◆原告第3準備書面
 第4 原発事故が起きた場合の放射線被ばくによる被害
~チェルノブイリ被害

原告第3準備書面
-原子力発電の根源的危険性と日本の法制度の不備- 目次

第4 原発事故が起きた場合の放射線被ばくによる被害~チェルノブイリ被害

1 はじめに~疫学調査により明らかになったチェルノブイリ事故被害

 実際に重大な原発事故が起きた場合、広範かつ深刻な放射性物質による外部被ばく・内部被ばくの人体への悪影響が、生じることになる。そのことは、チェルノブイリ事故による放射能汚染地域における調査結果からも実証されている。
 1986(昭和61)年4月26日、ソビエト連邦(当時、現在のウクライナ共和国)で稼働していたチェルノブイリ原子力発電所4号機の爆発事故が発生した。
 チェルノブイリ原子力発電所は、現在のウクライナ共和国の首都キエフの北方向のベラルーシ共和国との国境付近に位置していた。原子炉の炉型は黒鉛減速沸騰軽水圧力管型原子炉であり、本件で問題となっている大飯原発の加圧水型原子炉や、2011(平成23)年3月に爆発事故を用いた東京電力福島第一原子力発電所の沸騰水型原子炉と炉型は異なるが、ウラン235の原子核分裂反応を用いて蒸気を発生させ、タービンを回して発電するという点では共通する。
 チェルノブイリ原子力発電所の爆発事故により、ウクライナ共和国、ベラルーシ共和国、ロシア連邦をはじめ、ヨーロッパを中心として世界全域にわたって放射性物質が飛散した。1986(昭和61)年8月に旧ソビエト連邦が国際原子力機関(IAEA)に提出した事故報告書では、同年5月6日までのヨウ素131の総放出量の同日時点の残存推定量として730万キュリーと記載されている。現在主に用いられている単位であるベクレルに換算すると、約27京ベクレルとなる。しかも、上述したとおり、ヨウ素131の半減期は約8日であるため、同年5月6日時点ではすでに相当量のヨウ素131が別の物質に変化しており、事故時点では1400万キュリーすなわち約51京ベクレル以上のヨウ素131が放出したと推定されている。また、同様に、セシウム137の同年5月6日時点の残存推定量は100万キュリーと報告されており、これは約3京7000兆ベクレルにあたる。
 これらの放射性物質は、上述したとおり、ウクライナ共和国、ベラルーシ共和国、ロシア連邦をはじめ、ヨーロッパを中心として世界全域にわたって飛散した。中でも、チェルノブイリ原子力発電所周辺地域には深刻な放射能汚染が発生し、さまざまな被害が発生している。ウクライナ共和国ではチェルノブイリ原子力発電所が所在したキエフ州や隣接するジトーミル州、チェルニゴフ(チェルニーヒウ)州、ベラルーシ共和国では南東部のゴメリ州、プレスト州、ロシア連邦では西部のブリャンスク州、トゥーラ州などである。これらの地域のチェルノブイリ原子力発電所からの直線距離は、ベラルーシ・ゴメリ州の州都ゴメリ市が約120キロメートル、ウクライナの首都キエフ市が約100キロメートル、ロシア・ブリャンスク州の州都ブリャンスク市が約360キロメートル、トゥーラ州の州都トゥーラ市が約600キロメートルとなっている。なお、大飯原発から京都市中心部までの直線距離は約60キロメートルである。
 チェルノブイリ事故に起因する放射線被ばくによる健康被害については、アレクセイ・V・ヤブロコフらによる「調査報告 チェルノブイリ被害の全貌」*2(以下、本章(第4)におけるページ番号は同書のページ番号を指す。)にまとめられている。
 チェルノブイリ事故においては、事故後3年半にわたって旧ソ連政府は診療録の隠蔽・改ざんを行ったため、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアには信頼できる医療統計がない。そのため、IAEAはじめとする国際機関の判定基準による評価では、事故に由来する被ばくの影響が過小評価されている。この3年半の間にどれだけの人が急性白血病でなくなったかすら不明である。また、放射能汚染地域で献身的に働き、放射能に汚染された患者から発せられる放射線に曝されることなどで追加被ばくしたことによる医療専門家たちの死亡率・罹病率は疑いの余地なく高い。これも研究成果が発表されなかった理由の一つになっている。このように、データ収集が精密に行われなかったため、集団の被ばく線量と線量率を正確に計算することは不可能なので、被ばく線量と健康被害の相関関係を明らかにすることはできない。
 しかし、科学者が集めた客観的情報、すなわち、疫学調査による、自然地理学的、人口統計学的、経済的条件が等しく放射能汚染の程度とスペクトルのみが異なる複数の汚染地域における罹病率及び死亡率の比較によって、被ばくによる悪影響を明らかにすることはできる(27頁~34頁)。
 この方法により、年齢性別にかかわらず被ばくと関連づけられる重大な異常やその他の遺伝的・非遺伝的病理が判明した。

 *2 共著:アレクセイ・V・ヤコブロフ、ヴァシリー・B・ネステレンコ、アレクセイ・V・ネステレンコ、ナタリヤ・E・プレオブラジェンスカヤ、監訳:星川淳、発行:岩波書店(2013)

ページトップ

2 チェルノブイリ事故後の総罹病率・認定障害の上昇

 (1)はじめに

 上記述べた方法により、汚染地域を、同じような民族・慣習、経済活動、人口構成及び自然環境の点で似通った、相対的に放射能汚染の程度が低い地域と高い地域を比較した場合、重度汚染地域において総罹病率の上昇が顕著である。 特に、重度汚染地域では子どもの罹病率が目に見えて上昇している。
 以下、汚染地域における総罹病率上昇の主な実例を述べる。

 (2)ベラルーシ

 ベラルーシ保健省のデータによれば、1985年には90%の子どもが「健康といえる状態」にあったのが、2000年には、20%以下になっている。 最も汚染の酷いゴメリ州では健康な子どもは10%以下になっていた。
 ベラルーシにおける1986年から1994年までの新生児罹病率の上昇は9.5%であった。ゴメリ州では200%以上の増加となっている。主な原因は未熟児の疾患が増え続けていることである。
 1993年当時で、ゴメリ州コルマ地区とチェチェルスク地区に住む事故時0歳から4歳の子どものうち、健康な子どもは9.5%であった。この地域の子どもは37%が慢性疾患に苦しんでいる。
 重度に汚染されたブレスト州ルネニッツ地区では、子ども1000人あたりの疾病発生率は、1986年から1988年で166.6例、1989年から1991年で337.3例、1992年から1994年で610.7例と、事故後8年間で3.5倍に増加した。
 1995年から2001年にかけて、重度汚染地域と低汚染地域において2つのグループの子どもを調査し、主観的判断(自覚症状)と客観的判断(臨床診断)のデータを得た結果、自覚的症状(虚弱、眩暈、頭痛等12種の症状)においても、臨床診断によって診断される疾病(慢性胃炎、慢性十二指腸潰瘍、胆のう炎等9種の疾病)においても、重度汚染地域の方が不調の訴えや罹患率が多かった。また、重度汚染地域においても低汚染地域においても、1回目の調査よりも3年後の調査の方が不調の訴えや罹患率が多かった。
 公式データ(『チェルノブイリ事故の医学的影響』2003年)に1986年と1987年事故処理に従事したベラルーシ人事故処理作業員(リクビダートル)の罹病率は、同様の年齢層の対照群よりも有意に高い。罹病率の年間増加率はベラルーシの成人全体の最大8倍にのぼる。
 その他、チェルノブイリ事故後のベラルーシにおいて総罹病率の上昇が有意に認められる報告は多数認められる(35頁~37頁)。

 (3)ウクライナ

 事故後10年間において、ウクライナにおける子どもの総罹病率は6倍に増えた。その後やや減少したが、15年後においても1986年の2.9倍であった。
 ジトーミル州の汚染度の高い地域に住み続けている1万4500人の5歳から16歳の子どものうち、事故の10年後から14年後にかけての時点で「健康といえる」子どもは10.9%であった。
 1986年から2003年までに、社会福祉と医療の両面で適切なプログラムが集中的に実施されたにもかかわらず、放射能汚染された地域に住む「健康といえる」子どもの割合は、1987年の27.5%から2003年には7.2%に減少し、「慢性的な病気を抱える」子どもの割合は1987年の8.4%から2003年には77.8%に上昇した。同じ時期に、低汚染地域の健康な子どもの割合は30%であった。
 認定障害を持つ子どもの1000人あたりの数は、1987年には2.8人であったのが2004年には4.57人となった。
 成人の場合でも、1988年から2002年の間で、避難者のうち「健康な人」の割合が68%から22%に下降し、「慢性的に病気」の人の割合が32%から77%に上昇した。
 重度汚染地域における成人及び十代の1000人あたりの罹病率は、1987年の137.2例から、2004年には573.2例へと、4倍以上増加した。
 事故処理作業員(リクビダートル)においては、1988年から2004年にかけて、「健康な人」の割合は67.6%から5.3%へと激減し、「慢性的な病気を抱える者」の割合は12.8%から81.4%に激増した。また、1988年から2003年にかけて、認定障害者数は、1000人あたり2.7人から206人へと、76倍に増加した。
 その他、ウクライナにおいても、チェルノブイリ事故後において総罹病率の上昇が有意に認められる報告は多数認められる(38頁~42頁)。

 (4)ロシアほか

 チェルノブイリから最短地点でも約150km離れているロシアにおいても、罹病率の上昇については沢山の報告が上げられている。その他、フィンランドやイギリス、ハンガリー、リトアニア、スウェーデンにおいても、チェルノブイリ事故に由来する放射線被ばくにより健康に悪影響がもたらされたと考えられる報告が上げられている(42頁~45頁)。

 (5)老化の加速も被ばくがもたらす影響の一つ

 また、ベラルーシ及びウクライナの子どもや、事故処理作業員(リクビダートル)に共通して起きている現象として、老化の加速が上げられている。
 例えば、事故処理作業員(リクビダートル)においては、老人退行性ならびに栄養欠乏による変化とされる骨粗鬆症、胆のう炎、脂肪肝、肝硬変等の増加、脳内の血管の老化による老人性脳障害、水晶体の硬化や白内障などの目の異常の増加、聴覚及び前庭器官における老人性障害の増加などが指摘されている(47頁~48頁)。

ページトップ

3 チェルノブイリ事故による腫瘍性疾患への影響

 (1)はじめに

 放射線被ばくの影響により、がんなどの腫瘍性疾患を発症するケースは、広島、長崎における原爆被爆者にも多数見られるが、広島、長崎の原爆被爆者と比較して、チェルノブイリ事故による放射性物質によって汚染された地域の腫瘍性疾患の発生・罹患状況ははるかに複雑なものとなっている。1986年4月の事故で発生したメルトダウン(炉心溶融)後、継続的に放射性物質が飛散し、かかる放射性物質による被ばくが悪性の腫瘍性疾患増加の原因となっているためである。多くの放射性同位体が人体にとって安全な程度にまで減衰するためには半減期の約10倍程度の期間を要することからすれば、今後、極めて長期間にわたって、チェルノブイリ事故を原因とする腫瘍性疾患が発生し続ける可能性も指摘されている。

 (2)腫瘍性疾患全体の罹病率の増加

 1990年から2004年までの間、ベラルーシ全体での腫瘍性疾患の発生率は0.26%から0.38%に上昇し(46%増)、中でもゴメリ州では0. 25%から0.42%に上昇している(68%増)。また、ベラルーシでは、1987年から1999年にかけて、放射線により誘発された白血病を含む悪性腫瘍の症例が、約2万6000例登録されている。これらのデータからすると、チェルノブイリ事故により被ばくした住民の発がんリスクは、被ばくのない人と比べて1シーベルトあたり3~13倍にのぼると算出されている。
 ウクライナでも同様に、チェルノブイリ事故に続く12年間(1986年~1998年)で、重度汚染地域ではがん罹病率が18%から22%に上昇し、全国的にも12%上昇している。中でも、ジトーミル州の汚染地区における成人のがん罹病率は、1986年から1994年にかけて1.34%から3.91%へと3倍近く上昇している。
 ロシアでは、トゥーラ州のうち、セシウム137による汚染が一定以上の地域で、小児がんの罹病率が1995年から1997年にかけて1.7倍に上昇し、相対的に汚染度の低い地域より有意に上昇している。また、チェルノブイリ事故の9年後、ブリャンスク州のうち一定基準以上に汚染された地区におけるがんの総罹病率が、汚染度のより低い地域と比べ2.7倍に上昇している。

 (3)甲状腺がんの増加

 チェルノブイリ事故後に発生した甲状腺がんは、独特の様相を有している。 チェルノブイリ事故に由来する甲状腺がんは、ほぼ必ずといってよいほど乳頭状で、発現時に侵襲性が強く、甲状腺自己免疫反応と関連する場合が多い。さらに、症例の多くが通常は見られない亜型で大型の固形腫瘍部をもち、急速に増殖し、しばしば局所転移と遠隔転移を生じる。また、放射線誘発の良性甲状腺結節、甲状腺機能低下症、自己免疫性甲状腺炎、甲状腺機能不全症などが先行したり、これらの疾患を併発することも多い。
 ベラルーシでは、甲状腺がんの罹病率が、1989年以後急上昇しており、1994年にかけて43倍も上昇している。中でも子どもの罹病率の増加が著しい。また、成人の甲状腺がん罹病率も2003年まで上昇を続けており、2000年の時点における甲状腺がん症例数は、事故以前と比較して、小児で88倍、10代で12.9倍、成人で4.6倍となっている。
 ウクライナでは、甲状腺がんの症例数が、1990年から1995年にかけて5.8倍、1996年から2001年にかけて13.8倍、2002年から2004年にかけて19.1倍に上昇している。そのうち、浸潤型のがんが87.5%を占めており、腫瘍の侵襲性が極めて強く、高頻度にリンパ節に転移しているのが特徴である。

 (4)チェルノブイリ原発事故により生じる腫瘍性疾患の増加予測

 ベラルーシとウクライナの汚染地域において、1986年以降2000年までに記録された放射線由来のがんの実数に基づいて、チェルノブイリ事故により飛散した放射性物質による被ばく線量あたりの甲状腺がん発症数を予測算出した研究結果によれば、チェルノブイリ事故を経験した世代の人びとが生涯を終えるまでの期間(1986~2056年)のヨーロッパにおける放射線に起因する甲状腺がんの予測発症数が4万6313例から13万8936例、予測死亡者数が1万3292人から3万9875人にのぼる予測されている。なお、この予測計算に事故処理作業員(リクビダードル)は含まれていない。
 さらに、同様の方法で、ヨーロッパにおけるチェルノブイリに関係する甲状腺がん以外のがんの発症数と、チェルノブイリ事故を経験した世代の全生涯(1986~2056年)にわたる死亡者数を予測算出した研究結果によれば、がんの予測発症数は6万2206例から19万6611例、予測死亡者数は4万427人から12万1277人にのぼる予測されている。

ページトップ

5 チェルノブイリ事故による非がん性疾患への影響

 (1)血液及び造血器の疾患

 当該疾患には動悸・息切れ・倦怠感につながる貧血や、白血球数の減少、白血病という病態まで含まれるが、その増加傾向が確認されている。
 ベラルーシのゴメリ州の事故処理作業員(リクビダードル)について、リンパ系および造血器の疾患による死亡率が2002年から2008年にかけて120%の増加が見られる(1000人あたり0.1例であったものが0.22例に増加)(51頁)。ウクライナでは、チェルノブイリ事故後の10年間に、汚染地域に住む成人と十代の少年少女における血液および造血器の罹病率が2.4倍に増加し、1987年に1万人あたり12.7例だった罹病率が1996年には30.3例になっている(51頁)。ロシアにおいても、血液および循環器系の異常を原因とする罹病率が、トゥーラ州の汚染地区に住む子どもにおいてチェルノブイリ事故前の2 倍以上になるなど、すべての汚染地区で上昇している等の現象が見られる(52~53頁)。

 (2)心血管系の疾患

 当該疾患には、心臓病、血管疾患(動脈硬化、大動脈瘤等)という病態等が含まれるが、これらについても増加傾向が確認されている。
 ベラルーシでは、1994年から2004年にかけて、ベラルーシの子どもにおける循環器系疾患の発生率が2倍以上に上昇し、高血圧症も6倍に増加した(1994年には子ども10万人あたり4.5例に対し、2004年は27.0例)(55頁)。ウクライナでは、事故処理作業員(リクビダートル)における自律神経循環器系失調症(頻脈、甲状腺機能亢進症、および神経症)の罹病率が、チェルノブイリ事故後の10年間、ウクライナ平均を16倍上回っている(56頁)。ロシアでは、事故処理作業員(リクビダードル)の循環器系疾患罹病率が、1986年以降、1994年までに23倍に増加している(56頁)。

 (3)遺伝的変化

 電離放射線はゲノム・染色体の変異をもたらし、遺伝的変化を生じさせる。突然変異にまつわる疾患は、遺伝に影響する染色体の数の異常、染色体の一部の欠損・切断等の病態となって現れる。当該疾患についても増加傾向が確認されている。
 ベラルーシでは、同一の人びとの血液細胞における二動原体染色体と環状染色体の出現率に、事故の前後で6倍の増加が見られる(59頁)。ロシアのブリャンスク州においては、汚染地域の住民は、相対的に汚染度の低い地域に居住する人びとより染色体異常の発生率が高く、染色体異常は対照群の約2倍、うち二動原体染色体と環状染色体は約5倍となっている(62~63頁、表5-11)。

 (4)内分泌系・甲状腺の疾患

 分泌系疾患は、いわゆるホルモン異常の病態である。この異常はむくみ・便秘・動悸・息切れ等様々な症状をもたらすが、これについても増加傾向が確認されている。また、甲状腺とは、からだ全体の新陳代謝を促進するホルモン(甲状腺ホルモン)を出す部位であり、その機能障害は身体の疲れを生じさせる甲状腺機能亢進、その他甲状腺機能低下症等の病態をもたらす。この甲状腺の機能障害についても増加傾向が確認されている。
 ウクライナでは、1992年から、すべての放射能汚染地域で内分泌疾患(自己免疫性甲状腺炎、甲状腺中毒症、糖尿病)が目に見えて増加し始め、1988年から1999年にかけて、汚染地域における内分泌系疾患の罹病率が最大8倍にまで上昇している(73頁)。ロシアでは、内分泌疾患にかかる子どもが重度汚染地域で増加し、トゥーラ州の汚染地域に住む子どもの場合、2002年の内分泌疾患罹病率がチェルノブイリ事故前の5倍にも達している(74頁)。
 ベラルーシにおいては、子どもにおける自己免疫性甲状腺炎の罹病率が、チェルノブイリ事故後の10年間で3倍近くにまで上昇している(78頁)。ウクライナの重度汚染地域では、甲状腺疾患を患う子どもが比較的汚染の低い地域の2倍も見られ、罹病率は低汚染地域の15.4%に対して重度汚染地域では32.6%となっている(79頁)。ロシアでは、カルーガ州南西部において、子宮内で、あるいは生後13週目までに被ばくした乳児560人の甲状腺機能低下の発生頻度が対象地域より2.3倍高く、特に女児に多かったという報告がある(80頁)。

 (5)免疫系の疾患

 当該疾患は、一例をあげると大動脈炎症候群(大動脈やそこから分かれている大きな血管に炎症が生じ、血管が狭窄したり閉塞したりして、脳、心臓、腎臓といった重要な臓器に傷害を与えたり、手足が疲れやすくなったりする原因不明の血管炎)等の病態があるが、この免疫系の疾患も増加傾向が確認されている。
 ベラルーシでは、ストロンチウム90によって重度に汚染された地域に住む子どもについて、比較的汚染が少なかった地域より多くの牛乳たんぱく質アレルギーが認められている(高汚染地域が36.8%に対し低汚染地域は15.0%)(83頁)。ロシアのトゥーラ州の放射能汚染地区では、2002年までに、子どもの免疫障害および代謝障害の発生頻度がチェルノブイリ以前との比較で5倍に上昇している(86頁)。

(6)呼吸器系の疾患

 呼吸器系の疾患とは、上気道の疾患(例、鼻炎、扁桃炎、咽頭炎、喉頭炎等)、気管・気管支の疾患(気管支炎、気管支ぜんそく等)、肺疾患(肺炎、間質性肺炎、肺気腫、肺水腫等)、胸膜疾患(気胸、胸膜炎等)等からなる病態であるが、これらについても増加傾向が確認されている。
 ベラルーシでは、チェルノブイリ由来の放射能汚染地域で、事故当時、妊娠中だった女性から生まれた子どもにおける急性呼吸器系疾患の発生率が非汚染地域の子どもの2倍となっているという報告がある(88頁)。ウクライナでは、1995年時点で、重度汚染地域における子どもの呼吸器系疾患が、比較的汚染度の低い地域の2倍にのぼるとの報告がある(89頁)。ロシアでは、汚染地域の女性が生んだ新生児において、非感染症の呼吸器疾患がチェルノブイリ事故前の9.6倍にもなったとの報告がある(90頁)。

 (7)泌尿生殖器系の疾患と生殖障害

 泌尿生殖器系疾患とは、排泄系の尿路および腎臓から尿道の外開口までの生殖器官の疾患を指し、尿路疾患(腎炎、ネフローゼ、腎盂腎炎、尿道炎等)と生殖器疾患(前立腺肥大等)からなるとされているが、これらの疾患についても増加傾向が確認されている。
 ベラルーシでは、チェルノブイリ事故後2000年までに重度汚染地域で生まれた子どもについて、相対的に汚染度が低い地域で生まれた子どもより生殖器の障害が多く、その差は女子では5倍、男子は3倍であったとの報告がある(92~93頁)。ウクライナでは、汚染地域の子どもに泌尿生殖系の疾患が増加し、1987年に1,000人あたり0.8例だった発生率が2004年には22.8例になったとの報告がある(93頁)。ロシアの事故処理作業員(リクビダードル)における泌尿生殖器疾患の罹病率については、1986年から1993年にかけて40倍以上に増加し、1986年が34例であったものが1993年には1,410例に増加したとの報告がある(98頁表5-39)。

 (8)骨と筋肉の疾患

 骨や筋肉の疾患についても増加傾向が見られる。ウクライナの汚染地域では、1950年代の核実験後にマーシャル諸島でしか見られなかったという、事実上骨のない状態で生まれた子ども(いわゆるジェリーフィッシュ(クラゲ)・チルドレン)の例が複数認められたとの報告がある(99頁)。ロシアでは、調査したリクビダートル全員に歯周病の疾病マーカーが認められ、あごのびまん性骨粗鬆症が88.2%、下顎骨の緻密骨皮室の非薄化が33.3%、椎体の骨粗鬆症が37.3%であったことが報告されている(100頁)。

 (9)神経系の疾患

 神経系の疾患では、脳梗塞、脳内出血、クモ膜下出血、周産期脳障害・脳性麻痺等について増加傾向が見られる。
 ベラルーシのゴメリ州チェチェルスク地区の汚染地域における、妊婦、産科患者、新生児を含む子どもの調査では、1986年以降、周産期脳障害の発生率が事故以前の2倍から3倍に上昇したという報告がある(102頁)。ウクライナのキエフ州ボレスコエ地区の汚染地域における妊婦、産科患者、新生児を含む子どもの調査では、1986年以降、周産期脳障害の発生率がチェルノブイリ事故以前の2倍から3倍に増えているという報告がある(103頁)。ロシアでは、成人における境界水準の神経心理学的な障害が、汚染地域で目に見えて頻発し、汚染地域が31%に対し非汚染地域は18%であったという報告がある(107頁)。

 (10)感覚器の疾患

 感覚器に関する疾患では、白内障、緑内障、難聴、嗅覚障害等について増加傾向が見られる。
 ベラルーシのゴメリ州のホイニキ地区とヴェトカ地区では、子どもの網膜疾患が約3倍に増加し、事故前の1985年に6%だった罹病率がチェルノブイリ事故後の3年間に17%になったという報告がある(111頁)。ウクライナでは、放射能汚染地域における進行性白内障の発生率が1993年から2004年にかけて2.6倍に上昇したという報告がある(113頁)。ロシアでは、40歳以下の事故処理作業員(リクビダードル)の11.3%程度が白内障を罹患しており、一般の類似した年齢集団の47倍の罹病率であったという報告がある(114頁)。

 (11)消化器系疾患とその他の内臓疾患

 消化器疾患・その他の内臓疾患とは、消化管(食道、胃、十二指腸、小腸、大腸)をはじめとして肝臓、胆のう、膵臓などに関係する病気のことであるが、食道炎、胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、腸炎、肝炎、膵炎、胆のう炎等について増加傾向が見られる。
 ベラルーシのブレスト州においては、慢性胃炎の発生率を1991年と1996年とで比べたところ、州全体の平均値は1996年まで倍増し、特に汚染度の高い同州ストーリン地区では4倍以上にも上ったとの報告がある(115頁)。ウクライナでは、子どもにおける消化器系の罹病率は1988年には1万人あたり4659例だったが、1999年には同1万0122例と2倍以上になったという報告がある(116頁)。ロシアでは、事故処理作業員(リクビダードル)の消化器系罹病率が、チェルノブイリ事故後の8年間で74倍にも増加した、1986年当時は1万人あたり82例であったところ、1993年には6100例となっているとの報告がある(118~119頁、表5-8)。

 (12)皮膚と皮下組織の疾患

 当該疾患にはアレルギーによる皮膚異常等様々な病態が含まれるが、この疾患についても増加傾向が見られる。
 例えば、ウクライナでは、汚染度の高い地域からの避難者および同地域の居住者についての1988年から1999年までの皮膚疾患の発生率は、相対的に汚染度の低い地域の居住者の4倍以上であったとの報告がある(120頁)。ロシアでは、放射能汚染地域に住む学齢前の乳幼児において、過敏性体質がチェルノブイリ事故前の4倍も多く発生したとの報告がある(121頁)。

 (13)感染症及び寄生虫症

 当該疾患は、寄生虫(回虫等)、細菌、真菌、ウイルス、異常プリオン等の病原体の感染により人間(宿主)に生じる病気のことを指し、脳炎、肺炎、肝炎、腎盂腎炎等の病態を生じさせるが、これらの疾患についても増加傾向が見られる。
 ベラルーシのゴメリ州チェチェルスク地区に住む女性が出産した新生児の先天性感染症発生頻度が、1994年の時点でチェルノブイリ事故前の2.9倍に達したという報告がある(123頁)。ウクライナでは、1995年までに、重度汚染地域の子どもの感染症および寄生虫症が、汚染度の比較的低い地域に比べて5倍も多く発生するようになったとの報告がある(123頁)。ロシアでは、ガルーガ州の重度汚染地区において、感染症による子どもの死亡事例がチェルノブイリ事故後の15年間で3倍に増加したとの報告がある(124頁)。

 (14)先天性奇形

 先天性奇形には、目の奇形(単眼症等)、口の奇形(口唇・口蓋烈等)、脳の奇形(水頭症等)、多発性奇形(多臓器にわたる先天奇形等)等の病態があるが、これらについても増加傾向が見られる。
 ベラルーシでは、先天性奇形の発生率に有意な上昇が見られ、チェルノブイリ事故前の1000人あたり5.58例から、2001年から2004年にかけて1000人あたり9.38例になったという報告がある(125~126頁)。ウクライナでは、チェルノブイリ事故前、新生児における重度の先天性奇形(多発奇形)は5年に1例見られたのみだったのが、事故後は年に数例に増加したとの報告がある(129頁)。ロシアでは、放射能汚染地域で、1991年と1992年の先天性奇形発生数がチェルノブイリ事故前の3倍から5倍に増え、生殖器、神経系、感覚器、骨、筋肉、消化器系の異常および先天性白内障が目に見えて増加したという報告がある(130頁)。

ページトップ

6 小括

 以上のとおり、1986年4月26日に発生したチェルノブイリ原子力発電所爆発事故により、広範かつ深刻な放射性物質による外部被ばく・内部被ばくの人体への悪影響が生じている。
 大飯原発をはじめとする原子力発電所においてひとたび事故が発生すれば、広範囲に放射性物質が飛散し、呼吸、食物や水の摂取等を通じて放射性物質が人体内に入り、放射線被ばくによる甚大な被害が発生することは明白である。

ページトップ