◆原告第68準備書面
-避難困難性の敷衍(京都府南丹市美山町芦生における問題点について)-

原告第68準備書面
-避難困難性の敷衍(京都府南丹市美山町芦生における問題点について)-

2019年11月20日

原告提出の第68準備書面

目 次

1 原告今井崇について
2 原発事故は、かけがえのない自然を破壊する。
3 避難の困難さ


原告第6準備書面において、避難困難性について述べたが、本準備書面で京都府南丹市美山町芦生に在住する原告の今井崇の日々の暮らしをもとに、避難困難性に関する個別事情について述べる。

1 原告今井崇について

原告今井崇は、大飯原発から約30kmのところに位置する、南丹市美山町芦生に住んでいる。芦生は由良川最上流の村で、美山町のなかでも一番北東の位置にあり、おおい町とも隣接している。下記の写真は、原告今井が経営する山の家の付近の風景である。道幅は非常に狭く、がけ崩れや木が倒れるなどすると通行が非常に困難である。

甲512-1参照 【図省略】)

甲512-2 【図省略】)

甲512-3 【図省略】)

2 原発事故は、かけがえのない自然を破壊する。

芦生で生活する住民は、自然を守り自然を生かして生活してきたからこそ今日まで住み続けてこられたのである。原告今井は、「芦生山の家」の管理運営を行っており、訪れた人々に、芦生で生活する住民が作った野菜、原告今井が栽培する椎茸、なめこなどのキノコ類など芦生でとれた物を提供している。また、山の家の下に流れる由良川には、鮎をはじめ様々な種類の魚が泳いでいる。これらも大切な食材である。芦生を訪れたものは、皆、食事がおいしいと言っている。ブナの木1本ブリ千匹とも言われるように、自然の中に在り自然を生かして生活することがこれからの芦生の生活にとって重要なことである。台風や大雨によるダメージを受けることもあるが、その都度地域の住民が力を合わせ復旧してきた。

芦生では、かつて揚水式のダム計画があったが、村に生きる人々は、お金は一時のもの、一度ダムで村を潰してしまえば二度と美しい山は戻らないと考え、反対を貫き、自然を守ってきた。

自然災害は、人々が住む地域を奪うことはないが、仮に原発事故が起きた場合、かけがえのない自然が破壊され、大飯原発から30キロ圏内の芦生は、地域再生が出来なくなり、芦生の住民は、生活の場を奪われてしまう。

3 避難の困難さ

現在、生活道路である市道芦生灰野線と府道38号線を通学バスと市営バスが日に何便か走っているが、市道芦生灰野線は最終まで完成していない。車道がなくなる終点からトロッコ道を約1キロ歩いたところに二人の住民が生活している。これまでも、台風により橋が流され孤立するということが起きていた。原告今井が、生まれた4日後、昭和28年の13号台風により自宅には土砂が入り大変な状態となった。その後昭和40年の台風24号、57年台風10号、平成2年台風19号、3年の台風19号、と大きな災害が発生している。雪が、一晩に95センチ積もる大雪が発生したこともあった。災害のたびに生活道路が通行止めになることが、たびたび発生している。南丹市道は道幅3,5メートと狭いうえに、ガードレールが整備されていないところもあり、一つ間違えると命がなくなるような道を、生活道路として活用している。冬季になると除雪作業が行われるが、夕方6時ごろから朝6時ごろまでは30センチ以上の積雪になると通行止めになる。府道38号線も道幅も狭く150ミリの雨が降ると通行止めになる。台風時の倒木、土砂の流出、冬季の積雪、自然災害のたびに通行止めとなる。このような状況で、由良川の最上流に住んでいる者は避難をすることは困難である。

また、京都大学芦生研究林は、滋賀県福井県と県境を接した山深いところに位置しここに京都大学生をはじめ多くの学生が植物等の研究を行っている。この研究地の一部は一般にも開放されており4月から11月ごろまで多くの一般の方がハイキングに訪れるが、原発事故の想定は、一切なされていない。山の中にいる時に仮に原発事故が起きた場合、どこへ行けばいいのか、入山者に知らせる手立て等なく、避難するすべもない。

原告今井は、昨年度集落の区長をしていたが、台風時においても、連絡網はあるものの、一人住まいの高齢者には、連絡が難しく何よりも避難場所に集まるということ自体が無理である。

原告今井が管理運営する「芦生山の家」では、原生林のハイキングの案内もしているが、原発事故を知らせるすべ等ない。

このように、仮に原発事故が、起きた場合、避難が不可能である大飯原発は、今すぐに、廃炉にしなければならない。

以上