◆原告第39準備書面
第5 シビア・アクシデント対策の不合理性(甲369の93~120p)

2017(平成29)年10月27日

原告第39準備書面
-原子力規制委員会の「考え方」が不合理なものであること-

目次

第5 シビア・アクシデント対策の不合理性(甲369の93~120p)
1 設置基準対象施設の不備
2 重大事故等対策の不備
3 重大事故等対処施設
4 可搬型設備に過度に依拠していること
5 特定重大事故等対処施設設置の猶予は合理性を欠くこと
6 大規模損壊対策


第5 シビア・アクシデント対策の不合理性(甲369の93~120p)


 1 設置基準対象施設の不備

(1) 「考え方」が述べる新規制基準の設置基準対象施設に対する要求(第1から第3の防護レベル)には,福島第一原発事故についての言及はない。これは,福島第一原発事故を受けて策定された新規制基準は,第1から第3の防護レベルについて以前の基準からほとんど変更を行っていないからである。

(2) 原子力安全委員会委員長であった班目春樹氏は,2007年2月16日,浜岡原発運転差止訴訟の証人尋問において,次のように証言していた[41]

□非常用ディーゼル発電機が2台動かなくても,通常運転中だったら何も起きません。ですから非常用ディーゼル発電機が2台同時に壊れて,いろいろな問題が起こるためには,そのほかにもあれも起こる,これも起こる,あれも起こる,これも起こると,仮定の上に何個も重ねて,初めて大事故に至るわけです。だからそういうときに,非常用ディーゼル2個の破断も考えましょう,こう考えましょうと言っていると,設計ができなくなっちゃうんですよ。つまり何でもかんでも,これも可能性ちょっとある,これはちょっと可能性がある,そういうものを全部組み合わせていったら,ものなんて絶対造れません。だからどっかで割り切るんです。

非常用ディーゼル発電機2台が動かないという事例が発見された場合には,多分,保安院にも特別委員会ができて,この問題について真剣に考え出します。事例があったら教えてください。ですからそれが重要な事態だということは認めます。□

しかし,2011年3月11日に発生した福島第一原発事故では,非常用ディーゼル発電機2台が動かない事態が発生し,その結果,大量の放射性物質が環境に放出された。

班目氏が,同月22日,参議院予算委員会において,上記浜岡原発運転差止訴訟における自身の証言を反省する答弁をしたのはあまりにも有名である(甲369の97p以下)[42]

[41] 「静岡地方裁判所平成15年(ワ)第544号,平成16年(ワ)第9号原子力発電所運転差止請求事件第17回口頭弁論調書」

[42] 「第177回国会参議院予算委員会第7号議事録」

(3) この点に関し,国会事故調も,以下のように福島第一原発事故の要因の一つとして,原子力法規制が過去に発生した事故のみに対応するという対症療法的なものであったことを指摘し,過去に発生した事故,経験にとどまらない可能性を検討し,対応する必要性を提言している[43]

[43] 「国会事故調報告書」(WEB版)583頁

(4) しかし,上記のとおり新規制基準の設置基準対象施設に対する要求(第1から第3の防護レベル)については,以前の基準からほとんど変更が行われていない。
このような新規制基準は,国会事故調が指摘した「当該事故のみに対応するという,対症療法的,パッチワーク的改定」にとどまるものといわざるを得ない。


 2 重大事故等対策の不備

(1) 「考え方」は,福島第一原発事故を踏まえ,重大事故等対策(シビアアクシデント対策)を要求することとしたと述べる。

(2) しかし,福島第一原発事故が発生してから6年を経過した現在においてもなお,事故を起こした福島第一原発の機器損傷の状況や溶融デブリの位置・形状など原子炉内の基本情報が欠如しており,原因究明の計画すら立てられていない。特に,福島第一原発において地震によって生じた安全設備機能喪失の分析が不十分である。国会事故調報告書及びその後の事故解析は,地震による配管破損が1号機での事故原因である可能性を示唆している。

福島第一原発事故では,原子炉圧力容器や格納容器からの漏えい経路も推測の域を出ていない。原子炉圧力容器では,上部フランジからの漏えいが起きたかどうか。起きたとしたらその圧力・温度はどうか。ボルトの伸びやフランジローテーションやガスケットの挙動など,クリープは影響したかなど確認できていない。原子炉格納容器についても,水素や放射性物質の漏洩の定量的な評価が不十分である。格納容器ベントや水素爆発対策との関係からシビアアクシデント対策の有効性を慎重に検証する必要がある。また,炉心溶融後の機器や装置の作動が保障できなければ,シビアアクシデント対策は意味をなさない。

しかるに,前述のとおり,新規制基準のシビアアクシデント対策は,上記のような福島第一原発事故の十分な分析なくして策定されたものにすぎない。

(3) 「考え方」は,「独自に,敢えて格納容器が破損した場合を想定した対策を求めるなどし,加えてテロリズム対策も要求することとした」と述べるが,これらの対策は,諸外国に比べて遅れをとっており,国際的に確立された基準に従うことを求めた原子炉等規制法の明文に反している[44]

日本におけるシビアアクシデント対策は,チェルノブイリ事故を受けた1986年の検討開始から2002年の整備完了まで16年の期間を要し,1980年代から90年代前半で主なシビアアクシデント対策研究と整備が完了していた欧米に対し,大きく遅れていた[45]

福島第一原発事故で現実に格納容器が破損する事態が発生したこと,「考え方」ですら述べる深層防護の考え方等を踏まえれば,「国際基準を踏まえて」格納容器が破損した場合を想定した対策及びテロリズム対策も当然に規制上要求されるべき事項である。しかるに,とりわけテロリズム対策については未だに国際水準に達していない。かかる違法な基準が,何ら安全性を保証しないことはいうまでもない。

「国会事故調報告書」125頁図1.3.3-3 日本のシビアアクシデント対策の遅れ 【図省略】

[44] 原子力安全・保安院「シビアアクシデント対策規制の基本的考え方に関する検討(外的事象に対する対策の基本的考え方)」

[45] 「国会事故調報告書」(WEB版)124~125頁

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 3 重大事故等対処施設

(1) 想定を超える外部事象等に対応できないこと

「考え方」が述べるとおり新規制基準は,設計基準対象施設に対して,外部電源の喪失を除いては共通要因故障を想定しておらず,想定を超える外部事象等による共通要因故障が発生した場合の対策として,重大事故等対策を要求している。

このような重大事故等対策の位置付けからすれば,重大事故等対処施設は,想定を超える外部事象等が発生した場合に機能することが期待されるものであるが,基準地震動により必要な機能が損なわれないこと,基準津波により必要な機能が損なわれないこと等,想定内の外部事象等に対する機能維持しか要求されていないため,基準地震動を超える地震動や基準津波を超える津波に襲われた場合には(重大事故等対策が必要となる本来的な場面である。),必要な機能が損なわれ,対応できないおそれがある。

このように新規制基準における共通要因故障の想定ひいては重大事故等対策は,矛盾をはらんだものになっており,設計基準として共通要因故障を想定すべきであるとともに,重大事故等対処設備に対して,想定を超える外部事象等に対しても必要な機能が損なわれないことを要求すべきである。

(2) 計測装置の規制要求の改訂が行われていないこと

「考え方」は,重大事故等に対処するためには,原子炉等の状況を把握し,収集した情報を元に,事故の進展に応じた対処をする必要があると述べる。

福島第一原発事故では,計測装置に対して炉心損傷にともなう熱や放射線の環境条件が設計想定を大きく上回ったため,原子炉水位計が機能不全となり,また,原子炉圧力容器内外の温度計,格納容器圧力抑制室の圧力計,原子炉格納容器雰囲気放射線モニタなどの故障が続出した。このため,炉心の冷却状態の適切な監視ができない状況に陥り,運転員が事故対応を行う上で甚だしい困難を招いた。事故時に必要とされる系統及び機器の機能維持は,米国で起きたスリーマイル島原発事故の教訓の一つとして,当時の原子力安全委員会が摘出し電力会社に対して対処を求めたことであるが,福島第一原発事故でこの教訓がないがしろにされていたことが露呈した。この問題は,「設計条件の見直し」をしていないために,事故時に必要な機器が動かなかったことの具体的事例である。

このような過ちを繰り返さないためには,シビアアクシデント時の環境条件を適確に把握できる評価手法を確立すること,次いでその環境条件下に長期にわたり曝されても機能を維持できる計測装置類を開発し,その信頼性を実証することが必要である。少なくとも,原子炉水位計,原子炉圧力容器内外の温度計並びに格納容器圧力抑制室の水位計及び圧力計は,シビアアクシデント対応上必須の計測器であり,これらの計器がシビアアクシデント条件下で作動することを保証するか,あるいは新たな計器に置き換えられる必要がある。国会事故調も,福島第一原発事故では,電源喪失による計装系の機能喪失が大きな問題であったが,仮に電源があっても炉心溶融後は,設計条件をはるかに超えており,計測器そのものがどこまで機能するか,既設原発での計器類の耐性評価を実施し,設備の強化及び増設を含めて検討する必要があると指摘している[46]

しかし,新規制基準の検討チームは,「福島第一原子力発電所事故において問題となった原子炉水位計について,技術開発等の状況も踏まえ,規制要求の検討を行う」必要性があるとしながら,これを新規制基準施行後の検討課題として先送りにしている[47]

[46] 「国会事故調報告書」(WEB版)104頁

[47] 発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム「7月以降の検討課題について」


 4 可搬型設備に過度に依拠していること

(1) 「考え方」は,可搬型設備の柔軟性等のメリットを挙げるのみで,デメリットについて何ら言及しておらず,妥当でない。可搬型設備は,基本的には人の手で対処するため,確実に機能する保証がなく信頼性に乏しい。気象・海象や事故の影響を強く受けるので,猛暑,極寒の中での作業が続くこともある。特に大規模な地震の時には,地割れや余震,交通渋滞が予想され,満足に対応できるものではない。事故の進展によっては,放射線による被ばくのおそれもでてくる。人間が対応する以上,危険や恐怖と隣り合わせの作業であることを忘れてはならない。現に,福島第一原発事故では,電源確保のためのケーブルの引き回しや接続,消火系配管などの冷却系への接続,格納容器ベント操作など,その大半が適切にできなかった。シビアアクシデント対応は,訓練をすれば必ずできるといったものではなく,条件次第で全く機能しないこともある。炉心溶融という心理的プレッシャーと時間に追われる中で,その設備が使えない可能性がある。

このように可搬型設備には,常設設備に比べて,不確実な人的対応が必要になるというデメリットがある。

常設設備の確実性については,新規制基準の検討チームも認めるところであり,「信頼性を高めるため,設計基準を超える外部事象のうち,相対的に頻度が高い事象について,一定程度の想定をした事態に,より確実に対処できる恒設設備を中心とした対策を取る」と基本的考え方を明らかにしている[48]

[48] 発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム「外部事象に対する安全対策の考え方について(案)」16頁

(2) 「考え方」は,可搬型設備のメリットのみを挙げて,重大事故等対策では可搬型設備による対策を基本とするものの,常設設備を排除するものではない旨述べるが,上記のように常設設備と可搬型設備にはそれぞれメリットとデメリットがあることからすれば,このような二者択一ではなく,いずれの対策も要求することが深刻な災害が万が一にも起こらないようにするための対策であり,求められるところである。可搬型設備のもたらす重大な危険性に鑑みれば,常設装備を明確に要求しないこと自体が不合理というほかない。

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 5 特定重大事故等対処施設設置の猶予は合理性を欠くこと

上記のとおり可搬型設備には,接続作業等の人的対応が必要となるデメリットがあり,このデメリットをカバーし得るものとして,常設設備である特定重大事故等対処施設を位置付けるべきであり,これを「バックアップ対策」にすぎないと位置付けることは相当でない。

のみならず,新規制基準は,当初,特定重大事故等対処施設の設置期限を新規制基準施行後5年間以内と猶予しており,さらに,事業者においてこの猶予期間すらも間に合わなくなったことから,工事計画認可から5年以内とさらなる猶予期間を設けるために規則改正が行われた[49]

このような設置猶予期間変更の経過を見ても,特定重大事故等対処施設の設置期限が極めて恣意的に定められたものであり,設置を猶予して再稼働を認めることには,安全性の観点から合理性を見出せないことは明らかである。

[49] 原子力規制庁「特定重大事故等対処施設等に係る考え方について」


 6 大規模損壊対策

(1)特定の事故シーケンスを想定した対策が講じられていないこと

「考え方」が述べるように新規制基準の大規模損壊対策は,特定の事故シーケンスを想定したものではない。

特定の事故シーケンスを想定しない結果,新規制基準の大規模損壊対策は,抽象的な要求にとどまり,また,根拠の乏しい想定が置かれるものとなっている。例えば,航空機の衝突による大規模損壊は,原子炉建屋の片側にしか発生せず,損壊している部分の反対側の接続口等は,健全であるという想定の下に,給水ポンプ等による給水を行うものとされているが(設置許可基準規則43条3項3号),航空機の衝突時に原子炉建屋の片側が健全であるとは限らないし,また,弾道ミサイルが直撃した場合にこのような想定を置くことができないことは明らかである。

(2)放射性物質の放出を許容するものとなっていること

「考え方」が述べるように大規模損壊対策は,炉心の著しい損傷や格納容器の破損などを「緩和」するための対策や放射性物質の放出を「低減」するための対策であり,環境に放射性物質が放出されることを許容するものとなっている。大規模損壊対策においては,重大事故等対策のようにセシウム137の放出量が100テラベクレルを下回ること等は要求されていない。

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