◆原告第70準備書面 第2
熊本地震で記録された地震波動が原子炉直下の地盤に入射した場合

原告第70準備書面
-2016年熊本地震を踏まえた主張-

2020年2月26日

目 次

第2 熊本地震で記録された地震波動が原子炉直下の地盤に入射した場合

1 熊本地震の前震(M6.5)と本震(M7.3)の強震動生成域
2 地震波の入射位置の設定
3 熊本地震の前震(M6.5)と本震(M7.3)の加速度記録
4 地盤構造モデルと地盤による増幅率
5 地盤モデルへの入力地震波
6 大飯原発サイト解放基盤における強震動
7 断層面上のすべり方向と強震動の振動方向との関係
8 まとめ


第2 熊本地震で記録された地震波動が原子炉直下の地盤に入射した場合


1 熊本地震の前震(M6.5)と本震(M7.3)の強震動生成域

 熊本地震についてAsanoandIwata(2016)が設定した断層モデルによる,断層面の地表面投影図と断層面上のすべり量分布図は次頁(5頁)の図のとおりである。

《図省略》

 上図の地表面投影図では,前震の断層面の傾斜はほぼ鉛直であるので,震源断層は青色の直線で示されている。本震の断層面は両セグメントとも傾斜しているので断層面は幅を持って示されている。KMMH16観測点は前震の断層線から約2.5km離れている。本震では,観測点は布田川断層面(北東側セグメント)の上に位置している。

 中図と下図はそれぞれ前震と本震の断層面上のすべり量の分布を示している。両図とも右側が南西方向であるので,上図の平面図とは逆の位置関係にあることに留意する必要がある。中図に示した前震は深さ8.5km付近で断層破壊が始まりその周辺付近ですべり量が大きい。下図の本震では,右側(南西側)の日奈久断層面上の☆印で破壊が始まり,破壊が伝播して左側(北東側)の布田川断層中央部付近のすべり量が最も大きい。


2 地震波の入射位置の設定

 KMMH16地中観測点はVs=2.7km/s(標高-197m)の岩盤に設置されているところ,関電地盤モデルにおいて同じVs=2.7km/sの層は深さ0.79kmの第6層である。

 そこで第1~5層を地盤,第6層以下を地震基盤と考え,第6層から第5層に熊本地震で観測された加速度記録の地震波が入射した場合の地表面の地震動を計算する。


3 熊本地震の前震(M6.5)と本震(M7.3)の加速度記録

(1) 前 震

 前震のKMMH16地中水平動成分加速度記録は次頁(7頁)の図のとおりである。加速度ピーク値は,NS成分は237ガル,EW成分は178ガルである。
 地震波の震幅は断層の走向と振動方向の関係によって変化しており,次々頁(8頁)の図のとおり,震動方向によって加速度ピーク値の最大値と最小値には1.56倍の開きがある。

《図省略》

(2) 本 震

 本震のKMMH16地中水平動成分加速度記録は次頁(9頁)の図のとおりである。加速度ピーク値は,NS成分は159ガル,EW成分は243ガルである。

《図省略》


4 地盤構造モデルと地盤による増幅率

 KMMH16地中観測点で記録された地震波動が大飯原発原子炉直下の地盤に入射したとして,原子炉が設置されている岩盤(解放基盤)の地震動を評価する。検討に用いる地盤構造モデルは,被告関西電力が基準地震動策定用に用いているモデル(関電地盤モデル)と,3号炉近辺の速度と地震波減衰量とを考慮したモデル(3号炉地盤モデル)である。

(1) 関電地盤モデル

 基準地震動策定用に用いているモデル(関電地盤モデル)の定数と地盤増幅率は次頁(10頁)の図「関電地盤モデル」のとおりである。

《図省略》

 被告関西電力が基準地震動を評価した地盤モデルでは,第6層のS波速度が2.7km/sであるので,この層から上部の地盤にKMMH16の波形が入射するとする。増幅率は表面効果により全ての周波数で2倍である。第1層のS波速度が2.2km/sと大きく層厚も大きいので,表層による増幅効果は小さい。また,減衰量(h)が大きく設定されているので,増幅率は高周波数域に向けて大きく減衰している(この点については第60準備書面[904 KB]6頁以下で詳述)。

(2) 3号炉地盤モデル

 3号炉近辺の速度と地震波減衰量とを考慮したモデル(3号炉地盤モデル)の定数と地盤増幅率は上図「3号炉地盤モデル」のとおりである。

 既述のとおり,関電地盤モデルの減衰定数(h)は,大阪平野の土質地盤の値よりも約1.5倍大きい。岩盤の減衰が土質地盤よりも大きいことはあり得ないので,減衰定数は関電モデルの値の1/1.5(=2/3)とした。3号炉地盤モデルの増幅率は,関電地盤モデルに比べ,8Hz以上の周波数域で1.2~1.5倍大きい。


5 地盤モデルへの入力地震波

(1) 距離減衰量の補正

 熊本地震のKMMH16地中加速度記録をFO-B~FO-A~熊川断層に適用するにあたっては,前震および本震のすべり量の大きい領域(強震動生成域)が原発サイトの直下付近であるとして,KMMH16の記録波形に距離減衰量を補正(補正量kを算出)して地盤モデルへの入力波とする必要がある[脚注1]

 そこで前震及び本震における補正量を求めると次のようになる。

[脚注1] 補正量kの算出方法は次のとおり。
《数式省略》

(2) 前 震(M6.5)

 前震の断層面はほぼ鉛直(傾斜角89°)であり,強震動生成域の深さを10km(図1)とすると,KMMH16地中観測点までの距離は12.4kmとなる。

 大飯原発サイトはFO-A断層線から南西方向に約2km離れており,また地盤下部のVs=2.7km/s層の上面は深さ0.79kmであるので,強震動生成域からの距離は9.4kmである。

 波面の拡がりによる幾何減衰補正量は1.32,Qによる減衰補正量は0.1~20Hzで1.068~1.040であるので,簡単のために1.05とした。従って補正量kは1.39となる。

(3) 本 震(M7.3)

 本震の布田川断層中央部の強震動生成域の深さを,断層面に沿って8km(図1)とすると,断層面の傾斜は65°であるので,深さは7.25kmとなり,KMMH16までの距離は11.7kmとなる。

 FO-A断層面も同じく65°南西側に傾斜しているとすると,強震動生成域は大飯原発サイトの南西側約1kmとなり,サイト直下のVs=2.7km/s層上面までの距離は6.54kmとなる。

 幾何減衰補正量は1.79,Qによる減衰補正量は0.1~20Hzで1.120~1.069であるので,簡単のために1.08とした。これによると補正量kは1.93となる。


6 大飯原発サイト解放基盤における強震動

 前震と本震について,それぞれ関電地盤モデルおよび3号炉地盤モデルに入射した場合の地表面(解放基盤)における加速度波形と加速度応答スペクトル(h=0.05)を計算すると,次のとおりとなる。

(1) 前 震

ア 関電地盤モデルの場合

  (ア) NS・EW方向
・加速度ピーク値Peakは,Peak_NS=659ガル,Peak_EW=487ガルである。
・応答スペクトルは,0.2秒以上の周期帯でSs-1を約1.7倍越える周期帯がある。

  (イ) 断層平行(∥)・直交(⊥)方向
・加速度ピーク値Peakは,Peak_∥=780ガル,Peak_⊥=655ガルである。
・応答スペクトルは,0.2秒以上の周期帯でSs-1を約1.8倍越える周期帯がある。

イ 3号炉地盤モデルの場合

  (ア) NS・EW方向
・加速度ピーク値Peakは,Peak_NS=735ガル,Peak_EW=528ガルである。
・応答スペクトルは,0.2秒以上の周期帯でSs-1を約1.7倍越える周期帯がある。

  (イ) 断層平行(∥)・直交(⊥)方向
・加速度ピーク値Peakは,Peak_∥=841ガル,Peak_⊥=741ガルであり,Peak_∥の値は,基準地震動856ガルの98.2%である。
・応答スペクトルは,0.2秒以上の周期帯でSs-1を約1.8倍越える周期帯がある。

(2) 本 震

 ア 関電地盤モデルの場合

  (ア) NS・EW方向
・加速度ピーク値Peakは,Peak_NS=656ガル,Peak_EW=988ガルであり,後者の値は基準地震動856ガルの1.15倍となっている。
・応答スペクトルは,Ss-1の0.12秒で約1.4倍,0.35秒以上で最大約3.8倍となっている。

  (イ) 断層平行(∥)・直交(⊥)方向
・加速度ピーク値Peakは,Peak_∥=760ガル,Peak_⊥=1013ガルであり,Peak_⊥の値は,基準地震動856ガルの1.18倍となっている(ただし,断層平行・直交はそれに近いという意味で使っており,断層平行はN15°E,直交はN105°Eの方位である)。
・応答スペクトルは,Ss-1の0.12秒で約1.4倍,0.35秒以上で約3.3倍となっている。

イ 3号炉地盤モデルの場合

  (ア) NS・EW方向
・加速度ピーク値Peakは,Peak_NS=697ガル,Peak_EW=1067ガルであり,後者の値は基準地震動856ガルの1.25倍となっている。
・ 応答スペクトルは,Ss-1の0.12秒で約1.7倍,0.35秒以上で最大約4倍となっている。

  (イ) 断層平行(∥)・直交(⊥)方向
・加速度ピーク値Peakは,Peak_∥=812ガル,Peak_⊥=1095ガルであり,Peak_⊥の値は,基準地震動856ガルの1.28倍となっている。
・応答スペクトルは,Ss-1の0.12秒で約1.7倍,0.35秒以上で約3.3倍となっている。

(3) 被告関西電力の策定した基準地震動との比較

 以上のとおり,熊本地震の本震による速度応答スペクトルは,0.5秒以上の周期で基準地震動Ss-2~Ss-18より2~8倍,平均して4倍程度大きい。M6.5の前震でも0.3秒以上の周期で基準地震動と同程度の振幅である。

 基準地震動は「レシピ」に従って計算されたM7.8地殻内地震の平均的な地震動である。熊本地震は地殻内地震のスケーリング則に従う標準的な地震であったとされている。解放基盤の地震動を応答スペクトルで評価すると,M7.8の地震を想定した基準地震動は,0.3秒以上の周期帯でM6.5の実地震と同程度,0.5秒以上の周期帯ではM7.3の実地震の1/4程度の大きさでしかない。

 基準地震動の想定するM7.8と,熊本地震のM7.3とでは,地震の規模が何倍も違っており,後者の程度の地震が発生する可能性は十分にある。被告関西電力の基準地震動を耐震基準とした大飯原発は,そのような地震に耐えられないということである。


7 断層面上のすべり方向と強震動の振動方向との関係

 8頁の図のとおり,熊本地震の前震の地震動の振幅は,断層の走向と同じ方向及び直交する方向の2方向で大きくなっている。これには,断層面のすべりの方向で決まる地震波の放射特性(ラディエーション・パターンradiation pattern[脚注2])と断層破壊の伝播方向(ディレクティビティdirectivity[脚注3])とが関係する。

 震源断層に近い強震動は,1995年兵庫県南部地震(M7.3)で強く認識されたように,震源断層に直行する方向に強く揺れる。ディレクティビティ効果によって断層直交方向の震動が卓越することが,モデル計算によっても明らかにされた。かかる効果の影響を受け,南西-北東方向である震源断層の走向と概ね平行して伸びていた鉄道や道路網などが,横倒しになり,あるいは横方向にずれたのである。近似の研究により,このディレクティビティ効果は震源断層近傍の普遍的な現象であることが明らかとなってきた(甲515[4 MB]516[4 MB])。

 断層破壊を仮定した強震動予測は,次頁(16頁)の図のように,断層面上の要素断層が次々に破壊して生じる地震波の重ね合わせとして表現される。

[脚注2] 断層運動(すべり)によって生じる地震波の振幅は,波の伝播方向に依存して変化する。この方向特性をラディエーション・パターンと称する。
[脚注3] 断層面上で破壊の伝わる速さはS波速度よりやや小さい。そのため,破壊の伝搬方向にある観測点では,次々と伝わってくる断層破壊の震動が建設的に干渉して大きく増幅される。この現象を「ディレクティビティ効果」と呼ぶ。救急車が近づいてくる際のドップラー効果に似ている。

《図省略》

 微小な要素断層のS波のラディエーション・パターンは4象限型をしており,最大振幅の方向は,断層すべりの方向とその直角方向とであり,その重ね合わせも概ねこの方向性を保持している。このような指向性を有する水平動成分の振幅は,地震計の設置方向に依存して変化するため,地震動の振幅は,記録する地震計の設置方位によって見かけ上異なることとなる。

 被告関西電力は,大飯発電所の基準地震動(総括)として,最終的にSs-1~Ss-19を策定し,最大加速度は,水平がSs-4の856ガル,鉛直がSs-14の613ガルと評価して,それぞれの加速度波形と応答スペクトルを提示している。水平加速度ピーク値が最大のSs-4は,NS方向が546ガル,EW方向が856ガルである。しかし,表示されている加速度波形が同位相(同時刻の波)であるとすると,最大のピーク値は,EW成分の856ガルではなく,概ね北東-南西方向の1,015ガルである。この方向はFO-B~FO-A~熊川断層モデルの走向に直交する。

 水平動成分の基準地震動は,断層走向に応じてディレクティビティ効果を考慮し,最大震動方向によって評価しなければならないのである。被告関西電力はこれを怠っており,過小評価となっている。規制委員会でも,ディレクティビティ効果を踏まえた検討はなされていない。


8 まとめ

 基準地震動を計算した大飯原発直下のアスペリティに熊本地震本震(M7.3)の強震動生成域が生じたとすると,解放基盤における加速度ピーク値は,関電地盤モデルでは水平動成分の向きにより最大1,013ガル,また3号炉地盤モデルでは最大1,095ガルに達する(上記(6))。これはM7.8 の地殻内地震を想定しているはずの基準地震動856ガルの1.18~1.28倍である。また,解放基盤における応答スペクトルを基準地震動Ss-1の応答スペクトルと比較すると,速度スペクトルの値はM6.5の前震でさえ0.3秒以上の周期帯でSs-1と同程度~2倍近く,M7.3の本震では0.5秒以上の周期帯ではSs-1の4倍に達する(同)。このように,被告関西電力が独自に策定した基準地震動を耐震基準とした大飯原発は,2016年熊本地震に耐えられない。

 熊本地震の観測記録の水平動成分は,断層モデルから射出される地震波のラディエーション・パターンとディレクティビティ効果とに起因して,断層走向に平行な方向および直交方向の成分が大きい。基準地震動はFO-B~FO-A~熊川断層を北西-南東走向の横ずれ断層としてモデル化しているため,水平動成分をNS・EWの座標系で表すと,最大で3割程度過小に評価することになる。

 以上のとおり,熊本地震にて現に観測された加速度記録を適用してみると,大飯原発の基準地震動が過小評価であることが判明する。大阪北部地震で現に観測された記録を元にした第60準備書面[904 KB]と併せ,想定地震と現に発生した地震との違いを顕著に表すものであり,第64準備書面[2 MB]その他でこれまで原告が繰り返し指摘してきた過小評価の危険性をさらに裏付けている。