注意が必要である)。地震動の観測値と推定値の比のバラツキは,対数表示で見ると正規分布に近いものとなるということである。

正規分布であるとすれば,+σ(標準偏差1つ分)を超えるものは約16%,+2σ(同2つ分)を超えるものも2.3%あり,+3σを超えるものもなおも0.135%(740分の1)あることとなる。+3σをとったとしても,740個の地震のうち1個は3σも超えるということである。

上図【図省略】を見れば,+σの場合の地震動の値は,ほぼ2倍に近いと見ることができる。+σを超える観測値も相当あることは明確であるから,そもそも+σ程度の値を採用するのでは不足するということである。+2σでも,なお正規分布ならそれを超えるものが2.3%はあることとなるので,原発の耐震設計であることを考えれば少なくともそれ以上は考えるべきである。

そうすると,+2σは約4倍であり既往最大にほぼ等しく,+3σでは約8倍となるから,少なくともほぼ既往最大である4倍はとるべきであり,また安全性を考えればそれではなおも相当不足し,平均値の8倍以上を考える必要がある。

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 3 小括

前述したように,新規制基準(「基準の解釈」)においても,「選定した検討用地震ごとに,不確かさを考慮して応答スペクトルに基づく地震動評価及び断層モデルを用いた手法による地震動評価を」するよう求められている。ここでは,応答スペクトルに基づく手法においても不確かさを考慮しなければならないことが,規定の文言で明記されている。しかし,応答スペクトルに基づく手法は各地の原発の耐震設計で採用されているものの,この手法は,出発点の松田式による地震規模の推定でも,その後の地震動推定でも,被告関西電力が認めるように,平均像を求めるにすぎない手法である。

ここで付言すれば,そもそも平均像からの乖離を「不確かさ」と呼ぶこと自体,誤りである。平均像を現実の地震が超えることは,決して不確かなことではなく,「確か」に起こることなのである。起こる地震の相当数が,平均像を確実に超える。したがって,単に平均像からの乖離でしかないものを「不確かさ」と呼ぶのは相当ではないのである。特に,原発の耐震設計であることを考えれば,まず平均像を取って耐震設計をしようとすること自体,全くの誤りであって,当初より,平均像ではない,最大値はどれくらいかを考えるべきである。

もっとも,国も電力事業者も,平均像からの乖離自体を「不確かさ」とは呼ぼうとしているわけではない。想定が基本的には平均像でしかないことを十分に知りつつ,平均像からの乖離という観点を取ろうとせず,無視している。この平均像からの乖離を不確かさの考慮と呼ぶとしても,この手法について,どの原発でも,この平均像でしかないことからくる不確かさを十分には考慮していない。原発では特に,その誤差(不確かさ)を本来必ず考慮しなければならないのである。

ただし,もし仮に応答スペクトルに基づく手法でも不確かさの考慮をするとしても,その不確かさの考慮は,しっかりとした根拠をもって行わなければならない。間違っても,「ある程度大きめにとっておけば,それで不確かさを考慮した」などとするようないい加減な方法によるわけにはいかない。あるいは多少大きめにとるなどという,お茶を濁すようなことでは足らない。明確に,少なくとも平均像からどれだけの乖離まで想定すべきか,観測記録上の過去最大の乖離はどれだけか,それをも超えるものをどこまで想定すべきか(すなわち何σまで想定すべきか)という観点から,最大の地震動想定を行わなければならない。この何σまで想定すべきかは,松田式の適用においても考えられなければならない。そのときの不確かさの考慮は,最高裁判所伊方判決がいうような「万が一にも災害防止上支障のないこと」を実現するように,万が一にも,想定した応答スペクトルをはみ出す地震がないような,すべての考えられる地震・地震動を包絡するようなものとしなければならないである。

以上のとおり,地震動想定手法のうち,「応答スペクトルに基づく手法」は,地震規模の推定における経験的関係式でも大きな誤差があることが明らかであり,その後の地震動想定の手法も,実現象の平均像を求めるに過ぎない手法であって,しかもその平均からの乖離が大きなものであることは明らかである。しかるに電力会社は,この平均からの乖離を十分に顧慮することなく地震動を想定している。そのことのみで,すでに電力会社の想定する地震動が極めて過小であることは明らかである。