◆関西電力 闇歴史◆082◆

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◆青森県六ヶ所村で核燃料サイクル推進!
 関電小林庄一郎社長が電事連会長として県と村に立地を要請、
 地方を見下して尊大にふるまう(1984年)

 付(1) 電事連の核燃料サイクル、新聞広告
 付(2) 核燃料サイクルと、核のごみ

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[1] 1984年、青森県と六ヶ所村に核燃料サイクル施設立地を要請
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 電気事業連合会(電事連)が核燃料サイクル施設の建設立地を六ヶ所村と決定し、核燃料サイクル3施設の立地を青森県と六ヶ所村に受け入れを要請したのは、1984年7月27日。当時の電事連会長は、関西電力社長の小林庄一郎。

【核燃料サイクル3施設→5施設】(日本原燃株式会社、原子燃料サイクル施設概要→こちらより)
① 再処理工場…1993~未完成(1993年4月28日着工、当初完成予定は1997年)。総事業費は、当初発表されていた7600億円から、14.44兆円(2021年時点)に膨れ上がっている。2022年には26回目、2024年には27回目の竣工延期。

【参考】
核燃料サイクルとその破綻–六ヶ所再処理工場の完成延期 ◆003◆ 付 (2)
核燃料サイクル–六ヶ所再処理工場からのトリチウム排出 ◆075◆

② 低レベル放射性廃棄物埋設センター…1990年工事開始~1992年操業開始。規模は、124,672立方メートル(200リットルドラム缶 623,360本相当)。最終的には約60万立方メートル(同約300万本相当)

【参考】低レベル放射性廃棄物埋設センターでは、低レベル放射性廃棄物をコンクリートの箱で囲い、深さ約20メートルの地中に埋める。原燃は2021年に規制委から事業変更の許可を得た際、放射性物質が漏れるのを防ぐため、水を通しにくい粘土鉱物「ベントナイト」を約20~30%混ぜた土を使うとしていた。しかし、2023年、12・5%に減らす方針を示し、原子力規制庁が難色。2024年5月、割合減は原燃が撤回し中止となった。→ 資源エネルギー庁「放射性廃棄物について」こちら

③ ウラン濃縮工場…1988年工事開始~1992年操業開始。1992年に運転を開始したが、2017年9月から新規制基準に基づく安全対策工事や設備トラブルなどで生産を一時停止。当初は18年度中の運転再開を予定していたが、安全対策工事が期限までに完了せず、再開目標を5回延期していた。2023/8/25、約6年ぶりに運転を再開。
・2023/12/29に遠心分離機へのウラン(六フッ化ウラン)供給が始まったが、2024/2/6、ウラン濃縮工場で濃縮度を測定する装置2系統でいずれも異常が起き、遠心分離機へのウラン供給を停止したと発表(日本原燃)。同社は「周辺環境への影響はない」としている。原因を調査中で、再開の見込みは立っていない。同社によると、5日午後、遠心分離機から取り出したウランの濃縮度を測定する装置の警報が鳴り、保安規定で定める1日1回以上の濃縮度測定ができなくなった。遠心分離機内部のウラン回収は終了しているという。その後、4/30再開→5/13停止→7/2再開と不安定。
・日本原燃は2024/7/17、ウラン濃縮工場で放射性物質を含む液体が約1.5リットルが漏えいしたと発表。液体は床に広がらないよう設けてあるせきを越えず、周辺環境に影響はないという。けが人もいない。液体の放射能量は1立方センチメートル当たり0.03ベクレルで微量としている。

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[2] 上記3施設に加え、さらに以下 2施設が追加され、現在は 5施設
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④ 高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター
…1992年工事開始~1995年操業開始。返還廃棄物貯蔵容量…ガラス固化体 2,880本、2023/10/4、高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター(ガラス固化体受入れ建屋、ガラス固化体貯蔵建屋、ガラス固化体貯蔵建屋B棟)において、ガラス固化体貯蔵建屋の収納管排風機を除き、2系統で構成される全ての送排風機が両系統とも一時停止した(→こちら)。
⑤ MOX燃料工場…2010年工事開始~未完成。2020年12月7回目の竣工延期、完成予定は2024年度。最初に燃料が加工できるようになるのは25年度で、年間の加工可能量をプルトニウム量で原発1基分にあたる0.6トンと計画している。(MOX燃料◆003◆

【参考:小林庄一郎】
1947年 関西配電(現・関西電力送配電株式会社)に入社
1984年6月~1985年12月電気事業連合会会長
1977年に関西電力社長、1985年に会長
1987年、関電の最高実力者で代表取締役名誉会長の芦原義重氏と腹心の内藤千百里(ちもり)副社長を電撃解任(関電二・二六事件)(→◆036◆
1997年相談役、2002~15年6月顧問、2020年死去

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[3] 小林庄一郎・電事連会長の認識
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(1) 彼は、84年9月、朝日新聞青森支局のインタビューに答えて、この土地の印象を次のように語っている。佐野眞一著『日本のゴミ−豊かさの中でモノたちは』(講談社、1993、p.322-323)より。

「仙台以北は生まれて初めて行きました。六ヶ所村のむつ小川原の荒涼たる風景は関西ではちょっとみられない。やっぱりわれわれの核燃料サイクル三点セットがまず進出しなければ、開けるところではないとの認識を持ちました。日本の国とは思えないで、よく住みついてこられたと思いますね。いい地点が本土にも残っていたな、との感じを持ちました。人口稠密地区から離れ、港湾施設なんかもできつつあるし……」

「これは広いところですなぁ、私は関西ですから、非常にゴチャゴチャした海岸線…人家が急密なところばっかりありますんで、こういう土地があるというのは初めてみました。びっくりしました。良いところがありましたなぁ」

(2) また、以下は、坂本龍彦著『下北・プルトニウム半島』(朝日新聞社、1994、p.38)より
「六ヶ所村のむつ小川原の荒涼たる風景を見て、われわれの核燃料サイクル三点セットがまず進出しなければ、開ける所ではないとの認識を持った。日本の国とは思えないくらいで、よく住みついてこられた、と思う。いい地点が本土にも残っていた。人工稠密地点から外れ、港湾施設も作られつつある。」

(3) これらは、典型的な夜郎自大(やろうじだい)の発言といえる。夜郎自大とは、自分の力が大きいことを見せつけ自慢して相手を見下し、尊大に振る舞う様子。都市部の人間が地方を見るときの見下げた視線のこと。

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[4] 1985年、青森県と六ヶ所村が受入を回答
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(1) 1985年3月。電力業界が「原子力燃料サイクル基地」建設のために「日本原燃産業株式会社」を発足させる

(2) 1985年4月。県(北村正哉知事)及び村は、受入を正式に回答

【参考:日本原燃株式会社(日本原燃)】
・1980年、日本原燃サービス株式会社、核燃料サイクルの商業利用を目的に設立
・1985年、日本原燃産業株式会社、核燃料サイクル施設建設を目的に設立
・1992年、日本原燃サービス株式会社と日本原燃産業株式会社とが合併して、日本原燃株式会社となる。
・日本原燃は、六ヶ所村の核燃料サイクル5施設などを建設、運営。主要株主は、東電など大手電力9社および日本原電(→◆030◆)。会長と社長の多くが東電の出身

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[5] 2025年、高レベル放射性廃棄物の搬入30年
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(1) 高レベル放射性廃棄物が一時貯蔵のため搬入(1995年)されてから、2025/4/26で30年が経過した。県と村、事業者で結んだ協定では管理期間を「30~50年」と明記しているので、残りは20年を切る。高レベル放射性廃棄物については、管理期間に加え歴代知事が経済産業相と「青森を最終処分地にしない」との約束を交わしている。しかし、搬出先の最終処分地は決まっていない。宮下宗一郎青森県知事は、「搬出は約束ごと、果たして」と主張している(2025/4/25)。

(2) 最終処分地については「文献調査」「概要調査」「精密調査」という三つの段階を経て決定。北海道の寿都町(すっつちょう)、神恵内村(かもえないむら)で文献調査が終了し、佐賀県玄海町(げんかいちょう)で文献調査が進行中となっている。しかし、その完成までには30年程度かかるとされているので、仮に今後どこかに決まったとしても、最終処分地の完成は、1995年から50年の搬出期限(2045年)を超える可能性が高まっている。

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【付(1) 電事連の核燃料サイクル、新聞広告】
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(1) 電気事業連合会(電事連)は、早くから核燃料サイクル、プルトニウム利用を推進していた。地域独占下の個別電力会社では出しにくい全国紙への広告を、電力会社の総意として打ち出した。1983年の広告時点からすでに40年。核燃料サイクルは未だに実現していないどころか、その破綻が明白になっている。電事連としての総括はないのか。社会に向けて、きちんと発信すべきことがあるのではないか。

(2) 参考図書としては、本間龍著『原発プロパガンダ』(岩波新書、2016年)。参考サイトとしては、「天野祐吉のあんころじい」。

▼朝日新聞、1983/4/12。「着古したセーターでもちょっと手を加えれば新品同様。ウラン燃料もくり返し使えます」。この広告当時の電事連会長は、平岩外四(東電)

(↓ 文字を拡大)

▼朝日新聞、1985/7/28。「ウラン燃料は再処理をして繰り返し使える」。この広告当時の電事連会長は、小林庄一郎(関電)

(↓ 文字を拡大)

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【付(2) 核燃料サイクルと、核のごみ】
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(1) 核燃料サイクルの下で使用済み核燃料再処理すると、「核のごみ」が出てくる。それは、ガラス固化体にして地中に埋設するという。(下図→こちら、NUMO[ニューモ:原子力発電環境整備機構])による。

(2) 核のごみ(朝日新聞デジタル>トピックス>核のごみに関する最新ニュース→こちら



(3) 放射性廃棄物関連施設を巡る自治体の動向
(2023年8月19日、東京新聞)

(4)「核のごみ」最終処分場の選定手続き、及び現状(2025年10月)

(5) 高レベル放射性廃棄物放射性廃棄物の現在量(2023年3月末現在、はんげんぱつ新聞 2023年6月20日)



(6) 人工バリア
(「地層処分実規模試験施設」→こちら、北海道の幌延[ほろのべ]深地層研究センター内)

 放射性物質を地層処分するために人工的に作られたバリアのこと。ガラス固化体(ステンレス製のキャニスタ含む)、オーバーパック(ガラス固化体を格納する金属製の容器)、緩衝材(ベントナイトなど粘土鉱物)から構成される。ベントナイトとは、スメクタイトグループのモンモリロナイトを主成分とする粘土の総称。図解 →こちら

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