◆2026/7/14 京都地裁判決に対する井戸謙一弁護士のコメント

本日の大飯3.4号機差止請求を退けた京都地裁判決。最近の下級審裁判例の悪い流れそのままの判決でした。
(1)原発に絶対的安全性を求めることはできない、
(2)放射性物質による被害発生の危険が社会通念上無視し得る程度まで管理されていると認められる場合は、運転が許される、
(3)法律は、運転が許されるための基準の策定、基準への適合性審査を原子力規制委員会に委ねた、
(4)したがって、原子力規制委員会が新規制基準に適合していると判断した原発は、原告が基準及び適合判断に不合理な点があることを立証しない限り、原発が備えるべき安全性を備えている。

1992年伊方最高裁判決は、基準及び適合判断の合理性は被告が立証すべきとしました。しかし、京都地裁判決は、被告は、「原子力規制委員会の審査に適合した」と言うだけでよく、あとは、原告が基準及び適合判断の不合理性について全面的な立証責任を負わされたのです。そして、原告が主張、立証した事項は、殆どが、「不合理とまでは言えない」として退けられました。

こんな判断枠組みを採用すれば裁判所は楽ですね。原告が何を主張しても「不合理とまでは言えない」と「不合理とは断定できない」と言っておけばいいのですから。電力会社も楽です。「原子力規制委員会が認めてくれました」「原告の主張には疑問があります。」と言っておけば勝てるのですから。

この判断枠組みは、今回の京都地裁だけではなく、この2年ほどの間に続いた原告住民の敗訴判決にほぼ共通しています。これを変えさせなければ、原告住民が勝つ希望はありません。

それにしても、福島原発事故前の最高裁判決よりも、福島原発事故後の下級審判決の方がはるかに緩いのは、恥ずべきことです。伊方最高裁判決は、「原発事故は万が一にも起こってはならない」と判示しました。最近の下級審判決は、「原発事故は起こるかもしれないけど、その場合は我慢してね」と言っているかの如くです。