◆原告第21準備書面
第1 3.9大津地裁仮処分決定の意義について

 原告第21準備書面 目次

第1 3.9大津地裁仮処分決定の意義について
 ―国と電力会社が進める再稼働の流れに見直しを迫る―

 1、福島第一原発事故後の原発訴訟の流れ

ア 福井地裁大飯原発差し止め判決 平成26年5月21日   差し止め
イ 福井地裁高浜原発差し止め仮処分 平成27年4月14日   差し止め
ウ 鹿児島地裁川内原発差し止め仮処分 平成27年4月22日 差し止めを認めず
エ 福井地裁高浜原発仮処分異議 平成27年12月24日 差し止めを認めず
オ 大津地裁高浜原発差し止め仮処分 平成28年3月9日 差し止め
カ 福岡高裁宮崎支部(ウの抗告審) 平成28年4月6日 差し止めを認めず

 2、大津地裁仮処分決定の意議

以下本項において、大津地裁仮処分決定の持つ意義について述べる。

 ア 現に稼働中の原発を差し止めた初めての司法判断

  1.  この大津地裁の差し止め決定に対し、関経連副会長角和夫は「憤りを超えて怒りを覚えます。なぜ一地裁の裁判官によって、国のエネルギー政策に支障をきたすことが起こるのか。こういうことができないよう、速やかな法改正をのぞむ。」
  2.  同会長森詳介は「値下げができなくなったことが関西経済に与える影響は小さくないと考えており、一日も早く不当な決定を取り消していただかなければならない。」
  3.  同副会長佐藤広士は「電気料金の高止まりは企業経営に大きな影響を及ぼす。」と述べたと伝えられている。
  4.  現在この国において、福島第一原発事故を踏まえた真っ当なエネルギー政策と言えるものが存在するかどうか甚だ疑わしいが、原発差し止め事件は、福島第一原発事故後は、事故によって生ずる途方もない人権侵害の危険性が問題となっており、国のエネルギー政策の当否を問うものではない。原発の安全性の立証ができなかった電力会社や財界が、国のエネルギー政策を錦の御旗にして、人権侵害の危険性を顧みないことは、到底許されない。国のエネルギー政策が住民の人権に優先するものでないことは言うまでもないことである。関経連関係者の発言は、この裁判の本質を理解しないもので、誠にお粗末なものという外ない。
    また、地裁裁判官の判断は、裁判官の独立に基づいて行われているものである。そして、裁判官の独立は、地裁、高裁、最高裁の裁判官に等しく保障されており、裁判官の権限が、上に行くほど大きくなるものでは無い。関経連関係者の「一地裁の裁判官によって」という発言は、裁判所を行政官僚組織や会社組織と同じように捉えているようであるが、近代法における裁判所の組織原理を全く理解していないもので、不見識極まるものと言わねばならない。日本を代表する経済団体の代表的地位にある者がこのような不見識な発言を行うことは、誠に嘆かわしい。
  5.  電気料金の値下げができなくなった、電気料金が高止まりになった、というのは、福島第一原発事故の教訓を無視して原発再稼働にしがみついている自らの行為を全く省みない発言である。原発が止まっているにもかかわらず、被告関西電力は黒字となっている。電気料金の値下げ、高止まりの問題は、大津地裁が高浜原発再稼働を差し止めたために生じたというのはミスリードであり、被告関西電力の経営姿勢によるものと考えるべきであろう。それはともかくとして、財界、業界の反応はあまりにも冷静さを欠く短絡的なものである。電力事業者も財界も、原発事故がもたらす破滅的な事態をわがこととして受け止めて、冷静に考えるべきであろう。

 イ 大津地裁の判断は、立地県外の住民の訴え、立地県外の裁判所の初めての判断で、画期的なものである。
原発再稼動に対する同意権は、従来立地自治体に限られていたが、今回の決定によって、立地自治体以外の、原発事故によって甚大な被害を受ける危険性のある住民の訴えによって再稼動を阻止できることになった。人格権に基づく差止の法理からすれば当然の帰結であるが、原発再稼動の従前の仕組みを根底から変える機能を持つものであって、その意義は極めて大きいものがある。

 3、大津地裁決定の内容

 ア、判断枠組み
福井地裁異議審決定の判断枠組みについては、女川原発事件を担当した塚原朋一元裁判官が、強く批判していることを、前回の準備書面において指摘したが、塚原元裁判官は、枠組みについての具体的な説示文言のよって来る思想、姿勢について、福井地裁異議審裁判官を借り物による判断でないかとして批判したのであった。福井地裁異議審決定に対し、大津地裁決定は、「基本的に伊方最高裁判決の枠組みを採用しながら、電力会社が立証すべきこととして、新規制基準に適合しているとされたことだけでなく、「福島第一原発事故の後、原子力規制行政がどのように変化し、その結果、本件各原発の設計や運転のための規制が具体的にどのように強化され、関西電力がこの要請にどのように応えたか」を付加した。これは、福島第一原発事故によって露わになった原発の問題点が解消されるのでない限り、再稼動は認められないとする多くの人々の思いに通じるものといえるだろう。」(井戸謙一「司法の力で原発再稼動を止める」(世界2016年5月号153頁以下))。ここでは、大津地裁は福島第一原発事故に正面から向き合い、借り物でない思想、姿勢によって高浜原発再稼動事件について挑んでいることがわかるのである。

 イ、過酷事故対策における考え方

  1.  福島第一原子力発電所事故の原因究明は、建屋内での調査が進んでおらず、今なお道半ばの状況であり、本件の主張及び疎明の状況を照らせば、津波を主たる原因として特定し得たとしてよいのかも不明である。その災禍の甚大さに真摯に向き合い、二度と同様の事故発生を防ぐとの見地から安全確保対策を講ずるには、原因究明を徹底的に行うことが不可欠である。この点についての債務者の主張及び疎明は未だ不十分な状態にあるにもかかわらず、この点に意を払わないのであれば、そしてこのような姿勢が、債務者ひいては原子力規制委員会の姿勢であるとするならば、そもそも新規制基準策定に向かう姿勢に非常に不安を覚えるものといわざるを得ない。
  2.  地球温暖化に伴い、地球全体の気象に経験したことのない変動が多発するようになってきた現状を踏まえ、また、有史以来の人類の記憶や記録にある事項は、人類が生存し得る温暖で平穏なわずかな時間の限られた経験にすぎないことを考えるとき、災害が起こる度に「想定を超える」災害であったと繰り返されてきた過ちに真摯に向き合うならば、十二分の余裕をもった基準とすることを念頭に置き、常に、他に考慮しなければならない要素ないし危険性を見落としている可能性があるとの立場に立ち、対策の見落としにより過酷事故が生じたとしても、致命的な状態に陥らないようにすることができるとの思想に立って、新規制基準を策定すべきものと考える。□債務者の保全段階における主張及び疎明の程度では、□新規制基準及び本件各原発に係る設置変更許可が、直ちに公共の安寧の基礎となると考えることをためらわざるを得ない。(下線は原告ら代理人。以下同じ)
  3.  電源確保
    新規制基準に基づく審査の過程を検討してみると、過酷事故発生に備えて、債務者は、安全上重要な構築物、系統及び機器の安全機能を確保するため非常用所内電源系を設け、その電力の供給が停止することのないようにする設計を持ち、外部電源が完全に喪失した場合に、発電所の保安を確保し、安全に停止するために必要な電力を供給するため、ディーゼル発電機を用意することとし、これを原子炉補助建屋内のそれぞれ独立した部屋に2台備えることとしている。またそのための燃料を7日分、燃料油貯油そうを設けて貯蔵するとしたり、直流電源設備として蓄電池を置いたり、代替電源設備として空冷式非常発電装置、電源車等を設けることとしたことが認められる。また、原子力規制委員会の審査においては、これらの設置に加え、これらが稼動するための準備に必要な時間、人員、稼動する時間等について審査し、要求事項に適合していると審査した。ほかにも、過酷事故に対処するために必要なパラメータを計測することが困難となった場合において、当該パラメータを推定するための有効な情報を把握するための設備や手順を設けたり、原子炉制御室及びその居住性等について検討しており、これらからすれば、相当の対応策を準備しているとはいえる。しかし、ディーゼル発電機の起動失敗例は少なくなく、空冷式非常用発電装置の耐震性能を認めるに足りる資料はなく、また、電源車等の可動式電源については、地震動の影響を受けることが明らかである。非常時の備えにおいてどこまでも完全であることを求めることは不可能であるとしても、また、原子力規制委員会の判断において意見公募手続が踏まれているとしても、このような備えで十分であるとの社会一般の合意が形成されたといってよいか、躊躇せざるを得ない。

 ウ、使用済み燃料ピットの危険性
使用済み燃料の危険性に対応する基準として新規制基準が一応合理的であることについて、債務者は主張及び疎明を尽くすべきである。また、その上で、新規制基準の下でも、使用済み燃料ピットについては、冠水することにより崩壊熱の除去が可能であると考えられるが、基準地震動により使用済み燃料ピット自体が一部でも損壊し、冷却水が漏れ、減少することになった場合には、その減少速度を超える速度で冷却水を注入し続けなければならない必要性に迫られることになる。現時点で、使用済み燃料ピットの崩壊時の漏水速度を検討した資料であるとか、冷却水の注入速度が崩壊時の漏水速度との関係で十分であると認めるに足りる資料は提出されていない。

 エ、関電及び規制委員会の基準地震動についての考え方批判

  1.  一般的批判
    債務者は、債務者の調査の中から、本件各原発付近の既知の活断層の15個のうち、FO-A~FO-B~熊川断層及び上林川断層を最も危険なものとして取り上げ、かつこれらの断層については、その評価において、原子力規制委員会における審査の過程を踏まえ、連動の可能性を高めに、又は断層の長さを長めに設定したとする。しかしながら、債務者の調査が海底を含む周辺領域全てにおいて徹底的に行われたわけではなく(地質内部の調査を外部から徹底的に行ったと評価することは難しい。)、それが、現段階の科学技術力では最大限の調査であったとすれば、その調査の結果によっても、断層が連動して動く可能性を否定できず、あるいは末端を確定的に定められなかったのであるから、このような評価(連動想定、長め想定)をしたからといって、安全余裕をとったといえるものではない。また、海底にあるFO-B断層の西端が、債務者主張の地点で終了していることについては、(原子力規制委員会に対してはともかくとしても)当裁判所に十分な資料は提供されていない。債務者は、当裁判所の審理の終了直前である平成28年1月になって、疎明資料を提供するものの、この資料によっても、上記の事情(西端の終了地点)は不明であるといわざるを得ない。
  2.  松田式批判
    債務者は、このように選定された断層の長さに基づいて、その地震力を想定するものとして、応対スペクトルの策定の前提として、松田式を選択している。松田式が地震規模の想定に有益であることは当裁判所も否定するものではないが、松田式の基となったのはわずか14地震であるから、このサンプル量の少なさからすると、科学的に異論のない公式と考えることはできず、不確定要素を多分に有するものの現段階においては一つの拠り所とし得る資料とみるべきものである。したがって、新規制基準が松田式を基に置きながらより安全側に検討するものであるとしても、それだけでは不合理な点がないとはいえないのであり、相当な根拠、資料に基づき主張及び疎明をすべきところ、松田式が想定される地震力のおおむね最大を与えるものであると認めるに十分な資料はない。
  3.  耐専式批判
    債務者は、応答スペクトルの策定過程において耐専式を用い、近年の内陸地殻内地震に関して、耐専スペクトルと実際の観測記録の乖離は、それぞれの地震の特性によるものであると主張するが、そのような乖離が存在するのであれば、耐専式の与える応答スペクトルが予測される応答スペクトルの最大値に近いものであることを裏付けることができているのか、疑問が残るところである。なお、債務者は、耐専スペクトルの算出に当たっては、基本ケースのみならず、「傾斜角75°ケース」、「アスペリティー塊ケース」、「アスペリティー塊・横長ケース」を検討しているが、各ケースの応答スペクトルはかなり似通っており(債務者主張書面(1)63頁図表23、債務者主張書面(8)49頁図表28)、ケースを異ならせることによりどの程度の安全余裕が形成されたかを明らかにし得ていない。債務者の検討結果によれば、最大加速度(水平)については、基準地震動Ss-1の700ガルが最大であったというのであるから、FO-A~FO-B~熊川断層の三連動(傾斜角75°ケース)の応答スペクトルを超えるところが想定すべき最大の応答のスペクトルということになるが、以上の疑問点を考慮すると、基準地震動Ss-1の水平加速度700ガルをもって十分な基準地震動としてよいか、十分な主張及び疎明がされたということはできない。
  4.  断層モデル批判
    断層モデルを用いた手法による地震動評価結果を踏まえた基準地震動については、債務者は、結果的に、応答スペクトルに基づく基準地震動を超えるものは得られなかったとしているが、債務者のいう、地震という一つの物理現象についての「最も確からしい姿」(乙16・53頁)とは、起こり得る地震のどの程度の状況を含むものであるのかを明らかにしていないし、起こり得る地震の標準的・平均的な姿よりも大きくなるような地域性が存する可能性を示すデータは特段得られていないとの主張に至っては、断層モデルにおいて前提となるパラメータが、本件各原発の敷地付近と全く同じであることを意味するとは考えられず、採用することはできない。ここで債務者のいう「最も確からしい姿」や「平均的な姿」という言葉の趣旨や、債務者の主張する地域性の内容について、その平均性を裏付けるに足りる資料は、見当たらない。
  5.  震源を特定しない地震動批判
    震源を特定せず策定する地震動については、債務者は、平成16年に観測された北海道留萌支庁南部地震の記録等に基づき、基準地震動Ss-6及びSs-7として策定し、この基準地震動Ss-6(鉛直、485ガル)が結果的に最大の基準地震動(鉛直)となっている。債務者の主張によれば、これは、「地表地震断層が出現しない可能性がある地震について、断層破壊領域が地震発生層の内部に留まり、国内においてどこでも発生すると考えられる地震で、震源の位置も規模も分からない地震として地震学的検討から全国共通に考慮すべき地震」を設定して応答スペクトルを策定したとする。このような地震動についてそもそも予測計算できるとすることが科学的知見として相当であるかはともかくとして、これらの計算についても、債務者による本件各原発の敷地付近の地盤調査が、最先端の地震学的・地質学的知見に基づくものであることを前提とするものであるし、原子力規制委員会での検討結果がこの調査の完全性を担保するものであるともいえないところ、当裁判所に対し、この点に関する十分な資料は提供されていない。

 オ、津波に対する安全性能について
新規制基準の下、特に具体的に問題とすべきは、□西暦1586年の天正地震に関する事項の記載された古文書に若狭に大津波が押し寄せ多くの人が死亡した旨の記載がある□ように、この地震の震源が海底であったか否かである点であるが、確かに、これが確実に海底であったとまでは考えるべき資料はない。しかしながら、海岸から500mほど内陸で津波堆積物を確認したとの報告もみられ、債務者が行った津波堆積物調査や、ボーリング調査の結果よって、大規模な津波が発生したとは考えられないとまでいってよいか、疑問なしとしない。

 カ、避難計画を規制基準に入れよ、それは国の信義則上の義務である。

  1.  本件各原発の近隣地方公共団体においては、地域防災計画を策定し、過酷事故が生じた場合の避難経路を定めたり、広域避難のあり方を検討しているところである。これらは、債務者の義務として直接に問われるべき義務ではないものの、福島第一原子力発電所事故を経験した我が国民は、事故発生時に影響の及ぶ範囲の圧倒的な広さとその避難に大きな混乱が生じたことを知悉している。安全確保対策としてその不安に応えるためにも、地方公共団体個々によるよりは、国家主導での具体的で可視的な避難計画が早急に策定されることが必要であり、この避難計画をも視野に入れた幅広い規制基準が望まれるばかりか、それ以上に、過酷事故を経た現時点においては、そのような基準を策定すべきは信義則上の義務が国家には発生しているといってもよい。このような状況を踏まえるならば、債務者には、万一の事故発生時の責任は誰が負うのか明瞭にするとともに、新規制基準を満たせば十分とするだけでなく、その外延を構成する避難計画を含んだ安全確保対策にも意を払う必要があり、その点に不合理な点がないかを相当な根拠、資料に基づき主張及び疎明する必要があるものと思料する。
    しかるに、保全の段階においては、同主張及び疎明は尽されていない。

 4、大津地裁決定の影響

 ア、上記のいずれの点についても、大津地裁決定は委曲を尽くし、説得的である。特に新規制基準では規定されず、地方自治体に丸投げされていた避難計画策定が国の信義則上の義務であるとされたことの重要性はどれだけ強調しても強調しすぎることはない。川内原発再稼動に同意した地方自治体の長が、「住民は新幹線で避難すればよい」としていたが、4月14日以降の熊本地震において、新幹線は避難に全く役に立たないことが白日の下に明らかとなった。新幹線避難を提言した地方自治体の避難計画は無責任の極みというべきものである。このような地方自治体に避難計画を丸投げし、新規制基準でなんらの規制をしようとしない規制委員会の考え方は厳しく批判されるべきである。住民の生命、安全を無視すること甚しいものがある。大津地裁決定は、避難計画策定を規制基準としない新規制基準を不合理と判断しているが、熊本地震は、この指摘の正しさを、極めて不幸な形ではあるが裏付けたのである。したがって、これからの原発差し止めの裁判においては、避難計画策定の合理、不合理の問題は、原発の危険性の判断において、絶対に避けて通ることができないものとなった。この点でも大津地裁決定には大きな意義があるのである。なお、大津地裁裁判官が、今回、最高裁から福井地裁に送りこまれた3名の裁判官が下した福井地裁異議審決定の判断をあっさりと覆したことの意義は極めて大きい。なによりも、大津地裁決定は、福島第一原発事故と正面から向き合っている。その点において、福井地裁異議審決定を含む差し止めを否定した鹿児島地裁、福岡高裁宮崎支部決定と決定的な違いがあり、その違いが差し止めについての結論をわけた分水嶺と言うべきであろう。願わくは、本法廷においても、福島第一原発事故に正面から向き合い、再び途方もない人権侵害を絶対に許さない判断を心から望むものである。

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