◆原告第39準備書面
第8 地震(甲369の168~209p)

2017(平成29)年10月27日

原告第39準備書面
-原子力規制委員会の「考え方」が不合理なものであること-

目次

第8 地震(甲369の168~209p)
1 地震対策の規制の経緯とその誤り
2 その理由:地震の科学の限界
3 具体的な基準は合理的な理由なく,時間切れというだけで作られなかった
4 規制上の要求事項は曖昧であり,原発への規制として合理性を欠くこと
5 国際的に確立されたIAEA・SSG‐9の不採用
6 応答スペクトルに基づく地震動評価
7 断層モデルを用いた手法による地震動評価
8 震源を特定せず策定する地震動
9 「安全余裕」について


第8 地震(甲369の168~209p)


 1 地震対策の規制の経緯とその誤り

歴史的に見て,日本の原子力の地震対策の規制は,極めて杜撰なものであった。

福島第一原発の原子炉設置許可申請がなされた1966~1971年当時は,安全規制のための耐震設計基準がなく,安全機能が保持されることを確認するための地震動(機能保持検討用地震動)は事業者が独自に設定し,経験主義的に審査された。福島第一原発の耐震設計の基準とする地震動の最大加速度は,建設時は265ガルに過ぎなかった[87]。1970年頃には日本でも広く適用されるようになった「プレートテクトニクス理論」によれば,起こり得る大地震による地震動が265ガルを大幅に超える可能性が高いことは予想できたはずであるが,原子力関係者は最新知見を取り入れようとしなかった。

1978年にようやく定められた「耐震設計審査指針」(旧指針)では,基本方針として,「発電用原子炉施設は想定されるいかなる地震力に対してもこれが大きな事故の誘因とならないよう十分な耐震性を有していなければならない」とされた。つまり,どんな地震が来ても大事故を起こさない原発を設計することが基本的な規制要求とされたのである。しかし,例えば福島第一原子力発電所については,S1‐Dが180ガル,S2‐Dが270ガル,S2‐Nが370ガルとなったが,現在の水準からすれば依然として著しく低いままであった。

1995年の阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)によって,耐震工学に対する国民の不信感が一挙に高まり,原発も地震で損傷するのではないかという不安が増大した。安全委員会は旧指針の改訂になかなか着手しなかったが,2001年7月に耐震指針検討分科会が設置され,5年以上の調査審議を要し,2006年9月に新たな「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(新指針)が安全委員会で正式決定された。新指針ではS1とS2が統合された基準地震動Ssが登場し,これが「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり,施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切な地震動」と定義されたが,基準地震動への影響は小さかった。

国会事故調では,耐震設計審査指針改訂の過程において電気事業者が不適切に関与したことが指摘されており,規制当局が東電・電事連の「虜(とりこ)」となっていたことを認定する重要な根拠となっている[88]

このように,日本の原発では段階的に基準地震動を引き上げて来ているが,震災や国民世論を背景とする場当たり的なものにすぎず,以後は万が一にも深刻な事故を起こさないと真摯に考えるならば,抜本的な基準の見直しが必要である。
現在なされているような弥縫策的な基準地震動の策定は科学的知見に反し,不合理であり,また今日における社会通念にも反するものである。

現に,新規制基準策定前において,日本の20箇所に満たない原発のうち,観測された最大地震加速度が設計上想定された地震加速度を超過する事例は,過去約10年間で少なくとも以下の5ケースに及んでいる[89](関連訴訟の判決でも言及されている公知の事実である)。

旧指針の基準地震動S2は,「起こり得る最強の揺れ」を超えるおよそ現実的でない地震とされており,新指針策定後の各原子力事業者は基準地震動Ssの年超過確率を多くの場合1万年に1回から100万年に1回程度としていた90が,上記のような超過事実からしてこれらの評価に重大な誤りがあることは明白となった。このような超過頻度は異常であり,超過確率を1万年に1回未満として設定している欧州主要国と比べても,著しく非保守的である実態が実証されている[91][92]。しかし,基準地震動策定に係る新規制基準は,新指針からの実質的な変更は見られない。

[87] 「国会事故調報告書」(WEB版)63頁

[88] 「国会事故調報告書」(WEB版)(WEB版)506頁
また,添田孝史「耐震規制の『落としどころ』をにぎっていた電力会社‐東電事故につながるバックチェック先延ばしを開示文書から探る」(「科学」2017年4月号)359頁には,新指針の原案作成に電力会社が全面的関与をしていた実態等が記載されている。

[89] ここでは,国会事故調報告書にならい,少なくとも5ケースとしたが,2011年3月11日福島第二原発,同日東海第二原発,同年4月7日女川原発でも基準地震動を上回る地震動が観測されている(原子力安全・保安院「平成23年東北地方太平洋沖地震の知見を考慮した原子力発電所の地震・津波の評価について~中間とりまとめ~」)。
さらに,2009年8月11日に発生した駿河湾の地震の際には,浜岡原発5号機で基準地震動S1の床応答スペクトルを上回っている。

[90] 例えば,福島第一原子力発電所も福島第二原子力発電所も,東北地方太平洋沖地震発生前は基準地震動Ssの超過確率は10-4~10-6/年とされていた(「原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書-東京電力福島原子力発電所の事故について-」Ⅲ‐28,32
http://www.kantei.go.jp/jp/topics/2011/pdf/03-jishintsunami.pdf【リンク切れ】)。

[91] 「国会事故調報告書」(WEB版)203頁

[92] 耐震バックチェックの審査に委員として関わっていた信州大学の泉谷恭男氏は,基準地震動をここ10年で4回(東北地方太平洋沖地震を1回と見ている。)超過したことについて,「事情を知りさえすれば当たり前のこと」と述べ,「基準地震動は科学的真理などではなく原発審査のための『割り切り』というに過ぎない」等と指摘している(浜田信生「『原発の基準地震動と超過確率』に関連して考えたこと」(日本地震学会ニュースレターVol.25No.4)
http://www.zisin.jp/modules/pico/index.php?content_id=2818 【リンク切れ】)。


 2 その理由:地震の科学の限界

地震は岩盤の破壊現象であり,原理的に予測することは極めて困難である。また地震は地下深くで起こる現象であり,その発生の機序の分析は仮説や推測に依拠せざるを得ないのであって,仮説の検証も実験という手法がとれない以上過去のデータに頼らざるを得ない。しかし,大規模な地震の発生頻度は必ずしも高いものではない上に正確な記録は近時のものに限られている[93]

かつては重力加速度である980ガルを超える揺れは起きないというのが地震の専門家の間の通念であったが,1995年の阪神淡路大震災(兵庫県南部地震)を契機として日本の地震動観測網が整備され始めると,1000ガルを越えるような揺れが次々と観測されるようになった。特に2004年新潟県中越沖地震では柏崎刈羽原発1号機で1699ガル(解放基盤表面)[94],2008年岩手・宮城内陸地震ではKiK-net観測点IWTH25(一関西)の地表の三成分合成値として4022ガル[95]という極めて大きな地震動が観測され,関係者を驚愕させた。

また,世界全体ではM9を超える地震が時々発生していたにもかかわらず,2011年東北地方太平洋沖地震が起きるまで,日本の多くの地震学者は,日本海溝はプレートの固着が弱く,M9級の地震がないと言える地域性があると思い込んでいた。現在は,東北地方太平洋沖地震は600年に1回程度の地震とされている[96]

このように近年の地震観測は,「想定外」の繰り返しである。また,東北地方太平洋沖地震によって,600年に1回程度の地震を「想定外」にしてしまうのが地震の科学の実力であり,近年の地震観測だけで「大地震が起きない地域性がある」等と考えると甚大な被害を生むおそれがあることが明らかとなった。

以上のとおり現在の地震学・地震工学は,大地震の予測の力は明らかに不十分であり,原子力発電所の耐震安全性確保に必要な信頼性を備えているとは言えない。

設置許可基準規則の解釈別記2第4条5項柱書には,「『基準地震動』は,最新の科学的・技術的知見を踏まえ,敷地及び敷地周辺の地質・地質構造,地盤構造並びに地震活動性等の地震学及び地震工学的見地から想定することが適切なもの」と規定されているが,前述のような地震の科学の限界からして,どの程度の地震動を想定するのが適切であるのか,科学的に確定させることは不可能であり,「地震学…的見地から想定することが適切なもの」を策定するには,最低限,最も保守的・批判的見解を有する地震学者の知見を踏まえ,既往最大のものを前提としなければならない。

[93] 福井地裁平成26年5月21日大飯原発3・4号機運転差止判決44頁

[94] 東京電力「柏崎刈羽原子力発電所に耐震安全性向上の取り組み状況」3頁

[95] 防災科学技術研究所「平成20年(2008年)岩手・宮城内陸地震において記録されたきわめて大きな強震動について」
なお,同観測点では地中南北動でも1036ガルという地震動が観測されている。
KiKnet地中観測記録について,電力会社では一般に,それを2倍にしたものをはぎとり波相当とみる簡易な検討を行っている。

[96] 地震調査研究推進本部地震調査委員会「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価(第二版)について」(平成23年11月25日公表)において平均発生間隔が600年程度とされている。

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 3 具体的な基準は合理的な理由なく,時間切れというだけで作られなかった

新規制基準を検討する過程では,前記のような地震の科学の限界を踏まえた基準の抜本的な見直しについて提案されていた。

防災科学技術研究所社会防災システム研究領域長(当時)の藤原広行氏は,「発電用軽水型原子炉施設の地震・津波に関わる新安全設計基準に関する検討チーム」第5回会合において,不確定さの考慮に関する書面[97]を提出している(甲369の179p以下)。藤原氏は,この書面に基づき,「単に現象がばらついているということだけでなくて,我々の認識が足りないところ,あるいは方法論としてもまだ不成熟で足りないところ,色んなタイプの不確かさ」を考慮する必要性や,安全目標と関連づけた定量的な基準の必要性を訴えた[98]

以上の藤原氏の提言について,同チームに参加していた釜江克宏氏(地震工学)は「今,藤原委員からの話は,ほとんどの部分が同調できる」と述べ,高田毅士氏(建築構造)も「藤原さんの御意見に賛同するところが非常に多い」と述べており,異論らしい異論はなかった。

その後も藤原氏は,同チームで幾度か同様の主張を繰り返したが,結局藤原氏のこの提案は,新規制基準において採用されず,具体的・定量的な基準は策定されなかった。

とりわけ,原子力規制庁の櫻田道夫審議官からは「新規制への適用については,各社,いろいろ準備されていて,施行後,直ちに色んな申請が来る」、「それをもう直ちに対応しなければならないと,こういうような事情がございます」等と告げられ,藤原氏の最後の訴えも却下された[99]。もちろん,かかる理由による基準の不策定は,誰がどう見ても不合理である。

本来であれば,適合性審査の開始日を延期してでも,安全目標に沿った具体的な審査基準を策定すべきであったが,原子力規制委員会は,旧規制機関と同様,電力会社の圧力に屈し,電力会社の申請や原発再稼働を優先し,災害の防止上支障がないと言える具体的な審査基準を策定する責務を怠った。

[97] 「震基4-2新安全設計基準(骨子素案)に関するメモ」

[98] 発電用軽水型原子炉施設の地震・津波に関わる新安全設計基準に関する検討チーム第5回会合議事録30,34,49頁

[99] 「発電用軽水型原子炉の地震・津波に関わる新規制基準に関する検討チーム第13回会合議事録」47~50頁


 4 規制上の要求事項は曖昧であり,原発への規制として合理性を欠くこと

設置許可基準規則3条,4条,38条,39条から分かるとおり,地震対策に係る規制上の要求事項の基礎として基準地震動が位置づけられる。このことは,事業者にとって基準地震動の設定が原発耐震設計の出発点であることをも意味する。しかし,基準地震動の引き上げはその後の多くの手続に影響してコストの増加に直結することから,事業者は,対外的には最大の揺れを考慮していると言いながら,内実は1ガルでも引き上げを抑制すべく,前記2の地震の科学の限界を自身に都合良く解釈することが常態化している。

設置許可基準規則の解釈において,具体的にどの程度厳しい基準地震動を申請者に要求するのかということに係る規定はない。これでは,基準地震動を可能な限り小さく止めようとする事業者を厳しく規制するのはほとんど不可能である。


 5 国際的に確立されたIAEA・SSG‐9の不採用

IAEA安全基準シリーズにおいて地震動について規定している最新のものは“Seismic Hazards in Site Evaluation for Nuclear Installations”(訳:「各施設のサイト評価における地震ハザード」)(Specific Safety Guide No.SSG-9)(以下「SSG‐9」という。)である。

SSG‐9は,「5.1地震動ハザードは,確率論的及び決定論的地震ハザード解析手法の両方によって評価することが望ましい」[100]とした上で,確率論的評価においても決定論的評価においても,最大潜在マグニチュード(“max potentialmagnitude”)を評価することを要求している。だが/新規制基準では確率論的評価も最大潜在マグニチュードの評価も求めていない/。その結果,内陸地殻内地震については評価対象となる震源から発生する平均的な地震規模が前提となり,プレート境界地震や海洋プレート内地震については曖昧な根拠によって地震規模が設定されることとなっている。

また,SSG‐9では地震ハザードについて第三者の専門家グループによるピアレビューの実施が規定されている[101]が,日本では基準地震動に係るピアレビューは実施されていない。特に原子力規制委員会・規制庁には強震動についての専門性に疑問が呈されている状況[102]からしても,地震動に係るピアレビューの実施は不可欠である。

これらの確立した国際慣行を無視する規制基準や規制実務は,原子炉等規制法2条の明文に反するものであり,本件原発の具体的危険性を根拠づけるものである。

[100] “5.1 The ground motion hazard should preferably be evaluated by using both probabilistic anddeterministic methods of seismic hazard analysis.”
なお,第1回発電用原子炉施設の地震・津波に関わる新安全設計基準に関する検討チームでは,同規定につき,「地震動ハザードは,地震ハザード解析の決定論的方法か確率論的方法のいずれかを用いて評価すべきである」と訳された資料が配布されていたが,明らかな誤訳である(「国内外の地震・津波関係基準及び東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故を踏まえた各事故調等の主な指摘事項(耐震関係基準の内容に関するもの)」8頁参照)。

[101] SSG-9の11.18-11.20参照。

[102] 例えば,「『忘災』の原発列島揺れ過小評価を指摘島崎元規制委員長代理『過ち繰り返したくない』」(毎日新聞2014年7月21日記事)を参照

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 6 応答スペクトルに基づく地震動評価

(1) 事前の震源特定の困難さ

応答スペクトルに基づく地震動評価に限らず,「震源を特定して策定する地震動」は,事前に震源の位置と規模がある程度正確に予測できることが前提となっている。だが,現在の地震の科学技術の水準では,そもそもこの点の予測が非常に困難である。そのことを奇貨としてか,日本の原子力の世界では,基準地震動を小さく抑えるような震源設定が常態化していた。

内陸地殻内地震については,地震前の活断層の特定が重要になるが,近年のMw6.5以上の内陸地殻内地震[103]に限って見ても,2016年熊本地震のように事前に震源がある程度特定できていた例はむしろ稀であり,2000年鳥取県西部地震,2004年新潟県中越地震,2004年福岡県西方沖地震,2007年能登半島地震,2007年新潟県中越沖地震,2008年岩手・宮城内陸地震のように,事前に震源が十分に特定できなかったものがほとんどである。この中には,2007年能登半島地震や同年新潟県中越沖地震のように,基準地震動を超過した事例も存在する。

活断層の評価には解釈の余地があり得ることから,日本の原子力施設周辺では,あるはずの活断層が無視され,無視できない場合にはできるだけ短く「値切る」という異常な安全審査が行われてきた[104][105]。例えば,2011年福島県浜通り地震の際には,新指針下で活動性が否定されていた井戸沢断層が湯ノ岳断層と連動して活動し,湯ノ岳断層自体も事前に東京電力が評価していた長さよりもさらに長かったことが判明した[106]。これは,当時も今も変わらない,事前評価の限界と十分な「不確かさの考慮」がなされていない審査の実情を示すものである。

事前に震源を特定することの困難さへの弥縫策として,設置許可基準規則の解釈別記2第5項二号⑤では,「各種の不確かさ(震源断層の長さ,地震発生層の上端深さ・下端深さ,断層傾斜角,アスペリティの位置・大きさ,応力降下量,破壊開始点等の不確かさ,並びにそれらに係る考え方及び解釈の違いによる不確かさ)については,敷地における地震動評価に大きな影響を与えると考えられる支配的なパラメータについて分析した上で,必要に応じて不確かさを組み合わせるなど適切な手法を用いて考慮すること」と規定されているが,「不確かさの考慮」について何をどのようにどの程度考慮するのが「適切な手法」といえるのか指標となるべきものがほとんどない中,かように曖昧な規定では「不確かさの考慮」について厳しい審査が行われることは期待できない。

[103] 地震動ガイドⅠ.4.2.1〔解説〕では,Mw6.5以上の地震は,震源断層がほぼ地震発生層の厚さ全体に広がって地表付近に一部の痕跡が確認される地震に当たることになっている。

[104] 渡辺満久「活断層研究と地震被害軽減」(「日本の原子力発電と地球科学」)22頁

[105] 例えば,従前の安全審査では,伊方原発沖の中央構造線は無視され,島根原発近傍の鹿島(宍道)断層は短く評価されていた。

[106] 事前には19.5kmと評価されていたが,地震後のインバージョン解析では26kmと評価されている。原子力安全・保安院「福島第一原子力発電所及び福島第二原子力発電所の耐震安全性について」13頁,引間和人「2011年4月11日福島県浜通りの地震(Mj7.0)の震源過程」249頁参照。

(2) 経験式が有するばらつきの考慮のなさ

活断層から発生する内陸地殻内地震が検討用地震となっているケースでは,多くの場合,「応答スペクトルに基づく地震動評価」では松田式[107],「断層モデルを用いた手法による地震動評価」では入倉・三宅式[108]と呼ばれる,断層の長さ又は面積と地震規模を関連付ける経験式が用いられている。

だが,これらの経験式は,あくまで断層と地震規模との平均的関係を示すものに過ぎず,これらの経験式を予測に使う限り,地震規模の設定には一定の誤差が避けられない。

この点,地震動ガイドⅠ.3.2.3.には,「経験式は平均値としての地震規模を与えるものであることから,経験式が有するばらつきも考慮されている必要がある」と規定されている。ところが,これまでの適合性審査において,原子力規制委員会が松田式や入倉・三宅式等の経験式が有するばらつきを考慮しているようには見受けられない。
これら入倉・三宅式の問題点については既に述べてきたとおりである。

[107] 松田時彦「活断層から発生する地震の規模と周期について」(「地震」第2輯第28巻)269~283頁

[108] 入倉孝次郎,三宅弘恵「シナリオ地震の強震動予測」(「地学雑誌」110(6))849~875頁

(3) 距離減衰式が有する不確かさ

「考え方」も述べるとおり本来であれば,敷地で得られた観測記録を統計分析して距離減衰式を作成することが「不確かさ」を低減させる理想的方法であるが,統計分析が可能な程に十分な観測データを得ている原発サイトは存在しない。女川原発で2005年宮城県沖地震の際に基準地震動を上回る地震動を観測した要因について,観測記録がそれまでの距離減衰式よりも大きい傾向にあることから,「宮城県沖近海のプレート境界に発生する地震の地域特性によるもの」とされている[109]が,観測記録が得られていないサイトでそのような特性を/事前に/考慮する方法については検討されていない。したがって,想定していなかった要因によって距離減衰式による予測を上回る地震動が原発敷地を襲うことは十二分にあり得る。

[109] 東北電力「女川原子力発電所における宮城県沖の地震時に取得されたデータの分析・評価および耐震安全性評価について(報告)の概要」

(4) 距離減衰式のばらつき(偶然的不確定性)

地震は多様で複雑な現象であり原理的に予測が難しい一方で,距離減衰式は少ないパラメータから平均的な地震動予測を行うものに過ぎず,大ざっぱな地震動評価しかできない。仮に事前に地震規模や断層の位置を正確に予測できていたとしても,地震動予測の精度としては少なくとも倍半分程度の誤差は不可避である。そのことは,/各距離減衰式の基のデータが倍半分を超えてばらついている/ことを見ても明らかである。

距離減衰式のばらつき・不確定性を認識論的不確定性と偶然的不確定性に分類し定量的に評価する考え方がある[110]。偶然的不確定性はデータが増えても低減させることができない本質的なばらつきで,採用しているモデル自体の現象説明能力が不十分であることに起因するものもこれに含まれる[111]。距離減衰式は少ないパラメータしか扱わないため,そのばらつきには偶然的不確定性が寄与するところが大きい。

高度な安全性が要求される原発においては,低減させることができない不確定性は当然考慮されなければならない。SSG‐9にも,経験式ないし距離減衰式について偶然的不確定性の考慮が規定されている[112]

ところが,新規制基準には距離減衰式の偶然的不確定性の考慮を要求する明示的な規定がない。その結果,適合性審査では距離減衰式の偶然的不確定性が適切に考慮されておらず,これによる過小評価のおそれが十分にある。

[110] 例えば,内山泰生,翠川三郎「距離減衰式における地震間のばらつきを偶然的・認識論的不確定性に分離する試み」(「日本地震工学論文集」13.)37~51頁

[111] 山田雅行・先名重樹・藤原広之「強震動予測レシピに基づく予測結果のバラツキ評価の検討~逆断層と横ずれ断層の比較」(「土木学会地震工学論文集」2007年8月号)105頁では,モデル化しない(できない)ことによって生じるばらつきを「偶発的バラツキ」としており,「認識論的不確定性」と対比する形で記載されている。また,下記防災科学技術研究所のホームページでは,偶然的不確定性について「採用しているモデル自体の現象説明能力が不十分であることに起因するものもここに含む」とされている。

[112] SSG-9の5.6,7.1(4)(5)を参照


 7 断層モデルを用いた手法による地震動評価

(1) 強震動に関する知見は不十分であること,およびレシピ改正の目的

地震本部地震調査委員会のレシピ冒頭には,「『誰がやっても同じ答えが得られる標準的な方法論』を確立すること」を目指してとりまとめられたものであり,「今後も修正を加え,改訂されていくことを前提としている」と明記されている[113]とおり,断層モデルを用いた地震動評価について,未だ標準的な方法論は確立していない。

さらに,地震本部地震調査委員会は,2016年12月9日付でレシピの「表現の誤り等を訂正」[114]し,その冒頭部分には以下の1段落が付け加わった。

ここに示すのは,最新の知見に基づき最もあり得る地震と強震動を評価するための方法論であるが,断層とそこで将来生じる地震およびそれによってもたらされる強震動に関して得られた知見は未だ十分とは言えないことから,特に現象のばらつきや不確定性の考慮が必要な場合には,その点に十分留意して計算手法と計算結果を吟味・判断した上で震源断層を設定することが望ましい。

ここで,レシピは「最新の知見」ではあるものの「最もあり得る地震と強震動を評価するための方法論」に過ぎず,極めて稀ではあるが発生する可能性がある地震や地震動を評価する方法論ではないことが改めて示された。「特に現象のばらつきや不確定性の考慮が必要な場合」とは,高度の耐震安全性が求められ不確かさの考慮等について規制基準で要求されている原発の基準地震動を策定する場合を含むことは明らかである。レシピを用いて基準地震動を策定する場合,現象のばらつきや不確定性に十分留意して計算手法と計算結果を吟味・判断した上での震源断層を設定することが求められることは言うまでもないが,このような記載を地震本部が敢えて「表現の誤り等を訂正」する形で新たに盛り込んだことからは,原発の基準地震動策定において「レシピ」が適用される場面での計算手法や計算結果の吟味・判断が不十分であるというメッセージを発しようとする,地震本部の意図が汲み取れる。

この修正は,別訴訟で島崎氏が証言しているとおり,基準地震動策定やその審査が不合理であることを意識したものである。

[113] 地震調査研究推進本部地震調査委員会「震源断層を特定した地震の強震動予測手法」(「レシピ」)2016.6(12月修正版)1頁

[114] 地震本部ホームページ

(2) 手法の検証は未だ不十分

「考え方」では,2000年鳥取県西部地震と2005年福岡県西方沖地震によりレシピの検証が済んだかのような書きぶりになっているが,これらの検証では地震後に判明した情報を用いることにより当該地震の観測波形をある程度再現できることが確認された[115]だけで,地震動予測手法としての合理性の検証としては不十分である。当然のことながら,地震前に把握できる情報は,島崎氏も述べるとおり,地震後に把握できる情報に比べ,質・量ともに大幅に限られている。地震動予測手法としての合理性を検証するためには,当該予測手法によって事前に予測された強震動と実際の観測記録とを比較するか,地震発生前に把握できた情報のみを用いるべきであり,地震後に地震波形をもとに推定した情報を用いるのは本来のやり方ではなく,「予測」でもない。

特に本件原発については,島崎氏が別訴訟で証言した通り,「地震後の観測結果」が得られているわけではない。

地震本部地震調査委員会が予めレシピを用いて強震動評価を行っていた震源(活断層)から実際に地震が発生したのは,2016年熊本地震が最初であり,未だ1例しかない(2017年5月現在)。熊本地震を踏まえた予測手法としてのレシピの検証は未だ途上であるが,地震発生前に把握できた活断層の情報を,多くの事業者が用いているレシピ1.1.1(ア)に当てはめて予測すると,熊本地震を過小評価してしまうことは既に明らかである[116]

[115] 地震本部地震調査委員会が行った鳥取県西部地震の検証では,「巨視的震源特性(地震モーメントは除く)および微視的震源特性のアスペリティのおおよその位置・数,破壊開始点の位置については地震記録から推定された既存の研究を利用した」とされている。ケース2では地震モーメントについても既存により鳥取県西部地震において推定されている値が用いられている。
しかし,「時刻歴波形については,ケース1ではいずれの地点も加速度波形,速度波形ともに観測記録と整合していない。ケース2では加速度波形についてはあまり整合していない」「最大加速度についてはケース1・2とも概ね倍半分の範囲に入っているが,計算地点によっては約3倍,1/3になる場合もある」とされた。
福岡県西方沖地震の検証についても,震源断層の位置,長さ,幅,傾斜等の巨視的震源特性やアスペリティ位置の設定には,地震発生後でなければ行えない波形インバージョン(地震波観測記録による逆解析)で求められた震源モデル等が使われている。検証の結果,「観測記録をある程度再現できることが確認された」が「福岡平野や筑紫平野などでは周期1秒~2秒付近に見られる卓越周期の振動性状を十分に説明できていないことが課題としてあげられた」。
「鳥取県西部地震の観測記録を利用した強震動評価手法の検証について」
「2005年福岡県西方沖の地震の観測記録に基づく強震動評価手法の検証」

[116] 経済誌のインタビューで,纐纈一起・東京大学地震研究所教授は,「原発の耐震評価で用いられている地震動の予測手法を熊本地震に適用すると,地震動は過小評価になることが分かった」等と述べている(2016年8月17日付け東洋経済「大飯原発『基準地震動評価』が批判されるワケ島崎氏の指摘を規制委は否定したが…」参照)。

(3) ばらつき・不確かさの考慮の不十分さ

「断層モデルを用いた手法に基づく地震動評価」では,震源断層の面積と地震モーメントとの関係や,地震モーメントと短周期レベルとの関係など,主要な部分に経験式が用いられており,それらの経験式は過去の観測データの回帰により求められていることが多い。そのため,これによって設定される地震動も平均的な値となり,その値に対するばらつきを有していることになる[117]。破壊開始点等のパラメータを変動させることによって「不確かさの考慮」が行われているが,これによって手法が有するばらつきを補えているという保証はない。

前述の藤原広行氏が述べる通り,この点についての規制基準は明らかに不十分である。

特に問題なのがアスペリティ応力降下量である。「断層モデルを用いた手法に基づく地震動評価」では,多数のパラメータが用いられるが,地震動評価結果に与える影響としては,サイト近傍のアスペリティ応力降下量の寄与度が非常に大きい[118]。この点,藤原広行氏からは,新潟県中越沖地震の際のアスペリティ応力降下量が25MPaと解析されていることから,1.5倍または25MPaのいずれか大きい方とすべきとの提案がされている[119]が,この提案を規制庁が検討したという事実もうかがわれない。

また,原発敷地周辺の活断層から発生する地震動を想定する際は,アスペリティ応力降下量につき,Fujii and Matsu’ura(2000)等を根拠に14.1MPa程度と設定している原子力事業者も見受けられる。だが,レシピに記載されたFujii andMatsu’ura(2000)の応力降下量等に係る部分はあくまで暫定値であり,理論面でも,また観測記録との比較という点においても,今後の検証を必要としている[120]

[117] 山田雅行・先名重樹・藤原広行「強震動予測レシピに基づく予測結果のバラツキ評価の検討~逆断層と横ずれ断層の比較」(「土木学会地震工学論文集」2007年8月号)104頁

[118] 「第2回地震・津波に関する意見聴取会(地震動関係)」議事録24頁(藤原委員)

[119] 「第4回地震・津波に関する意見聴取会(地震動関係)」議事録7頁(藤原委員)

[120] 入倉孝次郎「強震動予測レシピ-大地震による強震動の予測手法」(「京都大学防災研究所年報」第47号A)
地震調査研究推進本部地震調査委員会「震源断層を特定した地震の強震動予測手法」(「レシピ」)12頁

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 8 震源を特定せず策定する地震動

(1) 未知の活断層とC級活断層問題

日本列島に分布する活断層は,その活動度により,A・B・Cの3つのクラスに分けられる。1000年当たりの平均変位速度をもとに,1m以上がA級活断層,0.1m以上1m未満がB級活断層,0.01m以上0.1m未満がC級活断層とされている。最近100年ほどの活断層による地震では,A,B,Cいずれのクラスでも同数の地震が発生している。

活断層カタログとして使われている活断層研究会編「新編日本の活断層」(東京大学出版)には,A級活断層は全体の4%,B級活断層は39%,C級活断層は29%,活動度不明の活断層が28%の割合で区分されている。B級活断層はA級活断層の約10倍見いだされており,そのことからすると本来はC級活断層はB級活断層の10倍見いだされなければならないはずであるが,判明しているC級活断層はB級よりも少ない。このことから,未発見のC級活断層が日本の地下に多数潜んでいると考えられている[121]。

なお,この「450ガル」は加藤ほか(2004)のスペクトルであるが,未だにこれをもって設置変更許可を申請している事業者は少なくない。

また,いくら「詳細な調査」であっても,調査可能な範囲は地表付近に限られ,地下の震源断層を直接確認することは現在の技術では不可能である。

したがって,未発見のC級活断層が日本の各原子力発電所の直下や近傍に潜んでいる可能性は十分にある。したがって,「震源を特定せず策定する地震動」の想定に万全を期すことはきわめて重要である。

だが,この点につき真摯に保守性を追求するならば,多くの原発で大幅な基準地震動の引き上げを強いられることにもなりかねない。そのため,事業者は,遅くとも耐震設計審査指針の改訂の頃より,これを低い水準に押し止めることに精力を注いできており[122],規制当局は事業者の実情を慮って本来の規制を怠ってきた。その実情は今も大きく変わってはいない。

[121] 遠田晋次「活断層地震はどこまで予測できるか 日本列島で今起きていること」147頁 講談社 2016年

[122] 耐震設計審査指針(新指針)への対応について,電事連資料には「『震源を特定せず策定する地震動』を450ガルで抑えたいが,もっと大きくすべきと主張する委員がいることに関して原子力で考慮している地震動が一般の設計や防災で考慮している地震動と比べ同等以上であることを主要委員に説明していく」とある(「国会事故調報告書」(WEB版)510頁)。

(2) 観測記録をほぼそのまま用いる手法は新規制基準の趣旨に反する

設置許可基準規則解釈別記2第3項柱書には,「『震源を特定せず策定する地震動』は,震源と活断層を関連づけることが困難な過去の内陸地殻内地震について得られた震源近傍における観測記録を収集し,これらを基に,各種の不確かさを考慮して敷地の地盤物性に応じた応答スペクトルを設定して策定すること」と規定されており,地震動ガイドにも同様の規定がある。

しかるに,原子力規制委員会は,「震源を特定せず策定する地震動」の策定に当たっては,過去の地震動観測記録を/ほぼそのまま用いるもの/とし,「各種不確かさの考慮」については,現状,はぎとり解析に係るものに限定されている。しかしこのような解釈・運用は,新規制基準の趣旨にさえ反する。

「各種不確かさの考慮」が規定されたのは,地震・津波検討チームの第7回会合において,藤原広行氏が,次のように発言したことによる[123]

「震源を特定せず策定する地震動」・・・のところに,「これらを基に」の後に,「各種不確かさを考慮して」という言葉を追記していただいたほうがいいんじゃないのかと思っています。ここの各種不確かさというのは,・・・単なるモデルパラメータだけでなくて,これこそわからないところなので,わからなさかげんという認識論的なものとか,いろいろな不確かさを考慮してということをぜひとも入れていただきたいと思います。

この発言を受けて,「各種の不確かさ」という文言が加わることとなったのである。「わからなさかげんという認識論的なもの」等モデルパラメータに止まらない「いろいろな」ものが「各種不確かさ」に含まれるとすれば,これをはぎとり解析に係るものに限局する解釈は不可能である。

過去の地震記録をほぼそのまま「震源を特定せず策定する地震動」と設定するような現在の運用は,新規制基準の趣旨に反し,原発の安全性を確保するものとは言えない。

[123] 「発電用軽水型原子炉施設の地震・津波に関わる新安全設計基準に関する検討チーム」第7回会合 議事録66頁

(3) HKD020観測記録等が考慮される実情

さらに,「震源を特定せず策定する地震動」においては,過去の地震記録の中でも特に最大とは言えないものが採用されているのが実情である。

地震動ガイドではMw6.5未満の地震は全国共通に考慮すべき地震とされ,収集対象となる内陸地殻内の地震の例として1996年から2013年までの14の地震が例示されている(「考え方」228頁表1No.3~16)。この14の地震の中で原子力事業者が実際に観測記録として用いているのは,事実上,2004年北海道留萌支庁南部地震(Mw5.7)のHKD020(港町)観測点における観測記録だけであり,これを解放基盤波に解析した電力中央研究所の報告[124]を基に,ほとんどの原発で620ガル(水平動)[125]という値が採用されている。

だが,北海道留萌支庁南部地震の地震規模はMw5.7に過ぎない上,この地震の際にはHKD020観測点よりもさらに大きな揺れが発生した地点があったことも解析によって明らかになっており[126],HKD020観測点の記録は偶々収集できたものに過ぎない。地震動ガイドに例示された地震でも,前記観測記録を上回る可能性がある地震動が観測されているが,それらは採用されていない。

他の地震でも,大きな地震動記録は排除されている。

なぜ日本における僅か16年程の観測期間で特に最大という訳でもない北海道留萌支庁南部地震HKD020観測記録等を用いれば「震源を特定せず策定する地震動」として適切なのかという点について,各原子力事業者は,他の観測記録につき信頼できる解放基盤波の評価が存在しないから等と述べるだけで,安全性確保の上で留萌支庁南部地震HKD020観測記録を考慮すれば十分であるとの説明はない。

これに関して纐纈一起東京大学地震研究所教授は,データを集めて地下構造を調べれば計算は技術的には易しいとし,「こんな言い訳を許す審査はあり得ない。『地盤を調べて計算しなさい』と規制委が指示すれば済む」と厳しく批判している[127]

また,旧原子力安全基盤機構では,「震源を特定せず策定する地震動に係る評価手引き」において,はぎとり解析結果の精度が不確かな場合,断層モデルを用いた手法により震源モデル及び地下構造モデルを設定することを規定していた[128]。そうであるにもかかわらず,現状ではこのような評価も行われていない。

原子力規制庁の広報室は,これに関する新聞社のインタビューで,「規制は最低限。規制は確かなデータを根拠にするもので,それ以上の安全対策は電力各社の自主努力。努力がないと本当の意味での安全は達成できない」「こんなギリギリでやっていると電力会社はリスクを抱えたまま。経営としても安全への考え方としても間違っている」と述べている[129]が,原発の安全確保を原子力事業者に委ねている原子力規制委員会の姿勢も根本的に誤っているというべきである。

[124] 佐藤浩章ほか「物理探査・室内試験に基づく2004年留萌支庁南部の地震によるK-NET港町観測点(HKD020)の基盤地震動とサイト特性評価」電力中央研究所報告 研究報告:N130072013.12

[125] 柏崎刈羽原発では敷地の地盤物性の影響を評価して650ガルとされている。

[126] 財団法人地域地盤環境研究所「震源を特定せず策定する地震動計算業務報告書」2‐7図2.2‐4.2011.3

[127] 前掲毎日新聞2016年6月24日東京夕刊

[128] 独立行政法人原子力安全基盤機構「震源を特定せず策定する地震動に係る評価手引き」平成26年2月

[129] 前掲毎日新聞2016年6月24日東京夕刊


 9 「安全余裕」について

新規制基準では,基準地震動による地震力等に対し,建物・構築物について「妥当な安全余裕」を要求しているが,そのことにより,「基準地震動を超える地震が発生しても,耐震重要施設の安全機能が喪失しないことがあり得る」とは言えても,「基準地震動を超える地震が発生しても,耐震重要施設の安全機能が喪失することはない」とは到底言えない。

基準地震動相当の揺れが原発を襲った際に実際の終局耐力に収まるかどうかには,様々な不確実な要因が影響する。

「考え方」の要旨に挙げた前記①及び③については,材質や寸法のばらつき,溶接や施工,保守管理の良否といった諸々の不確定要素を考慮して,やむを得ず設けられる「安全代」である。逆に言うと,いかに品質管理を尽くしても,溶接や施工,保守管理の不備等の不確定要素がこの「安全代」によってすべて補われるとは限らない。溶接や施工,保守管理の不備による種々の事故・事象は,日本の原発でも頻繁に報告されている。

例えば,1991年2月9日,関西電力美浜原発2号機で蒸気発生器細管がギロチン破断するという炉心溶融に至りかねない危険な事故が起きている。この原因は,腐食と疲労,金具がきちんと挿入されていなかったことが重なったものと判明している[130]。製造時の品質管理も,稼動以後の保守管理も,人間が行うものであるため完璧ではあり得ない。

また,応答解析を行う際には建屋や地盤をある程度単純なモデルにする必要があるが,モデル化に伴う誤差も避けられない。さらに,原子炉の運転に伴い,原子炉圧力容器,蒸気発生器,各種配管等には温度差による熱荷重が繰り返しかかるが,これを解析するにも不確定性が伴う。前記②の余裕についても,こういった不確定要素によって食い潰されてしまうかもしれない。

現在適合性審査が行われている原発を含む日本の原発は,元々,現在の水準よりかなり低い設計基準地震動で設計されている。その後たびたび基準地震動を超過する地震動が観測される等して,基準地震動は段階的に場当たり的に引き上げられ,それに伴い安全余裕は着実に削られてきた。初めに低い基準地震動で建設された原発の耐震安全性を抜本的に見直すことは不可能であり,安全性の上限自体はほぼ変わらないのである。着実に安全余裕が削られている実態からすれば,次に基準地震動を超過すれば大事故につながるおそれがあると考えるべきである。

こういった耐震設計の規制に関しては,JEAG4601(社団法人日本電気協会「原子力発電所耐震設計技術指針」)に代表される学協会規格に拠るところが大きい[131]が,その策定は原子力事業者やその関係者が中心になって行っており,策定プロセスの公正性,透明性が十分確保されているとは言い難い。発足当初の原子力規制委員会においては,学協会規格の取り扱いを根本的に見直す方向での議論がなされていた[132]が,規制基準を実質的に被規制者が策定するという倒錯した状況は現在も変わっていない。

[130] 原発老朽化問題研究会・編「まるで原発などないかのように」76頁

[131] 「耐震設計に係る工認審査ガイド」参照

[132] 「平成24年度原子力規制委員会第11回会議会議録」13~15頁

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