◆原告第39準備書面
第4 規制基準の不合理性・総論(甲369の27~92pとりわけ41~92p)

2017(平成29)年10月27日

原告第39準備書面
-原子力規制委員会の「考え方」が不合理なものであること-

目次

第4 規制基準の不合理性・総論(甲369の27~92pとりわけ41~92p)
1 福島原発事故の経緯が未解明である以上、合理的な規制基準を策定しようがないこと
2 国際原子力機関の安全基準と日本の規制基準の関係‐新規制基準がIAEA安全基準を踏まえるべきは、日本法の要請であること
3 安全重要度分類の考え方
4 共通要因故障に起因する設備の故障を防止する考え方の欠如
5 偶発故障が一度に1つしか起こらないという考え方は非現実的であること


第4 規制基準の不合理性・総論(甲369の27~92pとりわけ41~92p)


 1 福島原発事故の経緯が未解明である以上、合理的な規制基準を策定しようがないこと

すでに準備書面で繰り返し述べている通り、福島原発事故の経緯は未解明である。しかも、規制委員会も、そのことを部分的には認めている。それにもかかわらず、現時点までに明らかになっていない事象は些末な事象であると強弁して、規制基準が策定可能と弁解している。

しかし,新規制基準を策定するにあたって最も重要である事故の原因ですら,国会事故調をはじめとする各報告書等によっても確定できていない。また,各報告書等によっても,核心である格納容器内部は高線量のため十分に調査できる状態ではなく,核燃料物質が格納容器のどこに,どれだけ,いかなる形態で存するのか,2号機のサプレッションチェンバー[27]の底部損傷がいつ発生したのか等,基本的な事実関係の解明にすら至っていない[28]

原子力規制委員会は,事故原因を正確に把握しないままに新規制基準を策定したのであり,この点からも新規制基準は不合理である。

[27] 格納容器の一部で,冷却材喪失事故時に放出される炉蒸気を凝縮するプール水を保持している部分をいう。福島第一原発2号機のS/Pはドーナツ型をしているのが特徴である。

[28] 田辺文也「福島第一原発事故の未解明問題と原発再稼働の科学的非合理性」(「科学」2015年8月号)


 2 国際原子力機関の安全基準と日本の規制基準の関係‐新規制基準がIAEA安全基準を踏まえるべきは、日本法の要請であること

原子力規制委員会は,IAEA安全基準を取り入れるか否かは各国の自由な判断に委ねられる旨主張するが,これは,IAEA安全基準の前文の一部の文言のみを根拠とする主張である。

しかし,日本国内の法律は,IAEA基準を取り入れるかを、原子力規制委員会の裁量になど委ねていない。

国内の法律を見ると,原子力分野における憲法とも言われる原子力基本法が福島第一原発事故を受けて改正され,「安全の確保については,確立された国際的な基準を踏まえ」ることを明示した(2条2項)。また,原子力規制委員会設置法にも,原子力利用に伴う事故発生の防止に「最善かつ最大の努力をしなければならないという認識に立」つこと,「確立された国際的な基準を踏まえ」て安全の確保に必要な施策を策定することが明記された(1条)。

これらの法改正等によって「確立された国際的な基準」を踏まえた安全性が要求されることが明文化されるに至った。そして,IAEA安全基準が「確立された国際的な基準」に該当することは,原子力規制委員会も争わないところである。

したがって,新規制基準は,「確立された国際的な基準」であるIAEA安全基準を踏まえなければならない。

またIAEA安全基準自体も,各国が自らの活動に同基準を適用することを推奨している[29]。特に,深層防護などの安全確保のための原則を規定する「基本安全原則」については「すべてのIAEA加盟国によって維持されることを保証するために,広範囲の国際的な見解の一致を求めて作成された。」,「すべての国がこれらの原則を厳守し支持することが望まれる。」[30]などと,すべての国が厳守することを求めている。

かつ、福島第一原発事故を受けた原子力安全条約(日本も締約国)の強化により,IAEA安全基準を考慮する枠組みが定められた。すなわち,原子力安全条約は,IAEA安全基準を直接取り込んでいるものではないが,2012年8月に開かれた第2回特別会合で採択された条約運用文書の改訂によって,ピア・レビュー(締約国による相互間審査)が強化された。そこにおいて,これまで条約義務とは切り離された形で存在していたIAEA安全基準を原子力の安全促進のための考慮事項とし,ピア・レビューのための国別報告の中に,安全条約上の義務を実施する際にIAEA安全基準をいかに考慮したか,または考慮するつもりかについての情報を盛り込むこととされた[31]。このように,IAEA安全基準を考慮することが原則として求められる。

このようにIAEA安全基準を考慮することが求められる国際的な流れの中で,曲がりなりにも「世界最高水準」を標榜する新規制基準がIAEA安全基準を踏まえないことはあり得ない。

仮に,原子力規制委員会が主張するようにIAEA安全基準が既存の施設に適用されるか否かは個々の加盟国の決定事項だとしても,上記のとおり日本は,まさに自国の判断として,確立された国際的な基準を既存の施設に適用する方向で法整備を行ったのであり,上記原子力規制委員会の考え方は,法律を無視したものというほかない。

そして,新規制基準は,IAEA安全基準の要求事項のうち,例えば,避難計画の実行可能性・実効性を事業者に対する規制としていない。

このように新規制基準は,避難計画の実行可能性・実効性のような人の生命・身体に直結する何よりも重要な点についてすら規定していないのであり,これが法の明文に反することは明らかである。

また,IAEA安全基準「原子力発電所の安全:設計」は,安全上の重要度分類は,必要に応じ確率論的手法で補完されなければならないと定めるところ(5.2.),日本の重要度分類指針においては,確率論的手法が用いられていない[32]

原子力規制委員会の新規制基準検討チームは,確率論的手法を用いた重要度分類指針等の見直しを必要としながら,新規制基準施行後の検討課題として先送りにした[33]

[29] 「IAEA Safety Standards Fundamental Safety Principles Safety Fundamental No.SF-1」(「基本安全原則」)2頁「1.5.」

[30] 「IAEA Safety Standards Fundamental Safety Principles Safety Fundamental No.SF-1」(「基本安全原則」)viii頁

[31] 森川幸一「インセンティブ条約の特質と実効性強化へ向けた動き」29頁

[32] 「IAEA Safety Standards Safety of Nuclear Power Plants: DesignSpecific Safety Requirements No.SSR-2/1 (Rev. 1)」(「原子力発電所の安全:設計」)

[33] 原子力規制委員会発電用軽水型原子炉の新規制基準に関する検討チーム「設置許可基準(SA対策規制に係るものを除く)の検討に係る論点の整理(案)」1頁


 3 安全重要度分類の考え方

「考え方」は,新規制基準が安全重要度分類を採用する理由は,それぞれの機能の重要度に応じて,十分に高い信頼性を確保することにある旨述べる。

しかし,当然のことながら,安全重要度分類の考え方を採用するだけで高い信頼性が確保できるはずもなく,適切な分類がなされてはじめて高い信頼性の確保につながるものである。しかるに「考え方」は,上記のような重要度分類指針における分類の適否,新たな知見と経験による見直しの要否等について検討を行っていない。

すなわち、原子力安全委員会の地震・津波関連指針等検討小委員会は,2012年3月14日,福島第一原発事故の教訓を踏まえ,「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針及び関連の指針類に反映させるべき事項について(とりまとめ)」を作成し,この中で,「今回の事故において,地震動による外部電源喪失が重要な要因となっていることから外部電源受電施設等の耐震安全性に関する抜本的対策が不可欠である」,「耐震設計上の重要度分類指針の見直しの必要がある」,「津波に対する施設・設備の重要度分類を規定することも必要である」として,重要分類度指針等の見直しの必要性を指摘した[34]

国会事故調は,福島第一原発事故では,電源喪失による計装系の機能喪失が大きな問題であったが,仮に電源があっても炉心溶融後は,設計条件をはるかに超えており,計測器そのものがどこまで機能するか,既設原発での計器類の耐性評価を実施し,設備の強化及び増設を含めて検討する必要があると指摘した[35]

しかし,原子力規制委員会の新規制基準検討チームは,上記のような福島第一原発事故の教訓等を踏まえ,重要分類度指針及び耐震重要度分類の見直しを必要としながら,新規制基準施行後の検討課題として先送りにした[36]

[34] 原子力安全委員会地震・津波関連指針等検討小委員会「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針及び関連の指針類に反映させるべき事項について(とりまとめ)」8頁

[35] 「国会事故調報告書」(WEB版)104頁

[36] 原子力規制委員会発電用軽水型原子炉の新規制基準に関する検討チーム「7月以降の検討課題について」

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 4 共通要因故障に起因する設備の故障を防止する考え方の欠如

(1) 「考え方」が述べるとおり新規制基準は,偶発事象による故障及び外務事象による故障のいずれについても,設計基準として,外部電源の喪失を除き,共通要因故障を想定していない。

しかし,福島第一原発事故のような深刻な災害が万が一にも起こらないようにするためには,設計基準においても,共通要因故障による複数同時故障を想定すべきであり,下記の点からすれば,想定していないことは明らかに不合理である。

(2) まず,東京電力は,福島第一原発事故の原因の一つが外的事象を起因とする共通要因故障防止への設計上の配慮が足りなかったことにあることを認めている[37]

また,新潟県の柏崎刈羽原発においても,2007年の中越沖地震によって3000箇所以上の設備の同時損傷が発生していた[38]

[37] 「福島第一原子力発電所の安全性に対する総括」1頁

[38] 「新潟県中越沖地震を受けた柏崎刈羽原発にかかる原子力安全・保安院の対応第3回中間報告」2010.4.8以下の15頁「不適合約3600件」
中間報告第2回14頁
中間報告書9頁

(3) IAEA安全基準「原子力発電所の安全:設計」[39]の「5全般的発電所設計」「要件24共通原因故障」は,「設備の設計は,多様性,多重性,物理的分離及び機能の独立性の概念が,必要とされる信頼性を達成するためにどのように適用されなければならないかを判断するため,安全上重要な機器等の共通原因故障の可能性について十分に考慮しなければならない」と規定している。
設計において共通要因故障を考慮することが,国際的に求められている。

[39] 「IAEA Safety Standards Safety of Nuclear PowerPlants: Design Specific SafetyRequirements No.SSR-2/1 (Rev. 1)」(「原子力発電所の安全:設計」)

(4) 詳細は甲369の79p以下に書かれてとおりだが、原子力規制委員会の発電用軽水型原子炉の新安全基準委関する検討チームも,福島第一原発事故の教訓として,・設計上の想定を超える津波により機器等の共通要因故障が発生・非常用交流電源の冷却方式,水源,格納容器の除熱機能,事故後の最終ヒートシンク,使用済燃料プールの冷却・給水機能の多様性の不足を指摘し,設計基準で検討すべき論点として,現行の「多重性又は多様性」としている要求の「多様性」への変更の要否の検討が掲げられている。同検討チーム第4回会合において配布された資料でも,多重性又は多様性を選択する際に,共通要因による機能喪失が,独立性のみで防止できる場合を除き,その共通要因による機能の喪失モードを特定し,多様性を求めることを明確にすることが求められていた。

(5) 以上のとおり,東京電力は,福島第一原発事故の原因の一つが共通要因故障防止への設計上の配慮が足りなかったことにあると認めている。また,IAEA安全基準においても,福島第一原発事故の教訓を踏まえて新規制基準の検討を行っていた検討チームにおいても,設計基準対象施設について共通要因故障を考慮することを求めている。

しかし,現行の新規制基準は,その規制上の要求が欠けており,福島第一原発事故の教訓が生かされていない。


 5 偶発故障が一度に1つしか起こらないという考え方は非現実的であること

(1) 「考え方」は,偶発故障は1つの原因から1つしか起こらず同時に複数は起こらない(単一故障)と仮定し,想定した1つの故障によって安全機能が失われないかどうかを評価するとする(単一故障の仮定)。

しかし,甲369の83p以下で指摘されているとおり,多数の偶発事故が発生した例は枚挙に暇がなく,偶発故障が一度に1つしか起こらないという想定はあまりにも不合理である。

(2) 国会事故調はもとより,政府事故調など,福島第一原発事故の調査・分析を行った複数の事故調査委員会も,単一故障の仮定による評価の不十分さを指摘している(詳細は甲369の89p以下)。

(3) ボイラー,鉄道,自動車,航空機等の技術の発展の歴史からすれば,一つの産業分野が十分な失敗経験を積むには200年かかる。それらの技術に比べて原発はまだ60年が経過したに過ぎない未熟な技術である。

人類は,ヒューマンエラーによるスリーマイル事故,設計思想の誤りによるチェルノブイリ事故,自然災害による福島第一原発事故を経て失敗経験を積んだが,懸念される事故原因がまだ残っている。テロなどの人間の悪意による事故に加え,「偶然の重なり」を挙げられる[40]。偶然の重なり,すなわち偶発故障の複数同時発生を今こそ想定し,設計基準に反映しなければならない(甲369の91pなど)。

[40] 淵上正朗ら「福島原発で何が起こったか政府事故調技術解説」161頁

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