◆柏崎刈羽原発免震重要棟の耐震性不足

【2017年2月17日,京都キンカンで配付。】

原発、またも杜撰(ずさん)、虚偽(きょぎ)
東電、柏崎刈羽原発免震重要棟の耐震性不足を 3年以上隠蔽(いんぺい)のまま規制委審査
震度7で免震重要棟が崩壊する危険性

◆東京電力(東電)柏崎刈羽原子力発電所6、7号機(新潟県)は、2013年9月に新規制基準への適合性を申請し、原子力規制委員会(規制委)での審査が進められている原発である。

◆この規制委審査は終盤に入っていて、2月14日は、焦点として残っている緊急時の対応拠点の議論が行われた。審査申請から3年間以上も経過したこの日の会合で、東電は初めて、原発事故の対応拠点である免震重要棟が新規制基準で求められる性能を大幅に欠くことを明らかにした。東電は、3年前に、免震構造の建物の耐震性について、強さや周期が異なる7パターンの地震の揺れを仮定して試算し、2つの免震重要棟は、7パターン全ての揺れに耐えられず、想定される地震の揺れ(基準地震動)の半分の揺れでも、横揺れが許容限度を超え、建屋が隣の壁にぶつかる可能性があるという結果を得ていた。しかし、東電はこのことを公表せず、規制委には「震度7に耐えられる」などと説明してきた。3年前に、このように重要な試算結果が得られていたのに、これまで、このことを隠蔽していたのである。東電は、土木部門が行った試算が、設備の設計を担当する部門に伝わっていなかったためとしているが、最重要課題である免震重要棟の耐震性を軽んじる姿勢は、都合の悪いことは隠しても再稼働を進めようとする原子力ムラの体質であり、許されない。なお、柏崎刈羽原発は2007年の中越沖地震で大きな被害を受けたため、東電は2009年に免震重要棟を設置した。この免震重要棟では、建物の下に設置した免震装置で地震による揺れを吸収して、震度7級の揺れを1/3~1/4に低減し、建物の損傷を防ぎ、原発事故時の対応拠点とすることを想定していた。また、この建物は、建築基準法の1.5倍の地震動にも耐えられるとしていた。2013年に新規制基準が導入されて地震の想定が厳しくなっても、「長周期の一部の揺れを除き、震度7でも耐えられる」と説明してきた。また、免震重要棟は、7パターン中5パターンの揺れには耐えられないとしたうえで、こうした地震の際はこの建物を使用しないという対応策を示していた。

◆今回の東電の説明を受けて、原発推進の原子力規制庁でさえ、柏崎刈羽原発では地震にともなう液状化による防潮堤への影響をめぐっても、連携がとれていなかったと指摘して「今日のようなことが起きているのをそのまま見過ごすわけにはいかない」と述べ、東京電力に、今後の審査会合で詳しい経緯と対応方針を説明するよう求めた。また、再稼働推進の中心人物・田中規制委員長までもが、新審査基準の欺瞞性、自らの審査のいい加減さを棚上げにして、「社内的な情報連絡が大事なところで抜けているのは、かなりの重症だ」と不快感を示した。

◆一方、新潟県の米山隆一知事は、「東電の説明が疑わしくなり、対話しようという話が根底から覆ってしまう。反省してきちんと説明してほしい」と述べ、原因や対策に関する説明を求めるとした。また、再稼働の「条件付き容認」を掲げて昨年11月に初当選した柏崎市の桜井雅浩市長も、「非常に遺憾だ。東電の体質はいまだ改善途上だと見せつけられた。再稼働を認める条件を厳しいものにせざるを得ない」と強調した。東電が目指す同原発6、7号機の再稼働に向けた地元同意に影響することは必至である。

◆柏崎刈羽6、7号機は福島第1と同じ型式の「沸騰水型」であり、「沸騰水型」の再稼働審査の先頭を走り、昨年夏にも安全審査に合格する見通しだったが、防潮堤の地盤が地震で液状化する懸念が出るなどして遅れている。立地する新潟県の米山隆一知事はかねて「福島事故などの徹底的な検証がされない限り、再稼働の議論はできない」と表明している。

柏崎刈羽原発は、中越沖を震源とする地震で、
火災を起こすなど、重大事態に直面した

◆2007年7月16日の10時13分、新潟県中越沖を震源とするマグニチュード6.8(震度6)の地震が発生した。震源近くの原子力発電所の施設に火災の発生などの甚大な被害をもたらし、原発の地震に対する安全性への問題提起となった。参考までに、以下にこの火災事故の経過と原因の概要を示す。

◆経過

◆震源地から約16 kmの柏崎刈羽原子力発電所で稼働していた同発電所の発電機のうち、2号機、3号機、4号機および7号機は、地震により自動停止した(1号機、5号機および6号機は定期検査のため停止中)。10時15分、パトロール中の2号機補機捜査員が、3号機タービン建屋外部の変圧器からの発煙を発見し、3号機当直長に連絡、当直長の指示により、社員2名と現場作業員2名で初期消火活動を開始した。10時15分頃、3号当直長が119番通報を開始するがなかなか繋がらず、発電所緊急対策室のホットライン(消防署への通報・緊急連絡線)は、地震により対策室入口扉が開かず、活用できなかった。10時27分、ようやく消防署に繋がった時「地震による出動要請が多く、到着が遅れるので、消防隊到着まで自衛消防隊で対応して欲しい。」との回答があった。防火衣も着用せずに消火に当たった4名は、水による冷却の目的で消火栓から放水したが、屋外に敷設されている用水から消火設備の間の配管破断により放水量が少なく、消火が思うように進まなかった。10時30分頃、火災を起こした変圧器の油が燃え始めたため、危険を感じた4名は安全な場所に退避し、消防署の到着を待った。11時32分、消防署による放水が始まり12時10分頃に鎮火した。

◆この地震により、6号機で、微量の放射能を含んだ水が外部に漏えいした(1年間に自然界から受2月ける放射線量2.4ミリシーベルトの1億分の1程度)(新潟県調査では人工放射性物質は、周辺においては検出せず:7月18日、新潟県発表)。7号機においても主排気筒より放射性物質を検出(1年間に自然界から受ける放射線量2.4ミリシーベルトの1千万分の1程度)(7月20日以降、検出なし)。

◆原因

1.設計時の想定加速度を超える地震動
マグニチュード6.8の地震の震源地に近かったため、想定加速度(設計加速度)を超えた地震動であった。3号機タービン近くの建屋上部での観測値は、東西方向2,058ガルで設計値834ガルを大きく超えていた。そのため、3号機の変圧器付近の不等沈下によって、火災が発生した。
2.火災の消火に時間を要した原因
・消火用の配管が、地盤の不等沈下で破断し消火作業ができず、必要なときに機能しなかった。
・自衛消防隊に化学消防車が配備されていなかった。
・原発と消防機関を繋ぐ発電所緊急対策室のホットラインが機能しなかった。
・地震と火災への対応は別々のマニュアルとなっており、大規模地震による火災発生を想定した対応策(マニュアルや訓練など)が不十分であった。

原発は、現代科学技術で制御できない
高放射線下での作業の困難さ、機器の放射線損傷

◆東電や政府が、メルトダウンした原子炉の内部調査の本命としていたサソリ型の自走式ロボットは、格納容器内の既存レール(7.2 m)を2 m進んだところで走行用ベルトが動かなくなり、力尽きた。レールを走行して、圧力容器直下まで達して、溶け落ちた燃料(デブリ)の撮影を目指していた。

◆この作業は、当初から想定外の難題に直面し、作業実施は1年半も遅れていた。先ず、ロボットの投入口となる貫通部手前のコンクリートブロックが、事故時の高温蒸気などの影響で、床にくっ付いていたため、その撤去が難航した。これを撤去したところ、貫通部の放射線量が予想外に高いことが判明した(1~2時間で死に至るレベル)。

◆ロボット投入時には人が近寄らなければならないため、遠隔操作での除染を試みたが、これに手間取った。

◆やっと鉄と鉛の遮蔽体を据え付けて、毎時6ミリシーベルトまで漕ぎ着けて、ロボット作業を行った。(なお、相当量の被曝をしながらの作業であると推則される。)

◆上記のような作業は、放射線が無ければ、簡単なものであり、高放射線下作業の困難さを示す。

◆高放射線下では、装置やその材料の放射線による損傷も深刻である。例えば、ゴムやプラスチックでできた材料は、放射線で分解される。半導体は損傷して機能しなくなる。ガラスは、放射線を受けて着色したり、ひび割れする。

◆このような高放射線下の作業を、簡単に行えるほど現代科学技術は進歩していない。

老朽原発では、材料の腐食、脆化(ぜいか:もろくなること)、疲労が進んでいる

◆中国電力島根原発2号機は、1989年2月に稼働し、28年を経た原発である。長期にわたって高放射線に曝されてきたという点では、老朽原発に属する。原発の材料である鉄鋼は、中性子などの放射線曝露で脆化することはよく知られている。今回の圧力容器内のひびは、材料の脆化に起因する可能性が高く、深刻である。なお、脆化は老朽化とともに、急激となる。島根原発では、最近、空調ダクトの腐蝕も見つかっている(昨年12月)。

◆このような材料の脆化、腐蝕、疲労は原子炉の各部で進行していると考えられる。一昨年稼働した川内原発1号機の復水器細管の破損や昨年再稼働した伊方原発3号機の水漏れ事故も材料の老朽化に起因している。

この事故からも、40年越えの高浜1,2号機や美浜3号機の運転を延長してはならないことは明らかである。

若狭の原発を考える会(連絡先・木原壯林 090-1965-7102)