◆原告第5準備書面
第5 新規制基準の問題点

 
原告第5準備書面
-新規制基準の瑕疵について- 目次

第5 新規制基準の問題点

1 立地審査指針を適用しないこと

 原子力委員会が1964年に決定し、原子力安全委員会が1989年に一部改訂した「原子炉立地審査指針」は、原発の設置(変更)許可審査における最上位に位置する審査指針であった。その基本的考え方と達成条件の要点は以下のとおりである(甲65 「原発ゼロ社会への途-市民がつくる脱原子力政策大綱」より)〈省略〉。

 ここに述べられていることは、万一の事故による公衆の安全を守り、人の生命・身体を保護するためには 極めて重要なものである。
 しかしながら、福島第一原発事故では,原発の敷地境界での全身被曝線量(積算)の実測値が立地審査指針のめやす線量を遙かに超えた。これによって,福島第一原発は,その立地条件が立地審査指針に適合していなかったことが明らかになった。
 このことは,新規制基準において,立地審査指針を見直した上,これを組み入れ直すことの重要性を示している。
 国内の他の原発においても,福島第一原発事故相当の炉心の著しい損傷事故を想定すると,軒並みに,今の立地が立地審査指針に適合していないこととなる可能性がある。このことは,規制委員会が防災計画用に国内全原発に対して実施した,福島第一原発事故相当の放射性物質の総放出量に関する拡散予測試算で,どの原発でも実効線量100mSvの等値線が敷地境界から10kmも20kmも離れた時点にまで及んでいることからも十分に推察される。

 したがって,新規制基準が要求しようとしている重大事故対策による放射性物質放出抑制効果に期待するのであれば,その効果を検証,審査するためにも,重大事故における敷地境界被曝線量に基づく立地条件の適否の評価が必要不可欠である。
 そうであるにもかかわらず、新規制基準では立地審査指針を見直すどころか、これを除外してしまった。
 その理由として、規制委員会は、今般追設されるフィルタベントの機能も考慮のもとに「総放出量は環境への影響をできるだけ小さくとどめること」とし、定量的には「セシウム137の放出量が100テラベクレルを下回ること」を求めていることをもって、立地評価をカバーするものとしている。
 しかし、このセシウム137の量的制限だけでは、長期的な環境汚染を抑制する効果はあっても、公衆の放射線被ばく量を安全な水準に抑えることはできない。なぜならば炉心の著しい損傷が生じると、格納容器内にいち早く流出してくる放射性物質は通常運転中にも燃料と被ふく管の間隙部に存在する放射性の希ガスとヨウ素であり、燃料溶融が進むにつれてセシウム及びその他の核種が放出される。希ガスはその物理的性質からフィルタを素通りして除去することはできない。もし希ガスの炉内蓄積量の全量が大気中に放出されると、公衆被ばく量は立地評価で定められためやすを大幅に上回る可能性が濃厚である。

 したがって、セシウム137の量的制限だけでは公衆の安全を守ることはできないのである。また、原発からの放射性物質の放出量自体は、公衆との間にある原発の離隔距離には無関係な物理量であり、その量的制限をしても、離隔距離の妥当性を評価することにはならない。
 このように、フィルタベント機能の追加は立地審査指針を除外する根拠にはなりえない。
 それでは、立地審査指針を除外した本当の理由は何か。
 改正後炉規法第43条の3の20第2項は、既存原子炉に最新の安全規制を実施する「バックフィット制度」を明示的に規定した。
 そのため、「福島のような放出の状況を仮定すると立地条件に合わなくなってしまう」(甲63-17頁 平成24年11月14日原子力規制委員会記者会見録)との田中俊一原子力規制委員会委員長の記者会見での発言からも明らかなとおり、国内のどの原発でも過酷事故を想定すると敷地境界での公衆被ばく線量が立地評価の目安以下になる見通しがなく、バックフィットによって全ての原子力が稼働できなくなることを避ける必要があったものである。
 このような理由で立地審査基準を除外することは本末転倒であり、この点のみを見ても新規制基準の不当性は明白である。

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2 安全設計審査に関する基準の不合理性

 (1) 単一故障指針が見直されていない

 単一故障指針は,単一の原因によって一つの安全機器のみがその機能を喪失することを仮定するものであり,事故が起きたときに,各種の安全機能を有する機器【例えば,ECCS(緊急炉心冷却装置)や緊急電源用ディーゼル発電機)】のうち,その全部(例えば,ECCSの全部の機能喪失)が壊れることを想定していない。つまり,単一故障指針は,各種の安全機能を有する機器のうち,単に一つの機器だけの故障を想定するルールであり,複数の機器が同時に故障することを想定していないのである。
 しかしながら,福島第一原発事故から明らかなように,地震や津波をはじめとする自然現象を原因とする事故は,多数の機器に同時に影響を及ぼす。そのため,異常状態に対処するための安全機器の一つだけが機能しないという仮定は非現実的であり,一つの安全機能にかかる全ての機器がその機能を失うことを仮定しなければ危機に対応できない。
 この点、単一故障に対し,単一の要因によって,複数の機器が同時に安全機能を失うことを「共通要因故障」という。
 福島第一原発事故では,自然現象や人為事象によって,非常用復水器(IC)2系統の手動停止,非常用交流動力電源系統の多重故障,非常用所内直流電源系統の多重故障など,共通要因故障が発生した。
 したがって,新規制基準では,福島第一原発事故の教訓を踏まえ,単一故障指針に基づく設計基準や安全設計評価ではなく,多数の設備・機器が同時に機能を失う共通要因故障を仮定した設計及び安全設計評価でなければならない。単一故障指針は,見直されなければならず,単一故障指針に基づく設計及び安全設計評価では,福島第一原発事故の教訓を踏まえた設計及び安全設計評価はできないことが明らかである。
 しかしながら,新規制基準の根幹をなす「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置,構造及び設備の基準に関する規則」(以下「設置基準規則」という。)では,第12条第2項において,「安全機能を有する系統のうち,安全機能の重要度が特に高い安全機能を有するものは,当該系統を構成する機械又は器具の単一故障【単一の原因によって一つの機械又は器具が所定の安全機能を失うこと(従属要因による多重故障を含む。)をいう。以下同じ。】が発生した場合であって,外部電源が利用できない場合においても機能できるよう,当該系統を構成する機械又は器具の機能,構造及び動作原理を考慮して,多重性又は多様性を確保し,及び独立性を確保するものでなければならない」とされており,単一故障の仮定が見直されておらず、安全性を確保できていない。

 (2) 外部電源に関する重要度分類及び耐震重要度分類が変更されていない

  ア 重要度分類指針

 重要度分類指針は,原子炉施設の安全性を確保するために必要な各種の機能(安全機能)について,安全上の見地からそれらの相対的重要度を定め,これらの機能を果たすべき構築物,系統及び機器の設計に対して,適切な要求を課すための基礎を定めることを目的とする。
 重要度分類指針は,各安全機能について,その性質に応じて,PS(PreventionSystem:異常発生防止系)とMS(MitigationSystem:異常影響緩和系)に分類している。
 そして,同指針は,PSとは,その機能の喪失により,原子炉施設を異常状態に陥れ,もって一般公衆ないし従事者に過度の放射線被ばくを及ぼすおそれのあるものと定義する。また,MSとは,原子炉施設の異常状態において,この拡大を防止し,又はこれを速やかに収束せしめ,もって一般公衆ないし従事者に及ぼすおそれのある過度の放射線被ばくを防止し,又は緩和する機能を有するものと定義している。
 そして,PSとMSに属する構築物,系統及び機器を,その重要度に応じて3クラスに分類し,設計上考慮すべき信頼性の程度を区分している。
 クラス1は,合理的に達成し得る最高度の信頼性を確保し,かつ,維持する,クラス2は,高度の信頼性を確保し,かつ,維持する,クラス3は,一般の産業施設と同等以上の信頼性を確保し,かつ,維持する、ことを目標とするとされている。
 福島第一原発事故以前、外部電源は,「異常状態の起因事象となるものであって,PS-1(クラス1)及びPS-2(クラス2)以外の構築物,系統及び機器」と定義づけられ,「PS-3(クラス3)」に分類されている。また,外部電源は,耐震設計上の重要度分類においても,Sクラス,Bクラス,Cクラスの分類のうち,最も耐震強度が低い設計が許容されるCクラスに分類されてしまっていた。

  イ 新規制基準でも外部電源の重要度は格上げされていない

 福島第一原発の外部電源は,地震の揺れによる鉄塔の倒壊,配電盤損傷等により全て喪失した。東海第二原発も,地震によって全ての外部電源を喪失している。
 外部電源は,安全設計審査指針48.電気系統において,「重要度の特に高い安全機能を有する構築物,系統及び機器が,その機能を達成するために電源を必要とする場合においては,外部電源又は非常用所内電源のいずれからも電力の供給を受けられる設計であること」とされているとおり,非常用電源と並列的にいずれかからの電気が供給される設計が要求される重要な系統である。そのため,「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針及び関連の指針類に反映させるべき事項について(とりまとめ)」(平成24年3月14日原子力安全基準・指針専門部会安全設計審査指針等検討小委員会)は,SBO対策に係る技術的要件の一つとして「外部電源系からの受電の信頼性向上」の観点を掲げ,「外部電源系は,現行の重要度分類指針においては,異常発生防止系のクラス3(PS-3)に分類され,一般産業施設と同等以上の信頼性を確保し,かつ,維持することのみが求められており,今般の事情を踏まえれば,高い水準の信頼性の維持,向上に取り組むことが望まれる」とし,現行の外部電源系に関する重要度分類には瑕疵があることを認めていた。
 したがって,遅くとも福島第一原発事故以降については、外部電源は,重要度分類指針のクラス1,耐震設計上の重要度分類のSクラスに格上げし,合理的に達成し得る最高度の信頼性を確保し,かつ,維持しなければならないことは明らかである。
 ところが,新規制基準では,外部電源の重要度分類が格上げされておらず,福島第一原発事故の教訓を踏まえた改正はなされていない。これでは,原発の安全性が確保されないのは明らかである。

 (3) 重大事故対策が不十分であること

  ア 新規制基準による重大事故対策の法的位置づけ

 福島原発事故以前は,重大事故対策は,原子炉設置者の「自主的な取組とする」ことになっていたところであるが(1992(平成4)年5月28日原子力安全委員会決定),原子力安全委員会は,2011年10月20日,この平成4年決定を廃止した。
 2012年6月27日法律第47号による改正後の原子炉等規制法(以下「新炉規法」という。)及び新規制基準では,

  1. 「重大事故」は「発電用原子炉の炉心の著しい損傷その他の原子力規制委員会規則で定める重大な事故」として定義付けられ(新炉規法43条の3の6第1項3号),平成25年6月28日原子力規制委員会規則第4号による改正後の実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則(昭和53年12月28日通商産業省令第77号,)第4条は,「その他の原子力規制委員会規則で定める重大な事故」とは,炉心の著しい損傷(同規則第4条1号)と核燃料物質貯蔵設備に貯蔵する燃料体又は使用済燃料の著しい損傷(同規則第4条2号)を指すとした。
  2. また,設置許可の基準の一つとして,「その者に重大事故の発生及び拡大の防止に必要な措置を実施するために必要な技術的能力その他の発電用原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力があること」を掲げ(新炉規法43条の3の6第1項3号),その審査基準として,「実用発電用原子炉に係る発電用原子炉設置者の重大事故の発生及び拡大の防止に必要な措置を実施するために必要な技術的能力に係る審査基準」等を制定し,重大事故対策を原子炉設置者の自主規制から法規制に転化させた。
  3. さらに,設置許可基準の一つとして,「発電用原子炉施設の位置,構造及び設備が核燃料物質若しくは核燃料物質によって汚染された物又は発電用原子炉による災害の防止に支障がないものとして原子力規制委員会規則で定める基準に適合するものであること」を掲げ(新炉規法第43条の3の6第1項4号),同基準として,設置許可基準規則等を制定した。

  イ 重大事故対策の有効性が認められないこと

 新規制基準における重大事故対策は,福島第一原発事故を踏まえて策定されなければならなかったが,結局,付け焼刃であり,実効性は疑わしい。すなわち,恒設設備ではなく,可搬式電源車や可搬式ポンプ等の可搬設備で対応することを基本としているのである。しかし,可搬設備は,つなぎこみに時間がかかるし,確実性も保証されない。
 とりわけ,本件の対象となる大飯第3・4号機は,いずれも豪雪地帯に位置している上,周囲が山である。重大事故が土砂災害や深層崩壊を原因として起こった場合は勿論のこと,地震を原因として起こったときであっても,敷地が山崩れによる土砂に覆われ,可搬設備自体が土砂に埋まったり,そうでなくても敷地内の移動を阻まれたりすることが予想される。また,重大事故が起こったときに深い積雪があれば,やはり,可搬設備の移動に困難をきたすと考えられる。
 このように、可搬設備による重大事故対策の有効性は極めて低いと言わざるを得ない。

 (4) 地盤・地震・津波に係る新規制基準が不十分であること

 新規制基準における耐震設計(津波対策を含む)の基準は,設置許可基準規則(原子力規制委員会規則第5号)の3条~5条,38条~40条,「実用発電用原子炉及びその附属施設の技術基準に関する規則」(原子力規制委員会規則第6号,以下「技術基準規則」という。)の4条~6条,49条~51条に定められており,その解釈については,設置許可基準規則解釈,「実用発電用原子炉及びその附属施設の技術基準に関する規則の解釈」(原規技発第1306194号原子力規制委員会決定,以下「技術基準規則解釈」という。),「基準地震動及び耐震設計方針に係る審査ガイド」(原管地発第1306192号原子力規制委員会決定),「基礎地盤及び周辺斜面の安定性評価に係る審査ガイド」(原管地発第1306194号原子力規制委員会決定),「基準津波及び耐津波設計方針に係る審査ガイド」(原管地発第1306193号原子力規制委員会決定)に定められている。
 上記の耐震設計基準における基準地震動の策定の方法は,原子力安全委員会が定めた耐震設計審査指針(平成18年9月19日原子力安全委員会決定)とほぼ同内容である。
 しかし,これには,根本的な誤りがあり許されないものであることについては、原告ら準備書面2において述べたとおりである。

 (5) 避難計画の策定が設置条件となっていないこと

 避難計画の策定は、「深層防護」第5層に該当する〈表「IAEAの示す5層の深層防護」省略〉。
 これを踏まえ、米国においては、緊急時計画は、許認可発給条件の一つとなっており、建設許可申請時に提出する予備安全解析書(PSAR)には予備的な計画が、また、運転認可申請時に提出する最終安全解析書(FSAR)には最終的な計画が必要となる。
 また英国では、1959年に示された最初の原子力施設法(NIA)において、原子力施設での緊急事態に対する準備の重要性が既に認識されており、その後、1965年の修正NIA法で原子力施設の許認可条件(LC)の中で緊急時計画を策定することが規定されている。(甲66:「原子力緊急事態に対する準備と対応に関する国際動向調査及び防災指針における課題の検討」96、97、106頁)
 他方、日本では、避難計画策定についての根拠法(災害対策基本法、及び、原子力災害対策特別措置法)は存在するが、同法に基づく「地域防災計画」の策定は自治体の責務とされ、原子炉施設の許認可の要件とされていないのである。

 (6) 新規制基準が世界的基準を満たしていないこと

 上記のように新規制基準は、大きな問題のある欠陥のある基準であり、係る基準を満たしたとしても公衆の安全を守ることができるものであるとは言えない。
 そうであるにもかかわらず、田中俊一原子力規制委員会委員長は、新規制基準について「世界最高水準である」と述べているが、これまで述べた以外にも他の国と比較しても劣る点が多く、とても世界基準に達しているとはいえない。以下では欧州加圧水型原子炉(EPR)との比較において劣るものを列挙する(原発ゼロ社会への途-市民がつくる脱原子力政策大綱より)〈表省略〉。なお、EPR はスリーマイル島原発及びチェルノブイリ原発の過酷事故の教訓を踏まえて、フランスとドイツの規制機関の勧告に従いながら、福島原発事故が生じる以前の段階から安全性の向上を図ってきた新型の加圧水型原子炉である。

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