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◆第15回口頭弁論 更新弁論(結語)

弁護団長 出口 治男

第1 大阪高等裁判所は、本年3月28日、大津地方裁判所が平成27年3月9日関西電力高浜原発3、4号機の運転を差し止めた仮処分決定を取り消し、同原発の再稼働を認める決定(以下「本決定」という。)を下した。本決定は、福島第一原発事故によって変容を求められる原発訴訟に対する司法審査の枠組みを従来の行政追随型に後退せしめるものであり、到底許容できるものではない。

第2 原告らは、平成28年3月14日の口頭弁論期日において、平成27年12月24日の、大飯原発3,4号機及び高浜原発3、4号機運転差止仮処分命令事件について、福井地裁の異議審が、同地裁が平成27年4月14日に下したこれらの原発の運転差止仮処分決定を取り消し、住民側の仮処分の申立てをいずれも却下したことに対し、総論的批判を行ったが、これらの批判は、いずれも大阪高裁の上記決定に対しても当てはまるものである。弁論更新に当たり、以下にこれらの批判の要旨を述べる。

  1.  福井地裁異議審決定は、福島第一原発事故に正面から向き合わず、いまもなお続き、終わることのない破滅的な状況を忘却したか、あるいは無視している。

    (1) 福井地裁異議審決定は、福島第一原発事故について触れてはいるが、同事故によって、広大な土地が人の住めない無人の荒野と化し、また住み慣れた故郷の地からの避難を余儀なくされている膨大な人々の苦難の事実を、わがことの如くに見ていない。避難を余儀なくされた人々の苦難の実情は、本法廷において意見陳述をした福島敦子原告ら福島県から避難をした人達の、切実な訴えによって明らかである。膨大な人々が苦難を強いられていることを、原告の一人でもある宮本憲一名誉教授は、本法廷において、足尾銅山鉱毒事件によって消滅させられた谷中村の悲劇以来の悲劇と指摘している。いうまでもなく、福島第一原発事故は、世界の原子力発電所の歴史において、チェルノブイリに並ぶ最大級の事故である。未曾有の公害事件であり、途方もない人権侵害事件であることを片時も忘れるべきではない。この裁判に関わる全ての関係者は、この福島の地の現実、いま進行している膨大な人々に加えられている人権侵害の現実を直視し、二度と再び原発事故を起こさせてはならないという戒めを胸にして出発しなければならない。

    しかし、福井地裁異議審決定は、福島第一原発事故によってもたらされている現実に、正面から向きあっていない。女川原発裁判を担当した塚原朋一元裁判官は、「福島第一原発の事故を目の当たりにして初めて、裁判官の多くは変わったと思います。」と述べている。同氏は、福井地裁異議審決定は「福島原発事故にも言及してはいるのですが … 原発事故再来への懸念が実感として伝わってこない。」とも指摘している。福島第一原発事故による途方もない人権侵害の現実から目を背け、原発事故再来への懸念を実感していないのではないか。福井地裁異議審決定は、再び原発の「安全神話」にすがりつき、司法の役割を放棄しようとしているのではないか。これが、この決定を前にしての第一印象なのである。

    (2) 生涯をかけて原発問題に取り組んだ市民科学者、故高木仁三郎は、かつて、「科学技術とは、本来実証的なデータに裏付けられたものであるはずだが、原発の技術に実証性を期待することは難しい。実証的に裏付けられない点は、大型コンピュータを用いたモデル計算によってカバーすることになるが、計算はあくまで計算に過ぎず、現実との対応関係は実験ができない以上、確かめようがない。」と述べ、技術文明の危うさ、原子力技術が本質的に持つ危険性に警鐘を鳴らし続け、原子力時代の末期症状による大事故の危険と、放射性廃棄物がたれ流しになっていくことを危惧しつつ、2000年にガンで倒れた。高木の指摘は、福島第一原発事故で、誰の目にも明らかとなった。

    (3) 水素爆発は起きないと断言した直後に、それが起きた時、原子力安全委員長は、「アチャー」と言ったとマスコミは報道している。そのレベルの人物が、原子力安全の最高責任者であった。福島原発で水素爆発が起きている最中に、ある専門家は、テレビでそれを否定した。最近の報道では、東京電力は、炉心溶融が生じているにも拘わらず、そうではなく炉心損傷に過ぎないと2ヶ月も言い張り、しかも炉心溶融か炉心損傷かの判定基準の存在に5年間も気付いていなかったと言う。これらが、原子力に関する専門家の実情である。高木が述べるように、原子力技術の危うさと、それに従事する関係者の実情に照らすと、原発の危険性の判断において専門家の行っていることを鵜呑みにしてはならない。これが福島第一原発事故から導き出される苦い教訓なのである。

    (4) それだけではない。九州電力は、川内原発の再稼動許可を得るに際し、免震重要棟を建設するとしたが、再稼動を開始した後でその建設を撤回し、重大事故時の拠点施設を耐震構造する方針を打ち出した。原子力規制委員会は、九州電力の方針転換を批判するが、九州電力はその批判を歯牙にもかけない。また、福井地裁異議審決定によって関西電力は高浜原発4号機の再稼動を開始したが、その直前に原子炉補助建屋で放射性物質を含む水漏れがあり、さらに発送電を始めた初日に変圧機から送電線の間で、一時的に規定値を超す電流が流れた為に原子炉が緊急停止する事故が発生した。この緊急停止をうけて、原子力規制委員会委員長は、社会の信頼回復を裏切るような結果で遺憾だと述べたとのことである。しかし、原発事故によって被害を受ける者にとっては、遺憾では済まない。原子力規制委員会での約束事を公然と覆し、再稼動を始めた直後から原子炉の緊急停止を生じさせる電力会社の実情を見せられるにつけても、多くの市民の、電力会社と原子力規制委員会に対する不信と不安は益々増大せざるを得ない。原子力規制委員会の安全規制は本当に機能しているのであろうか。原子力規制委員会の審査結果を鵜呑みにすることは危険なのではないか。司法は、原子力規制委員会の審査に対して、専門家任せでなく、司法自身の判断を行っていくべきである。再稼動を認められた原発で生じた上記の事象は、原子力規制委員会の審査の在り方に反省を迫るものであり、また司法審査の在り方を考える上で重要な示唆を与えるものといわねばならない。

  2.  福井地裁異議審決定は、科学と裁判における謙虚さを欠いているのではないか。

    (1) 原子力規制委員会の規制基準の策定の在り方については、石橋克彦名誉教授は、次のように述べている「きわめて重要なのは、ある特定の原発サイトで想定すべき最強の地震動はどのようなものかといった問題は、現在の地震科学では客観的に解答できないということである。この種の問題は、A.Weinbergが提唱した『トランス・サイエンス』(科学によって問うことはできるが、科学によって答えることのできない問題群からなる領域:例えば、小林、2007)の典型例である。専門家は、幅のある予測と可能性の程度などを提示して(よく確率的にしか答えられないといわれるが、意味のある確率を付与すること自体が困難な場合が多い)、最終的には利害関係者や関心のある人々や社会全体が科学以外の基準(例えば、予防原則)によってきめるべきであろう。日本の現状では、専門家が“科学的に”一意的に決定できるという感覚が根強いが、それに荷担せずに、その感覚を正していく努力が必要であろう。」本件の原告団の団長である竹本修三名誉教授は、固体地球物理学、測地学の専門家であり、地震予知の研究にも長年携わってきた地震科学に造詣の深い研究者であるが、本法廷の意見陳述において、科学としての地震学の有する限界を強調している。(2) このような科学の限界性の自覚、認識は、真理を語る前では謙虚であれ、ということを含意すると思われるが、裁判官にとっても謙虚さが求められることを、さきに指摘した塚原元裁判官も述べている。同元裁判官は、自らが関与した女川原発事件判決にふれながら、「福島第一原発事故が日本全体に与えた甚大な影響を考えると、裁判官は従来の想定に縛られない謙虚な姿勢で、個々の事件に臨まねばならないと思わずにいられません。」としている。

    女川原発が辛うじて津波の直撃を免れたという実感を基に、同元裁判官はこのように述べているのである。同元裁判官は、福井地裁異議審の担当裁判官には、その実感がないのではないか、もっと真実を見、真実の前では謙虚にならねばならないと切言している。それは、本件に関係する全ての者の課題ではなかろうか。

  3.  福島原発の行方

    2015年ノーベル文学賞は、ウクライナ生まれのスベトラーナ・アレクシエービッチに与えられた。同女史の「チェルノブイリの祈り」というドキュメンタリー作品において、1996年4月刊行の、次のような雑誌の記事を載せている(「チェルノブイリの祈り」岩波現代文庫 292頁、2011年発行)。「『石棺』と呼ばれる4号炉の鉛と鉄筋コンクリートの内部には、20トンほどの核燃料が残ったままになっている。今日そこでなにが起きているのか、だれも知らない。」(中略)「石棺の組み立ては「遠隔操作」で行われ、パネルの接合にはロボットとヘリコプターが用いられたので、隙間ができてしまった。今日、いくつかのデータによれば隙間と亀裂の総面積は200平方メートル以上になり、そこから放射性アエロゾルが噴出し続けている。」「石棺は崩壊するのだろうか?この問いにだれも答えることができない。いまだにほとんどの接合部分や建物に近づくことができず、あとどれくらいもつのか知ることができない。しかし、石棺が崩壊すれば1986年以上に恐ろしい結果になることは誰の目にも明らかである。」

    これは、福島第一原発の未来像であるかもしれない。福島第一原発の中で何が起きているのか、それが今後どのように収束されていくのか、誰もわからない。福島第一原発事故の原因の特定すらできていない。にもかかわらず、新規制基準を策定し、それによって原発再稼動が始まっている。新しい規制基準は、原発事故の原因に真に有効に対応することができているのだろうか。原因のわからない問題に真に有効に対応することができるのだろうか。原因のわからない問題に、どのようにして有効で適切な回答を与えることができるのであろうか。我々は再び原発事故を起こしてはならない、という出発点に立ち戻って本件に向き合いたい。福井地裁異議審決定は、我々にそのことを促している。

以上

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◆原告第35準備書面[4]
第3 震源特性
第4 伝播特性
第5 まとめ

原告第35準備書面
 ―被告主張の地域特性に根拠がないことについて― 目次

第3 震源特性

被告関電は、断層モデルの設定において不確かさがあるとして断層モデルの形や傾き、アスペリティの分布など、形状に関するパラメーターを触っているものの、地域特性を考慮するためには応力降下量など地震発生層の物性に依拠する物理量を検討する必要があるところ、そのような検討を一切していない。

この点、若狭湾で発生した地震は(1985.11.27、M5.1、最大進度III)、他地域で発生する地震に比べ高周波数の震動が卓越し、地域に被害を惹起し、大飯原発1号炉を自動停止させた事実がある(甲234[1 MB])。この事例は、応力降下量の地域性の検討が重要であることを示すとともに、データの蓄積が不十分であるので、なおのこと不確かさを量的に検討すべきであることを示している。

第4 伝播特性

被告関電は、基準地震動の計算において、波動の減衰に関わる伝播特性としてQ=50f1.1を用いていると図表註に記載している(丙28の42頁)。

しかし、この式を採用する根拠が示されていないうえ、地域性を考慮した式であることの説明は全くない。どのように地域性を考慮したのか明らかにされたい。

さらに、Q値の推定値は偏差が大きいので、偏差値を考慮して計算する必要がある。

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第5 まとめ

(1)被告関電は、敷地の解放基盤としてVs=2.2km/sの堅固で一様な岩があると主張しているが、開示されたデータからはその主張の根拠は得られない。調査結果の隠蔽、データ解釈の誤認、さらには恣意的な作為による地盤のモデル化がある。このようなモデルを使って評価された基準地震動は過小評価であり、認められない。

(2)被告関電が実施した試掘坑弾性波探査の結果、4号炉近傍から3号炉近傍に向けてP波、S波とも速度が低下している。この延長方向の1,2号炉近傍の更なる速度低下が懸念されるが、調査結果が提示されていない。被告関電に、1号炉と2号炉直下近傍における弾性波探査およびPS検層等の調査結果の開示を求める。

(3)提示されている反射法地震探査の深度断面には速度値が記載されていない。また、『屈折法解析結果より、浅部地下構造において低速度帯の顕著な落ち込み構造等はなく、特異な構造を示すようなものは認められなかった(丙28号証19ページ)』と記載されているが、屈折法解析結果は提示されていない。被告関電に、速度値の記載された深度断面や屈折法解析結果等、地盤構造策定の妥当性を正確に判断するための全ての資料の開示を求める。

(4)被告関電は、微動アレイ観測と地震波干渉法によって得た位相速度から逆解析によって地盤速度モデルを構築する際、反射法地震探査、試掘坑における弾性波探査、ボーリング孔におけるPS検層など他の調査結果により低速度の地層の存在が予測されるにも拘わらず、低速度層が解析結果に出ないような恣意的な初期値設定をした解析を行っている。地表付近および地中の低速度の地層が探索できる解析をすべきである。

(5)被告関電は、基準地震動の策定において、震源特性、波動の伝播特性、敷地の地盤特性(サイト特性)の地域性をそれぞれ考慮したと述べ、敷地の構造調査結果を踏まえているので地域性を考慮したと主張している。しかし、地盤特性については恣意的なモデル化を行っており、震源特性と波動伝播特性については地域性を考慮していない。また、基準地震動策定において、不確定性を考慮するとして、断層の形、傾き、アスペリティーの分布、あるいは短周期レベルを1.25倍にするなど、主に断層の形状に関するパラメータを操作するのみで、震源特性に関わる応力降下量、波動伝播特性に関わるQ値などの物性の地域性とその不確定性は考慮していない。基準地震動評価の計算に用いられる物理量は、観測量から推測され、平均値と標準偏差値が得られているはずである。標準偏差は不確定性の指標である。したがって、基準地震動の計算には、不確定性の指標として、サイト特性、波動伝播特性、震源特性のパラメータに、それぞれ物理量の標準偏差値を導入する必要がある。被告関電の提示している基準地震動は、物理量の標準偏差による不確定性の評価が出来ないので、信頼性がない。

以上

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◆原告第35準備書面[3]
第2 丙28号証の地下構造の調査・評価について

原告第35準備書面
 ―被告主張の地域特性に根拠がないことについて― 目次

第2 丙28号証の地下構造の調査・評価について

 1 はじめに

丙28号証の「大飯発電所の基準地震動について」の第2項は「地下構造の調査・評価」とされており、被告関電は、ここで主に「(3)地盤の増幅特性(サイト特性)」を検討している。従って、「地下構造の調査・検討」の内容を順に検討する。

「2.1地下構造の調査」では、地下構造の調査方法として、PS検層、試掘坑弾性波探査、反射法・屈折法探査、微動アレイ、地震波干渉法の各方法があること、それぞれの調査でどの位の深さまで調査できるかが示されている。

地震動の振幅は、震動の伝わる速さ(すなわち、伝播速度)の速いところでは小さく顕われ、遅いところで大きく顕われる。従って、基準地震動策定に意味のある地下構造は、地層毎の震動の伝わる速さである。そこで、地下構造の調査では、伝播速度を明らかにすることが重要になる。

尚、地震動には、S波とP波がある。S波は進行方向に垂直に振動する波動であり、大きな揺れを起こす。P波は進行方向に平行に振動する波動であり、粗密波とも呼ばれる。

 2 PS検層

PS検層は、ボーリング孔の中に地震計(受震器)を設置しておいて、人為的に震動を起こして(起震器)、受震器で震動を観測して、震動の伝わる時間から、深さ毎の伝播速度を測定する方法である。

PS検層の方法には以下のとおり、ダウンホール方式、坑内起震受震方式がある。大飯原発ができた頃には、ダウンホール方式が使われており、抗内起震受震方式は未だ使われていなかった。

「地盤の弾性波速度検層方法」(地盤工学会)等参照 【図省略】

被告関電は、PS検層の調査結果から「ほぼ均質な地盤と考えられる」「敷地の浅部構造に特異な構造は見られない」との結論を導き出している。

しかし、この評価は失当である。

甲357号証 11頁【図省略】

(1)丙28号証によれば、PS検層調査が行なわれたボーリング孔は、3号炉(No.158孔)と4号炉(No.157孔)の直下と(ダウンホール方式)、原子炉から南東に離れたO1-3孔と北西の海岸のO1-11孔だけである(坑内起震受震方式)。1号炉と2号炉直下では検層調査結果データが示されていない。

以下に述べるとおり、3号炉敷地は4号炉敷地よりもS波速度が小さく、南西から北東方向に向かってS波速度が小さくなっている。3号炉のさらに北東方向に、2号炉があり、1号炉がある。2号炉、1号炉敷地のS波速度は、3号炉敷地のS波速度よりさらに小さくなっている可能性がある。従って、1号炉、2号炉敷地のPS検層調査結果データは重要であり、その開示が強くもとめられる。

(2)被告関電は、PS検層調査データをまとめて「S波速度構造」を示し、上記評価を導いている。3号炉(No.158孔)と4号炉(No.157孔)直下のPS検層は、深度150mまで一様に2km/sを上回るデータが示されているが、古いダウンホール方式で実施されたPS検層では挟在している低速度層は測定できないから、低速度層の存在を否定する根拠にならない。
(3)被告関電は、敷地の速度構造は「ほぼ均質な地盤と考えられる」と主張しているが、O1-3孔とO1-11孔では、地表付近と深度100m前後付近に低速度層の存在が認められる。「ほぼ均質な地盤」とは言えない。

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 3 試掘坑弾性波探査

試掘坑弾性波探査とは、原子炉敷地に幾筋も掘られた横穴(試掘坑)内に、適当な間隔で地震計を置き、別の場所で発破や起震器などで人為的に震動を起こして、震動の伝わり方を測定して弾性波(地震波に同じ)の伝わる速さ(伝播速度)を調べるものである。1本の坑道内では地震計は直線状に配置されている(測線と称する)。この測線上やその延長線上で震動を与える屈折法探査と、測線から離れた別の坑道内で震動を与えるファン・シューティングと呼ばれる探査方法があり、これらを組み合わせて岩盤の地震波伝播速度を推定する。

被告関電は、試掘坑弾性波探査調査結果から「解放基盤のS波速度を2.2km/sと評価した」旨主張している。

しかし、被告関電のこの評価は失当である。

(1)1号炉と2号炉の敷地では試掘坑弾性波探査調査は実施されていない。以下に述べるとおり、3号炉敷地は4号炉敷地よりもS波速度が小さく、南西から北東方向に向かってS波速度が小さくなっている。3号炉の北東方向に、2号炉があり、1号炉がある。2号炉、1号炉敷地のS波速度は、3号炉敷地のS波速度よりさらに小さくなっている可能性がある。従って、1号炉、2号炉敷地の試掘抗弾性波探査調査が実施されていないことは問題であり、3号炉及び4号炉敷地の試掘抗弾性波探査結果を評価する際には慎重でなければならない。

(2)S波速度

  1. 調査結果のS波データ68組(本坑【12】と枝坑【13】)の算術的平均値は2.141±0.335km/sであり、被告関電主張の2.2km/sは過大である。
  2. 調査結果のS波データ68組のうち、4号炉側(左側)は速度が速いデータが多く(2.239±0.273km/s)、3号炉側(右側)は速度の遅いデータが多い(2.017±0.369km/s)。68組のデータを並べると、単一の山ではなく、1.8km/sと2.3km/sの二つの山を形成しているのである。
    3号炉側データの算術平均は、被告関電主張の2.2km/sの約1割小さい被告関電はS波速度を2.2km/sと表示しているが、3号炉敷地のS波速度を2.2km/sと表示することは正しくない。丙28号証【12】【図省略】

    丙28号証【13】【図省略】

    甲357号証 9頁【2図とも省略】

  3. 地震動の振幅は、S波速度に加えて、基礎地盤の密度にも影響を受ける(振幅は、インピーダンス(密度×速度)に影響を受ける)。通常、地盤の密度は、S波速度が遅いほど、小さいから、振幅はさらに大きくなる。
  4. 不確定性の考慮
    被告関電は、S波速度を検討するに当たり、不確実性を考慮していない。1標準偏差の不確実性を考慮すれば、3号炉敷地のS波速度は(Vs)1.648km/s、振幅は1.33倍となる。
  5. 以上、被告関電は、基準地震動を少なくとも1~3割過小評価している。

(3)P波速度
被告関電は、P波速度について、特段の評価をコメントしないまま、「地下構造の調査・評価」のまとめ部分である「地盤速度構造(地盤モデル)の評価」で、地盤表層のP波速度を「4.6km/s」としている。S波速度と同じ問題がある。試掘孔弾性波探査結果の算術的平均は4.390km/s±0.669km/sであり、4.6km/sは過大である。さらに3号炉敷地のP波速度は4.218±0.814km/s、4号炉敷地は4.526±0.498km/sであって、3号炉敷地のP波速度が明瞭に小さい。

 4 反射法地震探査

反射法地震探査とは、探査測線上に密な間隔で多数の地震計を設置し、探査測線に沿って震源車が一定の間隔で起震して、地下の不均質構造(速度の異なる地層や断層など)によって反射してくる地震波(反射波)を測定して地下構造を探査する方法である(歴史的には、医療分野で広く用いられている超音波エコー検査は、石油探査のための反射法地震探査のデータ処理技術が応用されたもの)。

丙28号証【15】【図省略】

被告関電は「500m位まで反射面が確認され、その範囲内では特異な構造は認められない」と主張している。

丙28号証【17】【図省略】

(1)しかし、通例、深度断面に記載されるはずの速度値が記載されていない。
(2)「特異な構造は認められない」と記載されているが、震度断面図からは層境界の不連続部分が認められる。

甲357号証 10頁【図省略】

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 5 微動アレイ探査と地震波干渉法

地震が無くても地面は常に揺れている。微動アレイ探査は、この人が感じないくらい微小な揺れ「微動」を、高感度地震計を下記図のように並べて観測して、微動の伝播性状から地下構造(速度構造)を推定するものである。

重要なのはS波速度であるが、P波速度も求まる。対象周期範囲は、対象とする深さによるが丙28号証では0.5秒以上を対象にしている。

(株式会社日本地下探査HPから)【図省略】

丙28号証【20】【図省略】

地震波干渉法は、以下のような方法である。地表面は海の波浪などにより常に震動している(脈動と呼ばれる)。この震動を広い範囲に配置した多数の地震計で長期間(例えば数ヶ月間)計測し、異なる地点での記録に数学的な処理(相互相関)を施すことにより、地点間の震動の伝播様式を抽出する。丙28号証23頁の図によると、関電は若狭湾沿岸の音海半島と大島半島などに10点の観測点を設置し、約5ケ月間、周期1秒程度以上の長周期の脈動を観測し、これを表面波(地表面に沿って伝わる地震波)と解釈して伝播速度(位相速度)を求めたようである。

微動アレイ探査と地震波干渉法から周期毎の位相速度が明らかになる。

甲357号証 10頁 丙28号証 【24】 位相速度分散曲線 【図省略】

被告関電は、この位相速度を解析して(ハイブリッドヒューリスティック探索という解析方法)下記の速度構造を推定している。

丙28号証【27】【表省略】

丙28号証【26】【図省略】

(1)被告関電は、地下深くなるほどP波速度、S波速度が単調増加しているという前提で、位相速度を解析して、速度構造を推定している。

しかし、位相速度分散曲線には山谷があり(赤い矢印)、深くなるにつれて単調に増加しているわけではないことが予想される。

そしてハイブリッドヒューリスティック探索の手法は、そのような場合にも対応できる解析手法である。

そうであるのに、被告関電は、単調増加と決めつけて解析しており、低速度層の挟在が隠された可能性がある。恣意的に解析されたとの批判を免れない。

(2)被告関電は、上記解析で、第1層Vs=0.5km/sの次の第2層はいきなりVs=2.2km/sまでジャンプさせており、0.5~2.2km/sの速度層は存在しないと決めつけて解析している。しかし、反射法地震探査結果によれば「地下500m位まで反射面が確認され」たとされているのであって、伝播速度の異なる層が存在することが明らかになっている。被告関電解析結果は、この調査結果と矛盾している。

丙28号証 【17】【図省略】

(3)被告関電は、第2層のS波を2.2km/s、P波を4.6km/sとする。S波速度は試掘抗弾性波探査調査結果から設定されたものであるが、P波速度は示されていない。68組の観測データの算術平均は4.6km/sではなく、4.44±0.53km/sである。P波を4.6km/sとするのは過大かつ恣意的である。

(4)被告関電は、様々な調査結果を踏まえたとして、地下構造の結論としての上記の地盤モデルを示している。

  1. しかし、低速度帯の挟在が隠された可能性のあることは、既に指摘したとおりである。
  2. 被告関電は、この結論的な地盤モデルの表層をVs=2.2km/sとする。しかし、解析結果のモデルで、地表から80mまで存在するVs=0.5km/s、Vp=2.0km/sの層が、理由が示されないまま削除されている。
  3. そして被告関電は、地震動の策定を、Vs=0.5km/s、Vp=2.0km/sの層を割愛したこの地盤モデルを用いて行なっている。
  4. 被告関電の上記モデルによる理論分散曲線と、解析結果そのままのモデルによる理論分散曲線とを比較する。上記モデルによる理論分散曲線は、観測された位相速度(丙28号証24頁)とは周期1秒以下で差異が大きくなり、著しく異なった位相速度を示すことが理解できる。被告関電は、自ら調査して得た結果に適合しない地盤モデルで基準地震動を評価するという誤りをおかしている。

甲357号証 12頁【図省略】

 6 減衰定数

被告関電は、地盤特性に関して、速度構造について部分的な検討を行なっているものの、基準地震動評価に重要な減衰定数については全く説明がない。

被告関電は、敷地地盤の減衰特性を明確にすべきである。

 7 不確かさの扱いについて

以上、地盤特性(サイト特性)は立地条件への適合性を判断するために調査されるものであるが、技術上の諸問題があるため、不確かさのあることを免れない。従って、地盤構造モデルは単一のモデルで検討するのではなく、不確かさを考慮して、例えば1標準偏差の範囲でどのように結果が変わるか検討する必要がある。

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◆原告第35準備書面[2]
第1 はじめに

原告第35準備書面
 ―被告主張の地域特性に根拠がないことについて― 目次

第1 はじめに

被告関電は、地震動の想定に地域特性の把握が重要であるとして、「地震動に影響を与える特性である、(1)震源特性、(2)伝播特性、(3)地盤の増幅特性(サイト特性)が重要な考慮要素となる。」「特定の地点における地震動を想定するには地域性の考慮が不可欠」である(関西電力準備書面(3)[17 MB]17~18頁)と主張している。

関西電力準備書面(3)[17 MB] 16頁 【図省略】

そして、大飯原発の基準地震動も地域特性を考慮して策定したとして「最新の地震動評価手法(「震源特性」と地下構造による地震波の「伝播特性」及び「地盤の増幅特性(サイト特性)」を、地域性を踏まえて詳細に考慮する地震動評価手法)を用いて、検討用地震の地震動評価を行なっている(「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」の評価)。さらに「震源を特定せずに策定する地震動」も評価した上で、本件発電所の基準地震動Ss-1~Ss-19を策定している。したがって、本件発電所敷地に基準地震動を越える地震動が到来することはまず考えられないところである。」(同上[17 MB]159頁)と主張している。

これに対して原告らは、基準地震動を超える地震の発生する危険性があると批判している。過去に各地の原発で基準地震動を越える地震が繰り返し起きており、それは基準地震動が「平均像」に基づいて策定されているからだと指摘している。被告関電は、基準地震動が「平均像」に基づいて策定されていることを認めながら、大飯原発の地域特性が十分に把握できており、その地域特性に照らせば、基準地震動を越える地震発生の可能性を否定できると主張している。このように地域特性は、被告関電の地震動に関する主張の柱に位置付けられている。

ところが、被告関電は、地域特性のうち、(1)震源特性と(2)伝播特性については、具体的な主張立証を何らしていない。(3)地盤の増幅特性(サイト特性)については、「大飯発電所の基準地震動について(平成27年1月)」(丙28)を提出し、地下構造の調査の結果、敷地浅部には硬質の岩盤が広がっていること、それ以深においても地下構造には特異な構造は認められなかったと主張をしている。しかし、基準地震動が小さくなる方向で、地盤データを曲げて整理し、隠蔽し、地盤のモデル化がなされている。以下、意見書「大飯発電所の基準地震動の策定における問題点 ―地盤の速度構造(地盤モデル)について―」(甲357、赤松純平)に拠り、被告関電の地域特性論を批判する。

◆原告第35準備書面[1]
 ―被告主張の地域特性に根拠がないことについて―
目次

原告第35準備書面
―被告主張の地域特性に根拠がないことについて―

原告第35準備書面[1 MB]

2017年(平成29年)4月28日

目次

第1 はじめに

第2 丙28の地下構造の調査・評価について
1 はじめに
2 PS検層
3 試掘坑弾性波探査
4 反射法地震探査
5 微動アレイ探査と地震波干渉法
6 減衰定数
7 不確かさの扱いについて

第3 震源特性

第4 伝播特性

第5 まとめ

◆原告第34準備書面[5]
4 まとめ

原告第34準備書面
―「断層」とは何か― 目次

4 まとめ

2011年3月11日の東日本大震災とその後の福島第一原発の事故では「想定外」が連呼されたことは記憶に新しいが、この20年ほどの間、日本で発生している地震も、地震により原発が受けた地震動も、繰り返し「想定外」が発生している。

そして、本書面で述べた「想定外」、すなわち、未知の活断層や既存の活断層の延長線での地震の発生、断層の連動、事前に予測できない規模の地震動の発生などは、大飯原発についてもその可能性があることがそのまま当てはまる。

そして、このように短期間で「想定外」を繰り返しているのに、本質的に原発を稼動させるための基準である、現在の「新」規制基準であれば原発の安全性を担保できる、と考えるのは、地震に関する科学の発展状況を大きく見誤ったものといわざるを得ないだろう。

関西電力や被告国はこれまでも、そしてこれからも、科学的らしさを装った立証を行うが、そもそも、現在の地震に関する科学の到達水準は「想定外」を常に繰り返している段階のものであることを大前提にしなければならない。

とくに、被告関電や被告国が地震動を増幅させる要因と主張する「地盤特性」「地域特性」に関する議論は、少なくとも原発に関する限り常に後付けであり、そのような特性が事前に発見されて実際に発生した地震で実証されたことはないし、そのような「特性」自体について、すべて解明されたわけでもないことは極めて重要である。

以上

◆原告第34準備書面[4]
3 原発近傍で起きた「想定外」の地震の典型例としての2007年中越沖地震

原告第34準備書面
―「断層」とは何か― 目次

3 原発近傍で起きた「想定外」の地震の典型例としての2007年中越沖地震

 (1)地震の概要

2007(平成19)年7月16日、新潟県中越沖(震央は北緯37度33.4分、東経138度36.5分とされる)、深さ約17km で、マグニチュード6.8の地震が発生した。この地震により新潟県長岡市、柏崎市、刈羽村、長野県飯綱町で最大震度6強を観測し、震源地に近い長岡市、出雲崎町、刈羽村をはじめとして、多くの市町村が被害を受けた。新潟県によると死者は15人、重軽傷者は2345人にのぼる。
震央から東京電力柏崎刈羽原子力発電所はおおよそ14~16km(構内が広いため)の距離にある。

 (2)事前に東京電力が震源海域を調査していたのに地震を予測できなかったこと

東京電力は、地震が発生したとされる海域を事前に調査したとされており、地震の4年前の2003(平成15)年には、当時の原子力安全・保安院の指示に基づき、通称「15年報告」と呼ばれる報告文書を提出していた、と東京電力は主張している。

ここでは柏崎の沖合に最大20kmの断層が存在する「可能性がある」とされ、評価を行ったところ、「全ての周期帯で、重要設備の設計に用いる基準地震動S2 を余裕を持って下まわるものであったことから、安全上の影響ないと判断した」とされた、と東京電力は地震後の2007(平成19)年に作成した別文書で述べている(甲356)。
なお、『[新編]日本の活断層』(1991年 東京大学出版会)では、震源域を含む「45長岡」の図において、中越沖は全くの空白となっている。

(図2:『[新編]日本の活断層』45 長岡)【図省略】

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 (3)東京電力が地震前に保安院に提出した報告書が紛失していること

原告第33準備書面で指摘した通り、今日、被告国は行政文書である「15年報告」を紛失したとして開き直っており、東京電力の報告が本当にあったのかすら疑わしい。

いずれにせよ、断層は認識されず、仮にされていたとしても、「安全上の影響ないと判断」されていたのである。

 (4)実際の地震でも地震断層は発見されなかったこと

新潟県中越沖地震の後、2008(平成20)年1月11日に政府の「地震調査研究本部」がまとめた「平成19年(2007年)新潟県中越沖地震の評価(主に断層面に関する評価)」(甲352)では、

「平成19年(2007年)新潟県中越沖地震(以下、新潟県中越沖地震)は、大局的には南東傾斜(海から陸に向かって深くなる傾斜)の逆断層運動により発生した。また、震源域北東部では北西傾斜(陸から海に向かって深くなる傾斜)の断層も活動したと考えられる。今回の地震に伴う、海底でのずれは確認できなかった。しかし、余震分布から推定される南東傾斜の断層面の浅部延長は、既知の活断層に連続している可能性がある。」

(下線および傍点【Webでは太字で掲示】は原告代理人が付した)などとした。

結局、この地震については、地震海域で海底の地震断層は発見されず、震源断層のモデル化すら「大局的」にしかできなかった。また、既知の断層と震源断層の関係も特定できなかった。

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 (5)柏崎刈羽原発の甚大な被害

この地震が発生したとき、東京電力柏崎刈羽原子力発電所は2号機、3号機、4号機、7号機が稼働中であったが、柏崎刈羽原発は、想定を大きく上回る地震動に見舞われた。

※東京電力「柏崎刈羽原子力発電所の耐震安全性向上の取り組み状況」より 【表省略】

※新潟県ホームページ「想定外の揺れに襲われた柏崎刈羽原子力発電所」(甲354)【表省略】

「解放基盤表面」での地震動は、1号機では基準地震動S2の450ガルを大幅に上回る最大1699ガルと推定され、2号機は1011ガル、3号機は1113ガル、4号機は1478ガルと、基準地震動S2を大幅に上回った。本訴訟の訴状36頁で「既往最大」との関係で述べた「1699ガル」とはこの数値が根拠となっている

1~4号機で観測された加速度も、設計値との関係で、水平方向で2.5倍から3.6倍、鉛直方向で1.2倍から1.7倍、上回った。

この地震により、柏崎刈羽原発は甚大な被害を受けた。判明しているだけで、3号機脇の変圧器で火災発生、6号機原子炉建屋天井クレーン継ぎ手破損、6号機・7号機での放射能漏れ、地震直後に緊急挿入された7号機の制御棒1本が事故後に引き抜けなかったこと、使用済み燃料プールの溢水などの事故が起きた。

以下に、旧原子力安全・保安院が撮影したものを中心にいくつかの写真を示す(甲353)。

<写真9 3号機タービン建て屋脇の変圧器の火災の後 原子力・安全保安院撮影>【省略】

<写真10 3号機の建屋脇の地盤の沈下 原子力・安全保安院撮影>【省略】

<写真11 3号機の排気塔に続く排気ダクトのずれ 原子力・安全保安院撮影>【省略】

<写真12 2号機の主変圧器の基礎ボルトが完全に破断している状況 原子力・安全保安院撮影>【省略】

<写真13 2号機の主変圧器の基礎地盤が沈下している状況 原子力・安全保安院撮影>【省略】

<写真14 2号機の排気塔に続く排気ダクトずれ 原子力・安全保安院撮影>【省略】

<写真15 2号機排気塔基礎地盤の沈下原子力・安全保安院撮影>【省略】

<写真16 2号機原子炉建屋の基礎脇地盤の沈下 武本和幸氏撮影>【省略】

<写真17 2号機海水ポンプの基礎地盤沈下 武本和幸氏撮影>【省略】

 (6)2~4号機について設備健全性の報告書が提出されていないこと

この地震の後、1号機及び5~7号機については、「新潟県中越沖地震後の設備健全性に係るプラント全体の機能試験・評価報告書」が旧原子力安全・保安院に提出された。

しかし、2号機、3号機、4号機については、地震から10年経った現在でも、東京電力から国に対して、設備健全性に関する報告書すら提出を確認できないのである(甲354)。

<東京電力のホームページ 2~4号機について報告書の掲載がない>【図省略】

この地震による柏崎刈羽原発の被害状況が全て明らかになっているとは言い難いのが現状であり、幸いにして過酷事故は免れたが、この地震により、柏崎刈羽原発が過酷事故に陥る危険があったことは否定できないだろう。

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 (7)地震が発生し甚大な被害が出てから原因探しが始まったこと

東京電力は、2007年新潟県中越沖地震のあと、すでに述べた「15年報告」を公表しなかったことについて不合理きわまりない弁解を開始し、同時に、基準地震動や各号機の設計値を大きく超える地震動が発生し、特に1~4号機でその傾向が顕著だったことについて、後付けの調査を始めた。

その結果、

  1. この地震の震源が同程度の規模の地震の1.5倍の地震動を発生させる特性を持っていること
  2. 4~6kmの深部地盤の傾きにより地震波が2倍程度増幅したこと
  3. 発電所の敷地地盤の地下2kmくらいのところに古い褶曲構造があり1~4号機側の地震動がさらに2倍程度強まった

などというもっともらしい理由を後から探し出した。

そして、それにも関わらず、2011年3月11日の東日本大震災に際して東京電力はなすすべがなく、福島第一原子力発電所が過酷事故を引き起こしたのである。ここでも、東京電力は、過酷事故に至る原因を、事前に予測しなかったのである。

 (8)小括

この2007年の新潟県中越沖地震については以下のことが言える。

  • 活断層が認識されていなかった海底で地震が発生したこと
  • 地震後も海底の地震断層が発見されなかったこと
  • 営業中の原子力発電所の構内で想定を遙かに上回る地震動が発生したことについて事前に原因を予測できなかったこと
  • その原因を後付けで探し出したこと
  • マグニチュード6クラスの地震でも原発の重要設備に深刻な損害が生じた可能性があり、10年が経過した現在も設備健全性に関する報告書が提出されていない原子炉が3つあること

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◆原告第34準備書面[3]
2 「想定外」の地震の典型例としての1995年兵庫県南部地震(神戸大震災)

原告第34準備書面
―「断層」とは何か― 目次

2 「想定外」の地震の典型例としての1995年兵庫県南部地震(神戸大震災)

 (1)兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)の概要

1995年1月17日に発生した兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)は、淡路島と神戸市の間にある明石海峡付近の深さ約14kmまたは約18kmを震源とするマグニチュード7.2の地震であった(甲344「兵庫県南部地震の概要」)。地震を引き起こした断層の長さは約50kmとされている。死者6434名を出し、神戸市や淡路島を中心にして大きな被害が出た震災として記憶されている。

 (2)発見されている地震断層の一部(甲345参照)

この「約50km」とされる震源断層は、全体として、「右横ずれ断層」とされる。

このうち、我が国の義務教育で身につける程度の知識でそれと認識できる断層(地表地震断層)が現れているのは、淡路島の北部にある「野島断層」約10kmである。

現在、野島断層の一部は「北淡震災記念公園」として保存されており、見学することも可能である。

写真1~4は、北淡震災記念公園の北西側から南西側を順に、すべて南東方向に向けて撮影した写真である。いずれも「断層線に沿って手前側に立った場合、向こう側が右側にずれた」、右横ずれ断層を見てとることができる(各写真の赤矢印がずれの方向性とおおよその長さを示している)。横ずれの幅はメモリアルハウスの南壁(同公園の南西の端)では、1.2mにも達する。

<写真1 北淡震災記念公園北東側>【省略】
※U字溝がZ字に折れ曲がっており右横ずれを見てとれる

<写真2 北淡震災記念公園 写真1の南西側>【省略】
※青い丸の点、橙の丸の点が一致していたところ右横ずれを起こしていることが分かる

<写真3 写真2の南西側にあるメモリアルハウス北壁 写真4 同南壁付近>【省略】※写真3は塀がZ字に折れ曲がっており右横ずれを見てとれる
※写真4は花壇のレンガの位置がずれており「120cm」の右横ずれを見てとれる

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 (3)神戸市側では断層が地表に現れておらず将来も発見できないとされていること(甲346参照)

しかし、兵庫県南部地震において、このような右横ずれ断層が発見されたのは淡路島の野島断層だけであり、「神戸側では国土地理院等の調査でも、地表に地震断層は確認され」なかった(甲  印字8頁の4項)。それのみならず、神戸側の「六甲断層系」については、「実際、今回の地震では神戸側に地表に地震断層が現れなかったので、未来の人間が六甲断層系でトレンチ調査をしても、1995年の地震は認識されず、繰り返し周期を長く見積もることになるだろう。」(甲  印字13頁6項)とされる。

地震断層を発見できない、ということは、将来の人類が既知の「活断層」から1995年の兵庫県南部地震の規模を推計する際にも誤りが生じる、ということを意味する。

 (4)神戸市側でも建物に大きな被害が出たこと

しかし、阪神・淡路大震災で多くの死者が出たのは大都市であった神戸側である。神戸市内では建物の倒壊が多く発生し、これが犠牲者を増やす原因となった。

倒壊したのは民家ばかりではない。神戸市の中心街である三宮周辺のビルにも大きな被害が出た。

例えば、神戸市役所の2号館(神戸市中央区加納町6-5)は、地震動により6階部分が押しつぶされた(左)ため、6階より上の部分を取り除いた上で今日まで使用継続されている(右)。

<写真5 神戸市役所2号館>1995年1月18日(左) 2016年10月30日(右)

このように中層階が押しつぶされたようになった建物は神戸市役所だけではない。フラワーロードを挟んで、神戸市役所2号館のほぼ向かい(北東側)にあった明治生命ビル(神戸市中央区磯上通8-3-5)も中層階が座屈するように潰れ(左)、立て替えを余儀なくされた(右)。

<写真6 明治生命ビル(建て替え後の現明治安田生命ビル)>
1995年1月18日(左) 2016年10月30日(右)【省略】

フラワーロード沿いにある、県や市が出資する複合施設である「神戸国際会館」(神戸市中央区御幸通8-1-6)も同じような形で押しつぶされ(左)、立替を余儀なくされた(右)。

<写真7 神戸国際会館>
1995年1月18日(左) 2016年10月30日(右)【省略】

JR三宮駅の前にあるそごう神戸店(神戸市中央区小野柄通8-1-8)は建物の中程に亀裂が入り(左)、その部分のみ、立替をして使用している(右)。

<写真8そごう神戸店>
1995年2月3日(左) 2016年10月30日(右)【省略】

このように、兵庫県南部地震では、地表に地震断層が現れず、将来にわたって発見することができないとされる神戸側で、公共施設や大企業のビルなどが倒壊する大きな地震動が発生したのである。このような性質をもつ地震動の発生はその時点では「想定外」だったのである。一方で、三宮周辺でも倒壊しなかったビルも沢山あり、その差を明確に説明できるわけではない。

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 (5)断層の連動自体が想定されていなかったこと

兵庫県南部地震は、神戸側において地震断層を発見できないだけでなく、そもそも、野島断層と神戸側の六甲断層系が連動して大きな地震を引き起こすこと自体が全く想定されていなかった。

下記は、被告関西電力も引用することがある活断層研究会編『[新編]日本の活断層』(1991年 東京大学出版会)のうち、淡路島、神戸市周辺の地図をつなぎ合わせ、合成したものであるが、兵庫県南部地震のわずか4年前に出版されたこの本では、図1の淡路島の北端にある赤数字「1」が示す野島断層は淡路島の北端で終了しており、神戸側には全く延長されていない。神戸側の断層帯と野島断層が連動して動く可能性に関する知見も見られなかった。むしろ、その時点では、神戸から兵庫県方面に北西にある番号「6」に英小文字を付した「山崎断層系」が警戒されていた。

この点、同書(1991年段階)では、そもそも「六甲断層系」という言葉すらなく[1]、六甲断層系と淡路島の野島断層が連動して起きた兵庫県南部地震に関して言えば全く「想定外」の地震だったのである。

(図1:『[新編]日本の活断層』76・77・80・81図の合成図)【図省略】

[1] 「兵庫県南部地震の概要」(国土地理院時報1995 No83 6頁)では、「六甲断層系」を諏訪山断層、須磨断層、甲陽断層等からなる、と定義した上、活断層研究会編『[新編]日本の活断層』(1991年 東京大学出版会)437頁を引用するが、同頁は同書の本文最終ページを示しているだけであり、管見の限り同書の該当箇所「76 京都及大阪」(272頁以下)に「六甲断層系」という言葉は見当たらない。Ciniiで「六甲断層系」というキーワードで検索しても兵庫県南部地震以前の論文は該当しない。なお、今日、淡路島と神戸側の断層帯をあわせて「六甲・淡路島断層帯」と把握されるようになった。

 (6)小括

以上からは以下のことが言える。

  • 兵庫県南部地震では事前に想定されていない断層の連動が起きたこと
  • 同地震では約50kmの断層が動いたところ人類が震源断層のうち地表地震断層を確認できたのは淡路島の野島断層10kmの区間だけであること
  • 同地震の神戸側の地震断層は将来にわたって発見できないこと
  • 同地震の断層を発見できなかった区間(神戸側)でも大きな地震動が発生し、甚大な被害が発生したこと

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◆原告第34準備書面[2]
1 「断層」「活断層」「震源断層」「地表地震断層」

原告第34準備書面
―「断層」とは何か― 目次

本書面は1995年の兵庫県南部地震、また、東京電力柏崎刈羽原子力発電所が大きな被害を被った2007年の新潟県中越沖地震を例に、断層とはどのようなものなのか基本的な事項を述べ、あわせて、地震に関する科学の到達点の不確かさを述べるものである。

 1 「断層」「活断層」「震源断層」「地表地震断層」(甲343参照)

地震は大きく分けて海溝型地震と内陸型地震があるとされ、日本国の場合、太平洋岸では海溝型地震が問題になるが、日本海側では主に内陸型地震が問題とされる。

海溝型地震、プレート内地震、内陸型地震の模式図 国土地理院HPより【図省略】

内陸のプレート内でも様々な力が加わっており、それにより生じた割れ目が「断層」であり、その際に発生するのが地震である。

また地下深部で地震を発生させた断層を「震源断層」、地震時に断層のずれが地表まで到達して地表にずれが生じたものを「地表地震断層」などという。そして「断層」のうち、特に数十万年前以降に繰り返し活動し、将来も活動すると考えられる断層のことを「活断層」と呼ぶ(第四紀(260万年前以後)中に活動した証拠のある断層すべてを「活断層」と呼ぶこともある)。地下に隠れていて地表に現れていない「活断層」もたくさんあるとされる。

このように「活断層」の定義からして一定しないし、人類が発見できていない活断層や、活動性がないと考えたものが実は活動性をもっていることがあとから判明することもある。そもそも未発見の断層を「活断層」の定義に含むのであれば、「断層がない場所でも大地震は発生し得る」と言っているに等しい。

地震断層と震源断層 国土地理院HPより【図省略】

我々は、新聞記事や、様々なテキストの類で、地図の上に赤い線を引かれると、それが「断層」であり、かつ、将来発生する地震の震源、周期、規模を規定するものと思いがちであるが、必ずしもそうではなく、例外に満ちあふれていることを肝に銘じなければならない。

◆原告第34準備書面[1]
―「断層」とは何か―
目次

原告第34準備書面
―「断層」とは何か―

原告第34準備書面[770 KB]

2017年(平成29年)4月28日

目次

1 「断層」「活断層」「震源断層」「地表地震断層」

2 「想定外」の地震の典型例としての1995年兵庫県南部地震(神戸大震災)
(1)兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)の概要
(2)発見されている地震断層の一部
(3)神戸市側では断層が地表に現れておらず将来も発見できないとされていること
(4)神戸市側でも建物に大きな被害が出たこと
(5)断層の連動自体が想定されていなかったこと
(6)小括

3 原発近傍で起きた「想定外」の地震の典型例としての2007年中越沖地震
(1)地震の概要
(2)事前に東京電力が震源海域を調査していたのに地震を予測できなかったこと
(3)東京電力が地震前に保安院に提出した報告書が紛失していること
(4)実際の地震でも地震断層は発見されなかったこと
(5)柏崎刈羽原発の甚大な被害
(6)2~4号機について設備健全性の報告書が提出されていないこと
(7)地震が発生し甚大な被害が出てから原因探しが始まったこと
(8)小括

3 まとめ