◆ 第23回口頭弁論 意見陳述

口頭弁論要旨

石井 琢悟

私は、大飯原発から52.5km南に位置する、京都府南丹市園部町に住んでいる、石井琢悟と申します。町の中心部から数キロ、園部川沿いの里山に自宅があります。週の何日かは電車を使って京都市方面へ行きますが、多くの日は自宅を仕事場にしており、仕事でも生活でも、自宅が過ごす時間の大部分を占めています。

 (1) 作物作りを続けたい

まず、私が住んでいるところで大事にしていることを壊されたくないという強い思いからお話しします。

住んでいる地域には農業に従事する人が多く、専業で野菜を京都市や直売所で販売している農家が複数おられます。朝霧に包まれることの多い園部川沿いの自然環境で採れるお米はおいしく、都会の子供たちが米作り体験を通じて自然環境を学習する場である、宝酒造株式会社が主催する『田んぼの学校』の開催地にも選ばれ、数年以上、多くの子供たちを迎え入れてきています。近年は、農業をするために移住してきて子どもを育てる若い家族が見られる地域でもあります。

私も、10年前にここへ移り住んだ当初から、近くの畑をお借りし、作物作りを続けています。春から秋にかけては大豆や小豆といった豆類、冬の間はにんにくを中心として、採れた種の一部を次の世代のために回す自家採種をしながら、育てた作物について自給自足しています。できるだけ自然に任せる形でのこの作物作りが、週末、妻と共有する大事な時間になっています。

大飯原発から自宅までの直線距離は、福島第一原発から飯舘村と福島市の中間点までの距離程度です。福島第一原発事故のときには、飯舘村方向に放射性プルームが流れました。2年前に私が飯舘村を訪れたときに確認したモニタリングポストの空間線量では 1μS/hを大きく超える箇所がすぐに見つかりました。農地など至る所が事実上、除染土置き場になっています。環境省が公表している風向きデータによると、大飯原発から南に位置する私の地域で最も頻度の高い風は、北風です。この事実に基づくと、もしも大飯原発が福島第一原発と同程度の事故を起こした場合、私が住んでいる地域は、飯舘村と同程度の深刻な放射能汚染を受ける可能性が確率的に最も高いと想定されます。

何十キロも離れた地域の生活を壊すほどの事故を起こす可能性がないような工業施設であれば、自分が住んでいる地域のこととして考えを巡らさなかったかもしれません。しかし、原発はそのような施設ではないということを、もう事実として知っています。私は、住んでいる地域に訪れている子供たちが大人になって作物作りを始めたりこの地域に移り住んだりする将来を思い描いています。かけがえのない自然環境の中で将来も生活し続けられるようにするのは、私の世代の責務です。持続的な生活が不可能になる規模の損害を被るリスクを持っている大飯原発の稼働は、将来世代が安心して生活する権利の侵害です。

 (2) 避難の困難さ

次に、原発事故が起きて避難しなければならないときの私の困難な状況をお話しします。

原発事故が起きて電気が止まった場合、電車は使えません。車だけが遠くに逃げる手段となります。

私が住んでいる園部町は、北は原発方向、真東は山で逃げられないので、逃げる方向は、西か南に限られます。日常生活において、わざわざ西の兵庫県丹波篠山市方面へ行くことはめったにないので、特定の行き先のイメージもない西へ避難するという発想は持ちにくく、日常的に使い慣れていて、京都市など行き先がイメージできる、国道9号線を南方へ逃げることが頭に浮かぶと思います。私の母は、一人で住んでおり、実家は京都市を挟んだ滋賀県大津市にあります。そこは、山の中で交通の便があまりよくなく、なにより母は車を運転できないので、私は、いったん母の元を訪れ、連れて避難することを考えるだろうと思います。それが自然な心の動きです。ですから、実際、まずはそこへの経路である京都市へ抜ける、国道9号線を走ることになる可能性が高いです。並行する京都縦貫自動車道は、多くのトンネルと高架を抜ける高速道路です。災害時には閉鎖されると想定されるため、国道9号線が事実上唯一の京都市方面への幹線道路です。

私だけでなく、この地域の住民も、この幹線道路を京都方面へ逃げる可能性が高いと思います。しかし、国道9号線は、園部町の少し先、亀岡市に入ると日常的に渋滞しています。常時渋滞傾向にあるこの道が大規模災害時に動けなくなるだろうということは、この地域に住む人なら簡単に想像できます。実際、平時の現在でさえ、私が自宅から亀岡市中心部を抜けるまでに小一時間かかったりします。環境省が公表している風速データを基にすると、大飯原発で放射性物質が放出されるような事故が起きた場合、平均2.5時間のうちに渋滞の列は放射性プルームに覆われると概算できます。災害情報を確認するなどしてから避難行動を起こすと、ちょうど重なるタイミングです。この状況は、福島第一原発事故の時に飯舘村方面へ逃げた車の列を放射性プルームが襲い、多くの人が被曝したときの状況と類似しています。既に事実として知られているこれと同じことが私の身、この地域の住民の身に起きる可能性が、事実に基づくと、確率的に高いのです。

そのように被曝する可能性が高いことを考えると、車で避難するのは危ない方法だということになります。ですから、自宅以外への避難は手遅れだと想定しておかなければなりません。そうすると、自宅で動かずに安定ヨウ素剤を飲むのが放射性物質の飛散から一時的に身を守る唯一の方法となります。しかし、住んでいる地域の南丹市から安定ヨウ素剤の事前配布を話題にされたことはありません。原発から半径32.5km圏内に位置する美山町では安定ヨウ素剤の備蓄がなされていますが、その圏外となる私の住んでいる地域では、それすらありません。事故が起きてからの持ち時間が2.5時間で、避難も防護もできません。

原発の本質の一つは、事故を起こしたときに、その被害が何十kmもの広範囲にわたる点にあります。原発施設という狭い区域内の技術的安全性を考慮するだけでは、原発は、今でも生活や人生を破壊しうる技術のままです。私が住む地域で、事故が起きたときの避難・防護の方法が用意されていないのが現実です。これは、将来にもわたって健康に生き続ける権利の侵害です。