◆原告第43準備書面
第1 基準地震動が過小評価であること

原告第43準備書面
-基準地震動の過小評価の危険性(主に島崎氏の証言を踏まえて)-

2018(平成30)年1月12日

第1 基準地震動が過小評価であること

目 次 (←第43準備書面の目次に戻ります)

1 レシピ(ア)と(イ)の適用について
2 レシピ修正に至る経過等
3 被告関西電力がいう「詳細な調査」について
4 被告関西電力がいう「保守的な想定」について
5 活断層として認識できる長さについて



 1 レシピ(ア)と(イ)の適用について

  (1)はじめに

名古屋高裁金沢支部において島崎証人は,被告関西電力が入倉・三宅式の適用を誤っているため,本件原発の基準地震動が過小評価になっていることを明確に証言した(甲382)。島崎証人の結論は,地震本部のレシピの修正を踏まえ,本件原発の基準地震動策定においてレシピ(ア)を用いることは過小評価となる,というものである(同・30~34頁)。

島崎証人は,日本を代表する地震学者として,また活断層ないし活断層調査の専門家として,規制委員会の発足当初の委員に就任し,本件基準地震動の審査についても途中まで担当してきた。本件基準地震動に関し,FO-A~FO-B~熊川断層の三連動や地震発生層の上端深さ3kmを基本ケースとして設定することとなったのも,いずれも島崎証人が委員として尽力した結果であり,島崎証人退任後の審査において本件原発の基準地震動に実質的な変更はない。

島崎証人は,委員退任後,日本海の津波想定について検討している過程で入倉・三宅式による過小評価のおそれに改めて気づき,自らが担当していた審査の見落としを指摘するようになったのであり,国の機関である地震本部もその問題提起を受けてレシピを修正せざるを得なくなっている。もし島崎証人が委員退任以前から入倉・三宅式による予測の問題に気づいていれば,被告関西電力は,レシピ(ア)による基準地震動の策定を行うことはできなかったはずである。島崎証人がこの問題に気づいたのが偶々委員退任後であったため,島崎証人の意見に対して被告関西電力は耳を貸さず,さらにはレシピの修正さえも無視し,再稼働に前のめりになっている。その結果,レシピ(ア)による過小評価が未だにまかりとおっているのである。

基準地震動の審査を担当していた最高責任者の一人が,自ら,本件基準地震動の過小評価のおそれを具体的に指摘したのである。その意味は誠に重大であって,本件基準地震動が過小評価であることが十分に裏付けられたといわなければならない。

  (2)レシピ修正と規制基準の規定について

「基準地震動及び耐震設計方針に係る審査ガイド」(以下「地震動ガイド」という。)I.「3.3.2 断層モデルを用いた手法による地震動評価」の(4)「①震源モデルの設定」1)では,「震源断層のパラメータは,活断層調査結果等に基づき,地震調査研究推進本部による『震源断層を特定した地震の強震動予測手法』等の最新の研究成果を考慮し設定されていることを確認する。」と規定されている。つまり,規制基準は,地震本部の最新のレシピなどによって震源断層のパラメータを設定することを求めているのである。

そして,平成28年12月に「修正」ないし「表現の誤り等を訂正」されたレシピ(甲383,384)では,震源断層モデルの設定に関し,入倉・三宅式に係る(ア)と(イ)についての表題の規定が改められた。また,レシピ冒頭には,「ここに示すのは,最新の知見に基づき最もあり得る地震と強震動を評価するための方法論であるが,断層とそこで将来生じる地震およびそれによってもたらされる強震動に関して得られた知見は未だ十分とは言えないことから,特に現象のばらつきや不確定性の考慮が必要な場合には,その点に十分留意して計算手法と計算結果を吟味・判断した上で震源断層を設定することが望ましい。」という規定が新たに設けられた。こうして,レシピは「最もあり得る地震と強震動を評価するための方法論」に過ぎないことが明記されたのである。つまり,施設の重要性に鑑みて確率は低くとも甚大な被害を及ぼし得る強震動を考慮しなければならない場合については,レシピに記載された方法論に満足することなく,さらに相応の保守性を確保できる手法を模索すべきとのメッセージがより明確に発せられることになった。

続く「特に現象のばらつきや不確定性の考慮が必要な場合」に,とりわけ高度の耐震安全性が求められる原発の基準地震動を策定する場合を含むことは明らかである。レシピを用いて基準地震動を策定する場合,現象のばらつきや不確定性に十分留意して計算手法と計算結果を吟味・判断した上で震源断層を設定することが求められることはいうまでもないが,このような記載を推本が敢えて「表現の誤り等を訂正」する形で新たに盛り込んだのは,原発の基準地震動において「レシピ」が適用されている場面での計算手法や計算結果の吟味・判断が不十分な現状があったからに他ならない。

また,この「計算手法と計算結果を吟味・判断した上で」という規定の具体的な意味について地震本部事務局は,平成28年11月8日に開催された地震本部の強震動評価部会第158回強震動予測手法検討分科会において,「特に(ア)の方法を使う場合には,例えば,併せて(イ)の方法についても検討して比較するなど,結果に不自然なことが生じていないか注意しながら検討していただきたいという趣旨である」と説明している。レシピには従前より,「活断層で発生する地震は,海溝型地震と比較して地震の発生間隔が長いために,最新活動時の地震観測記録が得られていることは稀である。したがって,活断層で発生する地震を想定する場合には,変動地形調査や地表トレンチ調査による過去の活動の痕跡のみから特性化震源モデルを設定しなければならないため,海溝型地震の場合と比較してそのモデルの不確定性が大きくなる傾向がある。このため,そうした不確定性を考慮して,複数の特性化震源モデルを想定することが望ましい」(甲385・1~2頁等)という記載があった。この記載と平成28年12月の修正を踏まえれば,過去の地震記録がなく活断層調査による過去の活動の痕跡から震源断層モデルを設定しなければならない状況で,原発の基準地震動策定のような特に不確定性の考慮が必要な場合には,(ア)の方法のみでは保守的な想定として不十分であることは明白である。

また,レシピの「付図2 活断層で発生する地震の震源特性パラメータ設定の全体の流れ」では,レシピ(ア)は「地震観測等」,レシピ(イ)は「活断層調査」とされている。この記載部分からすると,基本的に,地震観測記録から震源断層を設定する場合は(ア),地震観測記録がなく活断層調査から震源断層を設定する場合は(イ)を用いるというのが本来のレシピの趣旨である。ところが,本文における記載に問題があり,調査がなされている場合でもレシピ(ア)を適用すればよいという誤解を招いていたため,平成28年12月修正のレシピでこの点を明確にしたものである。

設置許可基準規則の解釈(別記2)4条5項2号⑤には,「上記④の基準地震動の策定過程に伴う各種の不確かさ(震源断層の長さ,地震発生層の上端深さ・下端深さ,断層傾斜角,アスペリティの位置・大きさ,応力降下量,破壊開始点等の不確かさ,並びにそれらに係る考え方及び解釈の違いによる不確かさ)については,敷地における地震動評価に大きな影響を与えると考えられる支配的なパラメータについて分析した上で,必要に応じて不確かさを組み合わせるなど適切な手法を用いて考慮すること。」と規定されている。これは,藤原広行氏が「発電用軽水型原子炉施設の地震・津波に関わる新安全設計基準に関する検討チーム」第3回会合において,単にばらつきとして捉えられるような不確かさだけではなく,「認識論的な不確かさとか,あるいは,我々が持っているこのモデルや,そういった知見の至らぬところから生じる限界」についても議論する必要があると提言した結果,記載されるに至ったものである(甲386)。こうして「各種の不確かさ」の考慮を要求する規制基準が,知見ないしモデル自体の不確かさの考慮や必要に応じて不確かさを組み合わせることを要請していることからしても,レシピ(ア)を考慮するだけでは足りないとするのが規定の趣旨に沿うものと言える。またこの審査基準からしても,レシピにおける「特に現象のばらつきや不確定性の考慮が必要な場合」に原発の基準地震動を策定する場合が当たることは明白である。すなわち,修正されたレシピの趣旨としても,原発の基準地震動策定の際には,(ア)の方法を用いるだけでは足りないのである。

  (3)纐纈氏の指摘

推本でレシピの作成・改訂を担当している強震動評価部会の部会長及び同部会強震動評価手法検討分科会の主査を務める,纐纈一起東京大学地震研究所教授も,近時,島崎氏と同氏の指摘を繰り返し行っている。即ち纐纈教授は,島崎氏の問題提起と自身による熊本地震の分析を経た上で,①大地震が起こる前にいくら詳細な活断層調査を実施しても震源断層の長さや幅を推定することは困難であること,②活断層の地震の地震動予測には(ア)よりも(イ)の方法を用いるべきこと,③電力会社が採用している(ア)の方法では過小評価になること,を述べているのである(甲387,甲388等参照)。

こうして,いずれもわが国の地震動研究の第一人者であり,片や規制委員会で本件基準地震動の審査に関わってきた島崎氏と,片や推本でレシピの作成・改訂を担当している強震動評価部会の部会長等を務める纐纈教授とが,一致して(ア)の方法によるだけでは過小評価であるとの指摘を繰り返し行っているのである。これらの事実は,本件基準地震動の過小評価性を十分に証明している。

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 2 レシピ修正に至る経過等

  (1)事実経過

   ア 試算結果
島崎氏は,陳述書において,本件原発の基準地震動が過小評価であるおそれについて指摘した。このことがマスコミ等でも報道されたが,平成28年6月2日付中国新聞の記事では(甲389),原子力規制庁及び島崎氏は,平成26年の時点で,長沢啓行大阪府立大学名誉教授の指摘を受けて,入倉・三宅の式による過小評価のおそれを認識していたものの,対応を先送りしていたことが明らかとなっている。島崎氏は,長沢氏の指摘について,「ポイントを突いた議論だった」と述べている。

こうした状況を無視できなくなった原子力規制委員会は,同月26日,島崎氏を招聘して面談し,その際に他の式で本件下発の基準地震動を再計算するよう指摘を受けたことから,同月20日の会合において再計算を行うことにせざるを得なくなった(甲390,391)。その結果,7月13日の会議で,入倉・三宅の式を武村式に入れ替えたときの本件原発の基準地震動の試算結果が報告された。その結果は,入倉・三宅の式を用いた従来の評価と比較すると,地震モーメントが3.49倍,短周期レベルが1.51倍(後に1.52倍に修正),アスペリティ応力降下量が1.58バイトなり,基準地震動に至っては約1.8倍になるというものであった(甲392)。ところが原子力規制庁は,武村式の試算結果について短周期を1.5倍する等の不確かさの考慮を行わなかったため,これを用いても従前の基準地震動のレベルに収まるという結果になるとし(同),よって基準地震動の見直しは必要ないとの報告を行った。

こうして田中委員長は,この問題の「打ち切り」を宣言したのである(甲393)。同日の記者会見において同人らは,結果を見て島崎氏が納得したかのような発言を行った(甲394)。

   イ 島崎氏との再面談
ところがこれに対して島崎氏が,今回の委員会の議論や結果については納得していないこと,同じ条件を設定すれば武村式を用いた場合の地震動は近似値で1080ガルとなること,短周期1.5倍のケースでは1550ガルにも成ること等を述べ,再計算を求めた(甲395,396)。

そこで7月19日,委員会は再度島崎氏と面談を行った。この面談において規制庁側は,武村式で算出した地震モーメントを前提としてレシピに従い計算すると,アスペリティの総面積が断層面積の倍近くになり「入り口のところでつまづいてしまう」こと,アスペリティ応力降下量の算出につき短周期レベルと矛盾しないものを算出するという方法で22.3MPaとしたが,背景領域の応力降下量が普通に理解されているものの3倍程度になってしまうなどと述べた(甲397別紙)。これに対し島崎氏は,規制庁の試算結果について,断層面積が同じ状況で地震モーメントが3倍になるということは,ずれの量が3倍になるということであり,応力降下量も大きくなることから,「それは矛盾ではなくて,最初の式を変えた結果そのもの」であり,「きちんとパラメーターを選んで頂いている」と評価した(同)。さらに,地震本部や中央防災会議でも入倉・三宅の式以外の式に基づいて震源の大きさを推定して地震動を求める手法が用いられていることから,同式を用いなくてもよいのではないかということや,最新の強震動観測記録の利活用,強震動の専門家の提案の検討,複数機関への計算の依頼などを提案した。また,武村式を用いた場合でも短周期レベル1.5倍の不確かさの考慮を行うべきであるとも述べた(同)。

しかし田中委員長は,「これは駄目だといっているのですよ」「今回は無理をしすぎて,やってはいけないことをやった」などと述べ,委員会が出したばかりの試算結果の妥当性を自ら否定した(同)。専門家の意見を聞くことが重要との島崎氏の指摘に対しても,「そういうことをやる余裕はないし,やるべき立場にもない」と述べ,そういったことが可能であるが行わないと述べてこれを排斥した。

   ウ 再度の検討終了宣言
7月27日の会議において,入倉・三宅の式を用いる以外の方法については「科学的・技術的な熟度には至っていない」との発言があるなど,この問題についての検討終了が再度宣言された(甲398)。

  (2)明らかとなった事実

   ア 入倉・三宅の式による過小評価のおそれ
何より,例えば「入倉・三宅式は,ほかの関係式に比べて,同じ断層長さであれば地震モーメントが小さく算出されるという,そういう可能性も有していることは頭に置いてやっていきます」(甲398・10頁),「絶対的に入倉・三宅式がいいと我々は判断しているわけではない」(甲399・6頁)と述べるように,島崎氏が指摘した入倉・三宅の式による過小評価の危険性自体については,規制委員会も規制庁も否定していないということを確認する必要がある。

それにもかかわらず同式を用いる理由として,規制委員会は,同式を用いる以外の手法が地震動評価手法として未確立であるという点を挙げるようである(甲397・25頁)。しかし,そのことと島崎氏の指摘を排斥することとは連動しない。入倉・三宅の式による過小評価の危険性が指摘されているのであるから,例え評価手法が未確立であっても,その分だけ十分に安全側に余裕を持った想定を行うことは最低限の措置として可能であり,それこそが「不確かさの考慮」である。藤原広行・防災科学技術研究所部門長も,規制委員会の結論は島崎氏の指摘に正面から応えていないこと,熊本地震の結果も含めてより時間をかけて検討すべきことを指摘しているところである(甲400)。

   イ 規制庁自身が行った試算結果の重要性

そうした中であってさえ,規制庁が,武村式を用いた場合の地震動評価が入倉・三宅の式を用いた場合に比べて約1.8倍になるという試算結果を示したことは極めて重要である。島崎氏の指摘により,不確かさの考慮で短周期を1.5倍等しなくても試算結果が基準地震動を超える可能性が判明したため(甲395),委員会は試算結果の妥当性を否定することに躍起になったが(甲397「やってはいけないことをやった」,甲399「撤回といえば撤回」),規制庁よりもさらに専門性の乏しい規制委員会に,規制庁が公式に報告した試算結果を全否定できるものではないし,それによって試算結果の意味するところの重大性が減殺されるものでもない(規制庁は妥当性を否定していない。甲401「我々が撤回するのは多分ない」,「そういうことを目的として使うということには,もしかしたら使えるかもしれないとは思います」)。

武村式の適用によって地震動が約1.8倍も大きくなったということは,垂直ないし垂直に近い断層について,仮に入倉・三宅の式による過小評価の性質が,島崎氏の指摘を無視して短周期等の1.5倍の不確かさの考慮で補えるものであると考えても,なお過小評価の誹りを免れないということになる。武村式を盛り込んだ妥当な予測手法を用いた場合,地震動がこれまでの1.8倍以上に大きくなる可能性も否定できないのである。

なお,レシピに従って試算するとアスペリティの面積が断層の面積よりも大きくなるという点(甲397)については,元々被告関西電力は,アスペリティ面積が断層面積の30%を超えた場合はその22%とする方法を採用しているのであるから(甲402・66頁),それと同様の処理を行えば足り,しかもそのことはレシピでも想定されている合理的な処理である(甲385・10頁)。よって,かかる理由付けは結論ありきの口実にすぎない。

   ウ 地震発生前に用いることができるのは震源断層の情報ではない
入倉・三宅の式をめぐる島崎氏の指摘は,地震学者の一定の支持を得ている。

この点に関し島崎氏は,「地震発生前の使用できるのは活断層の情報であって,震源断層のものではない」「断層の長さや面積などの断層パラメーターは,地震発生後に得られるものであって,事前に推定できる値とは異なり,大きくなることが多い」などと,地震発生前の活断層情報を入倉・三宅の式に当てはめた場合の過小評価の危険性について繰り返し指摘していることは既に述べたとおりであり,陳述書でも同旨を述べるが,規制委員会の担当委員として適合性審査の実務に携わった経験を踏まえても,被告関西電力が実施する活断層調査では必要な震源断層の情報が事前には得られないと断言しているということである。島崎氏は6月16日の木瀬委員会での面談時も「事業者はどちらかというと短い断層を好むわけで,地表の観測データから考えられるところを自ら進んで57kmという長い断層を提案する事業者はおそらくいない」と指摘するが(甲390,403),かかる指摘は基準地震動の過小評価の危険性を端的に表現したものである(甲404も参照)。

これに対して纐纈氏も同旨を述べて島崎氏の見解を支持し(甲387),さらに端的に,「原発の耐震評価で用いられている(入倉・三宅の式を用いる)地震動の予測手法を熊本地震に適用すると,地震動は過小評価になることがわかった」とも指摘する(甲405,406)。式の提唱者である入倉氏自身も,「断層面が垂直に近いと地震規模が小さくなる可能性がある」などと述べているところである(甲407)。

   エ 入倉・三宅の式を用いることは相当でない
推本は平成21年に松田式を用いた修正レシピを作成しており,「全国地震動予測地図」での活断層地震の地震動評価等では,(ア)の手法ではなく松田式等による(イ)の手法を基本的に用いており(甲387),最新の「全国地震動予測地図」でも同じく松田式を用いる修正レシピを利用している(甲408,409)。さらに旧原子力安全委員会も,島根原発の耐震バックチェックの際の松田式を用いた修正レシピでの計算を行っている(甲403,410)。そうである以上,本件原発の基準地震動についても,入倉・三宅の式ではなく,松田式を用いた修正レシピを利用することができない理由はない。それなのに意図的にこれを行わなかったのである。

纐纈教授は「松田式を用いた後者の予測手法(注:修正レシピ)で計算した結果の方が,熊本地震の規模と地震動をより正確に再現できる」「(入倉・三宅の式を用いる)電力会社の手法では過小評価になる」(甲387)と述べており,さらに,「活断層が起こす揺れの予測計算に,地震調査委は09年の方式(注:修正レシピ)を使う。規制委が採用する方式(注:入倉・三宅の式を用いる方式)の計算に必要な『断層の幅』は詳細調査でも分からないからだ。これはどの学者に聞いても同じで規制委の判断は誤りだ」とまで述べている(甲411)。

震源断層について何らかの調査を行ったとしても,入倉・三宅の式による過小評価の危険性は何ら低減されないのであるから,同式を用いることは相当でないことは明白である。

  (3)レシピ修正に至る地震本部での議論

そもそも平成28年12月にレシピが修正されたことは,島崎証人が証言するように「非常に異例のこと」(甲382・31頁)であり,そのように異例の修正が行われた背景には,入倉・三宅式に係る島崎証人の問題提起によって規制委員会で本件基準地震動の再検討が行われマスコミにも取り上げられたことがある。このレシピ修正に至るまでには,地震本部で,少なくとも以下の分科会及び部会で検討され,平成28年12月9日の第298回地震調査委員会で最終的に決定されている。

上記で若干述べた事とも重複するが,情報開示資料も含めて以下改めて確認する。

  • 強震動予測手法検討分科会
    平成28年 7月15日第156回
    平成28年 9月 7日第157回
    平成28年11月 8日第158回
  • 強震動評価部会
    平成28年 9月14日第152回
    平成28年11月15日第153回

情報開示された資料には黒塗りが多く不明な部分も多いが,第156回強震動予測手法検討分科会及び第152回強震動評価部会での議論状況は議事概要からある程度分かる。

第156回強震動予測手法検討分科会の議事概要によると,★★(纐纈一起主査か?)より,レシピから(ア)の手法を削除した方がよいという提案があった。これに対し△△(入倉孝次郎委員か?)が反発した。

第152回強震動評価部会における纐纈一起部会長の資料によると,同部会において,纐纈部会長は,熊本地震について分析した結果,「入倉・三宅式や松田式に問題はない」(同5頁)としつつ,長期評価に基づいて事前に想定されていた断層の長さ及び幅(地震発生層の深さ)が,地震発生後に判明した震源断層の長さ及び幅よりも過小になっており,その結果,予測手法としてレシピ(ア)を使うと,地震規模が過小評価になっていることを示した(同6~9頁)。

「『予測手法』(ア)はなぜうまくいかないのか?」について,纐纈部会長は,鳥取県西部地震や福岡県西方沖地震という近年のほぼ鉛直な横ずれ断層から発生した地震のデータを示して「大地震の震源断層の下端は地震発生層からさらに深い部分に及ぶことが多い。」と述べ,また,Wells and Coppersmith(1994)のデータを示して「震源断層は地表には現れない部分が存在し,その長さは地表地震断層より長いことが多い」とした。そして,「結果として,幅も長さも短く予測されてしまうので,面積がかなり小さく決まってしまう(熊本地震では実際の半分以下)。そのため,面積から決まるMが過小評価となる」という見解を示した(同10頁)。

纐纈部会長は「まとめ」として,「たとえ詳細な調査が行われたとしても,活断層や地震発生層の調査から将来の地震の震源断層の面積を精度よく推定することは困難であることが,熊本地震の実例で明らかになった」「そのため,震源断層面積から予測を始める(ア)より,活断層調査で精度よく求まるといわれる地表地震断層の長さなどから予測を始める(イ)の方が安定的である可能性が高い。全国地震動予測地図では活断層の地震に対して(イ)のみを用いている」「以上を踏まえ,『予測手法』における(ア)のセクションタイトルを,『(ア)過去の地震記録などに基づき震源断層を推定する場合や詳細な調査結果に基づき震源断層を推定する場合』から『(ア)過去の地震記録などに基づき震源断層を推定する場合』に替えたらどうか.」「同じく(イ)のセクションタイトルを,『(イ)地表の活断層の情報をもとに簡便化した方法で震源断層を推定する場合』から『(イ)その他の場合』に替えたらどうか.」等の提案を行った(同12~13頁)。

第152回強震動評価部会の議事概要(案)によると,同部会では纐纈部会長の資料と提案は概ね肯定的に受け取られた。☆☆(入倉孝次郎委員か?)からも,「(纐纈委員の)資料に書かれていることは正しいし,分析も正しいと思っている」「(ア)を直接実施しようとすると,不確定性がまだ残っている。」「(ア)の方法は重要だし,(イ)の方法も重要である。両方やることには賛成」等とコメントされている(同5,6頁)。

少なくとも,平成28年12月のレシピ修正は,熊本地震と日奈久・布田川断層の長期評価を踏まえ,強震動地震学の第一人者である纐纈一起氏(東京大学地震研究所教授)の提案により,入倉・三宅式の作成者である入倉氏や三宅氏を含む多くの専門家の間での議論を経て決まったことは明らかである。以上の経緯を踏まえれば,このレシピの修正は,過去の地震記録がない場合,(ア)のみでは安定的とはいえないという趣旨からなされたものである。修正されたレシピの解釈についての島崎証言(甲382・31~32頁)に誤りはない。

被告関西電力は,レシピ(イ)の方法を用いずにレシピ(ア)を用いる理由として,詳細な調査に基づいて得られた震源断層の調査をより直接的に反映することができるからであると主張するようである。だが,2016年(平成28年)9月14日付けの地震本部事務局作成資料「『レシピ』の一部記述表現について(案)」に記載されているとおり,また原告らが繰り返し指摘しているとおり,現状では仮に調査・研究にベストを尽くしても得られる知見や情報は質・量とも不完全である(甲412)。それにもかかわらず,被告関西電力は,未だ震源断層の長さや幅を正確に特定でき,レシピ(ア)のみで信頼性の高い地震動予測が行えるかのような立場を取っているのである。

安定的な地震動評価をするためにレシピ(ア)のみでは足りないということが震本部の専門家の間でも妥当な方法として認められ,レシピの表現が修正されるに至ったのであるから,特に十分に保守的な評価が要求される基準地震動の策定において,レシピ(ア)を用いるのみでは過小評価の危険が極めて大きいことは当然である。真に「十分に保守的な評価」をするのであるならば,レシピ(ア)を用いるのみでは著しく不十分なのである。

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 3 被告関西電力がいう「詳細な調査」について

被告関西電力は,本件原発について,詳細な調査をし保守的な想定をした旨主張し,入倉・三宅式による地震モーメントの過小評価のおそれがないかのような主張をしている。だが,島崎証人が証言したとおり(調書22頁),被告関西電力の「詳細な調査」や「保守的な想定」によっても入倉・三宅式による事前推定の問題は無くならない。

まず,被告関西電力がFO-A~FO-B~熊川断層等について特に詳細な評価をしたという事実はない。FO-A~FO-B断層については海上音波探査が実施されているが,これはせいぜい表層200m~300m程度を調べたに過ぎない。熊川断層については反射法地震探査が行われているが,やはり表層200m程度までしか調べられていない。これで地下3kmから18kmにあるとされている震源断層の長さを事前に正確に設定できるはずがない(甲382・23頁)。

被告関西電力は,C層上面に断層活動による段差が認められるかどうかが重要なのであるから,海底下約120m~130mだけを調査すれば十分であるかのように主張する。だが,そのような被告関西電力の主張が成り立つためには,震源断層が活動した際にその長さに対応するよう,直上の地層には必ず段差(変位,ずれ)が生じると言えなければならないが,そのような一般則は存在しない。むしろ,纐纈一起氏が地震本部で示したように,震源断層には地表に現れない部分が存在するため,地表地震断層の長さは震源断層の長さよりも一般に短い。それは即ち,地表に段差が現れる長さは地下の震源断層の長さよりも類型的に短いことを意味している。「ひずみ集中帯の重点的調査観測・研究プロジェクトの総括成果報告書」(甲413)によると,反射法・屈折法による地殻構造調査(同2-1)やマルチチャンネル等による海域地殻構造調査(同2-2)によって,新潟県から秋田県にかけての一部領域における深部地下構造のイメージングが行われ,地下10km程度ないしそれ以深の範囲の断層の存在が明らかになっている。こうした手法により,地下18km程度の断層の調査も決して不可能ではないのである。被告関西電力は,できるのに行っていないのである。なお同報告書では,1964年新潟地震(Mw7.6)に関連する活断層調査から,地震が発生しても震源域の一部でしか海底に変位が出現しないことも示されている(同82頁)。

地下3kmから18kmに存在する設定となっている震源断層の長さについて,「想定外」を無くすためには地下18km程度まで詳細に調査するのが本来であるが,最低限地下3kmまでは調査すべきである。東京電力は,平成10年度国内石油・天然ガス基盤調査陸上基礎物理探査「西山・中央油帯」の地震探査記録や昭和44年度天然ガス基礎調査基礎物理炭鉱「長岡平野」の地震探査記録を適合性審査資料で引用し,地下数km~6km程度の地下構造を示している(甲414。甲415も参照)。石油や天然ガスのための調査ですら地下数km程度まで実施するのであるから,基準地震動の評価に当たって同程度の調査は被告関西電力も当然実施すべきであり,またそれは十分可能であるはずのところ,これを行っていない。

また,震源断層の幅は震源断層の長さよりもさらに事前推定が困難である。被告関西電力は地盤速度構造や微小地震の分布から地震発生層を設定しているが,それで大地震の震源断層の幅が精度良く設定できるという実証的な検討はなされていない。島崎証人も「断層幅を大きく取れば何とか一致させることができますよと。でも,そんなのは事前には設定できませんね」(調書31頁)と証言している。第156回強震動予測手法検討分科会でも,★★(纐纈主査か?)から「個人的には,構造調査から大地震の震源断層の下端が分かるとは,とても思えない」「微小地震による地震発生層の詳細な調査が,将来発生する大地震の震源断層とは等しいとは限らない」等の発言があり,△△(入倉委員か?)からも「下端は分からない」「(下端を特定するためには)10km掘って構造物性を調査する必要がある」等と言及されている。地震発生層の上端深さについても,事前設定は容易ではない。1995年兵庫県南部地震や1927年北丹後地震では,断層破壊に伴って地表面にもすべりが生じたことが知られている。特に原子力発電所のような硬質地盤の場合には地震動を発しうる領域の上限深さを決めることが難しい場合も考えられる(山田ほか(2015))(甲416・78頁)。熊本地震でも,2014年長野県神城断層地震と同様,顕著なずれは明らかに浅部にあるとされ(鈴木ほか(2016))(甲417・845頁),熊本地震による断層近傍の強震動を再現するには深部だけでなく表層付近の影響を含める必要がある(長坂ほか(2016))(甲418)。平成28年11月15日の地震本部強震動評価部会では「参考資料8活断層の長期評価に基づく強震動評価の改良(2)-上端深さ0kmとした活断層の震源断層モデル化に関する検討―(防災科研資料)」(甲419)が配布されており,震源断層の上端深さの設定の不確定性とこれに関する強震動評価の問題は地震本部における検討課題となっている。

地下の震源断層の面積を事前に特定することは極めて困難であり,まして被告関西電力が行っているようなごく表層付近の調査では不可能である。

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 4 被告関西電力がいう「保守的な想定」について

被告関西電力はFO-A~FO-B断層~熊川断層の断層長の設定について,活断層研究会の『新編日本の活断層』よりも断層長さをやや長く設定していることをもって保守的な評価と言いたいようであるが,そういった既往文献での調査では密に観測しているわけではなく,島崎証人がいう「普通の調査」(甲382・23頁)をしているに過ぎない。本件原発のために測線を増やせば被告関西電力が設定しているような値になるのは当然であって,特に保守的ということはない。島崎証人も,「これが存在しているのでこの値にしたというだけで,保守的なところはどこもありません」「保守的ではなくて,正にこれはあるものをそのまま書いたというだけのこと」(同頁)等と証言している。

また,被告関西電力は,本件原発の地震動評価について,断層の幅(地震発生層の厚さ)については,十分に保守的な長さとして設定していると主張している。しかし,実際には地震本部よりも非保守的である。FO-A~FO-B~熊川断層は地震本部において強震動評価の対象となっていないが,その周辺の震源断層モデルのパラメータから,仮にFO-A~FO-B~熊川断層を地震本部が評価した場合の地震発生層や断層幅の設定を推認することができ,上林川断層は地震本部のパラメータと直接比較できる。本件原発ないしFO-A~FO-B~熊川断層周辺の断層のうち,野坂断層帯では地震発生層の深さは「2-17km」で断層面の幅は「16km」,三方断層帯では地震発生層の深さは「1-16km」で断層面の幅は「18km」(ただし東傾斜60度),花折断層帯北部では地震発生層の深さは「1-20km」で断層面の幅は「18km」,上林川断層及び三峠断層はいずれも地震発生層の深さは「1-15km」で幅は「16km」とされている(いずれも強震動評価のための「モデル化」ケース)。つまり,地震本部は本件原発周辺の主要活断層帯について,ことごとく地震発生層の上端は3kmより浅く,断層幅は15kmより広く設定しており,被告関西電力によるFO-A~FO-B~熊川断層の設定よりも保守的である。これには,レシピ(イ)を適用する場合,断層モデル下端深さが最大「+2km」されることと,上限深さを深い地下構造からVs=3.0km/s程度の層の深さが目安とされていることの両方の要因が関係していると考えられる。なお,被告関西電力の地盤モデルでは,S波速度3.0km/sの上面深度は1.01kmとされている。島崎証人も,地震発生層の厚さが15kmであるからといって入倉・三宅式による過小評価は考え難いということは言えないと証言している(甲382・24頁)。

しかも島崎証人は,入倉・三宅式が地震モーメントを小さく算出する可能性に留意して断層長さや幅等に係る保守性の考慮が適切になされているかという観点では審査をしていないしされていないと明確に証言している(同・33頁)。また,島崎証人は,新聞社のインタビューにおいて,被告関西電力が上端深さを当初4kmと評価して設置変更許可の申請をしていたことについて,「常識的にあり得ない」と述べ,3kmに変更になったことは,3連動の想定も合わせて,「規制委は余裕を持たせたとアピールしているが,そうではなく,当たり前のことだ」とも話している。

後述のとおり函館地裁における書面尋問で,藤原広行氏は,入倉・三宅式による過小評価を解消ないし低減させる方法として,「断層下端の深さについて深め設定し,断層上端を地表面まで面を張るなどして断層面を拡張することと,入倉・三宅式においてばらつきを考慮したパラメータ設定を行うことなどが考えられる」(甲420-2・10頁)と証言している。地震発生層の厚さの保守性によって入倉・三宅式の過小評価のおそれに対処しようとすれば,少なくとも断層面を地表面まで拡張する程度の保守性が必要であるが,被告関西電力の設定ではまったくその水準に達していない。

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 5 活断層として認識できる長さについて

島崎証人が証言するとおり,多くの場合,後世の調査によって活断層として認識される断層の長さは,地震直後に現れていた地表地震断層よりも短くなる(甲382・8頁)。これは,活断層の再来周期が長い(一般に数千年から数万年単位)ことから,地表地震断層の痕跡が後の風化,浸食,堆積等の作用によって消滅してしまうためであると考えられる。本件原発が阿蘇のような火山地域でなくとも,これまでの地表地震断層の痕跡が消滅している可能性は当然ある。

FO-A~FO-B~熊川断層についても,活断層調査の結果,過去の地震活動で最大合計63.4kmの地表地震断層が現れる活動が想定され,これが全体として活動した場合を固有地震として設定しているからこそ,被告関西電力はその評価をしているのであって,地表地震断層よりも長い震源断層が両端よりも広がっている可能性をも考慮した結果63.4kmとしているのではない。熊本地震の結果,FO-A~FO-B~熊川断層の震源断層長の設定が過小評価になっていると考えるのは合理的な推認であり,被告関西電力の主張には何ら根拠がない。

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