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◆ 原告第12準備書面
-福島第一原発事故による汚染状況等
目次

原告第12準備書面
-福島第一原発事故による汚染状況等

2015年(平成27年)5月25日

第12準備書面[8 MB] (本文のみ)

目次

第1 はじめに

第2 避難状況・コミュニティの崩壊・格差等
1 福島原発における被害の実態
2 事故前の平穏な生活が破壊されたこと及び家族・地域に住む住民との密接な結びつき(コミュニティ)の崩壊・格差による差別

第3 放射性物質による環境汚染の状況
1 陸上の汚染状況
2 海洋汚染の状況について

第4 原発関連死

第5 除染状況
1 除染とは
2 除染には限界がある
3 除染は進んでいない
4 除染の基準は恣意的なものである
5 除染に伴う問題
6 小括

第6 廃炉の困難性
1 福島第一原発の概要と本件事故による損傷
2 廃炉への道
3 廃炉の困難性
4 小括

第7 福島原発事故の収束状況と今後の見通し
1 福島原発事故は未だ収束していない
2 結論

第8 核のゴミの問題
1 原子力発電の燃料が放射性廃棄物(核のゴミ)になるまでの過程について
2 日本における使用済み核燃料の処理の現況について
3 最終処分場が建設できたとしても長期間安全に保管できる見込みはない
4 日本学術会議の報告
5 まとめ

◆ 原告第11準備書面
第4 まとめ

原告第11準備書面
-違法性論- 目次

第4 まとめ

  1.  2011(平成23)年3月11日の東日本大震災を端緒とした東京電力福島第一原子力発電所事故の発生からすでに4年以上が経過した。にもかかわらず、放射性物質の除染が進まず、いまなお福島県南相馬市、飯館村、大熊町、葛尾村、富岡町、浪江町、双葉町などでは帰還困難区域が広がり、国道の脇には、現代の竹矢来ともいうべき、金属製のバリケードが設置されて、立入りが規制され、これらの地域を走っていたJR常磐線の復旧工事は手つかずのまま放置され、JR常磐線の開通の目途はいまだに立っていない。
    このように原発事故による放射能汚染は、周辺地域に深刻な被害をもたらし、住みなれたふるさとを追われた大量の避難住民を生み出している。
  2.  しかるに、この国の政府は、上述した原発事故の被害がきわめて深刻で長期に及んでいることを知りながら、原子力発電所の再稼働に向けて、これを積極的に推進・容認する方針を打ち出している。
    このため、大飯原子力発電所3号機及び4号機についても、福島第一原発事故の発生後、抜本的な安全対策をなおざりにしたまま、いち早く再稼働に踏み切り、新規制基準施行後も、過酷事故に対して本来要求されている必要な安全対策を先送りし、また立地審査指針などの当然とるべき安全対策を棚上げしたまま、早期に再稼働を容認する姿勢をとっている。
    しかし、こうした国の方針・姿勢は、国民の生命と生活、その安全を根本から危険にさらすものであって、およそ許されるものでないことは言うまでもない。
  3.  以上から、大飯原子力発電所3号機及び4号機に対して、その安全対策に責任を負うべき所轄庁において、さきに述べたとおり、必要な規制権限を行使して、すみやかに停止命令を出し、さらには廃炉命令までも出して、国民の生命と安全を確保すべきであるのに、これを怠っていることはきわめて重大であって、上述した規制権限不行使の違法があることは明白である。
    この結果、原告らの生命と生活の安全が根本からおびやかされ、原発事故による放射線被曝等の重大な被害の危険にさらされることなく、平穏に日々の暮らしを営むという平穏人格権が侵害されていることは明らかである。
    したがって、被告国は上述した規制権限不行使の違法によって、原告らの人格権侵害という損害を生ぜしめているものであるから、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任があることはいうまでもない。

以上

◆ 原告第11準備書面
第4 被告国の違法性

原告第11準備書面
-違法性論- 目次

第4 被告国の違法性

 1 4号機停止まで(平成23年3月11日乃至平成23年7月21日)

上述のとおり、2011(平成23)年3月11日、東日本大震災が発生し、福島第一原子力発電所の爆発事故が発生したにもかかわらず、大飯発電所はその後も稼働を続け、3号機は同年3月17日まで、4号機は同年7月21日まで、その運転を停止しなかった。
ここで、福島第一原発事故発生により、事業用電気工作物である大飯発電所を含む全ての原子力発電所に要求される、「人体に危害を及ぼし、又は物件に損傷を与えないようにする」技術基準そのものに疑いが生じたものと言わざるを得ない。このことは、福島第一原発事故後、新規制基準の策定作業が行われたことからも明らかである。
この点について、国(内閣総理大臣)は、同年5月6日、中部電力株式会社に対して、浜岡原子力発電所のすべての原子炉の停止を要請している。このときの記者会見において、内閣総理大臣は、停止要請の理由について「何といっても、国民の皆様の安全と安心を考えてのことであります。」「国民の安全と安心を守るためには、こうした中長期対策が完成するまでの間、現在定期検査中で停止中の3号機のみならず、運転中のものも含めて、すべての原子炉の運転を停止すべきと私は判断を致しました。」と述べている(甲151)。そして、国からの停止要請を受けた中部電力もまた、「原子力は、安全の確保を最優先に、立地地域の皆さまをはじめ広く社会の皆さまの信頼を得て成り立つものであります。当社は、内閣総理大臣からの要請を重く受け止めております。今回の要請は社会の原子力発電に対する不安の高まりを踏まえたものと捉えており、原子力発電所を保有する事業者として、皆さまの不安に対し真摯に対応し、より信頼を得ていくことが最優先であると考えております。当社は、要請への対応について検討を重ねてまいりましたが、こうした基本的な考え方に基づき、非常に厳しい状況ではありますが、現在運転中の浜岡原子力発電所4、5号機(4号機:沸騰水型、定格電気出力113.7万キロワット、5号機:改良型沸騰水型、定格電気出力138万キロワット)を停止することを本日、決定いたしました。」と発表している(甲152)。
したがって、国は、福島第一原子力発電所の爆発事故の発生により、電気事業法39条1項に定める事業用電気工作物に関する技術基準(発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令(昭和40年6月15日通商産業省令第62号))そのものに疑いが生じるとともに、大飯発電所を含むすべての原子力発電所について、その適合性についても疑いが生じることとなったのであるから、かかる時点において、関西電力を含む、稼働中の原子力発電所を設置する全ての電気事業者に対して、速やかに原子力発電所の運転停止を命じなければならなかった。しかるに、国はかかる規制権限を行使せず、漫然と大飯発電所を含む原子力発電所の運転を継続させたものであって、国家賠償法上違法である。

 2 平成24年7月の再稼働について

  (1) ストレステストの問題点

上述のとおり、大飯発電所3号機及び4号機の再稼働にあたっては、内閣総理大臣自ら、再稼働に向けた新たなルール作りを指示し、関係3閣僚において、ストレステストの実施により再稼働を判断する方針を立案した。さらに、内閣総理大臣は、関係3閣僚とともに原子力発電所再稼働に関する安全性の判断基準を決定し、「原子力発電所の再起動にあたっての安全性判断に関する判断基準」(暫定基準、甲145)を発表し、これに基づいて大飯発電所3号機及び4号機の再稼働を決定した。
しかしながら、ストレステスト及び暫定基準には以下に述べるような問題点があり、大飯発電所3号機及び4号機の再稼働は認められるべきではなかった。
ストレステストは、対象物に対して、耐性限界以上に地震動などの力を加えて、その影響を見る耐性試験であるが、本来、一次評価と二次評価に分けて実施されることとされていた。一次評価では、従来の安全審査に較べて(設計上の想定を超えて)より大きな地震動などのストレスをかけてどの程度の安全(余)裕度があるかを調べるものであり、二次評価では、さらに設計基準上の許容値以上のストレスを掛けて破壊が生じた場合(つまりシビアアクシデント領域)の事故シナリオを調べるなどを目的とするものと考えられていた。したがって、二次評価を行って初めて、本来の「限界を超えて」ストレスを掛けるというテストを実施したことになる。ストレステストの一次評価は、津波の高さや地震動の大きさを従来よりもやや高く設定して、東日本大震災と同程度の地震・津波が来ても大丈夫であると言うアリバイ作り、机上の防災訓練となってしまった。
すなわち、そもそもストレステスト自体、コンピューター計算による机上の防災訓練であり、また一次評価では安全限界(クリフエッジ)を超えた事故シナリオの追求も行われておらず、本当の意味で耐性限界を超えたテストとはいえないのである。
上述のとおり、関西電力より提出された大飯発電所3号機及び4号機のストレステスト(耐性試験)一次評価については、2012(平成24)年2月13日、原子力安全・保安院がその妥当性を確認し、その後原子力安全委員会がこれを追認した。
しかしながら、その際、班目春樹同委員長は「一次評価だけでは不十分であり、二次評価の提出が必要」と発言したが、大飯原発3号機及び4号機は、ストレステスト二次評価が提出されないまま再稼働へと踏み切られたのである。

  (2) 「原子力発電所の再起動にあたっての安全性判断に関する判断基準」(暫定基準)の問題点

暫定基準は、その骨子が示されてわずか2日間で作成されたもので、まさに大飯発電所の再稼動を目的として、専門家の検討も経ないままに政治家が決定した、きわめて政治的な判断基準にすぎない。このことは、暫定基準が決定された当日に、経済産業大臣から関西電力に対して実施計画の作成が指示され、さらにその3日後には、関西電力から実施計画が提出され、実施計画が提出された4日後には再稼働を決定する政治判断がなされたことからも明らかである。
また、暫定基準の内容を見ても、電力各社が自主的に行った電源車配備などの既設の対策を、基準(1)として、いかにも基準をクリアしているかのように述べ、また、今回の事故で重要性が改めて問題となった「防潮堤かさ上げ、フィルターベント、水素除去、免震重要棟」等については全て基準(3)として先送りしている。
そして、そもそもこれらの基準作成に当たって基本文書とされたものの一つは、原子力安全・保安院が東京電力福島第一原子力発電所事故の技術的知見としてとりまとめた、いわゆる30項目であるが、そもそも原発政策を推進してきた原子力安全・保安院が策定したものであるという問題があることに加え、各種事故調査委員会の結果も反映されないものであった。そして、基準作成に当たってのもう一つの基本文書は、電力各社が行うストレステスト一次評価であり、上述のとおり、一次評価におけるストレスは設計基準上の許容値を超えるものではなく、シビアアクシデント領域での事故シナリオには触れられていないなどの問題がある。
したがって、このような不十分であり、かつ、あくまで大飯原発の再稼働を目的として政治的に定められた暫定基準での再稼働は認められるべきものではなかった。

  (3) 国家賠償法上の違法性

しかしながら、国は、上述のとおり、ストレステストの実施により再稼働を判断する方針を示した上で、関西電力に対してストレステストの実施を指示し、さらに、暫定基準に基づいて再稼働に関する安全性判断を行うことを発表した上で、関西電力に対して実施計画の作成を指示するなど、大飯発電所3号機及び4号機の再稼働を自ら推し進め、関西電力に対して再稼働を認めたものである。
しかしながら、上記1で述べたとおり、福島第一原子力発電所の爆発事故の発生により、電気事業法39条1項に定める事業用電気工作物に関する技術基準(発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令(昭和40年6月15日通商産業省令第62号))そのものに疑いが生じるとともに、大飯発電所を含むすべての原子力発電所について、その適合性についても疑いが生じることとなったのであるから、改めて技術基準を見直し、また、見直された技術基準に基づく適合性審査をしなければならなかった。しかしながら、国はこれを怠り、ストレステスト一次評価及び暫定基準により、大飯発電所3号機及び4号機の再稼働を認めたものであって、電気事業法39条、40条に反する違法があり、国家賠償法1条1項に基づく賠償義務を負う。

 3 原子力規制委員会発足時点の規制権限不行使(H25.7.3現状評価前)

第2の3及び第2で指摘したとおり、原子力規制委員会は、一連の法改正によって原子力の安全に対する独占的かつ強力な規制権限を与えられて発足した。そして、発足直後の段階から、原子力規制委員会は、暫定基準の不備を認め、かつ新たな規制基準を策定するまでは再稼働を容認すべきではなく、政治的な例外を認めれば原子力規制委員会の存在意義に関わることを明確に認識していた。
すなわち、同会議終了後に行われた記者会見において、田中委員長は、「暫定基準については、もう一回見直しますということは、国会でも申し上げています。暫定基準が十分かどうかということについては、幾つかまだ抜けがあるというふうに私自身は思っていますけれども、(中略)、例えば、防災の対応がまだできていないとか、そういうことがあります。」(甲153・4頁)と述べた。そして、記者からの「暫定基準の見直しが済むまでは、(中略)政府から安全確認を求められてもお墨付きを与えないということの理解でいいのかどうか、その確認だけお願いします。」という質問に対し、「暫定基準の見直しが済むまでにゴーサインを出すかということですが、多分、それは無理だと思います。」(甲153・24頁)と明確に回答した。
また、2012(平成24)年9月26日に行われた原子力規制委員会第2回会議後の記者会見において、日本経済新聞社の記者が、「新しい安全基準の骨格を年度末までにつくりたいということをおっしゃっておられましたけれども、それが再稼働の前提条件になってくるということなのですが、一方で、冬の電力需要に向けて、北海道なんかでは電力不足の懸念が出ているのですが、こういったところも例外にせず、新しい安全基準ができるまでは再稼働の判断というのはやっぱり難しいというお考えなのでしょうか。そこら辺を教えてください。」と質問したのに対し、田中委員長は、「結論から言うと、判断基準がないままに再稼働させるということは規制委員会としてはできないと思っています。だから、できるだけ早く安全の判断ができるような基準の策定を急ぎたいということ、今はそんな考えですね。電力事情が足りないとか、いろいろなことまで入れますと、規制委員会として何をやっているのだかわからなくなってしまいますので、皆さんが期待しているような規制委員会でなくなってしまう可能性がありますから、それだけはちょっと御勘弁願いたいと。」と回答し、政治判断によって再稼働を行うことは原子力委員会設置の趣旨に反するとした(甲154・3~4頁)。
そして、田中委員長は、第1回原子力規制委員会後の記者会見において、「大飯3、4号機のことについては、政治的な判断があったと思います。夏の電力供給を考えて、そういう判断をされたと思っています。」(甲153・16頁)と回答し、大飯発電所3号機・4号機が、原子力規制委員会の発足前に、政治的な例外として稼働していたことも認めた。
しかるに、田中委員長は、第2回原子力規制委員会会議後の記者会見において、これから策定する新しい基準と大飯原発第3号機及び4号機の関連について問われたのに対し、「なかなか難しい判断ですけれども、一応政治的にいろいろな社会的条件とかを判断して、稼働しているものを、今、何の根拠もなくとめなさいというのは、なかなか難しいところがあります。」(甲154・10頁)と回答し、停止を求めない意向を示した。
以上のとおり、原子力規制委員会の発足により、電気事業法39条1項に定める事業用電気工作物に関する技術基準の不備が明確に確認され、かつ田中委員長は、新しい規制基準の策定前に、電力不足などを理由に政治判断で再稼働を行うことは原子力規制委員会の任務に反すると明確に発言しながら、大飯発電所3号機及び4号機については、その任務に背いて政治的な例外であることを容認し、停止を求めなかったのである。かかる国の規制権限不行使は、電気事業法39条、40条に違反する違法、ないしは改正後の新炉規法第43条3の23に違反する違法があり、国家賠償法1条1項に基づく賠償義務を負う。

 4 現状評価を行ったにもかかわらず停止を行わない違法性(現状評価後の違法)

上記第2の4で述べたとおり、原子力規制委員会は、新たな規制基準の骨子を策定した後、暫定基準によって稼働している大飯発電所3号機及び4号機につき現状評価を行った。この点、田中委員長は、現状評価を必要とする趣旨につき、「具体的に言うと、今、動いているのは、大飯の3、4号機ですけれども、これについても、基本的には大飯が例外的なものであるとはすべきではないと私自身は思っています。運用面の例外を出さないようにするということ、つまりバックフィット制度の大原則を大飯にも適用するということであります。」と説明していた(甲146・34頁)。
このように、原子力規制委員会は、バックフィットの例外を許さないために大飯発電所3号機及び4号機の現状評価を行い、その結果、第2の4(4)で述べたとおり、新規制基準を満たしていない点があることを確認した。しかるに、原子力規制委員会は、「直ちに安全上重大な問題が生じるものではない。」として、稼働を容認したのである。
しかしながら、既に安全上重大な問題が生じていれば、稼働が不可能であるのは当然である。新規制基準への不適合性を確認しながら、直ちに問題が生じるか否かという別の判断基準を持ち出し、稼働を容認するなどというのは、原子力安全に対する独占的な権限を有する機関にあるまじき行為というべきである。
この点、同日の会議後に行われた記者会見において、記者からも、「今とまっている原発が100を満たさなかったら再稼働ができないのに対し、大飯は80とか90の段階で運転を続けているという、ここに一番国民が理解できない点があると思うのですが、この点はどうお考えでしょうか」と疑問が出された。これに対し、田中委員長は、「将来、何十機か動いた時に、新しい基準ができたといったら、全部一遍にとめなさいということをやるわけにはいかないでしょうと。いろいろなことを考えなければ。」と、開き直りともいえる回答を行った(甲155・6~7頁)。
以上のとおり、国は、大飯発電所3号機及び4号機への事前審査により、新規制基準への不適合性を明確に確認しながら、稼働を容認し、停止を求めなかったものであって、電気事業法39条、40条に違反する違法、ないしは改正後の新炉規法第43条3の23に違反する違法があり、国家賠償法1条1項に基づく賠償義務を負う。

 5 新規制基準施行(平成25年7月8日)後の違法性

  (1) 原子力規制委員会規則制定権限不行使の違法

   ア 立地審査指針について

原告ら第7準備書面で述べたとおり、被告国は「立地審査」を原子力規制委員会規則に取り入れなかった。しかし、立地審査指針は昭和39年以降施行されており、国際的に採用されている基準でもある。また、福島第一原発事故後は、旧来の立地審査指針が住民の生命、健康に対する危険の予防の観点から不十分であることが判明した。
従って、同事故後、より基準を厳格にした規則を制定すべきであったのにこれを怠った被告国には規則制定権限不行使の違法がある。

   イ 避難計画の規則化について

原告ら第6準備書面で述べたとおり、日本においては避難計画の策定は、原子力発電所の許認可要件には含まれていない。他方、海外においてはこれを許認可要件とする立法例がある。福島第一原発事故は、住民の生命、健康に対する危険を除去するため、原子炉の規制のみならず、具体的事故を想定しても近隣住民が避難可能な避難計画の策定が必要であることを明らかにした。
したがって、被告国には、福島第一原発事故後においては、避難計画の策定を許認可要件化する原子力規制委員会規則を策定すべきであったのにも関わらずこれを怠った規則制定権限不行使の違法がある。

  (2) 原子力規制委員会の規制権限の不行使の違法1

   ア 法の趣旨より立地審査は行われるべきである

立地審査指針は、原子力規制委員会規則に定められていない。しかし「規則」は行政の内部通達にすぎず、上位規範たる法の趣旨から立地審査は行われるべきである。

   イ 原子炉等規制法第1条、第43条の3の23、及び第43条の3の6

ここで、原子炉等規制法は、第43条の3の23は原子力規制委員会が停止命令等を行う要件として、同法第43条の3の6第4号をあげ、同第3号をあげていない。しかし、「国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資すること」(法第1条)を目的とし、原子力規制委員会に全面的に許可の審査を行わせるとした法の趣旨からは、第43条の3の6第3号についても、停止命令等の権限は及ぶと解釈されるべきである。

 「三 その者に重大事故(発電用原子炉の炉心の著しい損傷その他の原子力規制委員会規則で定める重大な事故をいう。第四十三条の三の二十二第一項及び第四十三条の三の二十九第二項第二号において同じ。)の発生及び拡大の防止に必要な措置を実施するために必要な技術的能力その他の発電用原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力があること。」

けだし、第43条の3の6は原子力規制委員会の発電用原子炉設置許可要件を定めているところ、一旦原子炉の設置許可をした後にも、原子力事業者が「(重大事故の)発生及び拡大の防止に必要な措置を実施するために必要な技術的能力その他の発電用原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力」を欠くに至った場合に停止命令等を発令できないのは不合理であり法の趣旨に反するからである。

   ウ 規制権限不行使の違法

この点、福島原発事故後、福島事故程度の重大事故で100mSv(乃至それよりも低い被曝量)を非居住区域とすべきという知見がえられたのであるから、原子力規制委員会は要件を充たさない大飯原発については、法の趣旨又は第43条の3の6第3号を根拠に廃炉命令を行うべきであったのにこれを怠った違法がある。

  (3) 原子力規制委員会の規制権限の不行使の違法2

原告ら準備書面で述べたとおり、大飯原子力発電所は水素爆発に関する実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則第37条「重大事故等の拡大防止等」における水素爆轟防止に関する基準「原子炉格納容器内の水素濃度が13vol%以下」であることの要件を充たす状況にはなく、将来にわたりこれを充たす状況にもない。
従って、原子力規制委員会は新炉規法第43条3の23、及び、原子力規制委員会規則第37条により廃炉命令を行うべきであったのにこれを怠った違法がある。

  (4) 小括

以上、立地、避難計画の不備、水素爆轟防止対策の不備について、大飯原子力発電所は具体的危険を否定できない。
従って被告国には、平成25年7月8日以降、規則制定権限不行使の違法及び規制権限不行使の違法がある。

◆ 原告第11準備書面
第3 法改正を巡る事実経過

原告第11準備書面
-違法性論- 目次

第3 法改正を巡る事実経過

 1 新規制基準の成立と施行[1]

2011(平成23)年3月12日の福島第一原発事故を契機に明らかになった原子力に関する行政の不備を是正するため、2012(平成24)年6月27日、国は、「原子力基本法」、「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下「炉基法」という)」を改正し、原子力規制委員会設置法を制定した。

[1] 原告ら第5準備書面に詳述

 2 概要

  (1) 原子炉等規制法の改正

まず、炉規法の主要な改正として、電気事業法の原子力発電所に対する安全規制(工事計画認可、使用前検査等)が、原子炉等規制法に一元化された。
また、同法の目的、許可等の基準から「原子力の開発及び利用の計画的な遂行」を削除し、「国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全」を目的規定に追加した[2]。
さらに、福島第一原発事故をふまえ、炉規法に、シビアアクシデント対策、自然災害対策、バックフィット、運転期間の延長認可が盛り込まれた。炉規法は、4段階に分けて施行された(2012(平成24)年9月19日、2013(平成25)年4月1日、同年7月8日、同年12月18日)

[2] 改正前の炉規法においても、伊方原発訴訟控訴審判決(高松高裁昭和59年12月14日)は「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律第24条1項は原子炉周辺の住民の生命・身体等をも保護法益とするから、周辺住民は原子炉設置許可処分取消訴訟の原告適格を有する」として、同法が住民の生命身体を保護法益とすることを認定している。

  (2) 原子力規制委員会設置法の制定

原子力委員会設置法第1条によれば、原子力規制委員の設置は、「平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故を契機に明らかとなった原子力の研究、開発及び利用(以下「原子力利用」という。)に関する政策に係る縦割り行政の弊害を除去し、並びに一の行政組織が原子力利用の推進及び規制の両方の機能を担うことにより生ずる問題を解消するため、原子力利用における事故の発生を常に想定し、その防止に最善かつ最大の努力をしなければならないという認識に立って、確立された国際的な基準を踏まえて原子力利用における安全の確保を図るため必要な施策を策定し、又は実施する事務(原子力に係る製錬、加工、貯蔵、再処理及び廃棄の事業並びに原子炉に関する規制に関すること並びに国際約束に基づく保障措置の実施のための規制その他の原子力の平和的利用の確保のための規制に関することを含む。)を一元的につかさどるとともに、その委員長及び委員が専門的知見に基づき中立公正な立場で独立して職権を行使する原子力規制委員会を設置し、もって国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的とする」ものである。
この法の目的を達成するため、原子力規制委員会は、「国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資するため、原子力利用における安全の確保を図ること(原子力に係る製錬、加工、貯蔵、再処理及び廃棄の事業並びに原子炉に関する規制に関すること並びに国際約束に基づく保障措置の実施のための規制その他の原子力の平和的利用の確保のための規制に関することを含む。)を任務とする」(原子力規制委員会設置法第2条)ものである。
そして、原子力規制委員会には、「原子力施設の規制基準に関し、工事計画認可、使用前検査等に係る技術基準に適合していない場合等に加え、原子力施設の位置、構造及び設備に係る設置許可基準に適合していない場合にも、原子力規制委員会の発電用原子炉の設置許可を受けた者等に対して、使用の停止、改造、修理、移転等を命じることができる」(設置法附則15条ないし17条)という強い権限が与えられた。

  (3) 原子力規制委員会による停止等命令の根拠法

   ア 新炉規法第43条3の23

新炉規法第43条3の23は、発電用原子炉施設の規制基準に関し、工事計画認可、使用前検査等に係る技術基準に適合していない場合に加え、改正原子炉等規制法44条の3の6第1項4号の設置許可基準に適合していない場合にも、発電用原子炉設置者に対して、使用停止等処分を行うことができる旨規定された[i]。
この点、同条は「その発電用原子炉設置者に対し、当該発電用原子炉施設の使用の停止、改造、修理又は移転、発電用原子炉の運転の方法の指定その他保安のために必要な措置を命ずることができる。」と定めるが、「使用の停止、改造、修理又は移転、発電用原子炉の運転の方法の指定」は例示列挙であり、保安のために必要な措置であれば、原子力規制委員会は「廃炉」を命ずることができると解するべきである。けだし、新炉規法は目的規定として「もつて国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全」を明示したところ、科学の発達、知見の進展、施設の老朽化に伴い、古い審査基準にて設置を許可された原子炉が、今日的には、「国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全」を害する具体的危険がある設置物と判断されるに至れば廃炉とするのが規制の方法として当然である。
また、原子力発電所は、火力発電所、水力発電所と異なり、原子炉燃料の処理においても慎重な配慮が必要であるから、具体的危険が確認された原子力発電所については、単なる使用停止にとどまらず、適切な廃炉処理まで行わなければ危険を除去したことにはならないからである。

[i] (施設の使用の停止等)
第四十三条の三の二十三 原子力規制委員会は、発電用原子炉施設の位置、構造若しくは設備が第四十三条の三の六第一項第四号の基準に適合していないと認めるとき、発電用原子炉施設が第四十三条の三の十四の技術上の基準に適合していないと認めるとき、又は発電用原子炉施設の保全、発電用原子炉の運転若しくは核燃料物質若しくは核燃料物質によつて汚染された物の運搬、貯蔵若しくは廃棄に関する措置が前条第一項の規定に基づく原子力規制委員会規則の規定に違反していると認めるときは、その発電用原子炉設置者に対し、当該発電用原子炉施設の使用の停止、改造、修理又は移転、発電用原子炉の運転の方法の指定その他保安のために必要な措置を命ずることができる。
2 原子力規制委員会は、防護措置が前条第二項の規定に基づく原子力規制委員会規則の規定に違反していると認めるときは、発電用原子炉設置者に対し、是正措置等を命ずることができる。

(許可の基準)
第四十三条の三の六 原子力規制委員会は、前条第一項の許可の申請があつた場合においては、その申請が次の各号のいずれにも適合していると認めるときでなければ、同項の許可をしてはならない。
一 発電用原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれがないこと。
二 その者に発電用原子炉を設置するために必要な技術的能力及び経理的基礎があること。
三 その者に重大事故(発電用原子炉の炉心の著しい損傷その他の原子力規制委員会規則で定める重大な事故をいう。第四十三条の三の二十二第一項及び第四十三条の三の二十九第二項第二号において同じ。)の発生及び拡大の防止に必要な措置を実施するために必要な技術的能力その他の発電用原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力があること。
四 発電用原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質若しくは核燃料物質によつて汚染された物又は発電用原子炉による災害の防止上支障がないものとして原子力規制委員会規則で定める基準に適合するものであること。
2 前項の場合において、第四十三条の三の三十第一項の規定により型式証明を受けた同項に規定する特定機器の型式の設計は、前項第四号の基準(技術上の基準に係る部分に限る。)に適合しているものとみなす。
3 原子力規制委員会は、前条第一項の許可をする場合においては、あらかじめ、第一項第一号に規定する基準の適用について、原子力委員会の意見を聴かなければならない。

(発電用原子炉施設の維持)
第四十三条の三の十四 発電用原子炉設置者は、発電用原子炉施設を原子力規制委員会規則で定める技術上の基準に適合するように維持しなければならない。ただし、第四十三条の三の三十三第二項の認可を受けた発電用原子炉については、原子力規制委員会規則で定める場合を除き、この限りでない。

   イ 新炉規法第43条3の23の要件

新炉規制法第四十三条の三の二十三は、

【要件】

 (1) 発電用原子炉施設の位置、構造若しくは設備が第四十三条の三の六第一項第四号の基準に適合していないと認めるとき、(2)発電用原子炉施設が第四十三条の三の十四の技術上の基準に適合していないと認めるときは…

【効果】

 「その発電用原子炉設置者に対し、当該発電用原子炉施設の使用の停止、改造、修理又は移転、発電用原子炉の運転の方法の指定その他保安のために必要な措置を命ずることができる。」と定める。

同条が引用する第四十三条の三の六第一項第四号の基準は

 「四 発電用原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質若しくは核燃料物質によつて汚染された物又は発電用原子炉による災害の防止上支障がないものとして原子力規制委員会規則で定める基準に適合するものであること。」

同条が引用する第四十三条の三の十四の技術上の基準は

  「発電用原子炉設置者は、発電用原子炉施設を原子力規制委員会規則で定める技術上の基準に適合するように維持しなければならない。ただし、第四十三条の三の三十三第二項の認可を受けた発電用原子炉については、原子力規制委員会規則で定める場合を除き、この限りでない。」

である。

   ウ 小括

したがって、発電用原子炉設置者は審査時以降も「発電用原子炉施設を原子力規制委員会規則で定める技術上の基準」ヘの適合を維持することが必要であり、これを充たさない場合には、原子力規制委員会は停止等命令を発する義務がある。

  (4) 炉規法改正前の停止命令等の根拠法

炉規法改正前の停止命令等の根拠法は電気事業法第39条、第40条[3]である。また、炉規法改正後施行前の期間について主務官庁による技術基準適合命令が発し得ると解すべきである。従って、この期間においても被告国は電気事業法又は新炉規法による停止等命令を発することができた。

[3] (事業用電気工作物の維持)
第三十九条 事業用電気工作物を設置する者は、事業用電気工作物を主務省令で定める技術基準に適合するように維持しなければならない。
2 前項の主務省令は、次に掲げるところによらなければならない。
一 事業用電気工作物は、人体に危害を及ぼし、又は物件に損傷を与えないようにすること。
二 事業用電気工作物は、他の電気的設備その他の物件の機能に電気的又は磁気的な障害を与えないようにすること。
三 事業用電気工作物の損壊により一般電気事業者の電気の供給に著しい支障を及ぼさないようにすること。
四 事業用電気工作物が一般電気事業の用に供される場合にあっては、その事業用電気工作物の損壊によりその一般電気事業に係る電気の供給に著しい支障を生じないようにすること。
(技術基準適合命令)
第四十条 主務大臣は、事業用電気工作物が前条第一項の主務省令で定める技術基準に適合していないと認めるときは、事業用電気工作物を設置する者に対し、その技術基準に適合するように事業用電気工作物を修理し、改造し、若しくは移転し、若しくはその使用を一時停止すべきことを命じ、又はその使用を制限することができる。

◆ 原告第11準備書面
第2 大飯原発の再稼働を巡る事実経過

原告第11準備書面
-違法性論- 目次

第2 大飯原発の再稼働を巡る事実経過

 1 再稼働前の大飯発電所3号機及び4号機の稼働状況

大飯原発3号機は、2010(平成22)年6月6日から2011(平成23)年3月17日までの間通常運転を行い、同月18日、第15回定期点検のために運転を停止した。同4号機は、2010(平成22)年5月29日より調整運転を、同年6月23日より2011(平成23)年7月21日まで通常運転を行い、同月22日、第14回定期点検のために運転を停止した。

 2 福島第一原発事故後、大飯発電所3号機及び4号機の再稼働に至る経過

2011(平成23)年3月11日、東日本大震災が発生し、福島第一原子力発電所の爆発事故が発生した。同事故を受けて、経済産業大臣は、同月30日、「平成23年福島第一・第二原子力発電所事故を踏まえた他の発電所の緊急安全対策の実施について(指示)」を発した。さらに、同年4月15日には、「原子力発電所及び再処理施設の外部電源の信頼性確保について(指示)」を発した(甲141、142)。同年5月6日、原子力安全・保安院は、大飯発電所につき、緊急安全対策が妥当である旨の判断を行った。
そして、同年7月6日、内閣総理大臣が再稼働に向けた新たなルール作りを経済産業大臣、内閣府特命大臣に指示し、同月11日には、官房長官、経済産業大臣、内閣府特命大臣(以下、3者をあわせて「関係3閣僚」という。)が、ストレステストの実施により再稼働を判断する方針を明らかにした。これを受けて、同月22日、原子力安全・保安院長は関西電力に対し、ストレステスト実施を指示した。
関西電力は、同年10月28日に大飯発電所3号機の、同年11月17日に同4号機の、各ストレステスト(一次評価)実施結果を原子力安全・保安院に提出した。
2012(平成24)年2月13日、原子力安全・保安院によるストレステスト最終審査がなされ、同年3月23日、原子力安全委員会による確認が行われた。
同年4月6日、内閣総理大臣は、関係3閣僚とともに原子力発電所再稼働に関する安全性の判断基準を決定し、「原子力発電所の再起動にあたっての安全性判断に関する判断基準」(暫定基準、甲143)を発表するとともに、経済産業大臣は関西電力に対し、実施計画の作成を指示した。同月9日、関西電力は実施計画を提出し、同月13日、内閣総理大臣と関係3閣僚による再稼働に関する判断がなされ、大飯発電所3号機及び4号機の再稼働の方針が決定された。
そして、同年7月5日には3号機が、同年7月21日には4号機が、それぞれ調整運転を開始した。

 3 原子力規制委員会の発足

後述する原子力規制委員会設置法制定を受け、2012(平成24)年9月19日、独立行政委員会である原子力規制委員会が発足し、同日、原子力規制員会第1回会議が開催された。冒頭の挨拶の中で、田中俊一原子力規制委員会委員長(以下「田中委員長」という)は、「この原子力規制委員会の最も重要なことは、地に落ちた原子力安全行政に対する信頼を回復することにあります。」と発言し(甲144)、暫定基準を見直し、同設置法で定められた任務に基づいて新規制基準の策定を行うこととなった。

 4 大飯原発第3・4号機の事実上の新規制基準事前審査

  (1) 原子力規制委員会による新規制基準の策定作業

原子力規制委員会は、2013(平成25)年2月6日、「発電用軽水型原子炉施設に係る新安全基準骨子案」を発表し、翌2月7日から同月28日まで、骨子案のパブリックコメントを募集した。
なお、このパブリックコメントでの指摘を受け、原子力規制委員会は「新安全基準」という名称を、現在の「新規制基準」に変更している。

  (2) 田中委員長による大飯発電所3号機及び4号機の現状評価の提案

上記のパブリックコメントの募集期間が終了した直後の同年3月19日、平成24年度原子力規制委員会第33回会議が開催された。その会議上、田中委員長は、運転中のプラントである大飯発電所3号機及び4号機が新基準をどのくらい満たしているのか把握するための確認作業を行うことを私案として提案し、その上で、安全上重大な問題があると認める場合には、原子力規制委員会として停止を求める可能性に言及し、委員会の承認を得た(甲145、146)。

  (3) 大飯発電所3号機及び4号機の現状評価の実施

ついで同年4月17日に行われた平成25年度原子力規制委員会第3回会議において、「関西電力大飯発電所の現状評価の進め方」が検討され、4月19日に初回を開催し、評価会合及びヒアリングで具体的な作業を行い、新基準施行前の6月下旬に評価結果をまとめる方針が決定された(甲147)。
同会議の翌18日には、被告関西電力は、「大飯発電所3、4号機新規制基準適合性確認結果について(報告)」を規制委員会に提出し、同年4月19日、「大飯発電所3・4号機の現状に関する評価会合」第1回会議が開催され、以後、急ピッチで評価会合とヒアリングが実施され、同年6月15日の現地調査を経て、同年6月20日、第13回会議において、「関西電力(株)大飯発電所3号機及び4号機の現状評価(案)」が提案された(甲148)。
他方、新規制基準は、同年6月19日に開催された平成25年度原子力規制委員会第11回会議において決定され、閣議決定を経て同年7月8日施行されることが決定された。

  (4) 大飯発電所3号機及び4号機の現状評価の結論

同年7月3日に開催された平成25年度原子力規制委員会第13回会議において、原子力規制委員会は、「関西電力(株)大飯発電所3号機及び4号機の現状評価(案)」を承認した(甲149、150)。
この現状評価では、「新規制基準を満たしていない点」として、「火災防護の観点から、安全機能を有する機器等を適切に分離させること等が必要であるところ、一部の機器等については、適切な分離等が図られておらず」という点や、重大事故対策において必要な緊急時対策所がいまだ施工されていない等の点が具体的に指摘され、「既に指摘した様に、新規制基準施行後審査においては対応すべき課題があり、これらに対し適切に対策を講じることが必要である」と記載された(甲149・44頁以下「6 総論」)。しかしながら、結論としては、「新規制基準に照らして現状を評価した結果、6月末の時点の施設及び運用状況において、直ちに安全上重大な問題が生じるものではないと判断する。」(甲149・44頁以下「6 総論」)とされた。
そして、大飯発電所3号機及び4号機は、同年9月の定期点検による停止まで、暫定基準に基づく稼働を続けたのである。

◆ 原告第11準備書面
第1 国家賠償法1条1項における規制権限不行使の違法

原告第11準備書面
-違法性論- 目次

第1 国家賠償法1条1項における規制権限不行使の違法

国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は,その権限を定めた法令の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは,その不行使により被害を受けた者との関係において,国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である(最高裁平成13年(受)第1760号同16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁,最高裁平成13年(オ)第1194号,第1196号,同年(受)第1172号,第1174号同16年10月15日第二小法廷判決・民集58巻7号1802頁参照)。
また、次節以下で詳述するように、具体的な保安措置を包括的に下位規範である省令又は規則に委任した原子炉等規制法、電気事業法等においては、主務大臣(又は原子力規制委員会)の省令(又は規則)制定権限は,住民の生命、健康及び財産、並びに環境に対する危害を防止することをその主要な目的として,できる限り速やかに,技術の進歩や最新の知見等に適合したものに改正すべく,適時にかつ適切に行使されるべきものである(最高裁平成16年4月27日第三小法廷判決、平成26年10月9日 第一小法廷判決参照)。
以下、福島第一原発事故後の大飯原子力発電所の再稼働を巡る動き、及び、原子力規制の改正経緯を整理したうえで、国の規制権限不行使の違法性について検討する。

◆ 原告第11準備書面
-違法性論-
目次

原告第11準備書面
-違法性論-

2015年(平成27年)5月11日

第11準備書面[533 KB]

目次

第1 国家賠償法1条1項における規制権限不行使の違法

第2 大飯原発の再稼働を巡る事実経過
1 再稼働前の大飯発電所3号機及び4号機の稼働状況
2 福島第一原発事故後、大飯発電所3号機及び4号機の再稼働に至る経過
3 原子力規制委員会の発足
4 大飯原発第3・4号機の事実上の新規制基準事前審査

第3 法改正を巡る事実経過
1 新規制基準の成立と施行
2 概要

第4 被告国の違法性
1 4号機停止まで(平成23年3月11日乃至平成23年7月21日)
2 平成24年7月の再稼働について
3 原子力規制委員会発足時点の規制権限不行使(H25.7.3現状評価前)
4 現状評価を行ったにもかかわらず停止を行わない違法性(現状評価後の違法)
5 新規制基準施行(平成25年7月8日)後の違法性

第4 まとめ

【略年表】

◆ 原告第10準備書面
第7 結語

原告第10準備書面
-大飯原子力発電所のぜい弱性- 目次

第7 結語

過去の様々な小事故の示すように、原子力発電所の内部には、予想をされていない欠陥や毀損部分が内在しており、事故が起こった際に予想されたとおりに事故が推移する保証はどこにもない。事故対策のために策定されているイベントツリーは、すべての事故に対応できるものではないことも明らかである。
原子力発電所は、いったん事故を起こせば甚大な損害を及ぼすにも関わらず、その実態は、「万が一にも事故が起こらない」という状況とはほど遠く、むしろいつ事故が起こってもおかしくない状態であると言わざるを得ない。このような原子力発電所が稼働し続けることは、原告らの生命・身体に対して具体的危険を及ぼすものであり、大飯原子力発電所の稼働はただちに差し止められるべきである。

以上

◆ 原告第10準備書面
第6 被告関西電力が策定しているイベントツリーに従った対策では過酷事故を防ぐことはできない

原告第10準備書面
-大飯原子力発電所のぜい弱性- 目次

第6 被告関西電力が策定しているイベントツリーに従った対策では過酷事故を防ぐことはできない

 1 被告関西電力は、本訴訟と同種の訴訟である福井地方裁判所における大飯原発差止訴訟において、700ガルを超える地震が到来した場合の事象を想定し、それに応じた対応策があり、これらの事象と対策を記載したイベントツリーを策定していること、4.65メートルを超える津波が到来したときの対応についても同様のイベントツリーを策定していること、これらのイベントツリーに記載された対策を順次とっていけば、1260ガルを超える地震が来ない限り、津波の場合には11.4メートルを超えるものでない限りは、炉心損傷には至らず、大事故に至ることはないと主張している。本訴訟においても、同様の主張がなされると思われるので、この点についてあらかじめ原告らの主張を述べる。

 2 被告関西電力の策定するイベントツリー記載の対策が真に有効な対策であるためには、第1に地震や津波のもたらす事故原因につながる事象を余すことなく取り上げること、第2にこれらの事象に対して技術的に有効な対策を講じること、第3にこれらの技術的に有効な対策を現実に地震や津波の際に実施でいるという3つの条件がそろう必要がある。

  (1) 深刻な事故においては発生した事象が新たな事象を招いたり、事象が重なって起きることは容易に想定できる。福島原子力発電所における事故原因が未だ解明できておらず、原子力発電所内の核燃料が現在どのような状態になっているのかも不明であることからも分かるとおり、事故原因につながる事象のすべてをとりあげ、そこから発生する事象をすべて想定して対策をあらかじめ講じることは不可能である。
しかも、既に述べた通り、大飯原子力発電所や同原発と同型のPWR型原子力発電所において、想定されていなかった事象に基づく事故が実際に起きているのである。例えば細管の減肉によって冷却水漏れ事故が発生しているが、想定されていない細管の減肉があるところに地震が来れば、本来の想定とはことなる事象がおこる蓋然性が高いことは明白である。原子力発電所内のすべての装置が想定されている範囲内の正常な状態にあることを前提にすべての事象を想定することですらほとんど不可能といえるが、ましてや想定外の不具合があること(これが存在することは過去の事故の例からも明らかである)を前提にしたすべての事象を網羅することは完全に不可能である。
従って、被告関西電力がイベントツリーにおいて事故原因につながる事象のすべてを取り上げていることはありえない。

  (2) 事象に対するイベントツリー記載の対策が技術的に有効であるか否かは不明であるし、これは被告関西電力において証明されるべき事柄であるが、仮に技術的に有効であるとしても、いったん事故がおこれば、事態が深刻であればあるほど、それがもたらす混乱と焦燥の中で、適切かつ迅速にこれらの措置をとることを原子力発電所の従業員に期待することはできない。

   ア まず、地震や津波、その他の事故は夜間も昼間も同じ確率で起こりうるが、例えば原子力発電所の従業員が少なくなる夜間に突発的な危機的状況が起きた際に、ただちに対応できる人員が確保できるのか否か、現場において指揮命令系統の中心となる所長が在所しているのか否かによって、適切かつ迅速な対応がなされない危険性がある。

   イ 次に、イベトツリーに従った対応策をとるためにはいかなる事象が起きているのかを把握することが前提になる。しかし、福島原子力発電所における事故に関する政府事故調査委員会や国会事故調査委員会の各調査報告書をみても、地震がいかなる箇所にどのような損傷をもたらしそれがいかなる事象をもたらしたのかの確定には至っていない。事後的に調査をおこなっても確定できないものが、事故の現場において正確に把握できないことは言うまでも無い。

   ウ 次に、仮にいかなる事象が起きているかを把握できたとしても、福島原子力発電所の事故からすると、地震により外部電源が断たれると同時に多数箇所に損傷が生じるなど対処すべき事柄は極めて多いことが容易に想定できる。一方で、全交流電源喪失から炉心損傷までの時間は5時間あまり、炉心損傷の開始からメルトダウンに至るまでの時間も2時間以下であって、たとえ小規模の水管破断であったとしても10時間足らずで冷却水の減少によって炉心損傷に結びつく可能性がある。これは福島第一原発の例によるものであるが、福島原子力発電所とことなりPWR型である大飯原発においては水管破断による冷却水の減少速度は福島第一原発よりも速い。これだけの限られた時間の中で正確な対処がなされなければ大事故につながる危険性がある。

   エ 次に取るべきとされる手段のうちのいくつかは、その性質上、訓練や試運転になじまないものがあり、日常的な訓練等によってに正確な実施を担保することができない。例えば、空冷式非常用発電装置だけで実際に原子炉を冷却できるかどうかをテストすることなどできるはずもないのである。

   オ 次に、取るべき防御手段に必要なシステムそのものが地震や津波によって破壊される可能性もある。例えば、大飯原発の何百メートルにも及ぶ非常用取水路が一部でも地震によって破損されれば、非常用取水路にその機能を依存しているすべての水冷式非常用ディーゼル発電機が稼働できなくなる。非常用ディーゼル発電機が稼働できなくなれば、外部電源が遮断された際に核燃料や使用済核燃料を冷やし続けることができなくなるのである。

 3 これらの条件がすべてクリアされなければ被告関西電力が策定するイベントツリーに基づいた対策は意味をなさないが、これらの条件がすべてクリアされることはあり得ないのである。

◆ 原告第10準備書面
第5 大飯原発の老朽化による危険について

原告第10準備書面
-大飯原子力発電所のぜい弱性- 目次

第5 大飯原発の老朽化による危険について

 1 はじめに

およそ機械類は,年月が経てば老朽化するものである。また機械類には必ず寿命が存在する。これらのことは,身の回りの機械製品を思い起こせば当然のことであって,一般の経験則でもある。このことは原子炉であっても何ら変わらない。
実際,米国では運転認可が40年有効として与えられている(甲135)。法的寿命が40年とされているのである。また,ドイツでは,運転開始から32年を最長稼働期間として,以後は廃炉とすることがきめられている(甲135)。
我が国においても、原子力発電所の運転開始から30年が経過する前とその後10年ごとに、事業者は安全上重要な機器・構造物について、今後長期間運転することを想定した技術評価(高経年化に関する評価)を実施し、それに基づいた長期保守管理方針を策定し、保安規定に記載することが義務づけられ、その内容について原子力規制委員会により厳格に審査され、認可を受けることになっている。これは老朽原発における危険性の増大に鑑みて、高経年化対策を義務づけたものである。
なお、政府や原子力規制委員会などは「高経年化」という言葉を使うが、単純に年月を経ているという問題ではなく、年月を経ることにより機械類が「老朽化」することが問題である。従って、以下、「高経年化」という言葉は用いず「老朽化」という。
大飯原子力発電所の運転開始日は、1号機が1979年3月27日、2号機が同年12月5日、3号機が1991年12月18日、4号機が1993年2月2日であり、1号機・2号機は運転開始から35年が経過した老朽化原発である。
本項では,大飯原発における老朽化対策の問題点について論じる。

 2 老朽化対策について

  (1) 初期の原発に老朽化対策はそもそも講じることができない

我が国では不思議なことに原子炉の寿命が法定されておらず,このことを奇貨として,電力会社などは,「30年から40年という期間は,一部の機器に発生する劣化事象の発生量や進展量を評価するための想定期間であって,原子力発電所全体の寿命期間や認可期間とは異なる」などと強弁する。しかし,最初の原子炉が作られた頃は,米国が40年としていたことから,「30年から40年」というのが暗黙の前提であった(甲136)。それが,いつの間にか,「老朽化対策」という名のもとに,60年までは10年ごとの検査を経ながら使い続けることができるということになっている。
しかし,原発が作られ始めた初期の頃は,原子炉圧力容器や配管等の最重要機器の設計や製造に適用される独自の法規が存在せず,初期の原発は,化学プラントや発電用ボイラーの機器に適用されていた法規を借用して設計・製造されていた。敦賀1号機,美浜1,2号機等は,全てそうである(甲136)。これらの原発については,独自の設計・製造関係法規のもとで作られた原発とは異なり,同様の老朽化対策を施したからといって,当初想定されていた寿命を超えた運転を認めることはできない。
つまり,初期の原発については,その設計・製造過程からして,そもそも,老朽化対策なるものを講じる前提を欠いているのである。当初の想定どおり,30年ないし40年の経過によって,速やかに廃炉とするべきなのである。
また美浜1,2号機,敦賀1号機,福島1号機といった初期の原発は,蒸気発生器破損,燃料破損,再循環ポンプ破損などを繰り返し,始終運転停止に追い込まれてきたために,設備稼働率が異常に低くなっている(甲135)。初期の原発は,運転期間が長期化するまでもなく,コンスタントに様々なトラブルを繰り返してきたものであって,大事故は小事故をきっかけに起こるという経験的事実に基づけば,中小事故を繰り返してきたこれら初期原発群は,一般の寿命問題とは切り離して,早急に運転停止,廃炉にするべきである。このことは,福島第一原発事故においても,揺れによって重大な損傷を生じたのが運転開始から40年を超えた福島1号機であったこと(甲134)によっても,既に実証済みである。
また,1970年から1990年の事故例を原因別,発生箇所別に分析した研究結果によれば,昔に比べると事故の発生部位としては,配管や弁が増加しており,これは明らかに経年劣化が原因であると考えられること,事故原因については,制作・メンテナンス不良と経年劣化を原因とする事故が増加していることが指摘されており(甲135)、原子力発電所の累積運転年数の長期化によってトラブルの発生件数は増加しており、老朽原発の危険性は明白である。

  (2) 老朽化対策は原子炉圧力容器の脆化にとって無力である

   ア 原子炉圧力容器は老朽化対策の対象ではない

老朽化対策は、部品を交換したり,監視や検査を行い適切にメンテナンスすることによって、長期運転を可能とするものであるが、部品の交換可能性ということに関して言えば,そもそも,原子炉圧力容器自体は交換不可能である。このことは老朽化対策の最大の問題点であると言える。部品の交換が不可能な原子炉圧力容器それ自体は老朽化対策の対象となっていないと言っても過言ではないのである。
原子炉圧力容器の損傷は原発事故の中で最大級の事故であり,老朽化対策を始めとして各種の安全対策は全てその防止を目的にしていると言っても過言ではない。そして,原子炉圧力容器は,中性子照射を受けることによって,日々,脆化が進行する。つまり,日々刻々と老朽化が進行するのである。しかし,老朽化対策によって交換されるのは,その周辺の部品だけであって,肝心の原子炉圧力容器自体は交換対象とはなっていない。それを交換することは,要するに廃炉を意味するからである。

   イ 脆性遷移温度の上昇と加圧熱衝撃の危険

原子炉圧力容器が割れてしまうような事故の場合、核反応の暴走を防ぐ手だてはほとんどない。その危険の目安となるのが脆性遷移温度である。鋼はふつう、力を加えても変形するだけだが、ある温度より低い温度では、陶磁器のように、小さな力で割れてしまう。この境界の温度を脆性遷移温度という。
例えば、冷えたガラスのコップに熱湯をいきなり注ぐと、コップは割れるかひびが入ってしまう。これはコップの内側と外側で急激に温度が変わり、その差にガラスが耐えられなくなるからである。原子炉の圧力容器の場合は逆で、常に高温に晒された原子炉に冷却水がかかると、やはり急激な温度差に耐えられず、圧力容器が破断してしまう。この変化にどこまで耐えられるかが『脆性遷移温度』である。
原子炉は、常に炉心から放出される中性子が炉壁に当たっており、そのダメージが積もり積もって、圧力容器がどんどん脆くなっていき、その結果、脆性遷移温度が上昇していく。原子炉の緊急事態には、緊急炉心冷却装置(ESSC)で炉心を急速に冷やさねばならないが、脆性遷移温度が高い原子炉圧力容器にとって怖いのは、冷却時に生じる「加圧熱衝撃(PTS)」である。
原子炉圧力容器の熱疲労を軽減するために,通常は原子炉圧力容器内の水の温度を上げ下げするときは,1時間あたり55℃以下に制限されている。
しかし,たとえば冷却材喪失のような緊急事態時には,ECCS系が自動的に作動し,原子炉は急冷され大きな熱衝撃を受ける。原子炉の急冷は,冷水の注入以外にも,一次系あるいは二次系の急激な減圧,蒸気発生器による急激なエネルギー除去などの要因も考えられる。いずれにせよ,こうした複合的な要因によって原子炉が急冷されると,原子炉圧力容器はかなりの熱衝撃を受けることになる。
炉が急冷されると一次系の圧力が急激に低下するが,その急激な圧力低下のためにECCSの高圧注水ポンプが自動的に作動し,ふたたび一次側の圧力が上昇する。したがって,原子炉圧力容器には熱衝撃だけでなく,上昇した水圧力も作用することになる。これが加圧熱衝撃(PTS)である。
このPTSが発生するとき,原子炉圧力容器内部には,熱衝撃によって発生した大きな引っ張り応力のほかに,水圧力による引っ張り応力が加算されることになる。そして,こうしたダブルの大きな応力を受けるのは,急冷により脆性遷移温度を下回る水に浸された,破壊危険状態にある原子炉圧力容器なのである。このような急激な温度変化による熱衝撃(PTS)によって、圧力容器全体が破壊してしまう危険がある。
なお同様の危険予測は,アメリカのオークリッジ国立研究所が,1981年10月にアメリカ原子力規制委員会に提出した「加圧熱衝撃の評価」と題する報告書でもなされている。そこでは,冷却材喪失事故,主蒸気管破断事故,タービン・トリップなどのいくつかの仮想的な過渡現象において,炉の寿命内の早期の段階で,PTSによる容器の破壊が予測されるとされている(以上全体につき,甲139・108~112頁)(なお,アメリカの報告書の中で,「炉の寿命」という言葉が登場することにも注目されたい)。
日本の原発圧力容器の脆性遷移温度を高い順に並べてみると、ワースト①は玄海1号炉である。この炉は最近の監視試験結果(2009年4月時点)で、前回1993年2月の56℃から42℃も上昇した。ワースト②~⑤は、いずれも福井県にある関西電力の炉である。とくに美浜1号・2号は1990年代の初め頃から高い脆性遷移温度が観測されていて、その運転継続に危惧がもたれてきた炉である。

表 原子炉圧力容器脆性遷移温度(ワースト5)

原発名 型式 運転開始 分類 脆性温度 中性子照射量
1 玄海1号 PWR 1975.10.15 母材 98℃ 7.0×10^19n/cm2
2 美浜1号 PWR 1970.11.28 母材 74℃ 3.0×10^19n/cm2
溶接金属 81℃
3 美浜2号 PWR 1972.7.25 母材 78℃ 4.4×10^19n/cm2
4 大飯2号 PWR 1979.12.5 母材 70℃ 4.7×10^19n/cm2
5 高浜1号 PWR 1974.11.19 母材 68℃ 1.3×10^19n/cm2

(出典:原子力資料情報室「原子炉圧力容器鋼材の監視試験結果一覧」)

玄海原発1号機の脆性遷移温度は98度であり、これはほぼ沸騰水に近い熱湯をかけても圧力容器が破壊されることを意味する。いわば玄海原発1号機の原子炉は、陶器のようなもので、簡単にひび割れ、破断してしまう恐れが高い。
若狭湾にある老朽化原発の照射脆化も進行している。若狭湾にある13基の原発(もんじゅを除く)のうち8基(運転開始順に敦賀1号、美浜1号、美浜2号、高浜1号・2号、美浜3号、大飯1号・2号)が1970年代建設・運転開始の老朽化原発で、すでに30年以上経っている。残りの5基(高浜3・4号、敦賀2号、大飯3・4号)も、最も新しい大飯4号が1993年運転開始で、すでに20年前後を経過しており、劣化は進んでいると考えるべきである。
圧力容器の照射脆化という観点からすれば、玄海1号に次ぐワースト2位から5位まで(美浜1号2号、大飯2号、高浜2号)が若狭湾にある。美浜1号・2号の母材および溶接金属の脆性遷移温度が高いこと(80℃前後)は以前から指摘されてきたことであるが、大飯の2号機(1979年12月運転開始)も2000年3月で70℃に達しており、脆化が著しく進行している。万一、大飯原発に緊急事態時が発生し、原子炉を急冷しなければならなくなったときに、加圧熱衝撃により圧力容器自体が破壊される危険があることは明らかであろう。

   ウ 小括

以上のように,老朽化対策は,原子炉圧力容器の脆性破壊にとっては,有効な対策とはなり得ないものなのである。

  (3) 老朽化対策の問題点

 ア 上述したように,初期の老朽化原発については老朽化対策を講じる前提をそもそも欠いているのであるが,このことは,その他の原発との関係においては老朽化対策が有効であるということを意味するものではない。

 イ たとえば,平成17年8月31日に原子力安全・保安院が発表した「実用発電用原子炉施設における老朽化対策の充実について」では,(1)原子力圧力容器の中性子照射脆化,(2)応力腐食割れ,(3)疲労,(4)配管減肉について,次のように記載されている。
すなわち,(1)中性子照射脆化の問題については,60年運転後の脆性遷移温度の上昇,遷移温度以上でのuse(破壊の際に必要な吸収エネルギー)の低下等の点でいずれも条件をクリアしている。(2)応力腐食割れ問題については,経年劣化とともに大きく増加する傾向は認められないが,加圧水型においてニッケル合金に発生する1次冷却水応力腐食割れは運転年数等に応じて発生頻度が増加する可能性があり,照射誘起応力腐食割れは照射量に応じて発生頻度が増加するので,老朽化に関しては適切な評価が必要である。(3)疲労の繰り返し応力による疲労破壊については,低サイクル疲労破壊に基づく亀裂は発生せず,高サイクル疲労のうち,設計・制作・保守が原因の主要機器配管での破壊発生件数は運転年数とともに増加する傾向は見られないが,小径管の振動等による破壊については運転年数ともに増加する傾向があるので,適切な検査や監視が必要である。(4)炭素鋼配管のエルボ部やオリフィス下流部に生じるエロージョン・コロージョン減肉については,主要点検部分に指定されている配管等については,老朽化ともに増加する傾向は認められないが,「配管全体の相当部分を占める常時使用しない予備的な系統を含めた比較的小さな減肉率の部分が,長期運転に伴い減肉率が大きくなるのが問題」として見逃す可能性もあることを示唆している。

 ウ しかし,上記のうち(2),(3),(4)については,報告書自体が,経年劣化とともに増大する要因があり,点検・監視・検査が必要であることを認めており,60年運転にお墨付きを与えるには,その論理はいかにも薄弱であると言わざるを得ない(以上全体につき,甲138)。
また,(1)については,監視試験片の問題が指摘されなければならない。原子炉においては,中性子照射脆化を監視するために,監視片をもともと原子炉内に設置しておき,これを定期的に取り出して検査を実施するのであるが,この監視片は数に限りがある。例えば,柏崎・刈羽1号機では,1年後,4年後,12年後,32年後と4回取り出して調べるという計画になっている(甲137・64頁)。これは,当初想定寿命が30年ないし40年となっていたことから,このような計画になっているものと思われるが,20年も寿命延長して運転するとなると,監視試験片の数が圧倒的に不足してしまうことになることになる(想定寿命を超えた後は,取り出し頻度を上げていく必要があることを考えれば尚更である。)。運転開始時に入れておいた試験片の数が少なく,使い切ってしまい,もう実測できない炉も出現しつつあるのである。数が足りなくなってモニターができなくなると,既に老朽段階に入っているにも関わらず,その炉は完全な無視界飛行状態になってしまう。

 エ また,事業者が,老朽化対策の中で実施する安全評価にも問題がある。例えば,被告関西電力の「老朽化技術評価報告書」(1999年)では,運転開始60年後での脆性遷移温度を予測し,その予測を元に,実測破壊靭性値を予測している。そして,圧力容器で最も怖いのは冷却水喪失事故などに伴って生じる加圧熱衝撃であるから,大破断LOCA,小破断LOCA,主蒸気管破断事故のそれぞれについて生じる力の大きさを応力拡大係数KIとして計算し,破壊靭性予測値KICと比較している。
それによると,圧力容器が温度低下とともに熱衝撃を受け,大破断LOCAの場合,120℃位で応力拡大係数KIが最大となり,このときの破壊靭性予測値KICはそれより高くKI>KICであるから破壊は起こらず安全であると評価している。
こうした評価手法は現在においても基本的には変わっていないと考えられるが,そもそも予測に用いられる脆化予測式自体が万全でないという問題点があり,また,破壊力学に基づく応力拡大係数KIの時間的変化も,LOCAのプロセスをどのように想定するかで変わってしまうという問題点がある。人為的操作が可能であるということである。
このように考えると,120℃でのKIとKICの比が1.5程度しかなく,また70℃から100℃付近の間では30MPa程度の差しかないことをもって安全と断定することができるのかは極めて疑問である(以上全体につき,甲137)。
計算過程に不確実要素を多く抱え込んでいるのであれば,安全率はもっと大きくとっておく必要があるはずである。

 オ 以上のように,老朽化技術評価は,絶対的なものではなく,その手法には,専門家からも大きな疑問が示されているところである。また,今後の評価については,監視試験片の数が足りなくなっていく中で,評価の前提となるデータ自体がとれなくなっていくという問題もある。この問題に対応するためには,試験片の再生技術を確立することが必要であるが,それは未完成の状態である。
さらに言えば,老朽化対策の根本思想である,部品を交換したり,監視や検査を行い適切にメンテナンスしていけば,設計当時の想定運転年数を超えて,60年くらいは運転していけるという考え方についても,ひび割れが見つかった配管や機器を新しいものに交換して運転すれば,それでよいのかという問題がある。
当然のことであるが,部品を交換してもシステム全体としての原発が生き返るわけではなく,かえってバランスを崩し,思わぬ事故を招く危険性が生じる。
また,各種の制御系統のケーブル類のシールドが,劣化に伴い絶縁機能の低下を起こす可能性もあるが,それらを交換することは不可能である。

 3 まとめ

原子力発電は特別な技術である。核分裂反応の制御に失敗すれば、核暴走(核爆発)を引き起こす。核分裂反応を事故時に制御できたとしても、いわゆる死の灰が出す崩壊熱を除去できなければ、メルトダウンを引き起こす。
原子炉で用いられる機器や材料は、ごくありふれたものである。多くの弁、ポンプ、モーター、配管は、通常の工業製品と本質的にかわらず、材料もふつうの工業材料である。再循環系配管で用いられているステンレス鋼は、台所の流しや食器に使われているステンレス鋼とほぼ同じである。
金属材料はさまざまな原因で経年劣化する。家電製品であれば、故障の修繕費が割に合わないと感じるようになったとき、新品と交換することになる。しかし、安全にかかわる機器はそうはいかない。自動車や電車、航空機、船舶、工場設備などは、安全性を優先して、(コスト的には損でも)古い製品を使い続けるのをやめるという選択がなされねばならない。原発はその最たるものである。
福島第一原発事故で取り返しのつかない甚大な被害が生じ、未だに被害が収束していない下では、古い原発を、まだ使える、まだ使えると、部品を交換し、だましだまし使い続けることの危険性は明白である。老朽化した大飯原発は直ちに廃炉にすべきである。