◆原告第3準備書面
 第3 放射線の人体への影響

原告第3準備書面
-原子力発電の根源的危険性と日本の法制度の不備- 目次

第3 放射線の人体への影響

1 放射線による電離作用

 物質を構成する基本単位は原子であるが、人体を構成する各細胞などを含め、あらゆるものは複数の原子が結びつくことでできている。複数の原子が結びつくことで分子となり、それが各細胞・各器官を構成して人体を形づくっている。この原子と原子との結びつきには、原子の中の(軌道)電子が重要な役割を果たしている。すなわち、分子は複数の原子が結びついて出来ているが、原子核の外側をまわっている(軌道)電子の働きによって、その原子と原子とが結び付いているのである。
 上述したとおり、放射線には、物質を通過した際に、物質を構成している原子から、原子核の周囲を回っている(軌道)電子をはじき出す作用を及ぼす性質がある。ガンマ線、ベータ線及びアルファ線については、それら自体の電離作用や、他の原子核に当たった際に生じる新たな放射線による電離作用でもって原子から電子をはじき出すこととなる。また、中性子線については、中性子線が他の原子核に衝突することによって生じる様々な相互作用の結果発生する電離作用でもって原子から電子をはじき出すこととなる。例えば、中性子線が人体に当たると、中性子が体内の水分子を構成する水素の原子核(=陽子)に衝突してはじき飛ばすこととなり、電離が引き起こされてさまざまな影響を誘発することとなる。
 このように、電離放射線が体に当たって次々と細胞を構成している原子から電子をはじき出していくと、原子どうしが結びついて出来ている分子の状態に変化が生じることとなる。当然に、人体の生体機能にも大きな影響が及ぶ。

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2 電離放射線と人体への影響

 (1)放射線による間接作用・直接作用

 成人の場合、人体の約60%は水で構成されている。子どもの場合、その水分の割合はさらに高く、約70%が水分であるとされている。放射線が人体に照射されると、人体の6割~7割を構成している水分子(H2O)を電離してイオン化させたり、励起させたりする。イオン化し、また、励起した水分子からは各種の活性酸素やフリーラジカルが生成される。これらの活性酸素・フリーラジカルは他の分子との反応性が極めて高いとされており、DNAの構成要素と反応することで、DNAの損傷を引き起こす。
 ガンマ線のように、低い密度で電離作用を行なって、細胞にまばらにエネルギーを与える放射線を「低LET放射線」と言う。なお、LET(Linear EnergyTransfer の略)とは「線エネルギー付与」のことで、「1マイクロメートル(100万分の1ミリメートル)当たりに物質に与えられるエネルギー」のことである。低LET放射線による人体への影響の多くは、上述したようにフリーラジカルを通じた間接的な作用による(間接作用)ものであり、低LET放射線であるガンマ線は細胞に対してほぼ均一に損傷を作るとされている。
 これに対して、アルファ線はそれ自体が非常に強い電離作用を持ち、飛び出してから止まるまでの間、およそ10万個もの分子を切断するとされている。 このように、高い密度で電離作用を行なって短い距離の間に多くのエネルギーを与える放射線を「高LET放射線」と呼ぶ。アルファ線や中性子線のような高LET放射線は、主に放射線自体が直接的に生体構成部分を不活性化させる(直接作用)ため、同じ線量でも細胞の局所に損傷が不均等に生じる。高LET放射線によって細胞の一部に集中して生じた傷は、低LET放射線によって細胞にほぼ均一に生じた傷よりも修復が難しい。
 このように、電離放射線の人体への影響は、同じ吸収線量であっても、そのエネルギーの強度によって異なる。放射線の生物作用は、一般に高LET放射線ほど大きいので、LETが高くなるに従って生物学的効果比も大きくなる。 生物学的効果比は、ガンマ線やベータ線は1、中性子線はエネルギーに応じて5~20、陽子線は5、アルファ線は20である。したがって、吸収された線量が同じであれば、ガンマ線よりも中性子線の方が人体に重度の障害を引き起こす。

 (2)放射線によるDNA損傷

 すべての生物は細胞から構成されており、人体の場合、約60兆個もの細胞から成り立っている。これは、もともとは1個の細胞(受精卵)だったものであるが、次々と細胞分裂を繰り返した結果、組織・器官が形成され、人体が形作られている。すなわち、それぞれの細胞の中には、分裂した際に同じ細胞を形成するための情報や、人体の生命機能を維持するための細胞の機能や役割に関する情報が備わっており、それがDNA(デオキシリボ核酸)と呼ばれるものである。DNAは、アデニン、グアニン、シトシン、チミンの4つの塩基からなり、アデニンとチミン、グアニンとシトシンがそれぞれ対になって組み合わさり、二本の鎖による二重らせん構造を形成している。細胞分裂の際には、対になった塩基の配列をもとにしてDNAが複製され、同じ遺伝情報を持った細胞が新たに生成されることとなる。
 上述したとおり、ガンマ線などの低LET放射線が人体に照射されると、体内の水分子からフリーラジカル*1が生成される。フリーラジカルは他の分子との反応性が極めて高く、DNAを構成する塩基に結合したり、DNAの鎖どうしやDNAと周囲のタンパク分子とを結合させたり、DNAの鎖を切断するなどして、DNAを損傷させる。また、アルファ線などの高LET放射線が人体内で放出されれば、その強い電離作用によってDNAに対して同様の作用を及ぼし、DNAを損傷させる。
 DNAの損傷に対して、細胞内ではDNAの修復が行われるが、DNAの損傷が激しく修復ができなかったり、DNAに記録された遺伝情報を正しく修復できなかった場合には、多くの細胞が細胞死を起こす。高線量の放射線被ばくにより人体内で細胞死が大量に発生すると、組織や器官の機能が損なわれ、人体の生体機能が維持できなくなり、その結果として急性症状を発症する。主な急性症状としては、脱毛、下痢、紫斑、出血などがあり、場合によっては死に至る場合もある。また、人体の修復機能によっても、損なわれた組織や器官の機能のすべてが元通りに修復されるわけではない。そのため、慢性的な免疫力の低下や健康不良が現れることとなる。その典型的な例が、いわゆる原爆ぶらぶら病と呼ばれる病態である。
 また、DNAに記録された遺伝情報を正しく修復できなかった細胞の中には、細胞死に至らずに生き残る細胞もあるが、DNA内の遺伝情報に異常が生じているため、遺伝子が組み換えられ、突然変異や染色体異常が起こりやすい状態となる。低線量の被ばくであっても、放射性物質を体内に取り込んでしまうと、内部被ばくが起こり、この危険が増大することとなる。内部被ばくによって局所的集中的に異常な再結合が繰り返されると、がんなどの晩発性疾患を発症させる危険が増大する。

 *1 通常、原子核の周囲に存在する電子は1つの軌道に2個ずつ対をなしているが、1つの軌道に電子が1個しかない「不対電子」をもつ原子。他の原子や分子と反応性が高い。

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3 内部被ばくの危険性

 (1)外部被ばくと内部被ばく

 外部被ばくとは、人体の外部にある線源から発生した放射線の照射による被ばくのことである。上記の各放射線のうち、外部被ばくをもたらすのは透過性の高いガンマ線と中性子線である。外部被ばくの場合、体表に当たった放射線は体内に進んで行くにしたがってエネルギーを減らしていくこととなるため、一般に、体表の被ばく線量の方が体の中心部の被ばく線量よりも大きくなる傾向がある。
 これに対して放射性物質を身体の中にとり入れ、身体の中で出される放射線に被ばくするのが内部被ばくである。放射性核種を含んだ微粒子が体内に入ることで、それぞれの放射性核種がそれぞれに放射線を体内で出すことになるため、内部被ばくでは人体の中の細胞が放射線に当たり続けることとなる。
 このように、外部被ばくと内部被ばくは同じ放射線被ばくではあるが、その被ばくの態様が全く異なることから、以下の3点において人体に与える影響が全く異なっている。

 (2)内部被ばくでは特定の箇所に被ばくが集中する

 第一に、外部被ばくは均一法則という仮定、すなわち、頭の先から足の先まで同じ線量が被ばくして通っていくという仮定に基づき被ばく量が計られる。つまり、一部の被ばく線量を計るとそれが体重で割れば体全体の被ばく線量が分かるという理論に基づいて被ばく線量が評価される。しかし、内部被ばくは、放射性物質を体内に取り込むことによって生じるため、放射性物質を取り込んだ場所、吸収された場所が被ばくする。
 例えば、ヨウ素131は甲状腺に集積しそこから放射線を出すため、甲状腺が被ばくする。したがって、甲状腺にあるヨウ素131を体重当たりで割って被ばく線量を評価しても何の意味もない。つまり、内部被ばくは、放射性物質が入った部位が被ばくするため、単一の臓器や特定の箇所に局部的集中的に被ばくが生じるのであり、均一被ばくをすると仮定されている外部被ばくとは被ばく形態が全く異なる。

 (3)アルファ線、ベータ線による被ばく

 第二に、放射線(ガンマ線、アルファ線、ベータ線、中性子線)の飛距離の違いによる問題が存在する。例えば、広島原爆は高度600メートルで炸裂したため、初期放射線による外部被ばくにおいては、数センチメートルから数メートルしか飛距離のないアルファ線やベータ線は地表に届かないものとして無視されてきた。
 しかし、アルファ線やベータ線自体は数センチメートル、数メートルの飛距離しかないが、アルファ線やベータ線を発する放射性核種を含んだ微粒子が広範囲に飛散することで、それらの放射性核種が体内に取り込まれれば確実に被ばくする。アルファ線は空気中で約5センチメートル、人の体内では1000分の40ミリメートルしか飛ばないとされているが、その間におよそ10万個もの分子切断を密集して行うとされている。また、ベータ線は空気中では約1メートル、人の体内では1センチほど飛ぶが、同様に約2万5000個の分子を切断するとされている。すなわち、ひとたび体内に取り込まれれば、体内では放射性核種に密接した範囲内に膨大な数の細胞が存在するのであるから、体外に排泄されるまではこれらの放射線による内部被ばくにさらされ続けることになる。
 このことは、七條和子・長崎大学原爆医療研究所助教による研究報告によって実証されている。同研究報告によれば、1945年8月9日に長崎で原爆被爆し3ヶ月後に死亡した被爆者の腎臓、骨、肺から、2008年の研究時点においてもアルファ線が検出され、これがプルトニウムに由来するものであることが確認された。この研究においては、アルファ線の飛跡が3本確認された箇所が存在するが、このような箇所には120万個ものプルトニウム元素が存在すると算定される。そして、アルファ線の飛跡が3本確認された箇所は複数存在していることが電子顕微鏡で確認されており、このことは、1ミリメートルに満たない範囲にこのようなプルトニウム元素の固まりがいくつも存在することを表している。つまり、この研究報告によって、この被爆者が大量かつ高濃度の放射性核種を含んだ微粒子を体内に取り込み、これが骨や肺、腎臓にも入りこんで、60年以上たった後にもアルファ線を放出し、人体の組織を傷つけ続けていることが実証されたのである。

 (4)半減期と被ばく線量

 第三に、半減期の問題が存在する。半減期が短い放射性物質ほど、短期間に体内で放射線を出し尽くすことから、同じ時間内に出される放射線の量は多くなる。つまり、体内に放射性物質がとどまる内部被ばくにあっては、半減期の短い放射性物質によって、短期間に大量の被ばくをし、たくさんの遺伝子が傷つけられることになる。しかも、そのような被ばくがあったことは、半減期を大幅に過ぎた段階で検査しても明らかにならない。
 例えば、原子力発電の過程で大量に生成されるヨウ素131はベータ線を出すことで崩壊し、半減期が約8日である。概ね、半減期の10倍の期間が過ぎると、放射性物質はほぼ全部次の物質に変わる。すなわち、1/2の10乗なので、半減期の10倍の期間経過で1024分の1となる。半減期が8日のヨウ素131においては、80日、2か月余りでほとんどがキセノン131に変わり、ヨウ素131は0.1%未満まで減少する。ヨウ素131は、80日間にそれだけ大量のベータ線を放出し、消滅してしまう。後になってヨウ素131による被ばく線量を計測しようにも、80日経過後においてはやりようがない。
 以上のとおり、内部被ばくは、外部被ばくのように計測することが不可能でありながら、人体に深刻な被害を及ぼしうる危険性を有するのである。

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4 確率的影響と確定的影響

 電離放射線の生物学的な影響には、一般的に「確定的影響」と「確率的影響」があると言われる。
 「確定的影響」とは、ある「限界線量」(しきい値)が存在し、被ばく線量が限界線量以下ならば誰にも何も起こらないが、限界線量を超えると誰にも必ず起こるような影響のことである。これは、放射線被ばくによってDNAが切断されても、ある限度までは修復機能が働くことによるためとされている。この場合、障害のひどさは、被ばくした線量に依存し、大量に浴びれば浴びるほどひどい障害になる。発熱、嘔吐、下痢、脱毛、紅斑など、被ばく後比較的短期間のうちに現れる急性症状については、確定的影響とされている。
 これに対し、「確率的影響」とは、限界線量が存在せず、被ばく線量の増加とともに影響の現れる確率が増加するような影響を言う。発がんや白血病、老化の促進など、被ばく後時間をおいて発症する晩発症状については、確率的影響とされている。この場合、「1」の線量を浴びた人と「100」の線量を浴びた人とでは、「100」浴びた人の方が「1」浴びた人よりも障害発生の確率が(例えば100倍)高いが、障害の重篤度に違いがある訳ではない。「100」浴びた人の白血病と「1」浴びた人の白血病を比べた場合、「100」浴びた人の白血病が「1」浴びた人の白血病よりも100倍重いという訳ではなく、「100」浴びた人のほうが「1」浴びた人よりもそれだけ白血病に陥る確率が高いということである。「確率的影響」は、時に、「ガン当たりくじ」に例えられる。宝くじを1枚買って1等に当たっても、100枚買って1等に当たっても、賞金に差がある訳ではないが、当選の確率が100枚買った人の方が1枚買った人よりも100倍高いということである。ただし、「放射線の確率的影響」と「ガン当たりくじ」の違いは、宝くじの場合には「当選発表日」を期して当たりくじと外れくじが確定するが、「放射線のがん当たりくじ」の場合は「当選発表日」が決まっておらず、いわば「生涯有効の宝くじ」だという点である。
 このように、電離放射線の人体への影響として、「確定的影響」と「確率的影響」があると言われるが、しかしながら、「確定的影響」と「確率的影響」の区別は絶対的なものとは言えない例も報告されている。例えば、「小頭症(マイクロセファリー)」の場合がそうである。小頭症は、従来、いわゆる確定的影響とされていたが、1980年代に入り、かなり低い線量領域でも小頭症が見られるとの指摘を受けるようになった。そして、国際放射線防護委員会で、確率的影響の範疇に分類できるだろうという方向で議論が進められてきた。その結果、今日では、一般的に確率的影響として認識されるに至っている。
 また、限界線量(しきい値)の値も絶対的なものではない。個人差があるのみならず、常に歴史的な検証に委ねられるべき性質のものであり、限界線量以下でも影響が見られたという事例があれば、その限界線量は当然見直されなければならない。したがって、推定被ばく線量が限界線量以下であったとしても、その被ばくした被害者に現れた症状に対する放射線の影響を「一般的に言われている限界線量以下である」という理由だけで否定することはできない。

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