◆ 原告第10準備書面
第6 被告関西電力が策定しているイベントツリーに従った対策では過酷事故を防ぐことはできない

原告第10準備書面
-大飯原子力発電所のぜい弱性- 目次

第6 被告関西電力が策定しているイベントツリーに従った対策では過酷事故を防ぐことはできない

 1 被告関西電力は、本訴訟と同種の訴訟である福井地方裁判所における大飯原発差止訴訟において、700ガルを超える地震が到来した場合の事象を想定し、それに応じた対応策があり、これらの事象と対策を記載したイベントツリーを策定していること、4.65メートルを超える津波が到来したときの対応についても同様のイベントツリーを策定していること、これらのイベントツリーに記載された対策を順次とっていけば、1260ガルを超える地震が来ない限り、津波の場合には11.4メートルを超えるものでない限りは、炉心損傷には至らず、大事故に至ることはないと主張している。本訴訟においても、同様の主張がなされると思われるので、この点についてあらかじめ原告らの主張を述べる。

 2 被告関西電力の策定するイベントツリー記載の対策が真に有効な対策であるためには、第1に地震や津波のもたらす事故原因につながる事象を余すことなく取り上げること、第2にこれらの事象に対して技術的に有効な対策を講じること、第3にこれらの技術的に有効な対策を現実に地震や津波の際に実施でいるという3つの条件がそろう必要がある。

  (1) 深刻な事故においては発生した事象が新たな事象を招いたり、事象が重なって起きることは容易に想定できる。福島原子力発電所における事故原因が未だ解明できておらず、原子力発電所内の核燃料が現在どのような状態になっているのかも不明であることからも分かるとおり、事故原因につながる事象のすべてをとりあげ、そこから発生する事象をすべて想定して対策をあらかじめ講じることは不可能である。
しかも、既に述べた通り、大飯原子力発電所や同原発と同型のPWR型原子力発電所において、想定されていなかった事象に基づく事故が実際に起きているのである。例えば細管の減肉によって冷却水漏れ事故が発生しているが、想定されていない細管の減肉があるところに地震が来れば、本来の想定とはことなる事象がおこる蓋然性が高いことは明白である。原子力発電所内のすべての装置が想定されている範囲内の正常な状態にあることを前提にすべての事象を想定することですらほとんど不可能といえるが、ましてや想定外の不具合があること(これが存在することは過去の事故の例からも明らかである)を前提にしたすべての事象を網羅することは完全に不可能である。
従って、被告関西電力がイベントツリーにおいて事故原因につながる事象のすべてを取り上げていることはありえない。

  (2) 事象に対するイベントツリー記載の対策が技術的に有効であるか否かは不明であるし、これは被告関西電力において証明されるべき事柄であるが、仮に技術的に有効であるとしても、いったん事故がおこれば、事態が深刻であればあるほど、それがもたらす混乱と焦燥の中で、適切かつ迅速にこれらの措置をとることを原子力発電所の従業員に期待することはできない。

   ア まず、地震や津波、その他の事故は夜間も昼間も同じ確率で起こりうるが、例えば原子力発電所の従業員が少なくなる夜間に突発的な危機的状況が起きた際に、ただちに対応できる人員が確保できるのか否か、現場において指揮命令系統の中心となる所長が在所しているのか否かによって、適切かつ迅速な対応がなされない危険性がある。

   イ 次に、イベトツリーに従った対応策をとるためにはいかなる事象が起きているのかを把握することが前提になる。しかし、福島原子力発電所における事故に関する政府事故調査委員会や国会事故調査委員会の各調査報告書をみても、地震がいかなる箇所にどのような損傷をもたらしそれがいかなる事象をもたらしたのかの確定には至っていない。事後的に調査をおこなっても確定できないものが、事故の現場において正確に把握できないことは言うまでも無い。

   ウ 次に、仮にいかなる事象が起きているかを把握できたとしても、福島原子力発電所の事故からすると、地震により外部電源が断たれると同時に多数箇所に損傷が生じるなど対処すべき事柄は極めて多いことが容易に想定できる。一方で、全交流電源喪失から炉心損傷までの時間は5時間あまり、炉心損傷の開始からメルトダウンに至るまでの時間も2時間以下であって、たとえ小規模の水管破断であったとしても10時間足らずで冷却水の減少によって炉心損傷に結びつく可能性がある。これは福島第一原発の例によるものであるが、福島原子力発電所とことなりPWR型である大飯原発においては水管破断による冷却水の減少速度は福島第一原発よりも速い。これだけの限られた時間の中で正確な対処がなされなければ大事故につながる危険性がある。

   エ 次に取るべきとされる手段のうちのいくつかは、その性質上、訓練や試運転になじまないものがあり、日常的な訓練等によってに正確な実施を担保することができない。例えば、空冷式非常用発電装置だけで実際に原子炉を冷却できるかどうかをテストすることなどできるはずもないのである。

   オ 次に、取るべき防御手段に必要なシステムそのものが地震や津波によって破壊される可能性もある。例えば、大飯原発の何百メートルにも及ぶ非常用取水路が一部でも地震によって破損されれば、非常用取水路にその機能を依存しているすべての水冷式非常用ディーゼル発電機が稼働できなくなる。非常用ディーゼル発電機が稼働できなくなれば、外部電源が遮断された際に核燃料や使用済核燃料を冷やし続けることができなくなるのである。

 3 これらの条件がすべてクリアされなければ被告関西電力が策定するイベントツリーに基づいた対策は意味をなさないが、これらの条件がすべてクリアされることはあり得ないのである。