◆原告第47準備書面
第2 日本海西南部の津波についての研究の現状

2018年(平成30年)3月23日

原告第47準備書面
―1026年の万寿津波と大飯原発の危険性―

目 次(←第47準備書面の目次に戻ります)

1 日本海における大規模地震に関する調査検討委員会
2 調査検討会による最大津波高の分析と評価
3 島崎教授の講演
4 日本海地震津波調査プロジェクト
5 津波地震
6 海底地すべり



第2 日本海西南部の津波についての研究の現状


1 日本海における大規模地震に関する調査検討委員会

2013(平成25)年1月から、2014年8月にかけて、調査検討会の会議が合計8回開催された。最後の会議では、日本海を震源とする地震が発生した場合に起きる津波について、16都道府県173市町村で想定される津波の高さと到達時間が初めて公表された。

ところで、調査検討会は、委員長を阿部勝征東京大学名誉教授が務め、その他学識経験者から構成され、国土交通省のほか、内閣府や文科省が協力、国土交通省の水管理・国土保全局が事務局となっている。

そして、調査検討会は、道府県による津波浸水想定の作成を支援し、将来起こり得る津波災害の防止・軽減のため、全国で活用可能な一般的な制度を創設し、ハード・ソフトの施策を組み合わせた「多重防御」による「津波防災地域づくり」を推進することを目指したものである。

その背景としては、日本海側では、過去に渡り、津波を伴う巨大地震が度々発生しているものの、太平洋側で発生する海溝型地震のように、同一場所で繰り返し発生が確認されるようなものではなく、また、地震の規模も、太平洋側に比べると小さいことから、発生メカニズムのモデル化が難しいとされてきた。そこで、今回、歴史資料や、津波痕跡高、津波堆積物調査を収集・整理するとともに、産業技術総合研究所(以下「産総研」という)、海洋研究開発機構等による構造探査データ及び地震発生メカニズム等に関する最新の科学的知見なども踏まえ、日本海側における津波の発生要因となる最大クラスの津波断層モデル(海底断層の位置、長さ、幅、傾斜角、すべり量等を60断層について調査したものである。

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 2 調査検討会による最大津波高の分析と評価

上記60断層による津波規模を把握するため、各津波断層モデルに大すべり域の場所を変えて、計253ケースの津波高の概略計算を実施し、知床半島から平戸市までの日本海沿岸を50メートルメッシュ(区画)に分割して沿岸の津波高を算出した。概略計算の結果から、北海道から福井に至る日本海沿岸東部では、15メートル以上のところもあったが、おおむね高いところで5~12メートルであった。それに対して、京都から九州北部の日本海沿岸西部では、高いところでも概ね3~4メートルであった。もっとも、日本海の海底地形の影響で、東北沖での津波が中国地方で高くなる場合があったと記載されている。

甲429号証[3 MB]の2頁、図1に、この調査検討会で導かれた日本海側の16道府県の最大津波高が示されている。これによれば、福井県は坂井市で7.7m、京都府伊根町では7.2mである。

図1 (日本海側の16府県の最大津波高(m))【図省略】

日本海沿岸東部は、北米プレートとユーラシアプレートの2つの大陸性プレートの境界に沿って、1940年の積丹半島沖地震(Mw7.6)、1964年の新潟地震(Mw7.6)、1983年日本海中部地震(Mw7.7)、1993年北海道南西沖地震(Mw7.7)が発生している。これらの最近の活動から見ると、日本海東縁部の領域では、約10年から20年間隔で大きな津波を伴う地震が発生している。

一方、日本海沿岸西南部では、2000年鳥取県西部地震(Mw6.8)、2005年福岡県西方沖地震(Mw6.7)などの日本海沿岸近くの内陸部で被害を伴う地震が発生しているが、東縁部に比べると地震活動は低調で、大きな被害を伴う津波の歴史資料は現時点では確認されていないという。このことが図1の結果にも反映された。

上記分析に対し、竹本教授は、2000年鳥取県西部地震や2005年の福岡県西部沖地震のほか、日本海沿岸西南部で津波を伴ったM7級の地震として、1700年の対馬沖地震、1872年の浜田地震、1927年の北丹後地震も考慮すべきとしている。

また、地震予知連絡会会報90巻(2013年)の松浦律子博士の報告「日本海沿岸での過去の津波災害」によれば、日本海の地震の津波マグニチュード(Mt)は、モーメント・マグニチュード(Mw)より0.2程度大きく、同じ地震規模ならば太平洋側より日本海側のほうが津波が大きいと指摘している。また、1983年の日本海中部地震や、1993年の北海道南西沖地震の経験から、日本海側の地震は、地震規模が小さくても津波が高くなる傾向がある。この原因は、岩石の弾性係数の差に起因するとされている。

次に、調査検討会は、日本海側の9つの原発立地点におかる最大津波高を示した(甲429[3 MB]の3頁、図2)。これによれば、大飯原発が2.8m、高浜原発が3.3mとされているが、他方、上記に述べた通り、図1によれば、福井県の最大津波高は坂井市の7.7m、京都府は伊根町の7.2mであり、原発立地点の津波高の算定が過少ではないかの疑問がある。

図2 (各原発立地点の最大津波高(m))【図省略】

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 3 島崎教授の講演

2015年11月28日、原子力規制委員会の委員長代理であった島崎邦彦東京大学名誉教授は、岡山市で開かれた日本活断層学会2015年度秋季学術大会で、「活断層の長さから推定される地震モーメント:日本海『最大』クラスの津波断層モデルについて」という表題で講演を行った(甲430[460 KB]参照)。それによると、調査検討会の見解は、能登半島以西で地震規模が従来の手法に比べても、過小評価の恐れがあるという。この見解は、自治体が作る防災計画に大きな影響を及ぼすだけに、島崎教授は、「このままでは東日本大震災のような『想定外』を繰り返しかねない」と警鐘を鳴らした。また、同教授によれば、日本海側の津波が「東高西低」だが「西日本は過小評価」とされることについて、津波を引き起こす海底断層の大きさを推定するのに、武村の式(武村1998)を使わずに、入倉―三宅の式(入倉・三宅2001)を用いていることに大きな原因があるとしている。日本海西部に発生する津波は、垂直な海底断層、あるいは垂直に近い断層によって生じるが、これらの断層の地震モーメントを推定するのに入倉―三宅の式を使うと、武村の式を使った場合の4分の1程度にしかならないということである。

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 4 日本海地震津波調査プロジェクト

上記島崎教授の講演に先立ち、文部科学省は、2013年度より日本海沿岸地域での津波の波高予測・強震動予測を一層強化するため、「日本海地震津波調査プロジェクト」を開始した。開発・事業期間は、2020年度までの8年間で、このプロジェクトは、東日本震災の津波被害を受け、政府が2011年に「津波対策の推進に関する法律」を制定し、津波の発生機構の解明と津波の規模等に関する予測精度の向上についての調査研究を国が行うことを明示したことに基づいている。また、第4期科学技術基本計画(2011年8月に閣議決定された)では、大規模な自然災害の発生に際し、人々の生命と財産を守るための取組を着実に進めることの必要性を挙げ、生活の安全性と利便性の向上に関する施策を重点的に推進するため、地震などに関する調査観測や予測、防災、減災に関する研究開発や、防災体制の強化、災害発生時の迅速な被害状況の把握及び情報伝達、リスク管理も含めた災害対応能力の強化に向けた研究開発を推進するとしている。

太平洋側とは違い、海・陸のプレート境界にない日本海側には、巨大地震は発生しないと考えられてきたため、日本海側の津波予測の研究は研究途上であると言える。

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 5 津波地震

陸域に被害をもたらす津波には、地震を原因とする以外にも色々な原因がある。

まず、通常の海域における断層活動に伴う地震・津波による被害の例に加えて、津波地震(ゆっくり地震)を説明する。東大地震研究所・瀬野徹三名誉教授のホームページによれば、津波地震とは、断層地震のマグニチュードが小さい割には矢鱈と大きな津波を発生する地震である。震度が小さいと思い安心していると大きな津波に襲われることになるので、極めて危険な地震と言える。1896年明治三陸地震がそのような津波地震の典型例で、この地震のマグニチュードは7程度であったが、三陸海岸に沿って、津波で2万2千人の人命が失われ、史上最悪の津波被害を出したと書かれている。このような津波地震は、日本ばかりでなく、1946年のアリューシャン地震のように世界中で知られている。

日本海側に着目すると、1983年の日本海中部地震や1993年の北海道南西沖地震は、地震のマグニチュードに比べて大きな津波があったことはすでに述べた通りである。日本海側で発生した最大の津波は、1641年の寛保津波で、瀬島大島の噴火に伴う火山体の崩壊が原因であると考えられている。

火山体の崩壊が原因で津波が発生したケースとして、「島原大変肥後迷惑」という言葉で表された災害がある。1792年5月に、肥前国の島原(長崎県)で発生した雲仙岳の火山性地震及びその後の眉山の山体崩壊(島原大変)と、それに起因する津波が島原や対岸の肥後国(熊本県)を襲った(肥後迷惑)という災害である。このほか、火山体の崩壊に起因した大規模海底地すべりは、ハワイ半島やカナリー諸島などでも認められているという。

産総研の岡村行信博士は、海底断層の活動による地震に伴う津波ばかりでなく、日本海西南部沿岸の海底堆積性斜面の大規模崩壊による津波の可能性を指摘しており、大地震が起こりにくい場所でも稀に大規模な海底斜面崩壊が起こり、津波を発生させると述べていることに注目すべきである。

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 6 海底地すべり

電力土木技術協会は、海底地すべりについて、ホームページで以下のように書いている。

「海底地すべりとは、海底斜面に存在する未固結堆積物が、崩壊などによって引き起こす比較的急速な物質移動、すなわち堆積物のある程度の大きさの塊が重力の作用により斜面を滑り落ちる現象をいう。海底地すべりが詳細に調査されている海域はまだ少なく、まだ海底地すべりの大部分は水深200~300m以深の大陸斜面やその基部の緩やかな斜面の海域で発生するために、その運動様式に関する長期的な観察・観測例がほとんどない。海底地すべりの特徴は、その規模が陸上に比べて極めて大きい。」

このように、多くの文献では、海底堆積性斜面の大規模崩壊と海底地すべりは、ほぼ同じように説明されている。

産総研の池原研博士は、2005年に日本地すべり学会の講座「すべりに伴う物質の移動と変形(第5回)」において、「海底地すべり」と題する講演を行った(甲431[349 KB])。そこには「海底地すべりの特徴は、陸上の地すべりでは地すべり土塊の体積は大きいものでも数十k.であるのに対して、海底地すべりでは、数千km3~数万km3のものもあり、移動距離も数十km~数百kmに及ぶものもある」と書かれている。東北大学大学院工学研究科の阿部郁男博士(現富士常葉大学社会環境学部)らは、規模は小さいが、日本海で海底地すべりが津波を生じさせた例として、2007年能登沖地震の際に、富山湾内で発生した津波について述べている。日本海でもこのような海底地すべりによる津波が発生しているという。

これに関連して、1998年7月17日にパプアニューギニア北西部のシッサノ・ラグーン沖約35kmの地点でM7.0の地震が発生した。この地震でラグーン付近は15mに達する津波に襲われた。地震のマグニチュードに比較して、この津波高は大きく、地震に伴う海底地すべりの影響であると考えられている。気象庁は、ホームページの「津波の基本知識」の中で、これを海底地すべりの例として扱っている(甲429[3 MB]の5頁、図3)。この機序をいうと、沖合30~50kmで大規模海底地すべりが発生し、大量の土砂がその右側のニューギニア海溝の2000~3500mの深さに流れ落ちた。その部分の水深が急激に低下した。その結果、海底地すべりが発生した場所に周囲から海水が押し寄せた。そのためラグーン付近の第1波は引き波となった。その後、ニューギニア海溝に流れ落ちた大量の堆積物により、この海溝部分の水深が浅くなり、上昇した海水が周囲に流れた。その結果、ラグーン付近に15mに達する押し波が寄せ、マングローブの林をなぎ倒したということである。この例は、この後述べる1026年の万寿津波のメカニズムを考えるうえで非常に参考になる。

図3 【図省略】

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