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◆2026/7/14 京都地裁の大飯原発差止訴訟 規制委に判断を丸投げした不当判決

  • 京都脱原発原告団 事務局長 山元歩美

7月14日、大飯原発3、4号機運転差止訴訟の京都地裁判決が言い渡されました。2012年の提訴以来、14年にわたる裁判が一つの節目を迎えました。

判決当日、多くの方が傍聴席を求めて抽選になりました。午後2時に開廷、しかし、判決はわずか1分。「原告らの請求を棄却する」と主文が読み上げられただけで、判決理由は法廷で説明されませんでした。あまりにもあっけない終わり方に、傍聴席からは裁判長に説明を求める声が上がり一時騒然としました。法廷を出た原告の皆さんは呆然とした表情でした。報告集会では、「裁判長は逃げるように法廷を去っていったように感じた」と話す原告もおり、長年裁判に向き合ってきた思いとの落差に、悔しさがにじんでいました。

記者会見とあわせて報告集会が開かれ、弁護団から判決文の分析が行われました。中島晃弁護士は「原子力規制委員会のお墨付きさえあればよいと、裁判所が判断を丸投げした」と厳しく批判しました。法廷では示されなかった判決の問題点を共有し、参加者は次のたたかいへの思いを新たにしました。

原告団は判決を不服として大阪高裁へ控訴する方針を決め、事務局では準備していた委任状の提出を呼び掛けました。締め切りまでに多くの委任状が寄せられ、判決への悔しさや控訴への期待を書き添えてくださった方もいました。この裁判は多くの人の願いに支えられていることを改めて感じています。

京都地裁でのたたかいは一区切りとなりますが、原発事故を二度と繰り返させないために、舞台を大阪高裁へ移し、引き続き司法の判断を問い続けていきます。

◆2026/7/14 大飯原発差止訴訟判決 原告の請求を棄却、控訴へ

  • 原 強(京都循環経済研究所)
「不当判決」に抗議するたれ幕

7月14日、大飯原発差止請求訴訟の判決が出されました。判決は、原告の請求を棄却するものでした。法廷では1分足らずの判決主文の読みあげにとどめられたため、傍聴席からは「理由を示せ」など抗議の声があがりました。

判決報告集会

判決報告記者会見で京都脱原発弁護団の団長代行・中島晃弁護士は「政府の原発政策に迎合し、規制委員会が認めれば「安全」だという、許しがたい判決だ。これでは原発の安全はまもれない。怒りをもって控訴する方針だ」と報告しました。

◆大飯原発運転差止等請求事件 京都地裁判決を受けての声明

2026年7月14日
京都脱原発弁護団
京都脱原発原告団

本日、京都地方裁判所第6民事部は大飯原発運転差止等請求事件の判決を出した。

本訴訟は、東日本大震災後の福島第一原発の過酷事故発生という事態を受け、日本全国で最初に再稼働した大飯原発の1~4号機の運転差止及び関西電力と国に対して慰謝料の支払いを求めたものである。2012年11月29日に第1陣が提訴して以降、第7陣の提訴までで原告数は3457名に達した。提訴者のうち約7割は京都府下の住民で、他にも大飯原発近傍の福井県の住民や滋賀県、大阪府、兵庫県、奈良県の住民をはじめ大飯原発を取り囲む全国の住民・市民による訴訟である。

本訴訟係属中の2017年12月22日には、関西電力が大飯原発1、2号機の廃炉を決定した。全国で、大飯原発1、2号機を対象とした差止請求は本訴訟のみであり、老朽化した原発の再稼働の動きが強まる中で、百万キロワット級の原発を事業者が自ら廃炉にしたのも大飯原発1、2号機のみである。関西電力がこのような判断をせざるを得なかったのは、多くの住民・市民の監視、全国の力強い脱原発運動の動きの下で、関西電力がこれらの原発を再稼働させる展望を持てなかったからであり、訴訟による差止請求で詰め寄って廃炉に追い込んだことは、本訴訟の大きな成果となった。

本訴訟の争点は多岐に渡るが、私たち弁護団・原告団が特に強調してきたのは(1)そもそも大飯原発の耐震設計の根本をなす地震や地震動の想定や審査が甘すぎ、“想定外”の地震や地震動が大飯原発を襲う可能性があること、(2)大飯原発の敷地地盤にはデータ上も不均質な点があること等により同原発の基準地震動を超える大きな地震動に襲われる可能性があること、(3)過酷事故が起きた際に住民が安全に避難できる計画の存在と実効性は国際的に見ても国内の法令でも原発の安全性を確保して稼働するための要件であるのに、大飯原発の過酷事故に対する避難計画は画餅であり実効性のないものであること、の各点であった。

このうち(1)について、私たちが神戸大学名誉教授の石橋克彦氏の法廷での証言も得て十分な根拠を以て立証したにも関わらず、本日の判決は、関西電力が提出した資料に基づく机上の審査に過ぎない原子力規制委員会の判断を鵜呑みにして具体的危険性の存在を否定した。この間、原発事業者が基準地震動策定の根拠となるデータを原子力規制委員会に対してさえブラックボックス化したうえで改ざんしたり“値切り”をし、同委員会も事業者のデータ改ざんを見抜けないことを自白し、事業者の“値切り”にも屈している。このような事態は大飯原発の再稼働審査でも起きているが、判決は原子力規制行政を追認するものである。

また、(2)についても、私たちが、原告でもある元京都大学助教授の赤松純平氏の多大なご助力を頂きながら、関西電力自身が原子力規制委員会に提出した資料から問題点を具体的に明らかにし、再稼働審査の過程でも問題点が見過ごされていることを具体的に立証したにもかかわらず、本日の判決は、技術的、法的に明らかに立ち後れている水準の原子力規制委員会の審査を鵜呑みにして、私たちの主張を退けた。

そして(3)について、私たちは提訴以来、多数の原告が居住地から避難しようのない実態を告発・証言し、また、福島第一原発事故で政府による避難の対象となった住民にも法廷にお越し頂いて証言を得たにもかかわらず、本日の判決は、避難計画の実効性が原発を稼働させるための要件であることすら否定しており、原発の危険性から目を背け、過酷事故が起きた際には逃げ場すらない住民を危険の中に置き去りするものと言わざるを得ない。

本日の判決は、総じて、現に私たちの目の前で起きている事実や科学的知見の到達を無視し、原発の安全性について審査能力がないことを自白する原子力規制委員会の再稼働許可にさらにお墨付きを与える姿勢に終始し、住民の安全性確保の訴えすら冷たく拒絶するものである。これは裁判所に付託された行政の監視役、住民市民の人権確保の役割をかなぐり捨て、我が国の将来にも暗い影を落とすものに他ならない。

弁護団、原告団はこのような判決を断じて受け入れることはできず、すでに控訴する方針を固めた。控訴審では本日の判決の問題点を徹底的に洗い出し、関西電力に対してもさらなる追及を続け、逆転勝訴を目指す所存である。また、弁護団、原告団は、今後も引き続き、脱原発を求める住民、市民の声や全国の脱原発運動に連帯し、大飯原発をはじめとする全ての原発を廃炉に追い込むために力を尽くすものである。

京都地裁判決を受けての声明(京都脱原発弁護団・京都脱原発原告団)[639 KB]

◆2026/7/14 京都地裁判決に対する井戸謙一弁護士のコメント

本日の大飯3.4号機差止請求を退けた京都地裁判決。最近の下級審裁判例の悪い流れそのままの判決でした。
(1)原発に絶対的安全性を求めることはできない、
(2)放射性物質による被害発生の危険が社会通念上無視し得る程度まで管理されていると認められる場合は、運転が許される、
(3)法律は、運転が許されるための基準の策定、基準への適合性審査を原子力規制委員会に委ねた、
(4)したがって、原子力規制委員会が新規制基準に適合していると判断した原発は、原告が基準及び適合判断に不合理な点があることを立証しない限り、原発が備えるべき安全性を備えている。

1992年伊方最高裁判決は、基準及び適合判断の合理性は被告が立証すべきとしました。しかし、京都地裁判決は、被告は、「原子力規制委員会の審査に適合した」と言うだけでよく、あとは、原告が基準及び適合判断の不合理性について全面的な立証責任を負わされたのです。そして、原告が主張、立証した事項は、殆どが、「不合理とまでは言えない」として退けられました。

こんな判断枠組みを採用すれば裁判所は楽ですね。原告が何を主張しても「不合理とまでは言えない」と「不合理とは断定できない」と言っておけばいいのですから。電力会社も楽です。「原子力規制委員会が認めてくれました」「原告の主張には疑問があります。」と言っておけば勝てるのですから。

この判断枠組みは、今回の京都地裁だけではなく、この2年ほどの間に続いた原告住民の敗訴判決にほぼ共通しています。これを変えさせなければ、原告住民が勝つ希望はありません。

それにしても、福島原発事故前の最高裁判決よりも、福島原発事故後の下級審判決の方がはるかに緩いのは、恥ずべきことです。伊方最高裁判決は、「原発事故は万が一にも起こってはならない」と判示しました。最近の下級審判決は、「原発事故は起こるかもしれないけど、その場合は我慢してね」と言っているかの如くです。

◆2026/7/14 原子力規制行政を追認し、住民の安全を切り捨てた不当判決

―京都・大飯原発運転差止等請求事件京都地裁判決と報告集会―

  • 山本 雅彦(原発住民運動福井・嶺南センター事務局長)

14年に及ぶ全国的な規模の原発差止訴訟に不当判決

2026年7月14日、京都地方裁判所第6民事部は、大飯原発運転差止等請求事件について、原告らの請求を退ける判決を言い渡した。福島第一原発事故後、14年近くにわたって続けられてきた大規模な原発差止訴訟に対する判決であったが、裁判所は原告らが訴えてきた地震・地盤の危険性や避難計画の実効性について正面から向き合うことなく、原子力規制委員会の審査と判断を事実上追認した。

判決後、弁護団は「裁判所に付託された行政の監視役、住民・市民の人権確保の役割をかなぐり捨てた判決」であるとする声明を発表し、控訴する方針を明らかにした。

本訴訟は、2011年3月の東京電力福島第一原発事故を受け、翌2012年11月29日に第1陣が提訴した。その後、第7陣まで提訴が続き、原告は3457人に達した。約7割が京都府民であるが、大飯原発が立地する福井県をはじめ、滋賀、大阪、兵庫、奈良など広範な地域の住民が参加する全国的な集団訴訟となった。

裁判が続く中、関西電力は2017年12月、大飯原発1、2号機の廃炉を決定した。弁護団・原告団は、全国で唯一、大飯1、2号機を差止請求の対象としていた本訴訟と、市民による長年の脱原発運動が、関西電力を廃炉決定に追い込んだとしている。原告らの請求が今回の判決で退けられたとしても、この14年間の裁判と運動が残した成果まで否定されるものではない。

「規制委員会が認めれば安全」という判決

判決後の記者会見で、弁護団は今回の判決の最大の問題について、新規制基準に適合し、原子力規制委員会の許可を得ていれば原発の安全性は確保されているとして、原告らが具体的に指摘した危険性をことごとく退けた点にあると批判した。

原告・弁護団が特に重視してきた争点は三つあった。

(1)最新の科学的知見を切り捨てた地震判断

第一は、基準地震動と地震想定の問題である。

原告側は、現在の地震学が発展途上の学問であり、熊本地震、能登半島地震などによって、それまで十分に想定されていなかった地震現象が次々に明らかになっていることを指摘した。原発のように一度の重大事故が極めて深刻な被害をもたらす施設では、最新の科学的知見を不断に取り入れ、より安全側に立った地震想定を行わなければならない。

ところが判決は、新しい知見について「確立した知見ではない」などとして考慮する必要性を認めず、関西電力が提出した資料と原子力規制委員会の審査結果を基本的に受け入れた。

浜岡原発データ不正が突きつけた審査の限界

この判断は、2026年に発覚した中部電力浜岡原発の基準地震動策定をめぐるデータ不正問題を考えれば、重大な問題を含んでいる。

浜岡原発では、原発の耐震安全性の根幹となる基準地震動の策定過程において、事業者が提出するデータの信頼性そのものが問われる事態となった。規制委員会の審査に合格したという事実だけをもって安全性を推認することができないことは、すでに現実の問題として示されている。

弁護団は、関西電力について同様のデータ改ざんが行われた証拠があると主張しているのではない。しかし、基準地震動の算定過程で事業者が数値を「値切る」ような姿勢を示してきたことや、基礎データが十分に公開されていない問題を指摘し、事業者と規制行政に対する司法の独立した検証が不可欠であると訴えた。

それにもかかわらず、裁判所は規制委員会の判断を事実上の安全証明として扱ったのである。

(2)敷地地盤の不均質性を軽視

第二は、大飯原発の敷地地盤の不均質性である。

原告側は、関西電力自身が規制委員会に提出した資料などを分析し、敷地内に地震波を局所的に増幅させる可能性のある不均質な地盤が存在することを指摘した。

原発の耐震安全性を評価する場合、平均的な地盤構造だけを見るのでは不十分である。局所的な地盤の脆弱性や地震動の増幅可能性が指摘された以上、原発事業者側が安全性を具体的に立証する必要がある。

しかし判決は、原告側専門家の指摘を限定的、部分的なものとして退け、規制委員会の審査結果を追認した。

弁護団は、具体的な危険性が科学的根拠をもって指摘されたにもかかわらず、事業者側に十分な説明と立証を求めなかった点について、立証責任の観点からも重大な問題があると批判した。

(3)避難できない現実に答えなかった裁判所

第三は、避難計画の実効性である。

原告側は、国際的な原子力安全の考え方である「深層防護」において、重大事故発生時の住民避難を含む防災対策が最後の防護層として位置づけられていることを指摘した。

裁判では、舞鶴市など原発周辺地域の住民が、地震と原発事故が同時に発生すれば道路の寸断や交通渋滞によって避難できない実態を証言した。また、福島第一原発事故の避難者も法廷に立ち、情報不足の中で避難を強いられ、避難先が放射線量の高い地域であった経験などを具体的に証言した。

しかし判決は、法令に基づく防災体制や避難計画が存在することを重視する一方、原告らが指摘した交通渋滞、複合災害による道路寸断、屋内退避ができない住宅の存在、避難を支援する自治体職員の被ばくなど、現実に生じる具体的問題に十分答えなかった。

弁護団は、「法律上、制度が存在しているから大丈夫だという建前論に終始している」と厳しく批判した。

とりわけ問題なのは、判決が原発の安全性と避難計画を事実上切り離したことである。過酷事故は起こらない、あるいは放射性物質が大量に放出される具体的危険性は認められないとして、避難計画の実効性を原発運転の安全性判断の要件とは認めなかった。

しかし、福島第一原発事故が示した最大の教訓の一つは、「事故は起こらない」という前提に立った原子力防災が破綻したことであったはずである。

「命と命で向き合ってほしい」―報告集会で相次いだ怒り

報告集会では、判決に対する怒りと失望が相次いで語られた。

福島県南相馬市から京都に避難した原告は、「京都の人たちに私と同じ思いをしてほしくない」との思いから訴訟に参加し、法廷では裁判官に「命と命で向き合ってほしい」と訴えてきたと語った。

若者気候訴訟の原告として活動する青年は、初めて原発裁判を傍聴し、「脱力を超えて言葉を失った」と述べながらも、将来世代のために声を上げ続ける必要性を訴えた。

木原壯林さん(京都市在住)は、規制委員会は原発の絶対的安全性を保証しておらず、裁判所こそ事故リスクと原発の社会的必要性を判断すべきだと指摘。全電力の1割にも満たない原発のために巨大な事故リスクを負う必要はなく、原子力産業の利益のために原発を動かす政策を厳しく批判した。

筆者(福井県敦賀市在住)は、浜岡原発のデータ不正問題に触れ、「関西電力が不正を行っていないというだけで安全性が証明されるわけではない」と指摘した。原発立地地域では老朽原発の運転に強い不安を抱く住民が少なくなく、裁判闘争とともに地域住民との対話と世論形成を続ける重要性を強調した。

また、山田耕作さん(京都市在住)からは、データの改ざんや恣意的な選択は科学の根幹を破壊する行為であり、科学的事実に基づいて原発の安全性を検証し続けなければならないとの発言があった。

行政の追認ではなく「生命を守る司法」を

14年間に及ぶ裁判で、原告と弁護団は、地震学、地震工学、地質学、原子力防災などの専門的知見を積み上げ、福島第一原発事故の被害者や原発周辺住民の具体的な経験を法廷に提出してきた。

しかし今回の判決は、それらの科学的知見と住民の証言を踏まえて原発の安全性を独立して判断するのではなく、原子力規制委員会の審査結果を安全性判断の出発点とし、同委員会の判断に明白な不合理性がない限り司法は介入しないという姿勢を示した。

ここに今回の判決の本質的問題がある。

原発事故によって生命、健康、生活基盤、地域社会が回復不能な被害を受ける可能性がある以上、裁判所には行政判断を追認するのではなく、科学的不確実性を含めて原発の危険性を独立して検証する責任がある。

原子力規制委員会が審査したから安全である、法令上避難計画が策定されているから住民は避難できる――そのような形式論では、福島第一原発事故の教訓を生かすことはできない。

たたかいの舞台は大阪高等裁判所に

判決後、弁護団・原告団は直ちに控訴する方針を表明。たたかいの舞台は大阪高等裁判所に移る。

浜岡原発のデータ不正問題によって、事業者が提出するデータの信頼性と、それを前提とする規制委員会の審査能力が改めて問われている。

能登半島地震は、現在の科学的知見だけでは自然現象のすべてを予測できないことを示した。そして福島第一原発事故から15年以上が経過した現在も、多くの被害者が故郷を奪われ、事故の被害は続いている。

今回の京都地裁判決は、原発の安全性を誰が、どのような立場から判断するのかという根本問題を改めて私たちに突きつけた。

行政と事業者の判断を追認する司法でよいのか。それとも、科学的知見と現実の被害に向き合い、生命と人格権を守る最後の砦としての役割を果たすのか。京都・大飯原発運転差止訴訟は終わっていない。

以上

◆9/25 第48回口頭弁論の報告

  • 原 強(京都循環経済研究所)
京都弁護士会館での報告集会(撮影:平信行さん)
京都弁護士会館での報告集会(撮影:平信行さん)

大飯原発差止訴訟(京都地裁)第48回期日は9月25日(木)に行われました。

今回は、提訴以来の総仕上げの弁論が行われました。これまで多くの原告や証人が述べてきた証言・論点をふまえ、原告代理人の弁護士がリレーで弁論を行い、あらためて原告側の主張を裁判所に伝える機会になりました。

これまで原告側は、大飯原発が地震や自然災害に耐えられるのか、放射能が拡散する重大事故が起きるおそれがないのかということを主張してきました。この日も、地震大国日本では原子力発電所の建設には危険性がともなうこと、とくに大飯原発の敷地地盤には問題が多いこと、新規制基準との関係でも不整合な点があること、大飯原発が内陸型地震、スラブ内地震、南海トラフ大地震などによって過酷事故に至る危険性は十分にあること、などを主張しました。

また、原告側の主張は、原発事故が起きた場合、住民はとても避難できない、このような原発は認めることができないということでした。この日も、これまで証言してきた福島敦子さんをはじめとする原告の主張をあらためて紹介し、原発事故の際の避難の過酷な実態、避難計画の実現困難性を裁判所に訴えました。

今回、原告代理人側の弁論で強調されたのが、「判決に向けて求められる裁判官の態度」ということでした。「福島原発事故後、事故前に原発の運転を是認した裁判官が住民の差し止め請求を棄却したことについて反省の弁を述べる例が少なくなかったが、最近は住民の請求を棄却する事例がめだっている。そこに共通して見られるのは原子力規制委員会の許認可があれば安全性が確保されていると推認できるという点である、福島原発事故から14年、廃炉の見通しもなく、多くの被害者が今なお呻吟しているなかで、原発事故によって生じる深刻な人権侵害からの救済が裁判官にもとめられることである」との弁論は、原告、傍聴者に共鳴をよびました。

最後に中島晃弁護士が原告側弁論の「結語」を述べました。

中島弁護士は、「もし、私たちが暮らす150万近い居住人口を有する京都市の後背地ともいうべき若狭の海に面する大飯原子力発電所で、一旦福島原発事故のような惨劇が発生すれば、その被害は広範囲に及び、文字通り100万をこえるきわめて多くの人々が深刻な打撃を受け、経済的にも社会的にも重大な被害が及ぶことは言うまでもない。そうしたことからいえば、大飯原子力発電所について相対的安全性の考え方は決して採用されてはならず、その安全は絶対に確保されなければならない。そうしたことからいえば、いやしくもその安全性にいささかでも危惧懸念がもたれる時は、そこに暮らす人々の人として生きる権利、その平穏な生存を確保するという人格権にもとづき大飯原子力発電所の運転を差し止めることは、裁判所が国民から負託された当然の責務であるといわねばならない」としめくくりました。この弁論には拍手が起こりました。

関電、国の代理人も弁論を行いましたが、原告側の主張にまともにこたえるものでなく、ただ規制委員会が認めているのだから安全だという論点を繰り返すだけでした。

以上で弁論は終結し、長く続いてきた裁判は結審となり、判決の日時は来年7月14日と指定されました。

この日は、昼休みの時間帯に裁判所を1周するデモが行なわれました。結審にあたるということからメディアにも注目されました。

また、裁判所にこの間集約された署名の提出も行われました。

終了後には弁護士会館で報告集会が行われ、判決の日までさらに世論をたかめていこうと確認しあいました。

◆12/24 第46回口頭弁論の報告

京都地裁「大飯原発差止訴訟」第46回期日は12月24日に行われました。今回は、9月17日の赤松純平さん(元京都大学助教授、専門:地盤構造)の証人尋問のつづきで、被告側弁護士による反対尋問、原告側弁護士による再尋問が行われました。

赤松さんは、この訴訟が提訴されてから、ご専門の立場から、さまざまな意見書によって

(1)大飯原発の「基準地震動策定」において、1.原発敷地地盤構造の評価に合理性がないこと、2.地盤モデルに妥当性がないこと、3.基準地震動に妥当性がないこと、

(2)基準地震動による地盤のすべり安定性評価に問題があること

などの論点について意見をのべてこられました。

また、今回の証人調べにあたっても、「大飯原発敷地の地盤構造の評価について」「大飯原発の基準地震動について」「大飯原発の地震力に対する基礎地盤の安定性の評価について」「若狭湾地域で発生した地震の応力降下量について」「PS検艘におけるダウン・ホール法とサスペンション法の違いについて」等の意見書を提出されています。

9月17日の主尋問で、赤松さんは、これらの論点をもとに証言されました。今回の反対尋問で、これらの論点についてどのような反証が行われるのか、注目されました。

午前10時半に始まったこの日の尋問は、昼食休憩、午後の途中休憩をはさみ、午後4時半近くまで続きました。

反対尋問は、赤松さんの意見について論理的な反証をするものではなく、赤松さんの意見の根拠になる数値の根拠や算定方法について細かく問うというものでした。

すなわち、地盤構造を評価する場合の数値・データの取り方について赤松さんとは違う事例をいろいろ示しながら、赤松さんの数値・データの取り方に間違いがないかと問いただし、細部の「ミス」をみつけることで、論理全体に疑念があると主張しようとするものでした。

予備知識、専門知識が少ないうえに、手元に裁判資料を持っていない傍聴者にとっては、何が問題になっているのかわからない専門的・技術的なやりとりが続きましたので、理解できなかった点や聞き洩らしがあるとは思われますが、結局、反対尋問は関電の主張を押し付けるだけのものでしかなく、赤松さんの基本的な論点をくずすことは出来なかったようです。

このあと、原告側弁護士の再尋問が行われ、赤松さんの意見の内容を再確認していくものとなりました。

また、今回、裁判所からの質問が行われました。赤松さんの意見を裁判所としても無視できないものと受け止めていると感じさせられるものでした。

以上により、赤松さんの証人尋問が終りました。

次回、第47回期日は3月6日で、11月26日に証言された石橋克彦さんへの反対尋問が行われます。

私たちにできることは傍聴席を埋めることです。

次回も一日がかりの証人尋問ですが、ぜひ傍聴に来てください。

(文責:原 強)

◆11/26 第45回口頭弁論の報告

京都地裁の「大飯原発差止訴訟」第45回期日は11月26日(火)午後に行われました。

今回は、石橋克彦さん(神戸大学名誉教授、専門:地震学)の証人調べでした。

石橋さんは『大地動乱の時代』(岩波新書、1994年刊)などの著作物を通じて地震災害への備えを説いてこられました。とりわけ『阪神・淡路大震災の教訓』(岩波ブックレット、1997年刊)で、「原発震災」という用語で原発と地震の関連について警告されたことは今日においても注目すべきものです。

今回の証言でも、石橋さんは、地震学者としての研究、原発関連各種委員会等における調査・提言などをふまえて、2時間を超える証言をしていただきました。

証言内容は、事前に提出された「意見書」の内容にもとづくもので、主な論点はつぎのとおり。

●地震現象の基本的なこと地震とは「震源断層運動」であり、それがくりかえされた結果できあがる地形を作った「古傷」を「活断層」とよぶ。「活断層」は将来地震を引き起こすことが想定される。ただ、「活断層」がなくても地震がおきることもある。

●2024年能登半島地震が再提起した「原発と地震」の課題2024年能登半島地震は、日本海側では最大級の内陸地殻内地震で、活断層の連動によるものとされているが、地下の「地震発生可能断層帯」は一続きの長いもので、その一部や全体が動いて地震をおこし、別々に見える活断層を作っているとも考えられる。地震時地殻変動をとらえることは重要なことで、今回、100kmにわたって、4mもの隆起があったことは、海底活断層を推定するうえでも重視しなければならない。

●新規制基準と適合性審査の問題点原発について新規制基準による適合性審査が行われるようになったが、基準そのものの不備が少なくないうえ、審査が基準に違反している事例も見られる。「基準地震動」と「検討用地震の選定」に関わっての問題点が少なくない。川内原発の審査は問題を残した。海洋プレート内地震(スラブ地震)についての検討は重要なことであるが、十分な検討がされていない。

●大飯原発3、4号機の審査書の誤り大飯原発3、4号機の審査においても「検討用地震の選定」について南海トラフ巨大地震や海洋プレート内地震(スラブ地震)の影響についての考慮がされていないのは誤り。2024年能登半島地震で確認された隆起海成段丘と地震時地殻変動は「原発と地震」にとって重要な点であるが、この点でも不備、誤りがある。

●今後の広域地震活動と大飯原発日本列島はどこでも地震が起こる可能性がある。フイリピン海プレートの影響とともに、アムールプレート東縁変動帯として地震発生の場であることも注意すべきである。若狭湾とその周辺は歴史上複数の大地震が起こっており、海底活断層も複数知られていることから、近い将来の大地震を考える必要がある。なかでも小浜湾は「大地震空白域」であり、警戒すべきである。大飯原発の重大事故の影響はとても大きい。場所と時間を決めた地震発生予測ができない以上、予防原則に徹して、大飯原発の運転を停止すべきである。

(以上は、証言傍聴メモの不十分な部分を「意見書」で補ったものです)

今回の、石橋さんの証言についての反対尋問は2025年3月6日の予定です。

「大飯原発差止訴訟」は、2012年11月提訴以来、いよいよ最終段階を迎えています。

「原発回帰・推進」の流れが強まる中、「脱原発」の声を大きく広げる必要があります。「大飯原発差止訴訟」についてひきつづき注目していきたいと思います。

(文責:原 強)

◆10/29 第44回口頭弁論の報告 ~救援新聞より

  • 救援新聞 京都版No.1534 2024年11月5日
    橋本宏一(日本国民救援会京都府本部 事務局長)

「ふるさとなくすのは私たちだけに」
大飯原発差止京都訴訟で証人尋問

福井県の大飯原発の稼働停止と損害賠償を求めて、京都などの住民3,477人が関西電力と国を相手に起こした訴訟の、第44回口頭弁論が、10月29日京都地裁(第6民事部合議係齋藤聡裁判長)101号法廷で開かれました。この日の法廷では約60人の傍聴者が見守る中、2人の証人と1人の原告が証言台に立ち、東京電力福島第一原発の事故による被害の実相を証言、「ふるさとをなくすのは私たちだけにしてほしい」などと、原発の稼働停止を訴えました。尋問の原告代理人弁護士と証言者、証言要旨は次の通りです。

大河原壽貴弁護士―國分(こくぶん)富夫さん

事故当時、原発から15キロ離れた南相馬市で暮らしていた。大きな揺れの地震を外で感じ家に帰ると妻は家の隅で固まっていた。その後孫が帰宅。津波が家の数10メートルのところまで押し寄せてきていた。原発の水素爆発をみて避難を考えた。近所の人たちは「15キロ離れているから大丈夫」といったが、私はとっさに危険を感じた。南相馬市小高地区に原発をつくる計画がもちあがったとき、反対同盟を結成して活動してきた。息子の妻の実家に集まろうと避難。イオンモールで必要なものを買って行こうとしたらものがほとんどない。次女は南相馬市の職員で対策の仕事があり避難できない。その後、避難は福島市へ。ホテル探すがどこも一杯、避難所の校庭に車を停めて車中泊をした。避難が早かったので渋滞に遭わなかった。子どもたちの未来を考えたら放射線被ばくが恐ろしい。次に息子の友人のいる会津若松市へ移動。雪が残っていて、大変寒い。さらに南会津へ移動。空き家で過ごした後、借り上げ住宅に移り、南相馬の借り上げ住宅に入れた。次女は体育館の避難対策で働くうちうつ病になり退職せざるを得なくなった。私は市内小高町の生まれで多くをここで暮らしている。近所の人たちと流しそうめんをしたり、花火大会を楽しんだりした。そんな環境がすべて失われた。住まなくなった家は人が入ったあと(空き巣)もあり、荒れて朽ちている。とうとう解体した。基礎を打ち、山から材木運んでつくった家だ。今は、100人で避難者訴訟の原告副団長も務める。バラバラになった仲間のコミュニティとして「相双の会」を立ち上げて活動している。同じ悩みや苦しみを語り合い、会報も発行しているし、会合ももっている。郡山の会合では泣きながら分かれた。1万人いた町に3800人程が帰っているがこの先は無理。放射線量を測定しているが、非常に高いところもあり、草木に含まれて大雨も降るので危険だ。農業はあきらめている。秋はきのこ、春は山菜をとりにいった山は荒れ放題だ。原発をつくるのに反対してきたが、反対した人のほとんどは亡くなった。当時を知る人は「おまえたちの言ってきたことは間違っていなかった」という。地域の自然を壊したのは原発。人のつくったもので壊れないものはない。大飯原発も同じ。事故起きれば取り返しのつかないことになる。

大島麻子弁護士―三瓶(さんぺい)春江さん

原発から30キロの浪江町内で暮らしていて事故にあった。戦後間もない入植。姉は看護師で津島診療所勤務、妹は川俣町へ嫁いだ。長男は自衛隊で福島にいたが除隊した。私は、会社員だったが結婚して夫の手伝いで内職をするようになった。ワラビ、ぜんまい、マツタケなどをよくとってきた。母は野菜づくりをしていて、父母と近所の人たちは毎日交流し、子どもたちの運動会もあった。原発事故でそれが全く変わってしまった。避難者は集会場へ集まり、うちからは調味料や食器を持参した。そのあと原発が水素爆発、避難は当初考えなかった。30キロ離れていたから危険ではないとのことだった。しかし、皆さんが自主避難を始めたので考えた。母方のオバが住む二本松へ避難。これには2人の兄が反対「国が見殺しにするはずがない。危険なら連絡があるはずだ」という。孫たちを守らなくてはと話し合うが変わらず、自分は避難すると決めた。結局、夫は宮城、両親は福島、長男と子どもは郡山、私は田村市と家族バラバラに避難した。避難先では避難者であることを黙っていた。わかるといじめにあうからだ。車を傷つけられたりもした。友人も離れ離れで、結婚にも影響。息子は結婚していない。自宅は帰還困難区域で、除染もされず荒れたまま。屋根が腐って天井にも穴があいている。楽しくバーベキューをしたところもその面影もない。寺には墓があり毎回お参りするが子どもは被ばくの恐れがあるので立ち入り制限がある。建物、給食施設、雑貨店など街そのものが破壊されたままだ。除染もされないまま、放置されている。元に戻して欲しい。原発事故さえなかったらこんなことにはならなかった。ふるさとをなくすのは私たちだけにして欲しい。私たちの訴訟では裁判官が現場を見に来るという。見ないと判決は書けない。それによって判断してもらいたい。人災は止めることができる。被害の訴えを聞く司法があれば希望がもてる。

福山和人弁護士―福島敦子さん(原告本人)

事故当時、南相馬市で小学生の娘2人と3人で暮らし、下水処理会社で働いていた。3月12日の原発1号機の爆発を市の防災無線で知り避難しなければと思った。学生時代チェルノブイリ原発事故の知識を得ていたので。ほぼ着の身着のまま車避難した。川俣町の警察駐車場で車中泊。ガソリンがなくなるのでエアコンもつけず、寒さに耐えた。そこから福島市役所へ移動し避難所へ。避難所ではポリ袋のご飯、衣類も足りない。寝具の代わりに新聞紙で寝たこともある。鼻血が出た。事故の影響を考えた。子どもたちを被ばくさせたくないとの思い、不安とストレスがたまり、京都の友人より府が支援をしていると連絡してくれたので京都への避難を決めた。木津川市へ移住した。子どもには甲状腺嚢胞がみられ、私も、その後脳腫瘍がみつかるなど、放射線の影響とみられる症状が出ている。父は南相馬市の病院で母にみとられ前立腺がんで亡くなった。親の死に立ち会えなかった。私は2018年、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断された。東電や国の対応にストレスがたまった。分断されたままだが、放射線量の高さから帰ることは考えていない。去年の今頃測ったが毎時1ミリシーベルトを超えている。一番気にしているのは娘たちが被ばくしないようにすること。2011年4月5日避難したが、子どもたちを始業式に向かわせたかった。京都府の職員に支えられてきた。避難者は心を病んでいる人も多い。避難してきたところで再び事故に遭わないよう大飯原発の停止にも声をあげた。公正な判断を出していただきたい。

次回口頭弁論は、11月26日(火)午後2時から、石橋克彦氏の証人調べ

◆9/17 第43回口頭弁論の報告

京都地裁の「大飯原発差止訴訟」は、2012年11月提訴以来、12年になろうとしていますが、いよいよ最終段階の証人調べにはいっています。

同訴訟第43回期日は9月17日午後に行われました。今回は、赤松純平さん(元京都大学助教授、専門:地盤構造)の証人調べでした。

赤松さんは、この訴訟が提訴されてから、ご専門の立場から、さまざまな意見書によって

(1)大飯原発の「基準地震動策定」において

①原発敷地地盤構造の評価に合理性がないこと、

②地盤モデルに妥当性がないこと、

③基準地震動に妥当性がないこと、

(2)基準地震動による地盤のすべり安定性評価に問題があること

などの論点について意見をのべてこられました。

今回の証人調べにあたっても、「大飯原発敷地の地盤構造の評価について」「大飯原発の基準地震動について」「大飯原発の地震力に対する基礎地盤の安定性の評価について」「若狭湾地域で発生した地震の応力降下量について」「PS検艘におけるダウン・ホール法とサスペンション法の違いについて」等の意見書を提出されています。

今回の証人調べは、原告側弁護士による尋問でしたので、赤松さんの意見書の主要な論点にそって質問し、赤松さんの意見の内容を確認していくものとなりました。

赤松さんは、証人調べのなかで、若狭の地震は基準地震動ではとらえられない高周波成分が卓越するものであることや、地質構造の評価についても「敷地内の浅部構造に特異な構造はみられない」などとする関西電力の評価は妥当でなく、欺瞞的であることについて、データをもとに丁寧に論述されました。

たとえば、「地質調査結果の評価について」は、「関電は、敷地内の断層破砕帯が地盤の震動特性に及ぼす影響を検討していない」「関電は、岩盤の亀裂に関する情報の空間的変化が、地盤の震動特性に及ぼす影響を等閑視している」「関電の作成した地質断面図の岩級分布は、地質柱状図の岩級分布とは全く異なっており、地質断面図は岩盤が堅硬であると誤認させる」などと指摘されました。

また、「基礎地盤のすべり安定性および傾斜の評価について」も、「原子炉建屋基礎の岩盤分布は、亀裂を多く含むCM級が多く分布しているにも拘わらず、2次元FEMにおいて殆ど全ての岩盤を堅固なCH級としてモデル化し、すべり安全率を大きくしている」「岩石の引張強度を岩盤の引張強度であると詐称し、岩盤の引張強度を大きく設定することにより、破砕帯などの弱面に沿うすべり破壊の危険性を隠蔽している」など、「大飯原発の基礎地盤の地震力に対する安定性の評価は、原子力規制委員会の審査ガイドの要請を充たしていない」と論述されました。

証人調べは2時間を超えるものとなりましたが、赤松さんは最後まで力強く意見を述べられました。陳述が終ると傍聴席から大きな拍手が沸き上がりました。

この赤松さんの意見陳述が裁判官の良心を揺り動かしたものと思いますが、12月には関電側の反対尋問が予定されています。赤松さんの勇気ある証言に傍聴席から応援してください。

(文責:原 強)