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◆原告第19準備書面
避難困難性の敷衍(京都市左京区久多について)

原告第19準備書面
避難困難性の敷衍(京都市左京区久多について)

原告第19準備書面[223 KB]

2016年(平成28年)3月14日

原告第6準備書面において、避難困難性について述べたが、本準備書面では京都市左京区久多における避難の困難性について述べる。

 第1 京都市左京区久多について

京都市左京区久多(以下「久多」という)は60世帯90人の高齢化、過疎化の進む田舎町である。同じく左京区花脊広河原と右京区京北町黒田と共に大飯原発の30㎞圏内に位置している。

 第2 京都市左京区久多の避難の問題点について

久多は、京都市内から自動車で1時間以上かかる山奥に位置する。避難所である京都市公設民営老人福祉施設久多いきいきセンターから京都市内への避難するためには、京都府道110号久多広河原線、京都府道781号麻生古屋梅ノ木線、滋賀県道783号を通らざるをえない(別紙参照)。
京都府道110号久多広河原線及び京都府道781号麻生古屋梅ノ木線の道は軽自動車でも離合が困難なところが何ヶ所もある。また、冬は積雪もあり除雪がされていなければ、通行することは難しく久多からの迅速な避難は困難である。
仮に、大飯原発において事故が起きた際に、これらの道路が地震などにより通行することが出来なくなった場合、久多から京都市内に避難することは不可能となる。
(以下空白)
《画像等省略》

◆原告第18準備書面
第3 福井地裁異議審決定の判断枠組みの誤り(より各論側の視点)

平成27年12月24日福井地裁異議審決定の問題点 目次

第3 福井地裁異議審決定の判断枠組みの誤り(より各論側の視点)

 1 判断枠組みの問題性―個別論点―

福井異議審決定は、2重の意味で問題がある。
まず、福井異議審決定は、新規制基準で規制要件化されている事象しか審査対象としない点である。これは、立地審査指針、避難計画を審査していない点から明らかである。
次に、福井異議審決定は、原子力施設の危険性について「本件原発の燃料体等の損傷ないし溶融に結び付く危険性」すなわち設計基準事象についてのみ審査し、その余である、設計基準外事象に対する対策(5層の防護の第4層、第5層)に関する判断を放棄している。これは、第4層に位置づけられる「水素爆轟防止対策」を審査の対象、及び、第5層の避難計画の策定を審査対象としていない点から明らかである。
以下、具体的に論ずる。

  (1) 避難計画の策定について判断がなされていない

   ア 避難計画の策定は規制要件化されていない
原告ら第6準備書面及び第8準備書面では、避難計画の法制度の問題、及び大飯原発周辺自治体の避難計画の不可能性について述べた。
IAEA基準では、設計段階で、第5層の防護として、事故時の放射性物質による放射線の影響を緩和する緊急時計画を定め、それが実行可能であることが確認されなければならないとされている。
日本では、避難計画策定についての根拠法はあるが、規制法規ではない。従って、適切な避難計画が策定されていなくても、規制機関は原子炉施設の稼働を認めることができる。
福井異議審決定は、以下に引用するように避難計画の策定を判断事項としていない。

   イ 福井異議審決定の判断

「7 その余の債権者らの主張等について
(1) 以上によれば,本件原発においては,債権者らが主張する危険性(本件原発の燃料体等の損傷ないし溶融に結び付く危険性)については,社会通念上無視し得る程度にまで管理されているというべきである。
そして,上記危険性が社会通念上無視し得る程度にまで管理されていれば,燃料体等の損傷ないし溶融を前提とする水蒸気爆発及び水素爆発の危険性や放射性物質が本件原発の敷地外に大量放出される危険性も,社会通念上無視し得る程度にまで管理されているということができるから,争点(7)(燃料体等の損傷ないし溶融が生じた後の対策等)に関する主張について判断するまでもなく,債務者において,現在の科学技術水準に照らし,新規制基準の内容及び本件原発が新規制基準に適合するとして本件原発の設置変更許可をした原子力規制委員会の判断に不合理な点がないことについて,相当の根拠,資料に基づき主張疎明を尽くしたものと認めるのが相当である。なお,一件記録によっても,工事計画認可及び保安規定変更認可に係る原子力規制委員会の判断に不合理な点があるとも認められない。」(221頁以下)
「更に付言すると,本件原発については,燃料体等の損傷ないし溶融が生じた後の対策等について判断するまでもなく,人格権侵害の具体的危険の有無を事実上推認することはできないことは既に説示したとおりであるが,このことは,本件原発において燃料体等の損傷ないし溶融に至るような過酷事故が起こる可能性を全く否定するものではないのであり,万が一炉心溶融に至るような過酷事故が生じた場合に備え,避難計画等を含めた重層的な対策を講じておくことが極めて重要であることは論を待たない。そして,本件原発に関連する避難計画については,関係自治体において検討及び計画の策定が進められているところであるが,債務者,国及び関係自治体は,債権者らが指摘するような避難手段の確保の問題,避難ルートの渋滞の問題,避難弱者の問題等を真撃に検討し,周辺住民の理解を得ながら,より実効性のある対策を講じるように努力を継続することが求められることは当然である。」(223頁以下)

   ウ 避難計画の策定を評価しないことの誤り
以上の通り、福井異議審決定は、避難計画の実効性については言及するものの、司法審査の対象から除外している。これは、規制要件化されている事項しか司法審査を行わない異議審の判断枠組みの限界であり、その帰結である。
また、避難計画は、5層の防護の思想の第5層目に位置する。5層の防護の思想は前段否定、すなわち、他の防護機能が失敗したことを前提とした独立の対策を講ずべきとする思想である。福島第一原発事故後、国会事故調及び、政府事故調等は、日本の原子力法規制が第3層までしかカバーしていなかったという問題点を指摘した。
福島第一原発事故後は、立法、行政のみならず、裁判所もこの教訓を真摯に受け止め、司法審査に反映させる必要がある。すなわち、第4層、第5層をも独立した司法審査の対象とすべきである。しかるに、福井異議審決定の判断枠組みは、第4層以下を司法審査の対象としていないという問題点がある。

  (2) 立地審査の不採用

   ア 立地審査指針とは
原子力発電所の立地は,確実に放射性物質の放出から公衆の安全が守られるよう,人が居住していないか,あるいは人口密集地から離れ,周辺の人口密度が低いことを要請される。
上記を要件化したものが,いわゆる「原子炉立地審査指針及びその摘要に関する判断の目安について」(昭和39年5月27日原子力委員会決定以下「立地審査指針」という)である。立地審査指針は,昭和39年5月27日以降,原子炉の設置審査において適用されてきたが,平成25年7月の新規制基準には,公衆の被曝量を基準とする立地審査指針は含まれず,審査指針として運用されない方針が採用された。
すなわち,現在,公衆の被爆量を基準とする立地審査指針は,既設炉の審査基準とされていない。

   イ 原告らの主張
かつての立地審査指針を参考に、福島第一事故程度の事故を想定した場合、非居住区域がどうなるかを検証したのが、原告第7準備書面である。
原告はこの書面にて、原子力規制庁作成の下図《省略》を引用し、「大飯原発では,放射性物質が南北方向に拡散し,陸側では,実効線量が100mSvとなる距離が,最大32.5km地点となり,被曝線量100mSvの境界は,南丹市を越え,京都市右京区にまで達すること、したがって,福島第一原発事故程度の事故を仮定し,立地審査指針の基準(100mSv)を適用すれば,大飯原子力発電所が離隔要件を充たさないこと(言い換えれば,当該敷地に原子炉を立地できないこと)」を明らかにした。

   ウ 福井異議審の判断
この点、福井異議審では、立地についての判断はないが、先述した221頁以下の判旨事項を見れば、放射性物質の漏出を前提とした基準である「立地審査指針」に対する司法審査は、当然に排除されている事がわかる。
同決定では、立地審査指針について明示されていないが、福井異議審決定と同様の枠組みを採用した川内原発差止訴訟の決定文は、司法審査から排除した趣旨を述べているため、以下に判旨を引用し問題点を指摘する。

   エ 川内原発稼働等差止仮処分申立事件決定(H26(ヨ)36)
福井異議審と同様の判断枠組みを採用した、鹿児島地裁平成27年4月22日決定は、債権者の立地審査指針に関する主張に対し、「立地指針において、どういった事故を想定すべきか、住民と原子炉との位置関係をどのように規制するべきかについての議論も煮詰まっていない。したがって、現時点で立地指針が改定されていないとしても、立地指針を根拠にした債権者らの主張を直ちに採用することはできない。」(196、197頁)として、債権者の主張を排斥した。鹿児島地方裁判所は、規制指針化(改訂)されていない立地審査指針に関する判断を放棄したものと評価できる。

   オ 立地審査を法的に評価しないことの問題
裁判所は最新の科学的知見と社会的通念に従って原子力発電所の稼働が危険か否かを判断すべきであり、「住民と原子炉との位置関係をどのように規制するべきかについての議論も煮詰まっていない」ことは、司法審査を行わない理由とならない。行政訴訟ならまだしも、人格権の侵害の有無がとわれる民事訴訟において、行政の規制がないからという理由で司法判断を放棄することは許されないというべきである。

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  (3) 水素爆轟防止対策について

   ア 水素爆轟防止対策とは
福島第一原発事故では、第1、第3、及び第4号機のコンクリート建屋が水素爆発を起こした。
そこで、新規制基準は、格納容器の水素爆発防止のために、事故時の格納容器内水素濃度の規制を行い、「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則の解釈」において、格納容器内の水素濃度最大値を13%以下にすることを定めた。
この論点について、原告らは第9準備書面にて「実用発電用原子炉に係る炉心損傷防止対策及び格納容器破損防止対策の有効性評価に関する審査ガイド」に従って解析すれば、大飯原発第3,4号機が新規制基準すらみたさないことを主張した。
ところが、福井異議審決定では、以下のように述べて、水素爆轟防止対策の問題点について判断を行わなかった。

   イ 福井異議審決定の判断
そして,上記危険性が社会通念上無視し得る程度にまで管理されていれば,燃料体等の損傷ないし溶融を前提とする水蒸気爆発及び水素爆発の危険性や放射性物質が本件原発の敷地外に大量放出される危険性も,社会通念上無視し得る程度にまで管理されているということができるから,…原子力規制委員会の判断に不合理な点がないことについて,相当の根拠,資料に基づき主張疎明を尽くしたものと認めるのが相当である。」(福井異議審決定は、決定文221頁以下)

   ウ 問題点
この点、水素爆轟防止対策は、5層の防護の4層目に位置し、新規制基準でも審査対象となっている事象である。それにもかかわらず、司法裁判所は審査の対象から排除している。
これは、裁判所が行政機関のカーボンコピーですらなく、より劣化した審査しか行わないということに他ならない。この点で、福井異議審の判断枠組みは不合理である。

  (4) 地震・津波の危険性に関する審査手法の誤り

 ア 福井地裁異議審決定は,「基準地震動に関する新規制基準の内容に不合理な点はないと認めるのが相当である」とし(106頁),「本件原発に係る検討用地震の選定や基準地震動の策定にあたっては,最新の科学的・技術的知見を踏まえた各種調査が実施されたということができる」(同),「債務者は,原子力規制委員会の審査過程における指摘等も踏まえつつ,不確かさを保守的に考慮して本件基準地震動を策定したものといえ,原子力規制委員会による審査についても,厳格かつ適正に行われたものと評価することができる」(110頁)などとして,「本件基準地震動が新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断に不合理な点はないと認めるのが相当である」(110頁)とする。
しかし,原子力発電所の新規制基準適合性に関する審査会合は現在もなお継続して開かれており,議論が継けられている。その議論の中で本件発電所(大飯原発)における地震や津波の想定は随時見直され,それに対する被告関西電力の対応も随時変化し,指摘を受けるごとに個別に対応するということが続いているのであり,「原子力規制委員会による審査」はなお途上であることが明らかである。原子力規制委員会の判断はあくまでもその時点における判断にすぎず,これまでの僅かな期間の間にも前提となる知見が更新され見直しがされている。このように知見が次々に更新されるのは、地震に関する知見の到達点の低さと、近年、世界的に多発している大地震から新たに多くの知見が得られていることを示している。
このように随時見直しがされているにもかかわらず,ある時点で策定された基準地震動や原子力規制委員会の審査が,現時点の知見に照らしてなぜ合理的であると判断できるのであろうか。司法審査までの僅かな期間の間にも知見が更新され,議論は進展しているのであるから,判断対象となる「審査」は,司法審査の時点ではもはや過去のものとなっていることが明らかである。本件決定のような判断方法をとると,その時点でもはや過去のものとなっており既に見直しがされている基準地震動ないし審査について「不合理な点はない」と判断するしかないことになってしまい,最新の知見に照らして明らかに不合理な帰結となってしまう。
これを図示すれば以下のとおりとなる《省略》。新しい知見に基づいて,裁判所自らの責任において判断しなければならない。
本件決定のような判断手法は,日々知見が更新され見直しされている現実を前提にすれば不合理というほかなく,採り得ないものである。

 イ 具体的に,原子力発電所の新規制基準適合性に関する審査会合において知見の更新ないし見直しが行われている状況について,議事録を引用して明らかにする。
例えば,耐震性に関して被告関西電力の担当者は,

 「見直し後の基準地震動の概要について御説明しております。大飯3・4号炉では、この基準地震動を踏まえまして耐震設計を行う方針でございます。」
「基本的には、改造工事等で耐震性を高めていくという対応を我々はやってございます。」

と説明しており,今後「耐震設計を行う方針」であること,改造工事等によってこれから「耐震性を高めていくという対応」を取る予定であることが述べられている。
当該審査会では偶々地震についてはこの程度しか触れられていないが,津波に関しては以下のとおり,再評価したことや新たに確認し直したこと,見直したことなどが明らかにされている。

 「海水ポンプエリアの浸水想定範囲、浸水量を再評価しましたが、結果としましては海水ポンプへの機能への影響はありませんでした。」
「新たな入力津波で浸水防護重点化範囲に隣接する建屋への浸水量を評価しましたけれども、浸水防護重点化範囲への影響はありませんでした。」(83頁)
「新たな新入力津波に基づいて、海水ポンプの取水性を評価しましたが、海水ポンプの継続運転に問題がないことを確認しています。また、新たな基準津波に基づいて、砂堆積、漂流物等による通水性を評価しまして、取水口の通水性確保できて、海水ポンプの機能に影響がないことを確認しました。津波監視につきましては、新たな入力津波を踏まえて、潮位計の仕様変更や設置場所を見直しました。」
「今ほどの再設定した入力津波に伴う主な対策としましては、一つ目としまして、水位上昇側につきましては、海水ポンプ室前面の入力津波の変更を踏まえまして、海水ポンプ室に防護壁、止水壁を設置しました。また、海水ポンプ室の周辺地盤のかさ上げ、さらに津波監視設備の設置場所、仕様変更を行うことにしました。」
「(海水ポンプ周辺の対策について)3番につきましては周辺の地盤、置換コンクリート部については、図で言うと赤のハッチングの部分でございますけれども、T.P.8mへかさ上げを行います。その周辺のセメント改良土部、青色のようなハッチングですけれども、ここにつきましてもT.P.8mへかさ上げを行います。」

(84頁)

このように耐津波性については,審査会での指摘などを踏まえて「新たな入力津波」に基づく再評価を行なったり,問題の有無を確認したり,仕様変更や設計場所の見直しなどを行なったり,海水ポンプ室への防護壁,止水壁の設置や周辺地盤のかさ上げを行なったりといった変更を随時加えているのであり,審査会での議論が途上であること,日々知見の更新や見直しが行われていることがよく分かる。

 ウ 以上のとおり,基準地震動や原子力規制員会での議論は常に更新され,見直しが行われることが予定されているものであるから,本件決定のように同委員会のある審査に不合理な点がないかどうかを司法が審査するということになれば,当該審査後の議論状況が適切に反映されず,よって司法審査が最新の知見を反映されないままに行われることとなってしまう。これでは,原子力発電所における具体的危険の有無を適切に判断することができないことは明らかであろう。
本件決定のような判断方法を採るのではなく,原決定のように裁判所自らが万が一の具体的危険性の有無を判断するという方法を採ってこそ,原子力発電所という極めて危険な設備の安全性・危険性の有無を正しくチェックすることができるのである。

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  (5) 高浜原発に関する平成27年12月24日以降の事情

   ア 規制委員会での議論は続いている
福井異議審決定は、高浜原発第3,第4号機が安全であるというお墨付きを与えた決定である。
しかしながら、下記述べる通り、決定日である平成27年12月24日以降も、上記原子力発電所での議論は続いている。

   イ 高浜原子力発電所第3、第4号機
原子力規制員会では、平成27年12月24日以降も、高浜原子力発電所第3,第4号機に関する議論が続いている(甲248:原子力規制委員会HP印刷文書[1])。
平成27年12月24日午前には、「関西電力(株)高浜発電所3・4号機の特定重大事故等対処施設に係る審査について」との議題のもと非公開の新規制基準適合性に関する会合が開催されている。資料によれば、この会合で特定重大事故等対処施設に係る重大事故等防止対策についての議論がなされたものと推測できる(甲249:議事次第[2])。
また同日午後には、「特定重大事故等対処施設の基礎地盤及び周辺斜面の安定性評価」を議題とする会合が開かれた。議事録によれば、「関西電力(株)から、高浜発電所3・4号機の特定重大事故等対処施設に係る基礎地盤及び周辺斜面の安定性評価について説明があった。これに対し、原子力規制庁は指摘を行い、引き続き審査することとした。」とされている(甲250:議事録[3])。
その後も、同議題について、平成28年1月28日、及び平成28年2月5日に未だ審議が継続している(甲251:議事次第[4]、甲252:議事次第[5])。
さらに、同原発においては、再稼働の決定後に、原因不明の冷却水漏れ事故が生じたことも報道されている(甲253:平成28年2月22日付日本経済新聞電子版)。

   ウ 小括
以上より、福井異議審決定後も、高浜原子力発電所の審査は継続しているのである。これは、被告関電による安全性の立証が不十分であることにほかならず、この一事を持っても、福井地裁異議審決定が不当であることは明らかである。

[1] https://www.nsr.go.jp/disclosure/committee/yuushikisya/tekigousei/power_plants/takahama34/committee/index.html
[2] https://www.nsr.go.jp/data/000134534.pdf
[3] https://www.nsr.go.jp/data/000138459.pdf
[4] https://www.nsr.go.jp/data/000137399.pdf
[5] https://www.nsr.go.jp/data/000138816.pdf

 2 原告が主張する判断枠組み(具体的危険の主張立証があれば差止が認められるべきであること)

福井地裁異議審は、極めて観念的に、いわゆる「ゼロリスク論」を批判しつつ、その寄って立つ見地は、結局のところ、使用している文言も含め、福島第一原発事故前からある安全神話そのものである。
本件訴訟では、ゼロリスクか否かという不毛な論争ではなく、「具体的危険」の有無が問題とされるべきである。万が一の事故を引き起こす具体的危険性の有無は、専門家の知見を前提として裁判所が十分に判断可能である。
そして、原告の主張は原発を推進する立場に立つにしても最低限取り入れられるべき5層の防護の思想を司法審査の枠組みに反映させたものである。被告関西電力は、すべての層(あらゆる段階)において具体的危険を排除しなくてはならないのであり、1点でも万が一の事故が発生する具体的危険を相当の程度で立証すれば、大飯原発の運転は差し止められなければならない。

以上

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◆原告第18準備書面
第2 福井地裁異議審決定の判断枠組みの問題点(全体を通じて)

平成27年12月24日福井地裁異議審決定の問題点  目次

第2 福井地裁異議審決定の判断枠組みの問題点(全体を通じて)

 1 異議審決定の規範の要旨

 (1) 人格権が侵害されている債権者において具体的危険性の主張疎明が必要。

 (2) ところで、原子力規制委員会の目的、独立性、専門家から国会同意人事、原発事業者等の欠格など、法制度として、規制委が高度の専門的知見に基づいて中立公正な立場から独立して職権を行使できる体制を確保する仕組みがある。さらに規制委、規制庁全体として独立性が確保される組織構成。

 (3) その制度趣旨は深刻な事故が万が一にも発生しないようにする必要があるところ、その判断に多方面にわたる極めて高度な最新の科学的、専門技術的知見に基づく総合的判断が求められるから、上記のような規制委員会において、総合的・専門技術的見地から十分な審査を行わせ、もって原子力利用における安全の確保を徹底することにある。

 (4) 発電用原子炉施設の安全性に係る審査の特質に鑑み、安全性にかけるところがあるか否かについて、裁判所は、その安全性に関する規制委の判断に不合理な点があるか否かという観点から審理・判断するのが相当。すなわち原子力規制委員会の調査審議において用いられた具体的審査記基準に不合理な点があり、あるいは当該原子炉施設が上記審査基準に適合するとした同委員会の調査審議及び判断の過程等に看過しがたい過誤、欠落があるときは、当該原子力施設の安全性に関する同委員会の判断に不合理な点があるといえるものであり、そのような場合には、当該原子力施設の安全性に欠けるところがあるといわざるを得ず、深刻な事故が起きる具体的可能性が否定できないこととなり、よって、周辺住民の生命身体及び健康を基礎とする人格権が侵害される具体的危険性が肯認される。

 (5) ここでいう安全とは、絶対的安全性を想定することはできず、何らかの程度の事故発生等の危険性は常にあるから、絶対的安全性を要求することは相当でない。しかし、福島原発事故等の被害の甚大さ深刻さを踏まえ、原子炉施設の有する危険性が社会通念上無視し得る程度にまで管理されていることをいうと解すべき。

 (6) したがって、不合理性や過誤欠落があるか否かについては、福島原発事故の経験等も踏まえた現在の科学技術水準に照らし、当該原子炉施設の危険性が社会通念上無視し得る程度にまで管理されているか否かという観点から、あくまでも厳格に審理・判断することが必要。

 (7) 原発の安全審査に関する資料や科学的・技術的知見は専ら債務者が保有することを踏まえ、まず、債務者において、原子力規制委員会の上記判断に不合理な点がないことを相当の根拠、資料に基づき疎明すべきであり、債務者が主張疎明を尽くさない場合には、原子力規制委員会がした判断に不合理な点があるものとして、当該原子炉施設の周辺に居住する住民の人格権が侵害される具体的危険性があることが事実上推認される。

 (8) 他方、債務者が上記の主張疎明を尽くした場合には、本来、主張立証責任を負う債権者において、当該原子炉施設の安全性に欠けるところがあり、債権者らの人格権が現に侵害されているか、または侵害される具体的危険性があることについて主張疎明する必要がある。

 2 原発行政に基本的な信頼を置く問題点

1で記した福井地裁異議審決定の要旨(2)ないし(4)は、当該裁判所が、現行の原子力規制委員会の仕組みに基本的な信頼を置き、いわゆる新規制基準を通して安全性の判断をすることを宣言したものである。
しかし、福島第一原発事故は、内閣が福島第一原発で電源喪失はあり得ないと明言し、原発行政が福島第一原発の安全性を肯定する中で発生したのであり、その後、法律が変わったからといって、従前の行政原発の安全性に対する考え方が根本的に変革を迫られた訳ではないし、原子力行政に携わる人々が質の変化を伴うほど入れ替わった訳でもない。実際、新規制基準についても、従来の基準に多少の手直しをした程度で大幅な変更はされていないし、立地審査指針のように適用されなくなってしまった(後退した)ものすらある。
そして、例えば、前述のように、原子力規制委員会は、免震重要棟の建設の約束を反故にした電力会社に対して、何の統制もできない状況を露わにしている。
福井地裁異議審決定が、このような原子力行政に対して基本的な信頼を置き、その目を通して原発の安全性を審査しようとする点に、この決定の最大の問題点があるし、3で述べる様々な不合理な点も、福井地裁異議審決定が、原子力行政に追随した結果として起こるものである。

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 3 「現在の科学技術水準」「社会通念」等の文言の濫用

  (1)「現在の科学技術水準」と「社会通念」の関係の不明確性

異議審決定は、1で述べた異議審決定要旨(6)のように、「現在の科学技術水準」に照らして、「社会通念上無視し得る程度にまで」、原発の危険性が管理されているか否かで安全性を判断する。
しかし、科学技術上の概念であるはずの「現在の科学技術水準」や「安全」と、社会通念の関係が全く不明確である。そして、実際のあてはめにおいては、「社会通念」という言葉がマジックワード化し、原子力規制委員会の現状を追認するための言葉にしかなっていない。福井地裁異議審決定が「社会通念」を濫用することについては、先にその規範を打ち立てた裁判官自身から批判の声が上がっていることは、第1で述べたとおりである。
そして、福島第一原発事故後の社会通念を言うのなら、福島第一原発事故のような過酷事故をもう二度と許容しないのが日本国民の過半数の意思であるが、福井地裁異議審決定は、そのような観点で、原発行政を厳しくチェックする姿勢は皆無である。万一の事故が起きたときに、避難が万全に行われるべき事も、日本国民の過半数の意思であるが、福井地裁異議審決定は、そのような観点で、原発行政を厳しくチェックする観点も皆無である。

  (2)「最新」について定義がないこと

異議審決定は、規範の段階では、「現在の科学技術水準」に照らして原発の安全性を審査する立場に立つ。そして、実際の当てはめの段階で用いている文言は、新規性基準に登場する「最新の科学的・技術的知見」という文言であり、現実の調査・審査が「最新の科学的・技術的知見」を踏まえているかを検討している。例えば「以上によれば、本件原発に係る検討用地震の選定や基準地震動の策定に当たっては、最新の科学的・技術的知見を踏まえた各種調査が実施されたということができる。」(105頁)などというのである。
しかし、ここで言う「最新の科学的・技術的知見」の定義について、異議審決定は何も述べておらず、言葉がマジックワード化し、「社会通念」と同様、一人歩きしている。実際には、以下に述べるように、東日本大震災発生の相当前のものも含め、現実に行われた調査、審理をもって「最新」と述べ、それを追認するだけの意味しかない。

  (3)新規制基準は福島第一原発事故を踏まえていないこと

福島第一原発事故の発生原因については、(1)事故現場の放射線 量が高く調査ができない、(2)加害者である東京電力が原因究明に協力しない、という点に起因して、まだ、正確な発生原因すら特定されていない。
例えば、前者については事故直後の作業員の証言を元にした報道からしても、福島第一原発1号機内部で配管の破断や蒸気漏れが発生していたことが推測され、地震動により原発そのものが破壊されていた可能性が十分にある。しかし、このことについて、裏付けを取ることは現状では簡単ではない。
後者については、例えば、東京電力が2号機のベント(ガス抜き)失敗を正式に認めたのは2015年になってからのことである(甲245)。それに関連して、2号機の逃がし安全弁といわれる弁の材料が摂氏200度で熔解するものであり、それが熔解してベントの失敗につながった可能性があることを発表したのは2015年の年末のことである(甲246)。
新規制基準が福島第一原発事故を踏まえたものでなく、むしろ、証拠が十分にない場所で、過酷事故の原因を「想定外」の津波のせいにするものであることは、これらのことからしても明らかなのである。しかし、

  (4) 「想定外」を許容する「最新の科学的・技術的知見」

上記のように、福井地裁異議審決定は、原子力規制委員会の審理が「最新の科学的・技術的知見」を踏まえたものであることを強調する。しかし、福井地裁の異議審決定は、福島第一原発事故前の原子力安全・保安院による審理が「最新の科学的・技術的知見」を踏まえていなかったことについて何の論証もしておらず、むしろ、その議論と原子力規制委員会の議論を連続性のあるものとして捉えていることは明らかであろう。

   ア 15mの津波対策をできなかった原子力行政
原子力規制委員会の審理の結果得られる知見は、集団的な合議の結論として得られる知見であるから、それは、どんなに中立的に見ても、現在の相当の科学水準にいる科学者が全体として承認している水準の知見なのであり、それは本当の意味での「最新」の知見とはならない。「最新」の知見は異端だからである。現に、福島第一原発に15m級の津波が押し寄せることは、可能性を指摘する声がありながら、ついに現実の原発行政に反映されることはなかったのである。原子力規制委員会の枠組みであれば、事前に15mの津波に関する知見を取り入れることができた、という保障はどこにもないし、電力会社がそのよう立証をしたこともない。

   イ くり返されてきた「想定外」の事故
さらに言えば、日本の原発では、最新の科学的地点を前提にしても「想定外」の事態がくり返し発生している。第10準備書面17頁で述べた美浜原子力発電所2号機の二次冷却水の伝熱管破断事故であり、同書面17頁で述べた同原発の二次冷却水噴出事故なのである。これらをはじめとする原発の事故は常に「想定外」の事象であり、過酷事故にもつながりかねないものであった。そして、「想定外」の事故の極めつけが、東日本大震災の発生とそれによる福島第一原発事故なのである。
そのような「最新の科学的・技術的知見」の中身が福島第一原発事故の前後で大きく変わることは考えられない。少なくとも、福島第一原発の事故について、先端にいたはずの科学者らがこれを防げなかったどころか「想定外」と呼ばわった事態について、その後、これがどう変わったのかについて厳しく問われなければならないはずである。しかし、このような事態について真摯な総括がなされているとは到底言い難い。

   ウ 科学の到達点の低さとの関係
地震に関する科学の最新の到達点は「個別の原発サイトにどのような地震動が発生するかは現在の科学では予見できない」という点にある。
そうであるのに、既知の断層(そもそも「断層」の定義として調査により発見できていなければならないのである。)を前提にして、せいぜい、それにいくぶんかの要素を付加することで、原発サイトにくるかもしれない地震動の大きさを画する考え方事態が「最新」の科学的知見とは相いれないものなのであり、それを行おうとすれば、必然的に「想定外」を孕むものとならざるを得ないのである。

   エ 小括
裁判所がそのような意味での「最新の科学・技術的知見」を絶対視する限り、いつかは、その想定を上回る原因による「想定外」の事故を招来することとなる。
原発の過酷事故を万が一にも起こしてはならないと同時に、我々は、原発の稼動と事故について、二度と、「想定外」という言葉を使ってはならないのであるが、福井地裁異議審は、このように、本質的に「想定外」を許容する曖昧な「最新」の言葉を振りかざすことで原子力規制委員会の審理に承認を与えており、福井地裁異議審の決定はこれに答えるものにはなっていない。

  (5) 危険性を否定する方向での仮説の援用

また、福井地裁異議審決定は、例えば基準地震動の策定について、自らが「いまだ開発途上の手法」であることを認める手法を用いたり(107頁)、すでに先端の知見を持つ地震学者から「古すぎる」との指摘がされている計算式を用いること(108頁)を、「最新の科学的・技術的知見」を踏まえたものとして正面から肯定する。
原発の安全性を肯定する方向の事情としてはこのような事を平気でやる一方、現に知見が得られている既往最大の地震動(4022ガル)について、これを捨象するために、仮説に過ぎず、発生条件が全く不明な「トランポリン効果」(甲247。著者自身がメカニズムは明らかではないと明言している。)のせいにし、発生条件が不明なのに「本件原発の敷地においては、その地下構造に地震動を増幅させるような得意な構造党は認められていない」(112頁)などという全く非科学的な議論で債権者の主張を排斥している。
このように、福井地裁異議審は、原発の安全性を肯定する方向では、すでに万一の事故を防ぐこととの関係で言えば先端の科学者から有用性を否定されつつある計算式を用いることを全面肯定する一方、原発の危険性を否定する方向では、発生条件すら不明の仮説を全面的に援用することで現に発生した現象を捨象して債権者の主張を排斥するものであり、「最新」の扱い方が極めて恣意的なのであり、発想に「保守的」な点が見られない。

  (6) 「最新」か否かと関係のない事情を「最新」とする牽強付会

原発立地周辺の地盤等の調査(たとえば海底の地盤の調査や過去の津波の痕跡の調査)は、資金と時間をどれだけ費やして、どこまで丹念に行うかによって、精度が変わるし、コストが段違いとなる。これは、「最新」か否かとは直接関係がない。被告関西電力が、専門家の度重なる指摘にも関わらず、津波の調査を十分に行っていない点については、原告第14準備書面第5(46頁以下)でのべたところである。
規制委員会の審理の対象となる原発周辺の地盤等の調査結果は、もっぱら電力会社によって提出されたものである。営利企業である電力会社は、常にコスト削減に努めなければならないし、地盤の調査にコストを投じるほど、原発の建設・稼動にとって不都合な事象が発見される可能性があるのだから、コストを投じることがさらに高コスト(その究極としての原発の建設・稼動不能)に結びつき得る。営利企業の行動原理の本質として地盤調査は最低限にならざるを得ない。実際、原子力規制委員会が高浜原発について行った審査についても、その基礎となる調査結果の多くは関西電力が新規制基準制定前に行ったものである。
そして、原子力規制委員会は、自ら調査を行うこともできない。例えば、原子力規制委員会の運営予算は平成28年度予算案において413億円に過ぎず、これは平成27年度当初予算から39億円も削減されている(顕著な事実)。そしてこれらの予算のうち、個別の原発の地盤調査に費やせる費目はほとんどないに等しい。すなわち、原子力規制委員会は、関西電力が現に行った調査について、根本的に是正する力を持っていないのである。旧財閥系の名を冠する建設会社がマンション敷地地盤のデータを改ざんしたニュースは記憶に新しいが、原子力規制委員会はこのようなデータの改ざんに対しても無力である。
「最新」の知見は、基礎となるデータが万全のものでなければ意味がないところ、原子力規制委員会の審査はこの点を十分に担保するものではない。
しかるに、福井地裁異議審決定は、現に行われた調査をもって「最新の科学的・技術的知見を踏まえた各種調査が実施されたということができる」(106~107頁)と安易に述べてしまっており、論証すべき「最新」の根拠をもって「最新」の理由としている。

  (7) 基準の不備を「最新」の科学で代用する問題

   ア 基準地震動策定についての基準の不備
福井地裁異議審は「新規制基準の策定に関与した専門家より「基準地震動の具体的な算出ルールは時間切れで作れず、どこまで厳しく規制するかは裁量次第となった」との指摘もされている」と認定している。そうであるのに、結論においては「最新の科学的・技術的知見を踏まえた地震動の評価がされているか、不確かさについても適切に考慮されているかといった点を個別的克具体的に審査する枠組みが予定されているものと解されるのであり、そのような審査の枠組みは十分に合理性がある」(105-106頁)とする。
しかし基準作成に関わった先端の専門家が「裁量次第となった」と述べているのを、裁判所が「最新」の知見を踏まえているから合理性がある、というのは、次元の違う問題を強引にこじつけるものであり、論理破綻である。どんな先端の科学者といえど、何らかの判断基準がなければ安全か否かは判断できないからである。これは、最先端の裁判官が何人集まっても、法がなければ具体的な司法審査を行えないのと同じである。

   イ 「保守的」「不確かさの考慮」の恣意性
福井地裁異議審は、上記の点について、審査基準に不合理な点があるとするのではなく、逆に「具体的な適用過程において適切に不確かさが考慮されている限り」合理性がある、とする(109頁)。
そして、基準地震動の策定について、実際の当てはめの場面で、「保守的」「不確かさの考慮(をした)」を連発するが(109頁以下)、その意味内容はほとんど不明である。実際には、大本の基準を曖昧にしたところで、原子力気鋭委員会が現場でしたさじ加減に、このような美称を与えているに過ぎない。
このような基準不在(すなわち基準の不合理性)の下でのさじ加減という弥縫策を「保守的」「不確かさの考慮」などと、肯定的に評価することは許されず、審査基準の不備として正面から認定されるべきである。

  (8) 「最新の科学的・技術的知見」は人的な問題、現場の機器の問題に対して無力

原子力規制委員会が再稼働を許可した高浜原発4号機が再稼働後1ヶ月で故障したことは記憶に新しい。
福井地裁異議審決定が「最新の科学的・技術的知見」に基づくとお墨付きを与えた原子力規制委員会の審査は、このような現場での事故発生を防げなかったのである。これは、福島第一原発の事故についてもいえる。原発行政は、原発が稼働している現場での原発のずさんな管理や、多重下請構造による労働の質の劣化の問題などに対して無力である。

  (9) 小括

結局、福井地裁異議審においては「現在の科学技術水準」の意味するところも、それと「社会通念」の関係も全く不明確であり、実際の当てはめの場面では、現になされた原子力規制委員会の審査を前提に、それを肯定するために深い検討がないまま「最新の科学的・技術的知見」「保守的」「不確かさを考慮」などの言葉が濫発される一方、規制委や電力会社がいうような意味での原発の安全性を否定する方向の知見は徹底して無視され、基準の不在や、最新か否かとは関係のない事情まですべて「最新」の言葉でごまかされてしまっているのである。総じて、福井地裁異議審のいう「現在の科学技術水準」とは、現在の原子力規制委員会による原発行政を追認するだけの文言になってしまっているのである。
福島第一原発事故前の原発安全神話の担い手には裁判所も含まれていたのである。裁判所がチェック機能を果たさず、原発行政を追認するばかりの事態は、原発安全神話そのものである。

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 4 「深層防護(多重防護)」の考え方を無視する

  (1) 最低でも深層防護(多重防護)の考え方が必要である

3で述べたように、「最新」の科学的・技術的知見なるものは、その本質において「想定外」の過酷事故を許容するものである。これは、原子力規制委員会が仮に真摯であったとしてもその結論は異ならない。
そうであるなら、最低でも、仮に徹底した事故対策の末に事故が起きたとしても、次の層で対処する、という深層防護(多重防護)の考え方を採るしかない。
すなわち、すでに原告第1準備書面で述べたことであるが、世界的には、原子力安全対策において、「深層防護(Defense in Depth。多層防護、多重防護と訳されることもある)」がもっとも重要な指導理念とされてきた。深層防護とは、多重に安全防護のための障壁を備えることを意味する。
深層防護が有効に機能するためには、(1)「階層間の独立」と(2)「前段否定の論理」が充たされなくてはならない。
まず、(1)「階層間の独立」とは、深層防護の各階層で、前後の階層に依存することなく最善の安全対策を尽くすべきであるという方法論である。
つぎに、(2)「前段否定の論理」とは、各階層で最善を尽くして完璧に近い防護対策がなされているところに、あえて防護対策が破られると仮定し、防護対策を講じるべきであるという方法論である。例えば、第5層(後述)の防災対策の準備がこれに当たる。原子力発電所では、完全に安全と断言できる状態を目指して努力をする一方で、万一の事故を想定して、原子力災害に備えた準備をすることで、放射線の放出による市民の健康被害を回避できる。(甲32:国会事故調参考資料237頁より)。
もっとも、深層防護の考え方自体、原発の存在を許容するものであり、原発の過酷事故を許容するものであるから、福島第一原発事故後の我が国の状況とは合致しないことは念のため付言する。
いずれにせよ、福井地裁異議審決定は、「保守的」に考慮したとか、「不確かさを考慮」などと言うが、真に不確かさを考慮し、保守的に考えるのなら、不確かさを前提に、次の独立した階層において安全性を確保するほかないのである。

  (2) 炉心溶融後の事象、避難計画の整備状況や実施可能性等を審査の対象外とする

一方、福井地裁異議審決定は、「以上によれば、本件原発においては、債権者らが指摘する危険性(本件原発の燃料体等の損傷ないし溶融に結びつく危険性)については、社会通念上無視し得る程度にまで管理されているということができる。」(221頁)として、それ以後の事情について審査することを拒む。
この点、「原発安全神話」とは、日本の原発では深刻な事故は絶対に起こらない、ないしは、深刻な事故が起こる確率は無視できるほど小さい、という考え方(大島堅一『原発のコスト』岩波新書p130)をいう。
福井地裁異議審のように、自らがよって立つ理論の不完全性が大きいことを認識しながら、何だかんだと理由をつけて事故が起きる確率は無視しうるほど小さい、と述べて、それより後の事情を考慮することを拒否するのは、原発安全神話そのものなのである。
現に我が国の原発において過酷事故が発生しているのに、過酷事故発生後の事情を考慮しようとすらしない福井地裁異議審の決定は、福島第一原発事故を踏まえたものとは到底いえない。また、このような福井地裁異議審の見地は、新規制基準に基づく原子力規制委員会の基準よりもさらに司法審査の範囲が狭くなっており、この点からも到底許容されるものではない。

 5 まとめ

結局、新規制基準も、それに信頼を置く福井地裁異議審決定も、その考え方は「最新」どころか、福島第一原発事故を体験した後に原子力発電所を稼働しようとするのであれば、最低限踏まえるべき考え方すら踏まえていない、古い考え方に基づくものである。
福井地裁異議審は、そのような新規制基準による審査よりも、さらに司法審査の範囲を縮小してしまうものである。行政追従である点で許されないし、過酷事故は起きない、という安全神話そのものである。

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◆原告第18準備書面
第1 はじめに

平成27年12月24日福井地裁異議審決定の問題点  目次

第1 はじめに

福井地方裁判所民事第2部(裁判長裁判官林潤、裁判官山口敦士、裁判官中村修輔)は、平成27年12月24日、福井地方裁判所平成26年(ヨ)第31号大飯原発3、4号機及び高浜原発3、4号機運転差止仮処分命令申立事件について、同裁判所が平成27年4月14日にした仮処分決定を取り消し、住民側の仮処分の申立てをいずれも却下した(以下、この仮処分決定取消、仮処分申立却下決定を「福井地裁異議審決定」という。)。
しかしながら、同決定は、福島原発事故により変容を求められる原発訴訟に対する司法審査の枠組みを従来の行政追随型に後退せしめるものであり、到底許容できるものではない。
本準備書面では、同決定の判断枠組みの不合理性を明らかにし、本訴訟における有るべき司法審査の枠組みを再度提示するが、まず、最初に根本的な疑問点を述べ、次いで各論点について述べるものとする。

 福井地裁異議審決定は、福島原発事故に正面から向き合わず、いまもなお続き、終わることのない破滅的な状況を忘却したか、あるいは無視している。

 (1) 福井地裁異議審決定は、福島原発事故について触れてはいるが、福島原発事故によって、広大な土地が人の住めない無人の荒野と化し、また住み慣れた故郷の地からの避難を余儀なくされている膨大な人々の苦難の事実を、わがことの如くに見ていない。避難を余儀なくされた人々の苦難の実情は、本法廷において意見陳述をした福島敦子原告ら福島県から避難をした人達の、切実な訴えによって明らかである。膨大な人々が苦難を強いられていることを、原告の一人でもある宮本憲一名誉教授は、本法廷において、足尾銅山鉱毒事件によって消滅させられた谷中村の悲劇以来の悲劇と指摘している。いうまでもなく、福島原発事故は、世界の原子力発電所の歴史において、チェルノブイリに並ぶ最大級の事故である。未曾有の公害事件であり、途方もない人権侵害事件であることを片時も忘れるべきではない。
この裁判に関わる全ての関係者は、この福島の地の現実、いま進行している膨大な人々に加えられている人権侵害の現実を直視し、二度と再び原発事故を起こさせてはならないという戒めを胸にして出発しなければならない。
しかし、福井地裁異議審決定は、福島原発事故によってもたらされている現実に、正面から向きあっていない。最近の新聞記者とのインタビューにおいて、女川原発裁判を担当した塚原朋一元裁判官は、「福島第一原発の事故を目の当たりにして初めて、裁判官の多くは変わったと思います。」と述べている。同氏は、福井地裁異議審決定は「福島原発事故にも言及してはいるのですが … 原発事故再来への懸念が実感として伝わってこない。」(朝日新聞2016年3月3日)とも指摘している。福島原発事故による途方もない人権侵害の現実から目を背け、原発事故再来への懸念を実感していないのではないか。福井地裁異議審決定は、再び原発の「安全神話」にすがりつき、司法の役割を放棄しようとしているのではないか。これが、この決定を前にしての第一印象なのである。

 (2) 生涯をかけて原発問題に取り組んだ市民科学者、故高木仁三郎は、かつて、要旨「科学技術とは、本来実証的なデータに裏付けられたものであるはずだが、原発の技術に実証性を期待することは難しい。実証的に裏付けられない点は、大型コンピュータを用いたモデル計算によってカバーすることになるが、計算はあくまで計算に過ぎず、現実との対応関係は実験ができない以上、確かめようがない。」(高木仁三郎セレクション所収「核エネルギーの解放と制御」98頁、1990年著)と述べ、技術文明の危うさ、原子力技術が本質的に持つ危険性に警鐘を鳴らし続け、原子力時代の末期症状による大事故の危険と、放射性廃棄物がたれ流しになっていくことを危惧しつつ、2000年にガンで倒れた。高木の指摘は、福島原発事故で、誰の目にも明らかとなった。

 (3) 水素爆発は起きないと断言した直後に、それが起きた時、原子力安全委員長は、アチャーと言ったとマスコミは報道している。そのレベルの人物が、原子力安全の最高責任者であった。福島原発で水素爆発が起きている最中に、ある専門家は、テレビでそれを否定した。最近の報道では、東京電力は、炉心溶融が生じているにも拘わらず、そうではなく炉心損傷に過ぎないと2ヶ月も言い張り、しかも炉心溶融か炉心損傷かの判定基準の存在に5年間も気付いていなかったと言う。これらが、原子力に関する専門家の実情である。高木が述べるように、原子力技術の危うさと、それに従事する関係者の実情に照らすと、原発の危険性の判断において専門家の行っていることを鵜呑みにしてはならない。これが福島原発事故から導き出される苦い教訓なのである。

 (4) それだけではない。九州電力は、川内原発の再稼動許可を得るに際し、免震重要棟を建設するとしたが、再稼動を開始した後でその建設を撤回し、重大事故時の拠点施設を耐震構造する方針を打ち出した。原子力規制委員会は、九州電力の方針転換を批判するが、九州電力はその批判を歯牙にもかけない(朝日新聞2016年3月10日)。また、福井地裁異議審決定によって関西電力は高浜原発4号機の再稼動を開始したが、その直前に原子炉補助建屋で放射性物質を含む水漏れがあり、さらに発送電を始めた初日に変圧機から送電線の間で、一時的に規定値を超す電流が流れた為に原子炉が緊急停止する事故が発生した。この緊急停止をうけて、原子力規制委員会委員長は、社会の信頼回復を裏切るような結果で遺憾だと述べたとのことである(朝日新聞2016年2月21日、3月1日、同月3日)。しかし、原発事故によって被害を受ける者にとっては、遺憾では済まない。原子力規制委員会での約束事を公然と覆し、再稼動を始めた直後から原子炉の緊急停止を生じさせる電力会社の実情を見せられるにつけても、多くの市民の、電力会社と原子力規制委員会に対する不信と不安は益々増大せざるを得ない。原子力規制委員会の安全規制は本当に機能しているのであろうか。原子力規制委員会の審査結果を鵜呑みにすることは危険なのではないか。司法は、原子力規制委員会の審査に対して、専門家任せでなく、司法自身の判断を行っていくべきである。再稼動を認められた原発で生じた上記の事象は、原子力規制委員会の審査の在り方に反省を迫るものであり、また司法審査の在り方を考える上で重要な示唆を与えるものといわねばならない。

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 福井地裁異議審決定は、科学と裁判における謙虚さを欠いているのではないか。

 (1) 原子力規制委員会の規制基準の策定の在り方については、石橋克彦名誉教授は、次のように述べている「きわめて重要なのは、ある特定の原発サイトで想定すべき最強の地震動はどのようなものかといった問題は、現在の地震科学では客観的に解答できないということである。この種の問題は、A.Weinbergが提唱した『トランス・サイエンス』(科学によって問うことはできるが、科学によって答えることのできない問題群からなる領域:例えば、小林、2007)の典型例である。専門家は、幅のある予測と可能性の程度などを提示して(よく確率的にしか答えられないといわれるが、意味のある確立を付与すること自体が困難な場合が多い)、最終的には利害関係者や関心のある人々や社会全体が科学以外の基準(例えば、予防原則)によってきめるべきであろう。日本の現状では、専門家が“科学的に”一意的に決定できるという感覚が根強いが、それに荷担せずに、その感覚を正していく努力が必要であろう。」(「日本の原子力発電と地球科学」所収「地震列島・日本の原子力発電所と地震科学」2015年)。本件の原告団の団長である竹本修三名誉教授は、固体地球物理学、測地学の専門家であり、地震予知の研究にも長年携わってきた地震科学に造詣の深い研究者であるが、本法廷の意見陳述において、科学としての地震学の有する限界を強調している。

 (2) このような科学の限界性の自覚、認識は、真理を語る前では謙虚であれ、ということを含意すると思われるが、裁判官にとっても謙虚さが求められることを、さきに指摘した塚原元裁判官も述べている。同裁判官は、自らが関与した女川原発事件判決の中で、それまでの最高裁判決が示していた、「原子力委員会などの調査審議や判断の過程で「看過し難い過誤、欠落」があった場合、これに基づいてなされた原子炉設置許可処分は違法とする、という基準は、取消を求める住民側にとってあまりにもハードルが高すぎると考えて、「原子炉施設に求められる安全性とは、その潜在的危険性を顕在化させないよう、放射性物質の放出を可及的に少なくし、これによる事故発生の危険性、平常運転時の被曝線量をいかなる場合においても、社会観念上無視し得る程度に小さい場合には、原子炉施設の運転による生命・身体に対する侵害のおそれがあるとはいえないものとして、人格権又は環境権の違法な侵害に基づく差止請求を認めることはできないと解すべきである。」とした。同元裁判官は、上記の新聞記者とのインタビューにおいて、「この『社会観念上無視できる程度』という表現は、伊方最高裁判決を踏襲するのではなく、住民側に課されていた高いハードルを低くするための自分なりの工夫であった」「ところが、それに近い表現が、私の意図と異なる形で最近現れました。関西電力高浜原発3、4号機に対する運転差し止めの仮処分を取り消した昨年末の福井地裁決定です。ここでは『核燃料の損傷・溶融に結び付く危険性が社会通念上無視し得る程度にまで管理されているか否かという観点からみても、(中略)人格権が侵害される具体的危険があると推認することはできない』と述べています。結論をこうと決めたら、それを導くための法理の工夫をあまりしなかったのではないかという印象を受けました。ある意味割り切った決定ですね。福島原発事故にも言及してはいるのですが、『社会通念上無視し得る程度にまで管理』という理由づけが乱発され、原発事故再来への懸念が実感として伝わってこない。」そして、同元裁判官は、「福島第一原発事故が日本全体に与えた甚大な影響を考えると、裁判官は従来の想定に縛られない謙虚な姿勢で、個々の事件に臨まねばならないと思わずにいられません。」としている(前記新聞記事)。
女川原発が辛うじて津波の直撃を免れたという実感を基に、同元裁判官はこのように述べているのである。同元裁判官は、福井地裁異議審の担当裁判官には、その実感がないのではないか、もっと真実を見、真実の前では謙虚にならねばならないと切言している。それは、本件に関係する全ての者の課題ではなかろうか。

 福島原発の行方

2015年ノーベル文学賞は、ウクライナ生まれのスベトラーナ・アレクシエービッチに与えられた。同女史の「チェルノブイリの祈り」というドキュメンタリー作品において、1996年4月刊行の、次のような雑誌の記事を載せている(「チェルノブイリの祈り」岩波現代文庫 292頁、2011年発行)。
「『石棺』と呼ばれる4号炉の鉛と鉄筋コンクリートの内部には、20トンほどの核燃料が残ったままになっている。今日そこでなにが起きているのか、だれも知らない。」(中略)「石棺の組み立ては「遠隔操作」で行われ、パネルの接合にはロボットとヘリコプターが用いられたので、隙間ができてしまった。 今日、いくつかのデータによれば隙間と亀裂の総面積は200平方メートル以上になり、そこから放射性アエロゾルが噴出し続けている。」「石棺は崩壊するのだろうか?この問いにだれも答えることができない。いまだにほとんどの接合部分や建物に近づくことができず、あとどれくらいもつのか知ることができない。しかし、石棺が崩壊すれば1986年以上に恐ろしい結果になることは誰の目にも明らかである。」
これは、福島原発の未来像であるかもしれない。福島原発事故の中で何が起きているのか、それが今後どのように収束されていくのか、誰もわからない。福島原発事故の原因の特定すらできていない。にもかかわらず、新規制基準を策定し、それによって原発再稼動が始まっている。新しい規制基準は、原発事故の原因に真に有効に対応することができているのだろうか。原因のわからない問題に真に有効に対応することができるのだろうか。原因のわからない問題に、どのようにして有効で適切な回答を与えることができるのであろうか。我々は再び原発事故を起こしてはならない、という出発点に立ち戻って本件に向き合いたい。福井地裁異議審決定は、我々にそのことを促している。

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◆原告第18準備書面
平成27年12月24日福井地裁異議審決定の問題点
目次

原告第18準備書面
平成27年12月24日福井地裁異議審決定の問題点

原告第18準備書面[540 KB]

2016年(平成28年)3月14日

第1 はじめに

第2 福井地裁異議審決定の判断枠組みの問題点(全体を通じて)
1 異議審決定の規範の要旨
2 原発行政に基本的な信頼を置く問題点
3 「現在の科学技術水準」「社会通念」等の文言の濫用
4 「深層防護(多重防護)」の考え方を無視する
5 まとめ

第3 福井地裁異議審決定の判断枠組みの誤り(より各論側の視点)

1 判断枠組みの問題性―個別論点―
2 原告が主張する判断枠組み(具体的危険の主張立証があれば差止が認められるべきであること)

◆第9回口頭弁論 原告提出の書証

証拠説明書 甲第227~239号証[100 KB] (原告第16準備書面)
2016年1月12日

  • 甲第227号証
    『科学』平成24年6月号「地震の予測と対策:「想定」をどのように活かすのか」(島崎邦彦他2名)
  • 甲第228号証[2 MB]
    岩盤における設計用地震動評価手法(耐専スペクトル)について(独立行政法人原子力安全基盤機構)
  • 甲第229号証[5 MB]
    地震と原発の不都合な関係~強震動予測を巡って(東井怜)
  • 甲第230号証[782 KB]
    活断層の長さから推定する地震モーメント(島崎邦彦)
  • 甲第231号証[1 MB]
    毎日新聞記事:「忘災」の原発列島 再稼働は許されるのか 政府と規制委の「弱点」
  • 甲第232号証[6 MB]
    強震動予測レシピに基づく予測結果のバラツキ評価の検討~逆断層と横ずれ断層の比較~(山田雅行・先名重樹・藤原博行)
  • 甲第233号証
    ※20MBを超えるため分割しています。
    甲233号証本文[15 MB]
    甲223号証注釈ほか[5 MB]
    高浜3・4号と多い3・4号の基準地震動は過小評価されている(長沢啓行)
  • 甲第234号証[1 MB]
    1985年若狭湾沿岸で発生した地震(敦賀での震度3の弱震)による大飯原子力発電所1号機の自動停止について(赤松純平)
  • 甲第235号証[4 MB]
    今回の地震による女川原子力発電所第1号機の建屋の耐震安全性評価結果について(東北電力)
  • 甲第236号証[6 MB]
    能登半島地震を踏まえた志賀原子力発電所の耐震安全性確認について(北陸電力)
  • 甲第237号証[3 MB]
    柏崎刈羽原子力発電所の耐震安全性向上の取り組み状況(東京電力)
  • 甲第238号証[656 KB]
    愛媛新聞記事:基準地震動を解く
  • 甲第239号証[4 MB]
    基準地震動及び耐震設計方針に係る審査ガイド(案)(原子力規制員会)

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◆第9回口頭弁論(1/13) 意見陳述 要旨

意見陳述
原告  阪本 みさ子

私は、阪本みさ子と言います。1950年6月26日生まれの65歳です。
住所は、京都府舞鶴市字市場です。大飯原発より20キロメートル弱(高浜原発より約9キロメートル)の地点です。舞鶴は大きく分けると、東・中・西・加佐となります。私の住む市場は原発に一番近い東舞鶴です。夫65歳と二人暮らしです。

私が本訴訟の原告に参加しましたのは、私にとって大切な舞鶴の人たちが命をなくしたり、行き場をなしたりするようなことがあってはならないと思うからです。私は、退職しました小学校の教員です。最後の20年ほどは、1年生2年生を専門のように担当していました。教員としての私の力量の不足は、たくさんの子どもたちや子どもたちのご家族が支えてくださいました。朝5時から「学校行く」とランドセルを背負った学校大好きな子、計算をがんばると毎日毎日努力した子たち、読書が好きになったと年間200冊を超えて読んだ子たち、母の入院の寂しさに耐え、父と二人で耐えていた子、「九九できた」「漢字覚えた」「プールで潜れた」など、いくつもの笑顔が浮かんできます。そして、子どもたちを支え続けてくださったご家族のみなさん、私が書く「学級便り」を毎日読んで下さったおばあさんもおられます。たくさんの誠実ですてきなご家族とお付き合いさせていただきました。その人たちが行き場をなくすことが無いようにしたいのです。電気をつくるのに、原発しか方法がないのならともかく、他にもたくさん方法があるのですから、原発は是非止めていただきたいと思います。

私たち舞鶴市民は、原発に近いので、福島のような重大事故があれば、全員避難ということになるかと思います。
平成25年3月、舞鶴市防災会議が「舞鶴市原子力災害住民避難計画」を作成しました。この「避難計画」は、舞鶴市役所のホーム・ページで公開され、冊子として配布されています。「避難計画」によれば、避難対象は、大飯発電所から32.5キロメートルまで、東・中・西舞鶴の地域の全住民です。避難手段は、バス・自家用車、状況に応じて船・鉄道です。

私は、地域割りB(大飯原発から15㌔~20㌔以下)に従い、避難指示をうけることになります。「避難計画」は、「屋内退避」の指示を受けた際の住民等の留意事項として、ア、住民は、帰宅をして屋内退避する。イ、帰宅避難後は、顔や手を洗い、うがいを行う。ウ、退避建物は、全ての窓やドアを閉め、換気を止めて外気を遮断する。エ、正確な情報収集に努める。オ観光客などは直ちに市外退去する。としています。そして、SPEEDIや気象の予測ではなく、モニタリングの結果、線量が高くなれば、避難時集結場所・東舞鶴高校浮島分校に自力で向かうことになります。そこには、地域割りBの人1138人、地域割りC(20㌔~25㌔以下)の人2525人が集まります。数教室と小さい体育館だけの分校です。すぐ後ろは海です。浮島という地名の表すように埋め立て地にある校舎です。地震の規模によっては校舎そのものに不安があります。その上、自家用車が50台も来たら、とても動けるような所ではありません。

また、舞鶴市全体で住民避難のための協定を結んでいる事業者の保有台数の合計は、バス71台 ワゴン車2台 タクシー121台で、全部が一度に動けても3500人を運べるだけです。少なめに見ても20回の往復をしないと市民全員を運べません。その間、放射能を浴び続けることになるのでしょうか。全員を運ぶのに何日掛かるのでしょうか。線量が高い中、ドライバーの確保はできるのでしょうか。京都府が協定を締結している線量は、1ミリシーベルトだそうです。私たちに1ミリシーベルトで避難指示が出るのでしょうか。
次に私は、避難時集結場所から避難先に向かうことになります。舞鶴市の計画では、京都市内へ65,000人、宇治市へ14,000人、城陽市へ6,000人、向日市へ4,000人行くことになるようです。京都市の廃校になった学校にと聞いていましたが、京都市は学校を貸出しする計画もあるようです。計画にはあっても、実際には、その時、避難先を探すことになるのでしょうか。

(1)線量が高くなってからの避難では、放射能を避けることはできません。また、建売の少し傾いてきている木造の家で換気扇を止めたぐらいで放射能を防げるのでしょうか。地震に伴う事故なら家がまともに建っているかも分かりません。被曝を覚悟せよということでしょうか。
(2)小さな分校に3千人を超える人を集めて、数人の市職員で対応することが出来るのでしょうか。
(3)地震や津波や冬の雪など条件が悪い中でも舞鶴市の避難計画は有効でしょうか。
(4)「観光客の皆さんは、直ちに市外に退去してください」と広報車も防災無線も伝えるそうです。観光客の人は来た方法で自力で逃れるのだそうです。大渋滞必須ですが、道も鉄道も無事なら可能かもしれません。

私たち夫婦は、43坪の宅地・そこに建つ家屋、70坪の畑がほぼすべての財産です。
私の夫は、幼少期に家庭崩壊を経験し、人間関係を築くのが苦手です。退職し、畑で春はイチゴ・玉ねぎ、夏はトウモロコシ・キュウリ、秋はにんにく・長いもなどを作り、近所の奥様方に配り、好評を得ています。お一人おひとりが、本当にほめ上手です。それが、夫にとっては、生きている意味です。私たち夫婦が永年にわたって作りあげてきた人間関係です。その中で、夫は安心して暮らしています。
もし、関電や国が代わりの畑をくださるとしても、心安い近所の奥様方が無ければ、意味がありません。人間関係は、すぐにはできません。
夫は、原発事故が起きても、「ここに残る」と申しております。近所・地域のつながりが絶たれてしまったら心の平安もありません。けれども、防護服も準備されていない中、住民の安否確認をされるであろう市職員の方々や、消防署員の方々を思うと、残るという選択もできません。

2015年12月13日の新聞折り込みで「関西電力からのお知らせ」が舞鶴の家庭に配られました。万が一の時は、すぐに原子炉を止めて、さらに原子炉を冷やし、5重の壁で放射性物質を止めると書かれています。でも、福島でそれが駄目だったのではありませんか。そして、原子炉建屋に向かって放水するポンプ車の写真も掲載されていました。けれど、放水して、原子炉を冷やしたり、放射能をとらえたりできるものでしょうか。撒いた水は、若狭湾に放射能汚染された水になって流こむのでしょうか。

舞鶴の知人の人たちは一応に「舞鶴は原発事故があったら、もうダメやわ」といっておられます。原発事故が起きないことを願いながら、けれども、起きたら、もう後がないことを多くの市民が分かっておられます。

3年間、原発なしで暮らせた日本です。一度重大事故が起これば、私たちの暮らしを奪ってしまう原発を止めてください。動いてもいなくても、近くに原発があるのですから、避難計画は必要だと思いますが、とても私たち住民の安全を確保できる内容になっていないと思います。関電という一企業が、そして、国といえども、私たちに日々不安を与え、いざという時には、生活や日頃の努力まで壊してしまうことが許されるのでしょうか。

◆原告第17準備書面
-「舞鶴市原子力災害住民避難計画」の概要と問題点-

原告第17準備書面
-「舞鶴市原子力災害住民避難計画」の概要と問題点-

2016年(平成28年)1月12日

原告第17準備書面[101 KB]

目次

第1 舞鶴市の避難計画の問題点
1 避難計画の策定
2 舞鶴避難計画の内容と問題点

第2 結論

 

本準備書面では、「舞鶴市原子力災害住民避難計画」の概要と問題点について述べる。

第1 舞鶴市の避難計画の問題点

 1 避難計画の策定

2013(平成25)年3月、舞鶴市防災会議によって、「舞鶴市原子力災害住民避難計画」(以下「舞鶴市避難計画」という(甲77号証))が策定された。

 2 舞鶴避難計画の内容と問題点

  (1)計画の対象範囲

舞鶴市避難計画は、計画の対象範囲としてPAZ(予防的防護措置を準備する区域:高浜発電所から概ね5km)とUPZ(緊急時防護措置を準備する区域:高浜発電所から概ね30km、大飯発電所から概ね32.5km の範囲)を定めており、舞鶴市全域の住民が対象となっている。

しかし、重点的に防災計画を定める地域を半径30km限定することに問題があることは、原告第6準備書面で主張したとおりである(45頁から47頁)[14 MB]【リンク先:「第3 避難計画の問題点 2.区域設定」以降】

  (2)避難等の指示と対応手順

舞鶴市避難計画は、避難時の指示と対応手順を(1)PAZの対応(2)UPZの対応(3)一部地域に限る場合の3つの場合に分けて定め、避難手段としてバス、自家用車等によるとしている。

PAZの対応としては、国の指示に基づき、府、市が直ちに避難の指示を出すとされており、UPZの対応としては、国が示す判断基準に基づき、国、府及び原子力事業者が行う緊急時モニタリング結果及びSPEEDIの拡散予測等により、国が判断し、府、市が避難等の指示を出すとされている。

しかし、SPEEDI自体、電源が無くなった場合、放出された放射線の種類・量を把握できず、放射性物質の拡散状況などの適切なデータ解析ができないものである。さらに、そもそもSPEEDIはあくまでもシュミレーションにすぎないのであるから、SPEEDIがあるからといって物質の拡散状況が確実に把握できるというわけではない。そして、そもそも国や事業者が迅速・的確な情報を伝達すること自体、何ら担保のないものである。したがって、住民が迅速的確な情報を得られる確実性が全くないことは明らかである。

  (3)避難にあたっての基本的な考え方

舞鶴避難計画は、避難にあたっての基本的な考え方として、避難対象範囲、避難手段、避難指示、避難先、避難者の把握方法について定め、避難先として、京都市内(65,000人)、宇治市(14,000人)、城陽市(6,000人)、向日市(4,000人)を指定している。

しかし、このような大多数の避難者の具体的な避難施設及び避難方法については、何ら定められておらず、「今後、関係市と調整の上、決定することとする」とされているに過ぎない。

実際に、避難が必要となった場合に、自家用車による避難は、渋滞、避難受入先に駐車可能な車両台数が少ないことにより現実的ではないこと及びバスによる避難もバス及び運転手の確保が困難であることは、原告第6準備書面において主張した(49頁から64頁)とおりである[14 MB]。【リンク先:「4.各原発周辺自治体における避難計画の問題点」以降】

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第2 結論

これまで提出した原告準備書面において主張してきたとおり、福島第一原発事故により、原発事故を防ぐことはできないこと及び事故により甚大な被害が発生することは明らかになった。

このことを考慮とすれば、事故後の段階である第5層の防護として、放射性物質が外部環境に放出されることによる放射線の影響を緩和するためにオフサイト(発電所外)での緊急時対応を準備するという措置を行うことは、原発再稼働の最低条件であると言わざるを得ない。

この点について、IAEA基準では、設計段階で、第5層の防護として、事故時の放射性物質による放射線の影響を緩和する緊急時計画を定め、それが実行可能であることが確認されなければならないとされている。
しかし、舞鶴市避難計画においては、的確な情報に基づいた現実的な避難方法は定められていない。

したがって、第5層すなわち放射性物質が外部環境に放出されることによる放射線の影響を緩和するため、オフサイト(発電所外)での緊急時対応を準備するという措置はなされておらず、IAEAの安全基準すら満たされていないのである。

以上

◆原告第16準備書面
第7 結論

被告関電準備書面(3)(地震)に対する反論(2) 目次

第7 結論

 1 原発の基準地震動は平均でなされており,著しい過小評価である

以上述べたとおり,原発の基準地震動は,既往地震の平均像を基に想定されており,著しい過小評価である。

「応答スペクトルに基づく手法」は,多数の地震・地震動の平均像を求めるものでしかない。代表的な「応答スペクトルに基づく手法」である耐専スペクトルを見れば,平均像の4倍程度の地震動をもたらす地震が現に存在するが,原発の耐震設計では,「応答スペクトルに基づく手法」が平均像でしかないことによるバラつき・不確かさ,具体的には平均像からの乖離(すなわち平均像であることによる誤差)は,十分には考慮されていない。

電力会社が行っているのは平均像としての地震動想定であり,それをプラスαした地震動を想定しているだけである。また実際に起こった地震についても,その知見を取り入れたとするが,それはせめて実際起こった地震程度には耐えられるようにしようとする,単なる弥縫策でしかない。

福島第一原発で経験したように,極めて危険な放射性物質を多量に抱え込んだ原発で,平均的な地震動で耐震設計するなどということは,決して許されることではない。したがって,仮に平均像を基本ケースとするにしても,さらに最大限の誤差を考慮することが原発の耐震設計では求められる。

 2 耐震設計は一種のドグマにすぎない

さらに,地震は,いつも同じ場所で同じ規模で発生するものではない。複数回同じ領域(震源断層面)で発生したとしても,破壊が止まる領域の端では,歪が蓄積される。多数回の地震で累積した変位は,通常の変位が生じる領域では収まりきらず,いずれはその領域の外に破壊を及ぼす。常に一定の箇所で断層の破壊が止まると考えるのは科学的に通用しがたい考えであり,時折,破壊の規模が拡大するとするのが正しい。

しかし,現在の耐震設計は,破壊が常に一定の領域で起こり,それがその領域の外に拡大することはないという,一種のドグマによってなされている。電力会社の選定した各活断層については,多数回すでに活動していると考えられるが,その累積変位は,通常の地震の発生する下限をさらに突き抜けて破壊が及ぶことによって,時折,変位に伴う歪を解消させると解されるべきであるし,少なくともその可能性は否定できない。

もともと地震発生層については,データが少なすぎる中での想定であり,そもそもこの推定には大きな誤差があるが,この点については,一切考慮がなされていない。

そして,地震・地震動のデータは,数10年程度の極めてわずかなものでしかない。特に日本において詳細な地震・地震動の記録を得られるようになったのは,兵庫県南部地震が発生してから各地に強震計が配置されるようになった1997年以降の17年程度のデータでしかない。したがって,何千年,何万年というスパンで生じる地震現象の想定とするなら,この程度の期間での過去最大の地震動では全く不足する。

断層面積Sと地震モーメントMoの関係式の図からすれば,同じSの断層の活動による地震動では,統計的に見て観測された過去最大の地震動を超える地震の割合も44個に1つ程度はあると考えられ,地震動が平均像の8倍を超える地震も740個に1つはあると考えられる。そうすると,少なくとも平均像の4倍以上ないしそれ以上の地震動を想定すべきである。

 3 これまで被告らは平均像によって策定することの問題を無視してきた

平均像で耐震設計をしてはならないなどという問題は,当たり前に過ぎる問題であった。この「平均像で原発の耐震設計をしてはならない」という問題は,住民側が「もんじゅ」訴訟差し戻し後控訴審において明確に取り上げて以来,原子炉施設事業者も国も十分に承知していた問題であった。にもかかわらず,同事件判決は,このような主張などなかったことにして,争点として取り上げることすらせず判決をし,原発推進者である事業者や国も,この問題にあえて目をつぶり,これまで営々と原子炉を運転し続けてきた。

また,既往最大で耐震設計をしてはならないという問題も,浜岡原発訴訟第一審で住民側が取り上げた問題であった。この問題も,我々の知見が極めて小さいものであることからしたら,また当たり前に過ぎる問題であった。しかし,浜岡第一審判決は,過去最大を超える地震が発生する可能性を認めつつ,「抽象的危険で,むやみに国の施策に影響を与えることはできない」として,住民側の言い分を排斥した。そして,既往最大を超える東北地方太平洋沖地震が発生して,福島原発事故が発生し,大きな被害をもたらした。

 4 裁判所の役割が求められている

原発の耐震設計における当たり前過ぎる問題を,事業者,国,裁判所が一体となって,あえて無視してこれまで原発の運転はなされてきた。しかし,自然は,容赦なく,巨大な現象として立ち現われ,原子炉を破壊に導く。基準地震動を超える地震動を本件原発に与えたときに,本件原発がその地震動に耐えられる保証はない。そのときには,本件原子炉は,新規制基準も認める「大規模損壊」となって,多量の放射性物質を環境中に一気に放出する。日本の破滅すらもたらしかねない本件原発の稼働を阻止するのは,まさしく本裁判に与えられた任務である。

以 上

◆原告第16準備書面
第6 新規制基準においても変更のないこと

被告関電準備書面(3)(地震)に対する反論(2) 目次

第6 新規制基準においても変更のないこと

 1 新規制基準においても地震動想定手法は従前のままであること

では,3・11福島第一原発事故を受けて,原発の地震動想定手法は変更されたか。
結論から言えば,否であり,何ら見直しはされていない。
いわゆる新規制基準のうち,基準地震動の想定や耐震設計に関する「基準地震動及び耐震設計方針に係る審査ガイド(案)」(甲239[4 MB])を見ると,地震動想定手法は福島第一原発事故以前と同一であって,従前の考え方をほぼ踏襲しており,しかも,一部ではむしろ後退しているところも存在する。

同ガイドでは,多くの点で「適切に」評価することを確認する等とされているにすぎない。

例えば,同ガイドの「3.3 地震動評価」のみを見ても,

「適切に評価されていることを確認する」,
「適切に設定され,地震動評価がされていることを確認する」,
「適切に選定されていることを確認する」,
「適切に考慮されていることを確認する」,
「適切な手法を用いて震源パラメータが設定され,地震動評価が行われていることを確認する」

など,「適切に」といった文言が実に22ヶ所に登場する。また,同ガイドの「4.震源を特定せず策定する地震動」以下においても同様であり,多数の「適切に」といった用語が用いられている。

このように極めて多数の項目において「適切に」行う等とされているが,そこでは,何が適切かは全く記載されていない。断層や地震動の評価において,「適切に評価する,設定する」のは当然のことであり,ことさら審査の基準として「適切に行うように」等と規定しても,実際は意味がない。それが審査の基準となるためには,何が適切かをどう判断するかが記載されていることが必要であるのに,具体的な審査の基準の記載がない「審査ガイド」は全く基準の名に値せず,結局,規制委員会がどのような審査をしようとしているかは,この「審査ガイド」ではほとんど分からないのである。

 2 従前と同じ手法で地震動想定を続ければ,基準地震動を上回る地震動が原発を襲うこと

その結果,原子力事業者による地震動想定においても,現在も相変わらず,平均像を基本として地震動想定をしようとし,それに若干の「不確かさの考慮」をして地震動を算出しており,従来と何ら変わりがないものとなっている。

本来,地震動想定に失敗した原子力安全委員会,原子力安全・保安院や原子力事業者は,なぜ想定に失敗したかの原因を追求し,新たな想定手法を採用して,改めて地震動想定を行うべきなのに,単に結果としての地震動の数値を変えて対応しただけだった。失敗に学ぼうとする姿勢が,原子力安全委員会にも,原子力安全・保安院にも,原子力事業者にも全く欠けていたのである。そして,このことは,原子力規制委員会が設けられた現在においても同様と言わざるをえない。

このように,失敗した原因を追求せずに,失敗したのと同じ手法で地震動想定をし続けていれば,いずれは,大きくSs(新耐震指針における基準地震動)を上回る地震動が原発を襲うこととなる。

 3 「過去最大(既往最大)」を超えることも十分にあり得ること

基準地震動(Ss)の策定は,耐震設計の要である。その要である基準地震動(Ss)をどこまで上回る地震動が原発を襲うか分からないのでは,そもそも耐震設計のしようがない。

原発の機器・配管のどこが地震に耐えられないか,地震に耐えられない機器・配管が破壊された時にどのような結果となるか等という議論は,全て,襲来する地震動の大きさが分かってからでなければ,なしようがない。

とりわけ,平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震により,津波があれほど想定を大きく上回ってしまった原因は,自然現象が過去最大(既往最大)を容易に超えうることを無視したことにある。ここで,「過去最大(既往最大)」といっても,それは,たかだか数100年程度の知見でしかない。津波堆積物を考えても,せいぜい1000年~2000年程度の知見でしかない。ましてや,正確なデータに限ればここ20年の話でしかない。要するに,そもそも,「過去最大(既往最大)」の知見を得ること自体,容易なことではないが,さらに,その「過去最大(既往最大)」を超えることも十分にあり得る,ということである。

 4 失敗した従前の手法のままでは,原発の安全性は到底確保されないこと

以上に述べたとおり,2011年東北地方太平洋沖地震及び福島第一原発事故を踏まえれば,少なくとも,基準地震動(Ss)の策定は,少なくとも「既往最大」を基礎とした上で,さらにその「既往最大」を超える地震・地震動・津波が発生する可能性のあることを前提にして想定を行うことが求められているというべきである。

しかしながら,規制機関たる国も,原子力事業者も,失敗した従前の手法を繰り返しているだけである。

国も,原子力事業者も,何らの反省もなく,失敗した従前の手法を漫然と繰り返し,基準地震動を策定している。このような,過去の失敗に学ぼうとしない手法のままでは,原発の安全性は,到底,確保されようがないのである。