◆原告第7準備書面
第6 立地審査において,離隔要件についての審査を行わないことの問題点

原告第7準備書面
-立地審査指針について- 目次

第6 立地審査において,離隔要件についての審査を行わないことの問題点

離隔要件を定める立地審査を行わないことの問題点は以下の通りである。

1 離隔要件を捨て去ったことにより,シビアアクシデント時に住民を被曝の危険にさらすことになる―再稼働を容認するための,規制の著しい改悪,住民の安全の無視

福島第一原発事故をふまえれば,むしろ離隔要件を改正し厳格に運用すべきであるにもかかわらず,原子力規制委員会は,離隔要件を捨て去るという方針を打ち出したが,このことは,シビアアクシデント時に住民を放射線被曝の危険にさらすことになる。これは,再稼働を容認するための規制の著しい後退,改悪,住民の安全の無視であり,原発の危険性を放置するものであって,到底許されない。

2 フィルタ・ベントの限界

 (1) フィルタ・ベントは放射性物質を完全に除去できない

ア フィルタ・ベントは放射性物質を完全に除去できない

原子力規制委員会は,立地評価を行わないことを許容する理由として,「フィルタ・ベント」を設置することにより,セシウムにして放射性物質の放出量を福島事故の100分の1以下程度に抑えることを要求していることを挙げている。(前述,「総放出量は環境への影響をできるだけ小さくとどめること」とし,定量的には「セシウム137の放出量が100テラベクレルを下回ること」を要求)。しかし,そもそも原発からの放射性物質の放出量は,公衆被曝量に対する制限である離隔要件(非居住区域,低人口地帯,人口密集地帯)とは無関係な物理量であり,立地評価を代替する規制とは評価できない。

また,以下に述べるとおり,フィルタ・ベントの設置をもって立地評価を行わないことを許容するほどの放射性物質放出量低下の効果を挙げることはできない。

イ フィルタ・ベントとは

格納容器の圧力が設計上の上限値(最高使用圧力)を超えると、格納容器が破損する危険性が出てくる。また、原子炉に注水するため、 原子炉の圧力を下げる場合に,格納容器の圧力を下げる必要が出てくる。これらに対応するため,格納容器から意図的に蒸気やガスを放出(排気)することを格納容器ベントという(甲6-156:「原発ゼロ社会への道」原子力市民委員会)。福島第一原発事故時には,「格納容器ベント」操作が行われ,これにより格納容器から放射性物質を含む気体が外部へ放出された。新規制基準は,これを教訓として、「格納容器ベント」を行うような事態になっても周辺への放射性物質の放出が抑えられるよう、放射性物質を低減できるフィルタを通してから気体を放出する「フィルタ・ベント」の設置を義務づけたとされる。

[甲106 関西電力プレスリリース「3,4号機における新規制基準を踏まえた安全性向上対策工事の進捗状況について」添付資料2] 【図省略】

ウ フィルタ・ベントは希ガスを除去できない

しかし,新規制基準において設置を要求しているフィルタ・ベントを採用したとしても,ヨウ素とセシウムに対しては除去効果があっても,「希ガス」にはほとんど効果がないため,原子炉から格納容器内に出てきた希ガス[10]の多くは排気筒経由で大気中に放出されてしまうことが指摘されている。

この点について,元原子力安全委員会事務局技術参与で工学博士の滝谷紘一氏が当該フィルタ・ベントを採用した場合における希ガス放出を前提とした敷地境界での被曝線量がどの程度になるのかを把握する試算を行った(甲102)。

格納容器内に出ている希ガスの量は炉心損傷の進展の度合いに依存するところ,当該試算では,最も厳しいケースである,事故前に炉心に蓄積されていた全量が格納容器内に出てきた後にベント操作により排気筒から放出された場合を前提にしている。

この試算による結果は以下のとおりである。

表2 希ガスの炉内蓄積量100%を大気放出した場合の敷地境界被ばく線量試算 [甲102 滝谷紘一「立地評価をしない原子力規制の新基準」科学2013年6月号より]【表省略】

本件の対象となっている大飯原発3,4号機については,敷地境界線における全身被曝線量が6261mSvとなっており,離隔のための目安である100mSvを大幅に上回っている。

このように,希ガスによる被曝を考慮すれば,フィルタ・ベントが機能したとしても住民に対する放射線被曝の危険性は全く除去されない。

[10] 原子炉の内部で生じる主な希ガスとして、Xe(キセノン)133,Kr(クリプトン)85がある。平成23年3月12日~31日の放射性物質の放出量は[希ガス:よう素131:セシウム134:セシウム137]=[500:500:10:10]であり,希ガスの放出量は相対的に高い(甲102)。

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 (2) フィルタ・ベントの脆弱性

また,格納容器雰囲気直接加熱[11]による過温破壊や水素爆発、水蒸気爆発などの瞬時加圧破壊の事故シナリオにおいては,格納容器ベントを実施する暇もなく格納容器が破損するためフィルタ・ベントは役に立たない。また、現状の設計では,格納容器ベントをする前に格納容器貫通部から大量の放射性物質が放出される可能性がある。

すなわち,事故の経過によっては,そもそもフィルタ・ベントが機能しない状況がある。(甲65:原子力市民委員会著原発ゼロ社会への道)

[11] 格納容器雰囲気直接加熱: 高圧で圧力容器が破壊すると、急激に噴出する溶融デブリにより、 格納容器内の温度・ 圧力が急上昇する現象。格納容器を破壊する可能性がある。

 (3) 小括

以上,フィルタ・ベントの限界を述べた。フィルタ・ベント設置により立地評価を代替することはできないのである。すなわち,フィルタ・ベントの設置により公衆を被ばくから防護することにはならないのである。

従って,フィルタ・ベントの設置を要件として,離隔要件,集団線量要件等従来の立地評価指針を捨て去ることは住民を放射線被曝の危険にさらすことにほかならない。

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3 海外の規制

 (1) IAEAの原子炉施設立地評価

IAEA(国際原子力機関)は,平成15(2003)年,立地評価の安全指針としてNS-R-3を公開した(甲103)。NS-R-3を含む「IAEA安全基準シリーズ」[12]は,日本においても国際的な整合性を取りつつ,統一のとれた規制を推進していく上で参考とすべき文書と位置づけられ,その策定に関しては日本(担当機関は,原子力安全・保安院)も立案段階から参画している。

NS-R-3は,「目的」として「放出された放射性物質の人及び環境への移行に影響を及ぼすような立地地点及びその周辺環境の特徴」「外部領域の人口密度,人口分布及びその他の特徴」等の側面から立地評価をおこない,立地地点が容認できない場合には,当該立地地点は不適切と判断すべきとする(同4,5頁)。

また,その具体的基準として,「地域への潜在的影響」を問題とし,原子炉施設から放出された放射性物質が人と環境に到達する経路の特定,放射性物質放出に伴う公衆と環境への放射線リスクを考慮すべき事項としてあげるほか,「人口及び緊急時計画」についても個別問題点として判断基準を挙げ,「人口の特性と分布」に関連した影響評価を求めている(同8,9頁)。

従来,日本においても,立地審査指針により集団線量目安や低人口区域,非居住区域の区分にて(不十分ではあるものの)離隔要件が規定されていた。

しかし,新規制基準の策定に伴い,日本の規制は,IAEA基準すら充たさないこととなった。

[12] IAEAが策定する原子力安全基準文書

 (2) 米国の立地審査

平成8(1996)年,米国では原子炉立地基準10 CFR Part 100を改訂し,基本的な立地の判断基準を改訂した。改訂されたPART100は,1997年施行前後のプラント[13]に分けて,下記の通り立地評価の際に考慮すべき因子を挙げている(甲104)【表省略】。

また,下記の通り,「非居住区域,低人口区域,人口密集地までの距離の決定」[14]すなわち離隔要件を定めている。

  1.  非居住区域境界では,放出から2時間の総線量が全身で25rem[15],甲状腺で300remを超えない。
  2.  低人口地帯境界では,放射性雲通過の期間の総線量が,全身で25rem,甲状腺で300remを超えない。
  3.  人口密集地までの距離は,炉から低人口地帯の外縁までの距離の少なくとも(1+1/3)倍であること。

[13] subpartA100.10が97年1月10日以前に設置されたプラントに対する規制。subpartB100.20mが97年1月10日以降に設置されるプラントに対する規制。

[14] 1997年施行前のプラントに対する規制。施行後のプラントに対しても同様の規制が及ぶ

[15] 1シーベルト(Sv)は100レム(rem)である。

 (3) 小括

以上より,立地審査指針は,海外においても標準的基準であり,新規制基準がこれを排除する合理的理由はない。

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4 離隔要件とシビアアクシデント対策は独立して対策されなければならない

深層防護の思想からは,離隔要件を定める立地審査とシビアアクシデント対策は,独立した層をなすものであり,相互に独立してそれぞれ十分に対策されなくてはならない。

平成10年7月23日原子炉安全基準部会提出資料「立地審査指針について」(甲105)は,「離隔の確認は,原子炉施設の安全確保のための,例えばINSAG3[16]にいう,広義の多層防護の一環であって,設計基準事象の範囲内での安全設計,アクシデント・マネージメント,防災対策とは多層防護における独立した層をなすものである」として,離隔要件と,シビアアクシデント対策(アクシデントマネジメント)は,相互に独立した対策であることを明言している。また,IAEA及び米国の規制が,シビアアクシデント対策とは別個に離隔要件を定めていることからもこの理は明らかである。

したがって,「シビアアクシデント対策により代替するから離隔要件は不要である」,という原子力規制委員会の論理は,多層防護の思想と相容れず,国際水準から逸脱した,危険性放置の考え方である

[16] IAEA国際原子力安全諮問グループの報告書「原子力発電所の基本安全原則」(1988年)

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5 発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チームにおける議論の問題

全23回の発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チームの会合の中で,立地審査に関する議論は,第9回会合の1回のみであった。しかも,立地審査という,住民の安全にとって死活的に重要な,したがって日本の原子力施設の審査にとって極めて重大な議題であるにもかかわらず,ほとんどチームメンバーによる議論がなされないまま,事務局案が成案となったという経緯がある(甲100:発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム第9回議事録参照)。

従って,立地審査指針の適用問題については,検討チームによる十分な議論がなされていたとは到底いえない。その結果,既に指摘したような,住民を被曝の危険にさらす改悪が行われたのであり,検討チームの検討は完全に形骸しているという手続的な問題がある。
また,このことは,単に手続的な問題にとどまらない。離隔要件及び集団線量要件の問題は,シビアアクシデントが発生した際,住民の生命,健康,財産に対していかなる危険が及ぶかを判断する際の重要な要件であるところ,原子力規制委員会がこれらの要件を審査対象から外していることは上述したところである。このことは,新規制基準に適合したといっても,シビアアクシデントが発生したときに,住民に放射線被曝の危険性が生ずる可能性を放置することを意味する。原子力規制委員会が,本来のあるべき立地審査を行わないということは,原発の持つ住民に対する危険性を放置するものといわねばならない。司法判断においては,同委員会の立地審査に関する新規制基準,これらの要件に照らして原発の危険性を判断することが求められているというべきである。