◆原告第39準備書面
第9 津波(甲369の210~219p)

2017(平成29)年10月27日

原告第39準備書面
-原子力規制委員会の「考え方」が不合理なものであること-

目次

第9 津波(甲369の210~219p)
1 津波対策に関する「考え方」の基本的な問題点
2 基準津波の想定
3 東京大学地震研究所教授の纐纈一起氏の「原発のように重要なものは世界中の既往最大の地震や津波に備えるしかない」という見解を,結局規制委員会も否定できていないこと


第9 津波(甲369の210~219p)


 1 津波対策に関する「考え方」の基本的な問題点

(1) 実用発電用原子炉に係る新規制基準及びその考え方は,2011年3月に発生した東北地方太平洋沖地震及びそれに付随して発生した津波に関する検証を通じて得られた教訓等を十分に踏まえておらず,原子炉の安全を確保すべき規制基準として不十分なものである。

(2) また,新規制基準は,基準自体として最低限確保されるべき水準が明確にされておらず,規制基準として不適当,不合理である。例えば,「基準津波」「重大事故等」「必要な機能が損なわれるおそれがない」といった文言の意味が明確に定義されておらず,審査機関の裁量により,任意に基準を引き下げて要件を充たすとの判断をすることが可能となっており,かかる基準は合理性を欠く。

(3) 新規制基準によっても,複合的な罹災に対する備えが不十分である。「考え方」に説明があるように,設計を超える事象(津波が防潮堤を越え敷地に流入する事象等)に対しても一定の耐性を付与するよう求めているが(①外殻防御1,②外殻防御2,③内郭防御),それらが現実的に機能することを前提にすべきではない。

例えば,防潮堤や取水・放水施設に大型航空機等が墜落した場合や沖合を航行する大型船舶が衝突するなどしてその機能を損なった場合の想定が何らなされていない。津波は数波に渡って到来することがある。ひとたび大型船舶が防潮堤前面に衝突して防潮堤が破壊された後に次の津波が到来した場合,安全性を確保することはできない。

(4) また,防潮堤・防波堤が想定される津波に対し機能を保持できるかどうかについては,未だ十分な知見がない。東北地方太平洋沖地震において,1200億円の巨費を投じ,最新技術にて2009年3月に完成したばかりの釜石港湾口防波堤は,津波により倒壊した。その原因としては,港外・港内の水位差,越流によって防波堤背面側が静水圧より10%程度小さくなったこと,目地部や越流による洗掘により,下部が不安定になったことなどが推測されているが,確定的な結論が導き出されているわけではない。予想される入力津波に対し,確実に耐えうる防潮堤・防波堤を設計・施工することは現在の技術水準では不可能なのである。「考え方」のような自然をコントロールできるという前提の発想が,そもそもの誤りである。

現在の津波に対する防潮堤の耐力計算については、甲369の213pに指摘されているとおり,幾つもの問題点が挙げられるが,新規制基準は何らこれに応えるものとはなっていない。

(5) 以上のとおり,現時点における防潮堤・防波堤等の構造物の耐力計算は,実際の地震において発生し得る様々な事象を考慮したものではない。

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 2 基準津波の想定

(1) 「考え方」5‐3‐4では,新規制基準策定前後,すなわち福島第一原発事故発生前後の「津波対策を講ずる基準となる津波の想定」について説明がある。

新規制基準策定以前においても,津波の想定は,設計基準対象施設の供用期間中に「極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波」を想定した上で,具体的な津波対策をすることとされていた。

この想定津波の定義は,非常に大きな津波の想定を求めていることは明らかである。ではなぜ,それにもかかわらず,福島第一原発事故を防げなかったのであろうか。その理由については複数の事故調査報告書でも詳細に検討されているが,「考え方」を読むと,国会事故調等で指摘されている事故前の津波想定の問題点の記述が一切ない。また,新規制基準における津波の想定についても,国会事故調等の指摘する問題点の防止対策は何ら含まれていないといわざるを得ない。このような観点からも,新規制基準は不合理である。

(2) 上記「考え方」5‐3‐5については,まず,「基準津波を超えると,即座に安全機能は喪失」するか,という問題設定が不適切である。基準津波の定義は,原子力施設から離れた沿岸部の一点における評価に過ぎない。敷地に直接影響があるのは入力津波である。また,「即座に」という表現は,時間的な概念が入るため,安全機能の喪失という問題を不明瞭にしてしまう。そうであれば,問題設定としては,「入力津波を超えると,安全機能は喪失するか」とするのが妥当というべきである。

(3) 基準津波の策定方法も不合理である。「考え方」によれば,基準津波の策定にあたっては,まず,津波の発生要因について検討がされる。その中でも地震現象が大きな要因になるといえるが,地震については,東北地方太平洋沖地震においてそもそも大地震の予測が現在の科学技術水準ではほとんどできないということが明らかとなったように,発生要因について適切に抽出することは極めて困難である。

そして,「考え方」では,基準津波は,敷地前面海域の海底地形の特徴を踏まえ,施設からの反射波の影響が微少となるよう,施設から離れた沿岸域で設定され,時刻歴波形として示されたものであるとされる。

しかし,敷地前面海域の海底地形については,正確な測量のされていないところも多い。加えて,地震により,敷地前面海域の海底地形が隆起し,沈降するなどの変化を生じる可能性があることを看過している。

また,施設からの反射波の影響が微少となるように設定することは,おそらくはシミュレーション計算を実施する上での必要性からの設定と思われるが,かかる限定を付することにより,施設近傍を波源とする津波が施設からの反射波と相俟って施設に重大な影響を及ぼすおそれのある想定外の津波となる可能性を排除するものであり,不合理である。

(4) また,新規制基準では,考えられる様々な波源を基に津波対策上の十分な裕度を含めるため,基準津波の策定に及ぼす影響が大きいと考えられる波源特性の不確かさの要因(断層の位置,長さ,幅,走向,傾斜角,すべり量,すべり角,すべり分布,破壊開始点及び破壊伝播速度等)及びその大きさの程度及びそれらに係る考え方及び解釈の違いによる不確かさを十分に踏まえた上で,適切な手法を用いて基準津波を策定するとしている。
しかし,断層と将来そこで発生する地震及び津波に関して得られた知見は未だ不十分である[133]。何をもって「不確かさを十分踏まえた適切な手法」と言えるのか,基準とすべきものがほとんどない中で,かように曖昧な規制基準では厳しい審査が行われるとは到底期待できない。

東北地方太平洋沖地震において明らかとなったことは,現在の科学技術では,世界一地震調査が進んでいたはずの東北地方太平洋沖の日本海溝沿いの領域で,マグニチュード9の地震が発生し得ることも,最大すべり量が50mを越えるような領域が発生し得ることも,ほとんど予測できなかったということである。しかも,東北地方太平洋沖地震は,実はわずかに600年に1回程度の地震であり,原子力の世界で考えなければならない1万年から1000万年に1回というスケールから見れば,ごくごく当たり前に想定できなければならないものである。
新規制基準はこのような厳然たる事実を踏まえていない。

[133] 地震調査研究推進本部地震調査委員会「波源断層を特性化した津波の予測手法(津波レシピ)」3頁

(5) さらに,入力津波の数値計算は,現在の技術水準では,未だその正確性は不十分であり,妥当性を確認する方法はない。すなわち,妥当性を確認した数値計算を用いて適切に評価することは不可能である。

(6) 新規制基準では,実際に原子力施設に襲来する可能性のある津波について,まず,沿岸部のある地点の基準津波を求め,そこから各施設に対する入力津波を求めるという方法をとっている。しかし,そもそも,地震のような津波発生要因については,抽出がほぼ不可能,あるいは極めて困難であるといわざるを得ない。また,波源特性の不確かさの要因として挙げる各要因(断層の位置,長さ,幅,走向,傾斜角,すべり量,すべり角,すべり分布,破壊開始点及び破壊伝播速度等)等については,定量的な把握が極めて困難であることから恣意的な設定がされる可能性は排除することができず,どれだけ新規制基準において「不確かさを踏まえた上で」としたところで不確かさの上に不確かさを重ねて考慮することは,およそ妥当性のある津波対策をすることは困難である。そして,基準津波は,沿岸部でのある地点でのものに過ぎず,かつ,入力津波の算出では,基準津波をもとに,さらに不確実な要素を含む計算を加えて算出されるのであるから,より一層不確実性が増加するといわざるを得ない。


 3 東京大学地震研究所教授の纐纈一起氏の「原発のように重要なものは世界中の既往最大の地震や津波に備えるしかない」という見解を,結局規制委員会も否定できていないこと[134]

「考え方」5-3-6(甲369の220p参照)の記載は纐纈教授の上記見解を受けてのものと思われるが、「考え方」は設問もその回答もこの纐纈教授の真意をまったく理解していないか,あるいは意図的に問題をすりかえるものである。このような思考様式の者が日本の規制機関を担っていることには著しい不安を覚える。まず,世界最大の既往津波といっても,纐纈教授が挙げるのは2004年スマトラ島沖地震の津波であり,わずか10数年前の出来事に過ぎない。原子力の世界で想定しなければならない自然現象は,1万年に1回から1000万年に1回という極めて低頻度の巨大事象であるが,そのようなタイムスケールでの津波のデータは存在しないのであるから,世界の巨大事象を参考に対策するというのは,きわめて理に適った方法である。

スマトラ島沖地震の際には10mに達する津波が数回にわたり押し寄せ,最大波高は30mを超えている。そのような大津波に対して防潮堤で備えるということが果たして適切かどうかは分からないが,日本はプレート境界に極めて近い位置に位置し,地震発生確率が大きいことを踏まえるならば,全国どの原発においても,少なくともスマトラ島沖地震の津波くらいには何らかの方法で備えておくべきである。

[134] 大木聖子,纐纈一起『超巨大地震に迫る日本列島で何が起きているのか』NHK出版2011年135頁
〈KEY PERSON INTERVIEW〉 震災で科学の限界痛感――東京大学地震研究所教授・纐纈一起さん(55)毎日新聞2011.8.13
岡田義光・纐纈一起・島崎邦彦「〔座談会〕地震の予測と対策:「想定」をどのように活かすのか」(「科学」2012年6月号)

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