◆第21回口頭弁論 意見陳述

2018年9月4日

※ この意見陳述はスライドと合わせてお読みください。

口頭弁論要旨

西川政治

(スライド1) 私は、京丹後市網野町にある丹後ふるさと病院、たちばな診療所を運営する特定医療法人三青園の常務理事・事務局長と特養「ふるさと」の経営責任を持つ理事を務めています。

1、病院・特養の沿革と現在の状況

(スライド2) 丹後ふるさと病院は1983年8月に52床で開設され、2003年に160床に規模拡大しました。
急速な高齢化を迎え2012年に60名規模の特養を建設、2016年に同規模を増設しました。

(スライド3) 現在、病院の許可病床160床、特養は120名の収容規模で運営しています。職員は、2018年7月末現在で、正規雇用・非正規雇用含めて318名、常勤職員換算では258.7名になります。7月末現在の病院の入院患者数は158名、特養の入所者数は112名の合計270名になります。

(スライド4) 私たちの病院・特養は京都府の最北端、丹後半島の京丹後市網野町に位置し、2施設の南に国道178号線が通り、京都府で一番大きな湖である離湖、離湖古墳公園があり、裏側にあたる北方面に小高い林があり防風林の役目を果たしています。

病院の標高は5m弱、離湖は3m弱、海水逆流防止の可動式の防潮堤が設置されていますが、北風が吹くと海抜0mになります。離湖から日本海への水路の距離は約500mです。日本海側で地震が発生すれば離湖の水位は、一気に上昇するでしょう。北側も500m前後で日本海の沿岸になります。その間に40m~100mの丘があります。津波が発生すると、この丘以外に避難する場所はありません。病院・施設前の国道178号線は海抜約3~4mであるために自動車は通行不可能になります。これは網野町の50~60%が4~5mの海抜の範囲に入り町全体が機能不全に陥ります。

(スライド5) 我々の病院・特養は、大飯原子力発電所とは直線距離で58.1km、高浜原子力発電所とは46.3kmの位置にあります。京丹後市と高浜原発との最短距離は30.2km、大飯原発とは41.9kmとなっています。

(スライド6) 政府の原子力損害賠償紛争審議会(会長=能美義久学習院大学教授)は、2011年12月5日「東京電力福島第一原発から50km圏にある自治体の住民まで、損害賠償の対象を広げる方針を固めました。また、検討していた自主避難者への補償を加えました。

アメリカ政府は2011年10月8日に「妊婦、子供、高齢者は30km圏内には入らない事、80km圏内に一年以上は住んではいけないと勧告」しています。

福島第一原発事故後、50km圏内を計画的避難区域が設定されましたが、我々の2施設も、上記、原子力損害賠償紛争審議会の補償対象地域、アメリカ政府の勧告から見て、安全が保障されたとは言えません。

今回、私は、事故発生による避難移動の不可能といえる状態について述べたいと考えています。

2、入院患者、特養入所者の施設内外での移動方法

(スライド7) 病院の患者、特養の入所者が、避難する場合には、国道178号線を利用することになります。しかし、地震や津波の影響で、国道178号線が、通行止めとなった場合、避難することは出来ません。入院患者、入所者の移動方法について2018年5月15日(病院入院患者)・16日(特養入所者)に調査したところ、ストレッチャー移動の入院患者・入所者は91名、車椅子移動は155名、自分で歩行不可能な方246名、自分で動ける人が16名の合計262名でした。

仮に、国道178号線が通行できるとして、ストレッチャーを乗せる救急車と、車椅子を乗せる事の出来るリフト車が必要な患者・入所者が246名になります。

現在も病院・特養から建物の外に出る場合は、ストレッチャーの方は救急車、車椅子の方は車椅子ごと乗れるリフト車での移動になっています。

(スライド8) 移動手段である自動車は、ストレッチャー1台乗りの救急車が1台、車椅子2台乗りのリフト車が2台、車椅子1台用のリフト車が2台の計5台、同時に7名の移送が限度です。網野町消防分室が救急車1台、町内にある特養にリフト車はありますが其々が使用します。ストレッチャー移動の方は、病院、特養の施設内はベッドで移動しています。移動にあたっては、ストレッチャー移動の方には職員2名、車椅子は1名が付添う必要があります。

(スライド9) 避難先は、兵庫県北部が考えられます。綾部・福知山が避難先として可能になれば敦賀・舞鶴方面からの避難先になるからです。豊岡病院は大飯原子力発電所から直線距離で76.6km、丹後ふるさと病院から約35km、通常の道路事情で移動に1時間は必要です。事故が発生すれば数時間必要になると想定されますし、そもそも輸送する自動車の調達は不可能です。自動車で避難するとなれば、点滴や排泄等に対応する人員の確保や、装備等の備蓄状況から考えると全く困難です。われわれの所有する車両台数だけでは、1回7名の避難で246名の避難を完了するためには36往復が必要です。大型バス等が確保できたとしても、バスに乗せ換える事も当然不可能です。又自分で歩行可能な方も一人で移動することは困難で、必ず付き添いが必要です。しかし、以下に述べるとおり、原発事故が、起きれば、職員自身も避難せざるを得ず、付添にあたる職員の人数を確保することは、不可能です。

3、職員の避難について

(スライド10) 丹後ふるさと病院、特養「ふるさと」は大飯原発から58.1km、高浜原発から46.3kmの距離にあり、京丹後市は、高浜原発の事故に際しては、京都府の指導はありませんが、独自に避難計画は作成しています。しかし、政府、京都府の予算が付かないために、実施には時間がかかる模様です。我々の施設では、火災時の避難訓練は年2回実施していますが、原発事故に対する対策は立ててません。

(スライド11) 職員は、2018年7月末日時点で、実数で病院227名、特養91名、合計318名、常勤職員換算で病院173.8名、特養84.9名、計258.7名、週日の日勤は、病院113名、特養52名、土曜日の午後と日曜日の日勤は病院46名、特養38名、夜勤は病院17名、特養7名になります。原発事故が起きた場合、その勤務状態での対応になりますが、とても人員は足りません。そもそも、事故が起きれば、職員自身も業務を行えるとは限りません。

(スライド12) たとえば、2011年の福島原発事故において、高野病院では、看護職員33名の内、職員自身が避難したりするなど様々な事情のため、半数以下しか、勤務を継続できませんでした。福島県の高野病院は、福島第一原発から22kmに位置し、原発のある双葉郡内で唯一、入院できる病院として被災地唯一の医療を担っていました。当時、高野病院には70代~100歳の寝たきりの患者が37名いました。院長の「私が残るから皆は逃げなさい」との言に、看護師が怒って「院長一人残していけるわけがないでしょう。点滴やオムツ交換はどうするのですか」と言って、何人かのスタッフが残っていったと現理事長である娘さんが述べています。

職員の家族構成、勤務時間制限、病院、特養の事故に対する認識等により、原発事故が起きた場合、職員が、業務を継続できるとは限りません。また、病院としては、決して強制することはできません。我々は、どんな事があっても、どんな方法であっても、患者を守り抜く決意を持っていますが、福島原発事故では、移送を選択した病院・施設は、移送中や到着後に、大量の死亡者を出した事例が生まれています。我々の選択肢は出るも地獄、残るも地獄だと考えています。

先にも述べたように、我々は、火災時に建物外への搬送訓練は行っていますがそれ以外は実施していません。政府、京都府、京丹後市の責任ある対応に沿いながら検討します。

4、入院患者・入所者の高齢化の状況

(スライド13) 入院患者・入所者は高齢者がほとんどです。2018年5月15日(病院入院患者)・16日(特養入所者)に調査したところ、100歳以上が12名、80歳以上では221名、70歳以上で見れば262名中248名にもなります。この年齢構成での避難行動は、施設内行動さえも介助が必要であり、施設外への避難行動は全く不可能です。

(スライド14) 京丹後市の高齢化率は1980年14.5%、2000年30.9%、2015年35.0%、2018年4月1日の住民基本台帳では、人口55,426名、高齢者19,566名、35.3%になっています。人口は1950年の83,001名から急速に進む人口減少と高齢化は、我々の病院・特養と同じ状況であり、お互いに助け合いながら避難する事など到底考えられません。

5、入院患者、施設入所者の家族構成

(スライド15) 病院2017年10月15日と特養2018年5月23日に調査したところ、入院患者・入所者の家族構成は、高齢者独居世帯が87名で33.5%、高齢者夫婦世帯が51名で19.6%、2~3世代世帯が121名の46.5%となっています。高齢者独居世帯・高齢者夫婦世帯を合わせれば138名、53.1%に達します。この様な状況では家族による避難の援助も不可能です。

京丹後市で見ると(2015/4/1国勢調査)20,469世帯の内・高齢者独居世帯2,795世帯13.6%、高齢者夫婦帯2,825世帯13.8%の計5.620世帯27.4%になります。65歳以上のいる世帯は12,377世帯60.5%となっており、病院・特養の避難時に家族の援助を望むべくもありません。

6、終わりに

(スライド16) 『福島』に続いた日本で二番目の原発事故が発生すれば、私たちの病院・特養の患者・入所者は、当然避難できません。建物は、放射線に対して、防護機能はありません。建物の中に残ることは非常に危険です。しかし私たちは、『福島』の高野病院が選択した、「患者・入所者を見捨てないで残る道」しかないと考えています。私たちは、避難しても残っても多数の死者を出すでしょう。
そこで犠牲になる人たちは、事故がなければ安らかな終焉を迎える事が出来たはずですが、それをも奪われて行くことになります。

[1] 我々大人が解決すべきツケを、全部次世代に残していく事で若者たちは、将来に希望が持てるのでしょうか。
[2] 科学が今日の経済成長戦略に屈するのか、社会や科学に対する不信感は大きくなるばかりです。
[3] 人間が社会や自然を変革していく歴史的経過の中で現実に自然破壊が進行し、それをこれまでの様に「想定外」で済ませてよいのでしょうか。

我々はこの様な事態にならない世の中を作る努力が必要と考えています。

以上