◆関西電力 闇歴史◆090◆

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◆「インタビュー 関西電力との50年闘争」(中嶌哲演さん)
 ~~『世界』2020年4月号(岩波書店)より
・関西電力と若狭の原発……反対派を黙らせようとした工作の数々
・反対運動に対する嫌がらせ……原発マネー・ファシズム
・地域から見た森山助役……反対運動をおさえる政治工作に関与
・原発がはらむ差別構造……若狭に突き刺さる差別の逆ピラミッド
・関西電力は今後変わるか?……カギを握るのは市民

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◆送られてきた内部告発文書
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・略
中嶌 関西電力側は、当初、問題を甘く見ていたようですが、ついにトップは辞任に追い込まれ、多くの市民から刑事告発を受けるに至っています。あの不誠実で傲慢無礼きわまる関電幹部達が辞任に追い込まれたことは、かつてない快挙といえるでしょう。内部告発者の勇気ある行動と、報道機関のジャーナリズム、そして市民の広範な運動が、この快挙をもたらしたのです。

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◆断食闘争と裁判
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・略

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◆関西電力と若狭の原発
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――福井県南部の嶺南地区、若狭湾の沿岸には、一五基もの原発がひしめき、文字通り世界一の原発集積地域となっています。

中嶌 関西電力の美浜原発は三基、高浜原発が四基、大飯原発四基、それに日本原電の敦賀原発に二基のほか、高速増殖炉もんじゅ、新型転換炉ふげんもあり、まさに「原発銀座」です。

 私が原発問題にかかわり始めたのは一九六八年で、私の住むここ小浜市で原発建設計画が表面化してからです。そのときすでに若狭では七基の原発が計画決定、建設中だったのです。一九六六年には関西電力が小浜市の内外海(うちとみ)半島の奈胡崎(なござき)に地質調査に入っていました。

 関西電力は小浜に四基の原発計画を持っていました。.私は被爆者の支援に関わっていたのですが、そこから原発誘致に反対する市民運動に関わることとなって、現在に至っています。

 かつてこの若狭は、自然はあくまで美しく、澄みきった海は夏になれば多くの海水浴客を集めて繁盛し、歴史と調和した景観は「海のある奈良」とも呼ばれたものでした。しかし、悲しいことに、この地を原発建設の適地と見た関西電力にとってみれば、そのような自然も景観も人々の営みも無に等しいものでありました。

 この五〇年間にわたって、若狭の人々は、あらゆる抵抗を押しつぶされ、脅され、懐柔され、侮辱され、事実を隠され、不和の種を地域に撒かれ、自由を奪われ、まさに国内における植民地としての位置を押し付けられてきたのでした。市民の抵抗なく原発が立地されてきたのではありません。

 そして、抵抗は現在も続いているのです。そして、その私たちの抵抗を押しつぶそうとする動きの末端に、森山元助役は存在しておりました。

 反対派を黙らせようとして行われてきた工作の数々は、まさに枚挙に暇がありません。私自身も、盗聴や尾行をはじめ、多くの妨害を経験してきました。中には直接的に命を狙われるようなこともあります。大飯原発の建設の際、用地買収には地主に土地を手放させる必要がありますが、,最後まで反対した二人のうちの一人は「住みよい町造りの会」のメンバーでした。彼が会の会議で夜遅く帰宅する際、国道二七号線から路地に入ったところで、後ろから猛スピードで車が突っ込んできて、もし側溝をまたいで民家の塀にしがみつけなかったら、そのまま轢き殺されていたでしょう。これは殺し屋を雇っての仕業ではないかと話題になりました。

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◆反対運動に対する嫌がらせ
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中嶌 小浜では請願署名その他の長年にわたる住民運動の積み重ねの上にどうにか原発建設は阻止できましたが、その過程での嫌がらせといえば、それはもう、いろいろありました。

 小浜市の対岸に位置する大飯原発3・4号機の増設をめぐって、向かいの内外海(うちとみ)半島の集落で若いお母さんに集まってもらい勉強会を開きました。私はただ話をし、数枚の資料を配ったにすぎないのですが、後日、その地区の区長のもとに警察官がやってきて、何人が集まり何を話し何を配ったか事細かに聞いたそうです。その区長から私に対し、「警察沙汰は困る。もう来ないでくれ」と電話がきたのです。せっかく勉強会を継続する話ができていたのに、それで絶たれてしまいました。

 私はすぐ小浜警察署に抗議に行ったのですが、部屋に入ろうとしたら、両側から署員に抱えられ、追い出されました。抗議の内容すら聞かない。後日、知事との交渉の際、こういうことがあったと訴えたら、「民主主義の時代にありえないことだ」と否定して、これも話をろくに聞こうとしない。

 小浜原発反対署名を市議会に提出し、ついに議会で建設断念の決着がついたあと、夜中に私のもとに電話がかかってきて、「月夜の晩ばかりあると思うなよ!」と時代がかった文句の脅迫がありました。

 しかし、高浜や敦賀など、原発現地の住民が受けた嫌がらせは、そんな生やさしいものではありません。生活の根底が脅かされるのです。高浜の老舗旅館の館主は、関西電力や町当局と穏やかな関係をもっていたのですが、批判というほどでもないちょっとした一言が関電関係者の気に障り、半年間その旅館に客を寄りつかなくさせられました。この一例だけで地域の商工業者全体への「示し」となるわけです。

 子どもを楯にとった嫌がらせは本当にたまらないものですが、親が原発に反対していると、その子どもにいじめがいく。巨大な原発を小さな町に押し付けているのですから、ことはいくらでも起きます。

 大飯原発の地元の漁村で、住民投票条例を求める署名に応じてくれた女性が、あとで娘さんの運転する車で血相を変えて事務所に飛び込んできて、「あの署名はなかったことにしてくれ」と抹消を求めたこともありました。近所の人に、「あなたのところは関電の下請けで働いている人がいるよね」と言われたのです。あとでわかったことですが、私たちが署名活動をすることが二、三日前にもれていて、関電が下請け企業に指示を出し、企業の管理職が、その地域の社員に、署名運動に応じないよう地域住民に働きかけろという業務命令を出していたのです。また別の家庭では、署名に応じてくれた妻に対して、漁業補償を得るつもりだった夫の暴力事件も起きました。

 私はこれらを、「原発マネーの支配と、それによる原発マネー・ファシズム」と言っています。札束によって言論の自由、集会の自由、署名の自由をことごとく束縛していくのです。

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◆地域から見た森山助役
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――今回、森山栄治元助役の存在が注目を浴びていますが、地域から見た場合にはどのような存在だったのでしょうか。

中嶌 関電が発注する工事の割り振りなどに介入していたとのことですが、先ほども申し上げたように、森山元助役の存在は、地域では反対運動をおさえ、反対派の町長などが当選しないよう政治的に工作することにも携わっていたと私たちは認識しています。

 反対運動の初期、一九七〇年後半、高浜3・4号機増設に反対する福井県知事あての署名に取り組んだことがあります。高浜町民からも二千数百筆ほど集まったのですが、あろうことか高浜町の職員が県に署名の閲覧を請求し、町民提出分を全部カメラに収め、署名者のうちの有力な人に圧力を加えていったのです。これは森山氏が高浜町の収入役から助役になった時代のことで、彼の指示ないし関与があったでしょう。

 この時の最大の山場は、一九七八年の高浜町長選挙でした。それまで「高浜の海と子どもたちを守る母の会」の反対署名や議会傍聴の取り組み、請願活動もあって関電から当時の浜田倫三町長・森山助役に流れた「黒い九億円」、実際には十数億円とも言われていますが、黒い霧を追及する町内の宣伝行動も行なっていました。そうした町民の声を背景として、慎重派の元小学校長が出馬し、一騎打ちとなりました。この方は保守ではあっても良識派で、3・4号機増設については、「まず町民の声を聞く」という態度で臨んでいました。私どもからみれば生ぬるい公約ではありますが、それでも、森山元助役たち推進派にとってみれば脅威だったでしょう。握り飯に一万円札が入っているといったうわさが飛び交う熾烈な選挙となりました。結果は、四〇〇〇票対三六〇〇票で浜田氏が五選を果たしたのですが、後日談があり、町長選の三ヵ月前に、新しく六〇〇人が高浜町民として住民票を移していたのです。関西電力や下請け企業の従業員、それに3・4号機建設が決まればそれを請け負うゼネコンの従業員たちで、それが町長選の結果を変えたわけです。森山氏はリアリストで、住民感情をリアルに認識していた。このまま町長選に突入したら危ない、負ける、と思ったのでしょう。関電に進言し、推進派の「住民」が送り込まれ、その結果、3・4号機建設に至ったのです。最近の報道で、この時期に関電トップと森山氏が会っていたということが出ていましたが、さもありなんと思います。森山氏はこうしたこともメモとして残していたようで、それを関電経営陣への脅迫にも利用していたようですから、その点もジャーナリズムには引き続き追及してほしいと思います。

 高浜町で森山氏のことを知らない人はおらず、「天皇」とも呼ばれる力をもっていました。原子力という閉鎖的で巨額のカネが飛び交う世界には、多くの「天皇」が必要となるようで、関電にも「天皇」はいたようですし、福井県の政財界に君臨する熊谷組の二代目社長・熊谷太三郎氏は「熊谷天皇」と呼ばれ、のちに参議院議員、原子力委員会の委員長も務めました。長く北陸三県の長者番付のダントツ一位。今回、森山氏の介入の中でも名前が出てきましたが、熊谷組は若狭の原発建設を支配していました。

 森山氏が関電に資金を還流させていた問題は、原発立地の現地と、それを押しつけてきた関西電力の「両極」に歪みを生んだと思っています。現地では森山氏や彼がかかわる吉田開発などの存在が現れ、もう一方では、ばらまいたカネを自分の懐に還流させる、関西電力のモラル崩壊を生じさせた。

 3・11を経て、もはや原子力産業自体が末期症状を呈しているのです。

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◆原発がはらむ差別構造
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――関西電力に対して今、言いたいことはありますか。

中嶌 モラルが地に堕ちた関西電力ですが、私は必ずしも絶対悪という全面否定はしたくないと思っています。電力会社は、形態としては私企業ではあっても、私たちの生活に必要な電力を供給する、公共的性絡を帯びている事業体です。この公共性に沿った企業運営があってしかるべきです。

 原発は負の部分が重くて大きい。若狭は、その原発を受け入れたことにより、それまで放置されつづけてきたインフラ整備は進みました。出稼ぎに出ずとも働ける場所ができました。しかしそれは麻薬的なメリットであり、地域は分断されました。

 他地域の原発も基本的には同じ構造で、自分たちが受け入れたものが何だったかを思い知らされたのが、福島の原発事故でした。

 なぜ若狭に原発が集中したのか、そこには、幾重にも重なる差別構造があります。若狭の中でも原発立地場所となったのは、半島の先端で、もともと不便をかこっていた地域でした。しかし、その若狭は、福井県にとってはどういう土地か。福井県は木ノ芽峠を境に、旧越前の嶺北地域と、主に旧若狭の嶺南とに分けられますが、一九七〇年代当蒔、福井県の人口約八〇万のうち嶺北に六五万人、嶺南は一五万人です。インフラ整備などは福井市など嶺北が優先され、嶺南は後回し。そこに一五基の原発ができたのです。明治維新で福井県が誕生して以来の「南北問題」で、若狭は本来関西とのつながりの方が強いのです。

 日本列島の中の福井県という位置、さらに、アメリカに従属的な位置に置かれている日本という構造もあります。膨大な体積の差別的な逆ピラミッドが、この小さな若狭地域に突き刺さっているといえます。

 被ばく労働者の数は、ヒロシマ・ナガサキの被爆者の数を最近、上回りました。被ばく労働者を犠牲にしながら、現代都市文明の「繁栄」はあるのです。そして何より不都合な事実は、大型原発一基でも広島に投下された原爆の一〇〇〇発分の死の灰が一年間に生まれ、長崎原爆の三〇発分のプルトニウムが生成されていることです。非常に危険な施設だからこそ、日本列島の不便をかこっていた地域に押し付けてきたのです。その構造の末端部分の不正だけが問題なのではありません。そのような不正がなければ、再稼動が、原発という存在が、許されるのでしょうか。若狭の一住民、一仏教者として声を大にして言いたいのは、このことです。

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◆関西電力は今後変わるか?
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 今回の不祥事を契機として、関西電力には変わってもらわないと困るのです。関西電力の新経営陣、いや、すべての電力会社は、真の公共的な企業として生まれ変わり、住民の声に謙虚に耳を傾け、未来のない危険な原発から脱却していかなくてはなりません。

 まず、新経営陣は、原発再稼働について、いかなる方針で臨むのか。もはや時代の趨勢は明らかであり、今回の事態を奇貨として、原発ゼロの方向へ転換すべきです。

 関電内部で内部告発があったのですから、良心的な社員もいるのです。電力会社の労働組合は原発推進の役割を果たしていますが、労組員のみなさん、こんな電力会社のままでいいんですか。

 引き続き電力会社の自浄作用にも期待をかけたいと思いますが、関西電力内部を変えること、原子力ムラを変えること、立法・行政・司法の三権を変えること、差別構造を転換していくこと、これらすべては、やはり私たち市民がどれだけ学習を深め、運動を広げて、脱原発への転換をはかっていけるかにかかっています。至難の業ですが、そうでない限り状況が自動的に変化することはありえません。

 若狭の原発が生み出す電力は、ほぼすべて、若狭の山々を切り刻むグロテスクな送電線に乗って、関西の都市部に送電されておりました。都市部の住民の方々にこそ、この若狭の問題を自分の問題として考えていただきたい。関西電力の株式の十数パーセントをもっているのは、大阪市、神戸市、京都市などの都市部の自治体です。カギを握るのは市民なのです。

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