◆ 原告第13準備書面
第5 原発の本当のコスト

原告第13準備書面
-自然代替エネルギーの可能性等- 目次

第5 原発の本当のコスト

 1 原発の社会的コスト

(1)原発のコストの全体像を知るためには、原発利用に付随して必然的にかかってくるコストを知る必要がある。これらは、電力会社ではなく、社会の負担となっているので、「社会的コスト」という。原発は社会的コストが非常に多くかかる。これを含めて考えれば、「原発の経済性」は決して認められない。
原発に関する社会的コストには、「政策費用」と「事故費用」がある。

(2)政策費用と原発

  1. 国家予算の政策費用には、「研究開発費用」と「立地対策費用」がある。いずれもが巨額である。
    一般会計ではエネルギー対策費の97%ぐらいが原子力、特別会計でも大半が原子力関係に振り向けられている。
    発電コスト(1kWh当たり)に直してみると、原子力の政策費用は研究開発費用に1.46円、立地政策費用に0.26円、合わせて1.72円になる。火力については、研究開発費用に0.01円、立地対策費用に0.03円、合計で0.04円である。原子力の約40分の1である。水力は研究開発費用に0.04円、立地対策費用に0.01円であるので、合わせても原子力の10分の1にもならない。
    原子力には、「隠れた補助金」が入り、原子力だけ特別優遇措置を受けている。
  2. 各電源ごとの発電コストに、政策費用を加えると、原子力は10.25円になってしまう。これが電気料金だけでなく、税金も含めて国民が払ってきた本当の金額である。これに対して、火力は9.91円、一般水力は3.91円である。
  3. 即ち、原子力発電は、政策費用を含めれば、最も高い電源である。事故が起こらないときから、原発が一番高かったのである。

(3)優遇措置があるから安く見える

  1. 事故費用を除く、つまり大事故が起こらないと仮定した場合であっても、政策費用を含めれば、原子力が最も高い電源である。
  2. では原発は、コストが高いのになぜ利用されるのか?福島原発事故後もなお電力会社が利用したがるのか?
    それは、電力会社が支払っているコスト(=発電コスト)が、本当のコストの一部にすぎず、しかも、すべてのコストを電力料金の原価として国民に転嫁できるからである。原子力発電は、技術開発も国が全部やってくれる。立地対策に必要な費用すら、国が大部分負担してくれる。
    国民負担があるからこそ、電力会社にとって原発は安い(国民からすれば原子力発電は高い)。電力会社は、かかった費用をすべて電気料金に転嫁して回収できる。もともとの制度で回収できなければ、国が追加的に費用徴収制度を作っていく。原子力発電は、今まで政策的に特別優遇措置を受け続けてきた。福島原発事故までは、こうした事態に着目する人はほとんどいなかった。
  3. 福島原発事故から状況が一変した。原子力発電に対する国民の目はきわめて厳しくなった。原子力発電に従来通り、補助金を大量に投入することに賛成する国民は、ごく少数である。

 2 顕在化した事故費用

(1)事故費用(1kWh当たり)=【(事故費用総額×発生確率)÷発電量】である。
即ち、どれくらいの確率で事故が起きるか(発生確率)を予想し、これをkWh当たりのコストで見ることである。

(2)福島原発事故以前は、シビアアクシデントの発生は、1億年に1回とか、隕石が地球上に落ちてくる程度の確率だから、そんなものは無視できると言っている人もいた。

(3)実際には、日本の原子力利用が始まって、わずか40年少しで福島原発事故のような大事故が起きてしまったのである。事故の発生確率は、決して“無視しうるほど小さい”ことはなかったのである。従って、大事故が起きた場合の「事故費用総額」も考えなければならない。事故費用は、「事故収束費用」と「損害賠償費用」からなる。

 3 事故発生確率を過小評価する誤り

  (1)事故費用を計算するうえで、必要なのは、「事故費用の総額」と「発生確率」である
「発生確率」とは、1基の原発を何年動かしたら、福島原発事故のような大事故が発生するのか、ということを表す指標である。
IAEA(国際原子力機関)では、10万年に1回の確率をめざすとされている。しかし、IAEAの10万年に1回という確率は、あくまで目標にすぎない。
今、根拠を持って言えるのは、日本での商業用原発運転開始以来わずか45年でシビアアクシデントを起こしてしまったという厳しい現実である。しかも、福島原発事故以前にも、既に、1979年(昭和54年)3月にスリーマイル島原発事故、1986年(昭和61年)4月にチェルノブイリ原発事故が発生しており、「シビア・アクシデント」にまで至らなくても、多くの事故が発生していることは、原告第10準備書面が指摘するとおりである。
今後起こる事故の発生確率を予測することは、科学的にきわめて難しい。原発は不確実な部分が非常に多いのが特徴である。

  (2)事故被害規模を過小評価

  1. 原子力委員会は、福島原発事故の被害を、「一過性の損害分」約2兆6184億円、「毎年発生する損害の初年度の被害」は約1兆246億円、2年度の被害は約8972億円としている。
    原子力委員会は、この金額を基礎に、被害額が直線的に少なくなっていき、5年でゼロになると仮定している。これに「3~5年目の被害」額1兆3458億円を加えて合計6兆8503億円というのである。
  2. 原子力委員会は、阪神・淡路大震災等の経験から「損害賠償費用は毎年直線的に減る」と仮定している。
    しかし、阪神・淡路大震災等と福島原発事故とでは、被害の性質や広がりは全く違う。除染が5年で完了し、損害がゼロになるというのは無理がある。被害総額6兆8503億円が、確実な金額であるとはとうてい言えない。過小評価といわざるを得ない。

  (3)固有価値をどう評価するか

損害賠償額についても問題がある。即ち、除染を進める場合、「土地や建物などの財産の価値以上の除染費用をかけることは意味がない」として、財産価値額(固定資産税の評価額)を損害額の最大値としている。
しかしながら、生まれ育ち、生活してきた環境(自然環境のみならず、地域の人々との絆も含めた生活環境)そのものは、固定資産税評価額以上の固有の価値を持っている。これが長期にわたって失われてしまうことに、原発事故被害の本質がある。にもかかわらず、固定資産税評価額という狭い枠内に被害を押し込めてしまっている。

  (4)健康被害は被害額に含まれず

他にも、過小評価をしている点がある。即ち、この計算には、健康被害は今のところ考慮の対象外であり、損害賠償額に含まれていない。
原発事故による健康被害には、急性放射線障害(放射線を浴びて短期間のうちに出る障害)と晩発性障害(数年、数十年して発生する障害。ガン、白血病などの発症)、遺伝的障害(世代を超えて発生する障害)がある。
低線量被爆により、今後どれほどの被害が出るかは、現時点では確実なことはいえない。もし、被害が出てくれば、それに関連して被害額は増える。

  (5)除染費用は考慮の対象外

除染費用と除染によって発生する放射性廃棄物の貯蔵・管理費も含まれていない。実は、この部分が膨大な額にのぼると指摘される。
NGOである「原子力資料情報室」は、南相馬市で実施された除染作業の事例を基礎に独自の推計を行っているが、面積230平方キロメートルの飯舘村が策定した除染計画書は、宅地、道路、農地、森林の除染、および放射性廃棄物の管理に3224億円かかるとしている。年間被曝量が1ミリシーベルト以下を目指して、除染するという政府の方針に従えば、2万平方キロメートルの面積が除染されなければならず、飯舘村と同じコストがかかるとすれば、除染費用は28兆円になるという。実際、どれほどの金額が必要なのかは不明だが、除染に巨額の費用を要することは明らかである。

 4 除染のコストを考える

  (1)事故費用計算の際、除染コストは非常に重要である。除染は、物理的に放射能を除染することである。具体的には、高圧洗浄機で洗い流したり、土地の表土を削り取ったりする作業になる。放射性ヨウ素(ヨウ素131)の半減期(放射能が半分に減るまでの期間)は約8日である。セシウム134は約2年、セシウム137は約30年の半減期である。
日本学術会議の「提言 放射能対策の新たな一歩を踏み出すために-事実の科学的探索に基づく行動を」(2012年4月9日)によれば、年間20ミリシーベルトの地域に戻った後、除染しなければ、30年間で200ミリシーベルト以上、被曝(外部被曝)してしまう。年間10ミリシーベルトの地域でも、除染なしでは、140ミリシーベルト程度の被曝が予想されている。
ガンによる死亡率は、100ミリシーベルトを超えると0.5%上昇、200ミリシーベルトで1%上昇するという。もし、除染しなければ、相当数の健康被害が予想される。

  (2)除染のための法律

除染に向けては、2011年8月に特別措置法が定められた。事故がない地域であっても、自然界に存在している放射線によって、日本人は、平均して年間1.48ミリシーベルト被曝している。これに追加する年間被曝量の限度を1ミリシーベルトなどと定められている。長期的に、この1ミリシーベルトに抑えることを国の目標にしている。

  (3)国の除染計画はどうなっているのか

国は、2012年1月に「除染ロードマップ」を策定した。年間被曝量20ミリシーベルト以上の地域は、「除染特別地域」とされ、国の直轄事業として除染を行っていく計画である。年間被曝量20ミリシーベルト未満の地域は、自治体が除染する。除染費用は国が支払うことになっている。
汚染状況重点調査地域に指定された自治体は、福島県、宮城県、岩手県、栃木県、茨城県、群馬県、千葉県にある104市町村である。実際には、風評被害を受けるとして、指定をためらった自治体もあり、これらの自治体は含まれていない。

  (4)汚点土壌の貯蔵施設設置問題

環境省のホームページには、福島県内に仮置き場、次に中間貯蔵施設を造り、最終的に福島県外に持ち出すということが書かれているが、外部への持ち出しは今のところ全く見通しがなく、再び環境汚染を引き起こさないことを確保し、厳重な管理の下に置くしかない。

  (5)除染費用の負担問題

国の直轄事業については、国が予算を投じていく。また、自治体が行う除染作業も、国が費用を負担する。除染費用は膨大になるだろう。
特別措置法では、法律に基づいて実施した費用はすべて東京電力が支払うことになっている。
しかしながら、今のところ、東京電力がどこまで本当に支払うのか、あまり議論がされておらず、極めて曖昧なままである。結局は、ズルズルと国民負担になってしまう危険性もある。

 5 事故は収束しておらず、今後も費用は拡大する

  (1)事故費用には、「事故収束費用」も含まれる。

2011年12月16日に、野田首相は、「発電所の事故そのものは収束に至ったと判断をされる」として、福島原発事故の収束を宣言した。
ところが実際には、依然として、放射能の放出が続いている。原子炉建屋も本格的に補修されたわけではない。核燃料がどこにあるのか、また、格納容器のどこが損傷し、どこから水が漏れているのすら、今でもよく分かっていない状況である。
野田首相の収束宣言は「政治収束」に過ぎない。また、安倍首相の東京オリンピック招致のためのIOC総会での「原発事故はコントロールされている」との発言(2013年9月7日)も白々しい限りである。

  (2)事故収束費用の問題点

原子力委員会は「事故収束費用」も、経営財務調査委員会報告書の金額をそのまま採用している。原子炉の冷却、廃炉、放射性廃棄物処分費用は1兆1510億円だそうである。
政府の2011年12月の見込みによれば、核燃料を原子炉から取り出し、廃炉を完全に終えるのに40年程度かかるという。今後数十年にわたって事故の収束、敷地の除染、廃炉、放射性廃棄物処分が行われることは確実である。
40年間で1兆1510億円だとすると、年間300億円にしかならない。技術開発費用も含めて、この額で収まるとはとうてい思えない。1兆1510億円で全く足りないことは明白である。
今回の事故では、核燃料がドロドロに溶けて(「メルトダウン」)、圧力容器を溶かし、格納容器まで落ちたと考えられている。まだ核燃料がどこにあるかすら分かっていない。核燃料はもはや原形をとどめておらず、もともとの核燃料と被覆管、制御棒などが溶けて一体となった「燃料デブリ」というものになってしまっている。
このような、原形をとどめていない核燃料を取り出す技術は今のところない。世界的にもそのような経験はない。
まずは、どこにどれだけの核燃料があるのか、調べる必要がある。原子炉のどこから水が漏れているのかも調べなければならない。また、原子炉を安全に補修する技術、燃料デブリを取り出す技術を新に開発しなければならない。何らかの技術を開発したとしても、実際に取り出すには試行錯誤が続く。
今は放射線が強すぎて、人間は近づけないところがたくさんある。近づけないところはロボットを使って調べ、補修することになる。課題は山ほどある。
廃炉費用も莫大な額に及ぶ。平時の原発であっても、廃炉が完了した経験はなく、現実にいくらかかるのかははっきりしたことがいえない。通常の原発は、解体作業と解体して出てくる放射性廃棄物の処分のための費用として1基あたり6000億円ほど積み立てている。
福島原発事故の場合、この金額でまかなえないことは明白である。爆発によって放射性物質が飛散したので、発電所の大部分が放射性廃棄物になってしまった可能性がある。
藤村陽氏によれば、福島第一原発1~3号機だけで通常の廃炉の場合の54基分(日本全体の原発の合計)の放射性廃棄物があるという(藤村陽「放射性廃棄物処分の迷走」吉岡斉編集代表『新通史 日本の科学技術 第1巻』原書房2011年)。
たった3基で、日本の全部の原発を廃炉にしたときと同じだけの量の放射性廃棄物を発生させてしまったことになる。

 6 事故費用のまとめ

(1)「事故費用」の総額がいったいいくらになるのか、まだ誰にも見えていないのが現状である。「最悪の最悪」の事態が起きていれば、さらに被害は桁違いに大きくなっていたに違いない。

(2)コスト等検証委員会は、福島原発事故の被害額と事故処理費用を見積もり、これを基礎にkWh当たりの「事故費用」を0.5円と計算した。しかし、「事故費用の総額」が現段階では過小評価になっている。意図的な過小評価というよりも、事故が進行中であり、確定できないコストが多すぎるのが原因である。

(3)事故費用は、「事故費用総額÷ある一定期間の総発電量」で計算できるが、コスト等検証委員会では、日本に存在している原発54基のうち、被災した福島第一原発1~4号機を除く、50基が今後40年間動くことを前提に、総発電量を計算している。

(4)しかしながら、このようなことは、あり得ない。新しい「原子炉等規制法」により、原発は40年間の運転で廃炉されることになり、全国の原発は次々に廃炉を迎えることになる。
今までと同じ数の原発を維持するには、廃炉の期間を延長するか、新増設するしかない。過去のような原発の建設ラッシュが今後期待できないことは明白である。

(5)従って、コスト等検証委員会が想定した総発電量が得られないことは確実であり、事故費用はどんどん大きくなり、事故費用が0.5円で収まることはありえない。事故費用0.5円は、最低限の事故費用でしかなく、実際には、何倍になってもおかしくない。政策費用に加えて事故費用を入れれば、もはや、原発に経済性は全くないことは明瞭である。