◆ 原告第9準備書面
2 水素爆発防止に関する規定

原告第9準備書面
-水素爆発対策の不備について- 目次

2 水素爆発防止に関する規定

 (1) 規制の概要

  ア 実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則

実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則は、第37条[1]において「重大事故等の拡大防止等」すなわちシビアクシデント対策を以下の通り定める。

第三十七条 発電用原子炉施設は、重大事故に至るおそれがある事故が発生した場合において、炉心の著しい損傷を防止するために必要な措置を講じたものでなければならない。
2 発電用原子炉施設は、重大事故が発生した場合において、原子炉格納容器の破損及び工場等外への放射性物質の異常な水準の放出を防止するために必要な措置を講じたものでなければならない。

[1] 別紙1参照

  イ 規則の解釈(別紙1参照)

上記規則には「解釈[2]」が付されており、規則第37条第2項の原子炉格納容器の破損の防止のために、複数の格納容器破損モードを想定し防止対策の有効性を確認するものとされている(解釈2-1(a))。
ここで、本書面で問題とする格納容器破損モードは、「水素燃焼」と「溶融炉心・コンクリート相互作用(「MCCI」と略される。)」である。
また、「解釈」において有効性を確認する対象として複数の評価項目が挙がっているが、本書面で問題とする評価項目は、「原子炉格納容器が破損する可能性のある水素の爆轟[3]を防止すること。」(解釈2-3(f))であり、具体的な要件は「原子炉格納容器内の水素濃度がドライ条件[4]に換算して13vol%以下又は酸素濃度が5vol%以下であること」(解釈2-4)である。
すなわち、「水素燃焼」の評価において水素爆轟を防止するため、「溶融炉心・コンクリート相互作用(MCCI)」の状況下にあっても、「原子炉格納容器内の水素濃度が13vol%以下」であることが求められている。

[2] 別紙1参照「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則の解釈」(原規技発第1306193号(平成25年6月19日原子力規制委員会決定))。
[3] 水素爆発を生じる反応形態のうち、衝撃圧を生じる最も厳しい現象をさす
[4] 水蒸気の存在を除外することを指す

  ウ 有効性評価に関する審査ガイド

平成25年6月、原子力規制委員会は、「実用発電用原子炉に係る炉心損傷防止対策及び格納容器破損防止対策の有効性評価に関する審査ガイド」(以下「審査ガイド」という。甲108)を制定した。審査ガイドは、「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則の解釈(原規技発第1306193号(平成25年6月19日原子力規制委員会決定)。以下「解釈」という。)第37条の規定のうち、評価項目を満足することを確認するための手法の妥当性を審査官が判断する際に、参考とするものである。」、「申請者の用いた手法が、本審査ガイドに沿った手法であれば、概ね妥当なものと判断される。」とされる。ここで、審査ガイドにおける「水素爆轟」防止対策として以下の記載がなされている。【省略】

  エ 審査ガイドの趣旨

審査ガイドはジルコニウムと水の反応による水素発生量の解析条件として、次の①と②の両方を考慮することを定めている。

  1.  重大事故時に、核燃料が高温化し、燃料被覆管の材料成分であるジルコニウムが水と化学反応をおこすと原子炉圧力容器内に水素が発生する。審査ガイドにおいては、原子炉圧力容器の下部が破損するまでに、全炉心内のジルコニウム量の75%が水と反応を起こすものとする((4)b(a))。
  2.  高温化した炉心が溶融し(メルトダウン)、原子炉圧力容器の下部が破損した後、溶融炉心が流出し(メルトスルー)、その下部にある原子炉格納容器床のコンクリートに達した場合、溶融炉心はコンクリートを侵食する(溶融炉心・コンクリート相互作用)。この時、コンクリートからでてくる水分乃至溶融炉心を冷却するために格納容器内にスプレイされた冷却水と溶融炉心に含まれるジルコニウムが反応し、水素が発生する((4)b(b))。

以上より、重大事故時に格納容器内の水素濃度が高まり水素爆発を起こす危険があるため、新規制基準は、i. 及び ii.、そして水の放射線分解により発生する水素の水素濃度を13%以下に維持することを重大事故対策の有効性評価の対象とした。
したがって、事故時の水素濃度が判断基準値13%を超えるのであれば、有効性評価の審査を合格しないものとして規則第37条に違反する。

 (2) 大飯原発3、4号機は審査ガイドの条件を充たさない

  ア 大飯原発の設置変更許可申請

被告関西電力提出の大飯原発第3、4号機の設置変更許可申請書(以下「申請書」という。)は、事故時の水素濃度が最大約12.8%であるとする。しかし、被告関西電力は、先述の溶融炉心・コンクリート相互作用(MCCI)を原因とする水素の発生を考慮していない[5]。既に大飯原発「申請書」では水素濃度の裕度がないため、溶融炉心・コンクリート相互作用に伴う水素の発生を考慮に入れれば、水素濃度は判断基準値13%を優に超えるものであり、新規制基準を充たさないものとなる。
以下、九州電力川内原発の審査書、関西電力高浜原発の審査書と比較しながら論じる。

[5] 別紙2 甲109:発電用原子炉設置変更許可申請書80頁参照。

  イ 川内1、2号機、高浜3、4号機、大飯3、4号機の設置変更許可申請

川内1、2号機、高浜3、4号機、大飯3、4号機の申請書によれば、各プラントにおける、水素濃度(ドライ換算)最大値と時間的変化は以下のとおりであり、いずれも判断基準値13%を下回るとする。

  1. 川内1、2号機 約9・7%
  2. 高浜3、4号機 約11.5%
  3. 大飯3、4号機 約12.8%

「甲110:滝谷紘一「加圧水型原発の溶融炉心・コンクリート相互作用と水素爆発に対する対策は新規制基準に適合していない」科学2015年1月号」【図省略】

しかしながら、上記の各解析は、(1)エ ii. で述べたMCCIによる水素発生を考慮していない。MCCIによる水素発生を考慮して評価した結果は審査の過程ではじめて提出され、川内と高浜の審査書によれば、川内原発の水素濃度最大値は約12.6%、高浜原発は約12.3%である。(九州電力と関西電力はこれらの値を最終的に申請書の一部補正の中に記載した。大飯原発では、平成27年3月時点で審査書と申請書の補正が出されていないので、MCCIによる水素発生を考慮した値は不明である。)
以下、MCCIによる水素発生量の考慮の仕方についての問題点を述べる。

  ウ 大飯原発許可申請の解析の問題点[6]

まず、各プラントとも、原子炉圧力容器の下部が破損するまでに炉心溶融時に全ジルコニウム量の75%が水-ジルコニウム反応により水素を発生させるという前述(1)エ 1. の解析条件を用いていること自体に異なる点はない。しかし、原子炉圧力容器の下部が破損した後の「溶融炉心・コンクリート相互作用(MCCI)」による水素発生量の考慮の仕方が川内原発と高浜原発で大きく異なる。端的に述べれば川内原発の審査書が最も厳しい(安全を重視)評価であり、高浜原発の審査書は緩い(安全を軽視)評価である。大飯原発は現時点まだ審査書が出ていないため取り扱いが不明である(申請書はMCCIによる水素発生量を考慮していない)。
川内原発の審査書[7]によれば、川内原発はMCCIによる水素発生量を解析コードに依拠せずジルコニウムの最大反応量で評価する。これは、残り25%のジルコニウムが全て水-ジルコニウム反応を起こしたと仮定して評価したということである。他方、高浜原発の審査書によれば、解析コードMAAP[8]を使用してMCCIに伴う水素の発生量を全ジルコニウム量の6%で評価した。ここで解析コードMAAPは、次項エで詳述するように、MCCIに関しては「始まったら全部止まる」という早期終結モデルであることに留意する必要がある(従って水素発生量は小さい)。つまりMCCIに関しMAAPは保守的ではない特性がある。
したがって、解析コードに依拠しない川内原発の評価の仕方の方が保守的であり、安全審査として適切である。

さらに、大飯原発申請書は、MCCIによる水素発生について何らの記載がない。この点、被告関西電力は「原子炉下部キャビティに十分な水量が確保されていれば、床コンクリートには有意な侵食は発生しないため、それに伴う有意な水素発生はない」と主張することが考えられる。しかし、これはMAAPによる解析に依拠するものであり、MAAPの非保守的特性と解析条件に伴う不確かさを考慮すると科学的根拠に乏しい主張である。

よって、MCCIによる水素発生を考慮しない被告関西電力の申請内容は、「主要解析条件」として「原子炉圧力容器の下部の破損後は、溶融炉心・コンクリート相互作用による可燃性ガス及びその他の非凝縮性ガス等の発生を考慮する。」と定める審査ガイド(4)b(b)に反する[9]。
元原子力安全委員会事務局技術参与滝谷紘一氏の試算によれば、MCCIによる水素発生について、MCCIにより全てのジルコニウムが反応を起こす場合(ケース3、川内原発審査書)、MAAP解析にもとづき6%のジルコニウムが反応を起こす場合(ケース2、高浜原発審査書)、0%の場合(ケース1、大飯原発申請書)の水素濃度最大値の一覧表は以下のとおりである。
ここで、注視すべきは大飯原発において、MCCIにより全てのジルコニウムが反応を起こす場合(ケース3)はもとより、6%のジルコニウムが反応を起こす場合(ケース2)においても水素発生量は13%基準を超過することである。

[甲111:滝谷紘一「検証・高浜審査書(案):水素発生量の評価を川内審査より緩めて爆発防止基準に適合とする判断は認められない」科学2015年3月号]【表省略】

[6] 甲110:滝谷紘一、「検証・高浜審査書(案):水素発生量の評価を川内審査より緩めて爆発防止基準に適合とする判断は認められない」科学2015年3月号
[7] 別紙3:甲112-197,198:「九州電力株式会社川内原子力発電所の発電用原子炉設置変更許可申請書(1号及び2号発電用原子炉施設の変更)に関する審査書」
[8] PWR各社が使用している過酷事故解析コードの名称。MAAPコードは、米国電力研究所(EPRI)が所有するシビアアクシデント解析コードであり、軽水炉の炉心損傷、原子炉圧力容器(RPV)破損、原子炉格納容器(PCV)破損からコア・コンクリート反応、放射性物質の発生・移行・放出に至る事故シーケンス全般の現象解析に用いることができる。コードシステムとしては、各事故過程のプロセスを個別に評価するモジュールを統合することで、一連の事故シーケンスを評価する構成となっている。
[9] 同じ内容の申請を行った九州電力川内原発及び関西電力高浜原発においては、MCCI時の水素発生を勘案したうえで審査がなされた(別紙3、別紙4(甲113)参照)

  エ 更田豊志規制委員長代理のMCCI解析に対する見解

解析コードMAAPによるMCCI 解析について、更田豊志規制委員長代理は「MAAPという解析コードの中では、デコンプというモジュールが使われていますけれども、デコンプでは、MCCIというのは、ごくざっくり言うと、始まったら全部止まるというような解析結果を与えます。これはシビアアクシデントの解析を行っている技術者、研究者の間では定説ではありますけれども、どちらも(MAAP用のデコンプとMELCOR用のコルコンの両モジュールのこと)両極端の結果を与えるので、実際問題としては、MCCIについては工学的判断に基づいて判断を下すのが状況であって、解析コードの成熟度がMCCIを取り扱うようなレベルに達しているという判断にはありません」と述べた(甲114:平成26年9月24日原子力規制委員会記者会見録)。この更田見解は、IAEA(国際原子力機関)の過酷事故解析手法に関する報告書の中にあるMCCIを扱う解析コードについての「水中での予測には解析コード間で驚くほどの違いがある。デコンプのモデルは一極端にあり、溶融物から一定の熱流束で除熱されると仮定している」との記述と一致する。すなわちMAAPは溶融炉心が水中では極端に早く冷却されるモデルでありMCCIを過小評価する解析コードあることを示唆している。このような極端な特性のある解析コードで得られる解析結果に MCC により反応するジルコニウム量を過小評価している可能性があり、解析結果が「保守的である」保証はまったくない。
したがって、安全性を厳正に審査する上で、MCCIについて解析精度に問題のあるMAAP解析に依拠せずに、原子炉圧力容器から流出する溶融炉心に含まれるジルコニウム全量(25%)が反応するとした川内審査書での取り扱いは妥当であり、大飯原発でもこれを踏襲すべきである。

 (3) 小括

川内1、2号機と大飯3、4号機の間でMCCIによる水素発生量の取り扱い方を変更する科学的根拠はなく、大飯原発においても先行の川内審査と同じ取り扱いをして安全性を厳しく評価すべきである。そうした場合には大飯3、4号機での水素濃度最大値は約16.4%であり, 判断基準の13%以下を満足できず、新規制基準に適合しない。また、仮にMAAP解析コードによる水素発生量を前提としても判断基準13%の要件を充たさない。このことより大飯第3、第4号機の格納容器破損防止対策は新規制基準に適合しないことが明らかである。