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◆原告第22準備書面
-綾部市避難計画の問題点について-

原告第22準備書面
-綾部市避難計画の問題点について-

原告第22準備書面[140 KB]

2016年(平成28年)5月13日

 

原告第6準備書面において、避難困難性について述べたが、本準備書面では綾部市における避難計画の問題点について追加の主張を行う。

第1 綾部市地域防災計画の問題点について

 1 飲料水について

原告第6準備書面において、大野ダム、和知ダム、由良川ダムは、大飯原発から35km~40km圏内に位置し、これらのダムや由良川水系が放射性物質によって汚染されれば、京都府北部全体において、飲料水の確保が極めて困難になる旨主張した。

平成28年3月、綾部市防災会議は、綾部市地域防災計画原子力災害対策編を改定した(以下「平成28年3月綾部市原子力災害対策」という(甲277号証))。平成25年綾部市原子力災害対策(甲79号証)では、第3編緊急事態応急対策の項に、「第6章飲食物の出荷制限、摂取制限等」が定められていた。

平成28年3月綾部市原子力災害対策では、第2編原子力災害事前対策の項に新たな項目として、「飲食物の出荷制限、摂取制限等」(同第8章)が加えられた。

しかし、同章では、

「第1 飲食物の出荷制限、摂取制限に関する体制整備
市は、国、京都府及び関係機関と協議し、飲食物の出荷制限、摂取制限に関する体制をあらかじめ定めておくものとする。
第2 飲食物の出荷制限、摂取制限等を行った場合の住民への供給体制の確保
市は、飲食物の出荷制限、摂取制限等を行った場合における、住民への飲食物の供給体制をあらかじめ定めておくものとする。」

とされているだけで、何ら具体的な対策は記載されていない。
このように、改定された避難計画でさえも、飲料水の確保について具体的な記載をすることができていないのであり、由良川水系が放射性物質によって汚染されれば、京都府北部全体において、飲料水の確保が極めて困難となる。

 2 避難について

  (1)「第6要配慮者への配慮」の新設

平成28年3月綾部市原子力災害対策では、「第3編緊急事態応急対策第4章避難、屋内退避等の防護措置」の項に「第6要配慮者への配慮」という項目を新設した。

しかし、同項は、「災害時に要援護者について十分配慮する」と記載するのみで、要配慮者ごとの具体的な内容が記載されておらず、全く対策となっていない。

  (2)「第6要配慮者への配慮」の問題点

「要配慮者」とは(高齢者、障害者、外国人、乳幼児、妊産婦、傷病者、入院患者等をいう(平成28年3月綾部市原子力災害対策16頁参照)。
例えば、障害者には、視覚障害者や身体障害者もおり、障害の程度も異なる。

視覚障害の場合や重度の身体障害者の場合、車を運転することはできず、自家用車で避難することができないため、家族などの援助が必要であるが、単身者の場合その援助も得ることができず、避難することができない事態となる。

平成28年3月綾部市原子力対策では、「要配慮者等が避難に時間を要する場合においては、綾部市奥上林公民館に放射線防護対策工事を実施する」と定められている。

しかし、放射性防護対策工事の具体的中身が明らかとなっていないだけでなく、そもそも避難することのできない重度の障害をもっているものは、公民館に移動することも困難である。

第2 結論

このように、平成28年3月綾部市原子力対策は、具体的な事態や個々の避難者の個別事情を想定して作成されていないのであり、避難計画としては、全く対策となっていないのである。

以上

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◆原告第21準備書面
第2 川内原発稼働等停止等差止仮処分申立却下決定に対する即時抗告について

 原告第21準備書面 目次

第2 川内原発稼働等停止等差止仮処分申立却下決定に対する即時抗告について

福岡高裁宮崎支部は、平成28年4月6日、川内原発稼働等停止等差止仮処分申立却下決定に対する即時抗告について、これを棄却した(以下「高裁決定」という。)。
高裁決定の不当な点は多岐にわたるが、以下では主要な点について取り上げ、述べることとする。

 1 司法審査の在り方について

  (1)高裁決定の内容

まず、高裁決定は、人格権に基づく原子炉施設の運転差止仮処分命令に関する司法審査の在り方について、以下のとおり判断した。

まず、差止請求の要件となる具体的な危険の判断について、「地震、津波や火山の噴火といった自然現象の予測における科学的、技術的手法には必然的に限界が存するものであって、少なくとも現時点においてその限界が克服されたとは言い難い状況にあることは公知の事実であり、最新の科学的技術的知見を踏まえた予測を行ったとしても、当該予測を超える事象が発生する危険(リスク)は残る。」「そのようなリスクを許容するか否か、許容するとしてどの限度まで許容するかは、社会通念を基準として判断するほかないというべきである。」「そうであるとすれば、人格権に基づく妨害予防請求としての発電用原子炉施設の運転等の差止請求においても、当該発電用原子炉施設が確保すべき安全性については、我が国の社会がどの程度の水準のものであれば容認するか、換言すれば、どの程度の危険性であれば容認するかという観点、すなわち社会通念を基準として判断するほかないというべきである」とした(甲276[14 MB]・59頁)。

そして、福島第一原発事故後の原子力基本法及び原子炉等規制法の改正によって、原子炉等規制法は、最新の科学的技術的知見を踏まえて合理的に予測される規模の自然災害を想定した発電用原子炉施設の安全性の確保を求めるものと解され」、「このような本件改正後の原子炉等規制法の規制の在り方には、我が国の自然災害に対する発電用原子炉施設等の安全性についての社会通念が反映されているということができる」とした。そのうえで、「発電用原子炉施設の安全性が確保されないときにもたらされる災害がいかに重大かつ深刻なものであるとしても、抗告人らが主張するような発電用原子炉施設について最新の科学的、技術的知見を踏まえた合理的予測を超えた水準での絶対的な安全性に準じる安全性の確保を求めることが社会通念となっているということはできず、」「およそあらゆる自然災害についてその発生可能性が零ないし限りなく零に近くならない限り安全性確保の上でこれを想定すべきであるとの社会通念が確立しているということもできない」とした(同[14 MB]・65頁)。

また、裁判所による具体的危険の判断についての審理判断について、「原子力規制委員会において用いられている具体的な審査基準の設定に不合理な点がないか否か、及び当該発電用原子炉施設が当該具体的審査基準に適合するとした原子力規制委員会の判断に不合理な点がないか否かないしその調査審議及び判断の過程に看過しがたい過誤、欠落がないか否かという観点から行われることになるが、これは、裁判制度に内在する制約というべきである。」とした(甲276[14 MB]・69頁)。

  (2)原子炉施設による事故は万に一つも発生させてはならないこと

上記のように高裁決定は、発電用原子炉施設が確保すべき安全性については、我が国の社会がどの程度の水準のものであれば容認するかという社会通念を基準として判断するべきとした。

しかしながら、福島第一原発事故は、当時の安全基準からすると「想定外」の事象に見舞われた結果発生したものであるところ、高裁決定はこのような想定外の事故が起こりうるということを無視し、原子力規制委員会において策定された審査基準を無批判に追従するという新たな安全神話に基づいた判断であり不当である。

そして、原子炉施設における事故は、ひとたび発生すれば、生命身体に回復しがたい深刻な被害を発生し、放射能によって汚染された環境は長期間にわたり生活できない状況になることは福島第一原発事故によって明らかな事実なった。

そうである以上、原子炉施設における事故は、万に一つも発生させてはならないものであるというべきであり、このような判断については社会通念というあいまいな基準ではなく、客観的な具体的危険発生の有無によって判断すべきである。

そして、当該具体的危険発生の有無については、発電用原子炉施設において過酷事故を絶対に起こしてはならないという絶対的な安全性に準じる極めて高度な安全性を前提として、重大な災害、過酷事故が万が一にも起こらないようにするための高度な安全性に欠ける点があるか否かについて、客観的に判断すべきものである。

また、仮に、社会通念上で判断するとしても、福島第一原発事故を体験した我が国においては、原子力発電の廃止を求める者は当然のことであるが、容認する者であっても、稼働にあたって二度と福島第一原発事故のような過酷事故は発生させてはならないとの考えは有しているのであり、万が一にも過酷事故は発生させてはならないとの考えは社会通念となっているものといえる。

そうであるにもかかわらず、高裁決定は、あたかも現在の政府が推進する原子力規制委員会による安全基準の内容がすなわち社会通念であるかのように判断したうえで、そのような判断の仕方が司法制度の内在的な制約であるとしている。しかし、結局のところ、高裁決定は、行政機関から独立して法的判断を行い、人権を擁護するという司法機関の役割を放棄してしまっているにすぎない。
以上から、高裁決定の司法審査の在り方は不当であり認められない。

 2 地震に起因する本件原子炉施設の事故の可能性

次に、高裁決定は、地震に起因する原子炉施設の事故の可能性について、概ね以下のとおり判断した。

  (1)基準地震動について

高裁決定は、応答スペクトルに基づく手法につき、地震動想定に用いる経験式が有するばらつきも考慮されている必要があると認め、断層の長さから地震規模を求める松田式にばらつきがあるとしながら、地域的特性を踏まえた地震動評価であることなどを理由に、過小評価となっているということもできないとしている(甲276[14 MB]・94頁ないし99頁)。

しかしながら、ばらつきがあることを認めるのであれば、このばらつきを前提とした万全の対策を求めるべきであるところ、これをせずとも過小評価とならないとすることは著しく不合理な判断である。

地震は、いまだ未確定な事実が多く、ばらつきがあることを前提に最大限の安全性を考慮しなければならないことは、高裁決定直後に発生した熊本地震が当初、14日に発生したマグニチュード6.5 の地震が本震で、その後に発生するものは余震であり地震の規模で上回るとは想定されていなかったにもかかわらず、16日になってマグニチュード7.3 の地震が発生したため、気象庁は14日のものを前震、16日のものを本震と修正していることからも明らかであり、予期せぬ事態は常に起こりうることを前提としなければならない。

また、震源を特定せず策定する地震動(Ss-2)について、震源を特定して策定する地震動(Ss-1)を補完するものとして位置づけられているとしている点については、原決定がSs-2につき、「付加的・補完的な位置付けとして理解することは相当ではない」とした点をさらに後退させるものであり、不当な判断であると言わざるを得ない。

  (2)深層防護について

深層防護の考え方について、新規制基準には第5層(防災対策)の深層防護の観点からの明示的な規定は見当たらない、としたうえで、原子力防災対策については、原子力事業者が第一次的な責務を負うものの、国の関係省庁等及び関係地方公共団体との連携協力がそれぞれの責務の円滑な遂行にとって不可欠となることから、原子力規制委員会にはその専門的、科学的な観点から関与させることとしたものであると解される。もとより、防災対策を発電用原子炉の設置、運転等に関する規制の対象とするか否かは、立法政策に属する事柄であるところ、このような立法政策が不合理であるということはできない、とした(甲276[13 MB]・170頁)。

しかしながら、第5層の防災対策が規定されず立法政策と新規制基準から除外することは、結局のところ事故が発生した場合に備えた対策がなくとも発電用原子炉を稼働させることができることを容認したものであり、許されない。事故に備えた対応までを万全に整備したうえでなければ審査基準を満たさないという発想こそが社会通念であるといえ、これを無視した判断は、高裁決定のいう「社会通念」が結局のところ政府の意向であるということが露見されたといえる。

 3 避難計画の実効性について

  (1)高裁決定の内容

高裁決定は、避難計画の実効性について、まず、原子力災害対策に関する法令の規定からすれば、原子力災害の発生の防止及び拡大の防止等についての原子力事業者は第一次的な責務を負うものの、当該原子力事業所において必要な措置を講ずることが前提とされており、当該原子力事業所周辺住民の生命または身体を原子力災害から保護するための避難等を含むいわゆるオフサイトの災害対策は、市町村、都道府県及び国が担うものとされ、避難計画の作成および非難の勧告または指示を含めて、基本的に市町村の責務とされている。これらのオフサイトの災害対策については、発電用原子炉の設置、運転等に関する規制の対象とされていない、としたうえで、以上のような現行法制度において、避難計画が全く存在しないか又は存在しないのと同視し得るにもかかわらずあえて当該発電用原子炉施設を運転等するような場合でない限り、当該避難計画が合理性ないし実効性を欠くものであるとしても、その一事をもって直ちに、当該発電用原子炉施設が安全性に欠けるところがあるとして、違法な侵害行為のおそれがあるということはできないとした。

そいて、本件避難計画等は、実効性等に問題点を指摘することが出来るとしても周辺住民の避難計画が存在しないのと同視しうるということはできないから、違法な侵害行為のおそれがあるということはできない、とした(甲276[13 MB]・270頁)。

  (2)住民の生命・身体の安全を軽視した判断であること

上述のとおり、避難計画の策定は、住民の生命・身体の安全を図るうえで不可欠の要素であるところ、高裁決定は、これを発電用原子炉の設置、運転等に関する規制の対象としないことを肯定したうえで、現行法制度では避難計画が全く存在しないか、これと同視できる程度の計画である場合でなければ発電用原子炉の安全性に欠けるところがあるとはいえないとしており、生命・身体の安全を著しく軽視した不当な内容であるということができる。
発電用原子炉において、ひとたび過酷事故が発生した場合には、その被害は甚大であり、付近住民を適切に避難させなければ、多くの生命・身体に著しい被害を与えることになりかねない。そうである以上、避難計画については、現行法制度において誰が実施主体であるかにかかわらず、適切に策定されていなければならないところ、これを全く度外視し、政府の判断をそのまま肯定した高裁決定は許されない。

 4 結論

以上のとおり、高裁決定は、司法審査の在り方において政府の判断に迎合してしまったため、その後の具体的判断において形式的な審査しかせず、周辺住民の生命・身体の安全を見捨てるという司法機関の役割を放棄するものであって許されるものではない。

以上

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◆原告第21準備書面
第1 3.9大津地裁仮処分決定の意義について

 原告第21準備書面 目次

第1 3.9大津地裁仮処分決定の意義について
 ―国と電力会社が進める再稼働の流れに見直しを迫る―

 1、福島第一原発事故後の原発訴訟の流れ

ア 福井地裁大飯原発差し止め判決 平成26年5月21日   差し止め
イ 福井地裁高浜原発差し止め仮処分 平成27年4月14日   差し止め
ウ 鹿児島地裁川内原発差し止め仮処分 平成27年4月22日 差し止めを認めず
エ 福井地裁高浜原発仮処分異議 平成27年12月24日 差し止めを認めず
オ 大津地裁高浜原発差し止め仮処分 平成28年3月9日 差し止め
カ 福岡高裁宮崎支部(ウの抗告審) 平成28年4月6日 差し止めを認めず

 2、大津地裁仮処分決定の意議

以下本項において、大津地裁仮処分決定の持つ意義について述べる。

 ア 現に稼働中の原発を差し止めた初めての司法判断

  1.  この大津地裁の差し止め決定に対し、関経連副会長角和夫は「憤りを超えて怒りを覚えます。なぜ一地裁の裁判官によって、国のエネルギー政策に支障をきたすことが起こるのか。こういうことができないよう、速やかな法改正をのぞむ。」
  2.  同会長森詳介は「値下げができなくなったことが関西経済に与える影響は小さくないと考えており、一日も早く不当な決定を取り消していただかなければならない。」
  3.  同副会長佐藤広士は「電気料金の高止まりは企業経営に大きな影響を及ぼす。」と述べたと伝えられている。
  4.  現在この国において、福島第一原発事故を踏まえた真っ当なエネルギー政策と言えるものが存在するかどうか甚だ疑わしいが、原発差し止め事件は、福島第一原発事故後は、事故によって生ずる途方もない人権侵害の危険性が問題となっており、国のエネルギー政策の当否を問うものではない。原発の安全性の立証ができなかった電力会社や財界が、国のエネルギー政策を錦の御旗にして、人権侵害の危険性を顧みないことは、到底許されない。国のエネルギー政策が住民の人権に優先するものでないことは言うまでもないことである。関経連関係者の発言は、この裁判の本質を理解しないもので、誠にお粗末なものという外ない。
    また、地裁裁判官の判断は、裁判官の独立に基づいて行われているものである。そして、裁判官の独立は、地裁、高裁、最高裁の裁判官に等しく保障されており、裁判官の権限が、上に行くほど大きくなるものでは無い。関経連関係者の「一地裁の裁判官によって」という発言は、裁判所を行政官僚組織や会社組織と同じように捉えているようであるが、近代法における裁判所の組織原理を全く理解していないもので、不見識極まるものと言わねばならない。日本を代表する経済団体の代表的地位にある者がこのような不見識な発言を行うことは、誠に嘆かわしい。
  5.  電気料金の値下げができなくなった、電気料金が高止まりになった、というのは、福島第一原発事故の教訓を無視して原発再稼働にしがみついている自らの行為を全く省みない発言である。原発が止まっているにもかかわらず、被告関西電力は黒字となっている。電気料金の値下げ、高止まりの問題は、大津地裁が高浜原発再稼働を差し止めたために生じたというのはミスリードであり、被告関西電力の経営姿勢によるものと考えるべきであろう。それはともかくとして、財界、業界の反応はあまりにも冷静さを欠く短絡的なものである。電力事業者も財界も、原発事故がもたらす破滅的な事態をわがこととして受け止めて、冷静に考えるべきであろう。

 イ 大津地裁の判断は、立地県外の住民の訴え、立地県外の裁判所の初めての判断で、画期的なものである。
原発再稼動に対する同意権は、従来立地自治体に限られていたが、今回の決定によって、立地自治体以外の、原発事故によって甚大な被害を受ける危険性のある住民の訴えによって再稼動を阻止できることになった。人格権に基づく差止の法理からすれば当然の帰結であるが、原発再稼動の従前の仕組みを根底から変える機能を持つものであって、その意義は極めて大きいものがある。

 3、大津地裁決定の内容

 ア、判断枠組み
福井地裁異議審決定の判断枠組みについては、女川原発事件を担当した塚原朋一元裁判官が、強く批判していることを、前回の準備書面において指摘したが、塚原元裁判官は、枠組みについての具体的な説示文言のよって来る思想、姿勢について、福井地裁異議審裁判官を借り物による判断でないかとして批判したのであった。福井地裁異議審決定に対し、大津地裁決定は、「基本的に伊方最高裁判決の枠組みを採用しながら、電力会社が立証すべきこととして、新規制基準に適合しているとされたことだけでなく、「福島第一原発事故の後、原子力規制行政がどのように変化し、その結果、本件各原発の設計や運転のための規制が具体的にどのように強化され、関西電力がこの要請にどのように応えたか」を付加した。これは、福島第一原発事故によって露わになった原発の問題点が解消されるのでない限り、再稼動は認められないとする多くの人々の思いに通じるものといえるだろう。」(井戸謙一「司法の力で原発再稼動を止める」(世界2016年5月号153頁以下))。ここでは、大津地裁は福島第一原発事故に正面から向き合い、借り物でない思想、姿勢によって高浜原発再稼動事件について挑んでいることがわかるのである。

 イ、過酷事故対策における考え方

  1.  福島第一原子力発電所事故の原因究明は、建屋内での調査が進んでおらず、今なお道半ばの状況であり、本件の主張及び疎明の状況を照らせば、津波を主たる原因として特定し得たとしてよいのかも不明である。その災禍の甚大さに真摯に向き合い、二度と同様の事故発生を防ぐとの見地から安全確保対策を講ずるには、原因究明を徹底的に行うことが不可欠である。この点についての債務者の主張及び疎明は未だ不十分な状態にあるにもかかわらず、この点に意を払わないのであれば、そしてこのような姿勢が、債務者ひいては原子力規制委員会の姿勢であるとするならば、そもそも新規制基準策定に向かう姿勢に非常に不安を覚えるものといわざるを得ない。
  2.  地球温暖化に伴い、地球全体の気象に経験したことのない変動が多発するようになってきた現状を踏まえ、また、有史以来の人類の記憶や記録にある事項は、人類が生存し得る温暖で平穏なわずかな時間の限られた経験にすぎないことを考えるとき、災害が起こる度に「想定を超える」災害であったと繰り返されてきた過ちに真摯に向き合うならば、十二分の余裕をもった基準とすることを念頭に置き、常に、他に考慮しなければならない要素ないし危険性を見落としている可能性があるとの立場に立ち、対策の見落としにより過酷事故が生じたとしても、致命的な状態に陥らないようにすることができるとの思想に立って、新規制基準を策定すべきものと考える。□債務者の保全段階における主張及び疎明の程度では、□新規制基準及び本件各原発に係る設置変更許可が、直ちに公共の安寧の基礎となると考えることをためらわざるを得ない。(下線は原告ら代理人。以下同じ)
  3.  電源確保
    新規制基準に基づく審査の過程を検討してみると、過酷事故発生に備えて、債務者は、安全上重要な構築物、系統及び機器の安全機能を確保するため非常用所内電源系を設け、その電力の供給が停止することのないようにする設計を持ち、外部電源が完全に喪失した場合に、発電所の保安を確保し、安全に停止するために必要な電力を供給するため、ディーゼル発電機を用意することとし、これを原子炉補助建屋内のそれぞれ独立した部屋に2台備えることとしている。またそのための燃料を7日分、燃料油貯油そうを設けて貯蔵するとしたり、直流電源設備として蓄電池を置いたり、代替電源設備として空冷式非常発電装置、電源車等を設けることとしたことが認められる。また、原子力規制委員会の審査においては、これらの設置に加え、これらが稼動するための準備に必要な時間、人員、稼動する時間等について審査し、要求事項に適合していると審査した。ほかにも、過酷事故に対処するために必要なパラメータを計測することが困難となった場合において、当該パラメータを推定するための有効な情報を把握するための設備や手順を設けたり、原子炉制御室及びその居住性等について検討しており、これらからすれば、相当の対応策を準備しているとはいえる。しかし、ディーゼル発電機の起動失敗例は少なくなく、空冷式非常用発電装置の耐震性能を認めるに足りる資料はなく、また、電源車等の可動式電源については、地震動の影響を受けることが明らかである。非常時の備えにおいてどこまでも完全であることを求めることは不可能であるとしても、また、原子力規制委員会の判断において意見公募手続が踏まれているとしても、このような備えで十分であるとの社会一般の合意が形成されたといってよいか、躊躇せざるを得ない。

 ウ、使用済み燃料ピットの危険性
使用済み燃料の危険性に対応する基準として新規制基準が一応合理的であることについて、債務者は主張及び疎明を尽くすべきである。また、その上で、新規制基準の下でも、使用済み燃料ピットについては、冠水することにより崩壊熱の除去が可能であると考えられるが、基準地震動により使用済み燃料ピット自体が一部でも損壊し、冷却水が漏れ、減少することになった場合には、その減少速度を超える速度で冷却水を注入し続けなければならない必要性に迫られることになる。現時点で、使用済み燃料ピットの崩壊時の漏水速度を検討した資料であるとか、冷却水の注入速度が崩壊時の漏水速度との関係で十分であると認めるに足りる資料は提出されていない。

 エ、関電及び規制委員会の基準地震動についての考え方批判

  1.  一般的批判
    債務者は、債務者の調査の中から、本件各原発付近の既知の活断層の15個のうち、FO-A~FO-B~熊川断層及び上林川断層を最も危険なものとして取り上げ、かつこれらの断層については、その評価において、原子力規制委員会における審査の過程を踏まえ、連動の可能性を高めに、又は断層の長さを長めに設定したとする。しかしながら、債務者の調査が海底を含む周辺領域全てにおいて徹底的に行われたわけではなく(地質内部の調査を外部から徹底的に行ったと評価することは難しい。)、それが、現段階の科学技術力では最大限の調査であったとすれば、その調査の結果によっても、断層が連動して動く可能性を否定できず、あるいは末端を確定的に定められなかったのであるから、このような評価(連動想定、長め想定)をしたからといって、安全余裕をとったといえるものではない。また、海底にあるFO-B断層の西端が、債務者主張の地点で終了していることについては、(原子力規制委員会に対してはともかくとしても)当裁判所に十分な資料は提供されていない。債務者は、当裁判所の審理の終了直前である平成28年1月になって、疎明資料を提供するものの、この資料によっても、上記の事情(西端の終了地点)は不明であるといわざるを得ない。
  2.  松田式批判
    債務者は、このように選定された断層の長さに基づいて、その地震力を想定するものとして、応対スペクトルの策定の前提として、松田式を選択している。松田式が地震規模の想定に有益であることは当裁判所も否定するものではないが、松田式の基となったのはわずか14地震であるから、このサンプル量の少なさからすると、科学的に異論のない公式と考えることはできず、不確定要素を多分に有するものの現段階においては一つの拠り所とし得る資料とみるべきものである。したがって、新規制基準が松田式を基に置きながらより安全側に検討するものであるとしても、それだけでは不合理な点がないとはいえないのであり、相当な根拠、資料に基づき主張及び疎明をすべきところ、松田式が想定される地震力のおおむね最大を与えるものであると認めるに十分な資料はない。
  3.  耐専式批判
    債務者は、応答スペクトルの策定過程において耐専式を用い、近年の内陸地殻内地震に関して、耐専スペクトルと実際の観測記録の乖離は、それぞれの地震の特性によるものであると主張するが、そのような乖離が存在するのであれば、耐専式の与える応答スペクトルが予測される応答スペクトルの最大値に近いものであることを裏付けることができているのか、疑問が残るところである。なお、債務者は、耐専スペクトルの算出に当たっては、基本ケースのみならず、「傾斜角75°ケース」、「アスペリティー塊ケース」、「アスペリティー塊・横長ケース」を検討しているが、各ケースの応答スペクトルはかなり似通っており(債務者主張書面(1)63頁図表23、債務者主張書面(8)49頁図表28)、ケースを異ならせることによりどの程度の安全余裕が形成されたかを明らかにし得ていない。債務者の検討結果によれば、最大加速度(水平)については、基準地震動Ss-1の700ガルが最大であったというのであるから、FO-A~FO-B~熊川断層の三連動(傾斜角75°ケース)の応答スペクトルを超えるところが想定すべき最大の応答のスペクトルということになるが、以上の疑問点を考慮すると、基準地震動Ss-1の水平加速度700ガルをもって十分な基準地震動としてよいか、十分な主張及び疎明がされたということはできない。
  4.  断層モデル批判
    断層モデルを用いた手法による地震動評価結果を踏まえた基準地震動については、債務者は、結果的に、応答スペクトルに基づく基準地震動を超えるものは得られなかったとしているが、債務者のいう、地震という一つの物理現象についての「最も確からしい姿」(乙16・53頁)とは、起こり得る地震のどの程度の状況を含むものであるのかを明らかにしていないし、起こり得る地震の標準的・平均的な姿よりも大きくなるような地域性が存する可能性を示すデータは特段得られていないとの主張に至っては、断層モデルにおいて前提となるパラメータが、本件各原発の敷地付近と全く同じであることを意味するとは考えられず、採用することはできない。ここで債務者のいう「最も確からしい姿」や「平均的な姿」という言葉の趣旨や、債務者の主張する地域性の内容について、その平均性を裏付けるに足りる資料は、見当たらない。
  5.  震源を特定しない地震動批判
    震源を特定せず策定する地震動については、債務者は、平成16年に観測された北海道留萌支庁南部地震の記録等に基づき、基準地震動Ss-6及びSs-7として策定し、この基準地震動Ss-6(鉛直、485ガル)が結果的に最大の基準地震動(鉛直)となっている。債務者の主張によれば、これは、「地表地震断層が出現しない可能性がある地震について、断層破壊領域が地震発生層の内部に留まり、国内においてどこでも発生すると考えられる地震で、震源の位置も規模も分からない地震として地震学的検討から全国共通に考慮すべき地震」を設定して応答スペクトルを策定したとする。このような地震動についてそもそも予測計算できるとすることが科学的知見として相当であるかはともかくとして、これらの計算についても、債務者による本件各原発の敷地付近の地盤調査が、最先端の地震学的・地質学的知見に基づくものであることを前提とするものであるし、原子力規制委員会での検討結果がこの調査の完全性を担保するものであるともいえないところ、当裁判所に対し、この点に関する十分な資料は提供されていない。

 オ、津波に対する安全性能について
新規制基準の下、特に具体的に問題とすべきは、□西暦1586年の天正地震に関する事項の記載された古文書に若狭に大津波が押し寄せ多くの人が死亡した旨の記載がある□ように、この地震の震源が海底であったか否かである点であるが、確かに、これが確実に海底であったとまでは考えるべき資料はない。しかしながら、海岸から500mほど内陸で津波堆積物を確認したとの報告もみられ、債務者が行った津波堆積物調査や、ボーリング調査の結果よって、大規模な津波が発生したとは考えられないとまでいってよいか、疑問なしとしない。

 カ、避難計画を規制基準に入れよ、それは国の信義則上の義務である。

  1.  本件各原発の近隣地方公共団体においては、地域防災計画を策定し、過酷事故が生じた場合の避難経路を定めたり、広域避難のあり方を検討しているところである。これらは、債務者の義務として直接に問われるべき義務ではないものの、福島第一原子力発電所事故を経験した我が国民は、事故発生時に影響の及ぶ範囲の圧倒的な広さとその避難に大きな混乱が生じたことを知悉している。安全確保対策としてその不安に応えるためにも、地方公共団体個々によるよりは、国家主導での具体的で可視的な避難計画が早急に策定されることが必要であり、この避難計画をも視野に入れた幅広い規制基準が望まれるばかりか、それ以上に、過酷事故を経た現時点においては、そのような基準を策定すべきは信義則上の義務が国家には発生しているといってもよい。このような状況を踏まえるならば、債務者には、万一の事故発生時の責任は誰が負うのか明瞭にするとともに、新規制基準を満たせば十分とするだけでなく、その外延を構成する避難計画を含んだ安全確保対策にも意を払う必要があり、その点に不合理な点がないかを相当な根拠、資料に基づき主張及び疎明する必要があるものと思料する。
    しかるに、保全の段階においては、同主張及び疎明は尽されていない。

 4、大津地裁決定の影響

 ア、上記のいずれの点についても、大津地裁決定は委曲を尽くし、説得的である。特に新規制基準では規定されず、地方自治体に丸投げされていた避難計画策定が国の信義則上の義務であるとされたことの重要性はどれだけ強調しても強調しすぎることはない。川内原発再稼動に同意した地方自治体の長が、「住民は新幹線で避難すればよい」としていたが、4月14日以降の熊本地震において、新幹線は避難に全く役に立たないことが白日の下に明らかとなった。新幹線避難を提言した地方自治体の避難計画は無責任の極みというべきものである。このような地方自治体に避難計画を丸投げし、新規制基準でなんらの規制をしようとしない規制委員会の考え方は厳しく批判されるべきである。住民の生命、安全を無視すること甚しいものがある。大津地裁決定は、避難計画策定を規制基準としない新規制基準を不合理と判断しているが、熊本地震は、この指摘の正しさを、極めて不幸な形ではあるが裏付けたのである。したがって、これからの原発差し止めの裁判においては、避難計画策定の合理、不合理の問題は、原発の危険性の判断において、絶対に避けて通ることができないものとなった。この点でも大津地裁決定には大きな意義があるのである。なお、大津地裁裁判官が、今回、最高裁から福井地裁に送りこまれた3名の裁判官が下した福井地裁異議審決定の判断をあっさりと覆したことの意義は極めて大きい。なによりも、大津地裁決定は、福島第一原発事故と正面から向き合っている。その点において、福井地裁異議審決定を含む差し止めを否定した鹿児島地裁、福岡高裁宮崎支部決定と決定的な違いがあり、その違いが差し止めについての結論をわけた分水嶺と言うべきであろう。願わくは、本法廷においても、福島第一原発事故に正面から向き合い、再び途方もない人権侵害を絶対に許さない判断を心から望むものである。

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◆原告第21準備書面
目次

原告第21準備書面

原告第21準備書面[385 KB]

2016年(平成28年) 5月 13日

第1 3.9大津地裁仮処分決定の意義について ―国と電力会社が進める再稼働の流れに見直しを迫る―
1、福島第一原発事故後の原発訴訟の流れ
2、大津地裁仮処分決定の意議
3、大津地裁決定の内容
4、大津地裁決定の影響

第2 川内原発稼働等停止等差止仮処分申立却下決定に対する即時抗告について
1 司法審査の在り方について
2 地震に起因する本件原子炉施設の事故の可能性
3 避難計画の実効性について
4 結論

◆原告第20準備書面
第6 結論

原告第20準備書面
-基準地震動未満の地震による炉心損傷の具体的危険性- 目次

第6 結論

 1 結論1-炉心損傷の具体的危険

東京大学地震研究所纐纈一起教授は、外部電源喪失による事故の可能性を認めた福井地裁判決(甲91)に対して、地震学者の立場より、「700ガル未満の地震動が発生することはかなりの確率で起こり得ることであり,外部電源の設備がそれにより被災することは同じくかなりの確率で起こり得ることである。外部電源設備の被災は福島原発事故の原因のひとつであったことを考えれば,これをもって大飯原発が事故を起こす危険性があるとすることは科学的に妥当であるように見える。さらには,原子力規制委員会による新規制基準において,この問題に対して外部電源設備の重要度分類をSクラスに格上げするのではなく,Bクラス[17]のままで独立した2系統の外部電源を用意させるとしていることは適切ではないとこの判決では判断されていることになり,その判断は科学的に正しいように見える。」(甲274[110 KB]:「大飯原発運転差止判決における科学の問題」)と述べている。纐纈教授の見解は原告の主張に合致するものである。

本書面で説明したとおり、基準地震動未満の地震であっても、耐震Cクラスの複数の機器が同時に損傷することによる炉心損傷の具体的危険[18]が認められる。

[17] Cクラスの誤記と思われる
[18] 炉心が冷却できない場合の炉心溶融については訴状[1 MB]第3,1参照

 2 結論2-新規制基準の瑕疵

審査ガイドは耐震Sクラスの施設として、「(1)地震により発生する可能性のある事象に対して、原子炉を停止し、炉心を冷却するために必要な機能を持つ施設、…」を挙げている。
福島第一原発事故により外部電源の重要性が明らかになったにも関わらず、新規制基準が外部電源を耐震Cクラスとすることの問題点についてはすでに第5準備書面で述べたとおりである(上記纐纈論文も同旨)。

また、本書面にて詳述したとおり、非常用取水設備は崩壊熱の最終的な排熱のために必要不可欠な設備であるから、「炉心を冷却するために必要な機能を持つ施設」に該当し、Sクラスとして耐震性を審査されるべきである。しかるに、非常用取水設備を耐震Cクラスとして許容している点で耐震重要度分類に関する新規制基準には重大な瑕疵がある。

以上

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◆原告第20準備書面
第5 シビアアクシデント対策の不可能性

原告第20準備書面
-基準地震動未満の地震による炉心損傷の具体的危険性- 目次

第5 シビアアクシデント対策の不可能性

 1 シビアアクシデント対策

シビアアクシデントとは、「『設計基準事象』[7]を大幅に超える事象であって、安全設計の評価上想定された手段では適切な炉心の冷却又は反応度の制御ができない状態であり、その結果、炉心の重大な損傷に至る事象」と定義される(甲3-96:国会事故調査報告書)。シビアアクシデント対策は深層防護の4層目に位置づけられていたにもかかわらず、日本では法制化されていなかったという問題点は原告第1準備書面で指摘したとおりである。福島第一事故前においては、電気事業者の自主的な対策とのみ位置づけられ、国会事故調査報告書(甲3-96)は、「日本では、シビアアクシデント対策として、設備、体制、手順書、訓練・教育の整備が行われてきたが、実効性に乏しく、本事故では様々な問題が顕在化し、事故の緩和、防止には不十分なものであった。」と総括した。

以上の経緯より、新規制基準はシビアアクシデント対策を規制要件化し、被告関西電力はシビアアクシデントの対応策を原子力規制委員会に提出した。

しかしながら、原子力規制委員会におけるシビアアクシデント対策の議論を鑑みても基準地震動未満の地震による具体的危険が指摘できる。
以下詳述する。

[7] 設計基準事象とは、「原子炉施設を異常な状態に導く可能性のある事象のうち、原子炉施設の安全設計とその評価に当たって考慮すべきとされた事象」をいう(甲3-96:国会事故調査報告書)。

 2 第7回発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム資料

  (1)経緯

平成24年10月25日から平成25年6月3日にかけて、原子力規制委員会内に設置された「発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム」がシビアクシデント対策の基本方針を検討した(甲263[101 KB]:「発電用軽水型原子炉の新規制基準に関する検討チーム」について(案)[8])。その後、上記基本方針に基づき、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(昭和三十二年法律第百六十六号)第四十三条の三の六第一項第四号の規定に基づく、「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則」、同「規則の解釈」、「審査ガイド」が制定された(甲264[6 MB]:原子力百科事典ATOMICA[9]「商業用原子力発電炉に係る新規制基準」、甲265[61 KB]:表1[10]甲266[113 KB]:実用発電用原子炉に係る炉心損傷防止対策及び格納容器破損防止対策の有効性評価に関する審査ガイド)。

[8] 原子力規制委員会HP:https://www.nsr.go.jp/data/000050165.pdf
[9] 一般財団法人高度情報科学技術研究機構が文部科学省より委託を受けて作成するインターネット上の原子力に関するデータベース
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=11-02-01-03
[10] 原子力百科事典ATOMICA「商業用原子力発電炉に係る新規制基準」の引用文献
http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/11/11020103/01.gif

 (2)第7回発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム資料

平成24年12月20日の第7回検討チーム会議においては、事務局より「『シビアアクシデント対策における要求事項(個別対策別の主な設備等について)(案)』の網羅性について 改訂版」(☆甲267)と題する資料が提出され、シビアアクシデント対策としての要求事項が確認された(甲268[539 KB]:発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム 第7回会合 議事録)。同資料の3ページ目にはPWRプラントに対するシビアアクシデント対策の概要が示されている。これは、起因事象(事故の原因、又は発端となる事象)の発生から冷温停止状態に持ち込むまでの対応を「イベントツリー」[11]方式で示したものである。

ここで、シビアアクシデント対策は、概要、設計基準事故対処設備の機能が喪失した場合に「原子炉を止める」「炉心を冷却する」「放射能を閉じ込める」ことであるが、炉心を冷やすためには冷却水を循環させ続けることのみならず、最終的に海に排熱する必要がある。また、冷却のための設備(ポンプ等)を運転するために電源が必要である。

下記の図によれば《図省略》、PWRプラントにおいて起因事象が生じた場合に、(1)電源確保対策、(2)原子炉停止対策、(3)最終ヒートシンク確保対策(2次系)、(4)原子炉冷却材高圧時/低圧時の冷却対策、(5)水源の確保対策、(6)最終ヒートシンク確保対策、が要求されている。

この枠組は、シビアアクシデントの際の事故の進行具合に沿って対策を配置した図であり、対策をすべて成功させて最終的にOKと書かれたシーケンス(=冷温停止状態)に持ち込むことが想定されている。

甲267[336 KB]-3「シビアアクシデント対策における要求事項(個別対策別の主な設備等について)(案)」の網羅性について 改訂版]《図省略》

[11]  事象の木解析――イベントツリーアナリシスevent tree analysis(略称ETA)
ETAは,構成要素に故障(入力)が発生したとして,時間の経過をたどり,どんな事象(出力)に発展するかを解析する図式解法で,各事象の発生確率が推定できると定量的な解析もできる。

 3 外部電源喪失+取水口破損の場合の問題点

原告らは、原告第10準備書面第6にてすでにイベントツリーに基づく事故対策に対する批判を述べたが、仮に検討チームが作成した上記のイベントツリーに基づく対策を前提としても、「外部電源喪失」と「取水口破損」が同時に起こった場合、原子炉損傷に至る危険がある。

まず、上記イベントツリーによれば、外部電源が喪失した場合(起因事象)、可搬式代替電源設備(電源車)、および、恒設代替電源設備(ガスタービン電源車)により、代替電源を確保するものとされる[12]

次に、可搬式代替電源により電源が確保でき、かつ原子炉が停止したとしても、原子炉を冷却しなくてはいけない。ここで、短期的な除熱機能として、二次系除熱(補助給水系による除熱)およびECCS(非常用炉心冷却系)による除熱が予定されている(甲269[6 MB]:非常用炉心冷却装置等の例(PWR)[13]甲275[2 MB]-118)。

しかし、これらは復水ピット(前者)、燃料取替用水タンク(後者)内の水を利用する冷却方法であり、ピット内の水が枯渇すればその機能を維持できなくなる。また、ECCSは燃料取替用水タンクの水位が低下すれば水源を格納容器再循環サンプ[14]に切替えて注水が継続され再循環モードに移行するが(甲270[100 KB]:「図4」[15] 原子炉格納容器スプレイ設備(PWR)系統説明図,甲275[2 MB]-118)、循環水が熱交換されなければ時間の経過とともに冷却能力は低下する。

したがって、電源の回復およびECCS等による短期的な冷却が成功しても、最終ヒートシンク(海水への排熱)が奏効しなければ長期的な冷温停止状態が不可能となる。

[甲275[2 MB]-118:関西電力㈱大飯発電所3号機及び4号機の安全性に関する総合的評価 (一次評価)に関する審査書に加筆] 《図省略》

[12] 大飯原子力発電所の「工事計画変更認可申請書(3号機添付資料)」によれば、非常用電源設備として空冷式非常用発電装置および電源車が施設されている。
[13] 電気事業連合会HP:http://www.fepc.or.jp/nuclear/safety/shikumi/bougo/sw_index_02/
[14] 格納容器再循環サンプ:1次冷却材喪失事故時等において、燃料を冷却するための水源として使用する燃料取替用水タンクの水がなくなった場合に、次の水源として、漏れ出た1次冷却材を回収して使用するために、格納容器内の底に設置されているタンク。
[15] ATOMICAより引用
http://www.rist.or.jp/atomica/data/fig_pict.php?Pict_No=02-04-04-01-04

 4 取水口から取水できない場合の関電の対策

第4で述べたように、最終ヒートシンクの設備の一部である非常用取水設備は基準地震動に耐えられず、基準地震動未満の地震によって海水への排熱機能が損傷する可能性が高い。したがって、基準地震動未満の地震によって、最終ヒートシンク機能が喪失し、冷温停止状態に移行できない可能性が生じる。この場合、原子炉は高温高圧化し炉心損傷に至る。

最終ヒートシンク機能喪失に対し、上記イベントツリーでは、車載代替UHSS[16]、恒設代替UHSSにて対応するとされている。関西電力は、当初、非常用取水設備からの取水が不可能となった場合、複数の消防ポンプにより海水を汲み上げ仮設水槽および復水ピットに給水する方針を打ち出していたが、その後、送水手段を消防ポンプから送水車に変更した(甲271[2 MB]:関西電力HP「大飯発電所の安全対策トピックス2015 特別号 VOL.13」)。

甲271[2 MB]:関西電力HP「大飯発電所の安全対策トピックス2015 特別号 VOL.13」]《図省略》

大飯3号機および4号機の取水口から復水ピットまでの距離は約1400mであり、約60本のホースを接続して敷設するとされている。

しかし、関西電力の計画ではホース敷設系統は僅かに1系統であり多様化が図られていない。したがって、何らかの事情(地震による障害物、地盤沈下)で、1400mの敷設ルートの一部が寸断されれば、送水は不可能となる。また、ホースは60箇所もの接合部があるため、このうちの一点でも不具合による漏水があれば所定の水量を送水できない。

さらに、冷温停止状態を継続するには送水車の稼働を継続する必要があるが、自然災害時に送水車の燃料を維持できるか甚だ疑問である。

したがって、関西電力のシビアアクシデント対策は、非常用取水施設が損傷した際の具体的危険を排除できない。

甲272[405 KB]-3-7:大飯発電所3号炉及び4号炉基準適合性のうち 試験、検査可能性について]《図省略》

甲273[8 MB]-11.3-152:「新規制基準適合性審査に関する事業者ヒアリング(大飯3、4号機(302)) 審査資料『大飯3号炉及び4号炉 設置許可基準規則等への適合性について (重大事故等防止技術的能力)』」《表省略》

甲273[8 MB]-1.13-153]《画像省略》

[16] UHSS: 最終ヒートシンクへの熱移送系統

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◆原告第20準備書面
第4 非常用取水設備の問題

原告第20準備書面
-基準地震動未満の地震による炉心損傷の具体的危険性- 目次

第4 非常用取水設備の問題

 1 非常用取水設備の役割

非常用取水設備は、その名称にある「非常用」が示すとおり、通常運転状態から逸脱した異常や事故の発生時において安全性を確保するための重要な機能を担っている。

すなわち、下図の通り《図省略》原子炉停止時において原子炉から崩壊熱を除去し、安定停止状態である冷温停止状態にするには、原子炉の熱を、余熱除去冷却器、原子炉補機冷却水冷却器を介して最終的に海に排熱する必要がある。このために海水を汲み上げるための設備が「非常用取水設備」[5]である。

甲260[1 MB]-0270:「非常用取水設備の耐震 C クラスは誤りである」滝谷紘一]《図省略》

甲261[15 MB]-9-405頁「大飯発電所3、4号機の新規制基準適合性審査に関する事業者ヒアリング(170)」(平成26年3月20日)添付資料4より引用]《図省略》

[5] なお、同設備の安全機能の重要度は最上位のMS-1である(甲262[324 KB]-10)。

 2 非常用取水設備損傷後のシナリオ

非常用取水設備が地震により損傷すれば、最終排熱のための海水の汲み上げが不可能となる。この場合、原子炉補機冷却海水設備への海水供給による熱交換が所定通りにはできなくなり、原子炉補機冷却水の温度が異常に上昇し、崩壊熱除去設備による原子炉の崩壊熱除去機能が喪失し、その結果、炉心損傷に至る(甲260[1 MB]-0270:「非常用取水設備の耐震 Cクラスは誤りである」)。

また、原子炉補機冷却水は、原子炉の崩壊熱除去に必要であるのみならず、非常用ディーゼル発電機、非常用換気空調系冷凍機(いずれもMS-1[6])、格納容器スプレイ冷却器、使用済燃料ピット冷却器、格納容器再循環ユニットなどにも供給されて必要な冷却を行っているところ、非常用取水設備の機能が損なわれるとこれらの設備機器も機能喪失に陥り、炉心損傷、使用済燃料損傷、格納容器損傷などに至る。(甲260[1 MB]-0270、別紙(甲275)[190 KB]参照)。

[6] 安全機能の重要度MS-1は耐震Sクラス

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◆原告第20準備書面
第3 外部電源の問題

原告第20準備書面
-基準地震動未満の地震による炉心損傷の具体的危険性- 目次

第3 外部電源の問題

 1 大飯発電所の電力系統の概要

大飯発電所は、500kV送電線4回線と77kV送電線1回線にて電力系統に連系している。500kV送電線は西京都変電所に2回線(大飯幹線)及び京北開閉所に2回線(第2大飯幹線)、77kV送電線(大飯支線)は小浜変電所にて接続されている(甲259[3 MB]-2,10:平成25年10月29日第38回新規制基準適合性に係る審査会合提出資料「大飯3号炉及び4号炉 保安電源設備について」。

被告関電によれば、「大飯発電所に接続する送電線は、500kV4回線と77kV1回線の設備構成であり、全ての送電線が同一鉄塔に架線されている箇所はなく、物理的に分離した設計である」とのことである(甲259[3 MB]-14)。

甲259[3 MB]-10:大飯3号炉及び4号炉 保安電源設備について]《図省略》

 2 関西電力の外部電源対策の問題点

被告関電は、5ルートの送電線が物理的に分離した設計であり、すべてのルートが同時に機能を停止する可能性は小さいと主張するものと考えられる。

しかしながら、地震は、風害や経年劣化等による局所的な故障と異なり、広い範囲に影響を及ぼすため5ルートの外部電源が同時に損傷する危険がある。

また、以下の図によれば《図省略》、大飯幹線(2回線)、第2大飯幹線(2回線)、大飯支線(1回線)が密集した地域があり、当該地域に地震が起きれば、すべての送電線が損傷する事も容易に想定できる。

[甲259[3 MB]-14 :大飯3号炉及び4号炉 保安電源設備について]《図省略》

 3 福島第一原発では地震により全外部電源が喪失

福島第一原発事故は、地震発生後間もなく、外部電源設備の一部である鉄塔の倒壊、遮断器及び断路器の部品落下、引込鉄構の傾斜等の損傷が生じたことから、外部電源設備が機能を喪失し、外部から受電することができなくなったことを契機とする(甲92-32,34:政府事故調中間報告書)。

ここで、東北地方太平洋沖地震は巨大な地震であったが、必ずしも福島第一原子力発電所の立地地点において広範囲に基準地震動を超える地震動が観測されたわけではない。ところが、6ルートあった外部電源はすべて機能喪失した。

すなわち、基準地震動未満の地震であっても、外部電源全てが機能喪失することは十分に有り得るのである。

[甲92-79:政府事故調中間報告書資料編]《図省略》

[甲92-18:政府事故調中間報告]《表省略》

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◆原告第20準備書面
第2 耐震重要度分類

原告第20準備書面
-基準地震動未満の地震による炉心損傷の具体的危険性- 目次

第2 耐震重要度分類

 1 新規制基準における耐震重要度分類

平成25年6月19日、発電用軽水型原子炉施設の設置許可段階の耐震設計方針に関わる審査において、審査官等が「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則(平成25年原子力規制委員会規則第5号)並びに実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則の解釈(原規技発第1306193号(平成25年6月19日原子力規制委員会決定)の趣旨を踏まえ、耐震設計方針の妥当性を確認するために、「基準地震動及び耐震設計方針に係る審査ガイド」[1]甲255[487 KB] 以下「審査ガイド」という)が策定された。

審査ガイドの「II 耐震設計方針」は、新規制基準における原子炉施設の耐震重要度分類について3クラス(Sクラス、Bクラス、Cクラス)に分けて、「重要な安全機能を有する施設はSクラス、これと比べて影響が小さいものはBクラス、これら以外の一般産業施設、公共施設と同等の安全性が要求される施設はCクラスと適切に分類されていることを確認する。」「Sクラスの各施設は、基準地震動による地震力に対してその安全機能が保持できること。」(甲255[487 KB]-14:審査ガイド)とした。

すなわち、基準地震動[2]に耐えうる施設は、Sクラス[3]のみであり、Bクラス及びCクラスの施設は基準地震動未満の地震に対して「安全機能が保持」できる設計ではない。

[1] 平成25年6月19日 原管地発第1306192号 原子力規制委員会決定
[2] 大飯原子力発電所の基準地震動は、平成21年3月には700ガルであったが、平成25年12月には759ガル、平成26年5月には856ガルと変遷
関西電力HP:http://www.kepco.co.jp/energy_supply/energy/nuclear_power/anzenkakuho/ooi/topics_012sp.html
[3]審査ガイド16頁はSクラスの施設として、(1)地震により発生する可能性のある事象に対して、原子炉を停止し、炉心を冷却するために必要な機能を持つ施設、(2)自ら放射性物質を内蔵している施設、(3)当該施設に直接関係しておりその機能喪失により放射性物質を外部に拡散する可能性のある施設、(4)これらの施設の機能喪失により事故に至った場合の影響を緩和し、環境への放射線による影響を軽減するために必要な機能を持つ施設、(5)これらの重要な安全機能を支援するために必要となる施設、(6)地震に伴って発生する可能性のある津波による安全機能の喪失を防止するために必要となる施設
Bクラスの施設として、「安全機能を有する施設のうち、機能喪失した場合の影響がSクラスと比べ小さい施設」、Cクラスの施設として「Sクラス施設及びBクラス施設以外の一般産業施設、公共施設と同等の安全性が要求される施設」と分類する。

 2 大飯原子力発電所の耐震設計

  (1) 外部電源

被告関西電力は、大飯原子力発電所3,4号機の「設置変更許可申請書」の「添付書類八」8-1-120頁以下において施設ごとに耐震クラスを明記しているものの、ここに「外部電源」の項目はない(甲256[1 MB]:平成25年7月8日付「設置変更許可申請書」「添付書類八」)。
しかし、平成25年11月12日被告関電が原子力規制委員会第45回原子力発電所の新規制基準適合性に係る審査会合に提出した資料(甲262[324 KB]-11:「大飯3号炉及び4号炉共用に関する設計上の考慮について」)によれば、外部電源の安全機能の重要度は「PS-3」[4]とされ、耐震Cクラスと同義である。

また、平成24年2月13日付原子力安全・保安院の資料において、関西電力は、「各起因事象の発生に直接関係する設備等の耐震裕度を評価した結果、起因事象発生までの耐震裕度が最も小さいのは「主給水喪失」及び「外部電源喪失」であり、それぞれSs未満の地震動においても耐震Cクラスの設備等(それぞれ主給水ポンプ、碍子等:発電所構内の母線などの電線を支持し、絶縁する磁器製の支持構造物等)の破損により当該事象が発生する」と報告している(甲258[9 MB]-33,34:「関西電力(株)大飯発電所3号機及び4号機の安全性に関する総合的評価 (一次評価)に関する審査書」)。
したがって、大飯原子力発電所の外部電源(及び主給水器)は耐震Cクラスであり、かつ、地震に対してもっとも脆弱な設備である。

甲262[324 KB]-11:大飯3号炉及び4号炉 共用に関する設計上の考慮について]《表省略》

[4] 原告第5準備書面参照

  (2) 非常用取水設備

被告関西電力は、大飯原子力発電所3,4号機の「設置変更許可申請書」の「添付書類八」8-1-120頁以下において施設ごとに耐震クラスを明記しているものの、「非常用取水設備」の項目はない。しかし、被告関電が、平成25年12月20日原子力規制委員会の第61回原子力発電所の新規制基準適合性に係る審査会合に提出した資料(甲257-113[18 MB],115[10 MB]:「大飯3号炉及び4号炉 耐震設計の基本方針」)によれば、非常用取水設備は耐震Cクラスである。

甲257-113[18 MB],115[10 MB]:「大飯3号炉及び4号炉 耐震設計の基本方針」]《表省略》

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◆原告第20準備書面
第1 はじめに

原告第20準備書面
-基準地震動未満の地震による炉心損傷の具体的危険性- 目次

第1 はじめに

原発を構成する施設は、その安全機能が喪失した場合の放射線による公衆への影響の程度に応じて、重要度の高い順から、耐震性をSクラス、Bクラス、Cクラスに分類され(耐震重要度分類)、それぞれのクラスごとに定められている設計用地震力と設計方針にもとづいて設計される。

本書面は、大飯原子力発電所の(1)外部電源、及び、(2)非常用取水設備が耐震Sクラスに分類されていないことから、基準地震動未満の地震が生じた場合でも炉心損傷に至る具体的危険が存在することを述べる。