◆原告第40準備書面
第2 過酷事故における人的対応の現実と限界

2017年(平成29年)10月27日

原告第40準備書面
-過酷事故における人的対応の現実と限界-

目次

第2 過酷事故における人的対応の現実と限界
1 原子力情報コンサルタントである佐藤暁氏の指摘
2 福島第一原発事故における人的対応の現実と限界


第2 過酷事故における人的対応の現実と限界


 1 原子力情報コンサルタントである佐藤暁氏の指摘

(1) 1984年から2002年までゼネラル・エレクトリック社(GE社)原子力事業部で大小100以上のプロジェクトにかかわり、その後原子力情報コンサルタントとして、主に米国の原子力業界における最新技術、安全問題、規制情報を収集、動向分析し、提供する業務を行っている佐藤暁氏は、岩波書店の『科学』誌上で、「原子力発電所の安全審査と再稼働」をテーマに論文を連載し(2014年(平成26年)8月号~2015年(平成27年)10月号)、政府の原子力政策とその正当性の根拠への疑念と、原子力安全規制の制度及び手続きに対する懸念を述べている。この中で、佐藤氏は、日本の原子力発電所の過酷事故対策が、実は、軽い切り傷やひび・あかぎれにしか効かない「がまの油」のようなものであると指摘している(甲371

(2) その根拠を示す一例として、佐藤暁氏は、1985年、GE社のプロジェクトとして行った福島第一原発2号機のサプレッション・プール(トーラス)改造工事時の数々の失敗例をあげている(甲372)。

トーラスの改造工事にあたっては、まずトーラス内のプール水を抜いて除洗する作業が必要となる。ところが、この最初の作業の段階で、米国から派遣された「プロ」であるはずの作業員が、通気性のない作業服での作業に早々に根を上げ、現場を放り出して米国に帰国したことにはじまり、トーラス底部をブラシ洗浄するための除洗ロボットに、スラッジ(鉄サビやコンクリートの粉塵など)が付着してしまって使いものにならず、塗装の剥奪用の超高圧ジェットも、石化したように堅くなった塗装には歯が立たないという予想外の出来事が起こり、最終的にはトーラスの水位を下げ、川釣りなどで使う「胴付き長靴」を作業員に使用させ、人海戦術で強引にスラッジを回収したという顛末が紹介されている。この際、作業の遅れを取り戻すために、作業員の被爆増加が犠牲になっている。

そのほかにも、作業員が手順を間違え、専用受けタンクに送るべき濃厚な放射性スラッジの廃液を、原子炉建屋の換気ダクトの中に大量に流し込んでしまう、また、作業員が「右左」「時計回り」が自分の立ち位置による相対的な概念であることを失念し、作業対象物ではなく隣にあった別の溶接部を削除してしまうという、些細なヒューマンエラーが引き起こした大変な事態、さらに、仮設通路の手摺りが折れて作業員が汚染水のプールに落下するという、不測の事態が発生している。加えて、現地で集めた臨時作業員の1人が窃盗犯の容疑者で、現場を出たとたんに張り込み中の警察官に身柄確保され連行されるということまで起こっているのである。

佐藤氏は、これらの失敗例から、「新しい試みは、必ず思いがけない出来事に遭遇する」として、日常の勉強や手順書がいかに役に立たないかを実証している。そして、過酷事故対策への教訓として、過酷事故対策の対応手順書は、実戦経験ゼロで、完成度が極めて低いのだと認識すること、初めから難度の高い人的対応は排し、実務者の労苦を最小限にするあらゆる工夫がなされるべきで、その上でたとえば達成制限時間に対して3倍、対応要員の必要人数に対して2倍の尤度を確保すべきとしているのである。

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 2 福島第一原発事故における人的対応の現実と限界

  (1) 吉田調書等から判明した人的対応の限界

一旦、原子炉が危機的状況に陥った場合、情報伝達の不備等を原因として意思決定の混乱が生じる。本項では、政府事故調査・検証委員会(政府事故調)が東日本大震災の発生当時、東京電力福島第一原発所長であった吉田昌郎氏を2011年7月から11月にかけて延べ13回聴取した記録(聴取結果書)をもとに福島第一原発事故において実際に生じた、政府、東京電力の本店及び現場の、「ベント」「海水注入」「退避」に関する混乱の状況を説明する。

  ア ベントをめぐる意思決定の問題
過酷事故時に、格納容器の加圧破壊を防止するために、格納容器内の蒸気を外部へ排出することをベントという。ベントを行なうと格納容器内の減圧が促進され容器自体の破損を防ぐことができるとともに、注水による冷却が可能となる。他方、ベントを行なうと放射性物質を含む蒸気が大気中に放出されるため、ベントは格納容器の破壊を回避するために止むを得ず行う手段といえる。

福島第一原発事故を経て、新規制基準では格納容器圧力逃がし装置の設置が要件化されたが(甲373-22頁、甲374)、ベントの実施に伴い放射性物質の放出は必至のため、これを実施する際に、「誰が」主体的に判断するのかという問題は、現時点においても問題となりうる。以下、福島第一原発におけるベントをめぐる混乱ぶりを述べる。

福島第一原発事故において、1号機においては、3月12日00:06ころには、吉田所長が格納容器ベントの準備を指示し、政府、東電本店においても、実施に関する了解が得られていた。そして、現場においてはベント実施に向けて作業を進めていたにもかかわらず、海江田経産大臣は東電のベント実施に対する姿勢に疑念、不信を抱き、3月12日06:50ころ原子炉等規制法64条第3項に基づくベントの実施命令が発出された。この間、東電の現場がベント実施に向けて作業を行っていることは保安院には伝えられていたが、海江田経産大臣には伝えられていなかった。

また、ベントの実施がなされない事に対して、菅直人総理大臣は福島第一原発視察を決定し、3月12日06:15ころ、原子力安全委員会委員長斑目春樹氏とともに福島第一原発へ出発した(甲3-290~292)。なお、菅直人総理大臣の現地視察は、現場の士気を鼓舞したというよりも、事故のいらだちをぶつけるのみで作業に当たる現場に「プレッシャーを与えた可能性もある」と指摘されている(甲3-293)。

しかしながら、この間、東電の現場はベントを躊躇していたのではなく、ベントを行なうために必要であった可搬式エアコンプレッサー及び直流電源の不足が原因のため、これを行なうことができなかったのである。

政府事故調の吉田所長に対するヒアリング結果からは、現場に対して、一方的に指示を行う東電本店及び国の対応に対するいらだちがわかる。

この事例からは、危機的状況において、情報の共有および指揮系統が不分明のまま現場で作業を行うことの限界を示している。民間事故調報告書検証チームによる吉田調書を元に福島第一原発事故の評価をおこなった「吉田昌郎の遺言.吉田調書に見る福島原発危機」(甲375-23)は、ベントに関する意思疎通の問題を「東電は、官邸との関係も含めて、最後までICS(事故指揮命令系統)のガバナンスを確立できなかった」と評している。

甲376・43 回答者が吉田昌郎所長】【図省略】

甲376:49~51頁 回答者が吉田昌郎所長】【図省略】

【甲3.291 国会事故調査報告書】【図省略】

  イ 海水注入をめぐる意思決定の問題(甲3.293~295)
同様の問題は、海水注入をめぐる際にも生じた。「海水注入」とは、原子炉を冷却する場合の非常手段として原子炉に直接水を注入する際に、通常は防火水槽等からの淡水を使用するが、淡水に変えて(淡水が枯渇した後に)海水を注入することをいう。海水を注入した場合、金属腐食による原子炉の損傷が必至(廃炉の可能性が高くなる)なため、その判断には困難が伴う。

3月12日14:54ころ、吉田所長は、1号機に海水注入を指示し、15:30には海水注水の準備を完了した。他方、東電が海水注水による廃炉を懸念していると判断した海江田経産大臣は、17:55原子炉等規制法64条3項に基づく措置命令を発した。ところが、菅直人総理大臣は、細野補佐官、斑目委員長、東電武黒フェローらと海水注水の是非を議論し、菅直人総理大臣が海水注水を了承したのは19:55であった。

実際には、吉田所長は19:04に海水注入を開始し、武黒フェローからの海水注入の待機命令を無視し海水注入を継続した(この間、吉田所長は海水注入を中断する指示をしつつ実際には継続を指示した)。

この事例からは、危機的状況における、指揮系統の混乱、現場で作業を行うことの限界を示している。また、民間事故調報告書検証チームによる著書(甲375.30)は、海水注水に関する意思疎通の問題をICS(事故指揮命令系統)上の問題であると指摘するとともに、吉田所長の独断による海水注入を、「逆に危機を悪化させた場合、または二次災害を引きおこした場合、それは所長が責任を負えない結果と意味合いをもたらす」と評し「危機対応をする部署のそれぞれの権限と責任を明確にしなかったことが事故対応を複雑にし、効果を半減させた」と批判している。

甲377-9 回答者が吉田昌郎所長】【図省略】

甲377-12 回答者が吉田昌郎所長】【図省略】

【甲3 294頁】【図省略】

  ウ 退避の問題
3月14日から15日にかけて、福島第一原発から従業員が撤退するという情報に基づく混乱は、危機的状況において情報不足の深刻性とそれに基づく現場のみならず政府の混乱を示唆している。

国会事故調の報告によれば、3月15日未明の東電清水社長から「福島第一原発からの退避もありうる」という電話連絡を受けて、政府閣僚らは全員撤退を危惧した。ここで菅総理大臣は、吉田所長に電話連絡し状況を確認、清水社長を官邸に呼びつけるなどしたが、実際には、福島第一原発の現場において全員退避との指示はなされていなかった。すなわち、情報伝達の混乱が福島第一原発の従業員全員退避という事実に反する情報として伝わり、緊急時にさらなる混乱を招いたのである。

甲378 31回答者が吉田昌郎所長】【図省略】

【甲3-294】【図省略】

  エ 小括
福島第一原発事故が明らかにしたことの一つは、マニュアルのない危機的状況に陥った際に、事故現場、政府等で情報が錯綜し、指揮命令系統が不分明な混乱状況におちいる危険性があるということである。

また、同様の問題は、東電の現場、本店、政府の間の指揮命令系統のみならず、現場の中でも誰が作業を行うかで混乱が生じうる。3月14日夕方福島第一原発2号機のSR弁(主蒸気逃し安全弁)を開ける際にも、実際に作業を行なうのが運転員なのか、保守員なのかで現場が混乱した事情が読み取れる( 甲378-20,21)。これは、福島第一原発と同様の重大事故が発生した際の人的対応の限界を示すものである。

この点、事故後、規制要件としてベントの設備とマニュアルが求められていることは、前述のとおりである(甲373-22)。しかしながら、仮にベントの手順が整備されたとしても、ベント=放射性物質の放出の決断に関して、誰が意思決定を行なうかについては要件化されていない。

ベントと同様の問題は、水素爆轟防止対策であるイグナイタ(水素燃焼装置)実施の意思決定(甲374)にも当てはまる。すなわち、イグナイタは格納容器内の水素濃度が高まった際にそれを燃焼させる装置であるが、密閉空間で水素を燃焼させるというリスクの高い措置を誰が判断するかについては要件化されていない。

福島第一原発事故の先例は、重大事故時に対策設備の施設とマニュアルの設置だけでは万全ではないことを示しているのである。

  (2) 国会事故調アンケート(甲379)

国会事故調査委員会では、福島第一原発事故の翌年である2012年(平成24年)4月27日~5月18日にかけ、事故当時に勤務していた東京電力及びその協力会社の従業員のうち約5500人にアンケート調査を行い、約44%にあたる2415人から回答を得ている。

  ア 従業員から見た問題
このアンケート結果から、前項で指摘した指揮命令系統の混乱や情報伝達の不備が、従業員の立場から浮かび上がってくる。

まず、3月11日時点で、避難せずに敷地内に残った協力会社の従業員に対して原子炉が危険な状態であるという説明はほとんどなされず、また、多くの従業員に対して避難指示がなかったという問題があった。さらに、事故収束業務にあたった従業員の多くは、事故発生時に作業に従事することを事前に説明されておらず、また同意なく従事せざるを得なかった従業員もおり、原子力災害に備えた従業員への説明にも問題があったのである。

アンケート回答には、「20キロ圏内に緊急的な避難指示が出ていることすらテレビで知った。」「勤務会社の所長、副所長、放射線管理責任者等会社責任者は、我先に各々の家族らと共に避難してしまい、免震重要等に残っている社員に対する避難指示・行動指示がなかった。自力で避難しようとしたが、会社の業務車は東電社員に勝手に使われてしまっていた」(甲379・原文198~199頁)。「地震で外に避難しようとしたが、人が多く、1Fの敷地に出ても2時間出れなかった。その間に津波があったが、何の告知もなかった」(甲379・原文201頁)、「事故時の現場対応が後手を踏んだ。免震棟には何もせず時間をもて遊ぶ人が多数いた」(甲379・原文205頁)、「非常時のマニュアルはあったが、全く役に立たなかった。なぜなら、社内イントラ上にデータとして存在し、停電でネットワークが停止していたから。ただ、紙の情報も、書類の散逸がひどく、探し出すのは難しかったと思われる」(甲379・原文・211頁)、「停電のため連絡手段もなく、携帯電話もつながらない」(甲379・原文211頁)という具体的な声が寄せられている。

  イ 従業員の放射線防護に対する安全対策の不備
さらに、このアンケート結果からは、従業員の放射線防護に対する安全対策の不備が露呈されている。具体的には、事故収束に関わった従業員の多くは放射線業務従事者であったが、線量計の数が不足し、複数人で1台の線量計を共有する事態が生じ、また、作業区域の放射線量に関する説明や、累積線量の管理に問題が生じていたのである。

アンケート回答には、「地震でDB(データベース)が使えなくなり、累積被爆線量は個人で管理することになったが、筆記用具もまともになく、メモしていた紙が途中でなくなった。線量管理・放射線防護装備が津波で流された」(甲379・原文198頁)、「APD(線量計)は、10時間で電源が切れ使用できなかった」(甲379・原文200頁)、「正門の車の誘導員には3月13日朝方にはじめて全面マスクとタイベック支給されたが、1セットしかないため、同じ物を脱ぎ着して使用せざるをえなかった」(甲379・原文200頁)、「水不足で手洗いもできない状態で非常食を食べるしかなく、内部被曝は明らかだった」(甲379・原文205頁)、「免震棟は地震には強いが、放射能には対応していなかった。出入り時に除洗もなされず、汚染された床で皆ザコ寝をしており、内部被曝が心配」(甲379・原文205頁)、「食料だけでなく、マスク、線量計、手袋、防護服についても管理保管すべき」(甲379・原文206頁)、「脱水症状の様な人、爆発の際にケガをした人など、現場では処置らしい処置もできない状態だったため、医師の確保が重要」(甲379・原文210頁)という具体的声が寄せられているのである。

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  (3) 事故後に判明した1号機への注水失敗

2017年9月に発刊されたNHKスペシャル『メルトダウン』取材班『福島第一原発1号機冷却「失敗の本質」』(甲380)によれば、「吉田所長の英断」と評価されていた1号機への注水は、実は失敗であった。

  ア 1号機について原子炉内に核燃料が残っていない状況が明らかになってきたこと
福島第一原発事故の発生当初、東京電力は炉心溶融(メルトダウン)自体を認めておらず、事故から二か月以上経った2011年5月15日にはじめてメルトダウンの可能性を認めた。しかし、その段階でも、燃料は、原子炉圧力容器の中に大半がとどまっているとされていた。

ところが、2015年に行われた宇宙線「ミュー粒子」を用いた検査では、1号機の圧力容器内には核燃料がほとんど残存じていないことが示唆された。

  イ 2016年9月の日本原子力学会による国際廃炉研究開発機構による発表
さらに、2016年9月7日に日本原子力学会の大会で行われた報告では、1号機に対する注水の寄与がほぼゼロであることが報告された。

すなわち、東京電力は、2011年3月11日の東日本大震災のあと、3月12日に、1号機への注水を開始したが、12日たった3月23日になって制御室の電源が復旧した時点で、1号機の注水量が十分でないことに気付き、注水ルートを変更した。それまでは、1号機の原子炉冷却に寄与する注水はほぼゼロだった。

1号機への注水をめぐっては、3月12日午前7時台に、福島第一原子力発電所の所長であった吉田昌郎が、東京電力本店の注水の中止指示を無視する形で海水の注水作業を続行したことが英断であるとの評価もされているが、実は、吉田所長による決断の結果の注水がまったく奏功していなかったのである。

  ウ 注水量はほとんどゼロであったことが2017年の最新の分析で裏付けられたこと
さらに2017年2月、エネルギー総合工学研究所の専門家とNHKが最新の解析コードを用いて行った分析では、1号機への注水量は0.07~0.075リットル/秒という結果が出た。1号機への注水はほとんど意味がなかったことが改めて裏付けられた。

また、この分析では、仮にそれなりの量が注水されていても、1号機の場合は、核燃料の真上から水を注ぐ「コアスプレー」による注水が行われていたところ、3月12日の時点では、1000度を超える熱により、鋼鉄でできた機器が変形し、コアスプレーの配管が歪んで細くなったり、閉塞してしまった可能性もあることが判明した。
エ海水は復水器へ流れ込んでいた可能性があること

1号機への注水は消火系配管を通じて行われていたが、1号機については、消防車が注水した栓から原子炉に至るまでの「注水ライン」の間に10本の「抜け道」(バイパスフロー)があったことが2013年12月に判明している(下図参照)。この抜け道に、ほとんどの水が流れ込んでいたことになる。

甲380『福島第一原発1号機冷却「失敗の本質」』176~177頁> 【図省略】

一番多くの海水が送水された先は「復水器」と呼ばれる機器であり、この機器に海水が流れ込んだ原因は、下図の通り、低圧復水ポンプの電源が止まることで、本来、消防車から送水された水が進入することが想定されていないルートで、復水器に進入した、というものである。

甲380『福島第一原発1号機冷却「失敗の本質」』180頁> 【図省略】

2016年の日本原子力学会での発表や、2017年のエネルギー総合工学研究所・NHKの分析、はこの推論を裏付けるものになったと言える。

  オ 注水開始時点ではすでにメルトスルーしていた
さらに、上述のネルギー総合工学研究所の専門家とNHKが最新の解析コードを用いて行った分析では、注水が始まった2011年3月12日の段階では、すでに1号機の核燃料は全て溶け落ち、原子炉の中に核燃料はとどまっていなかった(メルトスルー)と推測された。すなわち、仮に3月12日の時点で1号機への注水が奏功していても、すでに核燃料を原子炉圧力容器内に止めることとの関係では、時機を逸していた可能性が高い。

  カ 1号機の大きな水素爆轟の原因が従前の理解と異なる可能性があること
また、このように、事故時の1号機の状況の解析がすすむにつれ、1号機が大きく爆発する原因となった水素の大量発生の原因が、従前から言われていた水-ジルコニウム反応により発生した水素よりも、「溶融炉心コンクリート」(MCCI)、すなわち、溶け落ちた核燃料が原子炉の底を突き破り、格納容器の床に達した後、核燃料の崩壊熱による高温が維持されることで床のコンクリートを解かし続ける事態が起きた際に発生した水素の方が多数(7割)を占めることも分かってきた。

早期にメルトスルーが発生したことで、「溶融炉心コンクリート相互作用」(MCCI)が激しく発生し、それが大きな水素爆発の原因となったのである。3月23日までの間の注水が奏功しなかったことで、「溶融炉心コンクリート」(MCCI)が促進されることとなった。

  キ 小括

この1号機への注水の失敗を例にとっても、現場では全く想定のできない隠れた要因により、注水自体が失敗し、仮に成功していても、メルトダウンやメルトスルーを防止することとの関係では、すでに手遅れであったことが分かる。さらにいえば、水素爆発の発生原因自体が、従前考えられていたものとは異なる可能性が強くなっており、注水の失敗が原因で大爆発を引き起こしたと考えられる。

このような緊急事態への対応について、実際に緊急事態を引き起こして訓練することは危険すぎてできない。工業製品では自動車の衝突安全性能の試験のように、実際に緊急事態を引き起こして試験をする例があるが、原発ではそのような試験ができないのである。
そして、そのような想定外の事象を事前に想定して事前に訓練することも不可能である。

そして、1号機への注水失敗の原因については、国会事故調査委員会も、政府事故調査委員会もほとんど着目していない。事故の検証の段階でも「想定外」だったのである。

結局、1号機への注水失敗に関する経過は、非常事態において人力に頼る作業自体に限界があり、いくらマニュアルを整備しても、想定外のことが次々に発生し、事態の拡大を防げなくなる、という原発事故に関する冷酷な事実を如実に示しているのである。

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