◆原告第55準備書面
―名古屋高裁金沢支部判決の問題点―

原告第55準備書面
―名古屋高裁金沢支部判決の問題点―

2018年(平成30年)8月31日

原告提出の第55準備書面

【目次】

第1 はじめに
第2 判断枠組みについて
第3 新規制基準及びその適合性審査についての判断の問題点
第4 まとめ

 



第1 はじめに

本年7月4日、名古屋高裁金沢支部は、大飯原発3・4号機の運転差止めを認容した2014(平成26)年5月21日福井地裁判決を取り消し、住民らの請求を棄却する判決を言い渡した(以下「本判決」という。)。

しかしながら、本判決は、伊方原発最高裁判決の判断枠組みを踏襲しながら、新規制基準の合理性判断について、具体的な審査基準の内容に踏み込んで判断することなく、新規制基準の適合審査に合格していることをもって、安易に安全性を容認したといわざるを得ない。また、個別の論点についても、関西電力の主張をそのまま採用し、裁判所自ら主体的に原子力発電所の安全性、危険性について判断したとは到底言い難い判断である。本判決は、司法の役割を放棄した極めて不当な判決であると言わざるを得ない。


第2 判断枠組みについて

 本判決は、「原子力発電所は、ひとたび設備の破損等による事故が発生すれば、人体に有害な放射性物質が所外に漏えいして、殊に原子力発電所に近接して居住する住民の生命や健康に重大な被害がもたらされる可能性があるほか、避難等に伴って住民の生活やコミュニティが破壊され、また、放射性物質は極めて長期にわたって漏えいした場所に残存するから、破壊された生活やコミュニティの再構築が著しく困難となる」と述べつつ、我が国において原子力基本法、原子炉等規制法が制定されていることをもって、「我が国の法制度は、原子力発電を国民生活等にとって一律に有害危険なものとして禁止することをしておらず、原子力発電所で重大な事故が生じた場合に放射性物質が異常に放出される危険性や、放射性廃棄物の生成・保管・再処理等に関する危険性に配慮しつつも、これらの危険に適切に対処すべく管理・統制がなされていれば、原子力発電を行うことを認めている」とし、「原子力発電所の運転に伴う本質的・内在的な危険があるからといって、それ自体で人格権を侵害するということはできない」(58頁以下)と判示した。

本判決は、原子力発電所の運転に伴う本質的・内在的な危険を認めつつも、「国政の上で、最大の尊重を必要とする」、「生命、自由および幸福追求に対する国民の権利」(憲法第13条)であるところの人格権の侵害について、政策的判断を優先するばかりか、「その当否をめぐる判断は、もはや司法の役割を超えるものであり、国民世論として幅広く議論され、それを背景とした立法府や行政府による政治的な判断に委ねられるべき事柄である」などと述べ、もはや、立法・行政の判断に対して、司法の役割を放棄した判決といわざるを得ない

 本判決は、原子力発電所の運転差止めについての判断枠組みとして、「原子力発電に内在する危険性に対して適切な対処がされ、その危険性が社会通念上無視しうる程度にまで管理・統制がされているか否かを検討すべき」と判示する。

その上で、「安全性に関する具体的審査基準の制定及び申請にかかる原子力発電所の当該基準への適合性について、高度の専門的知識と高い独立性を持った原子力規制委員会の合理的な判断に委ねたものと解するのが相当」とし、「具体的審査基準に適合しているとの判断が原子力規制委員会によってされた場合は、当該審査に用いられた具体的審査基準について現在の科学技術の水準に照らし不合理な点があるか、あるいは当該原子力発電所が具体的審査基準に適合するとした原子力規制委員会の判断に見過ごし難い過誤、欠落があるなど不合理な点があると認められるのでない限り、当該原子力発電所が有する危険性は社会通念上無視しうる程度にまで管理され、放射性物質の異常な放出を招くなどして周辺住民等の人格権を侵害する具体的危険性はないものと評価できる」とする。まさに、上述したような行政の判断を追随するだけの、司法の役割を放棄した判断が現れているといわざるを得ない。

そして、新規制基準については、「新規制基準について、明らかに不合理な点がない限り、その内容を尊重するのが裁判所としてふさわしい態度といえる。」、「自然科学の分野で諸説が対立する事柄があったとしても、裁判は学術論争をする場でないことはもちろんであり、いたずらに自然科学の分野における論争や対立に介入すべきでない。」(62頁以下)などと述べる。かかる判示は、具体的な争訟について、法を適用し、宣言することによって、これを裁定する国家の作用であるところの司法権を司る裁判所としては、法適用の前提となる事実認定やその評価を行うことこそがその基本的役割であるにもかかわらず、その役割を自ら放棄することを判決文の中で宣言するに等しく、明らかに裁判所としてあるまじき態度を示しているといわざるを得ない。

加えて、「新規制基準の内容面に関し、1審原告らが縷々不合理な点として挙げる事柄については、(中略)所詮、独自の見解に立って規制の在り方を論ずるものにすぎず、合法・違法の問題が生ずるとは解せられない」と述べ、住民ら(1審原告ら)の主張については、元原子力規制委員長代理をつとめた島崎邦彦氏など、専門家が示した知見を背景にした主張であっても一蹴するという極めて偏った態度をとっているといわざるを得ない。さらには、いまだ収束せず、事故原因の究明も進んでいない東京電力福島第一原発事故について、「福島原発事故と同じような過ちを繰り返さないための教訓はおおむね得られた」などと述べ、福島第一原発事故の被害の実相や、事故後すでに7年以上を経過しているにもかかわらず、事故がいまだ収束せず、原因究明も遅々として進んでいないという事実を軽視した判断である。

 以上のとおり、本判決は、その判断にあたって、本来司法権が果たすべき、事実認定やその評価について、「自然科学の分野における論争や対立に介入すべきでない」などと述べて、その役割を放棄し、立法・行政の判断に追随するだけの判断であって、極めて不当であるといわざるを得ない。


第3 新規制基準及びその適合性審査についての判断の問題点

本判決は、基準地震動や津波、火山対策など、新規制基準における各審査基準及びその適合性審査について、本判決65頁以下で判示する。しかしながら、その判示は、まさに関西電力の主張をそのまま採用した上で、「新規制基準に違法や不合理の廉があるとは認められ」ない、「本件発電所が新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断に不合理な点があるともいえない」(197頁)と述べているにすぎない。

とりわけ、基準地震動に関する判断においては「基準地震動Ss-1~19のうちの最大加速度856(Ss-4)は、耐震バックチェック時に策定され、平成22年11月に原子力安全・保安院により妥当性が確認された最大加速度700ガル(応答スペクトルに基づく評価結果としての従来のSs-1)を上回る」(96頁)と認定しながら、結論として「上記の基準地震動Ssが新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断に不合理な点があるとは認められない」(97頁)と判示した。審査基準として示された数値を超え、審査基準に適合しない内容であったとしても適合すると判断した原子力規制委員会の判断は、明らかに「当該原子力発電所が具体的審査基準に適合するとした原子力規制委員会の判断に見過ごし難い過誤、欠落があるなど不合理な点がある」にもかかわらず、これを追認した本判決は、上述した判断枠組みからしてもおよそ論理的な判断とは言い難く、まさに司法の役割を放棄した判断だといわざるを得ない。


第4 まとめ

以上のとおり、本判決は、原子力規制委員会の安全審査の結果さえ出れば、裁判所は、自ら主体的に原発の安全性を審査することとなく、その結果に追随するだけという、まさに、司法の役割を放棄した、立法・行政追随の判決であるといわざるを得ない。

当裁判所においては、本判決のような電力会社の主張を引き写し、立法・行政に追随するような判断に逃げ込むことなく、直近で発生した原発事故である東京電力福島第一原発事故の被害の実相、そして、原子力発電所がもつ危険性を直視し、「国政の上で、最大の尊重を必要とする」ところの「生命、自由および幸福追求に対する国民の権利」を擁護する砦としての裁判所の役割を全うされることを強く希望するものである。

以上