◆原告第5準備書面
第6 本書面のまとめ

原告第5準備書面
-新規制基準の瑕疵について- 目次

第6 本書面のまとめ

 以上のとおり、本書面では、新規制基準には、安全性の見地からみて多くの問題点があることを指摘した。原発の再稼働が、安全性の見地からみて問題点のある新規制基準に基づくものである以上、再稼働には安全性において問題がある、換言すれば危険性があるということになる。

 ところで、原子力規制委員会の委員長田中俊一は、本年7月16日、九州電力川内原発の審査書案を了承した日の記者会見において、「原子力規制委員会の審査は安全審査ではなくて、基準の適合性の審査であり、基準の適合性は見ているが、安全だということは言わない」「基準をクリアしてもなお残るリスクというのは、現段階でリスクの低減化には努めてきたが、一般論として技術であるから、人事で全部尽くしている、対策も尽くしていることは言い切れない。自然災害についても重大事故対策についても、不確さが伴うので、基準に適合したからといって、ゼロリスクではない」と述べている(甲64)。原子力規制委員会の審査は、新規制基準に適合しているか否かの審査であり、基準に適合したから安全であるとかリスクがゼロであるということではない。これが同委員会委員長の見解である。これは同委員長の個人的な感想なり見解というよりも、同委員会の基本的な考え方とみることができる。

 従来の原発をめぐる行政訴訟においては、原子力安全委員会の審査を合格した原発については、一応安全であるということが前提とされ、その判断に不合理な点があるのか否かということが訴訟における争点となっていた。

 ところで、福井地裁平成26年5月21日判決は次のように述べる。すなわち、福島原発事故やチェルノブイリ事故の実態に鑑みると、「原発に求められるべき安全性、信頼性は極めて高度なものでなければならず、万一の場合にも放射性物質の危険から国民を守るべく万全の措置がとられなければならない。」「本件訴訟においては、本件原発において、かような事態(原告ら代理人注、重大事故の発生)を招く具体的危険性が万が一でもあるのかが判断の対象とされるべきであり、福島原発事故の後において、この判断を避けることは裁判所に課された最も重要な責務を放棄するに等しい」とする。こうした理は「人格権の我が国の法制における地位や条理等によって導かれるものであって、原子炉規制法をはじめとする行政法規の在り方、内容によって左右されるものではない。したがって、改正原子炉規制法に基づく新規制基準が原発の安全性に関わる問題のうちいくつかを電力会社の自主的判断に委ねていたとしても、その事項についても裁判所の判断が及ぼされるべきであるし、新規制基準の対象となっている事項に関しても新規制基準への適合性や原子力規制委員会による新規制基準への適合性の審査の適否という観点からではなく、上記の理に基づく裁判所の判断が及ぼされるべきこととなる」。

 この福井地裁の、原子力規制委員会による新規制基準の適合性審査の適否でなく、司法自身が、本件原発において、重大事故の発生を招く具体的危険性が万が一でもあるのか否かという判断基準に照らして原発の危険性の審査を行うことが、福島原発事故の後における司法に課せられた最も重要な責務であるとの考え方は、人格権に基づく原発差止訴訟における司法審査の在り方に関し当然の法理を説いたものではあるが、福島原発事故という極めて深刻な、我が国が存亡の瀬戸際に立たされた事故を経験した後における司法審査の在り方を改めて明らかにするものである。

 特に、上記で指摘した原子力規制委員会委員長の見解では、同委員会の新規制基準適合性の審査は、適合するとされた原発が安全であるとかゼロリスクであるというものではないというのであるから(甲64)、原発の重大事故を招く具体的危険性が万が一でもあるのか否かをめぐる判断は市民に投げ返され、その具体的危険性が万が一でもあるのか否かの最終的な判断は司法によってなされる外ないということに帰する(なお、甲67:原子力規制委員会記者会見録参照)。福井地裁の上記判示は、そうした原発の具体的危険性が万が一でもあるのか否かの問題を、原子力規制委員会の判断基準でなく、司法自身が自らの判断基準を定立して、正面から判断すべきであるという強い決意を宣言しているのである。

 原子力規制委員会委員長の冒頭発言をうけて、官房長官は、同委員会は原発が安全かどうかをチェックするのだから、新規制基準に適合しているという判断は安全だと判断したという趣旨のことを述べているが、この官房長官の発言は、上記委員長の見解にも反し、明らかな誤導である。現在、政府、電力業界、経済界は、原発再稼働に向けて、なりふりを構わぬ態度で臨んでいる。そうした情勢の中にあって、原告らは改めて当裁判所に対し司法の立脚点である憲法及び条理等に基づき、そして司法に課せられた使命を賭けて、原発再稼働差止の判断して頂くように強く要望する。それは、本件訴訟に参加している2000名になんなんとする原告のみならず、原発事故の再発、ひいては我が国の前途を憂える多くの市民の強い願いなのである。

以上

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