◆[第6回原告団総会]竹本修三・原告団長の開会挨拶と講演の講師紹介

[2018年7月22日 第6回原告団総会]

開会にあたって(講師紹介をかねて)

原告団長 竹本修三

◆私は昭和40年(1965年)に京大理学部を卒業し、宇治にある京大防災研に新設された地震予知計測部門の助手となり、伸縮計や傾斜計を用いた地震前後の地殻変動の研究に従事しました。

◆今日の記念講演をお願いした平原和朗さんは、私の10年後の昭和50年(1975年)に京大理学部を卒業し、院生として防災研に入ってきましたが、その後、防災研の助手となりました。私は平原さんに手伝ってもらって、京大宇治構内にレーザー伸縮計を設置して、「地表に設置されたレーザー伸縮計による土地伸縮変化の観測」という学術論文を仕上げたこともありました。

◆私は、平成元年(1989年)に京大理学部助教授として、地球物理学教室の出身講座に戻りましたが、それまで20年以上にわたって防災研の助手を務めました。その間に接した院生のなかで、一番優秀な院生が平原和朗さんでした。そこで、平原さんを何とか京大の地球物理学教室に欲しいと考えておりましたが、平原さんは平成2年(1990年)に京大防災研の助教授に昇進した後、平成8年(1996年)には名古屋大学の理学研究科教授に引っこ抜かれてしまいました。そのときに、とても残念に思いましたが、致し方ありませんでした。

◆ところで、私の2年上の地球物理学教室の同じ講座の卒業生に尾池和夫さんがいました。彼は、京大の理学部長・副学長を経験した後、平成15年(2003年)に京大総長になりました。それまで尾池さんは地震予知連絡会の委員でしたが、総長と予知連の委員との兼務はできないということで、私のところに予知連の委員のお鉢が回ってきました。そこで、平成16年(2004年) 1月から尾池さんに代わって、私が地震予知連絡会の委員を務めることになりました。

◆尾池さんの総長就任後、地球物理学教室で後任の教授人事が始まりました。 京大理学部・理学研究科では、ポストが空かないと、次の人事選考は始められないことになっています。選考委員会ではいろんな意見が出ましたが、私は一貫して名古屋大学の平原和朗教授を推しました。幸い、選考委員会では、この意見が通りました。そして、尾池さんの後任教授として平原さんを推すことが決まり、理学部教授会でもそれが承認されました。そして、平成17年(2005年)9月に平原和朗さんが名古屋から京都に戻って来られました。

◆平原さんが京都に来られたら、地震予知連絡会の委員のポストを彼に譲ろうと考えておりました私は、平成18年(2006年) 3月31日付で地震予知連絡会の委員を辞任し、同年4月1日付で平原さんが予知連の委員に就任しました。そして平原さんは、平成24年(2012年)11月より、地震予知連絡会の会長を務めておられます。

◆今日は「日本の地震予知の現状」をいう記念講演を平原さんにお願いしてありますが、私がこれまで京都地裁で意見陳述した内容と矛盾しないであろうと思っております。しかし、彼も偉くなったので、どんな話になるか、皆目、見当がつきません。

◆なお、昨年6月の第5回原告団総会で「耐震安全性における科学の問題」と題する記念講演をお願いした東大地震研究所教授の纐纈一起さんも今日の原告団総会に、お見えになっています。纐纈さんには平原さんの講演終了後に、短いコメントをお願いしたいと思っております。また、福井の「大飯原発訴訟控訴審」の弁護団長である島田広弁護士も遅れてお見えになることになっています。機会があればご紹介したいと存じます

◆では、平原先生、よろしくお願いいたします。

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