◆原告第53準備書面
―原発事故関連死の状況について―

原告第53準備書面
―原発事故関連死の状況について―

2018年(平成30年)5月28日

原告第53準備書面

目 次

第1 福島第一原発事故の原発事故関連死の発生状況

第2 行方不明者を見殺しにしての避難を強いられたこと

第3 避難過程での死者の発生
1 高齢者施設「せんだん」の例
2 双葉病院の例
3 全体的な状況

第4 まとめ



 第1 福島第一原発事故の原発事故関連死の発生状況

政府は、「震災関連死の死者」とは、「東日本大震災による負傷の悪化等により亡くなられた方で、災害弔慰金の支給等に関する法律に基づき、当該災害弔慰金の支給対象となった方」と定義している。福島県の主要な地方紙である福島民報では、丸括弧をつけて「原発事故関連死」という用語も併記している。

2013年12月の時点で、「震災関連死」の数は、福島県の1605名(202万9000人)に対し、宮城県878名(234万8000人)、岩手県428名(133万人)であった。かっこ内は平成22年度の国勢調査時点での各県の人口を示す。人口比で考えても、福島県の震災関連死の率が突出していることがわかる(甲450)。

平成29年9月30日の段階では、岩手県464名、宮城県926名、福島県2202名で、2202名のうち1984名が65歳以上の高齢者であった。
震災とは別に福島第一原発の事故が起きた福島県だけ、震災関連死の伸びが続いているのであり、ここに原発事故関連死という名前をつける事情が現れている(甲451)。

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 第2 行方不明者を見殺しにしての避難を強いられたこと

避難地域では、2011年3月11日の地震発生直後から避難が始まり、行方不明者等の捜索が打ち切られている。それでも、津波で行方不明になった者については、捜索できないまま避難するしかなかった旨の報道がされている。これらの行方不明者の捜索が再開されたのは概ね4月14日以降である(甲452)。多数の遺体が発見されている(甲453)。

一方、なかなか表に出てくる事情ではないが、地震でがれきに埋もれた人々を救出できずに避難せざるを得なかった証言もある(甲454)。引用した新聞記事にもあるが、この件は、後に物語化されている。

分団長だった高野仁久さん(54)は単身で捜索に行き、がれきの下から助けを求める声をいくつも聞いた。対策本部に戻り、「機材を持って救出に行こう」と提案するが、二次災害を恐れた町長らに止められる。この翌朝、約十キロ離れた原発が爆発し、全町避難となった。

東日本大震災の本震による原発事故の避難地域の震度は以下の通りである(甲455)。

震度6強 楢葉町、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町
震度6弱 川俣町、田村市、広野町、川内村、飯舘村、南相馬市

一方、気象庁によると、震度6弱で倒れる建物が出始め、震度6強だと倒れるものが多くなる(甲456)。1981年の「新耐震基準」施行前に建設された建物にその傾向が顕著である。

あまりに凄惨な事態であることから、証言が公表されるとは限らないが、上記の記事のように建物の下敷きになった者を見殺しにしての避難の暗数は相当あると予想される。

原発の過酷事故が大地震の際に起こるのであれば、避難を強いられる近隣の地域で、このような避難による見殺しが起きるのは必然である。

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 第3 避難過程での死者の発生

  1 高齢者施設「せんだん」の例(甲457

双葉町にある高齢者施設「せんだん」は、福島第一原発から3.5キロメートルの場所に位置しており、2011年3月12日に全員避難の指示が出た。

そこで、88人の入所者が5つのルートに分かれて避難した(下図参照)【図省略】。88人は、当初、受け入れ先が決まらず転々とした。疲労や心労、体育館や公共施設などの寒さ、不慣れな固く冷たい食べ物、薬の不足など急激な環境変化で持病を悪化させ、衰弱も進んだ。このため19日までに別の高齢者施設、病院、近親者宅に振り分けられた。

88人のうち67人が福島市、伊達市、会津美里町、栃木県の16施設に移ったが、このうち28人が、病気や体調を悪化させて死亡した。

8人は福島市、郡山市、二本松市、栃木県の病院に入院し、3人が死亡した。家族に引き取られた13人のうち5人も死亡した。

亡くなった36人(女性25人、男性11人)のうち、避難から約半年で亡くなったのは半数の18人。さらに昨年12月までに18人が死亡している。死因の多くは肺炎や老衰などだった。

避難計画がいかに整備されても、高齢者が過酷な状況での避難を強いられることに代わりはなく、その過程で多数の死亡者が発生するのは避けがたい。

  2 双葉病院の例(甲458

双葉病院は、福島第一原発から約4.5kmの場所にある350床の精神病院である。福島県の沿岸部の浜通り地域では最大規模の精神病院だ。当時の常勤医は7人。震災当時の入院患者は338人であり、その約4割は高齢者で、寝たきりの患者も多かった上、高カロリー輸液の患者が20人以上、経管栄養の患者も30人以上いた。また、同じ法人が運営する介護老人保健施設「ドーヴィル双葉」(定員100人)が病院から約300mの場所にあり、一体的に運営していた。

双葉病院は、原発事故後、上記338人について、3月12日の第一陣、3月14日の第二陣(34人)、3月15日の第三陣(90人)の3回にわたり避難を余儀なくされた。
院内での死亡は、13日夜から14日未明までに3人、14日から15日に死亡したと推定されるのが1人であった。また、歩行可能な認知症の患者が1人行方不明になり、のちに失踪宣告されている。

一方、福島第一原発1号機のベント成功確認が3月12日の14時30分、同機の水素爆発が同日15時36分。同3号機の水蒸気爆発が3月14日11時01分、同2号機同4号機の水素爆発が3月15日6時14分。2号機の損傷は4号機と連動している可能性があり、同日午前11時25分には露内の圧力が低下していた。したがって、上記避難は、救出する側の関係機関、病院の職員、患者たちが濃厚に放射線に被曝しながらのものであった。 双葉病院の患者については、行方不明になった上記患者について訴訟になり判決が出されている(甲459 東京地判平成28年8月10日)。判決により認定された事実によると、当該患者は、3月15日に外部から救助に来た者が病棟出口を開放した後、行方が分からなくなったものであり、保護責任者である病院側の民事責任は逃れられないとしても、人員確保すらできない状態で原発が爆発し、原発の爆発音がとどろき、放射性物質が大量に放出される極限状態のなかで、外部からもたらされた事情で、徘徊、行方不明に至ったものであり、防止はきわめて困難だったと思われる。

判決文によると、当該患者の行方不明が判明したのは避難が完了した後の3月末になってのことであり、同時に、他の入院患者1名の行方不明も判明し、この患者は、双葉病院内で遺体(前述の4名の遺体のうち一人と思われる)で発見された。

また、さらに、避難途中になくなった患者1名についても訴訟になり判決が出されている(甲460 東京地判平成28年5月25日)。判決により認定された事実によると、当該患者は、第二陣の避難中、バス内で10時間にわたり水分補給も栄養補給もなかったため、脱水と栄養不足で死亡した。

  3 全体的な状況

復興庁は、震災後2年以内に死亡した福島第一原発事故の避難地域の高齢者35人について死因の調査を行った。それによると、避難の移動回数は平均7回で、中には16回という人もいた。一時帰宅の際に自治体の手続きで長時間待たされて体調を崩し、死に至ったケースもあった。死亡原因(複数回答)は7割超の25人が「避難所生活などによる肉体、精神的疲労」、約4割の13人が「避難所などへの移動に伴う疲労」、2割の7人が「病院の機能停止による初期治療の遅れなど」だった(甲461)。

また、南相馬市が行った調査では、福島第一原発事故に伴い避難を余儀なくされた南相馬市の5カ所の高齢者施設で、入所者の原発事故後約1年間の死亡率が、過去5年間の死亡率と比べて約2・7倍に上った。死亡率は大きな施設の方が高かった(甲462)。

2013年3月に福島県がおこなった調査では、福島第一原発事故で避難を強いられた県内の特別養護老人ホームや介護老人保健施設など34高齢者施設の事故当時の入所者1766人のうち、1月1日現在で約30%の520人が死亡したことがわかった。震災後8ヶ月の死亡率は、震災前の2.4倍になった(甲463)。

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 第4 まとめ

このように、震災直後、避難の過程、避難後の生活環境などにより、たくさんの人が死亡した結果、第1で述べた大量の震災関連死(原発事故関連死)が発生したのである。

机上の空論で避難計画をどのように整備しても、一度、原発に過酷事故が発生し、避難を強いられることになれば、たくさんの人々の命が奪われるのは、火を見るより明らかである。特に、原発が爆発し、放射性物質が大量に放出される中での避難は、戦場からの退避にも比肩すべきものであり、健常者であっても、一般的な訓練で馴致できるものではないだろう。

そして、我が国の新規制基準は、すでに過酷事故の発生を想定したものになっている。

結局、大飯原発が過酷事故を起こせば、直接的に大量の放射線被曝がなくても、それを避けるために、多数の人が亡くなるのは必然なのである。多数の人の生存権と比較できる原発の利益など観念し得ないし、百歩譲って仮にするとしても、すでに経済合理性すら失われていることはすでに述べた。

大飯原発は運転を差し止めして、廃炉にするほかないのである。

以上

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