◆原告第64準備書面
第1 被告関西電力準備書面16について

原告第64準備書面
-被告関西電力準備書面(16)に対する反論等-

2019年7月26日

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第1 被告関西電力準備書面16について
1 被告関西電力の主張
2 震源断層モデルがスケーリング則に整合していても観測点での地震動が過小評価となっている危険性があること
3 入倉他論文(丙232)の問題点


第1 被告関西電力準備書面16[12 MB]について


 1 被告関西電力の主張
被告関西電力は、大飯発電所の基準地震動評価に用いている入倉・三宅の式によるスケーリング則の妥当性が各方面から検証されていると述べ、基準地震動が過小評価ではなく耐震安全性は確保されていると主張し、具体的には熊本地震に関する入倉他の論文(丙232[10 MB])や原子力規制庁の報告(丙206[15 MB])、引間・三宅(丙233[3 MB])などを引用している。

しかし、これらの主張は、算定される地震動が過小評価となっているとの原告の主張に対する反論としては的外れであり、失当である(甲497)。熊本地震の断層モデルが入倉・三宅の式によるスケーリング則と整合するとしても、観測点での地震動が過小評価となっている危険性は全く否定できない。
いわんや、地震発生前に限りある情報から策定される基準地震動においては予測精度はさらに悪くなるため、過小評価の危険性はより顕著であり、耐震安全性は何ら担保されない。

そこで以下、震源断層モデルがスケーリング則と整合していても地震動が過小評価となっている危険性は全く否定できないこと、それどころか、地震発生後の強震観測記録を用いた後追い予測の場合ですら、個々の観測点での合成波形と観測波形との一致度(再現性)は観測点によって0.2~5倍の範囲で変動し、標準偏差は1.7倍に達すること、地震動の算定にとって重要な要素である強震動生成域(SMGA)の位置が確定されないことから、地震動が過小評価となっている具体的な危険性があることについて述べる。
なお、被告関西電力が引用している上記論文等はいずれも熊本地震(のモデル断層)がスケーリング則に整合していると述べる点で同じ内容であるため、以下、入倉他の論文(丙232[10 MB])を例に述べる。

 2 震源断層モデルがスケーリング則に整合していても観測点での地震動が過小評価となっている危険性があること

  (1) 概要

上記のとおり被告関西電力は、熊本地震に関する入倉他の論文(丙232[10 MB])を引用するなどして、入倉・三宅の式についてはスケーリング則に整合しておりその妥当性が検証されていると主張している。

なぜそのように熊本地震(のモデル断層)が震源断層面積と地震モーメントについてのスケーリング則に整合しているのかの理由は、1つには波形インヴァージョン結果の断層モデルをトリミングにより修正するためであり、もう1つには関係式の標準偏差が大きいことから(0.72~1.38倍)、それだけ「整合している」となる範囲が広いためである。しかし、スケーリング則に整合していても、個々の観測点での波形の一致度(再現性)は大きくばらつき、さらには強震動生成域(SMGA)も確定しないという問題があるため、強震動予測との関係では、ある地点において、モデル断層から計算された地震動が過小評価になっている危険性を払拭できることにはならない。スケーリング則に整合するかどうかと、地震動が過小評価かどうかとは別個の問題なのである。

  (2) 自己矛盾のない解析方法であること

入倉他(丙232[10 MB])は、先行して発表された3つの論文を引用して熊本地震(のモデル断層)が地殻内地震のスケーリング則に整合する標準的な地震であることを論じているが、それらの論文における断層モデルのセグメントは1枚から4枚と枚数が全く異なっており、面積も756平方キロメートルから1344平方キロメートルと1.78倍もの開きがある上、基準地震動の策定に最も重要なアスペリティの位置に至っては水平方向に10キロメートル程度、深さ方向に5キロメートル以上の違いがあるにもかかわらず、いずれのモデル断層もスケーリング則に整合しているとの結論となっている。これほど多種多様なモデル断層であるのに全て「整合」する理由は、インヴァージョンによって求まるすべり量の小さい領域はトリミング基準によって除外するという、自己矛盾のない解析方法に拠っているからである。

ここでいうトリミング基準とは、Somerville et al.(1999)のトリミング法(trimming criterion)を指す。すなわち、多くの場合、断層破壊面は全ての破壊領域を含むよう大きめに仮定されるのでトリミング基準(trimming criterion)によって小さくする。n×m個の要素断層で構成される矩形断層面において、インヴァージョンによって各要素のすべり量が推定されたとして、断層面の縁(ふち)の要素の行または列の平均すべり量が全断層面の平均すべり量の0.3未満である場合、その行または列を断層面から除外する。最初に最小のすべり量の行または列を除外して平均すべり量を基準化し、縁の全ての列と行のすべり量が全体の平均すべり量の0.3以上であるようになるまでこの操作を繰り返す。

このように、トリミング基準により全断層面の平均すべり量の0.3未満である断層面の縁の要素の行または列は除外され、同様の操作が繰り返されて縁の全ての列と行のすべり量が全体の平均すべり量の0.3以上になるまで行われる。トリミング操作によりすべり量の小さい領域は除外するという自己矛盾のない解析方法であるが故に、スケーリング則に整合しているとの結論となるのである。

さらに、強震動の生成に大きく関係するアスペリティも、類似の手法であるSomerville et al.(1999)のアスペリティ設定の手続きに従って求められるため、やはりスケーリング則に整合しているという結論になってしまう。

このような自己矛盾のない解析方法が採用されている以上、多くの地震がスケーリング則に整合しているとの帰結に至る。

  (3) 「整合している」と判定される範囲=標準偏差が大きいこと

このように、震源断層モデルがスケーリング則に整合しているとされるのは、そもそも波形インヴァージョン結果の断層モデルをトリミングにより修正するからであるが、さらに、「整合している」とは1標準偏差内に収まっているという意味であるところ、1標準偏差内に収まるということは、平均値の1.38倍あるいは0.72倍に収まっているということを意味している。

「整合している」といっても、実際には、最小と最大とで2倍近い開きがあり得るのである。「整合している」と判定する範囲をそれだけ広く取れば、多くの震源断層は「スケーリング則に整合している」と結論されることになってしまう(平均値の1.39倍以上か、あるいは0.71倍以下の場合に初めて「整合していない」という結論となる。)。

このように、スケーリング則に整合しているといっても、実際には平均値の0.72倍から1.38倍という大きな幅があるのである。

  (4) 個々の観測点での波形の一致度(再現性)は大きくばらつくこと

入倉他(丙232[10 MB])では、SMGAモデルによる合成波形と観測波形を比較し、波形の一致は満足のいくものであるとしている。ここにいうSMGA(Strong Motion Generation Areas)モデルとは、対象地震の場合、断層面上に強震動が生成される特定の領域(長さ数km~10数km、幅数km)を設定し、それによる強震動を各地点で精度よく算出することを目的としている。その考え方の骨子は、①波形インヴァージョンで得られた断層破壊モデルにおいて、平均すべり量よりも大きいすべり量の領域=アスペリティが強震動に関係する、②強震動は、アスペリティの位置と大きさで定義されるSMGAのみによって生成される、の2点である。

しかし、上記の入倉他(丙232[10 MB])の結論にもかかわらず、実際には、予測と観測値とは乖離しており、大きくばらついている。

次図はSMGA3枚モデルによる合成波形と観測波形の振幅比を示し《図省略》、入倉他(丙232)の図7(8頁)に示された最大値の比であって、この値が1であれば観測値どおりに予測できたことになり、1から外れるほど予測が観測値から乖離していることを示している。この点、速度(次図の下図《図省略》)については最大値が1.30、最小値が0.25と、観測点による分散が大きくなっており、加速度(次図の上図)については最大値が2.41、最小値が0.41と、分散がさらに大きくなっている。約2/5もの過小評価から2.41倍の過大評価まで散在しているということである。特に、概ね加速度300ガル、速度30cm/sを超える震動では、地表観測点(茶色)の合成波振幅が観測値を大幅に超えており、この傾向は速度(次図の下図)よりも加速度(次図の上図)により顕著である。

さらに、SMGA1枚モデルの場合、値の分散は格段に大きくなっている。

すなわち、速度(次図の下図《図省略》)については最大値が2.89、最小値が0.21であり、加速度(次図の上図《図省略》)については最大値が5.43、最小値が0.47となっている。1/5もの過小評価から5.43倍の過大評価まで散在しているということであり、分散がさらに大きくなっているのである。

このように、SMGAモデルによる合成波形と観測波形とは平均的には一致するというものの、SMGAの位置や大きさを震源近傍の観測波形に基づいて求めるという現状では我が国最高水準の精度の高い解析によってさえ、個々の観測点での波形の一致度(再現性)は大きくばらついている。合成波形と観測波形の最大値をその比(合成波形/観測波形)で比較すると最大で5倍程度の乖離が生じており、対数平均から求めた1標準偏差は1.7倍に達する。熊本地震の強震記録によるインヴァージョン解析の結果である合成波形は、地点によっては観測波形の5分の1程度しかないのであり、それだけ過小な帰結となっているということである。このように大きなバラツキが生じている理由は、生成される地震波形が場所・時間によりその性質が変化しており、さらに、波形に影響を与える伝播経路やサイト特性を、後追い予測によってさえ完全に把握することが不可能だからである(これらの要素が、地震動の大きさに影響を与える重要な要素であるということでもある。)。

個々の地点では相当過小評価となっているということは、こと原発の安全性との関係では極めて重大な問題をはらむ。熊本地震の場合のように基準地震動の5倍もの地震動が原子炉等の重要施設で発生すれば、その安全性を確保することが全くできないからである。

  (5) 強震動生成域(SMGA)が確定しないこと

SMGAの位置は断層面上で強震動の震源域を特定したものであるから、SMGAの位置が変われば震源域が変わることになり、そのため観測点での地震動も変化する。よって、SMGAの位置はある地点における地震動の算定において重要な意味を持つ。当然、基準地震動の策定においてもSMGAの位置の設定は非常に重要となる。

然るに、熊本地震に関する断層モデルにおいては、SMGAの位置がすべり量の大きい位置とは大きくずれている。

まずSMGA3枚モデルの場合、SMGAの位置は、Yoshida et al.(2016)のインヴァージョン結果によるモーメント時間関数の大きい位置やすべり分布の大きい位置と整合していない(甲497[1 MB]・図8)。アスペリティの位置(緑破線枠)とは異なる位置にSMGA(青枠)が求まっており、これらも整合していない(同[1 MB]・図5)。

次にSMGA1枚モデルの場合も、以下の断層モデルによれば北東側にすべり量の大きい領域が広がっているが、SMGAとは一部たりとも重なっておらず、正にかけ離れた位置となっている(甲497[1 MB]・図2、10)。

このように、設定されたSMGAの位置とすべり分布の大きい区域やアスペリティとは大きくずれているのであり、SMGAの位置が確定していない。その理由は、断層面の設定では枚数や大きさ、位置、傾きなどが研究者の考えに委ねられており、初期断層面の設定に曖昧さがあるためである(実際、同じ熊本地震についてであっても断層面が論者により1枚から4枚まで設定されており、バラバラである。)。

そして、上記のとおりSMGAの位置は基準地震動の策定において重要な意味を持つため、それが確定しないということは、基準地震動を精度よく策定することができないということに他ならない。基準地震動を正確に策定することは不可能なのであり、過小評価となっている危険性がある。

  (6) 将来予測である基準地震動についてはなおさら過小評価の危険が大きい

しかも、これらは地震発生後においての話である。自己矛盾が生じないようになっているはずの後追い予測でさえこれだけのバラツキがあり、SMGAの位置も確定しないのであるから、地震発生前に策定される基準地震動においては原発敷地での観測記録は当然利用できないため、サイト特性などの正確な情報が得られないことも相俟って、予測の精度はさらに悪くなり、より大きなバラツキが生ずる危険が高いのである。

予測される地震動の5倍を上回るような大きな地震動が発生する可能性が地点によっては十分にあり、過小評価の危険は大きい。

  (7) まとめ

以上のように、波形インヴァージョン解析によって得られる断層モデルは、初期断層面の設定が研究者の考えに委ねられており曖昧さがあるため、地震動の算定に重要な要素であるSMGAの位置を確定することができないこと、SMGAモデルによる合成波形の再現性は、個々の観測点では大きくばらつき、その乖離の程度は最大5倍、標準偏差で1.7倍に達すること、地震発生後に得られた情報に基づく後追い予測においてすらそうなのであるから、サイト特性なども含めた断層面についての的確な情報が得られていない事前予測(基準地震動の策定)においては、予測の精度はさらに悪く、地震動が過小評価となっている具体的な危険性があるのである。

この危険性は、断層モデルが入倉・三宅の式によるスケーリング則と整合しているからといって何ら否定されるものではない。

 3 入倉他論文(丙232[10 MB])の問題点

なお、そもそも入倉他論文(丙232[10 MB])には以下のとおり独自の疑問点があり、その信頼性には大きな疑義がある。そのような信頼性の乏しい論文は、そもそも論拠たり得ないと言うべきである。

  • 入倉他(丙232[10 MB])ではFig.1についてYoshida et al.(2016)を引用したと説明されているが、同論文のモデルとは異なっており、独自に手を入れている。
  • 断層面積、平均すべり量、アスペリティ面積などについて、原論文にない値やそれらと異なった数値を用いており、独自に設定している。
  • 「簡単である」というだけで、合理的理由なく、SMGA(強震動生成域)が1枚のモデルを採用している。
  • 要素断層の大きさや数などについての説明がない。