◆ 原告第10準備書面
第5 大飯原発の老朽化による危険について

原告第10準備書面
-大飯原子力発電所のぜい弱性- 目次

第5 大飯原発の老朽化による危険について

 1 はじめに

およそ機械類は,年月が経てば老朽化するものである。また機械類には必ず寿命が存在する。これらのことは,身の回りの機械製品を思い起こせば当然のことであって,一般の経験則でもある。このことは原子炉であっても何ら変わらない。
実際,米国では運転認可が40年有効として与えられている(甲135)。法的寿命が40年とされているのである。また,ドイツでは,運転開始から32年を最長稼働期間として,以後は廃炉とすることがきめられている(甲135)。
我が国においても、原子力発電所の運転開始から30年が経過する前とその後10年ごとに、事業者は安全上重要な機器・構造物について、今後長期間運転することを想定した技術評価(高経年化に関する評価)を実施し、それに基づいた長期保守管理方針を策定し、保安規定に記載することが義務づけられ、その内容について原子力規制委員会により厳格に審査され、認可を受けることになっている。これは老朽原発における危険性の増大に鑑みて、高経年化対策を義務づけたものである。
なお、政府や原子力規制委員会などは「高経年化」という言葉を使うが、単純に年月を経ているという問題ではなく、年月を経ることにより機械類が「老朽化」することが問題である。従って、以下、「高経年化」という言葉は用いず「老朽化」という。
大飯原子力発電所の運転開始日は、1号機が1979年3月27日、2号機が同年12月5日、3号機が1991年12月18日、4号機が1993年2月2日であり、1号機・2号機は運転開始から35年が経過した老朽化原発である。
本項では,大飯原発における老朽化対策の問題点について論じる。

 2 老朽化対策について

  (1) 初期の原発に老朽化対策はそもそも講じることができない

我が国では不思議なことに原子炉の寿命が法定されておらず,このことを奇貨として,電力会社などは,「30年から40年という期間は,一部の機器に発生する劣化事象の発生量や進展量を評価するための想定期間であって,原子力発電所全体の寿命期間や認可期間とは異なる」などと強弁する。しかし,最初の原子炉が作られた頃は,米国が40年としていたことから,「30年から40年」というのが暗黙の前提であった(甲136)。それが,いつの間にか,「老朽化対策」という名のもとに,60年までは10年ごとの検査を経ながら使い続けることができるということになっている。
しかし,原発が作られ始めた初期の頃は,原子炉圧力容器や配管等の最重要機器の設計や製造に適用される独自の法規が存在せず,初期の原発は,化学プラントや発電用ボイラーの機器に適用されていた法規を借用して設計・製造されていた。敦賀1号機,美浜1,2号機等は,全てそうである(甲136)。これらの原発については,独自の設計・製造関係法規のもとで作られた原発とは異なり,同様の老朽化対策を施したからといって,当初想定されていた寿命を超えた運転を認めることはできない。
つまり,初期の原発については,その設計・製造過程からして,そもそも,老朽化対策なるものを講じる前提を欠いているのである。当初の想定どおり,30年ないし40年の経過によって,速やかに廃炉とするべきなのである。
また美浜1,2号機,敦賀1号機,福島1号機といった初期の原発は,蒸気発生器破損,燃料破損,再循環ポンプ破損などを繰り返し,始終運転停止に追い込まれてきたために,設備稼働率が異常に低くなっている(甲135)。初期の原発は,運転期間が長期化するまでもなく,コンスタントに様々なトラブルを繰り返してきたものであって,大事故は小事故をきっかけに起こるという経験的事実に基づけば,中小事故を繰り返してきたこれら初期原発群は,一般の寿命問題とは切り離して,早急に運転停止,廃炉にするべきである。このことは,福島第一原発事故においても,揺れによって重大な損傷を生じたのが運転開始から40年を超えた福島1号機であったこと(甲134)によっても,既に実証済みである。
また,1970年から1990年の事故例を原因別,発生箇所別に分析した研究結果によれば,昔に比べると事故の発生部位としては,配管や弁が増加しており,これは明らかに経年劣化が原因であると考えられること,事故原因については,制作・メンテナンス不良と経年劣化を原因とする事故が増加していることが指摘されており(甲135)、原子力発電所の累積運転年数の長期化によってトラブルの発生件数は増加しており、老朽原発の危険性は明白である。

  (2) 老朽化対策は原子炉圧力容器の脆化にとって無力である

   ア 原子炉圧力容器は老朽化対策の対象ではない

老朽化対策は、部品を交換したり,監視や検査を行い適切にメンテナンスすることによって、長期運転を可能とするものであるが、部品の交換可能性ということに関して言えば,そもそも,原子炉圧力容器自体は交換不可能である。このことは老朽化対策の最大の問題点であると言える。部品の交換が不可能な原子炉圧力容器それ自体は老朽化対策の対象となっていないと言っても過言ではないのである。
原子炉圧力容器の損傷は原発事故の中で最大級の事故であり,老朽化対策を始めとして各種の安全対策は全てその防止を目的にしていると言っても過言ではない。そして,原子炉圧力容器は,中性子照射を受けることによって,日々,脆化が進行する。つまり,日々刻々と老朽化が進行するのである。しかし,老朽化対策によって交換されるのは,その周辺の部品だけであって,肝心の原子炉圧力容器自体は交換対象とはなっていない。それを交換することは,要するに廃炉を意味するからである。

   イ 脆性遷移温度の上昇と加圧熱衝撃の危険

原子炉圧力容器が割れてしまうような事故の場合、核反応の暴走を防ぐ手だてはほとんどない。その危険の目安となるのが脆性遷移温度である。鋼はふつう、力を加えても変形するだけだが、ある温度より低い温度では、陶磁器のように、小さな力で割れてしまう。この境界の温度を脆性遷移温度という。
例えば、冷えたガラスのコップに熱湯をいきなり注ぐと、コップは割れるかひびが入ってしまう。これはコップの内側と外側で急激に温度が変わり、その差にガラスが耐えられなくなるからである。原子炉の圧力容器の場合は逆で、常に高温に晒された原子炉に冷却水がかかると、やはり急激な温度差に耐えられず、圧力容器が破断してしまう。この変化にどこまで耐えられるかが『脆性遷移温度』である。
原子炉は、常に炉心から放出される中性子が炉壁に当たっており、そのダメージが積もり積もって、圧力容器がどんどん脆くなっていき、その結果、脆性遷移温度が上昇していく。原子炉の緊急事態には、緊急炉心冷却装置(ESSC)で炉心を急速に冷やさねばならないが、脆性遷移温度が高い原子炉圧力容器にとって怖いのは、冷却時に生じる「加圧熱衝撃(PTS)」である。
原子炉圧力容器の熱疲労を軽減するために,通常は原子炉圧力容器内の水の温度を上げ下げするときは,1時間あたり55℃以下に制限されている。
しかし,たとえば冷却材喪失のような緊急事態時には,ECCS系が自動的に作動し,原子炉は急冷され大きな熱衝撃を受ける。原子炉の急冷は,冷水の注入以外にも,一次系あるいは二次系の急激な減圧,蒸気発生器による急激なエネルギー除去などの要因も考えられる。いずれにせよ,こうした複合的な要因によって原子炉が急冷されると,原子炉圧力容器はかなりの熱衝撃を受けることになる。
炉が急冷されると一次系の圧力が急激に低下するが,その急激な圧力低下のためにECCSの高圧注水ポンプが自動的に作動し,ふたたび一次側の圧力が上昇する。したがって,原子炉圧力容器には熱衝撃だけでなく,上昇した水圧力も作用することになる。これが加圧熱衝撃(PTS)である。
このPTSが発生するとき,原子炉圧力容器内部には,熱衝撃によって発生した大きな引っ張り応力のほかに,水圧力による引っ張り応力が加算されることになる。そして,こうしたダブルの大きな応力を受けるのは,急冷により脆性遷移温度を下回る水に浸された,破壊危険状態にある原子炉圧力容器なのである。このような急激な温度変化による熱衝撃(PTS)によって、圧力容器全体が破壊してしまう危険がある。
なお同様の危険予測は,アメリカのオークリッジ国立研究所が,1981年10月にアメリカ原子力規制委員会に提出した「加圧熱衝撃の評価」と題する報告書でもなされている。そこでは,冷却材喪失事故,主蒸気管破断事故,タービン・トリップなどのいくつかの仮想的な過渡現象において,炉の寿命内の早期の段階で,PTSによる容器の破壊が予測されるとされている(以上全体につき,甲139・108~112頁)(なお,アメリカの報告書の中で,「炉の寿命」という言葉が登場することにも注目されたい)。
日本の原発圧力容器の脆性遷移温度を高い順に並べてみると、ワースト①は玄海1号炉である。この炉は最近の監視試験結果(2009年4月時点)で、前回1993年2月の56℃から42℃も上昇した。ワースト②~⑤は、いずれも福井県にある関西電力の炉である。とくに美浜1号・2号は1990年代の初め頃から高い脆性遷移温度が観測されていて、その運転継続に危惧がもたれてきた炉である。

表 原子炉圧力容器脆性遷移温度(ワースト5)

原発名 型式 運転開始 分類 脆性温度 中性子照射量
1 玄海1号 PWR 1975.10.15 母材 98℃ 7.0×10^19n/cm2
2 美浜1号 PWR 1970.11.28 母材 74℃ 3.0×10^19n/cm2
溶接金属 81℃
3 美浜2号 PWR 1972.7.25 母材 78℃ 4.4×10^19n/cm2
4 大飯2号 PWR 1979.12.5 母材 70℃ 4.7×10^19n/cm2
5 高浜1号 PWR 1974.11.19 母材 68℃ 1.3×10^19n/cm2

(出典:原子力資料情報室「原子炉圧力容器鋼材の監視試験結果一覧」)

玄海原発1号機の脆性遷移温度は98度であり、これはほぼ沸騰水に近い熱湯をかけても圧力容器が破壊されることを意味する。いわば玄海原発1号機の原子炉は、陶器のようなもので、簡単にひび割れ、破断してしまう恐れが高い。
若狭湾にある老朽化原発の照射脆化も進行している。若狭湾にある13基の原発(もんじゅを除く)のうち8基(運転開始順に敦賀1号、美浜1号、美浜2号、高浜1号・2号、美浜3号、大飯1号・2号)が1970年代建設・運転開始の老朽化原発で、すでに30年以上経っている。残りの5基(高浜3・4号、敦賀2号、大飯3・4号)も、最も新しい大飯4号が1993年運転開始で、すでに20年前後を経過しており、劣化は進んでいると考えるべきである。
圧力容器の照射脆化という観点からすれば、玄海1号に次ぐワースト2位から5位まで(美浜1号2号、大飯2号、高浜2号)が若狭湾にある。美浜1号・2号の母材および溶接金属の脆性遷移温度が高いこと(80℃前後)は以前から指摘されてきたことであるが、大飯の2号機(1979年12月運転開始)も2000年3月で70℃に達しており、脆化が著しく進行している。万一、大飯原発に緊急事態時が発生し、原子炉を急冷しなければならなくなったときに、加圧熱衝撃により圧力容器自体が破壊される危険があることは明らかであろう。

   ウ 小括

以上のように,老朽化対策は,原子炉圧力容器の脆性破壊にとっては,有効な対策とはなり得ないものなのである。

  (3) 老朽化対策の問題点

 ア 上述したように,初期の老朽化原発については老朽化対策を講じる前提をそもそも欠いているのであるが,このことは,その他の原発との関係においては老朽化対策が有効であるということを意味するものではない。

 イ たとえば,平成17年8月31日に原子力安全・保安院が発表した「実用発電用原子炉施設における老朽化対策の充実について」では,(1)原子力圧力容器の中性子照射脆化,(2)応力腐食割れ,(3)疲労,(4)配管減肉について,次のように記載されている。
すなわち,(1)中性子照射脆化の問題については,60年運転後の脆性遷移温度の上昇,遷移温度以上でのuse(破壊の際に必要な吸収エネルギー)の低下等の点でいずれも条件をクリアしている。(2)応力腐食割れ問題については,経年劣化とともに大きく増加する傾向は認められないが,加圧水型においてニッケル合金に発生する1次冷却水応力腐食割れは運転年数等に応じて発生頻度が増加する可能性があり,照射誘起応力腐食割れは照射量に応じて発生頻度が増加するので,老朽化に関しては適切な評価が必要である。(3)疲労の繰り返し応力による疲労破壊については,低サイクル疲労破壊に基づく亀裂は発生せず,高サイクル疲労のうち,設計・制作・保守が原因の主要機器配管での破壊発生件数は運転年数とともに増加する傾向は見られないが,小径管の振動等による破壊については運転年数ともに増加する傾向があるので,適切な検査や監視が必要である。(4)炭素鋼配管のエルボ部やオリフィス下流部に生じるエロージョン・コロージョン減肉については,主要点検部分に指定されている配管等については,老朽化ともに増加する傾向は認められないが,「配管全体の相当部分を占める常時使用しない予備的な系統を含めた比較的小さな減肉率の部分が,長期運転に伴い減肉率が大きくなるのが問題」として見逃す可能性もあることを示唆している。

 ウ しかし,上記のうち(2),(3),(4)については,報告書自体が,経年劣化とともに増大する要因があり,点検・監視・検査が必要であることを認めており,60年運転にお墨付きを与えるには,その論理はいかにも薄弱であると言わざるを得ない(以上全体につき,甲138)。
また,(1)については,監視試験片の問題が指摘されなければならない。原子炉においては,中性子照射脆化を監視するために,監視片をもともと原子炉内に設置しておき,これを定期的に取り出して検査を実施するのであるが,この監視片は数に限りがある。例えば,柏崎・刈羽1号機では,1年後,4年後,12年後,32年後と4回取り出して調べるという計画になっている(甲137・64頁)。これは,当初想定寿命が30年ないし40年となっていたことから,このような計画になっているものと思われるが,20年も寿命延長して運転するとなると,監視試験片の数が圧倒的に不足してしまうことになることになる(想定寿命を超えた後は,取り出し頻度を上げていく必要があることを考えれば尚更である。)。運転開始時に入れておいた試験片の数が少なく,使い切ってしまい,もう実測できない炉も出現しつつあるのである。数が足りなくなってモニターができなくなると,既に老朽段階に入っているにも関わらず,その炉は完全な無視界飛行状態になってしまう。

 エ また,事業者が,老朽化対策の中で実施する安全評価にも問題がある。例えば,被告関西電力の「老朽化技術評価報告書」(1999年)では,運転開始60年後での脆性遷移温度を予測し,その予測を元に,実測破壊靭性値を予測している。そして,圧力容器で最も怖いのは冷却水喪失事故などに伴って生じる加圧熱衝撃であるから,大破断LOCA,小破断LOCA,主蒸気管破断事故のそれぞれについて生じる力の大きさを応力拡大係数KIとして計算し,破壊靭性予測値KICと比較している。
それによると,圧力容器が温度低下とともに熱衝撃を受け,大破断LOCAの場合,120℃位で応力拡大係数KIが最大となり,このときの破壊靭性予測値KICはそれより高くKI>KICであるから破壊は起こらず安全であると評価している。
こうした評価手法は現在においても基本的には変わっていないと考えられるが,そもそも予測に用いられる脆化予測式自体が万全でないという問題点があり,また,破壊力学に基づく応力拡大係数KIの時間的変化も,LOCAのプロセスをどのように想定するかで変わってしまうという問題点がある。人為的操作が可能であるということである。
このように考えると,120℃でのKIとKICの比が1.5程度しかなく,また70℃から100℃付近の間では30MPa程度の差しかないことをもって安全と断定することができるのかは極めて疑問である(以上全体につき,甲137)。
計算過程に不確実要素を多く抱え込んでいるのであれば,安全率はもっと大きくとっておく必要があるはずである。

 オ 以上のように,老朽化技術評価は,絶対的なものではなく,その手法には,専門家からも大きな疑問が示されているところである。また,今後の評価については,監視試験片の数が足りなくなっていく中で,評価の前提となるデータ自体がとれなくなっていくという問題もある。この問題に対応するためには,試験片の再生技術を確立することが必要であるが,それは未完成の状態である。
さらに言えば,老朽化対策の根本思想である,部品を交換したり,監視や検査を行い適切にメンテナンスしていけば,設計当時の想定運転年数を超えて,60年くらいは運転していけるという考え方についても,ひび割れが見つかった配管や機器を新しいものに交換して運転すれば,それでよいのかという問題がある。
当然のことであるが,部品を交換してもシステム全体としての原発が生き返るわけではなく,かえってバランスを崩し,思わぬ事故を招く危険性が生じる。
また,各種の制御系統のケーブル類のシールドが,劣化に伴い絶縁機能の低下を起こす可能性もあるが,それらを交換することは不可能である。

 3 まとめ

原子力発電は特別な技術である。核分裂反応の制御に失敗すれば、核暴走(核爆発)を引き起こす。核分裂反応を事故時に制御できたとしても、いわゆる死の灰が出す崩壊熱を除去できなければ、メルトダウンを引き起こす。
原子炉で用いられる機器や材料は、ごくありふれたものである。多くの弁、ポンプ、モーター、配管は、通常の工業製品と本質的にかわらず、材料もふつうの工業材料である。再循環系配管で用いられているステンレス鋼は、台所の流しや食器に使われているステンレス鋼とほぼ同じである。
金属材料はさまざまな原因で経年劣化する。家電製品であれば、故障の修繕費が割に合わないと感じるようになったとき、新品と交換することになる。しかし、安全にかかわる機器はそうはいかない。自動車や電車、航空機、船舶、工場設備などは、安全性を優先して、(コスト的には損でも)古い製品を使い続けるのをやめるという選択がなされねばならない。原発はその最たるものである。
福島第一原発事故で取り返しのつかない甚大な被害が生じ、未だに被害が収束していない下では、古い原発を、まだ使える、まだ使えると、部品を交換し、だましだまし使い続けることの危険性は明白である。老朽化した大飯原発は直ちに廃炉にすべきである。