◆原告第6準備書面
第1 避難計画の重要性

原告第6準備書面
-避難計画の不備・実現困難性、想定被害-  目次

第1 避難計画の重要性

1 避難計画の法的な位置づけ

 (1)国際的な位置づけ-避難方法の確立はIAEA深層防護5層目にあたる

 世界的には、原子力発電所の設置・運転と、緊急時計画の策定とは、連携が取られている。例えば、IAEA[1](International Atomic Energy Agency・国際原子力機関)の策定する基準の一つである、原子力発電所の安全:設計(Safety of Nuclear Power Plants:Design.NS-R-1、SSR-2/1)においては、深層防護(より高い安全性を求めるために、仮にいくつかの安全対策が機能しなくなっても、全体として適切に機能するような多層的な防護策を構成すべきという考え方)の第5層として、事故により放出される放射性物質による放射線の影響を緩和することが求められ、そのために、十分な装備を備えた緊急時管理センターの整備と原子力発電サイト及びサイト外の緊急事態に対応する緊急時計画と緊急時手順の整備が必要とされている。
 すなわち、IAEA基準では、設計段階で、第5層の防護として、事故時の放射性物質による放射線の影響を緩和する緊急時計画を定め、それが実行可能であることが確認されなければならないとされているのである。

[1] IAEAは、原子力の平和的利用を促進するとともに、原子力が平和的利用から軍事的利用に転用されることを防止することを目的して、1957年、国連傘下の自治機関として設置された機関である。(平和的利用とは、非軍事的利用をさす)
IAEAの権限として、「原子力の研究、開発及び実用化を奨励し、援助する。」ことが上げられていることからも明らかな通り、原子力発電を促進する機関であることに留意されたい。外務省HPより(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/atom/iaea/iaea_g.html)

 (2)(緊急時計画の策定が許認可要件となっている国

 実際に、米国、及び英国では、避難計画の策定が許認可要件とされている。
(甲66:「原子力緊急事態に対する準備と対応に関する国際動向調査及び防災指針における課題の検討」

  ア 米国

 緊急時計画は、許認可発給条件の一つとなっており、建設許可申請時に提出する予備安全解析書(PSAR)には予備的な計画が、また、運転認可申請時に提出する最終安全解析書(FSAR)には最終的な計画が必要となる。
 そして、放射能が放出される緊急事故時に十分な防護措置が取られる保証があるとNRC(Nuclear Regulatory Commission・原子力規制委員会)が判断しなければ、原発の運転が許可されず、十分な緊急時計画を許可条件としている。
 このように、米国においては、妥当で実行可能な緊急時計画の策定が原子力発電施設の運転許可条件になっており、IAEAの要求する5層目の防護が規制基準とされているのである。
 実際に、米国ニューヨーク州ロングアイランドにあるショーラム原子力発電所は、自治体や住民が同意できる実効性のある緊急時計画を策定できず、最終的には商業運転を行う前に廃炉が決定された。(甲81:2014年6月20日付け日本弁護士連合会「新規制基準における原子力発電所の設置許可(設置変更許可)要件に関する意見書」)

  イ 英国

 英国では、1959年に示された最初の原子力施設法(NIA)において、原子力施設での緊急事態に対する準備の重要性が既に認識されており、その後、1965年の修正NIA法で原子力施設の許認可条件(LC)の中で緊急時計画を策定することが規定されている。

 (3)避難計画の不備は司法審査の対象となること

 他方、後述の通り、日本では、避難計画策定についての根拠法はあるが、規制対象という扱いではない。従って、設置自治体の避難計画と、原子炉施設の稼働の可否には何ら連携がない。
 しかしながら、第4準備書面で述べたとおり、人格権に基づく差止訴訟においては、行政の規制対象となっていない事象であっても、住民らの生命、身体、財産に「具体的危険」が及ぶ事象は、裁判所の判断対象となる。従って、本書面で問題とする「避難計画の不備」についても、司法審査の対象となる。
 以下、現行法の仕組みを概観し、問題点を指摘する。

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2 現行法のオフサイト緊急時計画について

 (1)日本の避難計画に関する法令

 日本における防災計画の作成等は、災害対策基本法に規定されており、中央防災会議が政府の防災対策に関する基本的な計画として防災基本計画を作成している。
 またJCO臨界事故後、原子力災害対策特別措置法が制定された。同法は、災害対策基本法を補足する関係にある。防災基本計画に基づき、指定行政機関及び指定公共機関は防災業務計画を、地方公共団体は地域防災計画の作成を義務づけられる(法39条)。
 福島第一原子力発電所事故や原子力規制委員会の設置等の組織の変更を受け、原子力防災体制が改定された。原子力防災に係る考え方や戦略は、福島第一原子力発電所事故の教訓と IAEA 等の国際的な基準等を取り入れた「原子力災害対策指針」の考え方を反映したものとなった、とされる。

 (2)震災対策基本法、原子力災害対策特別措置法の問題点

 しかし、災害対策基本法、及び、原子力災害対策特別措置法には以下の問題点が指摘されている。

  1. 法によれば、「地域防災計画」は自治体の責務とされている。しかし、「地域防災計画」のマニュアルである原子力災害対策指針は、「検討すべき項目」の羅列でしかなく、具体的な方策が明示されていない。そのため、各自治体が適切な地域防災計画を策定することが困難である。(甲71 「原発の避難計画の検証」上岡47頁)
  2. 実施主体である地方自治体が「計画」を策定できない非現実的な内容[2]である。実際に平成26年3月11日時点で4割の自治体が未策定である(甲83:朝日新聞記事)
  3. 原子力災害対策指針は、最終項の「結び」にて、「地方公共団体の取組状況や防災訓練の結果等を踏まえ継続的な改定を進めていくものである。」ことを明言している。すなわち、同指針が暫定的なもの、言い換えれば「未完成のもの」であることを自ら明らかにしているのである。
  4. 既に述べたように、日本では避難計画の策定は許認可要件とされていないため、実効性がない。実際に、多くの自治体が、合理的な避難計画を策定していないにもかかわらず、既存原子炉の稼働認可される可能性があるという問題点がある。

[2] 原子力施設近隣の非居住区域を画する「立地審査」の未施行も、避難計画策定が困難なことの理由の1つである。

3 小括

 本書面では、以下、各自治体のシュミレーションをもとに原発立地自治体のみでなく、非常に広範囲の市民が被曝の危険に曝されることについて述べる。また、原発周辺自治体で十分な避難計画が策定されておらず、大飯原発において、IAEA深層防護5層の整備すらなされていないことを述べる。

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