◆原発:2015 年12 月24 日前後の動き

大飯原発差止京都訴訟原告団長 竹本修三

  • 2015 年2 月12 日に原子力規制委員会の田中俊一委員長は、九州電力川内原発1, 2 号機(鹿児島県)と関西電力高浜原発3, 4 号機(福井県)が新規制基準に基づく審査に合格したと発表した。そして同年2 月18 日の記者会見で、同委員長は、「(原子力施設が立地する)地元は絶対安全、安全神話を信じたい意識があったが、そういうものは卒業しないといけない」と述べたという(共同通信)。さらに、「運転に当たり求めてきたレベルの安全性を確認した」が「絶対安全とは言わない」と繰り返し説明していたそうだ。その後、原子力規制委員会は、2015 年7 月15 日、四国電力伊方原子力発電所3 号機(愛媛県)の再稼働に向けた安全審査の合格証となる「審査書」を正式に決定した。原子力規制委員会のホームページを見ると、新規制基準は「原子力施設の設置や運転等の可否を判断するためのもの」で、「絶対的な安全性を確保するものではない」と書かれている。つまり原子力規制委員会は、「安全審査」を行う機関ではなく「適合性審査」を行うものである。広く国民一般が納得できる「安全審査」をこの規制委員会に求めることは、無理なようである。
  • 原子力規制委員会の川内原発と高浜原発の審査合格の発表に対して、住民側は直ちに運転差止の仮処分の申請をしたが、2015 年4 月14 日に福井地裁で樋口英明裁判長により、「高浜3, 4 号機の原子炉を運転してはならない」という決定が下された。一方、同年4 月22 日に鹿児島地裁では前田郁勝裁判長から「川内原発1, 2 号機再稼働稼働等差止仮処分の申立には理由がない」として却下が言い渡された。この2 つの地裁の判断の違いは、裁判官の原子力規制委員会の新規制基準に対する認識の差を表している。どちらの地裁の判断も、1992 年10 月29 日の伊方原発訴訟の最高裁判断を踏まえているが、結果は180 度違う方向を向いている。
  • 高浜原発仮処分に関する福井地裁の樋口裁判長の見解では、「万一の事故に備えなければならない原子力発電所の基準地震動を地震の平均像を基に策定することに合理性は見いだし難いから、基準地震動はその実績のみならず理論面でも信頼性を失っていることになる」と述べたうえで、「新規制基準は、穏やかにすぎ、これに適合しても本件原発の安全性は確保されていない」と断じている。この見解は、大飯原発差止京都訴訟において、我々原告側が述べてきた主張と軌を一にするものである。これに対して、川内原発仮処分に関する鹿児島地裁の前田裁判長の見解は、「新規制基準は、(中略)、専門的知識を有する原子力規制委員会によって策定されたものであり、その策定に至るまでの調査審議や判断過程に看過し難い過誤や欠落があるとは認められないから、(中略)、その内容に不合理な点は認められない」として、原子力規制委員会が新規制基準に基づき合格と認めた川内原発1, 2 号機の再稼働に、裁判所が独自の立場から判断を下すことは不適切であるということで申立を却下した。これは、1992年の伊方原発訴訟の最高裁判断の一部をそのまま踏襲していて、担当裁判官としては、原子力規制委員会の新規制基準が原発の安全性を確保するものかどうかについては、何も判断しなかったということを示している。
  • 2015 年4 月14 日の福井地裁における仮処分決定に対して、同年4 月17 日に関電が、福井地裁に対して、異議申立と執行停止申立を行った。仮処分決定をした樋口英明裁判長は既に4 月の異動で名古屋家裁に左遷されたので、その後、即時抗告を担当した裁判長は、同年4 月1 日付で福岡地家裁判事・福岡簡裁判事から福井地家裁部総括判事・福井簡裁判事に転じた林潤裁判官であった。林潤裁判官は、1997 年4 月に東京地裁判事補に着任したのち、1999 年4 月から2001 年7 月まで最高裁民事局付(東京地裁判事補)を務めている。また陪席の2 名の裁判官のうち、山口敦士裁判官は、2001 年10 月に東京地裁判事補に着任した後、2007 年1 月から2007 年5 月まで最高裁民事局付(東京地裁判事補)。もう1 人の中村修輔裁判官は、2005 年10 月に大阪地裁判事補に着任したのち、2012 年4 月から2014 年3 月まで最高裁総務局付(東京地裁判事補・東京簡裁判事)であった。このように、樋口裁判長の後任として、福井地裁の異議審を担当した林潤裁判長をはじめ、陪席の山口敦士・中村修輔両裁判官は最高裁勤務を経験したエリート裁判官であり、この裁判にかける最高裁の並々ならぬ意気込みが伝わって来る。このような布陣で最高裁が臨んだ異議審であったから、その落着き先は、予め予測されていたともいえる。
  • 案の定、2015 年12 月24 日に福井地裁で、林潤裁判長は、高浜3・4 号機の再稼働を認める異議審決定を言い渡した。林裁判長は、まず、4 月の差し止め決定で樋口英明裁判長(当時)が「緩やかすぎる」と指摘した新規制基準の妥当性を改めて検討したが、基準地震動の策定にあたり、最新の科学・技術的知見を踏まえ、評価することが求められるとした上で、「制基委では、中立公正な個別的かつ具体的に審査する枠組みが採用されている。また、関電は、詳細な地盤構造などを調査した上で、国際水準に照らしても保守的に評価している。本件原発の基準地震動が新規制基準に適合するとした制基委の判断に不合理な点はない」としている。また林裁判長は、関電大飯原発3、4号機の再稼働差し止めを求めた住民らの仮処分申請も却下している。大飯は規制委が審査中で、再稼働が差し迫った状況にはないと判断したものである。大飯原発については昨年5 月に福井地裁で樋口裁判長が運転差し止めの判決を出したが、関電側が控訴して確定せず、現在、名古屋高裁金沢支部で控訴審が行われている。
  • 今回の福井地裁における異議審の決定は、専門的知識を有する国の原子力規制委員会が安全と認めたものだから、司法が口を挟む性質のものではないというエリート裁判官の判断であったのであろう。残念ながら、新規制基準が原発の安全性を確保するものかどうかについて、裁判長自身の独自の見解は聞けなかった。2011 年3 月11 日の福島第一原発の過酷事故を経験する前ならともかく、このような原発事故を経験した裁判官は、一人の日本人として、ひとたび原発事故が起きればどのような事態になるか、また、福島第一原発の事故が例外中の例外ではなく、地震大国日本の全ての原発が同じような危険性をはらんでいることに思いを馳せ、原子力規制委員会の新規制基準について、裁判官自身の見解を肉声で述べて欲しいと願っていたが、やはりそれは無理であった。
  • 樋口裁判長とは真逆に、原発容認の決定を下したということになれば、裁判官を辞めた後も、天下りというご褒美があるということらしい。これまでに次のような天下り人事が知られている。
    味村治・元最高裁判事など=>東芝社外監査役、
    野崎幸雄・元名古屋高裁長官=>北海道電力社外監査役、
    清水湛・元東京地検検事、広島高裁長官=>東芝社外取締役 、
    小杉丈夫・元大阪地裁判事補=> 東芝社外取締役 、
    筧栄一・元東京高検検事長=>東芝社外監査役・取締役 、
    上田操・元大審院判事=>三菱電機監査役 、
    村山弘義・元東京高検検事長=>三菱電機社外監査役・取締役 、
    田代有嗣・元東京高検検事=>三菱電機社外監査役
    土肥孝治・元検事総長=>関西電力社外監査役
  • これでは、司法の独立どころか、裁判官や検事までが原発企業の利益共同体、原発ムラの一員だったということではないか(原発事故を招いた裁判官の罪、週刊金曜日、2011 年10 月7 日号)。
  • 我々は2015 年10 月20 日の大飯原発差止京都訴訟の第8 回口頭弁論において、規制委の新規制基準が原発の安全性を確保するものでなく、関電の地震・津波対策も極めて不十分なものであることを論破した。今回の福井地裁異議審の裁判官は、12 月24 日の決定の2 か月前に原告側が京都地裁で述べた口頭弁論の内容を検討して欲しかった。
  • 高浜の2 基をめぐっては、異議審決定の2 日前の2015 年11 月22 日に福井県の西川一誠知事が再稼働に同意し、地元同意手続きは終了している。広域避難の問題など、高浜原発再稼働に関して問題山積みされているのもかかわらずである。さらに、同日に関電は、11 月25 日にも3 号機に燃料を装荷、2016 年1 月下旬に再稼働、4 号機は同年1 月下旬に燃料装荷、同2 月下旬に再稼働の工程をしている。このことは、異議審決定前に安倍政権はその結末を把握しており、その内容が福井県や関電に漏らされていたと憶測されても仕方ないと思う。その後、関電は、12 月26 日に高浜原発再稼働の目途が立ったことから、2016 年春から電気料金を値下げする方針を示している。この辺りに政府と原発企業の利益共同体との阿吽の呼吸を見ることができる。このように原発再稼働容認に向けての包囲網が強化されつつあるが、国民はこれに対して原発再稼働反対の声をもっと大きくあげなければならい。
  • 原発立地の地方自治体から、「原発がなくなったら地元の経済はどうなるの?」という声があるが、これは、基地がなくなったら沖縄の経済はどうなるの?」というのと同じ思いであろう。基地がなくても、原発がなくても、地元の経済が成り立つようにするのは、国の責任であり、国がその方針を立てればできることである。沖縄の基地反対闘争は、地元で次第に大きなうねりになっているが、原発立地の地方自治体で原発反対の声をあげるのは難しい状況にある。しかし、一度原発事故が起きれば、長期にわたって地元住人は辛酸をなめなければならないし、いったん緊急避難を余儀なくされることになれば、再び故郷に帰れなくなる可能性が大きいことを考えると、原発立地の地元から原発反対の声をあげて、原発に依存しないで地元経済が成り立つような政策を国に要求しよう。
  • 地震大国日本において、原発稼働がいかに無理スジかは、大飯原発差止京都訴訟の口頭弁論で我々が繰り返し主張してきたことであるが、5 年近く前の福島第一原発の事故の高濃度汚染水の問題がいまだに解決していないことや、事故による避難者への補償問題も解決には程遠い。さらに増え続ける高濃度放射性廃棄物の最終処分の方針も決まっていない。こんな状況で、原発再稼働を許すことは、子や孫の世代に大きな負債を残すことになる。原発依存から脱却することは、我々の世代に残された責務である。
  • このような状況下で、2015 年12 月25 日に高速増殖炉もんじゅから250 キロ圏内の住民106 名が、高速増殖炉「もんじゅ」に係る原子炉設置許可処分の取り消しの義務付け等を求める訴訟を東京地裁に提訴した(新・もんじゅ訴訟提訴)。振り返ってみると、2011 年3 月11 日の福島第一原発の事故以後、原発裁判で原告側勝訴の判決を言い渡したのは、福井地裁(当時)の樋口英明裁判長ただ1 人である。「新・もんじゅ訴訟提訴」や「大飯原発差止京都訴訟」を含めて、各地で行われている原発訴訟のなかで、別の裁判所で別の裁判官による原告側勝訴の判決を1 日も早く勝ち取ることが、今の我々にとって重要であろう。
    (2016 年1 月9 日)