◆原告第6準備書面
第3 避難計画の問題点

原告第6準備書面
-避難計画の不備・実現困難性、想定被害-  目次

第3 避難計画の問題点

1 はじめに

 福島第一原発事故により、原発事故を防ぐことはできないこと及び事故により甚大な被害が発生することが明らかになった。
 このことを考慮すれば、事故後の段階である第5層すなわち放射性物質が外部環境に放出されることによる放射線の影響を緩和するため、オフサイト(発電所外)での緊急時対応を準備するという措置を行うことは原発稼働の最低条件であると言わざるを得ない。具体的には、原子力発電所を稼働させるためには、安全対策としての第5層として、放射性物質が外部環境に放出される事態が生じた場合について、住民の生命・身体に危険が及ぶ地域において、的確・迅速な情報に基づいた現実的な避難方法が定められており、迅速な放射性物質対策が可能な環境が整備されていることが最低でも必要である。
 しかし、本書面第2にも述べたとおり、大飯原発で過酷事故が起こった場合、大飯原発立地自治体のみならず広範囲に放射性物質は拡散し、被害を生じさせる。そうであるにもかかわらず、大飯発電所から放射性物質が外部環境に放出された場合に住民の生命・身体に危険が及ぶ地域において、的確・迅速な情報に基づいた現実的な避難方法は定められておらず、迅速な放射性物質対策が可能な環境は整備されていない。そして、そもそも、我が国において、第5層の整備を行うことは不可能である。下記、詳述する。

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2.区域設定

 原子力規制委員会の「原子力災害対策指針」(平成25年9月5日全部改正)によると、防護措置が必要な区域については、PAZ(予防的防護措置を準備する区域、Precautionary Action Zone、急速に進展する事故においても放射線被ばくによる確定的影響等を回避するため、先述のEALに応じて、即時避難を実施する等、放射性物質の環境への放出前の段階から予防的に防護措置を準備する区域)、UPZ(緊急時防護措置を準備する区域、Urgent Protective Action Planning Zone、確率的影響のリスクを最小限に抑えるため、先述のEAL、OILに基づき、緊急時防護措置を準備する区域)、PPA(プルーム通過時の被ばくを避けるための防護措置を実施する地域、Plume Protection Planning Area、UPZ外においても、プルーム通過時には放射性ヨウ素の吸入による甲状腺被ばく等の影響もあることが想定される地域)の3つの区域設定がなされている。PAZについては「原子力施設から概ね半径5㎞」、UPZについては「原子力施設から概ね半径30㎞」とされており、同心円状の範囲で区域設定がなされている。
 しかし、重点的に防災計画を進める地域を半径30㎞に限定することには以下の問題点がある(甲68)。

  1. 想定基準・算出方法
     規制庁は、シュミレーションの際の放射線物質の放出量は福島第一原発事故と同等を想定し、加えて原発の出力に比例した量の放出も考慮して算出したシュミレーションに基づき半径30㎞の区域設定を行っている。しかし、福島第一原発事故では放射性物質は一部しか放出されていないし、冷却プールに保管している使用済み核燃料からの放射性物質の拡散はなかったのである。放出量は想定された最悪の事態ではなかった。実際の想定においては福島第一原発事故より以上の放射性物質が放出されることを想定してシュミレーションを行うべきである。したがって、規制庁による算定基準・算出方法は楽観的に過ぎ、不十分である。
  2. 拡散状況
     規制庁は、過去のある1年間の風速や風向きのデータを用いて、原発からの方位や距離別にどの程度の汚染濃度の可能性があるのかをSPEEDIなどのシュミレーションで推定したことに基づき、半径30㎞の区域設定を行っている。しかし、規制庁はこの推定の際に、風向きの出現頻度が少ない方位での3%のデータを切り捨てる方式(97%方式)で計算した。ちなみに、大飯原発においてその方式で計算すると、小浜市方面では大飯原発のすぐ近くの対岸で被ばくゼロという不当な結果が生じることとなる。したがって、規制庁は100%方式でなく不当な結果を生じる97%方式で計算しているのであるから、過少評価していることとなる。実際に、福島原発事故においては、福島第1原発から北西に約40キロメートル(村役場までの距離)に位置する福島県飯館村から高い濃度の放射性物質が検出されていることからすれば(国道399号沿いの地点は70時間の累積が3.734ミリシーベルト)、高濃度の放射性物質が半径30キロ以上遠方に拡散することは明らかである。
  3. 避難計画作成の基準にする被ばく線量
     規制庁は、IAEA基準の「最初の7日間の被ばく線量合計で100mmシーベルトに達する範囲」を参照して、半径30㎞の区域設定を行っている。しかし、従前公衆の被ばく限度が年間1mmシーベルトとされているのであるから、これを原則すべきである。実際に、チェルノブイリ原発事故では、年間5mmシーベルト以上が避難義務ゾーンであり、年間1~5mmシーベルトが避難の権利ゾーン(移住希望者には住宅・食等を保障)であった。規制庁は、内部被ばくを無視しており、年間1mmシーベルトの原則をないがしろにしている点で適切な被ばく線量に基づいた基準づくりをしていない。

 したがって、重点的に防災計画を進める地域を半径30㎞に限定することが妥当でないことは明らかである。加えて、福島原発事故及びチェルノブイリ事故における放射線の拡散状況をみれば、放射線が同心円状に拡散するわけではないことは明らかであるから、放射線の影響を同心円状に捉えること自体も、不当に放射線の影響が及ぶ範囲を狭めるおそれがあり、区域設定の方法として不合理であるといえる。
 また、PPAについては、30㎞の範囲外であってもその周辺を中心に防護措置が必要となる場合があることを認めながらも、「PPAの具体的な範囲及び必要とされる防護措置の実施の判断の考え方については、今後、原子力規制委員会において、国際的議論の経過を踏まえつつ検討し、本指針に記載する。」としており、現時点で何ら具体的な範囲が定められておらず、放射線の影響を具体化できていない。
 以上のとおり、原子力規制委員会の「原子力災害対策指針」による区域設定は機械的にすぎ、かつ不十分である。

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3.情報伝達の方法

 原子力災害が生じた場合には、通報義務の課された事業者が、国の原子力災害対策本部(本部長:内閣総理大臣)に対し通報し、同本部は国の原子力現地災害対策本部(本部長:環境省政務)に同情報を伝える。同本部は、都道府県現地本部、都道府県災対本部及び市町村災対本部と共に原子力災害合同対策協議会を組織する。原子力災害対策特別措置法12条により内閣総理大臣が指定するオフサイトセンター(緊急事態応急対策等拠点施設)は、原子力災害が発生した場合に、現地において、国の原子力災害現地対策本部や地方公共団体の災害対策本部等が原子力災害合同対策協議会を組織し、情報を共有しながら、連携のとれた原子力災害対策を講じていくための拠点となる。同オフサイトセンターが、住民に対し避難指示を行い、広報を行う(原子力対策指針・原子力災害対策特別措置法に基づく緊急事態応急対策等拠点施設等に関する内閣府令)。
 しかし、大飯発電所のオフサイトセンター(福井県大飯原子力防災センター)は、大飯発電所から約7キロメートル離れた、おおい町内の海岸沿いに位置する。具体的には、敷地は海に接しており、護岸から施設までは100メートル足らず、海抜はわずか2メートルの場所に位置している。
 おおい町が作成したハザードマップにおいては、オフサイトセンターの位置する地域は津波襲来時の浸水地域であり、防波堤のかさ上げは予定されていない。同オフサイトセンターの非常時の電源は、本館に隣接する建屋に設置されたディーゼル発電機1基であり、発電機と建屋は防水措置が取られていないため、排気口から水が入ると使用できなくなる。また、オフサイトセンターの敷地自体が、大飯原発3、4号機の建設残土を使用した埋め立て地であり、埋め立て当初から地盤が安定しない場所であったため、地震による液状化現象が生じた場合、護岸の崩壊・地盤沈下が生じる可能性が高い。実際、同敷地周辺には既に地盤に隆起や道路のひび割れが生じている。また、施設の空調設備には放射性物質の流入を防ぐ空気浄化フィルターが設置されていない(甲69)。
 また、上記オフサイトセンターの移転計画についても、政府の平成25年度予算案で移転費用が計上されず、延期となった。政府予算案では、原子力規制委員会の概算要求のうち、原子力発電施設等緊急時安全対策交付金137億円が計上されたが、移転費用13億5800万円は「優先順位が低い」とし、盛り込まれなかった。福井県自体は、同センターの津波想定を高さ1.5メートルと見直したほか、おおい町には概算要求で事前説明がなく、同町は「移転の必要はない」としていた(甲70)。
 東日本大震災では、海抜8メートルに位置した宮城県女川町の東北電力女川原発のオフサイトセンターに津波が押し寄せ、当時の大友稔所長や避難してきた住民らが犠牲になっている。東京電力福島第一原発事故では、同原発から5キロメートルの場所に位置する大熊町のオフサイトセンターにフィルターがなかったために屋内の放射線量が高くなり、福島原発事故の4日後に同センターを放棄して福島市まで撤退せざるをえなくなったということも発生している(甲69)。
 これらのことを考慮すれば、大飯原発のオフサイトセンターについては、災害時に機能を失う可能性が非常に高い。
 また、SPEEDI自体、電源がなくなった場合、放出された放射線の種類・量を把握できず、放射性物質の拡散状況などの適切なデータ解析ができないものである。さらに、そもそもSPEEDIはあくまでもシュミレーションにすぎないのであるから、SPEEDIがあるからといって物質の拡散状況が確実に把握できるというわけではない。
 そして、そもそも国や事業者が迅速・的確な情報を伝達すること自体、何ら担保のないものである。
したがって、上記情報伝達方法では住民が迅速的確な情報を得られる確実性が全くないことは明らかである。

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4.各原発周辺自治体における避難計画の問題点

 大飯発電所から放射性物質が外部環境に放出された場合に住民の生命・身体に危険が及ぶ地域(おおい町、高浜町、舞鶴市、宮津市、綾部市)における防災計画の概要は別紙のとおりである。

 (1)迅速的確な情報伝達の非確実性

 上記大飯発電所周辺地域は、大飯発電所から放射性物質が外部環境に放出された場合、住民の生命・身体に危険が及ぶ地域であるにもかかわらず、避難について、関西電力及び国からの情報を待つ体制にある。すなわち、地域の防災計画は、県や市町村が国・関西電力のもつ正確な情報を迅速に受け取ることができるという前提で計画されている。しかし上記のとおり、避難指示の前提となる区域設定が不合理であり、かつ福島原発事故では停電により情報発信そのものが十分できなくなったり処理能力を超えてメール等の送受信ができなくなったことにより、迅速的確な情報伝達は行われなかったことを考慮すると、上記前提自体が覆される可能性が高い。

 (2)避難手段について

 綾部市は、そもそも具体的な避難手段を定めていない。
 綾部市以外の上記地域は、大飯発電所から放射性物質が外部環境に放出された場合、自家用車・県又は町が確保した避難用のバス・自衛隊、海上保安庁等に要請して応急出動してもらう車両・船舶・ヘリコプターにより避難するとして、防災計画において一応は避難手段を定めてはいるものの、下記のとおり問題がある。

  ア 自家用車による避難

 大飯原発で深刻な事故が発生した場合,周辺住民は,自家用車での避難が中心となり,自家用車を持たない者等については,バス等での移動が行われることとなる。

   (ア)地震・津波等による道路・橋の遮断

 東日本大震災では、地震ないし津波により、道路本体・路面の崩落2カ所、道路本体の大規模クラック13カ所、路面の陥没23カ所、2センチ以上の段差174カ所(最大100センチ)、橋梁支承部の損傷3橋5支承、橋梁ジョイント部の損傷46橋56カ所、ICの被害が生じ、仙台東部道路・仙台港北IC・名取ICは津波の影響により利用できない状態となり、東北道岩槻ICについては橋梁支承部が損傷し、常盤道山元ICでは路面へのクラックが多数発生した(平成23年3月18日付東日本高速道路株式会社プレスリリース)。
 また、国土交通省道路局直轄の国道についても、69区間が東日本大震災により影響を受け、事故から1年経った平成24年2月3日になって初めてすべての通行止めが解消された。
 以上からすれば、そもそも自家用車で避難しようにも、地震・津波により、道路自体が遮断・通行不能となる蓋然性が高い。積雪などの季節的特殊性の考慮も必要となる。したがって、上記地域における避難計画が複合災害を想定していない不十分なものであることは明らかである。

   (イ)渋滞(甲71、甲80)

 避難が必要となった場合,周辺住民は一斉に自家用車を運転して,避難場所に向かうことになるが,大飯原発周辺の主要な道路は,国道27号線しかない。そして国道27号線は片側1車線の道路であるため,大飯原発周辺の住民が一斉に避難のために自家用車を運転して,国道27号線に入ってくれば,渋滞が発生することは確実である。
 渋滞の発生については様々なメカニズムがあるが,一点確実にいえることは,その道路の許容量を超える自動車が流入すれば,必ず渋滞が発生するということである。
 渋滞が発生した後も次々と国道27号線や避難所に自動車が流入してくるのであり,原発に近い場所に住んでいる住民ほど,渋滞の最後方に付くことになるため,避難場所になかなか到着できず,被爆の危険にさらされることになる。
 実際,大飯原発で深刻な事故が発生した場合に,周辺30㎞圏内の住民が30㎞圏内から退避するのに必要な時間は15時間30分であると試算されている。
 この点,福井県においては,まず原発周辺5㎞圏内の住民を先に避難させ,その後にそれ以外の地域の住民を避難させるという段階的避難についてのシミュレーションを行っている。
 これによると,おおい町から避難先の敦賀市まで行くのに,優先的に避難する5㎞圏内の住民については2時間40分で到達し,その他の周辺住民については,7時間20分かけて,避難先の敦賀市に到達するという試算が出ている。なお,渋滞等何もない場合に,おおい町役場から敦賀市役所まで行くのに2時間程度かかる。
 仮に一斉避難した場合には,10㎞圏内の住民が10㎞圏外に出るのに5時間10分,20㎞圏外に出るのが6時間10分,30㎞圏外に出るのが7時間10分,避難先に到着するのに7時間40分かかるという試算が出ている。
 福井県の試算はあくまで何のトラブルも発生せずに順調に避難が進んだ場合のものであり,実際にこの時間で避難が完了するとは到底考えられない。
 まず,段階的避難については,5㎞圏外の住民が,指示どおりに5㎞圏内の住民が避難しきるまで待ち続けると想定することは人間心理を考えても,到底ありえない。また,地震等で道路の各所で陥没していたりする可能性は十分あり,このような悪条件の道路で想定どおりの避難は難しい。その他,季節によっては,積雪等の可能性のある地域であり,気象条件により,避難の完了が大きく遅れることは十分に想定できる。さらに,ガソリン切れ,故障等により,道路に車両が放置されたりすると,さらに避難の完了に時間がかかる。
 一斉避難の場合は,福井県の想定でも10㎞圏外に全ての住民が出るまでに5時間10分かかるとされており,福島第一原発同様渋滞が発生し,避難に非常に時間がかかることが当然の前提となっているのである。そして、その間避難者は大量の放射性物質にさらされることになり、大量の被ばくをする。そして、汚染地域の避難行動が汚染物質を拡散させるということからも、被ばくをすることなく避難することの困難性は明らかである。

   (ウ)避難受入先に駐車可能な車両台数が少ないこと

 福井県及び京都府における平成25年3月末時点における自家用車の台数と人口は、下記のとおりである(一般財団法人自動車検査登録情報協会作成の平成25年9月12日データ及び総務省作成の平成25年3月31日住民基本台帳年齢別人口(都道府県別)(総計))。

  • 福井県 台数49万1026台  人口810,552人
  • 京都府 台数97万7603台 人口2,587,129人

 上記地域における平成25年3月31日時点の人口は以下のとおりである(総務省作成の平成25年3月31日住民基本台帳年齢別人口(市区町村別)(総計))。

  • 大飯郡おおい町  8,742人
  • 高浜町     10,999人
  • 舞鶴市     87,909人
  • 宮津市     20,064人
  • 綾部市     36,052人

  上記の人数が自家用車で一度に避難した場合、避難受入先にすべての車両を駐車させることは不可能である。とすれば、住民は、駐車可能な受け入れ先を探して限られたガソリンの中で移動しつづけるか、車を路上に放置するしかない。車が路上に放置された場合、渋滞を生み出し、道路を通行不可能にし、自家用車による避難を不可能にする。

   (エ)福島原発事故における避難実態

 現に、全国原子力発電所所在市町村協議会・原子力災害 検討ワーキンググループ平成24年3月作成の「福島第一原子力発電所事故による原子力災害被災自治体等調査結果」(甲72)によると、渋滞状況として、「双葉町 ・国道114号線を使用し避難するよう住民広報したが、避難道路は大渋滞した。 ・通常、1時間かからないところで、5時間かかったという情報があった。」「大熊町 ・避難ルートは、国道288号線を利用したが、幅員が狭く、他町村からの避難 車両も流入したため、大渋滞した。 ・往復1時間程度のところで3時間かかった。」「楢葉町 ・通常20~30分で行けるところで、約4時間かかった。 ・国道6号は3~4箇所で陥没があり、通行不能であった。」「富岡町 ・川内村に向かう道は一本しかなく、避難道路は大渋滞した。・通常30分のところ、3時間以上かかった。」「南相馬市 ・ガソリンスタンドの給油待ちなどで渋滞が発生していた。 」「浪江町 ・避難に使用できる道は国道114号線しかなく、交通が集中し、通常30~40分のところ、3~4時間かかった。・避難道路としては、国道6号線、114号線、288号線があったが、国道6号線は陥没して通れず、福島第一原子力発電所に近づく288号線は使えない。結局、避難に使用できる道路が、国道114号線一本しかなかった。・結果、大渋滞となり避難者がばらばらになってしまった。」と報告されている。
 そのほか、上記調査結果では、楢葉町で「ガソリンがないので、移動(避難)するのに苦労した。」「自家用車避難に伴い、道路の渋滞、燃料の枯渇による車両の放置、避難先での受入場所(駐車場)の不足など、これまで想定していない状況が発生した。」と報告されている。これらの問題を解決するために、自家用車避難を想定した交通シミュレーションを実施し、自家用車避難も想定した計画の策定を検討するとともに、迅速に自家用車避難をするために必要な避難道路の早急な整備、避難先の駐車場等の確保等が求められるが、これらに関しては上記地域防災計画では何ら定められていない。
 また、東北大の今村文彦教授(津波工学)は「渋滞を招くので、津波避難はできるだけ車を使わないのが原則。日ごろから渋滞が起きやすい地点などを把握しておくことが望ましい」と述べる(甲73)。
 実際に、福島第一原発事故では、自家用車で避難する際に津波の被害に遭ったり、地震や津波による港湾や道路といった交通インフラや製油所や油槽所といった石油製品の供給施設が破壊されたことによって供給量不足による深刻なガソリン不足が発生した。
 ガソリンスタンドでは給油を待つ自動車の長蛇の列が発生し、ガソリンを確保するために多くの時間と労力を費やさなければならなくなった。ガソリン不足は、渋滞を生み出すだけではなく、そもそも住民の移動及び救援・復旧活動のための移動自体を困難にしたのである。
 避難の際に道路が通行不能になった場合避難自体、不可能となり、通行不能とならずとも、長蛇の渋滞が生じ、自家用車による避難が困難になることは容易に想定できる。

   (オ)小括

 以上のとおり、上記(ア)~(ウ)は、相互に関連して、自家用車による避難を困難にする。
 したがって、自家用車による避難が非現実的であることは明らかである。
  
  イ バスによる避難

 福井県の人口(平成25年3月末時点)で810,552人であるのに対し、福井県の全事業者のバス車両保有台数は平成26年7月末現在で933台数にすぎず、京都府の人口(平成25年3月末時点)が2,587,129人であるのに対し、京都府の全事業者のバス車両保有台数は平成26年7月末現在で2,487台であり、人口に対し、バスの台数は圧倒的に不足している(平成26年7月末における「都道府県別認証登録事業所が保有する車両台数の占有率)。舞鶴市においては、市内12業者と災害時輸送協定を締結してはいるもののその合計乗車定員は約3500人(バス71台、タクシー121台、ワゴン車2台)に過ぎず、避難中継所と避難先をピストン輸送するにしても対象人口約8万8000人に対する避難手段としては明らかに不足しているし、運転手をそもそも確保できない可能性も高い。
 また、渋滞、道路損壊の状況が生じれば、遠方のバスの利用が困難となることは容易に想定できる。
 したがって、バスによる上記地域の全住民の避難が不可能であることはいうまでもない。

  ウ 自衛隊、海上保安庁等保有の車両等による避難

 さらに、自衛隊、海上保安庁等が保有する車両、船舶、ヘリコプター等についても、その数が限られていること、他地域への救助・安全対策に使用するためすべての台数を上記地域の住民の避難に利用することはできないことを考慮すれば、上記地域の全住民の避難には不十分である。

  エ 人的資源について

 加えて、自治体職員の人的不足から、避難に関する作業を自治体職員がすべて担うことは不可能であることは明らかであり、結局は自治組織ないし住民個人の判断に任せられる部分が多い。そもそも、地震・津波自体により被災し、連絡・指示を行う人がいなくなる蓋然性が極めて高い。
 したがって、上記地域の防災計画における避難方法は非現実的である。

  オ 要援護者への対応について

   (ア)上記地域の防災計画

 上記地域の防災計画では、要援護者についても自家用車、リフト車、ストレッチャー車、救急車、福祉車両等、鉄道・ヘリコプター・船舶による避難を想定している。しかし、福島原発事故による要援護者の場合と同様、台数及び道路の遮断・渋滞等の問題が生じることは当然であり、(1)避難区域が広範囲に及び、種種編住民も避難手段を必要としたため、交通インフラがひっ迫し、活用できる避難手段が限定されることは明らかである。また、(2)避難区域が広範囲に及び患者が長距離、長時間の避難を強いられることも明らかである。さらに、(3)要援護者への対応については、あくまでも要援護者周囲の住民の善意に任せられる部分が多く存在する。
 したがって、要援護者についての対応としては不十分であると言わざるを得ない。

   (イ)福島原発事故

 実際に、福島原発事故において、要援護者の避難は困難を極め、多数の要援護者が生命・身体の危険にさらされた。
 福島原発事故当時、福島第一原発から20km圏内には、大熊町、双葉町、富岡町、浪江町、南相馬市の5市町に7つの病院が存在した。県立大野病院(大熊町)、双葉病院(同)、双葉厚生病院(双葉町)が5km圏内に、今村病院(富岡町)、西病院(浪江町)が10km圏内に、市立小高病院(南相馬市)、小高赤坂病院(同)が20km圏内にある。事故当時これらの7つの病院には合計約850人の患者が入院していた。そのうち約400人が人工透析や痰の吸引を定期的に必要とするなどの重篤な症状を持つ、又はいわゆる寝たきりの状態にある患者・要援護者であった。
 本事故によって避難指示が発令された際、これらの病院の入院患者は近隣の住民や自治体から取り残され、それぞれの病院が独力で避難手段や受け入れ先の確保を行わなくてはならなかった(甲3 国会事故調 報告書【参考資料4.2.3-1】参照)。

 図4.2.3-1 20km圏内の病院の概要〈図省略〉

 国会事故調査委員会の調査によると、平成23(2011)年3月末までの死亡者数は7つの病院及び介護老人保健施設の合計で少なくとも60人に上った。「震災後の避難前の時点」から「別の病院への移送完了」までに死亡した入院患者数は、双葉病院38人、双葉厚生病院4人、今村病院3人、西病院3人であった。また、双葉病院の系列の介護老人保健施設の入所者は同病院の患者と一緒に避難したが、そのうち10人が死亡している。なお、死亡者の半数以上が65歳以上の高齢者である。平成23(2011)年3月末までに40人の死亡者が発生した双葉病院は、医療設備のある避難先や避難手段の確保が比較的遅かった上に入院患者数も多く、本事故による避難において最も過酷な環境におかれたといえる。
 要援護者が過酷な状況に陥った要因として、(1)避難区域が広範囲に及び、種種編住民も避難手段を必要としたため、交通インフラがひっ迫し、活用できる避難手段が限定されたこと、(2)避難区域が広範囲に及んだため患者が長距離、長時間の避難を強いられたこと、(3)放射線による被害を避けるために短期間で避難先を確保することが求められ、十分な医療設備のない避難所に一時避難してしまう事態があったということが挙げられる。(1)については、重篤患者の場合は自家用車やバスでは身体への負担が大きくなってしまうことから、重篤患者の移送においては救急車や自衛隊のヘリなど、医療機器が搭載できることや身体への負担の少ないことを満たす避難手段が必要であり、多数の重篤患者を移送することは困難であった。(2)については、避難区域が広範囲に及んだことにより、長時間の移動で要援護者が体力を失い、死亡者が出る事態となった。(3)については、避難区域内の病院は、放射性物質による被ばく被害を極小化させるために、移送先の医療機関を決める余裕もなく日案することを余儀なくされ、重篤患者を医療設備のない体育館等へ一時避難させなくてはならなかった。

   (ウ)小括

 以上のとおり、要援護者が安全に避難することは困難であることは明らかであり、上記地域の防災計画でその避難方法が定められておらず、要援護者への対応として不十分であると言わざるを得ない。

  カ まとめ

 以上のことを考慮すると、大飯発電所から放射性物質が外部環境に放出された場合に住民の生命・身体に危険が及ぶ地域において、的確・迅速な情報に基づいた現実的な避難方法は定められていないことは明らかである。

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5 迅速な放射性物質対策が可能な環境が整備されていないこと

 そもそも、大飯発電所は、周囲を山・海に囲まれた場所に位置し、大飯発電所への道路は県道241号線のみである。
 平成25年9月16日午前2時半ころ、台風18号により、高速増殖炉「もんじゅ」につながる一本道(県道141号線)のトンネルの前後2か所で土砂崩れと倒木があり、外部からもんじゅとの行き来ができなくなり、同日午前3時前、もんじゅと原子力規制庁を結ぶ緊急時対策支援システム用の光ケーブルが破損し、原子炉の状況を伝送するシステムが一時停止した(甲74、82)。
 大飯発電所への道も県道241号線しかないこと、周囲や山に囲まれていることからすれば、大飯発電所についても災害時にもんじゅと同様に孤立する事態が生じることは容易に想定できる。
 とすれば、大飯発電所から放射性物質が外部環境に放出されるような事態が生じた場合に、大飯発電所までの道が遮断されることにより、迅速な放射性物質対策ができなくなる蓋然性が高い。
 したがって、大飯原発周辺地域において、迅速な放射性物質対策が可能な環境は整備されていない。

6 結論

 すなわち、大飯発電所周辺の地域は、大飯発電所から放射性物質が外部環境に放出された場合に住民の生命・身体に危険が及ぶ地域であるにもかかわらず当該地域において、的確な情報に基づいた現実的な避難方法は定められておらず、かつ、大飯発電所の立地場所を考慮すれば迅速な放射性物質対策が可能な環境は整備されていないと言わざるを得ない。とすれば、第5層すなわち放射性物質が外部環境に放出されることによる放射線の影響を緩和するため、オフサイト(発電所外)での緊急時対応を準備するという措置はなされておらず、IAEAの安全基準すら満たされていないのである。

以上

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