◆原告第3準備書面
 第6 放射線被ばくを防止するための法整備すらなされていなかったこと

原告第3準備書面
-原子力発電の根源的危険性と日本の法制度の不備- 目次

第6 放射線被ばくを防止するための法整備すらなされていなかったこと

1 2012(平成24)年6月20日の法改正以前は環境汚染に関する法規制がなかったこと

 (1)2012(平成24)年6月20日の法改正以前の環境基本法

 環境基本法は、日本における環境政策の根幹を定める基本法であり、1993(平成5)年に制定されている。
 環境基本法制定以前には、公害対策基本法で公害対策を、自然環境保全法で自然環境対策を行っていたが、日本の環境政策の根幹を定める基本法を定めるべきであるとの要請により制定された。
 環境基本法の施行により、公害対策基本法は廃止され、自然環境保全法も環境基本法の趣旨に沿って改正された。
 2012(平成24)年6月20日、環境基本法の改正案が可決成立し、改正法は同月27日より施行されている。
  その法改正以前においては、環境基本法13条には、「放射性物質による大気の汚染、水質の汚濁及び土壌の汚染の防止のための措置については、原子力基本法(昭和30年法律第186号)その他の関係法律の定めるところによる。」との規定が定められていた。
 すなわち、放射性物質に係る大気汚染、水質汚濁および土壌汚染の防止に係る措置については、原子力基本法等によることとし、環境基本法の範囲外であることを定めていた。

 (2)公害防止のための個別法

 環境基本法はわが国の環境政策の基本法であるため、上記のとおり、環境基本法が放射性物質による環境汚染防止につき適用の対象外としたことによって、具体的公害防止施策を定めている各個別法規においても、放射性物質による環境汚染を防止するための規定は、これまで一切定められないままであった。
 すなわち、大気汚染防止法では、「この法律の規定は、放射性物質による大気の汚染及びその防止については、適用しない。」(同法27条1項)と定められ、土壌汚染対策法では、「この法律において『特定有害物質』とは、鉛、ヒ素、トリクロロエチレンその他の物質(放射性物質を除く)であって(以下略)」(同法2条1項)と定められ、水質汚濁防止法では、「この法律の規定は、放射性物質による水質汚濁およびその防止については、適用しない。」(同法23条1項)と定められている。また、廃棄物処理法では、「この法律において『廃棄物』とは、ごみ、粗大ごみ、燃え殻、汚泥、ふん尿、廃油、廃酸、廃アルカリ、動物の死体その他の汚物又は不要物であつて、固形状又は液状のもの(放射性物質及びこれによつて汚染された物を除く。)をいう。」(同法2条)と定められる。他にも、農用地の土壌の汚染防止に関する法律(同法2条)、海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律(同法52条)、科学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(同法2条)、特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律(同法2条)、環境影響評価法(同法52条1項)も、放射性物質を適用除外とする規定を定める。
 以上のとおり、環境基本法を基本法とするわが国の公害防止施策を定める法規においては、放射性物質に関しては全て適用除外とされてきた。

 (3)原子力基本法

 上記のとおり、2012(平成24)年6月20日の法改正以前における環境基本法及びそれに基づく個別法においては、放射性物質による環境汚染を防止するための規定は全く設けられておらず、そのような施策は原子力基本法及びその関係法律の定めるところに委ねられていた。
 原子力基本法は、「放射線による障害を防止し、公共の安全を確保するため、放射性物質及び放射線発生装置に係る製造、販売、使用、測定等に対する規制その他保安及び保健上の措置に関しては、別に法律で定める。」(同法20条)との規定を置いている。この規定に基づいて、放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律(以下、「放射線障害防止法」という。)が定められている。
  しかし、原子力基本法20条の条文からも明らかなとおり、原子力基本法は、「放射性物質及び放射線発生装置に係る製造、販売、使用、測定等に対する規制その他保安及び保健上の措置」を対象に規制する旨を定めるに過ぎず、具体的に、事故により放射性物質が大気の汚染、水質の汚濁及び土壌の汚染をもたらさないよう規制したり、汚染が起きた場合の対策を定めるものではない。
 また、放射線障害防止法も、「この法律は、原子力基本法 (昭和三十年法律第百八十六号)の精神にのつとり、放射性同位元素の使用、販売、賃貸、廃棄その他の取扱い、放射線発生装置の使用及び放射性同位元素又は放射線発生装置から発生した放射線によつて汚染された物(以下「放射性汚染物」という。)の廃棄その他の取扱いを規制することにより、これらによる放射線障害を防止し、公共の安全を確保することを目的とする。」(同法1条)と述べるのみで、具体的に事故により放射性物質が大気の汚染、水質の汚濁及び土壌の汚染をもたらした場合の対策を定めるものではない。

 (4)小括

 以上のとおり、2012(平成24)年6月20日の法改正以前においては、原発事故等により具体的に事故により放射性物質が大気の汚染、水質の汚濁及び土壌の汚染をもたらした場合の対策を定める法規制は存在しなかった。福島第一原発の事故後においては、「放射性物質環境汚染対処特別措置法」との措置法が制定され、応急的な対応がなされている。
 このように、そもそも放射性物質が大気の汚染、水質の汚濁及び土壌の汚染をもたらした場合の対策を定める規定がないこと自体、政府及び電力会社が安全神話にあぐらをかき、放射性物質による環境汚染が起きることを想定すらしていなかったことの証左である。

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2 2012(平成24)年6月20日の法改正

 (1)環境基本法の改正

 2012(平成24)年6月20日、環境基本法の改正が可決成立し、環境基本法13条は削除された。それによって、放射性物質による環境汚染は、環境基本法の適用対象となることになった。
 すなわち、環境基本法2条3項は、「この法律において『公害』とは、環境の保全上の支障のうち、事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる大気の汚染、水質の汚濁(水質以外の水の状態又は水底の底質が悪化することを含む。第二十一条第一項第一号において同じ。)、土壌の汚染、騒音、振動、地盤の沈下(鉱物の掘採のための土地の掘削によるものを除く。以下同じ。)及び悪臭によって、人の健康又は生活環境(人の生活に密接な関係のある財産並びに人の生活に密接な関係のある動植物及びその生育環境を含む。以下同じ。)に係る被害が生ずることをいう。」と規定するところ、環境基本法13条の削除によって、放射性物質により大気汚染、水質汚濁、土壌汚染が起これば、人の健康または生活環境に被害が生ずることになるので、それらはいずれも「公害」の定義に当てはまることになる。

 (2)環境基本法の改正にもかかわらず汚染防止の具体的規定がないこと

 上記のとおり、2012(平成24)年6月20日の法改正により、放射性物質による環境汚染は「公害」として規制されるべきものとなった。
  それを受け、2013(平成25)年6月17日、「放射性物質による環境の汚染のための関係法律の整備に関する法律案」が可決成立した。法改正により、以下の部分が変更された。

大気汚染防止法
 第27条1項削除
 第22条3項新設「環境大臣は、環境省令で定めることにより、放射性物質(環境省令で定めるものに限る。第24条第2項において同じ。)による大気の汚染の状況を常時監視しなければならない。」
 第24条2項新設「環境大臣は、環境省令で定めることにより、放射性物質による大気の汚染の状況を公表しなければならない。」

水質汚濁防止法
 第15条3項新設「環境大臣は、環境省令で定めることにより、放射性物質(環境省令で定めるものに限る。
 第17条第2項において同じ。)による公共用水域及び地下水の汚濁の状況を常時監視しなければならない。」  第17条2項新設「環境大臣は、環境省令で定めることにより、放射性物質による公共用水域及び地下水の水質の汚濁の状況を公表しなければならない。」

環境影響評価法
 第52条1項削除

 このように、個別法の法改正により放射性物質の適用除外規定は削除されたものの、放射性物質による環境汚染や水質汚濁そのものを規制する条項や、汚染が起きた場合の対策は未だに整備されない。排出についての総量規制もなく、福島第一原発事故のように、放射性物質を環境にばら撒いて汚染した場合においても、何の罰則も規定されない。

 (3)現在の改正法は環境基本法に従った基準を定めていないこと

 環境基本法16条は、「政府は、大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染及び騒音に係る環境上の条件について、それぞれ、人の健康を保護し、及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準を定めるものとする。」と規定する。
 すなわち、放射性物質の適用除外が削除された以上、大気汚染防止法も、水質汚濁防止法も、環境基本法16条の環境基準を、新たに定めなければならない。
 そして、先にも述べたとおり、放射線被ばくは低線量であったとしても人体に深刻な影響を及ぼし、特に内部被ばくの人体への影響は非常に深刻であることに照らせば、環境基準は人体に悪影響を及ぼさないと断言できるレベルの厳しい水準でなければならない。しかし、そのような基準は全く法整備されていない。
 公害規制は人間に害があるかないかのギリギリの線を設定して規制するものではなく、影響がある水準よりずっと低い値を設定して規制し、それによって人間や環境を守っていくものである。そして、違法に有害物質をばらまいたりすれば、被害の有無に関係なく、厳しく法的責任を問われるものでなければならない。にもかかわらず、放射性物質による環境汚染については、未だそのような法的規制がない。

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3 小括

 放射線被ばくが人体に深刻な影響を与えることは自明である。にもかかわらず、日本においては、これまで環境法制において放射線被ばくを防止するための環境基準すら定められず、汚染が起きた場合の具体的対処を定める規定も定められなかった。日本の法制度は、放射性物質による環境汚染から市民の生命・身体の安全を守るという視点がそもそも存在しなかったのである。
 原子力発電所は、事故を起こした場合には深刻な放射性物質による環境汚染をもたらし、市民の生命・身体に深刻な被害をもたらすものである。そして、日本政府が、市民の生命・身体の安全を図るべき施策をとるべき責務を有することもまた自明である。しかしながら、日本においては、すでに54基もの原子力発電所が建設され、さらに新たな原子力発電所が建設されようとしているにもかかわらず、現在もなお、市民の生命・身体の安全を守るために必要な法整備すら整っていないのが現状である。日本政府が、かかる必要な法整備をも怠っている背景にあるのは、やはり安全神話である。福島第一原発の事故を経てもなお、安全神話に毒されているというほかない。このことは、そもそも日本には原子力発電所を設置する前提がなかったということを如実に示している。

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