◆原告第7準備書面
第5 新規制基準から立地審査指針が捨て去られた経緯

原告第7準備書面
-立地審査指針について- 目次

第5 新規制基準から立地審査指針が捨て去られた経緯

1 原子力規制委員会の当初の方針

平成24年11月14日付原子力規制委員会記者会見において,立地審査に関する質疑がなされた。田中委員長は,記者の質問に対し下記の通り回答し,立地審査指針を100mSv基準に改正した上,再稼働の要件とする旨述べていた(甲63-17,甲98 平成24年11月15日付日経新聞電子版)。

  • 記者 最後にします。確認ですが,今おっしゃったのは100mSv等の,もし新しい基準かができたとしたら,それに当てはまらない原発は再稼働ができないということでしょうか。
  • 田中委員長 そうですね。

しかし,上記方針は,他施策(シビアアクシデント対策)により代替されるものとして、新規制基準に反映されなかった。この他施策による代替が不適切であることについては後述する。

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2 新規制基準策定時の議論

 (1) 立地審査指針の排除

平成25年1月11日,原子力規制委員会の発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム第9回会合において,新規制基準において立地審査指針をどのように扱うかが問題とされた(甲99-30乃至32頁)。

同会合において,原子力規制委員会は,事務局案として,従来の離隔要件(下図c-1,2)を,原子炉格納容器の性能評価,及び,シビアアクシデント対策の有効評価で代替すること,並びに,集団線量(下図c-3)の要件をシビアアクシデント対策の有効性評価で代替することを提案し,同会合において,さしたる議論もないまま成案とされた。

[甲100-3:発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム第9回会合資料]【表省略】

それでは,離隔要件に代替するものとされた「原子炉格納容器の性能評価,及び,シビアアクシデント対策の有効評価」とはいかなるものか。以下,新規制基準における「シビアアクシデント対策の有効評価」について詳述する。

 (2) 立地審査指針の代替措置―「シビアアクシデント対策の有効評価」

「シビアアクシデント対策の有効評価」は,後に「実用発電用原子炉に係る炉心損傷防止対策及び格納容器破損防止対策の有効性評価に関する審査ガイド」(甲101 平成25年6月19日 原規技発第13061915号 原子力規制委員会決定 平成25年7月8日施行 以下「審査ガイド」という)に規定された。

審査ガイドは,「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置,構造及び設備の基準に関する規則の解釈(原規技発第1306193号(平成25年6月19日原子力規制委員会決定)。以下 「解釈」という。)第37条の規定のうち,評価項目を満足することを確認するための手法の妥当性を審査官が判断する際に,参考とするものである。」と解説されている。

具体的には,〈1〉炉心損傷防止対策の有効性評価に関する審査ガイド及び〈2〉格納容器破損防止対策の有効性評価に関する審査ガイドからなる。

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 (3) 〈1〉炉心損傷防止対策の有効性評価に関する審査ガイド

炉心損傷防止対策の有効性評価は,事故に至るシナリオ(事故シーケンス)を抽出しその事故対策の有効性を確認するものとされる。ここでの有効性の確認対象は,

  1.  炉心の著しい損傷が発生するおそれがないものであり,かつ,炉心を十分に冷却できるものであること。
  2.  原子炉冷却材圧力バウンダリ[7]にかかる圧力が最高使用圧力の 1.2 倍又は限界圧力を下回ること。
  3.  原子炉格納容器バウンダリ[8]にかかる圧力が最高使用圧力又は限界圧力を下回ること。
  4.  原子炉格納容器バウンダリにかかる温度が最高使用温度又は限界温度を下回ること。

である。これらは,原子炉格納容器の保守性を対象とする審査であり公衆の離隔要件とは無関係である(甲101-1,2頁)。

 (4) 〈2〉格納容器破損防止対策の有効性評価に関する審査ガイド

格納容器破損防止の有効性評価においては,「重大事故[9]」が発生するシナリオ(格納容器破損モード)を抽出し,「想定する格納容器破損モードに対して,原子炉格納容器の破損を防止し,かつ,放射性物質が異常な水準で敷地外へ放出されることを防止する対策に有効性があることを確認する」。この有効性評価を確認するとは,以下の項目を満足することをいう(甲101-13,14)。

  1.  原子炉格納容器バウンダリにかかる圧力が最高使用圧力又は限界圧力を下回ること。
  2.  原子炉格納容器バウンダリにかかる温度が最高使用温度又は限界温度を下回ること。
  3.  放射性物質の総放出量は,放射性物質による環境への汚染の視点も含め,環境への影響をできるだけ小さくとどめるものであること。
  4.  原子炉圧力容器の破損までに原子炉冷却材圧力は2.0MPa以下に低減されていること。
  5.  急速な原子炉圧力容器外の溶融燃料-冷却材相互作用による熱的・機械的荷重によって原子炉格納容器バウンダリの機能が喪失しないこと。
  6.  原子炉格納容器が破損する可能性のある水素の爆轟を防止すること。
  7.  可燃性がスの蓄積,燃焼が生じた場合においても,(a)の要件を満足すること。
  8.  原子炉格納容器の床上に落下した溶融炉心が床面を拡がり原子炉格納容器バウンダリと直接接触しないこと及び溶融炉心が適切に冷却されること。
  9.  溶融炉心による侵食によって,原子炉格納容器の構造部材の支持機能が喪失しないこと及び溶融炉心が適切に冷却されること。

以上の項目のうち,放射性物質の外部放出に関する評価事項は,「(c)放射性物質の総放出量は,放射性物質による環境への汚染の視点も含め,環境への影響をできるだけ小さくとどめるものであること。」のみである。(c)の具体的な有効性評価手法及び範囲としては「想定する格納容器破損モードに対して,Cs-137の放出量が100TBqを下回っていることを確認する。」とされる。しかしながら,上記審査は,格納容器破損の危険に際して格納容器ベント(後述)を行う際には,Cs-137(セシウム137)の総放出量を100テラベクレル以下に収めなくてはいけないという基準であって(放出量の基準),公衆の被曝線量の観点から,離隔要件を定めた「立地審査指針」とは異質のものである。

[7] 原子炉冷却材圧力バウンダリとは,原子炉の通常運転時に,原子炉冷却材を内包して原子炉と同じ圧力条件となり,運転時の異常な過渡変化時及び事故時の苛酷な条件下で圧力障壁を形成するもので,それが破壊すると原子炉冷却材喪失事故となる範囲の施設。(http://www.bousai.ne.jp/vis/bousai_kensyu/glossary/ke35.html)

[8] 原子炉の冷却材喪失事故時に圧力障壁となり,かつ,原則として放射性物質の放散に対する最終の障壁を形成する境界である。すなわち,貫通部ノズルおよびベローズなどを含む原子炉格納容器本体および原子炉格納容器を貫通する配管および隔離弁の箇所をいう。(http://www.rist.or.jp/atomica/dic/dic_detail.php?Dic_Key=263)

[9] 新規制基準における「重大事故」の定義:炉規法43条の3の6,3号は「発電用原子炉の炉心の著しい損傷その他の原子力規制委員会規則で定める重大な事故をいう」と定め,同規則4条は「法第四十三条の三の六第一項第三号の原子力規制委員会規則で定める重大な事故は,次に掲げるものとする。
一 炉心の著しい損傷
二 核燃料物質貯蔵設備に貯蔵する燃料体又は使用済燃料の著しい損傷」
と規定する。

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3 小括

以上の経緯により,シビアアクシデント対策の一部である格納容器ベント時の放射性物質の放出量制限を理由として、立地審査指針の離隔要件及び集団線量の要件が捨て去られた。