◆原告第16準備書面
第5 従前の地震動評価が著しい過小評価であったこと

被告関電準備書面(3)(地震)に対する反論(2) 目次

第5 従前の地震動評価が著しい過小評価であったこと

 1 従前の地震動想定に対する国会事故調報告書の指摘

  (1)国会事故調報告書の指摘

国会事故調報告書は,原子力発電所における従前の地震動想定について,次のとおり指摘している(「2.1.6検討」の7)a〔報告書193頁〕)。

「わが国においては,観測された最大地震加速度が設計地震加速度を超過する事例が,今般の東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原発と女川原発における2ケースも含めると,平成17(2005)年以降に確認されただけでも5ケースに及んでいる。このような超過頻度は異常であり,例えば,超過頻度を1万年に1回未満として設定している欧州主要国と比べても,著しく非保守的である実態を示唆している。」

  (2)従前の地震動想定は10年間で5ケースも誤ったこと

上記(1)の指摘は,要するに,原子力発電所における従前の地震動想定は僅か10年間の間だけで5ケースも誤った,ということである。

ここで,平成17年(2005年)以降に確認された5ケースとは,以下の5つを指す。

 ア 平成17年(2005年)8月16日宮城県沖地震における女川原発のケース

平成17年(2005年)8月16日に発生した宮城県沖地震は,北緯38度9.0分,東経142度16.7分の宮城県沖を震源とするM7.2の地震である。

この地震の際,東北電力女川原発で観測された地震動は,南北方向では基礎盤上で316ガルを記録した(甲235[4 MB]「今回の地震による女川原子力発電所第1号機の建屋の耐震安全性評価結果について」)。

当時の女川原発の設計用最大地震動は,S1(設計用最強地震)が250ガル,S2(設計用限界地震)が375ガルであった。しかも,この地震の規模は,当時想定されていた地震(M7.5)の3分の1の規模に過ぎなかった。

国内の原発で,基準地震動(設計用最大地震動)を上回る地震動が確認されたのは,このケースが初めてであった。このようなこととなった要因とされているのは,「大地震においても顕著に宮城県沖近海の地域特性が現れる」からだとされている。要するに,設計用最大地震動の設定を平均像で行っていたところ,そのバラつきを適切に考慮していなかったためにそれから外れてしまったというのである。

なお,ここでいう「地域特性」の一つとして,次の点が挙げられている。

(「女川原子力発電所における宮城県沖の地震時に取得されたデータの分析・評価および耐震安全性評価に係る報告について」東北電力)【図省略】

もっとも,上図からすれば平均像からの乖離は幸いにもそれほど大きいものではなかった。実際にはもっと大幅に乖離した地震動が発生しても何らおかしくはなかったのである。

 イ 平成19年(2007年)3月25日能登半島沖地震

平成19年(2007年)3月25日に発生した能登半島沖地震は,能登半島沖(北緯37度13.2分,東経136度41.1分)で発生したマグニチュード(Mj)6.9,震源深さ11キロメートルの地震である。

この地震の際,北陸電力志賀原発1号機及び2号機において,基準地震動(応答)を超過した(甲236[6 MB]「能登半島地震を踏まえた志賀原子力発電所の耐震安全性確認について」)

志賀原発の設計用地震動の最大加速度は,1・2号炉とも,S1(設計用最強地震)が375ガル,S2(設計用限界地震)が490ガルであった。

この地震では,下図【図省略】のように,地震モーメント(Mo=「剛性率〔震源断層面のすべり強度〕×平均すべり量×震源断層面の面積」。単位はNm〔ニュートン・メートル〕)が平均的地震より大きく,これが基準地震動を超えた要因となっている。ただし,平均的地震より大きいといっても,同じ程度の断層面積で発生した地震における既往最大までは至っていない。やはり,より大きな地震動が発生していても何らおかしくはなかったのである。

(志賀原子力発電所:「新耐震指針に照らした耐震安全性評価
(敷地周辺海域の地質・地質構造)」平成21年1月15日北陸電力株式会社)【図省略】

 ウ 平成19年(2007年)7月16日新潟県中越沖地震

平成19年(2007年)7月16日に発生した新潟県中越沖地震は,新潟県中越沖で発生したマグニチュード6.8の地震である。

この地震の際,東京電力柏崎・刈羽原発で観測された地震動は,最大1699ガルであった(甲237[3 MB]「柏崎刈羽原子力発電所の耐震安全性向上の取り組み状況」)。

柏崎・刈羽原発の設計用地震動の最大加速度は,S1(設計用最強地震)が300ガル,S2(設計用限界地震)が450ガルであった。中越沖地震では,この約4倍(1号機解放基盤面で1699ガル・S2の約4倍)もの地震動が観測された。中越沖地震はM6.8と地震規模はそれほど大きくなく,震源の深さが17kmとそれほど浅い地震でもないのに,旧指針の限界地震の想定を約4倍も超える地震動が発生したのである。

そして,これによって,柏崎・刈羽原発に,次のような本格的な被害が発生した。

  1. 柏崎・刈羽原発5号機においては,燃料集合体の一つが燃料支持金具から外れていた。
  2. 同7号機の点検作業中に,制御棒205本のうちの1本が引き抜けなくなる異常が見つかった。東京電力は,「地震の影響が何らかの形で発生したと思う」と説明している。
  3. 同6号機でも,制御棒2本が一時引き抜けなくなった。引き抜けなかった制御棒については,詳細な点検が行われたが,原因は明らかになっていない。
  4. 同5号機では,炉内の水を循環させるために原子炉圧力容器内の壁に沿って20本設置されているジェットポンプの振動を抑えるためのくさび形金具が,水平方向に4㎝ずれているのが見つかった。
  5. これらを含め,この地震の結果,柏崎・刈羽原発は,約3000箇所で故障が生じた。

柏崎・刈羽原発での当時の基準地震動はS2(設計用限界地震)であったが,新耐震指針における基準地震動Ssすら超える地震動が観測されてしまったのである。

中越沖地震がSs(新耐震指針における基準地震動)を大きく上回る地震動を観測したことを受けて,東京電力はその要因を分析し,アスペリティ(大地震発生時に震源断層面内において特に強い地震波を発生した領域。地震発生直前まで断層面が残りの部分より強く固着していたと考えられることから,もともと「突起」という意味の「アスペリティ」と呼ばれる。)の平均応力降下量(断層がずれた時のエネルギーを示す。これは短周期地震動レベルに直結する。)が平均像の1.5倍だったことと,地盤による増幅が4倍あったことが原因だとされた。そこで,原子力安全委員会,原子力安全・保安院は,各原子力事業者に対して,短周期地震動レベルを1.5倍とした場合に機器・配管の健全性が保たれるか確認することを求めた。

しかしながら,アスペリティの平均応力降下量が平均像の1.5倍程度以上となる地震は無数に観測されている(正規分布によって算出した場合も,やはり平均像の1.5倍を超えるような地震は全体の1割程度存在するとされる。)。したがって,この対応は,単なる弥縫策でしかなかった。

ところが,原子力安全委員会も,原子力安全・保安院も,各原子力事業者も,想定を失敗した根本的な原因について改めることは一切しなかったのである。

 エ 平成23年(2011年)3月11日の東北地方太平洋沖地震における福島第一原発のケース

平成23年(2011年)3月11日の東北地方太平洋沖地震は,マグニチュード9の巨大地震である。この地震の際に東京電力福島第一原発で観測された地震動は,基準地震動を超えた(甲92・国会事故調報告書「2.2.1東北地方太平洋沖地震による福島第一原発の地震動」)。

そして,この地震動によって原発の配管が破断した可能性も指摘されている(甲92・国会事故調報告書「2.2.2地震動に起因する重要機器の破損の可能性」)。

 オ 平成23年(2011年)の東北地方太平洋沖地震における女川原発のケース

また,平成23年(2011年)3月11日の東北地方太平洋沖地震の際,東北電力女川原発で観測された地震動も,基準地震動を超えた(「平成23年東北地方太平洋沖地震における女川原子力発電所及び東海第二発電所の地震観測記録及び津波波高記録について」)。

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 2 従前の地震動想定が著しい過小評価となった理由

このように,従前の原子力発電所における地震動想定は,著しい過小評価であった。原発事業者と規制機関たる被告国が地震動想定に失敗した最大の原因は,その地震動想定手法が,過去に発生した地震・地震動の平均像で想定を行っていたことにある。

そして,原子力発電所における地震動想定手法が,過去に発生した地震・地震動の平均像で行われていたことについては,この分野の第1人者であり,原発の耐震設計を主導してきた入倉孝次郎氏自身が認めている。すなわち,平成26年3月29日付愛媛新聞(甲238[656 KB])には,入倉孝次郎氏の次の発言が掲載されている。

「基準地震動は計算で出た一番大きい揺れの値のように思われることがあるが,そうではない。(四電が原子力規制委員会に提出した)資料を見る限り,570ガルじゃないといけないという根拠はなく,もうちょっと大きくてもいい。・・・(応力降下量は)評価に最も影響を与える値で,(四電が不確かさを考慮して)1.5倍にしているが,これに明確な根拠はない。570ガルはあくまで目安値。私は科学的な式を使って計算方法を提案してきたが,これは地震の平均像を求めるもの。平均からずれた地震はいくらでもあり,観測そのものが間違っていることもある。基準地震動はできるだけ余裕を持って決めた方が安心だが,それは経営判断だ。」

このように入倉孝次郎氏は,基準地震動は目安に過ぎない「平均像」だと述べたのである。さらに,これを中越沖地震の知見から1.5倍にすることについても,明確な根拠があるわけではないと言う。そして,その平均像を超える地震はいくらでもある,とまで言う。過去に発生した地震・地震動の知見の平均像で想定を行っているのであるから,現に発生する地震・地震動がしばしば基準地震動を超えることは,いわば当然のことであった。
では,そのような基準地震動を金科玉条のように,重要なものとしてこれまで行ってきた耐震設計は,何だったのか。実にいい加減なものだということを,主導してきた入倉孝次郎名誉教授自身が認めたに等しいといわなければならない。
すでに述べたとおり,原発の耐震設計は,まず基準地震動(Ss)を定めることから始まる。この基準地震動Ssは

「施設の耐震設計において基準とする地震動で,敷地周辺の地質・地質構造並びに地震活動性等の地震学および地震工学的見地から,施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり,施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切な地震動」

とされ,要するに,Ssは,施設を襲うと想定できる最大地震動であるはずであり,それが,原発の耐震設計の根本であったはずである。ところが基準地震動は,単なる目安に過ぎない「平均像」だというのである。これでは,原発の耐震設計の根本は完全に崩れ去ってしまう。したがって原発の耐震設計は,その出発点において極めて大きな誤りがあったということになる。

したがって,このような耐震設計で原発の安全性が担保されるはずがない。もはや原発の耐震設計が,根本から誤っていることは,誰の目から見ても明らかになった。それを明白にしたのが,この入倉発言である。

しかも,入倉孝次郎氏は,あとは「経営判断だ」とすら言う。しかし,そうであれば,司法が,原発の差し止めを認めない判決を下すための唯一の論理は,「原発の安全性は電力事業者の経営判断であり,司法がこれに介入することは許されない」ということでしかない。

平成26年3月29日付愛媛新聞(甲238[656 KB])【図省略】