◆ 原告第11準備書面
第4 被告国の違法性

原告第11準備書面
-違法性論- 目次

第4 被告国の違法性

 1 4号機停止まで(平成23年3月11日乃至平成23年7月21日)

上述のとおり、2011(平成23)年3月11日、東日本大震災が発生し、福島第一原子力発電所の爆発事故が発生したにもかかわらず、大飯発電所はその後も稼働を続け、3号機は同年3月17日まで、4号機は同年7月21日まで、その運転を停止しなかった。
ここで、福島第一原発事故発生により、事業用電気工作物である大飯発電所を含む全ての原子力発電所に要求される、「人体に危害を及ぼし、又は物件に損傷を与えないようにする」技術基準そのものに疑いが生じたものと言わざるを得ない。このことは、福島第一原発事故後、新規制基準の策定作業が行われたことからも明らかである。
この点について、国(内閣総理大臣)は、同年5月6日、中部電力株式会社に対して、浜岡原子力発電所のすべての原子炉の停止を要請している。このときの記者会見において、内閣総理大臣は、停止要請の理由について「何といっても、国民の皆様の安全と安心を考えてのことであります。」「国民の安全と安心を守るためには、こうした中長期対策が完成するまでの間、現在定期検査中で停止中の3号機のみならず、運転中のものも含めて、すべての原子炉の運転を停止すべきと私は判断を致しました。」と述べている(甲151)。そして、国からの停止要請を受けた中部電力もまた、「原子力は、安全の確保を最優先に、立地地域の皆さまをはじめ広く社会の皆さまの信頼を得て成り立つものであります。当社は、内閣総理大臣からの要請を重く受け止めております。今回の要請は社会の原子力発電に対する不安の高まりを踏まえたものと捉えており、原子力発電所を保有する事業者として、皆さまの不安に対し真摯に対応し、より信頼を得ていくことが最優先であると考えております。当社は、要請への対応について検討を重ねてまいりましたが、こうした基本的な考え方に基づき、非常に厳しい状況ではありますが、現在運転中の浜岡原子力発電所4、5号機(4号機:沸騰水型、定格電気出力113.7万キロワット、5号機:改良型沸騰水型、定格電気出力138万キロワット)を停止することを本日、決定いたしました。」と発表している(甲152)。
したがって、国は、福島第一原子力発電所の爆発事故の発生により、電気事業法39条1項に定める事業用電気工作物に関する技術基準(発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令(昭和40年6月15日通商産業省令第62号))そのものに疑いが生じるとともに、大飯発電所を含むすべての原子力発電所について、その適合性についても疑いが生じることとなったのであるから、かかる時点において、関西電力を含む、稼働中の原子力発電所を設置する全ての電気事業者に対して、速やかに原子力発電所の運転停止を命じなければならなかった。しかるに、国はかかる規制権限を行使せず、漫然と大飯発電所を含む原子力発電所の運転を継続させたものであって、国家賠償法上違法である。

 2 平成24年7月の再稼働について

  (1) ストレステストの問題点

上述のとおり、大飯発電所3号機及び4号機の再稼働にあたっては、内閣総理大臣自ら、再稼働に向けた新たなルール作りを指示し、関係3閣僚において、ストレステストの実施により再稼働を判断する方針を立案した。さらに、内閣総理大臣は、関係3閣僚とともに原子力発電所再稼働に関する安全性の判断基準を決定し、「原子力発電所の再起動にあたっての安全性判断に関する判断基準」(暫定基準、甲145)を発表し、これに基づいて大飯発電所3号機及び4号機の再稼働を決定した。
しかしながら、ストレステスト及び暫定基準には以下に述べるような問題点があり、大飯発電所3号機及び4号機の再稼働は認められるべきではなかった。
ストレステストは、対象物に対して、耐性限界以上に地震動などの力を加えて、その影響を見る耐性試験であるが、本来、一次評価と二次評価に分けて実施されることとされていた。一次評価では、従来の安全審査に較べて(設計上の想定を超えて)より大きな地震動などのストレスをかけてどの程度の安全(余)裕度があるかを調べるものであり、二次評価では、さらに設計基準上の許容値以上のストレスを掛けて破壊が生じた場合(つまりシビアアクシデント領域)の事故シナリオを調べるなどを目的とするものと考えられていた。したがって、二次評価を行って初めて、本来の「限界を超えて」ストレスを掛けるというテストを実施したことになる。ストレステストの一次評価は、津波の高さや地震動の大きさを従来よりもやや高く設定して、東日本大震災と同程度の地震・津波が来ても大丈夫であると言うアリバイ作り、机上の防災訓練となってしまった。
すなわち、そもそもストレステスト自体、コンピューター計算による机上の防災訓練であり、また一次評価では安全限界(クリフエッジ)を超えた事故シナリオの追求も行われておらず、本当の意味で耐性限界を超えたテストとはいえないのである。
上述のとおり、関西電力より提出された大飯発電所3号機及び4号機のストレステスト(耐性試験)一次評価については、2012(平成24)年2月13日、原子力安全・保安院がその妥当性を確認し、その後原子力安全委員会がこれを追認した。
しかしながら、その際、班目春樹同委員長は「一次評価だけでは不十分であり、二次評価の提出が必要」と発言したが、大飯原発3号機及び4号機は、ストレステスト二次評価が提出されないまま再稼働へと踏み切られたのである。

  (2) 「原子力発電所の再起動にあたっての安全性判断に関する判断基準」(暫定基準)の問題点

暫定基準は、その骨子が示されてわずか2日間で作成されたもので、まさに大飯発電所の再稼動を目的として、専門家の検討も経ないままに政治家が決定した、きわめて政治的な判断基準にすぎない。このことは、暫定基準が決定された当日に、経済産業大臣から関西電力に対して実施計画の作成が指示され、さらにその3日後には、関西電力から実施計画が提出され、実施計画が提出された4日後には再稼働を決定する政治判断がなされたことからも明らかである。
また、暫定基準の内容を見ても、電力各社が自主的に行った電源車配備などの既設の対策を、基準(1)として、いかにも基準をクリアしているかのように述べ、また、今回の事故で重要性が改めて問題となった「防潮堤かさ上げ、フィルターベント、水素除去、免震重要棟」等については全て基準(3)として先送りしている。
そして、そもそもこれらの基準作成に当たって基本文書とされたものの一つは、原子力安全・保安院が東京電力福島第一原子力発電所事故の技術的知見としてとりまとめた、いわゆる30項目であるが、そもそも原発政策を推進してきた原子力安全・保安院が策定したものであるという問題があることに加え、各種事故調査委員会の結果も反映されないものであった。そして、基準作成に当たってのもう一つの基本文書は、電力各社が行うストレステスト一次評価であり、上述のとおり、一次評価におけるストレスは設計基準上の許容値を超えるものではなく、シビアアクシデント領域での事故シナリオには触れられていないなどの問題がある。
したがって、このような不十分であり、かつ、あくまで大飯原発の再稼働を目的として政治的に定められた暫定基準での再稼働は認められるべきものではなかった。

  (3) 国家賠償法上の違法性

しかしながら、国は、上述のとおり、ストレステストの実施により再稼働を判断する方針を示した上で、関西電力に対してストレステストの実施を指示し、さらに、暫定基準に基づいて再稼働に関する安全性判断を行うことを発表した上で、関西電力に対して実施計画の作成を指示するなど、大飯発電所3号機及び4号機の再稼働を自ら推し進め、関西電力に対して再稼働を認めたものである。
しかしながら、上記1で述べたとおり、福島第一原子力発電所の爆発事故の発生により、電気事業法39条1項に定める事業用電気工作物に関する技術基準(発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令(昭和40年6月15日通商産業省令第62号))そのものに疑いが生じるとともに、大飯発電所を含むすべての原子力発電所について、その適合性についても疑いが生じることとなったのであるから、改めて技術基準を見直し、また、見直された技術基準に基づく適合性審査をしなければならなかった。しかしながら、国はこれを怠り、ストレステスト一次評価及び暫定基準により、大飯発電所3号機及び4号機の再稼働を認めたものであって、電気事業法39条、40条に反する違法があり、国家賠償法1条1項に基づく賠償義務を負う。

 3 原子力規制委員会発足時点の規制権限不行使(H25.7.3現状評価前)

第2の3及び第2で指摘したとおり、原子力規制委員会は、一連の法改正によって原子力の安全に対する独占的かつ強力な規制権限を与えられて発足した。そして、発足直後の段階から、原子力規制委員会は、暫定基準の不備を認め、かつ新たな規制基準を策定するまでは再稼働を容認すべきではなく、政治的な例外を認めれば原子力規制委員会の存在意義に関わることを明確に認識していた。
すなわち、同会議終了後に行われた記者会見において、田中委員長は、「暫定基準については、もう一回見直しますということは、国会でも申し上げています。暫定基準が十分かどうかということについては、幾つかまだ抜けがあるというふうに私自身は思っていますけれども、(中略)、例えば、防災の対応がまだできていないとか、そういうことがあります。」(甲153・4頁)と述べた。そして、記者からの「暫定基準の見直しが済むまでは、(中略)政府から安全確認を求められてもお墨付きを与えないということの理解でいいのかどうか、その確認だけお願いします。」という質問に対し、「暫定基準の見直しが済むまでにゴーサインを出すかということですが、多分、それは無理だと思います。」(甲153・24頁)と明確に回答した。
また、2012(平成24)年9月26日に行われた原子力規制委員会第2回会議後の記者会見において、日本経済新聞社の記者が、「新しい安全基準の骨格を年度末までにつくりたいということをおっしゃっておられましたけれども、それが再稼働の前提条件になってくるということなのですが、一方で、冬の電力需要に向けて、北海道なんかでは電力不足の懸念が出ているのですが、こういったところも例外にせず、新しい安全基準ができるまでは再稼働の判断というのはやっぱり難しいというお考えなのでしょうか。そこら辺を教えてください。」と質問したのに対し、田中委員長は、「結論から言うと、判断基準がないままに再稼働させるということは規制委員会としてはできないと思っています。だから、できるだけ早く安全の判断ができるような基準の策定を急ぎたいということ、今はそんな考えですね。電力事情が足りないとか、いろいろなことまで入れますと、規制委員会として何をやっているのだかわからなくなってしまいますので、皆さんが期待しているような規制委員会でなくなってしまう可能性がありますから、それだけはちょっと御勘弁願いたいと。」と回答し、政治判断によって再稼働を行うことは原子力委員会設置の趣旨に反するとした(甲154・3~4頁)。
そして、田中委員長は、第1回原子力規制委員会後の記者会見において、「大飯3、4号機のことについては、政治的な判断があったと思います。夏の電力供給を考えて、そういう判断をされたと思っています。」(甲153・16頁)と回答し、大飯発電所3号機・4号機が、原子力規制委員会の発足前に、政治的な例外として稼働していたことも認めた。
しかるに、田中委員長は、第2回原子力規制委員会会議後の記者会見において、これから策定する新しい基準と大飯原発第3号機及び4号機の関連について問われたのに対し、「なかなか難しい判断ですけれども、一応政治的にいろいろな社会的条件とかを判断して、稼働しているものを、今、何の根拠もなくとめなさいというのは、なかなか難しいところがあります。」(甲154・10頁)と回答し、停止を求めない意向を示した。
以上のとおり、原子力規制委員会の発足により、電気事業法39条1項に定める事業用電気工作物に関する技術基準の不備が明確に確認され、かつ田中委員長は、新しい規制基準の策定前に、電力不足などを理由に政治判断で再稼働を行うことは原子力規制委員会の任務に反すると明確に発言しながら、大飯発電所3号機及び4号機については、その任務に背いて政治的な例外であることを容認し、停止を求めなかったのである。かかる国の規制権限不行使は、電気事業法39条、40条に違反する違法、ないしは改正後の新炉規法第43条3の23に違反する違法があり、国家賠償法1条1項に基づく賠償義務を負う。

 4 現状評価を行ったにもかかわらず停止を行わない違法性(現状評価後の違法)

上記第2の4で述べたとおり、原子力規制委員会は、新たな規制基準の骨子を策定した後、暫定基準によって稼働している大飯発電所3号機及び4号機につき現状評価を行った。この点、田中委員長は、現状評価を必要とする趣旨につき、「具体的に言うと、今、動いているのは、大飯の3、4号機ですけれども、これについても、基本的には大飯が例外的なものであるとはすべきではないと私自身は思っています。運用面の例外を出さないようにするということ、つまりバックフィット制度の大原則を大飯にも適用するということであります。」と説明していた(甲146・34頁)。
このように、原子力規制委員会は、バックフィットの例外を許さないために大飯発電所3号機及び4号機の現状評価を行い、その結果、第2の4(4)で述べたとおり、新規制基準を満たしていない点があることを確認した。しかるに、原子力規制委員会は、「直ちに安全上重大な問題が生じるものではない。」として、稼働を容認したのである。
しかしながら、既に安全上重大な問題が生じていれば、稼働が不可能であるのは当然である。新規制基準への不適合性を確認しながら、直ちに問題が生じるか否かという別の判断基準を持ち出し、稼働を容認するなどというのは、原子力安全に対する独占的な権限を有する機関にあるまじき行為というべきである。
この点、同日の会議後に行われた記者会見において、記者からも、「今とまっている原発が100を満たさなかったら再稼働ができないのに対し、大飯は80とか90の段階で運転を続けているという、ここに一番国民が理解できない点があると思うのですが、この点はどうお考えでしょうか」と疑問が出された。これに対し、田中委員長は、「将来、何十機か動いた時に、新しい基準ができたといったら、全部一遍にとめなさいということをやるわけにはいかないでしょうと。いろいろなことを考えなければ。」と、開き直りともいえる回答を行った(甲155・6~7頁)。
以上のとおり、国は、大飯発電所3号機及び4号機への事前審査により、新規制基準への不適合性を明確に確認しながら、稼働を容認し、停止を求めなかったものであって、電気事業法39条、40条に違反する違法、ないしは改正後の新炉規法第43条3の23に違反する違法があり、国家賠償法1条1項に基づく賠償義務を負う。

 5 新規制基準施行(平成25年7月8日)後の違法性

  (1) 原子力規制委員会規則制定権限不行使の違法

   ア 立地審査指針について

原告ら第7準備書面で述べたとおり、被告国は「立地審査」を原子力規制委員会規則に取り入れなかった。しかし、立地審査指針は昭和39年以降施行されており、国際的に採用されている基準でもある。また、福島第一原発事故後は、旧来の立地審査指針が住民の生命、健康に対する危険の予防の観点から不十分であることが判明した。
従って、同事故後、より基準を厳格にした規則を制定すべきであったのにこれを怠った被告国には規則制定権限不行使の違法がある。

   イ 避難計画の規則化について

原告ら第6準備書面で述べたとおり、日本においては避難計画の策定は、原子力発電所の許認可要件には含まれていない。他方、海外においてはこれを許認可要件とする立法例がある。福島第一原発事故は、住民の生命、健康に対する危険を除去するため、原子炉の規制のみならず、具体的事故を想定しても近隣住民が避難可能な避難計画の策定が必要であることを明らかにした。
したがって、被告国には、福島第一原発事故後においては、避難計画の策定を許認可要件化する原子力規制委員会規則を策定すべきであったのにも関わらずこれを怠った規則制定権限不行使の違法がある。

  (2) 原子力規制委員会の規制権限の不行使の違法1

   ア 法の趣旨より立地審査は行われるべきである

立地審査指針は、原子力規制委員会規則に定められていない。しかし「規則」は行政の内部通達にすぎず、上位規範たる法の趣旨から立地審査は行われるべきである。

   イ 原子炉等規制法第1条、第43条の3の23、及び第43条の3の6

ここで、原子炉等規制法は、第43条の3の23は原子力規制委員会が停止命令等を行う要件として、同法第43条の3の6第4号をあげ、同第3号をあげていない。しかし、「国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資すること」(法第1条)を目的とし、原子力規制委員会に全面的に許可の審査を行わせるとした法の趣旨からは、第43条の3の6第3号についても、停止命令等の権限は及ぶと解釈されるべきである。

 「三 その者に重大事故(発電用原子炉の炉心の著しい損傷その他の原子力規制委員会規則で定める重大な事故をいう。第四十三条の三の二十二第一項及び第四十三条の三の二十九第二項第二号において同じ。)の発生及び拡大の防止に必要な措置を実施するために必要な技術的能力その他の発電用原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力があること。」

けだし、第43条の3の6は原子力規制委員会の発電用原子炉設置許可要件を定めているところ、一旦原子炉の設置許可をした後にも、原子力事業者が「(重大事故の)発生及び拡大の防止に必要な措置を実施するために必要な技術的能力その他の発電用原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力」を欠くに至った場合に停止命令等を発令できないのは不合理であり法の趣旨に反するからである。

   ウ 規制権限不行使の違法

この点、福島原発事故後、福島事故程度の重大事故で100mSv(乃至それよりも低い被曝量)を非居住区域とすべきという知見がえられたのであるから、原子力規制委員会は要件を充たさない大飯原発については、法の趣旨又は第43条の3の6第3号を根拠に廃炉命令を行うべきであったのにこれを怠った違法がある。

  (3) 原子力規制委員会の規制権限の不行使の違法2

原告ら準備書面で述べたとおり、大飯原子力発電所は水素爆発に関する実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則第37条「重大事故等の拡大防止等」における水素爆轟防止に関する基準「原子炉格納容器内の水素濃度が13vol%以下」であることの要件を充たす状況にはなく、将来にわたりこれを充たす状況にもない。
従って、原子力規制委員会は新炉規法第43条3の23、及び、原子力規制委員会規則第37条により廃炉命令を行うべきであったのにこれを怠った違法がある。

  (4) 小括

以上、立地、避難計画の不備、水素爆轟防止対策の不備について、大飯原子力発電所は具体的危険を否定できない。
従って被告国には、平成25年7月8日以降、規則制定権限不行使の違法及び規制権限不行使の違法がある。