◆原告第39準備書面
第11 立地審査指針(甲369の271p~最後)

2017(平成29)年10月27日

原告第39準備書面
-原子力規制委員会の「考え方」が不合理なものであること-

目次

第11 立地審査指針(甲369の271p~最後)
1 立地審査指針の構成
2 福島第一原発事故を経験した今日における立地審査指針の重要性
3 具体的な適用場面における甘い事故想定
4 現在における立地審査指針の位置づけ
5 過酷事故対策や原子力防災の強化によって立地審査指針が不要となったとする考え方は,法や国際基準とも整合しない。
6 原子力規制委員会の「考え方」が本末転倒な不合理なものであること
7 小括


第11 立地審査指針(甲369の271p~最後)


 1 立地審査指針の構成

立地審査指針は,「基本的考え方」,「立地審査の指針」,「適用範囲」を示す「原子炉立地審査指針」及び「原子炉立地審査指針を適用する際に必要な暫定的判断のめやす」(以下「判断のめやす」という。)で構成される[149]

「基本的考え方」は,「原則的立地条件①,②,③」と「基本的目標a,b,c」で構成される(詳細は甲369の260p以下)。

そして,立地条件の適否を判断する際には,公衆に放射線障害を与えないなどの上記「基本的目標」を達成するため,少なくとも三条件が満たされていることを確認しなければならないとして,「立地審査の指針」が定められ,これに関し,原子炉から一定距離は非居住区域とすること等を内容とする「判断のめやす」が示されている(詳細は甲369の261p以下)。

[149] 「原子炉立地審査指針及びその適用に関する判断のめやすについて」


 2 福島第一原発事故を経験した今日における立地審査指針の重要性

立地審査指針は,原則的立地条件②において,原子炉施設の安全防護上の問題を立地の問題としてもとらえ,原子炉と公衆の離隔要件を検討すべきとしている。
また,原則的立地条件③において,原子力防災対策等について適切な措置を講ずることができないような敷地はそもそも立地不適であるとして,原子力防災の問題も立地における隔離要件の中で検討すべきとしている。

このような立地審査指針の基本的考え方は,福島第一原発事故を経験した今日においてもなお原子力発電を実施しようとするのであれば,原子炉の安全性を確保する上でいっそう重要な観点である。

福島第一原発事故の結果,ヨウ素換算でチェルノブイリ原発事故の約6分の1に相当するおよそ900PBqの放射性物質が放出され,これにより,福島県内の1800km2もの広大な土地が,年間5mSv以上の空間線量を発する可能性のある地域になった[150]。このように原発事故が原子炉施設の敷地範囲を超えて周辺住民に放射線障害を与え得るものであることが明らかとなった。

また,福島第一原発事故による避難区域指定は,福島県内の12市町村に及び,避難した人数は,警戒区域(福島第一原発から半径20km圏)で約7万8000人,計画的避難区域(20km以遠で年間積算線量が20mSvに達するおそれがある地域)で約1万10人,緊急時避難準備区域(半径20~30km圏で計画的避難区域及び屋内避難指示が解除された地域を除く地域)で約5万8510人,合計では約14万6520人に達した[151]。避難の過程では多くの混乱が生じ,医療施設の入院患者ら少なくとも60名が死亡した[152]。これらの極めて悲惨な事態は,上記立地審査指針の基本的考え方を適切に踏まえ,いかに最悪の事故が起きようと周辺住民に危険が及ばないよう,そのようなリスクが仮想的にでも考えられる場所にはそもそも原子炉を設置しないこととしていれば,確実に防ぐことができたはずのものである。

福島第一原発事故の教訓からすれば,少なくとも抽象的なレベルとしての立地審査指針の基本的考え方そのものは,今なお周辺住民への被害を防ぐために重要な観点である。

[150] 「国会事故調報告書」(WEB版)349~350頁

[151] 「国会事故調報告書」(WEB版)351頁

[152] 「国会事故調報告書」(WEB版)381頁


 3 具体的な適用場面における甘い事故想定

ただ,従来の立地審査指針は,具体的な適用場面において,重大事故や仮想事故について極めて甘い事故想定をしていたために,これまではほとんど有意義な機能を果たしていなかった。甘い基準で重大事故や仮想事故を想定していたために,非居住区域や低人口地帯であるべき範囲は原発敷地内にとどまるという不合理な結論になり,「考え方の要旨」4(甲369の259p)のように,既許可の施設には立地不適の原子炉は無いと判断されていた。

従来の立地審査指針において極めて甘い事故想定がなされていた理由に関して,元原子力安全委員会委員長の班目春樹氏は,次のように述べている[153]

□ 1964年に制定され89年に改訂された『原子炉立地審査指針及びその適用に関する判断の目安について』というものがあります。/通常「立地審査指針」と言われているものです。原発を新設する時,その場所に建設していいか,適地なのかを判断する基準です。その中身は,単純化していうと,原発を立地するには,災害が起きそうもない場所を選び,仮に大きな事故が起きたとしても,放射性物質の漏出で影響が及ぶ範囲には大勢の人が住んでいないこと,というものです。/

私は事故前から「これはおかしい」と思っていました。本当に安全性の確保につながる指針かと疑っていたので,「原安委として,抜本的に見直すべきだ」とあちこちで発言していました。

電力会社は,原発新設の前に設置許可申請書を提出しますが,その中に,「立地審査指針が満たされている」と必ず記されている。さらに,「最悪の場合に起きるかもしれない事故(重大事故)で放射性物質が飛散する範囲には人は住んでおらず(非居住区域),重大事故を超えるような,起きるとは考えられないような事故(仮想事故)でも,放射性物質が飛散する範囲には,殆ど人は住んでいない(低人口地帯)」とも書いてあります。これはつまり,「どんな事故があっても,影響は敷地外に及ばない」という申請書なのです。/どうして,最悪の重大事故でも影響は敷地内にとどまるのかというと,影響が敷地内にとどまるよう逆に考え事故を設定しているからです。要は「本末転倒」ということです。しかし,実際,福島原発事故では,敷地を超えて放射性物質が飛散しました。立地審査指針を満たしていれば,こんなことは起きないはずでした。/」□

また,班目氏は,国会事故調の第4回委員会でも,「甘々な評価をして」等と発言している[154]甲369[4 MB]の264p以下)。

すなわち,従来の立地審査指針は,抽象的理念としては重要な観点を提示していたものの,その具体的な適用場面において,影響は敷地内にとどまるという結果になるように逆算されていたと規制機関のトップの専門家でさえ考えてしまうほど,不合理な事故想定がされており,その結果として,原子力規制において有意な役割を果たすことができていなかったのである。

このように旧規制機関が原則的立地条件①の審査を懈怠していたのであるから,原子力規制委員会にはこの点の真摯な見直しが求められているのであり,その際には最新の科学的技術的知見が用いられるべきであって,それが原子炉の位置についてもバックチェックを要求している改正原子炉等規制法の趣旨というべきである。

しかし後述のとおり,現在原子力規制委員会が行っている適合性審査では,改正法の趣旨を十分に踏まえたものとは到底言えない。

[153] 岡本孝司「証言班目春樹原子力安全委員会は何を間違えたのか?」 143~144頁

[154] 「国会事故調会議録」76~77頁

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 4 現在における立地審査指針の位置づけ

「考え方」は,「原則的立地条件①」は損傷防止策の評価の中でも考慮されていると指摘しているが,施設そのものの損傷防止策と立地審査指針は,役割の異なる次元の違う話であり,代替できるものではない。

すなわち,立地審査指針の「原則的立地条件」は,原子炉が「事故を起こさないように設計,建設,運転及び保守を行わなければならないことは当然のこと」と前置きしたうえで,「なお万一の事故に備え,公衆の安全を確保するために」設けられている条件である(立地審査指針1.1柱書参照)。

つまり,「原則的立地条件」は,原子炉に万全の損傷防止策等が施されていることを前提にして,なお立地の観点から周辺住民の安全を図るべきとする考え方である。立地の問題を損傷防止策に置き換えるという考え方は,上記のような「原則的立地条件」の基本的な理念に整合しない。

立地の問題を損傷防止策に置き換えるという考え方は,いかなる自然現象等が起きたとしても原子炉の損傷防止策は必ず存するという虚構を前提としており,これは一種の逆算である。

原則的立地指針②,③についても同様である(甲369[4 MB]の269p以下)。

原子力防災対策としての立地審査は,避難計画等の他の原子力防災対策にはない固有の意義があり,他の原子力防災対策があることによって直ちにその役割がなくなることにはならない。


 5 過酷事故対策や原子力防災の強化によって立地審査指針が不要となったとする考え方は,法や国際基準とも整合しない。

(1) 法律違反

改正前の原子炉等規制法24条1項4号は,原子炉の「位置」が「災害の防止上支障がないものであること」を求めており,その具体的基準となっていたのが立地審査指針であった。そして,その立地審査指針は,「原則的立地条件」の中で,原子炉と周辺住民の「離隔」を明確に求めていた。

その後,福島第一原発事故の教訓を踏まえ平成24年に原子炉等規制法が改正された際も,原子炉が災害の防止上支障がないものであるかどうかの適合性審査の考慮要素の中の「位置」の文言は削除されなかった(同法第43条の3の6・1項4号)。

福島第一原発事故で我々は,原子炉そのものの事故対策が功を奏さず,放射性物質が原子炉敷地を超えて広範囲に飛散する現実を目の当たりにした。その上で,改正原子炉等規制法は,従前離隔要件として解されていた「位置」の文言を削除しなかったのであるから,改正原子炉等規制法は,従前通り原子炉と周辺住民の離隔を考慮すべきことを求めていると考えるのが自然である。福島第一原発事故の教訓を踏まえるのであれば,国民の生命・身体の安全確保を図るという理念の下,従来の恣意的な事故想定を正して少なくとも福島第一原発事故の現実を踏まえた想定によって立地を審査する規則を策定することを原子力規制委員会に義務付けているというのが素直な法解釈である。

(2) 確立された国際基準違背

IAEA安全基準では,「個別安全要件」として,「原子力発電所の安全」とは別個に,「原子炉等施設の立地評価」が求められており,「安全要件」(SafetyRequirements)として,「原子炉等施設の立地評価」(Site Evaluation for NuclearInstallations)(NS-R-3(Rev.1))[155]が策定されている。その2.26以下では「人口と緊急時計画の考慮についての基準」(CRITERIA DERIVED FROMCONSIDERATIONS OF POPULATIONAND EMERGENCY)が規定され,立地の際には人口分布や複合災害時を含む緊急時対応計画の実現可能性が考慮されるべきことが規定されている。

すなわち,放射性被害からの安全の確保は,施設そのものの防護のみで図られるのではなく,その前段階としての「立地評価」においても図られるべきものであるという視点を提示している。アメリカ原子力規制委員会も同様である(甲369の271p)。

改正原子力基本法2条は安全確保の上で確立した国際的な基準を踏まえるべきことを規定しているところ,前記の国際基準から考えれば,立地審査は現在の原子力規制においても必要とされているものであり,立地審査を廃止することを肯定する法的根拠は見受けられない。

[155] 「原子炉等施設の立地評価」(Site Evaluation for Nuclear Installations)(NS-R-3(Rev.1))

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 6 原子力規制委員会の「考え方」が本末転倒な不合理なものであること

「考え方」では,従来の立地審査指針が原子力防災に役立つものではなかったということを指摘するが(甲369の274p),それはそもそも「甘々な」(班目氏発言)誤った事故想定をしていたことが原因なのであって,原子力防災のことを考慮した立地審査を行おうとする立地審査指針自体が不合理であるはずがない。

福島第一原発事故の教訓を踏まえれば,本来の立地審査指針が求めるような,技術的見地からは起こるとは考えられない事故(=仮想事故)を真摯に想定し,真に実効性のある緊急時計画を策定しておくことは極めて重要である。

そして,とりわけ周辺住民の避難については,実現性の疑わしい机上の避難計画などではなく,真に実効性のある万全の措置が講じられるべきであり,立地審査を前提として初めて効果的な対策ができるというべきである。

例えば,高齢者や障がい者等の避難が容易でない者の施設が多数立地する地域には,原子炉施設をそもそも設置しないとすれば,避難することそれ自体が心身に多大な悪影響となる避難困難者をより確実に保護することができる。

現在の原子力災害対策指針は実現可能とはとても言えない段階的避難計画を各自治体に立てさせているが,立地審査指針にあるように,避難を必要とする範囲内の住民を少人数とすれば,実現困難な計画を立てさせずに済む。周辺にあまりに多くの人口が分布する原発,多数の住民が居住する離島の周辺にある原発や,半島の付け根にある原発等は,住民の避難の困難性に鑑みて,立地を根本的に見直すべきことになる。

立地審査指針は原子力防災に一定の効果があることは「考え方」も認めるところであり,しかも「位置」の考慮は法律上の要請である。そうであれば,福島第一原発事故の教訓を踏まえた立地審査の基準が策定されていない以上,審査は不合理というべきであり,人格権侵害の現実的危険性を生じさせるものである。

なお,「考え方」は,国際放射線防護委員会(ICRP)の2007年勧告を引用して,立地審査指針が考慮した集団線量が社会的影響の考慮としては不適切であり,福島原発事故を踏まえ半減期の長い放射性物質の総放出量という観点からの規制が合理的だと主張している(甲369[4 MB]の279p)。

この点,立地審査指針における社会的影響を集団線量で考えることが不合理であるかどうかは判然としないが,上記を前提としても,立地審査指針において社会的影響を考慮した離隔要件を設けること自体が不合理であるという考え方には結びつかず,この点からも「考え方」は非論理的である。


 7 小括

福島原発事故の教訓に照らし,立地審査基準(現在でも廃止されたわけではない)によって「非居住区域」とすべき本件原発の周辺地域には,現実には多数の人々が居住している。さらに,「低人口区域」とすべき地域には,多くの大都市が含まれ,夥しい数の人々が居住している。よって,立地審査基準の一点をとってみても,本件原発の設置(変更)に許可を出すのは違法であり,このことは民事訴訟上も,原告らに人格権侵害の具体的危険があることを意味する。

 

以上

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