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◆原告第43準備書面
第1 基準地震動が過小評価であること

原告第43準備書面
-基準地震動の過小評価の危険性(主に島崎氏の証言を踏まえて)-

2018(平成30)年1月12日

第1 基準地震動が過小評価であること

目 次 (←第43準備書面の目次に戻ります)

1 レシピ(ア)と(イ)の適用について
2 レシピ修正に至る経過等
3 被告関西電力がいう「詳細な調査」について
4 被告関西電力がいう「保守的な想定」について
5 活断層として認識できる長さについて



 1 レシピ(ア)と(イ)の適用について

  (1)はじめに

名古屋高裁金沢支部において島崎証人は,被告関西電力が入倉・三宅式の適用を誤っているため,本件原発の基準地震動が過小評価になっていることを明確に証言した(甲382)。島崎証人の結論は,地震本部のレシピの修正を踏まえ,本件原発の基準地震動策定においてレシピ(ア)を用いることは過小評価となる,というものである(同・30~34頁)。

島崎証人は,日本を代表する地震学者として,また活断層ないし活断層調査の専門家として,規制委員会の発足当初の委員に就任し,本件基準地震動の審査についても途中まで担当してきた。本件基準地震動に関し,FO-A~FO-B~熊川断層の三連動や地震発生層の上端深さ3kmを基本ケースとして設定することとなったのも,いずれも島崎証人が委員として尽力した結果であり,島崎証人退任後の審査において本件原発の基準地震動に実質的な変更はない。

島崎証人は,委員退任後,日本海の津波想定について検討している過程で入倉・三宅式による過小評価のおそれに改めて気づき,自らが担当していた審査の見落としを指摘するようになったのであり,国の機関である地震本部もその問題提起を受けてレシピを修正せざるを得なくなっている。もし島崎証人が委員退任以前から入倉・三宅式による予測の問題に気づいていれば,被告関西電力は,レシピ(ア)による基準地震動の策定を行うことはできなかったはずである。島崎証人がこの問題に気づいたのが偶々委員退任後であったため,島崎証人の意見に対して被告関西電力は耳を貸さず,さらにはレシピの修正さえも無視し,再稼働に前のめりになっている。その結果,レシピ(ア)による過小評価が未だにまかりとおっているのである。

基準地震動の審査を担当していた最高責任者の一人が,自ら,本件基準地震動の過小評価のおそれを具体的に指摘したのである。その意味は誠に重大であって,本件基準地震動が過小評価であることが十分に裏付けられたといわなければならない。

  (2)レシピ修正と規制基準の規定について

「基準地震動及び耐震設計方針に係る審査ガイド」(以下「地震動ガイド」という。)I.「3.3.2 断層モデルを用いた手法による地震動評価」の(4)「①震源モデルの設定」1)では,「震源断層のパラメータは,活断層調査結果等に基づき,地震調査研究推進本部による『震源断層を特定した地震の強震動予測手法』等の最新の研究成果を考慮し設定されていることを確認する。」と規定されている。つまり,規制基準は,地震本部の最新のレシピなどによって震源断層のパラメータを設定することを求めているのである。

そして,平成28年12月に「修正」ないし「表現の誤り等を訂正」されたレシピ(甲383,384)では,震源断層モデルの設定に関し,入倉・三宅式に係る(ア)と(イ)についての表題の規定が改められた。また,レシピ冒頭には,「ここに示すのは,最新の知見に基づき最もあり得る地震と強震動を評価するための方法論であるが,断層とそこで将来生じる地震およびそれによってもたらされる強震動に関して得られた知見は未だ十分とは言えないことから,特に現象のばらつきや不確定性の考慮が必要な場合には,その点に十分留意して計算手法と計算結果を吟味・判断した上で震源断層を設定することが望ましい。」という規定が新たに設けられた。こうして,レシピは「最もあり得る地震と強震動を評価するための方法論」に過ぎないことが明記されたのである。つまり,施設の重要性に鑑みて確率は低くとも甚大な被害を及ぼし得る強震動を考慮しなければならない場合については,レシピに記載された方法論に満足することなく,さらに相応の保守性を確保できる手法を模索すべきとのメッセージがより明確に発せられることになった。

続く「特に現象のばらつきや不確定性の考慮が必要な場合」に,とりわけ高度の耐震安全性が求められる原発の基準地震動を策定する場合を含むことは明らかである。レシピを用いて基準地震動を策定する場合,現象のばらつきや不確定性に十分留意して計算手法と計算結果を吟味・判断した上で震源断層を設定することが求められることはいうまでもないが,このような記載を推本が敢えて「表現の誤り等を訂正」する形で新たに盛り込んだのは,原発の基準地震動において「レシピ」が適用されている場面での計算手法や計算結果の吟味・判断が不十分な現状があったからに他ならない。

また,この「計算手法と計算結果を吟味・判断した上で」という規定の具体的な意味について地震本部事務局は,平成28年11月8日に開催された地震本部の強震動評価部会第158回強震動予測手法検討分科会において,「特に(ア)の方法を使う場合には,例えば,併せて(イ)の方法についても検討して比較するなど,結果に不自然なことが生じていないか注意しながら検討していただきたいという趣旨である」と説明している。レシピには従前より,「活断層で発生する地震は,海溝型地震と比較して地震の発生間隔が長いために,最新活動時の地震観測記録が得られていることは稀である。したがって,活断層で発生する地震を想定する場合には,変動地形調査や地表トレンチ調査による過去の活動の痕跡のみから特性化震源モデルを設定しなければならないため,海溝型地震の場合と比較してそのモデルの不確定性が大きくなる傾向がある。このため,そうした不確定性を考慮して,複数の特性化震源モデルを想定することが望ましい」(甲385・1~2頁等)という記載があった。この記載と平成28年12月の修正を踏まえれば,過去の地震記録がなく活断層調査による過去の活動の痕跡から震源断層モデルを設定しなければならない状況で,原発の基準地震動策定のような特に不確定性の考慮が必要な場合には,(ア)の方法のみでは保守的な想定として不十分であることは明白である。

また,レシピの「付図2 活断層で発生する地震の震源特性パラメータ設定の全体の流れ」では,レシピ(ア)は「地震観測等」,レシピ(イ)は「活断層調査」とされている。この記載部分からすると,基本的に,地震観測記録から震源断層を設定する場合は(ア),地震観測記録がなく活断層調査から震源断層を設定する場合は(イ)を用いるというのが本来のレシピの趣旨である。ところが,本文における記載に問題があり,調査がなされている場合でもレシピ(ア)を適用すればよいという誤解を招いていたため,平成28年12月修正のレシピでこの点を明確にしたものである。

設置許可基準規則の解釈(別記2)4条5項2号⑤には,「上記④の基準地震動の策定過程に伴う各種の不確かさ(震源断層の長さ,地震発生層の上端深さ・下端深さ,断層傾斜角,アスペリティの位置・大きさ,応力降下量,破壊開始点等の不確かさ,並びにそれらに係る考え方及び解釈の違いによる不確かさ)については,敷地における地震動評価に大きな影響を与えると考えられる支配的なパラメータについて分析した上で,必要に応じて不確かさを組み合わせるなど適切な手法を用いて考慮すること。」と規定されている。これは,藤原広行氏が「発電用軽水型原子炉施設の地震・津波に関わる新安全設計基準に関する検討チーム」第3回会合において,単にばらつきとして捉えられるような不確かさだけではなく,「認識論的な不確かさとか,あるいは,我々が持っているこのモデルや,そういった知見の至らぬところから生じる限界」についても議論する必要があると提言した結果,記載されるに至ったものである(甲386)。こうして「各種の不確かさ」の考慮を要求する規制基準が,知見ないしモデル自体の不確かさの考慮や必要に応じて不確かさを組み合わせることを要請していることからしても,レシピ(ア)を考慮するだけでは足りないとするのが規定の趣旨に沿うものと言える。またこの審査基準からしても,レシピにおける「特に現象のばらつきや不確定性の考慮が必要な場合」に原発の基準地震動を策定する場合が当たることは明白である。すなわち,修正されたレシピの趣旨としても,原発の基準地震動策定の際には,(ア)の方法を用いるだけでは足りないのである。

  (3)纐纈氏の指摘

推本でレシピの作成・改訂を担当している強震動評価部会の部会長及び同部会強震動評価手法検討分科会の主査を務める,纐纈一起東京大学地震研究所教授も,近時,島崎氏と同氏の指摘を繰り返し行っている。即ち纐纈教授は,島崎氏の問題提起と自身による熊本地震の分析を経た上で,①大地震が起こる前にいくら詳細な活断層調査を実施しても震源断層の長さや幅を推定することは困難であること,②活断層の地震の地震動予測には(ア)よりも(イ)の方法を用いるべきこと,③電力会社が採用している(ア)の方法では過小評価になること,を述べているのである(甲387,甲388等参照)。

こうして,いずれもわが国の地震動研究の第一人者であり,片や規制委員会で本件基準地震動の審査に関わってきた島崎氏と,片や推本でレシピの作成・改訂を担当している強震動評価部会の部会長等を務める纐纈教授とが,一致して(ア)の方法によるだけでは過小評価であるとの指摘を繰り返し行っているのである。これらの事実は,本件基準地震動の過小評価性を十分に証明している。

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 2 レシピ修正に至る経過等

  (1)事実経過

   ア 試算結果
島崎氏は,陳述書において,本件原発の基準地震動が過小評価であるおそれについて指摘した。このことがマスコミ等でも報道されたが,平成28年6月2日付中国新聞の記事では(甲389),原子力規制庁及び島崎氏は,平成26年の時点で,長沢啓行大阪府立大学名誉教授の指摘を受けて,入倉・三宅の式による過小評価のおそれを認識していたものの,対応を先送りしていたことが明らかとなっている。島崎氏は,長沢氏の指摘について,「ポイントを突いた議論だった」と述べている。

こうした状況を無視できなくなった原子力規制委員会は,同月26日,島崎氏を招聘して面談し,その際に他の式で本件下発の基準地震動を再計算するよう指摘を受けたことから,同月20日の会合において再計算を行うことにせざるを得なくなった(甲390,391)。その結果,7月13日の会議で,入倉・三宅の式を武村式に入れ替えたときの本件原発の基準地震動の試算結果が報告された。その結果は,入倉・三宅の式を用いた従来の評価と比較すると,地震モーメントが3.49倍,短周期レベルが1.51倍(後に1.52倍に修正),アスペリティ応力降下量が1.58バイトなり,基準地震動に至っては約1.8倍になるというものであった(甲392)。ところが原子力規制庁は,武村式の試算結果について短周期を1.5倍する等の不確かさの考慮を行わなかったため,これを用いても従前の基準地震動のレベルに収まるという結果になるとし(同),よって基準地震動の見直しは必要ないとの報告を行った。

こうして田中委員長は,この問題の「打ち切り」を宣言したのである(甲393)。同日の記者会見において同人らは,結果を見て島崎氏が納得したかのような発言を行った(甲394)。

   イ 島崎氏との再面談
ところがこれに対して島崎氏が,今回の委員会の議論や結果については納得していないこと,同じ条件を設定すれば武村式を用いた場合の地震動は近似値で1080ガルとなること,短周期1.5倍のケースでは1550ガルにも成ること等を述べ,再計算を求めた(甲395,396)。

そこで7月19日,委員会は再度島崎氏と面談を行った。この面談において規制庁側は,武村式で算出した地震モーメントを前提としてレシピに従い計算すると,アスペリティの総面積が断層面積の倍近くになり「入り口のところでつまづいてしまう」こと,アスペリティ応力降下量の算出につき短周期レベルと矛盾しないものを算出するという方法で22.3MPaとしたが,背景領域の応力降下量が普通に理解されているものの3倍程度になってしまうなどと述べた(甲397別紙)。これに対し島崎氏は,規制庁の試算結果について,断層面積が同じ状況で地震モーメントが3倍になるということは,ずれの量が3倍になるということであり,応力降下量も大きくなることから,「それは矛盾ではなくて,最初の式を変えた結果そのもの」であり,「きちんとパラメーターを選んで頂いている」と評価した(同)。さらに,地震本部や中央防災会議でも入倉・三宅の式以外の式に基づいて震源の大きさを推定して地震動を求める手法が用いられていることから,同式を用いなくてもよいのではないかということや,最新の強震動観測記録の利活用,強震動の専門家の提案の検討,複数機関への計算の依頼などを提案した。また,武村式を用いた場合でも短周期レベル1.5倍の不確かさの考慮を行うべきであるとも述べた(同)。

しかし田中委員長は,「これは駄目だといっているのですよ」「今回は無理をしすぎて,やってはいけないことをやった」などと述べ,委員会が出したばかりの試算結果の妥当性を自ら否定した(同)。専門家の意見を聞くことが重要との島崎氏の指摘に対しても,「そういうことをやる余裕はないし,やるべき立場にもない」と述べ,そういったことが可能であるが行わないと述べてこれを排斥した。

   ウ 再度の検討終了宣言
7月27日の会議において,入倉・三宅の式を用いる以外の方法については「科学的・技術的な熟度には至っていない」との発言があるなど,この問題についての検討終了が再度宣言された(甲398)。

  (2)明らかとなった事実

   ア 入倉・三宅の式による過小評価のおそれ
何より,例えば「入倉・三宅式は,ほかの関係式に比べて,同じ断層長さであれば地震モーメントが小さく算出されるという,そういう可能性も有していることは頭に置いてやっていきます」(甲398・10頁),「絶対的に入倉・三宅式がいいと我々は判断しているわけではない」(甲399・6頁)と述べるように,島崎氏が指摘した入倉・三宅の式による過小評価の危険性自体については,規制委員会も規制庁も否定していないということを確認する必要がある。

それにもかかわらず同式を用いる理由として,規制委員会は,同式を用いる以外の手法が地震動評価手法として未確立であるという点を挙げるようである(甲397・25頁)。しかし,そのことと島崎氏の指摘を排斥することとは連動しない。入倉・三宅の式による過小評価の危険性が指摘されているのであるから,例え評価手法が未確立であっても,その分だけ十分に安全側に余裕を持った想定を行うことは最低限の措置として可能であり,それこそが「不確かさの考慮」である。藤原広行・防災科学技術研究所部門長も,規制委員会の結論は島崎氏の指摘に正面から応えていないこと,熊本地震の結果も含めてより時間をかけて検討すべきことを指摘しているところである(甲400)。

   イ 規制庁自身が行った試算結果の重要性

そうした中であってさえ,規制庁が,武村式を用いた場合の地震動評価が入倉・三宅の式を用いた場合に比べて約1.8倍になるという試算結果を示したことは極めて重要である。島崎氏の指摘により,不確かさの考慮で短周期を1.5倍等しなくても試算結果が基準地震動を超える可能性が判明したため(甲395),委員会は試算結果の妥当性を否定することに躍起になったが(甲397「やってはいけないことをやった」,甲399「撤回といえば撤回」),規制庁よりもさらに専門性の乏しい規制委員会に,規制庁が公式に報告した試算結果を全否定できるものではないし,それによって試算結果の意味するところの重大性が減殺されるものでもない(規制庁は妥当性を否定していない。甲401「我々が撤回するのは多分ない」,「そういうことを目的として使うということには,もしかしたら使えるかもしれないとは思います」)。

武村式の適用によって地震動が約1.8倍も大きくなったということは,垂直ないし垂直に近い断層について,仮に入倉・三宅の式による過小評価の性質が,島崎氏の指摘を無視して短周期等の1.5倍の不確かさの考慮で補えるものであると考えても,なお過小評価の誹りを免れないということになる。武村式を盛り込んだ妥当な予測手法を用いた場合,地震動がこれまでの1.8倍以上に大きくなる可能性も否定できないのである。

なお,レシピに従って試算するとアスペリティの面積が断層の面積よりも大きくなるという点(甲397)については,元々被告関西電力は,アスペリティ面積が断層面積の30%を超えた場合はその22%とする方法を採用しているのであるから(甲402・66頁),それと同様の処理を行えば足り,しかもそのことはレシピでも想定されている合理的な処理である(甲385・10頁)。よって,かかる理由付けは結論ありきの口実にすぎない。

   ウ 地震発生前に用いることができるのは震源断層の情報ではない
入倉・三宅の式をめぐる島崎氏の指摘は,地震学者の一定の支持を得ている。

この点に関し島崎氏は,「地震発生前の使用できるのは活断層の情報であって,震源断層のものではない」「断層の長さや面積などの断層パラメーターは,地震発生後に得られるものであって,事前に推定できる値とは異なり,大きくなることが多い」などと,地震発生前の活断層情報を入倉・三宅の式に当てはめた場合の過小評価の危険性について繰り返し指摘していることは既に述べたとおりであり,陳述書でも同旨を述べるが,規制委員会の担当委員として適合性審査の実務に携わった経験を踏まえても,被告関西電力が実施する活断層調査では必要な震源断層の情報が事前には得られないと断言しているということである。島崎氏は6月16日の木瀬委員会での面談時も「事業者はどちらかというと短い断層を好むわけで,地表の観測データから考えられるところを自ら進んで57kmという長い断層を提案する事業者はおそらくいない」と指摘するが(甲390,403),かかる指摘は基準地震動の過小評価の危険性を端的に表現したものである(甲404も参照)。

これに対して纐纈氏も同旨を述べて島崎氏の見解を支持し(甲387),さらに端的に,「原発の耐震評価で用いられている(入倉・三宅の式を用いる)地震動の予測手法を熊本地震に適用すると,地震動は過小評価になることがわかった」とも指摘する(甲405,406)。式の提唱者である入倉氏自身も,「断層面が垂直に近いと地震規模が小さくなる可能性がある」などと述べているところである(甲407)。

   エ 入倉・三宅の式を用いることは相当でない
推本は平成21年に松田式を用いた修正レシピを作成しており,「全国地震動予測地図」での活断層地震の地震動評価等では,(ア)の手法ではなく松田式等による(イ)の手法を基本的に用いており(甲387),最新の「全国地震動予測地図」でも同じく松田式を用いる修正レシピを利用している(甲408,409)。さらに旧原子力安全委員会も,島根原発の耐震バックチェックの際の松田式を用いた修正レシピでの計算を行っている(甲403,410)。そうである以上,本件原発の基準地震動についても,入倉・三宅の式ではなく,松田式を用いた修正レシピを利用することができない理由はない。それなのに意図的にこれを行わなかったのである。

纐纈教授は「松田式を用いた後者の予測手法(注:修正レシピ)で計算した結果の方が,熊本地震の規模と地震動をより正確に再現できる」「(入倉・三宅の式を用いる)電力会社の手法では過小評価になる」(甲387)と述べており,さらに,「活断層が起こす揺れの予測計算に,地震調査委は09年の方式(注:修正レシピ)を使う。規制委が採用する方式(注:入倉・三宅の式を用いる方式)の計算に必要な『断層の幅』は詳細調査でも分からないからだ。これはどの学者に聞いても同じで規制委の判断は誤りだ」とまで述べている(甲411)。

震源断層について何らかの調査を行ったとしても,入倉・三宅の式による過小評価の危険性は何ら低減されないのであるから,同式を用いることは相当でないことは明白である。

  (3)レシピ修正に至る地震本部での議論

そもそも平成28年12月にレシピが修正されたことは,島崎証人が証言するように「非常に異例のこと」(甲382・31頁)であり,そのように異例の修正が行われた背景には,入倉・三宅式に係る島崎証人の問題提起によって規制委員会で本件基準地震動の再検討が行われマスコミにも取り上げられたことがある。このレシピ修正に至るまでには,地震本部で,少なくとも以下の分科会及び部会で検討され,平成28年12月9日の第298回地震調査委員会で最終的に決定されている。

上記で若干述べた事とも重複するが,情報開示資料も含めて以下改めて確認する。

  • 強震動予測手法検討分科会
    平成28年 7月15日第156回
    平成28年 9月 7日第157回
    平成28年11月 8日第158回
  • 強震動評価部会
    平成28年 9月14日第152回
    平成28年11月15日第153回

情報開示された資料には黒塗りが多く不明な部分も多いが,第156回強震動予測手法検討分科会及び第152回強震動評価部会での議論状況は議事概要からある程度分かる。

第156回強震動予測手法検討分科会の議事概要によると,★★(纐纈一起主査か?)より,レシピから(ア)の手法を削除した方がよいという提案があった。これに対し△△(入倉孝次郎委員か?)が反発した。

第152回強震動評価部会における纐纈一起部会長の資料によると,同部会において,纐纈部会長は,熊本地震について分析した結果,「入倉・三宅式や松田式に問題はない」(同5頁)としつつ,長期評価に基づいて事前に想定されていた断層の長さ及び幅(地震発生層の深さ)が,地震発生後に判明した震源断層の長さ及び幅よりも過小になっており,その結果,予測手法としてレシピ(ア)を使うと,地震規模が過小評価になっていることを示した(同6~9頁)。

「『予測手法』(ア)はなぜうまくいかないのか?」について,纐纈部会長は,鳥取県西部地震や福岡県西方沖地震という近年のほぼ鉛直な横ずれ断層から発生した地震のデータを示して「大地震の震源断層の下端は地震発生層からさらに深い部分に及ぶことが多い。」と述べ,また,Wells and Coppersmith(1994)のデータを示して「震源断層は地表には現れない部分が存在し,その長さは地表地震断層より長いことが多い」とした。そして,「結果として,幅も長さも短く予測されてしまうので,面積がかなり小さく決まってしまう(熊本地震では実際の半分以下)。そのため,面積から決まるMが過小評価となる」という見解を示した(同10頁)。

纐纈部会長は「まとめ」として,「たとえ詳細な調査が行われたとしても,活断層や地震発生層の調査から将来の地震の震源断層の面積を精度よく推定することは困難であることが,熊本地震の実例で明らかになった」「そのため,震源断層面積から予測を始める(ア)より,活断層調査で精度よく求まるといわれる地表地震断層の長さなどから予測を始める(イ)の方が安定的である可能性が高い。全国地震動予測地図では活断層の地震に対して(イ)のみを用いている」「以上を踏まえ,『予測手法』における(ア)のセクションタイトルを,『(ア)過去の地震記録などに基づき震源断層を推定する場合や詳細な調査結果に基づき震源断層を推定する場合』から『(ア)過去の地震記録などに基づき震源断層を推定する場合』に替えたらどうか.」「同じく(イ)のセクションタイトルを,『(イ)地表の活断層の情報をもとに簡便化した方法で震源断層を推定する場合』から『(イ)その他の場合』に替えたらどうか.」等の提案を行った(同12~13頁)。

第152回強震動評価部会の議事概要(案)によると,同部会では纐纈部会長の資料と提案は概ね肯定的に受け取られた。☆☆(入倉孝次郎委員か?)からも,「(纐纈委員の)資料に書かれていることは正しいし,分析も正しいと思っている」「(ア)を直接実施しようとすると,不確定性がまだ残っている。」「(ア)の方法は重要だし,(イ)の方法も重要である。両方やることには賛成」等とコメントされている(同5,6頁)。

少なくとも,平成28年12月のレシピ修正は,熊本地震と日奈久・布田川断層の長期評価を踏まえ,強震動地震学の第一人者である纐纈一起氏(東京大学地震研究所教授)の提案により,入倉・三宅式の作成者である入倉氏や三宅氏を含む多くの専門家の間での議論を経て決まったことは明らかである。以上の経緯を踏まえれば,このレシピの修正は,過去の地震記録がない場合,(ア)のみでは安定的とはいえないという趣旨からなされたものである。修正されたレシピの解釈についての島崎証言(甲382・31~32頁)に誤りはない。

被告関西電力は,レシピ(イ)の方法を用いずにレシピ(ア)を用いる理由として,詳細な調査に基づいて得られた震源断層の調査をより直接的に反映することができるからであると主張するようである。だが,2016年(平成28年)9月14日付けの地震本部事務局作成資料「『レシピ』の一部記述表現について(案)」に記載されているとおり,また原告らが繰り返し指摘しているとおり,現状では仮に調査・研究にベストを尽くしても得られる知見や情報は質・量とも不完全である(甲412)。それにもかかわらず,被告関西電力は,未だ震源断層の長さや幅を正確に特定でき,レシピ(ア)のみで信頼性の高い地震動予測が行えるかのような立場を取っているのである。

安定的な地震動評価をするためにレシピ(ア)のみでは足りないということが震本部の専門家の間でも妥当な方法として認められ,レシピの表現が修正されるに至ったのであるから,特に十分に保守的な評価が要求される基準地震動の策定において,レシピ(ア)を用いるのみでは過小評価の危険が極めて大きいことは当然である。真に「十分に保守的な評価」をするのであるならば,レシピ(ア)を用いるのみでは著しく不十分なのである。

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 3 被告関西電力がいう「詳細な調査」について

被告関西電力は,本件原発について,詳細な調査をし保守的な想定をした旨主張し,入倉・三宅式による地震モーメントの過小評価のおそれがないかのような主張をしている。だが,島崎証人が証言したとおり(調書22頁),被告関西電力の「詳細な調査」や「保守的な想定」によっても入倉・三宅式による事前推定の問題は無くならない。

まず,被告関西電力がFO-A~FO-B~熊川断層等について特に詳細な評価をしたという事実はない。FO-A~FO-B断層については海上音波探査が実施されているが,これはせいぜい表層200m~300m程度を調べたに過ぎない。熊川断層については反射法地震探査が行われているが,やはり表層200m程度までしか調べられていない。これで地下3kmから18kmにあるとされている震源断層の長さを事前に正確に設定できるはずがない(甲382・23頁)。

被告関西電力は,C層上面に断層活動による段差が認められるかどうかが重要なのであるから,海底下約120m~130mだけを調査すれば十分であるかのように主張する。だが,そのような被告関西電力の主張が成り立つためには,震源断層が活動した際にその長さに対応するよう,直上の地層には必ず段差(変位,ずれ)が生じると言えなければならないが,そのような一般則は存在しない。むしろ,纐纈一起氏が地震本部で示したように,震源断層には地表に現れない部分が存在するため,地表地震断層の長さは震源断層の長さよりも一般に短い。それは即ち,地表に段差が現れる長さは地下の震源断層の長さよりも類型的に短いことを意味している。「ひずみ集中帯の重点的調査観測・研究プロジェクトの総括成果報告書」(甲413)によると,反射法・屈折法による地殻構造調査(同2-1)やマルチチャンネル等による海域地殻構造調査(同2-2)によって,新潟県から秋田県にかけての一部領域における深部地下構造のイメージングが行われ,地下10km程度ないしそれ以深の範囲の断層の存在が明らかになっている。こうした手法により,地下18km程度の断層の調査も決して不可能ではないのである。被告関西電力は,できるのに行っていないのである。なお同報告書では,1964年新潟地震(Mw7.6)に関連する活断層調査から,地震が発生しても震源域の一部でしか海底に変位が出現しないことも示されている(同82頁)。

地下3kmから18kmに存在する設定となっている震源断層の長さについて,「想定外」を無くすためには地下18km程度まで詳細に調査するのが本来であるが,最低限地下3kmまでは調査すべきである。東京電力は,平成10年度国内石油・天然ガス基盤調査陸上基礎物理探査「西山・中央油帯」の地震探査記録や昭和44年度天然ガス基礎調査基礎物理炭鉱「長岡平野」の地震探査記録を適合性審査資料で引用し,地下数km~6km程度の地下構造を示している(甲414。甲415も参照)。石油や天然ガスのための調査ですら地下数km程度まで実施するのであるから,基準地震動の評価に当たって同程度の調査は被告関西電力も当然実施すべきであり,またそれは十分可能であるはずのところ,これを行っていない。

また,震源断層の幅は震源断層の長さよりもさらに事前推定が困難である。被告関西電力は地盤速度構造や微小地震の分布から地震発生層を設定しているが,それで大地震の震源断層の幅が精度良く設定できるという実証的な検討はなされていない。島崎証人も「断層幅を大きく取れば何とか一致させることができますよと。でも,そんなのは事前には設定できませんね」(調書31頁)と証言している。第156回強震動予測手法検討分科会でも,★★(纐纈主査か?)から「個人的には,構造調査から大地震の震源断層の下端が分かるとは,とても思えない」「微小地震による地震発生層の詳細な調査が,将来発生する大地震の震源断層とは等しいとは限らない」等の発言があり,△△(入倉委員か?)からも「下端は分からない」「(下端を特定するためには)10km掘って構造物性を調査する必要がある」等と言及されている。地震発生層の上端深さについても,事前設定は容易ではない。1995年兵庫県南部地震や1927年北丹後地震では,断層破壊に伴って地表面にもすべりが生じたことが知られている。特に原子力発電所のような硬質地盤の場合には地震動を発しうる領域の上限深さを決めることが難しい場合も考えられる(山田ほか(2015))(甲416・78頁)。熊本地震でも,2014年長野県神城断層地震と同様,顕著なずれは明らかに浅部にあるとされ(鈴木ほか(2016))(甲417・845頁),熊本地震による断層近傍の強震動を再現するには深部だけでなく表層付近の影響を含める必要がある(長坂ほか(2016))(甲418)。平成28年11月15日の地震本部強震動評価部会では「参考資料8活断層の長期評価に基づく強震動評価の改良(2)-上端深さ0kmとした活断層の震源断層モデル化に関する検討―(防災科研資料)」(甲419)が配布されており,震源断層の上端深さの設定の不確定性とこれに関する強震動評価の問題は地震本部における検討課題となっている。

地下の震源断層の面積を事前に特定することは極めて困難であり,まして被告関西電力が行っているようなごく表層付近の調査では不可能である。

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 4 被告関西電力がいう「保守的な想定」について

被告関西電力はFO-A~FO-B断層~熊川断層の断層長の設定について,活断層研究会の『新編日本の活断層』よりも断層長さをやや長く設定していることをもって保守的な評価と言いたいようであるが,そういった既往文献での調査では密に観測しているわけではなく,島崎証人がいう「普通の調査」(甲382・23頁)をしているに過ぎない。本件原発のために測線を増やせば被告関西電力が設定しているような値になるのは当然であって,特に保守的ということはない。島崎証人も,「これが存在しているのでこの値にしたというだけで,保守的なところはどこもありません」「保守的ではなくて,正にこれはあるものをそのまま書いたというだけのこと」(同頁)等と証言している。

また,被告関西電力は,本件原発の地震動評価について,断層の幅(地震発生層の厚さ)については,十分に保守的な長さとして設定していると主張している。しかし,実際には地震本部よりも非保守的である。FO-A~FO-B~熊川断層は地震本部において強震動評価の対象となっていないが,その周辺の震源断層モデルのパラメータから,仮にFO-A~FO-B~熊川断層を地震本部が評価した場合の地震発生層や断層幅の設定を推認することができ,上林川断層は地震本部のパラメータと直接比較できる。本件原発ないしFO-A~FO-B~熊川断層周辺の断層のうち,野坂断層帯では地震発生層の深さは「2-17km」で断層面の幅は「16km」,三方断層帯では地震発生層の深さは「1-16km」で断層面の幅は「18km」(ただし東傾斜60度),花折断層帯北部では地震発生層の深さは「1-20km」で断層面の幅は「18km」,上林川断層及び三峠断層はいずれも地震発生層の深さは「1-15km」で幅は「16km」とされている(いずれも強震動評価のための「モデル化」ケース)。つまり,地震本部は本件原発周辺の主要活断層帯について,ことごとく地震発生層の上端は3kmより浅く,断層幅は15kmより広く設定しており,被告関西電力によるFO-A~FO-B~熊川断層の設定よりも保守的である。これには,レシピ(イ)を適用する場合,断層モデル下端深さが最大「+2km」されることと,上限深さを深い地下構造からVs=3.0km/s程度の層の深さが目安とされていることの両方の要因が関係していると考えられる。なお,被告関西電力の地盤モデルでは,S波速度3.0km/sの上面深度は1.01kmとされている。島崎証人も,地震発生層の厚さが15kmであるからといって入倉・三宅式による過小評価は考え難いということは言えないと証言している(甲382・24頁)。

しかも島崎証人は,入倉・三宅式が地震モーメントを小さく算出する可能性に留意して断層長さや幅等に係る保守性の考慮が適切になされているかという観点では審査をしていないしされていないと明確に証言している(同・33頁)。また,島崎証人は,新聞社のインタビューにおいて,被告関西電力が上端深さを当初4kmと評価して設置変更許可の申請をしていたことについて,「常識的にあり得ない」と述べ,3kmに変更になったことは,3連動の想定も合わせて,「規制委は余裕を持たせたとアピールしているが,そうではなく,当たり前のことだ」とも話している。

後述のとおり函館地裁における書面尋問で,藤原広行氏は,入倉・三宅式による過小評価を解消ないし低減させる方法として,「断層下端の深さについて深め設定し,断層上端を地表面まで面を張るなどして断層面を拡張することと,入倉・三宅式においてばらつきを考慮したパラメータ設定を行うことなどが考えられる」(甲420-2・10頁)と証言している。地震発生層の厚さの保守性によって入倉・三宅式の過小評価のおそれに対処しようとすれば,少なくとも断層面を地表面まで拡張する程度の保守性が必要であるが,被告関西電力の設定ではまったくその水準に達していない。

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 5 活断層として認識できる長さについて

島崎証人が証言するとおり,多くの場合,後世の調査によって活断層として認識される断層の長さは,地震直後に現れていた地表地震断層よりも短くなる(甲382・8頁)。これは,活断層の再来周期が長い(一般に数千年から数万年単位)ことから,地表地震断層の痕跡が後の風化,浸食,堆積等の作用によって消滅してしまうためであると考えられる。本件原発が阿蘇のような火山地域でなくとも,これまでの地表地震断層の痕跡が消滅している可能性は当然ある。

FO-A~FO-B~熊川断層についても,活断層調査の結果,過去の地震活動で最大合計63.4kmの地表地震断層が現れる活動が想定され,これが全体として活動した場合を固有地震として設定しているからこそ,被告関西電力はその評価をしているのであって,地表地震断層よりも長い震源断層が両端よりも広がっている可能性をも考慮した結果63.4kmとしているのではない。熊本地震の結果,FO-A~FO-B~熊川断層の震源断層長の設定が過小評価になっていると考えるのは合理的な推認であり,被告関西電力の主張には何ら根拠がない。

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◆原告第43準備書面
―基準地震動の過小評価の危険性(主に島崎氏の証言を踏まえて)―
目次

原告第43準備書面
―基準地震動の過小評価の危険性(主に島崎氏の証言を踏まえて)―

2018(平成30)年1月12日

原告第43準備書面[426 KB]

目 次

第1 基準地震動が過小評価であること
1 レシピ(ア)と(イ)の適用について
2 レシピ修正に至る経過等
3 被告関西電力がいう「詳細な調査」について
4 被告関西電力がいう「保守的な想定」について
5 活断層として認識できる長さについて

第2 藤原広行氏の書面尋問等について
1 藤原氏書面尋問の概要
2 検討用地震の選定の妥当性
3 不確かさの重ね合わせの必要性
4 偶然的ばらつき
5 入倉・三宅式による過小評価のおそれ
6 震源を特定せず策定する地震動
7 小括

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◆ 原告第42準備書面
―原発以外では政府が地震の予測不可能性を前提に最大クラスの巨大な地震・津波を想定して災害対策をしていること―

原告第42準備書面
―原発以外では政府が地震の予測不可能性を前提に最大クラスの巨大な地震・津波を想定して災害対策をしていること―

2018(平成30)年1月12日

原告第42準備書面[543 KB]

目 次

1 原発以外の政府の政策は地震の予測ができないことを前提にあらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大な地震・津波を想定し、それに対する対策を事前に取る方向に変わってきていること
2 大規模地震対策特別措置法(昭和53年)
3 地震防災対策特別措置法(1995年)
4 南海トラフ地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法(平成25年)
5 政府の調査部会が地震が予測不可能であることを認めたこと
6 まとめ



1 原発以外の政府の政策は地震の予測ができないことを前提にあらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大な地震・津波を想定し、それに対する対策を事前に取る方向に変わってきていること

すでに原告が主張しているように、1995(平成7)年1月17日の兵庫県南部地震(M7.3)のあと、2016年4月の熊本地震(M7.3)の直前までの約20年間に、M7以上の内陸の地殻内断層地震は、2000年に鳥取県西部地震(M7.3)、2005年に福岡県西方沖地震(M7.0)、2008年に岩手・宮城内陸地震(M7.2)、2011年福島県浜通り地震(M7.0)と、5~3年間隔で広範囲な地域でバラバラと起こった。これらの地殻内断層地震の明瞭な前兆的ひずみ変化は国土地理院の電子基準点の観測データを見ても検出されなかった。2016年4月の熊本地震(M7.3)のあと、次に日本でM7クラスの地殻内断層地震がどこに起きるかは、地震学者でも全くわからない。若狭湾・近畿地方かも知れないし、首都圏かも知れない。既存の活断層だけに注目していてはならないのである。

このような学術的知見の進歩に合わせて、我が国の行政の上でも、大規模地震に対する対策は、直前に予知可能で、それを前提に対策を取ればよい、という方向性から、地震の規模や時期の予測はできず、あらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大な地震・津波を想定し、それに対する対策を事前に取る方向に、変わってきたのである。以下、2017(平成29)年9月に政府が発表した「南海トラフ沿いの地震観測・評価に基づく防災対応のあり方について(報告)」(甲381)をもとに、このような法制度、行政施策の変化の状況を述べる。

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2 大規模地震対策特別措置法(昭和53年)

南海トラフ(駿河湾から四国の南方の海まで伸びる海底の4000m級の溝)沿いの大規模地震に関しては、昭和50年代前半に駿河湾周辺を震源域とする東海地震の切迫性が高いことが指摘され、地震の直前予知が可能であるとの考えの下、地震予知情報に基づく警戒宣言の発令後にあらかじめ定めておいた緊急的な対応を的確に実施することで被害を軽減する仕組みを主要な事項とする大規模地震対策特別措置法(以下、「大震法」という。)が1978(昭和53)年に施行された。

<南海トラフの概要および南海トラフでの地震の発生状況> 【図省略】

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3 地震防災対策特別措置法(1995年)

しかし、1995(平成7)年に発生した阪神・淡路大震災では、1項で述べたように、地震の予測は全くできなかった。犠牲者のうちの8割以上が住宅倒壊等による圧死であり、特に1981(昭和56)年の建築基準法施行令改正前の木造建築物の被害が大きかった。

この教訓を踏まえ、大規模地震が全国どこでも起こり得ることを前提に、平成7年に「地震防災対策特別措置法」が制定され、全都道府県における「地震防災緊急事業五箇年計画」の策定や、この計画に基づく事業に係る国の財政上の特別措置により、地震防災施設等の整備などの地震防災対策を推進することとなった。

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4 南海トラフ地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法(平成25年)

2011(平成23)年3月に発生した東日本大震災は、それまでの想定をはるかに超える巨大な地震・津波により一度の災害で戦後最大の人命が失われるなど甚大な被害をもたらした。このため、南海トラフ沿いで発生する大規模地震対策を検討するに当たっては、「あらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大な地震・津波」を想定することが必要になった。

これらを踏まえ、いかなる大規模な地震及びこれに伴う津波が発生した場合にも、人命だけは何としても守るとともに、我が国の経済社会が致命傷を負わないようハード・ソフト両面からの総合的な対策の実施による防災・減災の徹底を図ることを目的として、平成25年に東南海・南海法を改正する形で、南海トラフ全体を対象とした「南海トラフ地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法」(以下、「南海トラフ法」という。)が制定され、科学的に想定し得る最大規模の地震である南海トラフ巨大地震も対象に地震防災対策を推進することとされた。

この法律により、南海トラフ地震により著しい被害が生ずるおそれのある地域が南海トラフ地震防災対策推進地域として指定され、同地域においては、大震法や東南海・南海法と同様に、国、地方公共団体、関係事業者等が、調和を図りつつ自ら計画を策定し、それぞれの立場から予防対策や、津波避難対策等の地震防災対策を推進することとされた。

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5 政府の調査部会が地震が予測不可能であることを認めたこと

このようななか、平成25年にとりまとめられた政府の「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ」の下に設置された「南海トラフ沿いの大規模地震の予測可能性に関する調査部会」(以下、「平成25年調査部会」という。)の報告において、「現在の科学的知見からは、確度高い地震予測は難しい。」(甲381の14頁)とされた。ここで「地震予測」とは「確度の高い地震の予測」とは、地震の規模や発生時期を確度高く予測すること」とされ、前述の「予知」を含む概念とされた。

さらに、平成29年、政府の「南海トラフ沿いの大規模地震の予測可能性に関する調査部会」において、近い将来発生が懸念される南海トラフ沿いの大規模地震の予測可能性について最新の科学的知見を収集・整理して改めて検討した結果、「現時点においては、地震の発生時期や場所・規模を確度高く予測する科学的に確立した手法はなく、大規模地震対策特別措置法に基づく警戒宣言後に実施される現行の地震防災応急対策が前提としている確度の高い地震の予測はできないのが実情である。」(甲381の15頁)と、とりまとめられた。

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6 まとめ

このように、現在、行政や民間の地震防災一般は、震の予測は不可能であることを前提に「あらゆる可能性を考慮した最大クラスの地震・津波」を想定したものになってきている。この理は、内陸型地震である阪神淡路大震災を契機として全体の知見が進んだように、海溝型の地震でも、内陸型の地震でも、異ならない。

このようななか、原発の耐震設計については、依然として、原発の敷地に襲来する地震動を事前に予測可能であることを前提とし、特定の「活断層」が発生させる地震動を予測する方針が採られている。
絶対の安全性を求められる原発について、特定の「活断層」を前提とし、かつ、そこから発生する地震動を予測可能とする、すでに覆された前提を墨守する考えは、「あらゆる可能性を考慮した最大クラスの地震・津波」、すなわち地震動について言えば、少なくとも我が国の観測史上最大の地震動を想定する考え方に反し、不合理と言うほかないだろう。

以上

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◆第17回口頭弁論 意見陳述

口頭弁論要旨

松本美津男

私は京都市左京区に住んでいる66歳の松本美津男と申します。

1歳半の夏にポリオウイルスによる両下肢機能障害になり、現在、主にマイカーで外出し、歩行は短距離なら両松葉杖で、長距離や少し重い荷物を持ち運ばなければならない時は手動車いすを併用しています。最近は、ポリオウイルスによる小児麻痺障害者が40~50歳代になると新たに筋力の低下や筋肉の痩せ、筋肉・関節の痛み等が出現するポリオ後症候群のせいか、自信のあった腕の力も弱ってきており今は右肩が慢性的に痛むため毎日痛み止めの薬を朝晩塗ってやり過ごしている状態です。また、血圧の薬など数種類の薬を服用しています。

左京区内の浄楽学区の自主防災会の主催する、主に地震を想定した防災訓練に一昨年秋初めて手動車いすで参加しましたが、指定されている避難所まで行くのに坂がきつく参加された元気な方に押してもらって何とかたどりつけました。けれども、たどり着いた学校の体育館の入り口はスロープがなく臨時に木の板を渡しているというお粗末なもので、かなり出入りしにくい状態でした。しかも防災訓練に参加した人だけでほぼ満員状態で、実際に住民全部が避難して来たらとても入りきれないのは明らかでした。

この問題をその時指摘した人がおり、区役所の担当者はまた検討しますという回答をしました。

この訓練に参加して、本当に大きな地震などあったらこの避難所にはまずたどり着けないだろう、仮にたどり着けたとしても、避難所は溢れかえるのは明らかで、車いす移動などできるスペースはないだろうし松葉杖歩行も相当困難と考えられ、避難生活するのは無理だなと感じました。

昨年防災難訓練の日は雨で、参加するかどうか少し考えましたが、震災は天気など関係なく起こるのだから、大変な状況の時こそ訓練しておくのが大切と思い、車いすで合羽を着て頑張って一時集合場所に指定されている公園に少し遅れて行きました。ところが人影がありません。場所を勘違いしたのかなと思っていたら、他の町の班長とおっしゃる方が来られ、他にも来られた方の話では、訓練が中止になり、役員だけが別の場所で会議をしているということを知りました。花折断層の真上にある私の地域でさえ避難についての認識はこの程度なのです。

そして、国の制度として避難行動要支援者について事前登録制度がありますが具体的な対象者の範囲は自治体任せで、京都市の場合、私が単身なら登録対象者になるのですが同居の配偶者がいるため登録対象に入らないことが分かりました。

また、福祉避難所に指定された施設の方が行きやすそうなので、もし避難指示が出たら、直接福祉避難所へ行けばよいかと区役所に尋ねると、福祉避難所がすぐに準備できるわけではないので先に地域で指定された避難所に行ってもらいたいとの返事でした。

防災訓練に参加した状況を話して福祉避難所に直接行く必要性を訴えても、あなたの地域の避難所が狭く、行くのが大変なのはわかるが国がそういう風に決めているから従ってもらうしかないと自治体としての主体性のない返事でした。

私の防災訓練の体験からも障害者は大きな災害が起これば避難所にも行けないケースが続出すると考えられます。宮津市に一人で住んでいる両下肢障害のクラスメートは「避難所に行っても、手すりがないので、あんなところでは立ち上がることもできないだろうから、避難指示が出ても避難所には行かない。」と言っていました。

実際、東北大震災で多くの死者が出ましたが、NHKなどの調査の結果、障害者の死亡率は一般の人たちの約2倍でした。避難したいと思っても迅速に行動できない、あるいは介助者なしには動けない肢体障害者、単独では避難所まで行きにくい視覚障害者、そして避難の呼びかけが聞こえない聴覚障害者など、どうしても逃げ遅れた犠牲者が多かったわけです。

また、多数の障害者や家族は、避難所の仮設トイレが車いすなどでは利用できない、知的障害や発達障害児者が慣れないところへ行けば大きな声を出したり、動き回ったりしてみんなに迷惑がかかると感じ、危険性を知っていても避難所に行かなかったり、一度避難所に行っても自宅へ戻ったりしました。

避難所を転々とした障害者もいます。「JDF被災地障がい者支援センターふくしま」が実施した調査では147人中「8割の118人が3カ所以上を移動し、うち4人が9カ所を巡った。1カ所目で落ち着けたのは1割の16人だけ」でした。

さて、私はスリーマイル島の原発事故やチェルノブイリ原発事故を見て原子力発電所の事故の恐ろしさを感じてはいましたが、海外で起こったような大事故が日本で起こるとは全く考えていませんでした。

福島原発事故が起こって初めて日本における原発の恐ろしさを知りました。いわゆる安全神話にどっぷりつかっていたのです。
一般住民でも災害避難は大変である上に障害者の避難がいかに困難であるかは先に述べた通りです。これが原発事故であれば更に問題は深刻です。
いたるところで地震の起こる可能性のある日本列島で、事故が起きれば、障害者が避難困難となる原発を稼働させること自体が間違いです。

私は好きで障害者になったわけではありません。障害者でも住みよい社会づくりのために運動もしていますが、原発事故で犠牲者、障害者を大量に生み出すようなことは二度と繰り返させないためにこの裁判の原告に加わりました。

政府は北朝鮮のミサイルの危険性やテロ対策を強調していますが国民の安全を真に守るつもりがあるのなら原発こそ廃止すべきです。

裁判長におかれましては、政府の意向がどうであれ、国民の命と安全を守るため、私たちの子や孫が安心して生活できるよう、悔いのない判決を下していただくよう切にお願いいたします。

以上

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◆原告第41準備書面
-避難困難性の敷衍(京都市左京区について)-

原告第41準備書面
-避難困難性の敷衍(京都市左京区について)-

原告第41準備書面[174 KB]

2017年(平成29年)10月27日

目次

第1. 原告松本美津男の障害について

第2. 原告松本の避難困難性について
1.避難所にたどり着くことの困難性
2.避難所自体の問題性
3.原告松本は、避難行動要支援者の事前登録制度を利用できない。
4.原告松本は、すぐに福祉避難所を利用できない
5.避難場所が存在しても心理的に避難することは困難である。


原告第6準備書面において、避難困難性について述べたが、本準備書面では京都市左京区に在住する原告松本美津男の避難困難性に関する個別事情について述べる。

 

第1. 原告松本美津男の障害について

原告松本美津男(以下「原告松本」という。)は、現在、京都市左京区に在住している。原告松本は、1歳半の夏に、ポリオウイルスによる両下肢機能障害になり、現在、主にマイカーで外出し、歩行は短距離なら両松葉杖で、長距離や少し重い荷物を持ち運ばなければならない時は手動車いすを併用して生活を送っている。

ポリオウイルスによる小児麻痺障害者は、40~50歳代になると新たに筋力の低下や筋肉の痩せ、筋肉・関節の痛み等が出現するポリオ後症候群となることがあるが、原告松本も、腕の力が弱り、右肩が慢性的に痛むため毎日痛み止めの薬を朝晩塗ってやり過ごしている状態である。

下記に述べるとおり、両松葉杖及び車いすで生活を送っている原告松本にとって、原発事故が起きた際に避難することは不可能である。

 

第2. 原告松本の避難困難性について

 

 1.避難所にたどり着くことの困難性

2016年秋頃、原告松本は、浄楽学区(原告松本が居住する左京区内にある)の自主防災会が主催する、防災訓練(主に地震を想定した)に手動車いすで参加した。

しかし、指定避難所までの坂が急であったため、原告松本は、他の参加者に車いすを押してもらい、指定避難所にたどり着くことができた。仮に、原発事故が起きた際に、車いすを押してくれる者がいなければ、原告松本は避難所までたどり着くことが出来ないのである。
 2.避難所自体の問題性

指定避難所の体育館の入り口は、スロープがなく臨時に木の板を渡して、その上を車いすで移動せざるを得ず、原告松本のように、車いすでの参加者にとっては、著しく出入りしにくい状態であった。

加えて、防災訓練に参加した参加者だけで、指定避難所内は、ほぼ満員状態であり、実際に住民全員が避難して来たらとても入りきれないのは明らかであった。原告松本が、仮に避難所にたどり着いたとしても、避難所が避難住民で、溢れかえるのは明らかであり、車いすで移動できるスペースは存在せず、松葉杖歩行も相当困難である。結局、車いすで生活を送っている原告松本が、避難生活をするのは不可能である。
 3.原告松本は、避難行動要支援者の事前登録制度を利用できない。

国の制度として避難行動要支援者について事前登録制度があるが、具体的な対象者の範囲は自治体任せであり、京都市の場合、原告松本が単身なら登録対象者になるが、原告松本には、同居の配偶者がいるため登録対象とはならず、制度を利用することができない。
 4.原告松本は、すぐに福祉避難所を利用できない

原告松本は、福祉避難所に指定された施設の方が、避難し易いと感じ、仮に、避難指示が出た場合に、直接福祉避難所へ避難して良いか区役所に確認した。しかし、「福祉避難所がすぐに準備できるわけではないので先に地域で指定された避難所に行ってもらいたい」と解答された。このように、原告松本は、仮に、原発事故が起きても利用しやすい福祉避難所をすぐに利用することが出来ないのである。
 5.避難場所が存在しても心理的に避難することは困難である。

仮に原発事故が起きた場合、避難したいと思っても迅速に行動できない、あるいは介助者なしには動けない肢体障害者は、単独では避難所まで行くことができない。また、視覚障害者、そして避難の呼びかけが聞こえない聴覚障害者などは、逃げ遅れる場合があり得る。

加えて、障害者は心理的に、避難所に行くことができない。例えば、避難所の仮設トイレが車いすなどでは利用できない。知的障害や発達障害児者が慣れないところへ行けば大きな声を出したり、動き回ったりして他の避難者に迷惑がかかると感じた場合、障害者や家族は、危険性を知っていても避難所に行かなかったり、一度避難所に行っても自宅へ戻ったりするケースが多数起こりうる。

これまで、準備書面において、避難困難性について述べてきたとおり、各自治体の避難計画自体は不十分で現実性のないものであるが、仮に、どれだけ、計画を変更し、避難所を設定しても、弱い立場にある障害者は、心理的に避難することが出来ないのである。弱い立場の障害者が避難困難となる原発を稼働させること自体が問題であり、直ちに廃炉にするべきである。

以上

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◆原告第40準備書面
第3 過酷事故対策を怠る関電に、原発を再稼働させてはならない

2017年(平成29年)10月27日

原告第40準備書面
-過酷事故における人的対応の現実と限界-

目次


第3 過酷事故対策を怠る関電に、原発を再稼働させてはならない

  1.  上記で指摘してきたマニュアルのない危機的状況に陥った際に、事故現場、政府等で情報が錯綜し、指揮命令系統が不分明な混乱状況におちいる危険性という、福島事故で得られた人的対応における現実と限界に、被告関電はどう対応するのか。本訴訟ではその点が全く明らかになっていない。
  2.  例えば、福島第一原発事故においては、全電源喪失が問題となったにもかかわらず、新規制基準における外部電源の耐震重要度がCであり、また単一故障事故しか想定していないことは、被告関電も認めるとおりである。したがって、過酷事故対策においては、非常用電源の確保が重要課題の一つである、この点ですら、被告関電の対策は十分と言い難い。
    すなわち、被告関電が証拠として挙げる丙第67号証における全交流動力電源喪失の対策は下記の様なものである((丙67・8-1-146~148)。・非常用電源として、ディーゼル発電機及びその附属設備を各々別の場所に2台備える。
    ・7日分の容量以上の燃料を敷地内の燃料油貯蔵タンク及び重油タンクに貯蔵し、タンクローリーにより輸送する。
    ・夜間の輸送実施のため、ヘッドライト等の可搬照明を所定の場所に保管する。
    ・タンクローリーについて、地震時においても保管場所及び輸送ルートの健全性が確保できる場所を少なくとも4箇所選定し、各々1台を配備するとともに、竜巻時においては、緊急安全対策要員によりトンネル内にタンクローリー4台を待避させる運用とする。タンクリーリーは4台(3号・4号共用)。
    ・アクセスルートが寸断され、タンクローリーがディーゼル発電機燃料油貯蔵タンクに近づくことが出来ない場合は、延長用給油ホースを取り付け・使用する。しかしながら、タンクローリーの運転や発電機への給油、延長用給油ホースの取り付け、可搬照明の運搬設置など、全てにおいて人的対応が必要にもかわらず、具体的な作業手順はもちろん、作業員の安全対策については曖昧なままである。また、国会事故調アンケートであげられていた、作業員間の情報伝達をどうするのか、また必要な線量計、マスク、食料、水等をいかに備蓄し、その後調達し続けるのかという問題も残されている。
    もちろん、タンクローリーや貯蔵用タンク、可搬照明、延長給油ホースそのものが地震によって破損されるリスクもある。
    また、被告関電は、3号炉及び4号炉同時の重大事故等対策時においても、必要な要員は46名と算定している(丙67・10-7-44)。しかしながら、これもまた、福島第一原発事故の現実及び佐藤氏の指摘からみて、過少すぎるというべきであろう。
  3.  以上のとおり、被告関電が未だに「安全神話」を振りかざし、深層防護における第4・第5層の問題を争点から外そうとするのは、第4・第5層の安全対策が不十分であるからにほかならない。大飯原発第3号機及び4号機において、ひとたび過酷事故が発生すれば、事故収束作業は混乱に陥り、原告らの生命身体の安全が侵害されるのは必至である。こうした現実から目をそらし、福島第一事故以前の「安全神話」に逆戻りした審理がなされることのないよう、原告らは強く求めるものである。

 

以上

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◆原告第40準備書面
第2 過酷事故における人的対応の現実と限界

2017年(平成29年)10月27日

原告第40準備書面
-過酷事故における人的対応の現実と限界-

目次

第2 過酷事故における人的対応の現実と限界
1 原子力情報コンサルタントである佐藤暁氏の指摘
2 福島第一原発事故における人的対応の現実と限界


第2 過酷事故における人的対応の現実と限界


 1 原子力情報コンサルタントである佐藤暁氏の指摘

(1) 1984年から2002年までゼネラル・エレクトリック社(GE社)原子力事業部で大小100以上のプロジェクトにかかわり、その後原子力情報コンサルタントとして、主に米国の原子力業界における最新技術、安全問題、規制情報を収集、動向分析し、提供する業務を行っている佐藤暁氏は、岩波書店の『科学』誌上で、「原子力発電所の安全審査と再稼働」をテーマに論文を連載し(2014年(平成26年)8月号~2015年(平成27年)10月号)、政府の原子力政策とその正当性の根拠への疑念と、原子力安全規制の制度及び手続きに対する懸念を述べている。この中で、佐藤氏は、日本の原子力発電所の過酷事故対策が、実は、軽い切り傷やひび・あかぎれにしか効かない「がまの油」のようなものであると指摘している(甲371[5 MB]

(2) その根拠を示す一例として、佐藤暁氏は、1985年、GE社のプロジェクトとして行った福島第一原発2号機のサプレッション・プール(トーラス)改造工事時の数々の失敗例をあげている(甲372[4 MB])。

トーラスの改造工事にあたっては、まずトーラス内のプール水を抜いて除洗する作業が必要となる。ところが、この最初の作業の段階で、米国から派遣された「プロ」であるはずの作業員が、通気性のない作業服での作業に早々に根を上げ、現場を放り出して米国に帰国したことにはじまり、トーラス底部をブラシ洗浄するための除洗ロボットに、スラッジ(鉄サビやコンクリートの粉塵など)が付着してしまって使いものにならず、塗装の剥奪用の超高圧ジェットも、石化したように堅くなった塗装には歯が立たないという予想外の出来事が起こり、最終的にはトーラスの水位を下げ、川釣りなどで使う「胴付き長靴」を作業員に使用させ、人海戦術で強引にスラッジを回収したという顛末が紹介されている。この際、作業の遅れを取り戻すために、作業員の被爆増加が犠牲になっている。

そのほかにも、作業員が手順を間違え、専用受けタンクに送るべき濃厚な放射性スラッジの廃液を、原子炉建屋の換気ダクトの中に大量に流し込んでしまう、また、作業員が「右左」「時計回り」が自分の立ち位置による相対的な概念であることを失念し、作業対象物ではなく隣にあった別の溶接部を削除してしまうという、些細なヒューマンエラーが引き起こした大変な事態、さらに、仮設通路の手摺りが折れて作業員が汚染水のプールに落下するという、不測の事態が発生している。加えて、現地で集めた臨時作業員の1人が窃盗犯の容疑者で、現場を出たとたんに張り込み中の警察官に身柄確保され連行されるということまで起こっているのである。

佐藤氏は、これらの失敗例から、「新しい試みは、必ず思いがけない出来事に遭遇する」として、日常の勉強や手順書がいかに役に立たないかを実証している。そして、過酷事故対策への教訓として、過酷事故対策の対応手順書は、実戦経験ゼロで、完成度が極めて低いのだと認識すること、初めから難度の高い人的対応は排し、実務者の労苦を最小限にするあらゆる工夫がなされるべきで、その上でたとえば達成制限時間に対して3倍、対応要員の必要人数に対して2倍の尤度を確保すべきとしているのである。

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 2 福島第一原発事故における人的対応の現実と限界

  (1) 吉田調書等から判明した人的対応の限界

一旦、原子炉が危機的状況に陥った場合、情報伝達の不備等を原因として意思決定の混乱が生じる。本項では、政府事故調査・検証委員会(政府事故調)が東日本大震災の発生当時、東京電力福島第一原発所長であった吉田昌郎氏を2011年7月から11月にかけて延べ13回聴取した記録(聴取結果書)をもとに福島第一原発事故において実際に生じた、政府、東京電力の本店及び現場の、「ベント」「海水注入」「退避」に関する混乱の状況を説明する。

  ア ベントをめぐる意思決定の問題
過酷事故時に、格納容器の加圧破壊を防止するために、格納容器内の蒸気を外部へ排出することをベントという。ベントを行なうと格納容器内の減圧が促進され容器自体の破損を防ぐことができるとともに、注水による冷却が可能となる。他方、ベントを行なうと放射性物質を含む蒸気が大気中に放出されるため、ベントは格納容器の破壊を回避するために止むを得ず行う手段といえる。

福島第一原発事故を経て、新規制基準では格納容器圧力逃がし装置の設置が要件化されたが(甲373[292 KB]-22頁、甲374[5 MB])、ベントの実施に伴い放射性物質の放出は必至のため、これを実施する際に、「誰が」主体的に判断するのかという問題は、現時点においても問題となりうる。以下、福島第一原発におけるベントをめぐる混乱ぶりを述べる。

福島第一原発事故において、1号機においては、3月12日00:06ころには、吉田所長が格納容器ベントの準備を指示し、政府、東電本店においても、実施に関する了解が得られていた。そして、現場においてはベント実施に向けて作業を進めていたにもかかわらず、海江田経産大臣は東電のベント実施に対する姿勢に疑念、不信を抱き、3月12日06:50ころ原子炉等規制法64条第3項に基づくベントの実施命令が発出された。この間、東電の現場がベント実施に向けて作業を行っていることは保安院には伝えられていたが、海江田経産大臣には伝えられていなかった。

また、ベントの実施がなされない事に対して、菅直人総理大臣は福島第一原発視察を決定し、3月12日06:15ころ、原子力安全委員会委員長斑目春樹氏とともに福島第一原発へ出発した(甲3-290~292)。なお、菅直人総理大臣の現地視察は、現場の士気を鼓舞したというよりも、事故のいらだちをぶつけるのみで作業に当たる現場に「プレッシャーを与えた可能性もある」と指摘されている(甲3-293)。

しかしながら、この間、東電の現場はベントを躊躇していたのではなく、ベントを行なうために必要であった可搬式エアコンプレッサー及び直流電源の不足が原因のため、これを行なうことができなかったのである。

政府事故調の吉田所長に対するヒアリング結果からは、現場に対して、一方的に指示を行う東電本店及び国の対応に対するいらだちがわかる。

この事例からは、危機的状況において、情報の共有および指揮系統が不分明のまま現場で作業を行うことの限界を示している。民間事故調報告書検証チームによる吉田調書を元に福島第一原発事故の評価をおこなった「吉田昌郎の遺言.吉田調書に見る福島原発危機」(甲375[6 MB]-23)は、ベントに関する意思疎通の問題を「東電は、官邸との関係も含めて、最後までICS(事故指揮命令系統)のガバナンスを確立できなかった」と評している。

甲376[2 MB]・43 回答者が吉田昌郎所長】【図省略】

甲376[2 MB]:49~51頁 回答者が吉田昌郎所長】【図省略】

【甲3.291 国会事故調査報告書】【図省略】

  イ 海水注入をめぐる意思決定の問題(甲3.293~295)
同様の問題は、海水注入をめぐる際にも生じた。「海水注入」とは、原子炉を冷却する場合の非常手段として原子炉に直接水を注入する際に、通常は防火水槽等からの淡水を使用するが、淡水に変えて(淡水が枯渇した後に)海水を注入することをいう。海水を注入した場合、金属腐食による原子炉の損傷が必至(廃炉の可能性が高くなる)なため、その判断には困難が伴う。

3月12日14:54ころ、吉田所長は、1号機に海水注入を指示し、15:30には海水注水の準備を完了した。他方、東電が海水注水による廃炉を懸念していると判断した海江田経産大臣は、17:55原子炉等規制法64条3項に基づく措置命令を発した。ところが、菅直人総理大臣は、細野補佐官、斑目委員長、東電武黒フェローらと海水注水の是非を議論し、菅直人総理大臣が海水注水を了承したのは19:55であった。

実際には、吉田所長は19:04に海水注入を開始し、武黒フェローからの海水注入の待機命令を無視し海水注入を継続した(この間、吉田所長は海水注入を中断する指示をしつつ実際には継続を指示した)。

この事例からは、危機的状況における、指揮系統の混乱、現場で作業を行うことの限界を示している。また、民間事故調報告書検証チームによる著書(甲375.30)は、海水注水に関する意思疎通の問題をICS(事故指揮命令系統)上の問題であると指摘するとともに、吉田所長の独断による海水注入を、「逆に危機を悪化させた場合、または二次災害を引きおこした場合、それは所長が責任を負えない結果と意味合いをもたらす」と評し「危機対応をする部署のそれぞれの権限と責任を明確にしなかったことが事故対応を複雑にし、効果を半減させた」と批判している。

甲377[2 MB]-9 回答者が吉田昌郎所長】【図省略】

甲377[2 MB]-12 回答者が吉田昌郎所長】【図省略】

【甲3 294頁】【図省略】

  ウ 退避の問題
3月14日から15日にかけて、福島第一原発から従業員が撤退するという情報に基づく混乱は、危機的状況において情報不足の深刻性とそれに基づく現場のみならず政府の混乱を示唆している。

国会事故調の報告によれば、3月15日未明の東電清水社長から「福島第一原発からの退避もありうる」という電話連絡を受けて、政府閣僚らは全員撤退を危惧した。ここで菅総理大臣は、吉田所長に電話連絡し状況を確認、清水社長を官邸に呼びつけるなどしたが、実際には、福島第一原発の現場において全員退避との指示はなされていなかった。すなわち、情報伝達の混乱が福島第一原発の従業員全員退避という事実に反する情報として伝わり、緊急時にさらなる混乱を招いたのである。

甲378[983 KB] 31回答者が吉田昌郎所長】【図省略】

【甲3-294】【図省略】

  エ 小括
福島第一原発事故が明らかにしたことの一つは、マニュアルのない危機的状況に陥った際に、事故現場、政府等で情報が錯綜し、指揮命令系統が不分明な混乱状況におちいる危険性があるということである。

また、同様の問題は、東電の現場、本店、政府の間の指揮命令系統のみならず、現場の中でも誰が作業を行うかで混乱が生じうる。3月14日夕方福島第一原発2号機のSR弁(主蒸気逃し安全弁)を開ける際にも、実際に作業を行なうのが運転員なのか、保守員なのかで現場が混乱した事情が読み取れる( 甲378[983 KB]-20,21)。これは、福島第一原発と同様の重大事故が発生した際の人的対応の限界を示すものである。

この点、事故後、規制要件としてベントの設備とマニュアルが求められていることは、前述のとおりである(甲373[292 KB]-22)。しかしながら、仮にベントの手順が整備されたとしても、ベント=放射性物質の放出の決断に関して、誰が意思決定を行なうかについては要件化されていない。

ベントと同様の問題は、水素爆轟防止対策であるイグナイタ(水素燃焼装置)実施の意思決定(甲374[5 MB])にも当てはまる。すなわち、イグナイタは格納容器内の水素濃度が高まった際にそれを燃焼させる装置であるが、密閉空間で水素を燃焼させるというリスクの高い措置を誰が判断するかについては要件化されていない。

福島第一原発事故の先例は、重大事故時に対策設備の施設とマニュアルの設置だけでは万全ではないことを示しているのである。

  (2) 国会事故調アンケート(甲379)

国会事故調査委員会では、福島第一原発事故の翌年である2012年(平成24年)4月27日~5月18日にかけ、事故当時に勤務していた東京電力及びその協力会社の従業員のうち約5500人にアンケート調査を行い、約44%にあたる2415人から回答を得ている。

  ア 従業員から見た問題
このアンケート結果から、前項で指摘した指揮命令系統の混乱や情報伝達の不備が、従業員の立場から浮かび上がってくる。

まず、3月11日時点で、避難せずに敷地内に残った協力会社の従業員に対して原子炉が危険な状態であるという説明はほとんどなされず、また、多くの従業員に対して避難指示がなかったという問題があった。さらに、事故収束業務にあたった従業員の多くは、事故発生時に作業に従事することを事前に説明されておらず、また同意なく従事せざるを得なかった従業員もおり、原子力災害に備えた従業員への説明にも問題があったのである。

アンケート回答には、「20キロ圏内に緊急的な避難指示が出ていることすらテレビで知った。」「勤務会社の所長、副所長、放射線管理責任者等会社責任者は、我先に各々の家族らと共に避難してしまい、免震重要等に残っている社員に対する避難指示・行動指示がなかった。自力で避難しようとしたが、会社の業務車は東電社員に勝手に使われてしまっていた」(甲379[3 MB]・原文198~199頁)。「地震で外に避難しようとしたが、人が多く、1Fの敷地に出ても2時間出れなかった。その間に津波があったが、何の告知もなかった」(甲379[3 MB]・原文201頁)、「事故時の現場対応が後手を踏んだ。免震棟には何もせず時間をもて遊ぶ人が多数いた」(甲379[3 MB]・原文205頁)、「非常時のマニュアルはあったが、全く役に立たなかった。なぜなら、社内イントラ上にデータとして存在し、停電でネットワークが停止していたから。ただ、紙の情報も、書類の散逸がひどく、探し出すのは難しかったと思われる」(甲379[3 MB]・原文・211頁)、「停電のため連絡手段もなく、携帯電話もつながらない」(甲379[3 MB]・原文211頁)という具体的な声が寄せられている。

  イ 従業員の放射線防護に対する安全対策の不備
さらに、このアンケート結果からは、従業員の放射線防護に対する安全対策の不備が露呈されている。具体的には、事故収束に関わった従業員の多くは放射線業務従事者であったが、線量計の数が不足し、複数人で1台の線量計を共有する事態が生じ、また、作業区域の放射線量に関する説明や、累積線量の管理に問題が生じていたのである。

アンケート回答には、「地震でDB(データベース)が使えなくなり、累積被爆線量は個人で管理することになったが、筆記用具もまともになく、メモしていた紙が途中でなくなった。線量管理・放射線防護装備が津波で流された」(甲379[3 MB]・原文198頁)、「APD(線量計)は、10時間で電源が切れ使用できなかった」(甲379[3 MB]・原文200頁)、「正門の車の誘導員には3月13日朝方にはじめて全面マスクとタイベック支給されたが、1セットしかないため、同じ物を脱ぎ着して使用せざるをえなかった」(甲379[3 MB]・原文200頁)、「水不足で手洗いもできない状態で非常食を食べるしかなく、内部被曝は明らかだった」(甲379[3 MB]・原文205頁)、「免震棟は地震には強いが、放射能には対応していなかった。出入り時に除洗もなされず、汚染された床で皆ザコ寝をしており、内部被曝が心配」(甲379[3 MB]・原文205頁)、「食料だけでなく、マスク、線量計、手袋、防護服についても管理保管すべき」(甲379[3 MB]・原文206頁)、「脱水症状の様な人、爆発の際にケガをした人など、現場では処置らしい処置もできない状態だったため、医師の確保が重要」(甲379[3 MB]・原文210頁)という具体的声が寄せられているのである。

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  (3) 事故後に判明した1号機への注水失敗

2017年9月に発刊されたNHKスペシャル『メルトダウン』取材班『福島第一原発1号機冷却「失敗の本質」』(甲380[8 MB])によれば、「吉田所長の英断」と評価されていた1号機への注水は、実は失敗であった。

  ア 1号機について原子炉内に核燃料が残っていない状況が明らかになってきたこと
福島第一原発事故の発生当初、東京電力は炉心溶融(メルトダウン)自体を認めておらず、事故から二か月以上経った2011年5月15日にはじめてメルトダウンの可能性を認めた。しかし、その段階でも、燃料は、原子炉圧力容器の中に大半がとどまっているとされていた。

ところが、2015年に行われた宇宙線「ミュー粒子」を用いた検査では、1号機の圧力容器内には核燃料がほとんど残存じていないことが示唆された。

  イ 2016年9月の日本原子力学会による国際廃炉研究開発機構による発表
さらに、2016年9月7日に日本原子力学会の大会で行われた報告では、1号機に対する注水の寄与がほぼゼロであることが報告された。

すなわち、東京電力は、2011年3月11日の東日本大震災のあと、3月12日に、1号機への注水を開始したが、12日たった3月23日になって制御室の電源が復旧した時点で、1号機の注水量が十分でないことに気付き、注水ルートを変更した。それまでは、1号機の原子炉冷却に寄与する注水はほぼゼロだった。

1号機への注水をめぐっては、3月12日午前7時台に、福島第一原子力発電所の所長であった吉田昌郎が、東京電力本店の注水の中止指示を無視する形で海水の注水作業を続行したことが英断であるとの評価もされているが、実は、吉田所長による決断の結果の注水がまったく奏功していなかったのである。

  ウ 注水量はほとんどゼロであったことが2017年の最新の分析で裏付けられたこと
さらに2017年2月、エネルギー総合工学研究所の専門家とNHKが最新の解析コードを用いて行った分析では、1号機への注水量は0.07~0.075リットル/秒という結果が出た。1号機への注水はほとんど意味がなかったことが改めて裏付けられた。

また、この分析では、仮にそれなりの量が注水されていても、1号機の場合は、核燃料の真上から水を注ぐ「コアスプレー」による注水が行われていたところ、3月12日の時点では、1000度を超える熱により、鋼鉄でできた機器が変形し、コアスプレーの配管が歪んで細くなったり、閉塞してしまった可能性もあることが判明した。
エ海水は復水器へ流れ込んでいた可能性があること

1号機への注水は消火系配管を通じて行われていたが、1号機については、消防車が注水した栓から原子炉に至るまでの「注水ライン」の間に10本の「抜け道」(バイパスフロー)があったことが2013年12月に判明している(下図参照)。この抜け道に、ほとんどの水が流れ込んでいたことになる。

甲380[8 MB]『福島第一原発1号機冷却「失敗の本質」』176~177頁> 【図省略】

一番多くの海水が送水された先は「復水器」と呼ばれる機器であり、この機器に海水が流れ込んだ原因は、下図の通り、低圧復水ポンプの電源が止まることで、本来、消防車から送水された水が進入することが想定されていないルートで、復水器に進入した、というものである。

甲380[8 MB]『福島第一原発1号機冷却「失敗の本質」』180頁> 【図省略】

2016年の日本原子力学会での発表や、2017年のエネルギー総合工学研究所・NHKの分析、はこの推論を裏付けるものになったと言える。

  オ 注水開始時点ではすでにメルトスルーしていた
さらに、上述のネルギー総合工学研究所の専門家とNHKが最新の解析コードを用いて行った分析では、注水が始まった2011年3月12日の段階では、すでに1号機の核燃料は全て溶け落ち、原子炉の中に核燃料はとどまっていなかった(メルトスルー)と推測された。すなわち、仮に3月12日の時点で1号機への注水が奏功していても、すでに核燃料を原子炉圧力容器内に止めることとの関係では、時機を逸していた可能性が高い。

  カ 1号機の大きな水素爆轟の原因が従前の理解と異なる可能性があること
また、このように、事故時の1号機の状況の解析がすすむにつれ、1号機が大きく爆発する原因となった水素の大量発生の原因が、従前から言われていた水-ジルコニウム反応により発生した水素よりも、「溶融炉心コンクリート」(MCCI)、すなわち、溶け落ちた核燃料が原子炉の底を突き破り、格納容器の床に達した後、核燃料の崩壊熱による高温が維持されることで床のコンクリートを解かし続ける事態が起きた際に発生した水素の方が多数(7割)を占めることも分かってきた。

早期にメルトスルーが発生したことで、「溶融炉心コンクリート相互作用」(MCCI)が激しく発生し、それが大きな水素爆発の原因となったのである。3月23日までの間の注水が奏功しなかったことで、「溶融炉心コンクリート」(MCCI)が促進されることとなった。

  キ 小括

この1号機への注水の失敗を例にとっても、現場では全く想定のできない隠れた要因により、注水自体が失敗し、仮に成功していても、メルトダウンやメルトスルーを防止することとの関係では、すでに手遅れであったことが分かる。さらにいえば、水素爆発の発生原因自体が、従前考えられていたものとは異なる可能性が強くなっており、注水の失敗が原因で大爆発を引き起こしたと考えられる。

このような緊急事態への対応について、実際に緊急事態を引き起こして訓練することは危険すぎてできない。工業製品では自動車の衝突安全性能の試験のように、実際に緊急事態を引き起こして試験をする例があるが、原発ではそのような試験ができないのである。
そして、そのような想定外の事象を事前に想定して事前に訓練することも不可能である。

そして、1号機への注水失敗の原因については、国会事故調査委員会も、政府事故調査委員会もほとんど着目していない。事故の検証の段階でも「想定外」だったのである。

結局、1号機への注水失敗に関する経過は、非常事態において人力に頼る作業自体に限界があり、いくらマニュアルを整備しても、想定外のことが次々に発生し、事態の拡大を防げなくなる、という原発事故に関する冷酷な事実を如実に示しているのである。

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◆原告第40準備書面
第1 福島第一原発事故を経てもなお繰り返される安全神話

2017年(平成29年)10月27日

原告第40準備書面
-過酷事故における人的対応の現実と限界-

目次


第1 福島第一原発事故を経てもなお繰り返される安全神話

  1.  福島第一原発事故は、それまでの原発への安全対策が、「万が一にも事故は起こらない」ことを前提とした「安全神話」にすぎなかったこと、具体的には国際標準である深層防護における第1~第3層までの対策しか考えられておらず、策4層(過酷事故対策)及び第5層(避難計画等の防災対策)の対策が極めて不十分であったことを明らかにした(原告第1準備書面・甲32)。
    しかるに、本訴訟においてもなお、被告関電は、「本件発電所においては、自然的立地条件に対する安全確保対策や事故防止に係る安全確保対策により、炉心の著しい損傷や周辺環境への放射性物質の異常な放出が生じる蓋然性はないのであるから、放射性物質の大量放出等が生じて原告らの人格権等が侵害されることは考えられないのであって、かかる事態が生じることを前提とする原子力災害対策の内容の当否は、本件訴訟においては主たる争点にはならない。」(被告関電第9準備書面[10 MB]・59頁)などと、相変わらず「安全神話」そのものの主張を繰り返しているのである。
  2.  このような被告関電の主張は、被告関電が想定する基準地震動以下の地震は絶対に発生しないこと、すなわち起こり得る地震の規模が予知できることが前提となっているが、この前提は一般常識にも科学的知見にも反している。
    例えば、2017年(平成29年)8月、内閣府の南海トラフ地震対策のために設置された南海トラフ沿いの大規模地震の予測可能性に関する調査部会の報告書には、「ここで検討したいずれの手法も、現時点においては、地震の発生時期や場所・規模を確度高く予測する科学的に確立した手法ではなく」「これら科学的知見の現状について、過度の期待や誤解がないよう、社会との間で共有することが不可欠である」(甲370[273 KB]・20頁以下「11.おわりに」)と明確に述べている。
  3.  本訴訟において原告らが問題にしているのは、原子炉施設の安全ではなく、広範な範囲に及ぶ周辺住民の安全である。そして、ひとたび過酷事故が起こってしまった場合、周辺住民の安全は、いかに適切に事故収束作業が行われるかにかかっている。問題は、原発事故においては、事故収束作業に関わる人々が、二重拘束(ダブルバインド)、すなわち待避しないと自分の命が危ないという現実的な危険と、待避してしまったら一般の人たちの命を危うくするという倫理的な危険の板挟みになる点である。過酷事故時において、「福島フィフティ」の言葉に象徴されるような「英雄的」行為を期待し、また、極限状態の中でなお、適切な判断や行動を期待することは、困難というべきである。
    下記、具体的に述べる。

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◆原告第40準備書面
-過酷事故における人的対応の現実と限界-
目次

2017年(平成29年)10月27日

原告第40準備書面
-過酷事故における人的対応の現実と限界-

原告第40準備書面[3 MB]

目次

第1 福島第一原発事故を経てもなお繰り返される安全神話

第2 過酷事故における人的対応の現実と限界
1 原子力情報コンサルタントである佐藤暁氏の指摘
2 福島第一原発事故における人的対応の現実と限界

第3 過酷事故対策を怠る関電に、原発を再稼働させてはならない

◆原告第39準備書面
第11 立地審査指針(甲369の271p~最後)

2017(平成29)年10月27日

原告第39準備書面
-原子力規制委員会の「考え方」が不合理なものであること-

目次

第11 立地審査指針(甲369の271p~最後)
1 立地審査指針の構成
2 福島第一原発事故を経験した今日における立地審査指針の重要性
3 具体的な適用場面における甘い事故想定
4 現在における立地審査指針の位置づけ
5 過酷事故対策や原子力防災の強化によって立地審査指針が不要となったとする考え方は,法や国際基準とも整合しない。
6 原子力規制委員会の「考え方」が本末転倒な不合理なものであること
7 小括


第11 立地審査指針(甲369の271p~最後)


 1 立地審査指針の構成

立地審査指針は,「基本的考え方」,「立地審査の指針」,「適用範囲」を示す「原子炉立地審査指針」及び「原子炉立地審査指針を適用する際に必要な暫定的判断のめやす」(以下「判断のめやす」という。)で構成される[149]

「基本的考え方」は,「原則的立地条件①,②,③」と「基本的目標a,b,c」で構成される(詳細は甲369の260p以下)。

そして,立地条件の適否を判断する際には,公衆に放射線障害を与えないなどの上記「基本的目標」を達成するため,少なくとも三条件が満たされていることを確認しなければならないとして,「立地審査の指針」が定められ,これに関し,原子炉から一定距離は非居住区域とすること等を内容とする「判断のめやす」が示されている(詳細は甲369の261p以下)。

[149] 「原子炉立地審査指針及びその適用に関する判断のめやすについて」


 2 福島第一原発事故を経験した今日における立地審査指針の重要性

立地審査指針は,原則的立地条件②において,原子炉施設の安全防護上の問題を立地の問題としてもとらえ,原子炉と公衆の離隔要件を検討すべきとしている。
また,原則的立地条件③において,原子力防災対策等について適切な措置を講ずることができないような敷地はそもそも立地不適であるとして,原子力防災の問題も立地における隔離要件の中で検討すべきとしている。

このような立地審査指針の基本的考え方は,福島第一原発事故を経験した今日においてもなお原子力発電を実施しようとするのであれば,原子炉の安全性を確保する上でいっそう重要な観点である。

福島第一原発事故の結果,ヨウ素換算でチェルノブイリ原発事故の約6分の1に相当するおよそ900PBqの放射性物質が放出され,これにより,福島県内の1800km2もの広大な土地が,年間5mSv以上の空間線量を発する可能性のある地域になった[150]。このように原発事故が原子炉施設の敷地範囲を超えて周辺住民に放射線障害を与え得るものであることが明らかとなった。

また,福島第一原発事故による避難区域指定は,福島県内の12市町村に及び,避難した人数は,警戒区域(福島第一原発から半径20km圏)で約7万8000人,計画的避難区域(20km以遠で年間積算線量が20mSvに達するおそれがある地域)で約1万10人,緊急時避難準備区域(半径20~30km圏で計画的避難区域及び屋内避難指示が解除された地域を除く地域)で約5万8510人,合計では約14万6520人に達した[151]。避難の過程では多くの混乱が生じ,医療施設の入院患者ら少なくとも60名が死亡した[152]。これらの極めて悲惨な事態は,上記立地審査指針の基本的考え方を適切に踏まえ,いかに最悪の事故が起きようと周辺住民に危険が及ばないよう,そのようなリスクが仮想的にでも考えられる場所にはそもそも原子炉を設置しないこととしていれば,確実に防ぐことができたはずのものである。

福島第一原発事故の教訓からすれば,少なくとも抽象的なレベルとしての立地審査指針の基本的考え方そのものは,今なお周辺住民への被害を防ぐために重要な観点である。

[150] 「国会事故調報告書」(WEB版)349~350頁

[151] 「国会事故調報告書」(WEB版)351頁

[152] 「国会事故調報告書」(WEB版)381頁


 3 具体的な適用場面における甘い事故想定

ただ,従来の立地審査指針は,具体的な適用場面において,重大事故や仮想事故について極めて甘い事故想定をしていたために,これまではほとんど有意義な機能を果たしていなかった。甘い基準で重大事故や仮想事故を想定していたために,非居住区域や低人口地帯であるべき範囲は原発敷地内にとどまるという不合理な結論になり,「考え方の要旨」4(甲369の259p)のように,既許可の施設には立地不適の原子炉は無いと判断されていた。

従来の立地審査指針において極めて甘い事故想定がなされていた理由に関して,元原子力安全委員会委員長の班目春樹氏は,次のように述べている[153]

□ 1964年に制定され89年に改訂された『原子炉立地審査指針及びその適用に関する判断の目安について』というものがあります。/通常「立地審査指針」と言われているものです。原発を新設する時,その場所に建設していいか,適地なのかを判断する基準です。その中身は,単純化していうと,原発を立地するには,災害が起きそうもない場所を選び,仮に大きな事故が起きたとしても,放射性物質の漏出で影響が及ぶ範囲には大勢の人が住んでいないこと,というものです。/

私は事故前から「これはおかしい」と思っていました。本当に安全性の確保につながる指針かと疑っていたので,「原安委として,抜本的に見直すべきだ」とあちこちで発言していました。

電力会社は,原発新設の前に設置許可申請書を提出しますが,その中に,「立地審査指針が満たされている」と必ず記されている。さらに,「最悪の場合に起きるかもしれない事故(重大事故)で放射性物質が飛散する範囲には人は住んでおらず(非居住区域),重大事故を超えるような,起きるとは考えられないような事故(仮想事故)でも,放射性物質が飛散する範囲には,殆ど人は住んでいない(低人口地帯)」とも書いてあります。これはつまり,「どんな事故があっても,影響は敷地外に及ばない」という申請書なのです。/どうして,最悪の重大事故でも影響は敷地内にとどまるのかというと,影響が敷地内にとどまるよう逆に考え事故を設定しているからです。要は「本末転倒」ということです。しかし,実際,福島原発事故では,敷地を超えて放射性物質が飛散しました。立地審査指針を満たしていれば,こんなことは起きないはずでした。/」□

また,班目氏は,国会事故調の第4回委員会でも,「甘々な評価をして」等と発言している[154]甲369[4 MB]の264p以下)。

すなわち,従来の立地審査指針は,抽象的理念としては重要な観点を提示していたものの,その具体的な適用場面において,影響は敷地内にとどまるという結果になるように逆算されていたと規制機関のトップの専門家でさえ考えてしまうほど,不合理な事故想定がされており,その結果として,原子力規制において有意な役割を果たすことができていなかったのである。

このように旧規制機関が原則的立地条件①の審査を懈怠していたのであるから,原子力規制委員会にはこの点の真摯な見直しが求められているのであり,その際には最新の科学的技術的知見が用いられるべきであって,それが原子炉の位置についてもバックチェックを要求している改正原子炉等規制法の趣旨というべきである。

しかし後述のとおり,現在原子力規制委員会が行っている適合性審査では,改正法の趣旨を十分に踏まえたものとは到底言えない。

[153] 岡本孝司「証言班目春樹原子力安全委員会は何を間違えたのか?」 143~144頁

[154] 「国会事故調会議録」76~77頁

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 4 現在における立地審査指針の位置づけ

「考え方」は,「原則的立地条件①」は損傷防止策の評価の中でも考慮されていると指摘しているが,施設そのものの損傷防止策と立地審査指針は,役割の異なる次元の違う話であり,代替できるものではない。

すなわち,立地審査指針の「原則的立地条件」は,原子炉が「事故を起こさないように設計,建設,運転及び保守を行わなければならないことは当然のこと」と前置きしたうえで,「なお万一の事故に備え,公衆の安全を確保するために」設けられている条件である(立地審査指針1.1柱書参照)。

つまり,「原則的立地条件」は,原子炉に万全の損傷防止策等が施されていることを前提にして,なお立地の観点から周辺住民の安全を図るべきとする考え方である。立地の問題を損傷防止策に置き換えるという考え方は,上記のような「原則的立地条件」の基本的な理念に整合しない。

立地の問題を損傷防止策に置き換えるという考え方は,いかなる自然現象等が起きたとしても原子炉の損傷防止策は必ず存するという虚構を前提としており,これは一種の逆算である。

原則的立地指針②,③についても同様である(甲369[4 MB]の269p以下)。

原子力防災対策としての立地審査は,避難計画等の他の原子力防災対策にはない固有の意義があり,他の原子力防災対策があることによって直ちにその役割がなくなることにはならない。


 5 過酷事故対策や原子力防災の強化によって立地審査指針が不要となったとする考え方は,法や国際基準とも整合しない。

(1) 法律違反

改正前の原子炉等規制法24条1項4号は,原子炉の「位置」が「災害の防止上支障がないものであること」を求めており,その具体的基準となっていたのが立地審査指針であった。そして,その立地審査指針は,「原則的立地条件」の中で,原子炉と周辺住民の「離隔」を明確に求めていた。

その後,福島第一原発事故の教訓を踏まえ平成24年に原子炉等規制法が改正された際も,原子炉が災害の防止上支障がないものであるかどうかの適合性審査の考慮要素の中の「位置」の文言は削除されなかった(同法第43条の3の6・1項4号)。

福島第一原発事故で我々は,原子炉そのものの事故対策が功を奏さず,放射性物質が原子炉敷地を超えて広範囲に飛散する現実を目の当たりにした。その上で,改正原子炉等規制法は,従前離隔要件として解されていた「位置」の文言を削除しなかったのであるから,改正原子炉等規制法は,従前通り原子炉と周辺住民の離隔を考慮すべきことを求めていると考えるのが自然である。福島第一原発事故の教訓を踏まえるのであれば,国民の生命・身体の安全確保を図るという理念の下,従来の恣意的な事故想定を正して少なくとも福島第一原発事故の現実を踏まえた想定によって立地を審査する規則を策定することを原子力規制委員会に義務付けているというのが素直な法解釈である。

(2) 確立された国際基準違背

IAEA安全基準では,「個別安全要件」として,「原子力発電所の安全」とは別個に,「原子炉等施設の立地評価」が求められており,「安全要件」(SafetyRequirements)として,「原子炉等施設の立地評価」(Site Evaluation for NuclearInstallations)(NS-R-3(Rev.1))[155]が策定されている。その2.26以下では「人口と緊急時計画の考慮についての基準」(CRITERIA DERIVED FROMCONSIDERATIONS OF POPULATIONAND EMERGENCY)が規定され,立地の際には人口分布や複合災害時を含む緊急時対応計画の実現可能性が考慮されるべきことが規定されている。

すなわち,放射性被害からの安全の確保は,施設そのものの防護のみで図られるのではなく,その前段階としての「立地評価」においても図られるべきものであるという視点を提示している。アメリカ原子力規制委員会も同様である(甲369の271p)。

改正原子力基本法2条は安全確保の上で確立した国際的な基準を踏まえるべきことを規定しているところ,前記の国際基準から考えれば,立地審査は現在の原子力規制においても必要とされているものであり,立地審査を廃止することを肯定する法的根拠は見受けられない。

[155] 「原子炉等施設の立地評価」(Site Evaluation for Nuclear Installations)(NS-R-3(Rev.1))

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 6 原子力規制委員会の「考え方」が本末転倒な不合理なものであること

「考え方」では,従来の立地審査指針が原子力防災に役立つものではなかったということを指摘するが(甲369の274p),それはそもそも「甘々な」(班目氏発言)誤った事故想定をしていたことが原因なのであって,原子力防災のことを考慮した立地審査を行おうとする立地審査指針自体が不合理であるはずがない。

福島第一原発事故の教訓を踏まえれば,本来の立地審査指針が求めるような,技術的見地からは起こるとは考えられない事故(=仮想事故)を真摯に想定し,真に実効性のある緊急時計画を策定しておくことは極めて重要である。

そして,とりわけ周辺住民の避難については,実現性の疑わしい机上の避難計画などではなく,真に実効性のある万全の措置が講じられるべきであり,立地審査を前提として初めて効果的な対策ができるというべきである。

例えば,高齢者や障がい者等の避難が容易でない者の施設が多数立地する地域には,原子炉施設をそもそも設置しないとすれば,避難することそれ自体が心身に多大な悪影響となる避難困難者をより確実に保護することができる。

現在の原子力災害対策指針は実現可能とはとても言えない段階的避難計画を各自治体に立てさせているが,立地審査指針にあるように,避難を必要とする範囲内の住民を少人数とすれば,実現困難な計画を立てさせずに済む。周辺にあまりに多くの人口が分布する原発,多数の住民が居住する離島の周辺にある原発や,半島の付け根にある原発等は,住民の避難の困難性に鑑みて,立地を根本的に見直すべきことになる。

立地審査指針は原子力防災に一定の効果があることは「考え方」も認めるところであり,しかも「位置」の考慮は法律上の要請である。そうであれば,福島第一原発事故の教訓を踏まえた立地審査の基準が策定されていない以上,審査は不合理というべきであり,人格権侵害の現実的危険性を生じさせるものである。

なお,「考え方」は,国際放射線防護委員会(ICRP)の2007年勧告を引用して,立地審査指針が考慮した集団線量が社会的影響の考慮としては不適切であり,福島原発事故を踏まえ半減期の長い放射性物質の総放出量という観点からの規制が合理的だと主張している(甲369[4 MB]の279p)。

この点,立地審査指針における社会的影響を集団線量で考えることが不合理であるかどうかは判然としないが,上記を前提としても,立地審査指針において社会的影響を考慮した離隔要件を設けること自体が不合理であるという考え方には結びつかず,この点からも「考え方」は非論理的である。


 7 小括

福島原発事故の教訓に照らし,立地審査基準(現在でも廃止されたわけではない)によって「非居住区域」とすべき本件原発の周辺地域には,現実には多数の人々が居住している。さらに,「低人口区域」とすべき地域には,多くの大都市が含まれ,夥しい数の人々が居住している。よって,立地審査基準の一点をとってみても,本件原発の設置(変更)に許可を出すのは違法であり,このことは民事訴訟上も,原告らに人格権侵害の具体的危険があることを意味する。

 

以上

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