◆原告第3準備書面
 第2 放射線とは何か

原告第3準備書面
-原子力発電の根源的危険性と日本の法制度の不備- 目次

第2 放射線とは何か

1 原子・原子核・電子

 地球上の全ての物質は原子からできている。原子は、酸素や鉄などの元素を形づくる基本単位であり、天然に存在するものは、最も軽い水素原子から最も重いウラン原子まで92種類とされている。原子は、原子核とその周囲を回っている(軌道)電子から構成されており、さらに、原子核(核種)は、プラスの電気を帯びた陽子と電気的には中性の中性子から構成されている。
 原子核の周囲を回っている電子はマイナスの電気を帯びており、通常、電子の数は原子核にある陽子の数と等しく、陽子の持つプラスの電気と電子の持つマイナスの電気とが等しい数だけあることで、原子全体としては電気的な中性が保たれている状態となる。しかし、何らかの原因で、いくつかの電子が軌道から離脱すれば、その原子はプラスに帯電し、逆に、電子が過剰に増加したりすれば、その原子はマイナスに帯電することとなる。なお、原子核内の陽子数(すなわち通常の場合の電子の数)をもって「原子番号」が付されている。例えば、原子番号1は水素原子(H)であるが、水素原子の原子核内の陽子数(及び通常の場合の電子数)は1である。同様に、原子番号6の炭素原子(C)の原子核内の陽子数(及び通常の場合の電子数)は6である。
 原子核は、陽子と中性子とから構成されることは上述したとおりであるが、それぞれの原子ごとに中性子の数が異なるものが存在している。例えば、水素原子で言えば、一般的には原子核は陽子1・中性子0で構成される(水素1、軽水素、天然存在比99.9885%)が、中性子数が1のもの(水素2、重水素、天然存在比0.0115%)や2のもの(水素3、三重水素、天然存在比はごくごくわずか)がそれぞれ存在する。また、コバルト原子の場合、天然に存在するものはすべて陽子数27・中性子数32(コバルト59)で構成されるが、中性子数が33のもの(コバルト60)も人工的に作出され、放射線治療などに利用されている。ウラン原子の場合は、陽子数は92であるが、中性子数は142、143、146のものがそれぞれ存在し、順に、ウラン234(天然存在比0.0054%)、ウラン235(天然存在比0.7204%)、ウラン238(天然存在比99.2742%)と呼ばれる。
 これらのように、陽子数が同一で中性子数が異なるものは、いずれも同じ原子であることに違いはないが、質量数(陽子数+中性子数)の違いに応じて少しずつ物理的な性質が異なっている。このように、原子番号(陽子数)と質量数(陽子数+中性子数)によって決まる原子核の種類のことを核種と呼ぶが、原子番号が同じで質量数が異なる核種同士のことをアイソトープまたは同位体(同位元素)と呼ぶ。

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2 放射性崩壊と半減期

 上述の同位体の中には、陽子と中性子とのバランスが悪く不安定な核種が存在する。この不安定な核種は、過剰なエネルギーを放射線として放出して、安定的な別の核種に変化する。この現象を放射性崩壊という。このように放射線を発生させて壊変する核種は放射性同位体と呼ばれる。これに対して安定した核種は安定同位体と呼ばれる
 上述の例で言えば、水素1、水素2、コバルト59は安定同位体であり、水素3、コバルト60は放射性同位体である。なお、ウランについては安定同位体を持たない元素であり、234、235、238のいずれもが放射性同位体である。
 コバルト60は放射性崩壊を経て、ニッケル60という安定同位体に変化する。 このとき、すべてのコバルト60原子がいっせいに変化してしまうわけではなく、すぐに変化するものから、時間をかけて変化するものまで、それぞれのコバルト60原子ごとにばらばらに変化していくこととなる。しかしながら、コバルト60原子全体で見れば、ある一定の時間をかけて徐々に変化していくこととなり、この変化のスピードはそれぞれの放射性同位体ごとに定まっている。コバルト60は5.2713年で半数の原子がニッケル60に変化する。このように放射性同位体の数が半分に減る期間を半減期という。
 主な放射性核種の半減期は、ヨウ素131が約8日、セシウム137が約30年、ストロンチウム90が約29年、プルトニウム239が約2万4100年とされている。

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3 放射線の類型

 上述したように、不安定な放射性核種は、崩壊の過程で放射線を発生させる。 発生する放射線の種類は、放射性核種ごとに定まっている。
 放射線の性質として、物質を通過した際に、物質を構成している原子から、原子核の周囲を回っている(軌道)電子をはじき出す作用を及ぼす。これを電離作用と言う。このように電離作用を持つ放射線を電離放射線と言い、一般的に放射線と言った場合、この電離放射線のことを指す。本件で問題となる、原子力発電に由来し、人体に影響を及ぼす放射線も電離放射線である。なお、広義では紫外線や可視光線、赤外線、電波なども放射線に含まれるが、これらは電離作用を持たない非電離放射線であり、本件では問題とならない。
 電離放射線はその物理的性質から大別すると、電磁放射線(電磁波)と粒子放射線に分けられる。電磁放射線(電磁波)とは、高いエネルギーをもつ「光子」という素粒子の流れであり、一定の周波数で振動して空気中を進む。エックス線やガンマ線がこれに分類される。粒子放射線とは、高いエネルギーをもって運動する粒子であり、アルファ線、ベータ線、中性子線などがこれに分類される。電磁放射線(電磁波)と粒子放射線とは、物理的な性質を異にするものであるが、いずれもそれらが通過する物質から電子をはじき出して放出させるため、その物質に対して同様の化学作用を及ぼす。
 以下、人体に主に影響を及ぼす放射線である、ガンマ線、アルファ線、ベータ線及び中性子線について、その作用及び人体影響について論じる。

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4 それぞれの放射線の実体と作用

 (1)ガンマ線の実体と作用

 ガンマ線の実体は、上述したとおり、紫外線や可視光線、赤外線、電波などと同じ電磁波であり、高いエネルギーをもつ「光子」という素粒子の流れである。波長の非常に短い光の仲間と言ってもよい。なお、ガンマ線とエックス線はその実体はまったく同じで、原子核の外の物理的過程で発生する電磁波をエックス線と言い、原子核の中の物理的過程で発生する電磁波をガンマ線と言う。
 ガンマ線は核反応でも放出されるが、放射性物質からも放出される。ガンマ線が物質に当たると、様々な相互作用を起こす。具体的には、トムソン散乱、コンプトン散乱、光電効果、電子対生成、光核反応などである。
 「トムソン散乱」とは、ガンマ線のエネルギーは変化せず、方向だけが変化する散乱現象である。「コンプトン散乱」とは、ガンマ線が(軌道)電子を跳ねとばし、自らもエネルギーの低い電磁波として散乱される現象であり、このときに電離が発生する。「光電効果」とは、ガンマ線が物質に完全に吸収され、そのエネルギーを受けて(軌道)電子1個が飛び出してくる現象であり、このときもやはり電離が発生する。「電子対生成」とは、ガンマ線が原子核や(軌道)電子の近傍で陰陽一対の電子に変換される現象である。陽電子はやがて周囲の(陰)電子(普通の電子)と結びついて消滅し、消滅放射線を発生する。この消滅放射線はコンプトン散乱や光電効果を起こして、周囲の物質を電離していく。

 (2)アルファ線の実体と作用

 アルファ線の実体はアルファ粒子の流れである。アルファ粒子は、陽子2個と中性子2個が複合した粒子、すなわちヘリウム原子核である。陽子がプラスの電荷を帯びているので、アルファ粒子は全体としてプラスに帯電している。 強い電離作用を持ち、周囲の物質から高密度で電子を剥ぎ取る。アルファ線は粒子線の中でも非常に重い粒子で、空気中で約5センチメートル、人の体内では1000分の40ミリメートルしか飛ばないとされている。しかしながら、アルファ線が飛び出してから止まるまでの間、およそ10万個もの分子を切断するとされている。

(3)ベータ線の実体と作用

 ベータ線の実体は電子の流れであり、物質に当たると電離作用を起こしながら徐々にエネルギーを失い、最終的には通常の電子となる。核分裂生成物から放出されるベータ線の中には、例えばイットリウム90のベータ線のように空気中で数メートル飛ぶ高エネルギーのものもあるが、一般には飛距離は短く、空気中では約1メートル、人の体内では1センチほど飛ぶ。一本のベータ線は約2万5000個の分子を切断するとされている。

(4)中性子線の実体と作用

 中性子線の実体は、原子核を構成する中性子の流れである。中性子は電気的に中性の素粒子である。中性子はウラン235やプルトニウム239等の核分裂に際して大量に発生する。
 中性子は、電荷を持たないため直接の電離作用はないが、運動エネルギーをもった中性子が物質(原子核)に衝突することで様々な相互作用が生じる。具体的には、弾性散乱、非弾性散乱、荷電粒子放出反応、捕獲反応などである。
 「弾性散乱」では、中性子が原子核に衝突して散乱される現象で、もとの中性子がもっていた運動エネルギーはぶつかった相手の原子核と散乱された中性子の運動エネルギーとなり、他の形のエネルギーには変換されず、散乱の前後で運動エネルギーの合計は不変である。つまり、中性子自身は中性だが、例えば中性子が水素の原子核(=陽子)を弾き出せば、電荷を帯びた陽子が周囲の原子を電離させることとなり、間接的に影響を及ぼすこととなる。「非弾性散乱」では、中性子が原子核にぶつかり、中性子の運動エネルギーの一部が原子核を励起するために使われる。「荷電粒子放出反応」は、中性子が原子核にぶつかった結果、その原子核から陽子やアルファ粒子のような荷電粒子が飛び出してくる反応である。放出された陽子やアルファ線は電離放射線であり、周囲の物質を電離して影響を与える。「捕獲反応」は、中性子が原子核に捕獲された結果、ガンマ線が放出される現象で、放出されたガンマ線は電離放射線として周囲の物質に影響を与えていく。例えば、ナトリウム23原子(安定同位体)に中性子が当たると捕獲反応が起こってナトリウム24という放射性同位体が出来、ガンマ線が放出される。
 中性子の中でもエネルギーが高いものを「高速中性子」という。高速中性子がエネルギーを失うと、やがて「熱中性子」と呼ばれるゆっくりした中性子になる。熱中性子とは、中性子をある温度の環境中に解き放ったとき、最終的に平衡に達した状態での中性子のことである。高速中性子は、原子核や陽子に衝突してそれを跳ね飛ばし、それらが生体物質中を走って電離を引き起こす。他方、熱中性子は周囲の原子核に吸収され、その原子を誘導放射化させる。放射化された原子は、ガンマ線やベータ線を放出する。

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