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◆原告第3準備書面
 第7 まとめ

原告第3準備書面
-原子力発電の根源的危険性と日本の法制度の不備- 目次

第7 まとめ

 大飯原発をはじめとする原子力発電所において発電が行われる過程では、多種多様の、そして大量の放射性物質が生成される。それらの放射性物質から放出される放射線は、人体に極めて有害で深刻な影響をもたらす。放射性物質からの放射線被ばくは、人体の外部から放射線の照射を受ける外部被ばくのみならず、放射性物質を体内に取り込むことで生じる内部被ばくによる影響を極めて大きく受ける。人体が放射線に被ばくすることにより、脱毛や下痢などの急性症状、がんなどの晩発性疾患が発症し、場合によっては死に至ることもあるなど、放射線被ばくによる被害は極めて深刻である。

 1986(昭和61)年4月、ウクライナ(旧ソ連)のチェルノブイリ原子力発電所で爆発事故が起こり、旧ソ連地域のみならず、ヨーロッパ中ないしは世界中に放射性物質が飛散し、深刻な被害を引き起こすこととなった。中でも、チェルノブイリ原子力発電所の周辺国であるベラルーシ、ウクライナ、ロシアなどの国々では、深刻な健康被害が発生している。それらがチェルノブイリ原発事故に起因する放射線被ばくによるものであることは、疫学調査の結果からも明らかとなっている。そして、深刻な健康被害が発生している地域を見ると、チェルノブイリ原発から100キロメートルないし200キロメートル、あるいはそれ以上離れた地域で深刻な健康被害が発生しており、500キロメートル以上離れた地域であっても深刻な健康被害が発生しているとの報告がなされている。

 翻って日本を見れば、大飯原発を含め、これまでに54基もの原子力発電所が建設されてきた。京都地方裁判所が所在する京都市内中心部は、本件で問題となっている大飯原発からわずか60キロメートルの地点に位置している。その他の原子力発電所もまた、同様に人口密集地に近接して建設されている。にもかかわらず、日本においては、放射性物質による環境汚染を防止し、市民の生命・身体の安全を確保するための環境法制は全く整備されてこなかった。そればかりか、2011(平成23)年3月に福島第一原発事故が発生した後に至っては、国は、一般公衆の放射線被ばく線量規制値である年間1ミリシーベルトを大幅に緩和して、住民が帰還する、すなわち定住する目安の線量を年間20ミリシーベルトと定めるなど、むしろ市民の生命・身体の安全に逆行する施策を推し進めている。

 福島第一原発は、事故からすでに3年を経過しているにもかかわらず、事故原因の特定には遠く至っておらず、汚染水問題など、日々新たな問題を生じさせている。しかしながら、国は大飯原発を再稼働させ、さらに、他の既存の原子力発電所の再稼働と、新たな原子力発電所の建設を推し進めようとしている。
 シビアアクシデント発生時の被害の深刻さに鑑みれば、大飯原発をはじめとする原子力発電所の再稼働は決して許されない。このことは、上述したチェルノブイリ原発事故の被害実態を見ても、福島第一原発事故後の深刻な状況を見ても明らかである。しかしながら、国や電力会社は、これまで安全神話にあぐらをかいていたのみならず、福島第一原発事故を経験してもなお、いまだに安全神話に毒されているものと言わざるを得ない現状にある。

 このような状況の下、司法の果たすべき役割は極めて重要である。原告らは、裁判所が、大飯原発を含むあらゆる原子力発電所の危険性を正しく認識し、市民の生命・身体の安全を守るため、大飯原発の運転を許さない判断をすることを求めるものである。

 以上

◆原告第3準備書面
 第6 放射線被ばくを防止するための法整備すらなされていなかったこと

原告第3準備書面
-原子力発電の根源的危険性と日本の法制度の不備- 目次

第6 放射線被ばくを防止するための法整備すらなされていなかったこと

1 2012(平成24)年6月20日の法改正以前は環境汚染に関する法規制がなかったこと

 (1)2012(平成24)年6月20日の法改正以前の環境基本法

 環境基本法は、日本における環境政策の根幹を定める基本法であり、1993(平成5)年に制定されている。
 環境基本法制定以前には、公害対策基本法で公害対策を、自然環境保全法で自然環境対策を行っていたが、日本の環境政策の根幹を定める基本法を定めるべきであるとの要請により制定された。
 環境基本法の施行により、公害対策基本法は廃止され、自然環境保全法も環境基本法の趣旨に沿って改正された。
 2012(平成24)年6月20日、環境基本法の改正案が可決成立し、改正法は同月27日より施行されている。
  その法改正以前においては、環境基本法13条には、「放射性物質による大気の汚染、水質の汚濁及び土壌の汚染の防止のための措置については、原子力基本法(昭和30年法律第186号)その他の関係法律の定めるところによる。」との規定が定められていた。
 すなわち、放射性物質に係る大気汚染、水質汚濁および土壌汚染の防止に係る措置については、原子力基本法等によることとし、環境基本法の範囲外であることを定めていた。

 (2)公害防止のための個別法

 環境基本法はわが国の環境政策の基本法であるため、上記のとおり、環境基本法が放射性物質による環境汚染防止につき適用の対象外としたことによって、具体的公害防止施策を定めている各個別法規においても、放射性物質による環境汚染を防止するための規定は、これまで一切定められないままであった。
 すなわち、大気汚染防止法では、「この法律の規定は、放射性物質による大気の汚染及びその防止については、適用しない。」(同法27条1項)と定められ、土壌汚染対策法では、「この法律において『特定有害物質』とは、鉛、ヒ素、トリクロロエチレンその他の物質(放射性物質を除く)であって(以下略)」(同法2条1項)と定められ、水質汚濁防止法では、「この法律の規定は、放射性物質による水質汚濁およびその防止については、適用しない。」(同法23条1項)と定められている。また、廃棄物処理法では、「この法律において『廃棄物』とは、ごみ、粗大ごみ、燃え殻、汚泥、ふん尿、廃油、廃酸、廃アルカリ、動物の死体その他の汚物又は不要物であつて、固形状又は液状のもの(放射性物質及びこれによつて汚染された物を除く。)をいう。」(同法2条)と定められる。他にも、農用地の土壌の汚染防止に関する法律(同法2条)、海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律(同法52条)、科学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(同法2条)、特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律(同法2条)、環境影響評価法(同法52条1項)も、放射性物質を適用除外とする規定を定める。
 以上のとおり、環境基本法を基本法とするわが国の公害防止施策を定める法規においては、放射性物質に関しては全て適用除外とされてきた。

 (3)原子力基本法

 上記のとおり、2012(平成24)年6月20日の法改正以前における環境基本法及びそれに基づく個別法においては、放射性物質による環境汚染を防止するための規定は全く設けられておらず、そのような施策は原子力基本法及びその関係法律の定めるところに委ねられていた。
 原子力基本法は、「放射線による障害を防止し、公共の安全を確保するため、放射性物質及び放射線発生装置に係る製造、販売、使用、測定等に対する規制その他保安及び保健上の措置に関しては、別に法律で定める。」(同法20条)との規定を置いている。この規定に基づいて、放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律(以下、「放射線障害防止法」という。)が定められている。
  しかし、原子力基本法20条の条文からも明らかなとおり、原子力基本法は、「放射性物質及び放射線発生装置に係る製造、販売、使用、測定等に対する規制その他保安及び保健上の措置」を対象に規制する旨を定めるに過ぎず、具体的に、事故により放射性物質が大気の汚染、水質の汚濁及び土壌の汚染をもたらさないよう規制したり、汚染が起きた場合の対策を定めるものではない。
 また、放射線障害防止法も、「この法律は、原子力基本法 (昭和三十年法律第百八十六号)の精神にのつとり、放射性同位元素の使用、販売、賃貸、廃棄その他の取扱い、放射線発生装置の使用及び放射性同位元素又は放射線発生装置から発生した放射線によつて汚染された物(以下「放射性汚染物」という。)の廃棄その他の取扱いを規制することにより、これらによる放射線障害を防止し、公共の安全を確保することを目的とする。」(同法1条)と述べるのみで、具体的に事故により放射性物質が大気の汚染、水質の汚濁及び土壌の汚染をもたらした場合の対策を定めるものではない。

 (4)小括

 以上のとおり、2012(平成24)年6月20日の法改正以前においては、原発事故等により具体的に事故により放射性物質が大気の汚染、水質の汚濁及び土壌の汚染をもたらした場合の対策を定める法規制は存在しなかった。福島第一原発の事故後においては、「放射性物質環境汚染対処特別措置法」との措置法が制定され、応急的な対応がなされている。
 このように、そもそも放射性物質が大気の汚染、水質の汚濁及び土壌の汚染をもたらした場合の対策を定める規定がないこと自体、政府及び電力会社が安全神話にあぐらをかき、放射性物質による環境汚染が起きることを想定すらしていなかったことの証左である。

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2 2012(平成24)年6月20日の法改正

 (1)環境基本法の改正

 2012(平成24)年6月20日、環境基本法の改正が可決成立し、環境基本法13条は削除された。それによって、放射性物質による環境汚染は、環境基本法の適用対象となることになった。
 すなわち、環境基本法2条3項は、「この法律において『公害』とは、環境の保全上の支障のうち、事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる大気の汚染、水質の汚濁(水質以外の水の状態又は水底の底質が悪化することを含む。第二十一条第一項第一号において同じ。)、土壌の汚染、騒音、振動、地盤の沈下(鉱物の掘採のための土地の掘削によるものを除く。以下同じ。)及び悪臭によって、人の健康又は生活環境(人の生活に密接な関係のある財産並びに人の生活に密接な関係のある動植物及びその生育環境を含む。以下同じ。)に係る被害が生ずることをいう。」と規定するところ、環境基本法13条の削除によって、放射性物質により大気汚染、水質汚濁、土壌汚染が起これば、人の健康または生活環境に被害が生ずることになるので、それらはいずれも「公害」の定義に当てはまることになる。

 (2)環境基本法の改正にもかかわらず汚染防止の具体的規定がないこと

 上記のとおり、2012(平成24)年6月20日の法改正により、放射性物質による環境汚染は「公害」として規制されるべきものとなった。
  それを受け、2013(平成25)年6月17日、「放射性物質による環境の汚染のための関係法律の整備に関する法律案」が可決成立した。法改正により、以下の部分が変更された。

大気汚染防止法
 第27条1項削除
 第22条3項新設「環境大臣は、環境省令で定めることにより、放射性物質(環境省令で定めるものに限る。第24条第2項において同じ。)による大気の汚染の状況を常時監視しなければならない。」
 第24条2項新設「環境大臣は、環境省令で定めることにより、放射性物質による大気の汚染の状況を公表しなければならない。」

水質汚濁防止法
 第15条3項新設「環境大臣は、環境省令で定めることにより、放射性物質(環境省令で定めるものに限る。
 第17条第2項において同じ。)による公共用水域及び地下水の汚濁の状況を常時監視しなければならない。」  第17条2項新設「環境大臣は、環境省令で定めることにより、放射性物質による公共用水域及び地下水の水質の汚濁の状況を公表しなければならない。」

環境影響評価法
 第52条1項削除

 このように、個別法の法改正により放射性物質の適用除外規定は削除されたものの、放射性物質による環境汚染や水質汚濁そのものを規制する条項や、汚染が起きた場合の対策は未だに整備されない。排出についての総量規制もなく、福島第一原発事故のように、放射性物質を環境にばら撒いて汚染した場合においても、何の罰則も規定されない。

 (3)現在の改正法は環境基本法に従った基準を定めていないこと

 環境基本法16条は、「政府は、大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染及び騒音に係る環境上の条件について、それぞれ、人の健康を保護し、及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準を定めるものとする。」と規定する。
 すなわち、放射性物質の適用除外が削除された以上、大気汚染防止法も、水質汚濁防止法も、環境基本法16条の環境基準を、新たに定めなければならない。
 そして、先にも述べたとおり、放射線被ばくは低線量であったとしても人体に深刻な影響を及ぼし、特に内部被ばくの人体への影響は非常に深刻であることに照らせば、環境基準は人体に悪影響を及ぼさないと断言できるレベルの厳しい水準でなければならない。しかし、そのような基準は全く法整備されていない。
 公害規制は人間に害があるかないかのギリギリの線を設定して規制するものではなく、影響がある水準よりずっと低い値を設定して規制し、それによって人間や環境を守っていくものである。そして、違法に有害物質をばらまいたりすれば、被害の有無に関係なく、厳しく法的責任を問われるものでなければならない。にもかかわらず、放射性物質による環境汚染については、未だそのような法的規制がない。

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3 小括

 放射線被ばくが人体に深刻な影響を与えることは自明である。にもかかわらず、日本においては、これまで環境法制において放射線被ばくを防止するための環境基準すら定められず、汚染が起きた場合の具体的対処を定める規定も定められなかった。日本の法制度は、放射性物質による環境汚染から市民の生命・身体の安全を守るという視点がそもそも存在しなかったのである。
 原子力発電所は、事故を起こした場合には深刻な放射性物質による環境汚染をもたらし、市民の生命・身体に深刻な被害をもたらすものである。そして、日本政府が、市民の生命・身体の安全を図るべき施策をとるべき責務を有することもまた自明である。しかしながら、日本においては、すでに54基もの原子力発電所が建設され、さらに新たな原子力発電所が建設されようとしているにもかかわらず、現在もなお、市民の生命・身体の安全を守るために必要な法整備すら整っていないのが現状である。日本政府が、かかる必要な法整備をも怠っている背景にあるのは、やはり安全神話である。福島第一原発の事故を経てもなお、安全神話に毒されているというほかない。このことは、そもそも日本には原子力発電所を設置する前提がなかったということを如実に示している。

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◆原告第3準備書面
 第5 放射線被ばく線量規制基準のあり方と実際

原告第3準備書面
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第5 放射線被ばく線量規制基準のあり方と実際

1 規制基準の本来のあり方

 これまで、放射線被ばくの人体影響についての科学的機序について論じ、また、チェルノブイリ原子力発電所爆発事故により現実に発生した放射線被ばくによる被害について述べてきたとおり、放射線を被ばくすることは人体に極めて有害な影響がある。中でも特に、晩発性影響については様々な要因が関与している。 そのため、人体への放射線被ばくについては、放射線被ばく線量と晩発性影響を含む人体への影響を統計的に把握する疫学的調査に基づいて、厳格な規制基準が作られ、生命・身体の安全確保が図られなければならない。

2 チェルノブイリ事故による規制値の設定とその人為的緩和

 (1)一般公衆の被ばく規制値としての年間1ミリシーベルトの設定

 チェルノブイリ事故時においては、事故直後、緊急事態であるとして年間100ミリシーベルトという値を人体の被ばく線量規制値に据えて避難対策を行っていた。しかしながら、その後ゾーニングがなされ、避難地域のもっとも外側に年間1ミリシーベルト未満のゾーンを設定し、そこに被災地住民の95パーセントを居住させるようになった。そして、国際的にも年間1ミリシーベルトが一般公衆の放射線被ばく線量規制値とされるに至った。
 日本においては、放射線障害防止法および原子炉等規制法で放射線被ばくに関する管理基準が定められ、国際放射線防護委員会(ICRP)勧告に基づいて規制値を定めてきた。そのため、チェルノブイリ事故以前は、一般人に対する平常時の管理基準として、放射線障害防止法では、年換算0.5レム(現単位:年間5ミリシーベルト)と定め、原子炉等規制法では、「周辺監視区域外の許容被ばく線量は、1年間につき0.5レム(現単位:5ミリシーベルト)とする」と定められていた。
 チェルノブイリ事故後の1988(昭和63)年、ICRP勧告およびパリ会議の声明を国内法令に取り入れる形で改正が実施されると、上記2つの法律における、事業所等の境界の外又は周辺監視区域外の線量当量限度(現:線量限度)は、実効線量当量(現:実効線量)で1年間につき1ミリシーベルトとすると規定されることとなった。

 (2)「緊急被ばく状況」の設定による放射線被ばく規制値の緩和

 しかしながら、その後、人体への放射線被ばく線量規制がいわば人為的に緩和される現象が起こっており、2011(平成23)年3月11日に発生した福島第一原発事故後における日本における規制値・基準値もまた、人為的に緩和されてしまったのである。
 ICRPの2007年勧告(勧告103)は、緊急時被ばく状況において、参考レベルは年間20ミリシーベルトから100ミリシーベルトの範囲に設定されるべきと述べた。これは、それまで一般公衆の被ばく線量規制値として設定されていた年間1ミリシーベルトという規制値について、「緊急被ばく状況」という新たな概念を持ちだして、一般公衆の被ばく線量規制値を20倍から100倍にまで拡大させるものであった。
 その上、同勧告は「緊急被ばく状況から現存被ばく状況への移行は、総合的な対応に対して責任を負う当局の決定に基づくことになろう。このような移行は、緊急時被ばく状況中のどの時点でも生じる可能性があり、さまざまな地理的位置でさまざまな時期に起こり得る。この移行は、協調的かつ完全に透明な方法で取り組まれるべきであり、関与するすべての当事者に了解されるべきである。」と述べている。つまり、同勧告は、「緊急被ばく状況から現存被ばく状況への移行」は、当局が、電気事業者などを含む「すべての当事者」の了解のもと、「総合的な対応」として行うものと述べているのである。これはまさに、放射線被ばくの人体への影響から生命・身体の安全を確保するという、本来の規制基準のあり方とは全く異なる基準を示し、人体への放射線被ばくの規制を大きく緩和したものと言わなければならない。

(3)福島第一原発事故後に行われた規制の大幅な緩和

 2011(平成23)年3月11日に東京電力福島第一原子力発電所爆発事故が発生した後、日本では、文部科学省の放射線審議会基本部会を中心に、被ばく線量基準を年間20ミリシーベルトに引き上げようとする動きが繰り返し起きている。そして、日本政府は、福島第一原発事故避難住民の帰還の目安となる被ばく線量を「年間20ミリシーベルト以下」とした。これは、一般公衆の放射線被ばく線量の基準である年間1ミリシーベルトの基準を大幅に緩和したものと言わなければならない。
 この政府の設定した「年間20ミリシーベルト以下」という基準は、上述したICRP2007年勧告の言う「緊急時被ばく状況」の値と一致する。しかしながら、そもそも同勧告自体、本来の規制基準のあり方から外れて、人体への放射線被ばく線量規制を人為的に緩和したものであることに加え、住民が帰還する目安となるということは、とりもなおさず、住民がそこに定住することを意味するのであり、その目安の被ばく線量として「緊急時被ばく状況」の基準を用いることが極めて危険であることは明らかである。なお、日本政府は、一方で、福島第一原発の状況を「統制されている(アンダーコントロール)」と述べながら、住民の帰還の基準として「緊急被ばく状況」時の基準を用いようとしていることの矛盾も指摘しておく。

3 規制の大幅緩和の背景にあったもの

 すでに繰り返し述べているとおり、本来、規制値や基準値は、放射線被ばくによる人体への有害な影響を防止するため、疫学的調査に基づいて、生命・身体の安全を最優先にして定められなければならない。そうであれば、その規制値や基準値を容易に変更したり、緩和したりできるものではないはずである。しかしながら、上述のとおり、福島第一原発事故後、日本政府は、放射線被ばく線量規制を大幅に緩和してしまったのである。このことは、まさに市民の生命・身体の安全を軽視したものと言わざるを得ず、決して許されない。
 朝日新聞2013(平成25)年5月25日付報道によれば、福島第一原発事故発生後、民主党政権(当時)は、チェルノブイリ事故後に行われた「5年後5ミリシーベルト」の基準での住民の移住の例に倣おうとしていた。ところが、福島市や郡山市の一部が含まれることになれば、避難者が増えることや、避難区域の設定、自主避難の扱いに影響を及ぼすことなどを懸念し、「1ミリシーベルトと20ミリシーベルトの間に明確な線は引けない」などと理屈をつけて20ミリシーベルト案が内定したと報じられている。また「1ミリシーベルトでは県民の全面撤退になるため5ミリシーベルト案を検討していた。」という証言が会合出席者からなされたとの事実も報じられている。
 上述したとおり、規制値や基準値は、疫学的調査に基づいて、生命・身体の安全確保を最優先にして定められなければならない。しかしながら、上記報道によれば、避難者が増えればそれだけ国費がかかる、一つの県の県民が0になることは望ましくないなどといった、疫学的考察以外の政策的要素によって規制値や基準値の決定や変更が行われるという実態が明らかになった。このように、福島第一原発事故以後の日本における規制値や基準値の設定は、生命・身体の安全の確保からは本来相容れない政策的要素によって歪められてしまっている。これが現在の日本における放射線被ばく線量規制の実態なのである。

◆原告第3準備書面
 第4 原発事故が起きた場合の放射線被ばくによる被害
~チェルノブイリ被害

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第4 原発事故が起きた場合の放射線被ばくによる被害~チェルノブイリ被害

1 はじめに~疫学調査により明らかになったチェルノブイリ事故被害

 実際に重大な原発事故が起きた場合、広範かつ深刻な放射性物質による外部被ばく・内部被ばくの人体への悪影響が、生じることになる。そのことは、チェルノブイリ事故による放射能汚染地域における調査結果からも実証されている。
 1986(昭和61)年4月26日、ソビエト連邦(当時、現在のウクライナ共和国)で稼働していたチェルノブイリ原子力発電所4号機の爆発事故が発生した。
 チェルノブイリ原子力発電所は、現在のウクライナ共和国の首都キエフの北方向のベラルーシ共和国との国境付近に位置していた。原子炉の炉型は黒鉛減速沸騰軽水圧力管型原子炉であり、本件で問題となっている大飯原発の加圧水型原子炉や、2011(平成23)年3月に爆発事故を用いた東京電力福島第一原子力発電所の沸騰水型原子炉と炉型は異なるが、ウラン235の原子核分裂反応を用いて蒸気を発生させ、タービンを回して発電するという点では共通する。
 チェルノブイリ原子力発電所の爆発事故により、ウクライナ共和国、ベラルーシ共和国、ロシア連邦をはじめ、ヨーロッパを中心として世界全域にわたって放射性物質が飛散した。1986(昭和61)年8月に旧ソビエト連邦が国際原子力機関(IAEA)に提出した事故報告書では、同年5月6日までのヨウ素131の総放出量の同日時点の残存推定量として730万キュリーと記載されている。現在主に用いられている単位であるベクレルに換算すると、約27京ベクレルとなる。しかも、上述したとおり、ヨウ素131の半減期は約8日であるため、同年5月6日時点ではすでに相当量のヨウ素131が別の物質に変化しており、事故時点では1400万キュリーすなわち約51京ベクレル以上のヨウ素131が放出したと推定されている。また、同様に、セシウム137の同年5月6日時点の残存推定量は100万キュリーと報告されており、これは約3京7000兆ベクレルにあたる。
 これらの放射性物質は、上述したとおり、ウクライナ共和国、ベラルーシ共和国、ロシア連邦をはじめ、ヨーロッパを中心として世界全域にわたって飛散した。中でも、チェルノブイリ原子力発電所周辺地域には深刻な放射能汚染が発生し、さまざまな被害が発生している。ウクライナ共和国ではチェルノブイリ原子力発電所が所在したキエフ州や隣接するジトーミル州、チェルニゴフ(チェルニーヒウ)州、ベラルーシ共和国では南東部のゴメリ州、プレスト州、ロシア連邦では西部のブリャンスク州、トゥーラ州などである。これらの地域のチェルノブイリ原子力発電所からの直線距離は、ベラルーシ・ゴメリ州の州都ゴメリ市が約120キロメートル、ウクライナの首都キエフ市が約100キロメートル、ロシア・ブリャンスク州の州都ブリャンスク市が約360キロメートル、トゥーラ州の州都トゥーラ市が約600キロメートルとなっている。なお、大飯原発から京都市中心部までの直線距離は約60キロメートルである。
 チェルノブイリ事故に起因する放射線被ばくによる健康被害については、アレクセイ・V・ヤブロコフらによる「調査報告 チェルノブイリ被害の全貌」*2(以下、本章(第4)におけるページ番号は同書のページ番号を指す。)にまとめられている。
 チェルノブイリ事故においては、事故後3年半にわたって旧ソ連政府は診療録の隠蔽・改ざんを行ったため、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアには信頼できる医療統計がない。そのため、IAEAはじめとする国際機関の判定基準による評価では、事故に由来する被ばくの影響が過小評価されている。この3年半の間にどれだけの人が急性白血病でなくなったかすら不明である。また、放射能汚染地域で献身的に働き、放射能に汚染された患者から発せられる放射線に曝されることなどで追加被ばくしたことによる医療専門家たちの死亡率・罹病率は疑いの余地なく高い。これも研究成果が発表されなかった理由の一つになっている。このように、データ収集が精密に行われなかったため、集団の被ばく線量と線量率を正確に計算することは不可能なので、被ばく線量と健康被害の相関関係を明らかにすることはできない。
 しかし、科学者が集めた客観的情報、すなわち、疫学調査による、自然地理学的、人口統計学的、経済的条件が等しく放射能汚染の程度とスペクトルのみが異なる複数の汚染地域における罹病率及び死亡率の比較によって、被ばくによる悪影響を明らかにすることはできる(27頁~34頁)。
 この方法により、年齢性別にかかわらず被ばくと関連づけられる重大な異常やその他の遺伝的・非遺伝的病理が判明した。

 *2 共著:アレクセイ・V・ヤコブロフ、ヴァシリー・B・ネステレンコ、アレクセイ・V・ネステレンコ、ナタリヤ・E・プレオブラジェンスカヤ、監訳:星川淳、発行:岩波書店(2013)

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2 チェルノブイリ事故後の総罹病率・認定障害の上昇

 (1)はじめに

 上記述べた方法により、汚染地域を、同じような民族・慣習、経済活動、人口構成及び自然環境の点で似通った、相対的に放射能汚染の程度が低い地域と高い地域を比較した場合、重度汚染地域において総罹病率の上昇が顕著である。 特に、重度汚染地域では子どもの罹病率が目に見えて上昇している。
 以下、汚染地域における総罹病率上昇の主な実例を述べる。

 (2)ベラルーシ

 ベラルーシ保健省のデータによれば、1985年には90%の子どもが「健康といえる状態」にあったのが、2000年には、20%以下になっている。 最も汚染の酷いゴメリ州では健康な子どもは10%以下になっていた。
 ベラルーシにおける1986年から1994年までの新生児罹病率の上昇は9.5%であった。ゴメリ州では200%以上の増加となっている。主な原因は未熟児の疾患が増え続けていることである。
 1993年当時で、ゴメリ州コルマ地区とチェチェルスク地区に住む事故時0歳から4歳の子どものうち、健康な子どもは9.5%であった。この地域の子どもは37%が慢性疾患に苦しんでいる。
 重度に汚染されたブレスト州ルネニッツ地区では、子ども1000人あたりの疾病発生率は、1986年から1988年で166.6例、1989年から1991年で337.3例、1992年から1994年で610.7例と、事故後8年間で3.5倍に増加した。
 1995年から2001年にかけて、重度汚染地域と低汚染地域において2つのグループの子どもを調査し、主観的判断(自覚症状)と客観的判断(臨床診断)のデータを得た結果、自覚的症状(虚弱、眩暈、頭痛等12種の症状)においても、臨床診断によって診断される疾病(慢性胃炎、慢性十二指腸潰瘍、胆のう炎等9種の疾病)においても、重度汚染地域の方が不調の訴えや罹患率が多かった。また、重度汚染地域においても低汚染地域においても、1回目の調査よりも3年後の調査の方が不調の訴えや罹患率が多かった。
 公式データ(『チェルノブイリ事故の医学的影響』2003年)に1986年と1987年事故処理に従事したベラルーシ人事故処理作業員(リクビダートル)の罹病率は、同様の年齢層の対照群よりも有意に高い。罹病率の年間増加率はベラルーシの成人全体の最大8倍にのぼる。
 その他、チェルノブイリ事故後のベラルーシにおいて総罹病率の上昇が有意に認められる報告は多数認められる(35頁~37頁)。

 (3)ウクライナ

 事故後10年間において、ウクライナにおける子どもの総罹病率は6倍に増えた。その後やや減少したが、15年後においても1986年の2.9倍であった。
 ジトーミル州の汚染度の高い地域に住み続けている1万4500人の5歳から16歳の子どものうち、事故の10年後から14年後にかけての時点で「健康といえる」子どもは10.9%であった。
 1986年から2003年までに、社会福祉と医療の両面で適切なプログラムが集中的に実施されたにもかかわらず、放射能汚染された地域に住む「健康といえる」子どもの割合は、1987年の27.5%から2003年には7.2%に減少し、「慢性的な病気を抱える」子どもの割合は1987年の8.4%から2003年には77.8%に上昇した。同じ時期に、低汚染地域の健康な子どもの割合は30%であった。
 認定障害を持つ子どもの1000人あたりの数は、1987年には2.8人であったのが2004年には4.57人となった。
 成人の場合でも、1988年から2002年の間で、避難者のうち「健康な人」の割合が68%から22%に下降し、「慢性的に病気」の人の割合が32%から77%に上昇した。
 重度汚染地域における成人及び十代の1000人あたりの罹病率は、1987年の137.2例から、2004年には573.2例へと、4倍以上増加した。
 事故処理作業員(リクビダートル)においては、1988年から2004年にかけて、「健康な人」の割合は67.6%から5.3%へと激減し、「慢性的な病気を抱える者」の割合は12.8%から81.4%に激増した。また、1988年から2003年にかけて、認定障害者数は、1000人あたり2.7人から206人へと、76倍に増加した。
 その他、ウクライナにおいても、チェルノブイリ事故後において総罹病率の上昇が有意に認められる報告は多数認められる(38頁~42頁)。

 (4)ロシアほか

 チェルノブイリから最短地点でも約150km離れているロシアにおいても、罹病率の上昇については沢山の報告が上げられている。その他、フィンランドやイギリス、ハンガリー、リトアニア、スウェーデンにおいても、チェルノブイリ事故に由来する放射線被ばくにより健康に悪影響がもたらされたと考えられる報告が上げられている(42頁~45頁)。

 (5)老化の加速も被ばくがもたらす影響の一つ

 また、ベラルーシ及びウクライナの子どもや、事故処理作業員(リクビダートル)に共通して起きている現象として、老化の加速が上げられている。
 例えば、事故処理作業員(リクビダートル)においては、老人退行性ならびに栄養欠乏による変化とされる骨粗鬆症、胆のう炎、脂肪肝、肝硬変等の増加、脳内の血管の老化による老人性脳障害、水晶体の硬化や白内障などの目の異常の増加、聴覚及び前庭器官における老人性障害の増加などが指摘されている(47頁~48頁)。

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3 チェルノブイリ事故による腫瘍性疾患への影響

 (1)はじめに

 放射線被ばくの影響により、がんなどの腫瘍性疾患を発症するケースは、広島、長崎における原爆被爆者にも多数見られるが、広島、長崎の原爆被爆者と比較して、チェルノブイリ事故による放射性物質によって汚染された地域の腫瘍性疾患の発生・罹患状況ははるかに複雑なものとなっている。1986年4月の事故で発生したメルトダウン(炉心溶融)後、継続的に放射性物質が飛散し、かかる放射性物質による被ばくが悪性の腫瘍性疾患増加の原因となっているためである。多くの放射性同位体が人体にとって安全な程度にまで減衰するためには半減期の約10倍程度の期間を要することからすれば、今後、極めて長期間にわたって、チェルノブイリ事故を原因とする腫瘍性疾患が発生し続ける可能性も指摘されている。

 (2)腫瘍性疾患全体の罹病率の増加

 1990年から2004年までの間、ベラルーシ全体での腫瘍性疾患の発生率は0.26%から0.38%に上昇し(46%増)、中でもゴメリ州では0. 25%から0.42%に上昇している(68%増)。また、ベラルーシでは、1987年から1999年にかけて、放射線により誘発された白血病を含む悪性腫瘍の症例が、約2万6000例登録されている。これらのデータからすると、チェルノブイリ事故により被ばくした住民の発がんリスクは、被ばくのない人と比べて1シーベルトあたり3~13倍にのぼると算出されている。
 ウクライナでも同様に、チェルノブイリ事故に続く12年間(1986年~1998年)で、重度汚染地域ではがん罹病率が18%から22%に上昇し、全国的にも12%上昇している。中でも、ジトーミル州の汚染地区における成人のがん罹病率は、1986年から1994年にかけて1.34%から3.91%へと3倍近く上昇している。
 ロシアでは、トゥーラ州のうち、セシウム137による汚染が一定以上の地域で、小児がんの罹病率が1995年から1997年にかけて1.7倍に上昇し、相対的に汚染度の低い地域より有意に上昇している。また、チェルノブイリ事故の9年後、ブリャンスク州のうち一定基準以上に汚染された地区におけるがんの総罹病率が、汚染度のより低い地域と比べ2.7倍に上昇している。

 (3)甲状腺がんの増加

 チェルノブイリ事故後に発生した甲状腺がんは、独特の様相を有している。 チェルノブイリ事故に由来する甲状腺がんは、ほぼ必ずといってよいほど乳頭状で、発現時に侵襲性が強く、甲状腺自己免疫反応と関連する場合が多い。さらに、症例の多くが通常は見られない亜型で大型の固形腫瘍部をもち、急速に増殖し、しばしば局所転移と遠隔転移を生じる。また、放射線誘発の良性甲状腺結節、甲状腺機能低下症、自己免疫性甲状腺炎、甲状腺機能不全症などが先行したり、これらの疾患を併発することも多い。
 ベラルーシでは、甲状腺がんの罹病率が、1989年以後急上昇しており、1994年にかけて43倍も上昇している。中でも子どもの罹病率の増加が著しい。また、成人の甲状腺がん罹病率も2003年まで上昇を続けており、2000年の時点における甲状腺がん症例数は、事故以前と比較して、小児で88倍、10代で12.9倍、成人で4.6倍となっている。
 ウクライナでは、甲状腺がんの症例数が、1990年から1995年にかけて5.8倍、1996年から2001年にかけて13.8倍、2002年から2004年にかけて19.1倍に上昇している。そのうち、浸潤型のがんが87.5%を占めており、腫瘍の侵襲性が極めて強く、高頻度にリンパ節に転移しているのが特徴である。

 (4)チェルノブイリ原発事故により生じる腫瘍性疾患の増加予測

 ベラルーシとウクライナの汚染地域において、1986年以降2000年までに記録された放射線由来のがんの実数に基づいて、チェルノブイリ事故により飛散した放射性物質による被ばく線量あたりの甲状腺がん発症数を予測算出した研究結果によれば、チェルノブイリ事故を経験した世代の人びとが生涯を終えるまでの期間(1986~2056年)のヨーロッパにおける放射線に起因する甲状腺がんの予測発症数が4万6313例から13万8936例、予測死亡者数が1万3292人から3万9875人にのぼる予測されている。なお、この予測計算に事故処理作業員(リクビダードル)は含まれていない。
 さらに、同様の方法で、ヨーロッパにおけるチェルノブイリに関係する甲状腺がん以外のがんの発症数と、チェルノブイリ事故を経験した世代の全生涯(1986~2056年)にわたる死亡者数を予測算出した研究結果によれば、がんの予測発症数は6万2206例から19万6611例、予測死亡者数は4万427人から12万1277人にのぼる予測されている。

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5 チェルノブイリ事故による非がん性疾患への影響

 (1)血液及び造血器の疾患

 当該疾患には動悸・息切れ・倦怠感につながる貧血や、白血球数の減少、白血病という病態まで含まれるが、その増加傾向が確認されている。
 ベラルーシのゴメリ州の事故処理作業員(リクビダードル)について、リンパ系および造血器の疾患による死亡率が2002年から2008年にかけて120%の増加が見られる(1000人あたり0.1例であったものが0.22例に増加)(51頁)。ウクライナでは、チェルノブイリ事故後の10年間に、汚染地域に住む成人と十代の少年少女における血液および造血器の罹病率が2.4倍に増加し、1987年に1万人あたり12.7例だった罹病率が1996年には30.3例になっている(51頁)。ロシアにおいても、血液および循環器系の異常を原因とする罹病率が、トゥーラ州の汚染地区に住む子どもにおいてチェルノブイリ事故前の2 倍以上になるなど、すべての汚染地区で上昇している等の現象が見られる(52~53頁)。

 (2)心血管系の疾患

 当該疾患には、心臓病、血管疾患(動脈硬化、大動脈瘤等)という病態等が含まれるが、これらについても増加傾向が確認されている。
 ベラルーシでは、1994年から2004年にかけて、ベラルーシの子どもにおける循環器系疾患の発生率が2倍以上に上昇し、高血圧症も6倍に増加した(1994年には子ども10万人あたり4.5例に対し、2004年は27.0例)(55頁)。ウクライナでは、事故処理作業員(リクビダートル)における自律神経循環器系失調症(頻脈、甲状腺機能亢進症、および神経症)の罹病率が、チェルノブイリ事故後の10年間、ウクライナ平均を16倍上回っている(56頁)。ロシアでは、事故処理作業員(リクビダードル)の循環器系疾患罹病率が、1986年以降、1994年までに23倍に増加している(56頁)。

 (3)遺伝的変化

 電離放射線はゲノム・染色体の変異をもたらし、遺伝的変化を生じさせる。突然変異にまつわる疾患は、遺伝に影響する染色体の数の異常、染色体の一部の欠損・切断等の病態となって現れる。当該疾患についても増加傾向が確認されている。
 ベラルーシでは、同一の人びとの血液細胞における二動原体染色体と環状染色体の出現率に、事故の前後で6倍の増加が見られる(59頁)。ロシアのブリャンスク州においては、汚染地域の住民は、相対的に汚染度の低い地域に居住する人びとより染色体異常の発生率が高く、染色体異常は対照群の約2倍、うち二動原体染色体と環状染色体は約5倍となっている(62~63頁、表5-11)。

 (4)内分泌系・甲状腺の疾患

 分泌系疾患は、いわゆるホルモン異常の病態である。この異常はむくみ・便秘・動悸・息切れ等様々な症状をもたらすが、これについても増加傾向が確認されている。また、甲状腺とは、からだ全体の新陳代謝を促進するホルモン(甲状腺ホルモン)を出す部位であり、その機能障害は身体の疲れを生じさせる甲状腺機能亢進、その他甲状腺機能低下症等の病態をもたらす。この甲状腺の機能障害についても増加傾向が確認されている。
 ウクライナでは、1992年から、すべての放射能汚染地域で内分泌疾患(自己免疫性甲状腺炎、甲状腺中毒症、糖尿病)が目に見えて増加し始め、1988年から1999年にかけて、汚染地域における内分泌系疾患の罹病率が最大8倍にまで上昇している(73頁)。ロシアでは、内分泌疾患にかかる子どもが重度汚染地域で増加し、トゥーラ州の汚染地域に住む子どもの場合、2002年の内分泌疾患罹病率がチェルノブイリ事故前の5倍にも達している(74頁)。
 ベラルーシにおいては、子どもにおける自己免疫性甲状腺炎の罹病率が、チェルノブイリ事故後の10年間で3倍近くにまで上昇している(78頁)。ウクライナの重度汚染地域では、甲状腺疾患を患う子どもが比較的汚染の低い地域の2倍も見られ、罹病率は低汚染地域の15.4%に対して重度汚染地域では32.6%となっている(79頁)。ロシアでは、カルーガ州南西部において、子宮内で、あるいは生後13週目までに被ばくした乳児560人の甲状腺機能低下の発生頻度が対象地域より2.3倍高く、特に女児に多かったという報告がある(80頁)。

 (5)免疫系の疾患

 当該疾患は、一例をあげると大動脈炎症候群(大動脈やそこから分かれている大きな血管に炎症が生じ、血管が狭窄したり閉塞したりして、脳、心臓、腎臓といった重要な臓器に傷害を与えたり、手足が疲れやすくなったりする原因不明の血管炎)等の病態があるが、この免疫系の疾患も増加傾向が確認されている。
 ベラルーシでは、ストロンチウム90によって重度に汚染された地域に住む子どもについて、比較的汚染が少なかった地域より多くの牛乳たんぱく質アレルギーが認められている(高汚染地域が36.8%に対し低汚染地域は15.0%)(83頁)。ロシアのトゥーラ州の放射能汚染地区では、2002年までに、子どもの免疫障害および代謝障害の発生頻度がチェルノブイリ以前との比較で5倍に上昇している(86頁)。

(6)呼吸器系の疾患

 呼吸器系の疾患とは、上気道の疾患(例、鼻炎、扁桃炎、咽頭炎、喉頭炎等)、気管・気管支の疾患(気管支炎、気管支ぜんそく等)、肺疾患(肺炎、間質性肺炎、肺気腫、肺水腫等)、胸膜疾患(気胸、胸膜炎等)等からなる病態であるが、これらについても増加傾向が確認されている。
 ベラルーシでは、チェルノブイリ由来の放射能汚染地域で、事故当時、妊娠中だった女性から生まれた子どもにおける急性呼吸器系疾患の発生率が非汚染地域の子どもの2倍となっているという報告がある(88頁)。ウクライナでは、1995年時点で、重度汚染地域における子どもの呼吸器系疾患が、比較的汚染度の低い地域の2倍にのぼるとの報告がある(89頁)。ロシアでは、汚染地域の女性が生んだ新生児において、非感染症の呼吸器疾患がチェルノブイリ事故前の9.6倍にもなったとの報告がある(90頁)。

 (7)泌尿生殖器系の疾患と生殖障害

 泌尿生殖器系疾患とは、排泄系の尿路および腎臓から尿道の外開口までの生殖器官の疾患を指し、尿路疾患(腎炎、ネフローゼ、腎盂腎炎、尿道炎等)と生殖器疾患(前立腺肥大等)からなるとされているが、これらの疾患についても増加傾向が確認されている。
 ベラルーシでは、チェルノブイリ事故後2000年までに重度汚染地域で生まれた子どもについて、相対的に汚染度が低い地域で生まれた子どもより生殖器の障害が多く、その差は女子では5倍、男子は3倍であったとの報告がある(92~93頁)。ウクライナでは、汚染地域の子どもに泌尿生殖系の疾患が増加し、1987年に1,000人あたり0.8例だった発生率が2004年には22.8例になったとの報告がある(93頁)。ロシアの事故処理作業員(リクビダードル)における泌尿生殖器疾患の罹病率については、1986年から1993年にかけて40倍以上に増加し、1986年が34例であったものが1993年には1,410例に増加したとの報告がある(98頁表5-39)。

 (8)骨と筋肉の疾患

 骨や筋肉の疾患についても増加傾向が見られる。ウクライナの汚染地域では、1950年代の核実験後にマーシャル諸島でしか見られなかったという、事実上骨のない状態で生まれた子ども(いわゆるジェリーフィッシュ(クラゲ)・チルドレン)の例が複数認められたとの報告がある(99頁)。ロシアでは、調査したリクビダートル全員に歯周病の疾病マーカーが認められ、あごのびまん性骨粗鬆症が88.2%、下顎骨の緻密骨皮室の非薄化が33.3%、椎体の骨粗鬆症が37.3%であったことが報告されている(100頁)。

 (9)神経系の疾患

 神経系の疾患では、脳梗塞、脳内出血、クモ膜下出血、周産期脳障害・脳性麻痺等について増加傾向が見られる。
 ベラルーシのゴメリ州チェチェルスク地区の汚染地域における、妊婦、産科患者、新生児を含む子どもの調査では、1986年以降、周産期脳障害の発生率が事故以前の2倍から3倍に上昇したという報告がある(102頁)。ウクライナのキエフ州ボレスコエ地区の汚染地域における妊婦、産科患者、新生児を含む子どもの調査では、1986年以降、周産期脳障害の発生率がチェルノブイリ事故以前の2倍から3倍に増えているという報告がある(103頁)。ロシアでは、成人における境界水準の神経心理学的な障害が、汚染地域で目に見えて頻発し、汚染地域が31%に対し非汚染地域は18%であったという報告がある(107頁)。

 (10)感覚器の疾患

 感覚器に関する疾患では、白内障、緑内障、難聴、嗅覚障害等について増加傾向が見られる。
 ベラルーシのゴメリ州のホイニキ地区とヴェトカ地区では、子どもの網膜疾患が約3倍に増加し、事故前の1985年に6%だった罹病率がチェルノブイリ事故後の3年間に17%になったという報告がある(111頁)。ウクライナでは、放射能汚染地域における進行性白内障の発生率が1993年から2004年にかけて2.6倍に上昇したという報告がある(113頁)。ロシアでは、40歳以下の事故処理作業員(リクビダードル)の11.3%程度が白内障を罹患しており、一般の類似した年齢集団の47倍の罹病率であったという報告がある(114頁)。

 (11)消化器系疾患とその他の内臓疾患

 消化器疾患・その他の内臓疾患とは、消化管(食道、胃、十二指腸、小腸、大腸)をはじめとして肝臓、胆のう、膵臓などに関係する病気のことであるが、食道炎、胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、腸炎、肝炎、膵炎、胆のう炎等について増加傾向が見られる。
 ベラルーシのブレスト州においては、慢性胃炎の発生率を1991年と1996年とで比べたところ、州全体の平均値は1996年まで倍増し、特に汚染度の高い同州ストーリン地区では4倍以上にも上ったとの報告がある(115頁)。ウクライナでは、子どもにおける消化器系の罹病率は1988年には1万人あたり4659例だったが、1999年には同1万0122例と2倍以上になったという報告がある(116頁)。ロシアでは、事故処理作業員(リクビダードル)の消化器系罹病率が、チェルノブイリ事故後の8年間で74倍にも増加した、1986年当時は1万人あたり82例であったところ、1993年には6100例となっているとの報告がある(118~119頁、表5-8)。

 (12)皮膚と皮下組織の疾患

 当該疾患にはアレルギーによる皮膚異常等様々な病態が含まれるが、この疾患についても増加傾向が見られる。
 例えば、ウクライナでは、汚染度の高い地域からの避難者および同地域の居住者についての1988年から1999年までの皮膚疾患の発生率は、相対的に汚染度の低い地域の居住者の4倍以上であったとの報告がある(120頁)。ロシアでは、放射能汚染地域に住む学齢前の乳幼児において、過敏性体質がチェルノブイリ事故前の4倍も多く発生したとの報告がある(121頁)。

 (13)感染症及び寄生虫症

 当該疾患は、寄生虫(回虫等)、細菌、真菌、ウイルス、異常プリオン等の病原体の感染により人間(宿主)に生じる病気のことを指し、脳炎、肺炎、肝炎、腎盂腎炎等の病態を生じさせるが、これらの疾患についても増加傾向が見られる。
 ベラルーシのゴメリ州チェチェルスク地区に住む女性が出産した新生児の先天性感染症発生頻度が、1994年の時点でチェルノブイリ事故前の2.9倍に達したという報告がある(123頁)。ウクライナでは、1995年までに、重度汚染地域の子どもの感染症および寄生虫症が、汚染度の比較的低い地域に比べて5倍も多く発生するようになったとの報告がある(123頁)。ロシアでは、ガルーガ州の重度汚染地区において、感染症による子どもの死亡事例がチェルノブイリ事故後の15年間で3倍に増加したとの報告がある(124頁)。

 (14)先天性奇形

 先天性奇形には、目の奇形(単眼症等)、口の奇形(口唇・口蓋烈等)、脳の奇形(水頭症等)、多発性奇形(多臓器にわたる先天奇形等)等の病態があるが、これらについても増加傾向が見られる。
 ベラルーシでは、先天性奇形の発生率に有意な上昇が見られ、チェルノブイリ事故前の1000人あたり5.58例から、2001年から2004年にかけて1000人あたり9.38例になったという報告がある(125~126頁)。ウクライナでは、チェルノブイリ事故前、新生児における重度の先天性奇形(多発奇形)は5年に1例見られたのみだったのが、事故後は年に数例に増加したとの報告がある(129頁)。ロシアでは、放射能汚染地域で、1991年と1992年の先天性奇形発生数がチェルノブイリ事故前の3倍から5倍に増え、生殖器、神経系、感覚器、骨、筋肉、消化器系の異常および先天性白内障が目に見えて増加したという報告がある(130頁)。

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6 小括

 以上のとおり、1986年4月26日に発生したチェルノブイリ原子力発電所爆発事故により、広範かつ深刻な放射性物質による外部被ばく・内部被ばくの人体への悪影響が生じている。
 大飯原発をはじめとする原子力発電所においてひとたび事故が発生すれば、広範囲に放射性物質が飛散し、呼吸、食物や水の摂取等を通じて放射性物質が人体内に入り、放射線被ばくによる甚大な被害が発生することは明白である。

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◆原告第3準備書面
 第3 放射線の人体への影響

原告第3準備書面
-原子力発電の根源的危険性と日本の法制度の不備- 目次

第3 放射線の人体への影響

1 放射線による電離作用

 物質を構成する基本単位は原子であるが、人体を構成する各細胞などを含め、あらゆるものは複数の原子が結びつくことでできている。複数の原子が結びつくことで分子となり、それが各細胞・各器官を構成して人体を形づくっている。この原子と原子との結びつきには、原子の中の(軌道)電子が重要な役割を果たしている。すなわち、分子は複数の原子が結びついて出来ているが、原子核の外側をまわっている(軌道)電子の働きによって、その原子と原子とが結び付いているのである。
 上述したとおり、放射線には、物質を通過した際に、物質を構成している原子から、原子核の周囲を回っている(軌道)電子をはじき出す作用を及ぼす性質がある。ガンマ線、ベータ線及びアルファ線については、それら自体の電離作用や、他の原子核に当たった際に生じる新たな放射線による電離作用でもって原子から電子をはじき出すこととなる。また、中性子線については、中性子線が他の原子核に衝突することによって生じる様々な相互作用の結果発生する電離作用でもって原子から電子をはじき出すこととなる。例えば、中性子線が人体に当たると、中性子が体内の水分子を構成する水素の原子核(=陽子)に衝突してはじき飛ばすこととなり、電離が引き起こされてさまざまな影響を誘発することとなる。
 このように、電離放射線が体に当たって次々と細胞を構成している原子から電子をはじき出していくと、原子どうしが結びついて出来ている分子の状態に変化が生じることとなる。当然に、人体の生体機能にも大きな影響が及ぶ。

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2 電離放射線と人体への影響

 (1)放射線による間接作用・直接作用

 成人の場合、人体の約60%は水で構成されている。子どもの場合、その水分の割合はさらに高く、約70%が水分であるとされている。放射線が人体に照射されると、人体の6割~7割を構成している水分子(H2O)を電離してイオン化させたり、励起させたりする。イオン化し、また、励起した水分子からは各種の活性酸素やフリーラジカルが生成される。これらの活性酸素・フリーラジカルは他の分子との反応性が極めて高いとされており、DNAの構成要素と反応することで、DNAの損傷を引き起こす。
 ガンマ線のように、低い密度で電離作用を行なって、細胞にまばらにエネルギーを与える放射線を「低LET放射線」と言う。なお、LET(Linear EnergyTransfer の略)とは「線エネルギー付与」のことで、「1マイクロメートル(100万分の1ミリメートル)当たりに物質に与えられるエネルギー」のことである。低LET放射線による人体への影響の多くは、上述したようにフリーラジカルを通じた間接的な作用による(間接作用)ものであり、低LET放射線であるガンマ線は細胞に対してほぼ均一に損傷を作るとされている。
 これに対して、アルファ線はそれ自体が非常に強い電離作用を持ち、飛び出してから止まるまでの間、およそ10万個もの分子を切断するとされている。 このように、高い密度で電離作用を行なって短い距離の間に多くのエネルギーを与える放射線を「高LET放射線」と呼ぶ。アルファ線や中性子線のような高LET放射線は、主に放射線自体が直接的に生体構成部分を不活性化させる(直接作用)ため、同じ線量でも細胞の局所に損傷が不均等に生じる。高LET放射線によって細胞の一部に集中して生じた傷は、低LET放射線によって細胞にほぼ均一に生じた傷よりも修復が難しい。
 このように、電離放射線の人体への影響は、同じ吸収線量であっても、そのエネルギーの強度によって異なる。放射線の生物作用は、一般に高LET放射線ほど大きいので、LETが高くなるに従って生物学的効果比も大きくなる。 生物学的効果比は、ガンマ線やベータ線は1、中性子線はエネルギーに応じて5~20、陽子線は5、アルファ線は20である。したがって、吸収された線量が同じであれば、ガンマ線よりも中性子線の方が人体に重度の障害を引き起こす。

 (2)放射線によるDNA損傷

 すべての生物は細胞から構成されており、人体の場合、約60兆個もの細胞から成り立っている。これは、もともとは1個の細胞(受精卵)だったものであるが、次々と細胞分裂を繰り返した結果、組織・器官が形成され、人体が形作られている。すなわち、それぞれの細胞の中には、分裂した際に同じ細胞を形成するための情報や、人体の生命機能を維持するための細胞の機能や役割に関する情報が備わっており、それがDNA(デオキシリボ核酸)と呼ばれるものである。DNAは、アデニン、グアニン、シトシン、チミンの4つの塩基からなり、アデニンとチミン、グアニンとシトシンがそれぞれ対になって組み合わさり、二本の鎖による二重らせん構造を形成している。細胞分裂の際には、対になった塩基の配列をもとにしてDNAが複製され、同じ遺伝情報を持った細胞が新たに生成されることとなる。
 上述したとおり、ガンマ線などの低LET放射線が人体に照射されると、体内の水分子からフリーラジカル*1が生成される。フリーラジカルは他の分子との反応性が極めて高く、DNAを構成する塩基に結合したり、DNAの鎖どうしやDNAと周囲のタンパク分子とを結合させたり、DNAの鎖を切断するなどして、DNAを損傷させる。また、アルファ線などの高LET放射線が人体内で放出されれば、その強い電離作用によってDNAに対して同様の作用を及ぼし、DNAを損傷させる。
 DNAの損傷に対して、細胞内ではDNAの修復が行われるが、DNAの損傷が激しく修復ができなかったり、DNAに記録された遺伝情報を正しく修復できなかった場合には、多くの細胞が細胞死を起こす。高線量の放射線被ばくにより人体内で細胞死が大量に発生すると、組織や器官の機能が損なわれ、人体の生体機能が維持できなくなり、その結果として急性症状を発症する。主な急性症状としては、脱毛、下痢、紫斑、出血などがあり、場合によっては死に至る場合もある。また、人体の修復機能によっても、損なわれた組織や器官の機能のすべてが元通りに修復されるわけではない。そのため、慢性的な免疫力の低下や健康不良が現れることとなる。その典型的な例が、いわゆる原爆ぶらぶら病と呼ばれる病態である。
 また、DNAに記録された遺伝情報を正しく修復できなかった細胞の中には、細胞死に至らずに生き残る細胞もあるが、DNA内の遺伝情報に異常が生じているため、遺伝子が組み換えられ、突然変異や染色体異常が起こりやすい状態となる。低線量の被ばくであっても、放射性物質を体内に取り込んでしまうと、内部被ばくが起こり、この危険が増大することとなる。内部被ばくによって局所的集中的に異常な再結合が繰り返されると、がんなどの晩発性疾患を発症させる危険が増大する。

 *1 通常、原子核の周囲に存在する電子は1つの軌道に2個ずつ対をなしているが、1つの軌道に電子が1個しかない「不対電子」をもつ原子。他の原子や分子と反応性が高い。

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3 内部被ばくの危険性

 (1)外部被ばくと内部被ばく

 外部被ばくとは、人体の外部にある線源から発生した放射線の照射による被ばくのことである。上記の各放射線のうち、外部被ばくをもたらすのは透過性の高いガンマ線と中性子線である。外部被ばくの場合、体表に当たった放射線は体内に進んで行くにしたがってエネルギーを減らしていくこととなるため、一般に、体表の被ばく線量の方が体の中心部の被ばく線量よりも大きくなる傾向がある。
 これに対して放射性物質を身体の中にとり入れ、身体の中で出される放射線に被ばくするのが内部被ばくである。放射性核種を含んだ微粒子が体内に入ることで、それぞれの放射性核種がそれぞれに放射線を体内で出すことになるため、内部被ばくでは人体の中の細胞が放射線に当たり続けることとなる。
 このように、外部被ばくと内部被ばくは同じ放射線被ばくではあるが、その被ばくの態様が全く異なることから、以下の3点において人体に与える影響が全く異なっている。

 (2)内部被ばくでは特定の箇所に被ばくが集中する

 第一に、外部被ばくは均一法則という仮定、すなわち、頭の先から足の先まで同じ線量が被ばくして通っていくという仮定に基づき被ばく量が計られる。つまり、一部の被ばく線量を計るとそれが体重で割れば体全体の被ばく線量が分かるという理論に基づいて被ばく線量が評価される。しかし、内部被ばくは、放射性物質を体内に取り込むことによって生じるため、放射性物質を取り込んだ場所、吸収された場所が被ばくする。
 例えば、ヨウ素131は甲状腺に集積しそこから放射線を出すため、甲状腺が被ばくする。したがって、甲状腺にあるヨウ素131を体重当たりで割って被ばく線量を評価しても何の意味もない。つまり、内部被ばくは、放射性物質が入った部位が被ばくするため、単一の臓器や特定の箇所に局部的集中的に被ばくが生じるのであり、均一被ばくをすると仮定されている外部被ばくとは被ばく形態が全く異なる。

 (3)アルファ線、ベータ線による被ばく

 第二に、放射線(ガンマ線、アルファ線、ベータ線、中性子線)の飛距離の違いによる問題が存在する。例えば、広島原爆は高度600メートルで炸裂したため、初期放射線による外部被ばくにおいては、数センチメートルから数メートルしか飛距離のないアルファ線やベータ線は地表に届かないものとして無視されてきた。
 しかし、アルファ線やベータ線自体は数センチメートル、数メートルの飛距離しかないが、アルファ線やベータ線を発する放射性核種を含んだ微粒子が広範囲に飛散することで、それらの放射性核種が体内に取り込まれれば確実に被ばくする。アルファ線は空気中で約5センチメートル、人の体内では1000分の40ミリメートルしか飛ばないとされているが、その間におよそ10万個もの分子切断を密集して行うとされている。また、ベータ線は空気中では約1メートル、人の体内では1センチほど飛ぶが、同様に約2万5000個の分子を切断するとされている。すなわち、ひとたび体内に取り込まれれば、体内では放射性核種に密接した範囲内に膨大な数の細胞が存在するのであるから、体外に排泄されるまではこれらの放射線による内部被ばくにさらされ続けることになる。
 このことは、七條和子・長崎大学原爆医療研究所助教による研究報告によって実証されている。同研究報告によれば、1945年8月9日に長崎で原爆被爆し3ヶ月後に死亡した被爆者の腎臓、骨、肺から、2008年の研究時点においてもアルファ線が検出され、これがプルトニウムに由来するものであることが確認された。この研究においては、アルファ線の飛跡が3本確認された箇所が存在するが、このような箇所には120万個ものプルトニウム元素が存在すると算定される。そして、アルファ線の飛跡が3本確認された箇所は複数存在していることが電子顕微鏡で確認されており、このことは、1ミリメートルに満たない範囲にこのようなプルトニウム元素の固まりがいくつも存在することを表している。つまり、この研究報告によって、この被爆者が大量かつ高濃度の放射性核種を含んだ微粒子を体内に取り込み、これが骨や肺、腎臓にも入りこんで、60年以上たった後にもアルファ線を放出し、人体の組織を傷つけ続けていることが実証されたのである。

 (4)半減期と被ばく線量

 第三に、半減期の問題が存在する。半減期が短い放射性物質ほど、短期間に体内で放射線を出し尽くすことから、同じ時間内に出される放射線の量は多くなる。つまり、体内に放射性物質がとどまる内部被ばくにあっては、半減期の短い放射性物質によって、短期間に大量の被ばくをし、たくさんの遺伝子が傷つけられることになる。しかも、そのような被ばくがあったことは、半減期を大幅に過ぎた段階で検査しても明らかにならない。
 例えば、原子力発電の過程で大量に生成されるヨウ素131はベータ線を出すことで崩壊し、半減期が約8日である。概ね、半減期の10倍の期間が過ぎると、放射性物質はほぼ全部次の物質に変わる。すなわち、1/2の10乗なので、半減期の10倍の期間経過で1024分の1となる。半減期が8日のヨウ素131においては、80日、2か月余りでほとんどがキセノン131に変わり、ヨウ素131は0.1%未満まで減少する。ヨウ素131は、80日間にそれだけ大量のベータ線を放出し、消滅してしまう。後になってヨウ素131による被ばく線量を計測しようにも、80日経過後においてはやりようがない。
 以上のとおり、内部被ばくは、外部被ばくのように計測することが不可能でありながら、人体に深刻な被害を及ぼしうる危険性を有するのである。

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4 確率的影響と確定的影響

 電離放射線の生物学的な影響には、一般的に「確定的影響」と「確率的影響」があると言われる。
 「確定的影響」とは、ある「限界線量」(しきい値)が存在し、被ばく線量が限界線量以下ならば誰にも何も起こらないが、限界線量を超えると誰にも必ず起こるような影響のことである。これは、放射線被ばくによってDNAが切断されても、ある限度までは修復機能が働くことによるためとされている。この場合、障害のひどさは、被ばくした線量に依存し、大量に浴びれば浴びるほどひどい障害になる。発熱、嘔吐、下痢、脱毛、紅斑など、被ばく後比較的短期間のうちに現れる急性症状については、確定的影響とされている。
 これに対し、「確率的影響」とは、限界線量が存在せず、被ばく線量の増加とともに影響の現れる確率が増加するような影響を言う。発がんや白血病、老化の促進など、被ばく後時間をおいて発症する晩発症状については、確率的影響とされている。この場合、「1」の線量を浴びた人と「100」の線量を浴びた人とでは、「100」浴びた人の方が「1」浴びた人よりも障害発生の確率が(例えば100倍)高いが、障害の重篤度に違いがある訳ではない。「100」浴びた人の白血病と「1」浴びた人の白血病を比べた場合、「100」浴びた人の白血病が「1」浴びた人の白血病よりも100倍重いという訳ではなく、「100」浴びた人のほうが「1」浴びた人よりもそれだけ白血病に陥る確率が高いということである。「確率的影響」は、時に、「ガン当たりくじ」に例えられる。宝くじを1枚買って1等に当たっても、100枚買って1等に当たっても、賞金に差がある訳ではないが、当選の確率が100枚買った人の方が1枚買った人よりも100倍高いということである。ただし、「放射線の確率的影響」と「ガン当たりくじ」の違いは、宝くじの場合には「当選発表日」を期して当たりくじと外れくじが確定するが、「放射線のがん当たりくじ」の場合は「当選発表日」が決まっておらず、いわば「生涯有効の宝くじ」だという点である。
 このように、電離放射線の人体への影響として、「確定的影響」と「確率的影響」があると言われるが、しかしながら、「確定的影響」と「確率的影響」の区別は絶対的なものとは言えない例も報告されている。例えば、「小頭症(マイクロセファリー)」の場合がそうである。小頭症は、従来、いわゆる確定的影響とされていたが、1980年代に入り、かなり低い線量領域でも小頭症が見られるとの指摘を受けるようになった。そして、国際放射線防護委員会で、確率的影響の範疇に分類できるだろうという方向で議論が進められてきた。その結果、今日では、一般的に確率的影響として認識されるに至っている。
 また、限界線量(しきい値)の値も絶対的なものではない。個人差があるのみならず、常に歴史的な検証に委ねられるべき性質のものであり、限界線量以下でも影響が見られたという事例があれば、その限界線量は当然見直されなければならない。したがって、推定被ばく線量が限界線量以下であったとしても、その被ばくした被害者に現れた症状に対する放射線の影響を「一般的に言われている限界線量以下である」という理由だけで否定することはできない。

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◆原告第3準備書面
 第2 放射線とは何か

原告第3準備書面
-原子力発電の根源的危険性と日本の法制度の不備- 目次

第2 放射線とは何か

1 原子・原子核・電子

 地球上の全ての物質は原子からできている。原子は、酸素や鉄などの元素を形づくる基本単位であり、天然に存在するものは、最も軽い水素原子から最も重いウラン原子まで92種類とされている。原子は、原子核とその周囲を回っている(軌道)電子から構成されており、さらに、原子核(核種)は、プラスの電気を帯びた陽子と電気的には中性の中性子から構成されている。
 原子核の周囲を回っている電子はマイナスの電気を帯びており、通常、電子の数は原子核にある陽子の数と等しく、陽子の持つプラスの電気と電子の持つマイナスの電気とが等しい数だけあることで、原子全体としては電気的な中性が保たれている状態となる。しかし、何らかの原因で、いくつかの電子が軌道から離脱すれば、その原子はプラスに帯電し、逆に、電子が過剰に増加したりすれば、その原子はマイナスに帯電することとなる。なお、原子核内の陽子数(すなわち通常の場合の電子の数)をもって「原子番号」が付されている。例えば、原子番号1は水素原子(H)であるが、水素原子の原子核内の陽子数(及び通常の場合の電子数)は1である。同様に、原子番号6の炭素原子(C)の原子核内の陽子数(及び通常の場合の電子数)は6である。
 原子核は、陽子と中性子とから構成されることは上述したとおりであるが、それぞれの原子ごとに中性子の数が異なるものが存在している。例えば、水素原子で言えば、一般的には原子核は陽子1・中性子0で構成される(水素1、軽水素、天然存在比99.9885%)が、中性子数が1のもの(水素2、重水素、天然存在比0.0115%)や2のもの(水素3、三重水素、天然存在比はごくごくわずか)がそれぞれ存在する。また、コバルト原子の場合、天然に存在するものはすべて陽子数27・中性子数32(コバルト59)で構成されるが、中性子数が33のもの(コバルト60)も人工的に作出され、放射線治療などに利用されている。ウラン原子の場合は、陽子数は92であるが、中性子数は142、143、146のものがそれぞれ存在し、順に、ウラン234(天然存在比0.0054%)、ウラン235(天然存在比0.7204%)、ウラン238(天然存在比99.2742%)と呼ばれる。
 これらのように、陽子数が同一で中性子数が異なるものは、いずれも同じ原子であることに違いはないが、質量数(陽子数+中性子数)の違いに応じて少しずつ物理的な性質が異なっている。このように、原子番号(陽子数)と質量数(陽子数+中性子数)によって決まる原子核の種類のことを核種と呼ぶが、原子番号が同じで質量数が異なる核種同士のことをアイソトープまたは同位体(同位元素)と呼ぶ。

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2 放射性崩壊と半減期

 上述の同位体の中には、陽子と中性子とのバランスが悪く不安定な核種が存在する。この不安定な核種は、過剰なエネルギーを放射線として放出して、安定的な別の核種に変化する。この現象を放射性崩壊という。このように放射線を発生させて壊変する核種は放射性同位体と呼ばれる。これに対して安定した核種は安定同位体と呼ばれる
 上述の例で言えば、水素1、水素2、コバルト59は安定同位体であり、水素3、コバルト60は放射性同位体である。なお、ウランについては安定同位体を持たない元素であり、234、235、238のいずれもが放射性同位体である。
 コバルト60は放射性崩壊を経て、ニッケル60という安定同位体に変化する。 このとき、すべてのコバルト60原子がいっせいに変化してしまうわけではなく、すぐに変化するものから、時間をかけて変化するものまで、それぞれのコバルト60原子ごとにばらばらに変化していくこととなる。しかしながら、コバルト60原子全体で見れば、ある一定の時間をかけて徐々に変化していくこととなり、この変化のスピードはそれぞれの放射性同位体ごとに定まっている。コバルト60は5.2713年で半数の原子がニッケル60に変化する。このように放射性同位体の数が半分に減る期間を半減期という。
 主な放射性核種の半減期は、ヨウ素131が約8日、セシウム137が約30年、ストロンチウム90が約29年、プルトニウム239が約2万4100年とされている。

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3 放射線の類型

 上述したように、不安定な放射性核種は、崩壊の過程で放射線を発生させる。 発生する放射線の種類は、放射性核種ごとに定まっている。
 放射線の性質として、物質を通過した際に、物質を構成している原子から、原子核の周囲を回っている(軌道)電子をはじき出す作用を及ぼす。これを電離作用と言う。このように電離作用を持つ放射線を電離放射線と言い、一般的に放射線と言った場合、この電離放射線のことを指す。本件で問題となる、原子力発電に由来し、人体に影響を及ぼす放射線も電離放射線である。なお、広義では紫外線や可視光線、赤外線、電波なども放射線に含まれるが、これらは電離作用を持たない非電離放射線であり、本件では問題とならない。
 電離放射線はその物理的性質から大別すると、電磁放射線(電磁波)と粒子放射線に分けられる。電磁放射線(電磁波)とは、高いエネルギーをもつ「光子」という素粒子の流れであり、一定の周波数で振動して空気中を進む。エックス線やガンマ線がこれに分類される。粒子放射線とは、高いエネルギーをもって運動する粒子であり、アルファ線、ベータ線、中性子線などがこれに分類される。電磁放射線(電磁波)と粒子放射線とは、物理的な性質を異にするものであるが、いずれもそれらが通過する物質から電子をはじき出して放出させるため、その物質に対して同様の化学作用を及ぼす。
 以下、人体に主に影響を及ぼす放射線である、ガンマ線、アルファ線、ベータ線及び中性子線について、その作用及び人体影響について論じる。

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4 それぞれの放射線の実体と作用

 (1)ガンマ線の実体と作用

 ガンマ線の実体は、上述したとおり、紫外線や可視光線、赤外線、電波などと同じ電磁波であり、高いエネルギーをもつ「光子」という素粒子の流れである。波長の非常に短い光の仲間と言ってもよい。なお、ガンマ線とエックス線はその実体はまったく同じで、原子核の外の物理的過程で発生する電磁波をエックス線と言い、原子核の中の物理的過程で発生する電磁波をガンマ線と言う。
 ガンマ線は核反応でも放出されるが、放射性物質からも放出される。ガンマ線が物質に当たると、様々な相互作用を起こす。具体的には、トムソン散乱、コンプトン散乱、光電効果、電子対生成、光核反応などである。
 「トムソン散乱」とは、ガンマ線のエネルギーは変化せず、方向だけが変化する散乱現象である。「コンプトン散乱」とは、ガンマ線が(軌道)電子を跳ねとばし、自らもエネルギーの低い電磁波として散乱される現象であり、このときに電離が発生する。「光電効果」とは、ガンマ線が物質に完全に吸収され、そのエネルギーを受けて(軌道)電子1個が飛び出してくる現象であり、このときもやはり電離が発生する。「電子対生成」とは、ガンマ線が原子核や(軌道)電子の近傍で陰陽一対の電子に変換される現象である。陽電子はやがて周囲の(陰)電子(普通の電子)と結びついて消滅し、消滅放射線を発生する。この消滅放射線はコンプトン散乱や光電効果を起こして、周囲の物質を電離していく。

 (2)アルファ線の実体と作用

 アルファ線の実体はアルファ粒子の流れである。アルファ粒子は、陽子2個と中性子2個が複合した粒子、すなわちヘリウム原子核である。陽子がプラスの電荷を帯びているので、アルファ粒子は全体としてプラスに帯電している。 強い電離作用を持ち、周囲の物質から高密度で電子を剥ぎ取る。アルファ線は粒子線の中でも非常に重い粒子で、空気中で約5センチメートル、人の体内では1000分の40ミリメートルしか飛ばないとされている。しかしながら、アルファ線が飛び出してから止まるまでの間、およそ10万個もの分子を切断するとされている。

(3)ベータ線の実体と作用

 ベータ線の実体は電子の流れであり、物質に当たると電離作用を起こしながら徐々にエネルギーを失い、最終的には通常の電子となる。核分裂生成物から放出されるベータ線の中には、例えばイットリウム90のベータ線のように空気中で数メートル飛ぶ高エネルギーのものもあるが、一般には飛距離は短く、空気中では約1メートル、人の体内では1センチほど飛ぶ。一本のベータ線は約2万5000個の分子を切断するとされている。

(4)中性子線の実体と作用

 中性子線の実体は、原子核を構成する中性子の流れである。中性子は電気的に中性の素粒子である。中性子はウラン235やプルトニウム239等の核分裂に際して大量に発生する。
 中性子は、電荷を持たないため直接の電離作用はないが、運動エネルギーをもった中性子が物質(原子核)に衝突することで様々な相互作用が生じる。具体的には、弾性散乱、非弾性散乱、荷電粒子放出反応、捕獲反応などである。
 「弾性散乱」では、中性子が原子核に衝突して散乱される現象で、もとの中性子がもっていた運動エネルギーはぶつかった相手の原子核と散乱された中性子の運動エネルギーとなり、他の形のエネルギーには変換されず、散乱の前後で運動エネルギーの合計は不変である。つまり、中性子自身は中性だが、例えば中性子が水素の原子核(=陽子)を弾き出せば、電荷を帯びた陽子が周囲の原子を電離させることとなり、間接的に影響を及ぼすこととなる。「非弾性散乱」では、中性子が原子核にぶつかり、中性子の運動エネルギーの一部が原子核を励起するために使われる。「荷電粒子放出反応」は、中性子が原子核にぶつかった結果、その原子核から陽子やアルファ粒子のような荷電粒子が飛び出してくる反応である。放出された陽子やアルファ線は電離放射線であり、周囲の物質を電離して影響を与える。「捕獲反応」は、中性子が原子核に捕獲された結果、ガンマ線が放出される現象で、放出されたガンマ線は電離放射線として周囲の物質に影響を与えていく。例えば、ナトリウム23原子(安定同位体)に中性子が当たると捕獲反応が起こってナトリウム24という放射性同位体が出来、ガンマ線が放出される。
 中性子の中でもエネルギーが高いものを「高速中性子」という。高速中性子がエネルギーを失うと、やがて「熱中性子」と呼ばれるゆっくりした中性子になる。熱中性子とは、中性子をある温度の環境中に解き放ったとき、最終的に平衡に達した状態での中性子のことである。高速中性子は、原子核や陽子に衝突してそれを跳ね飛ばし、それらが生体物質中を走って電離を引き起こす。他方、熱中性子は周囲の原子核に吸収され、その原子を誘導放射化させる。放射化された原子は、ガンマ線やベータ線を放出する。

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◆原告第3準備書面
 第1 はじめに

原告第3準備書面
-原子力発電の根源的危険性と日本の法制度の不備- 目次

第1 はじめに

 本件で差し止め請求の対象となっている関西電力株式会社大飯発電所(以下「大飯原発」という)は原子力発電所であり、その燃料として低濃縮ウラン燃料を利用して発電を行なっている。後述するとおり、天然におけるウランの存在比はウラン238が約99.3%であり、ウラン235が約0.7%であるが、このウラン235の濃度を3~5%まで高めたものが低濃縮ウラン燃料である。そして、低濃縮ウラン燃料に含まれるウラン235の原子核分裂反応によって放出されるエネルギーを利用して水蒸気をつくり、タービンを回転させて発電を行なっている。

 ウラン235が原子核分裂反応を起こす際、さまざまな放射性核種が生成される。代表的なものとしてはヨウ素131、キセノン133、セシウム137、ストロンチウム90などが挙げられる。また、その発電過程の中で、低濃縮ウラン燃料に含まれるウラン238からはプルトニウム239が生成される。これらの放射性核種は、いずれもその原子核の構造が不安定であるため、それぞれの物質ごとの性質に応じて安定的な別の物質に変化していく。これを(放射性)崩壊というが、放射性核種が崩壊する際には、それぞれの物質の性質に応じて放射線を発生させることとなる

 大飯原発をはじめとする原子力発電所において、ひとたび事故が発生すれば、原子炉内の放射性核種が、原子炉はもとより発電所外にも広範に飛散することとなる。飛散した放射性核種は人体の内外で放射線を発生させ、人体に多大な影響を及ぼすこととなる。本準備書面においては、放射線とその人体への極めて有害な影響について論述するとともに、1986(昭和61)年4月26日に爆発事故を起こしたチェルノブイリ原子力発電所における被害の実相を明らかにすることで、大飯原発をはじめとする原子力発電所のもつ本質的な危険性を明らかにする。

 そして、放射性物質や原子力発電所のもつ危険性に比して、日本における生命・身体の安全や環境を保護するための法制度は極めてずさんなものであり、大飯原発の再稼働はもとより、およそ原子力発電所を稼働させることは許されないことを明らかにする。

◆原告第3準備書面
 -原子力発電の根源的危険性と日本の法制度の不備-
 目次

原告第3準備書面
-原子力発電の根源的危険性と日本の法制度の不備-

2014年(平成26年)2月14日

 第3準備書面[482 KB]

目次

第1 はじめに

第2 放射線とは何か
 1 原子・原子核・電子
 2 放射性崩壊と半減期
 3 放射線の類型
 4 それぞれの放射線の実体と作用

第3 放射線の人体への影響
 1 放射線による電離作用
 2 電離放射線と人体への影響
 3 内部被ばくの危険性
 4 確率的影響と確定的影響

第4 原発事故が起きた場合の放射線被ばくによる被害~チェルノブイリ被害
 1 はじめに~疫学調査により明らかになったチェルノブイリ事故被害
 2 チェルノブイリ事故後の総罹病率・認定障害の上昇
 3 チェルノブイリ事故による腫瘍性疾患への影響
 5 チェルノブイリ事故による非がん性疾患への影響
 6 小括

第5 放射線被ばく線量規制基準のあり方と実際
 1 規制基準の本来のあり方
 2 チェルノブイリ事故による規制値の設定とその人為的緩和
 3 規制の大幅緩和の背景にあったもの

第6 放射線被ばくを防止するための法整備すらなされていなかったこと
 1 2012(平成24)年6月20日の法改正以前は環境汚染に関する法規制がなかったこと
 2 2012(平成24)年6月20日の法改正
 3 小括

第7まとめ

◆原告第2準備書面
 別紙地震一覧

原告第2準備書面 -大飯原発における地震・津波の危険性- 目次

別紙地震一覧

599年(推古07年)
 M7.0 大和:倒潰家屋を生じた。「日本書紀」にあり、地震による被害の記述としては我が国最古のもの。

701年(大宝01年)
 M不明 丹波:地震うこと3日。

734年(天平06年)
 M不明 畿内・七道諸国:民家倒潰し圧死多く、山崩れ、川塞ぎ、地割れが無数に生じた。

827年(天長04年)
 M6.5~7.0 京都:舎屋多く潰れ、余震が翌年6月まであった。

856年(斉衡03年)
 M6~6.5 京都:京都及びその南方で屋舎が破壊し、仏塔が傾いた。

868年(貞観10年)
 M≧7.0 播磨・山城:播磨諸郡の官舎・諸定額寺の堂塔ことごとく頽れ倒れた。京都では垣屋に崩れたものがあった。山﨑断層の活動によるものか?

881年(元慶04年)
 M6.4 京都:宮城の垣墻・官庁・民家の頽損するものはなはだ多く、余震が翌年まで続いた。

887年(仁和03年)
 M8.0~8.5 五畿・七道:京都で民家・官舎の倒潰多く、圧死多数。津波が沿岸を襲い、溺死多数。特に摂津で津波の被害が大きかった。南海トラフ沿いの巨大地震と思われる。

890年(寛平02年)
 M約6.0 京都:家屋傾き、ほとんど倒潰寸前のものがあった。

934年(承平04年)
 M約6.0 京都:午刻に地震2回、京中の築垣が多く転倒した。

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938年(天慶01年)
 M約7.0 京都・紀伊:宮中の内膳司頽れ、死4。舎屋・築垣倒れるもの多く、堂塔・仏像も多く倒れる。高野山の諸伽藍破壊。余震多く、8月6日に強震があった。

976年(貞元01年)
 M≧6.7 山城・近江:両京で屋舎・諸仏寺の転倒多く、死50以上。近江の国府・国分寺・関寺(大津市)で被害。余震が多かった。

1041年(長久02年)
 M不明 京都:法成寺の鐘楼が転倒した。

1070年(延久02年)
 M6.0~6.5 山城・大和 :東大寺の巨鐘の鈕が切れて落ちた。京都では家々の築垣に被害があった。

1091年(寛治05年)
 M6.2~6.5 山城・大和:法成寺の仏像倒れ、その他の建物・仏像にも被害。大和国 金峯山金剛蔵王宝殿が破損した。

1093年(寛治07年)
 M6.0~6.3 京都:諸所の塔が破損した。

1096年(永長01年)
 M8.0~8.5 畿内・東海道:大極殿少破、東大寺の巨鐘落ちる。京都の諸寺に被害があった。近江の勢多橋落ちる。津波が伊勢・駿河を襲い、駿河で社寺・民家の流失400余。余震が多かった。東海沖の巨大地震とみられる。

1099年(康和01年)
 南海道・畿内 M8.0~8.3 南海道・畿内:興福寺・摂津 天王寺で被害。土佐で田千余町みな海に沈む。津波があったらしい。

1177年(治承01年)
 M6.0~6.5 大和:東大寺で巨鐘が落ちるなどの被害。京都でも地震が強かった。

1185年(文治01年)
 M約7.4 近江・山城・大和:京都、特に白河辺の被害が大きかった。社寺・家屋の倒潰破損多く、死多数。宇治橋落ち、死1。9月まで余震多く、特に8月12日の強い余震では多少の被害があった。

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1245年(寛元03年)
 M不明 京都:壁・築垣や所々の屋々に破損が多かった。

1317年(文保01年)
 M6.5~7.0 京都:これより先1月3日に京都に強震、余震多く、この日大地震、白河辺の人家悉く潰れ、死5、諸寺に被害、清水寺出火、余震が5月になってもやまなかった。

1325年(正中02年)
 M6.5 近江北部・若狭:荒地・中山崩れる。 竹生島の一部が崩れて湖中に没した。越前国敦賀郡の気比神宮倒潰、京都で強く感じ、余震が年末まで続いた。

1350年(正平05年)
 M約6.0 京都:祇園社の石塔の九輪が落ち砕けた。

1361年(正平16年)
 M不明 畿内諸国:この月18日より京都付近に地震多く、この日の地震で法隆寺の築地多少崩れる。23日にも地震あり。次の地震の前兆か?

1361年(正平16年)
 M8.1/4~8.5 畿内・土佐・阿波:摂津四天王寺の金堂転倒し、圧死5。その他諸寺諸堂に被害が多かった。津波で摂津・阿波・土佐に被害、特に阿波の雪(由岐)湊で流出1700戸、流死60余り。余震多数。南海トラフ沿いの巨大地震と思われる。

1425年(応永32年)
 M約6.0 京都:築垣多く崩れる。余震があり、この日終日震う。

1449年(宝徳01年)
 山城・大和:10日から地震があった。洛中の堂塔・築地に被害多く、東山・西山で所々地裂ける。山崩れで人馬の死多数。淀大橋・桂橋落ちる。余震が7月まで続いた。

1520年(永正17年)
 M7.0~7.3/4 紀伊・京都:熊野・那智の寺院破壊。津波があり、民家流失。京都で禁中の築地が所々破損した。

1586年(天正13年)
 M約7.8 畿内・東海・東山・北陸諸道:飛騨白川谷で大山崩れ、帰雲山城、民家300余戸埋没し、死多数。飛騨・美濃・伊勢・近江など広域で被害。阿波でも地割れを生じ、余震は翌年まで続いた。震央を白川断層上と考えたが、伊勢湾とする説、二つの地震が続発したとする説などがあり、不明な点が多い。伊勢湾に津波があったかも知れない。

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1596年(慶長01年)
 M7.1/2 畿内:京都では三条より伏見の間で被害が最も多く、伏見城天守大破、石垣崩れて圧死約500、諸寺・民家の倒潰も多く、死傷多数。 堺で死600余。奈良・大阪・神戸でも被害が多かった。余震が翌年4月まで続いた。

1662年(寛文02年)
 M7.1/4~7.6 山城・大和・河内・和泉・摂津・丹後・若狭・近江・美濃・伊勢・駿河・三河・信濃:比良岳付近の被害が甚大。滋賀唐崎で田畑85町湖中に没し、潰家1570。大溝で潰家1020余り、死37。彦根で潰家1千、死30余。 榎村で死300、所川村で死260余。京都で町屋倒潰1千、死200余など。諸所の城破損。大きな内陸地震で、比良断層または花折断層の活動とする説がある。

1664年(寛文03年)
 M5.9 山城:二条城や伏見の諸邸破損、洛中の築垣所々崩れる。吉田神社・下加茂社の石灯籠倒れる。余震が月末まで続いた。

1665年(寛文05年)
 M約6.0 京都:二条城の石垣12~13間崩れ、二の丸殿舎など少々破損。

1694年(元禄07年)
 丹後:宮津で地割れて泥噴出。家屋破損、特に土蔵は大破損。

1707年(宝永04年)
 M8.6 五畿・七道:『宝永地震』:我が国最大級の地震のひとつ。全体で少なくとも死2万、潰家6万、流出家2万。震害は東海道・伊勢湾・紀伊半島で最もひどく、津波が紀伊半島から九州までの太平洋岸や瀬戸内海を襲った。津波の被害は土佐が最大。室戸・串本・御前崎で1~2m隆起し、高知市の東部の地約20k㎡が最大2m沈下した。遠州灘沖及び紀伊半島沖で二つの巨大地震が同時に起こったとも考えられる。

1751年(宝暦01年)
 M5.5~6.0 京都:諸社寺の築地や町屋など破損。越中で強く感じ、鳥取・金沢・大阪・池田で有感。

1802年(享和02年)
 M6.5~7.0 畿内・名古屋:奈良春日の石灯籠かなり倒れ、名古屋で本町御門西の土居の松倒れ、高壁崩れる。彦根・京都で有感。やや深い地震か?

1830年(天保01年)
 M6.5 京都及び隣国:洛中洛外の土蔵ほとんど被害を受けたが、民家の倒潰はほとんどなかった。御所・二条城などで被害。京都での死280。 上下動が強く、余震が非常に多かった。

1854年(安政01年)
 M8.4 畿内・東海・東山・北陸・南海・山陰・山陽道:「安政南海地震」:「東海地震」の32時間後に発生、近畿付近では二つの地震の被害をはっきりとは区別できない。被害地域は中部から九州に及ぶ。津波が大きく、波高は串本で15m、久礼で16m、種崎で11mなど。地震と津波の被害の区別がむつかしい。死者数千。室戸・紀伊半島は南上がりの傾動を示し、室戸・串本で約1m隆起、甲浦・加太で約1m沈下した。

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1858年(安政05年)
 M7.0~7.1 飛騨・越中・加賀・越前 :『飛騨地震』:飛騨北部・越中で被害大きく、飛騨で潰家319、死203、山崩れも多く、常願寺側の上流が堰き止められ、後に決壊して流出および潰家1600余り、溺死140の被害を出した。跡津川断層の運動(右横ずれ)によると考えられる。

1858年(安政05年)
 M不明 丹後宮津:地割れを生じ、家屋が大破した。

1909年(明治42年)
 M6.8 滋賀県東部「江濃(姉川)地震」:虎姫付近で被害が最大。滋賀・岐阜両県で死41、住家全潰978。姉川河口の湖底が数十m深くなった。

1927年(昭和02年)
 M7.3 京都府北部「北丹後地震」:被害は丹後半島の頚部が最も激しく、淡路・福井・岡山・米子・徳島・三重・香川・大阪に及ぶ。全体で死2925、家屋全潰12584(住家5106、非住家7478)。郷村断層(長さ18km、水平ずれ最大2. 7m)とそれに直交する山田断層(長さ7km)を長さ18km生じた。測量により、地震に伴った地殻の変形が明らかになった。

1936年(昭和11年)
 M6.4 奈良県地方:「河内大和地震」:死9、住家全潰6、半潰53。地面の亀裂や噴砂・湧水現象も見られた。

1946年(昭和21年)
 M8.0 紀伊半島沖:「南海地震」:被害は中部以西の日本各地にわたり、死1330、家屋全壊11591、半壊23487、流出1451、焼失2598。津波が静岡県より九州にいたる海岸に来襲し、高知・三重・徳島・沿岸で4~6mに達した。室戸・紀伊半島は南上がりの傾動を示し、室戸で1.27m、潮岬で0.7m上昇、須崎・甲浦で約1m沈下。高知付近で田園15k㎡が海面下に没した。

1948年(昭和23年)
 M7.1 福井県嶺北地方:「福井地震」:被害は福井平野およびその付近に限られ、死3769、家屋全壊36184、半壊11816、焼失3851。 土木構築物の被害も大きかった。南北に地割れの連続としての断層(延長約25km)が生じた。

1952年(昭和27年)
 M6.5 石川県西方沖:「大聖寺沖地震」:福井・石川両県で死7、家屋半壊4など、山崩れや道路の亀裂などもあった。

1952年(昭和27年)
 M6.7 奈良県地方:「吉野地震」:震源の深さ60km。和歌山・愛知・岐阜・石川各県にも小被害があった。死9、住家全壊20。春日大社の石灯籠1600のうち650倒壊。

1961年(昭和36年)
 M7.0 石川県加賀地方:『北美濃地震』:福井・岐阜・石川3県に被害があった。死者8、家屋全壊12、道路損壊120、山崩れ99。

1963年(昭和38年)
 M6.9 福井県沖 :『越前岬沖地震』 :敦賀・小浜間に小被害があった。住家全壊2、半壊4など。

1995年(平成07年)
 M7.3 Mw6.9 「兵庫県南部地震」「阪神・淡路大震災」

◆原告第2準備書面
 第7 大飯原発の耐震性等は不十分であり、運転することは許されないこと

原告第2準備書面 -大飯原発における地震・津波の危険性- 目次

第7 大飯原発の耐震性等は不十分であり、運転することは許されないこと

1 大飯原発における地震・津波の危険性

 (1) 大飯原発における大地震の危険性

  ア 大飯原発周辺での大地震発生の危険性

 上記のとおり、断層や活断層が確認されていない場所であっても大地震は発生しうるのであり、いつ、どこで大地震が発生するか予測することは不可能である。他方で若狭湾周辺には多くの断層ないし活断層が存在するが、同地域は大地震の空白域となっており、内陸型地震の周期性を考慮すれば、近いうちに若狭湾周辺で大規模な地震が発生する危険性は十分に存在する。

  イ 断層が連動した場合の重大な危険性

(ア) そして、若狭湾周辺で地震が発生した場合、とりわけ、数ある断層や活断層が連動することによって大飯原発が重大な被害を受けるおそれが存するのであるから、それらが連動した場合にどの程度の規模の地震ないし加速度が発生するのか、適切に予測されなければならず、そうした十分合理性のある予測にも耐えうるだけの耐震性を原子炉施設が有しているかが厳格に問われなければならない。

(イ) この点に関し被告関西電力は従来、FO‐A断層・FO‐B断層をつないだ断層長さ(35km)に基づいて想定されるマグニチュード7.4の地震にも耐えることができるとしていた。ところが今回の東北地方太平洋沖地震を受けて原子力安全・保安院から、熊川断層も含む3連動について詳細に検討するよう指示を受けたことに対して被告関西電力は、FO‐A断層・FO‐B断層に熊川断層も連動(3連動)した場合の断層の長さ(63km)を仮定しても、その場合の地震動は760ガルであり、原子炉設置許可申請時の基準地震動*25(700ガル)の1.8倍(1260ガル*26)を下回っているとして、なお十分な安全性を備えているとの想定結果を報告している。また、上記3つの活断層同士が連動する可能性は47万年に1回であり、極めて低いとの報告も行っている。
 しかし、700ガルという基準地震動の算定方法自体の誤りについては別途明らかにする予定であるが、この点を措いて仮に700ガルを基準地震動としたとしても、FO‐A断層・FO‐B断層に加えて熊川断層も連動(3連動)した場合の最大加速度が760ガルにとどまるということは理論的にあり得ない*27。しかも、既に述べたように、ガルは地盤の性質や観測地点、対象物の性質や構造等によって変わり得るのであるから、いつ、どこで1260ガルを上回る最大加速度が生じてもおかしくなく、安全性は何ら担保されないのである。

(ウ) このように被告関西電力は、断層ないし活断層が連動した場合の危険性を適切に予測していない。そのような過小に評価された予測に基づいて耐震性がチェックされている大飯原発が十分な安全性を有していないことは明白である。

  ウ 地震が発生した場合の甚大な被害

 原子力発電所が大地震に襲われた場合に甚大な被害が生じうることは福島第一原発の事故から明らかであり、原告らも訴状において明らかにしたとおりである。

 *25 基準地震動については後述する。
 *26 「1.8」というのは、被告関西電力が設定した安全率(安全裕度)であり、基準地震動に安全率を掛けたガルにも耐えることができるというのが被告関西電力の論である。
 しかし、基準地震動として405ガルを用いていた原発設置時には安全率を「3」と設定していたのであるから、安全率として「1.8」を設定することは、想定を遥かに上回る規模であった東北地方太平洋沖地震の後であるにもかかわらず、想定する地震規模を過小に評価するものであって、それ自体が極めて不十分である。少なくとも従来通り、安全率を「3」とした場合にも耐えうるかどうかが問題とされなければならない
 *27 例えば、断層の長さ(L)とマグニチュード(M)の関係について松田(1975)の経験式 logL=0.6M-2.9 を用い、マグニチュード(M)と地震のエネルギー(E)との関係についてグーテンベルグ・リヒター半理論半実験式 logE=4.8+1.5M を用いるとする。
 そうすると、活断層の距離L=35kmの場合(2連動の場合)、M=7.4、E=7.95×10の15乗となるのに対し、活断層の距離L=63kmの場合(3連動の場合)、M=7.83、E=3.17×10の16乗となり、地震のエネルギーは約4倍の違いとなる。
 地震のエネルギーは加速度以外の要素によっても変化するため、地震のエネルギーが4倍であれば加速度も4倍になるというものではないが、少なくとも2連動の場合を大幅に上回る加速度が発生することは疑いない。

 (2) 大飯原発における大津波の危険性

  ア 大飯原発周辺でも発生しうる津波

 上記のとおり、日本海側や若狭湾周辺でも大規模な津波は発生しうるのであり、いつ、どこで大津波が発生するか予測することは不可能である。実際に日本海側でも津波は繰り返し発生しており、若狭湾周辺で大規模な津波が発生する危険性は十分に存在する。

  イ 大飯原発の立地条件では津波が高くなりやすいこと

 しかも、津波はリアス式海岸などの岬の先端やV字型の湾の奥などの特殊な地形において著しく高い波が発生することが知られているところ、大飯原発は下図のとおり大島半島の先端部に位置しており、津波が発生した場合、波の重ね合わせによって著しく高い波が発生する危険性を備えた立地条件である。

  ウ 津波が発生した場合の甚大な被害

 原子力発電所が大津波に襲われた場合に甚大な被害が生じうることは福島第一原発の事故から明らかであり、原告らも訴状において明らかにしたとおりである。

 (3) 大飯原発には地震・津波による極めて高度の危険性が存在し、十分な安全性を備えていなければならないこと

 上記のとおり、原発が大地震・大津波に襲われた場合には重大な被害が発生し、周囲一帯への放射能汚染等極めて甚大な災害を発生させるおそれがあるところ、大飯原発については地震・津波のいずれについても十分な発生可能性のあることは明らかであるから、少なくとも「既往最大」の考え方に立脚して厳格に想定される十分大規模な津波・地震にも耐えられるような耐震性等が認められない限り、その危険性は顕著である(「既往最大」でも不十分であることは、脚注*24のとおり)。
 然るに、次項で述べるとおり大飯原発は想定される地震・津波の危険性を過小評価しており、少なくとも「既往最大」の考え方からすればその耐震性等は極めて不十分である。

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2 地震に関する新基準の概要と「基準地震動」

 (1) 地震に関する新基準の内容

 「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則」3条・4条は、以下のとおり定める(下線は原告ら代理人)。

 (設計基準対象施設の地盤)
 第三条 設計基準対象施設は、次条第二項の規定により算定する地震力(設計基準対象施設のうち、地震の発生によって生ずるおそれがあるその安全機能の喪失に起因する放射線による公衆への影響の程度が特に大きいもの(以下「耐震重要施設」という。)にあっては、同条第三項に規定する基準地震動による地震力を含む。)が作用した場合においても当該設計基準対象施設を十分に支持することができる地盤に設けなければならない。

 (地震による損傷の防止)
 第四条 設計基準対象施設は、地震力に十分に耐えることができるものでなければならない。
  2 前項の地震力は、地震の発生によって生ずるおそれがある設計基準対象施設の安全機能の喪失に起因する放射線による公衆への影響の程度に応じて算定しなければならない。
  3 耐震重要施設は、その供用中に当該耐震重要施設に大きな影響を及ぼすおそれがある地震による加速度によって作用する地震力(以下「基準地震動による地震力」という。)に対して安全機能が損なわれるおそれがないものでなければならない。

 (2) 「基準地震動」について

 このように新基準は、「基準地震動による地震力」に対して安全機能が損なわれるおそれがないものであることを、原子力施設の耐震重要施設の安全機能に関して要求している*28。この点に関して2006年9月19日に原子力安全委員会が策定した「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」によれば、地震について「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり、施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切な地震動」を適切に策定しなければならずさらに、策定された地震動を上回る地震動が生起する可能性に対しても適切な考慮を払わなければならないとされている。新基準そのものの内容の当否は措くとして、新基準も、想定される地震動に対して十分な耐震性を有していなければならないとしているのである。
 この「基準地震動」には、「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」と「震源を特定せず策定する地震動」があり、その策定フローは別図2のようになっている。同フロー中に挙げられた数値や情報、ないしその評価に誤りがあれば、策定された基準地震動自体が誤りであるということになり、そのような誤って策定された基準地震動に従って安全性がチェックされた原子炉施設は、「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり、施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切な地震動」として著しく不適正であり、正しく算出された基準地震動を基準とした場合、安全機能が損なわれるおそれが優に存することとなる。

 *28 ただし、このような考え方そのものは新基準以前から変化はない。旧指針においても、「敷地周辺の地質・地質構造並びに地震活動性等の地震学及び地震工学的見地から施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり、施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切なもの」と定められていたとおりである。

 (3) 被告関西電力の設定した「基準地震動」が不適正であること

 当然、大飯原発についても「基準地震動による地震力」に対して安全機能が損なわれることのないものでなければならず、その「基準地震動」は、考慮要素を適切に評価した適正なものでなければならない。然るに被告関西電力が策定した「基準地震動」は適正なものではなく、そのため、原子炉施設は想定される地震動に対して十分な安全性を有していないのである。
 このことを明らかにするため、まず被告関西電力の策定した基準地震動を引用し、その後、それが誤りであること及び大飯原発の耐震性の欠如について述べることとする。

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3 大飯原発に関して被告関西電力が策定した基準地震動の概要

 被告関西電力が現時点で公表する「新規制基準適合性審査に係る申請の概要について」によれば、以下のとおり同被告は、大飯原発に関し、基準地震動を原則として700ガルと想定している。

 「応答スペクトルに基づく地震動評価から設定した基準地震動Ss-1(最大加速度700Gal)および断層モデルを用いた手法による基準地震動Ss-2、Ss-3で評価した。また、熊川断層とFO-A~FO-B断層の3連動を考慮した地震動も評価した。」

 もっとも、被告関西電力のホームページにあるように、被告関西電力は、従前は大飯原発における基準地震動を405ガルと設定していた。

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4 被告関西電力の策定した基準地震動は「既往最大」の考え方にさえ立脚 しておらず誤りであること

 (1) 被告関西電力が想定するマグニチュードが余りに低いこと

  ア 「震源を特定せず策定する地震動」について

 M7を超える地震であっても地表地震断層が出現しなかった地震は枚挙のいとまがないところ、中央防災会議によれば、M7.3以下の地震はどこでも発生する可能性があるのであるから(甲56)、「震源を特定せず策定する地震動」として、少なくともその程度の規模の地震については想定すべきである。
 しかし、被告関西電力はそのような想定をしていない。

  イ 「震源を特定して策定する地震動」について

 既述のように活断層が確認されていない場所でもM7.3程度の地震を想定すべきなのであるから、活断層が確認されている場合、短い活断層であっても少なくとも同程度のM7.3の地震を想定すべきである。また、島崎邦彦東大地震研究所教授は、短い活断層で起こる地震の最大規模はM7.4程度であると論じており(甲57)、少なくともこの程度の規模の地震を想定すべきとすることには十分な合理性が存する。
 然るに、被告関西電力はそのような想定をしていない。

 (2) 基準地震動の策定は少なくとも「既往最大」を前提とすべきこと

  ア 「既往最大」から必然的に導かれる結論

 しかも、マグニチュードの想定が余りに低いのみならず、ガルについても、少なくとも「既往最大」の考え方に立脚する以上、埋まっていた石が飛んでいた事実からすれば最低限15000ガルを基準地震動とすべきであって、被告関西電力の策定した700ガルという基準地震動は余りに低きにすぎ、誤りである。

  イ ガルの値は場所によって大きく異なり得ること

 なお、同じ敷地であっても観測されるガルの値は大きく異なり得る。 その理由は、地盤の性質や建物の構造によって算出されるガルの値は異なってしまうためである。こうして、大地震が発生した場合に想定を大きく上回る加速度が発生するおそれは非常に高く、現にそのような事態が発生している。
 現に想定したガルを上回るガルが記録された地震の例として、まず中越沖地震を挙げることができる。マグニチュードそのものは6.8にすぎなかったが、柏崎刈羽原発において、基準地震動450ガルの4倍近い1699ガルもの地震動を記録している。また、1号機~4号機の解放基盤表面*29での加速度はいずれも1000ガルを超えたのに対し、5号機~7号機は500ガル~700ガル程度にすぎなかった。さらに2009年静岡沖地震も、マグニチュードは6.5程度であるが、これによって浜岡原発を襲った地震動は、1、2号機では109ガル、3号機は147ガル、4号機は163ガルであったのに対し、5号機では426ガルを記録している。
 こうしたことも想定の上で基準地震動はより安全な値を設定すべきであるが、被告関西電力がこれらの点を想定したか否か不明である。

 *29 「解放基盤表面」とは、「基準地震動を策定するために、基盤面上の表層や構造物が無いものとして仮想的に設定する自由表面であって、著しい高低差がなく、ほぼ水平で相当な拡がりを持って想定される基盤の表面をいう。ここでいう「基盤」とは、概ねせん断波速度Vs=700m/s以上の硬質地盤であって、著しい風化を受けていないものとする。」と定義される。

 (3) 小括

 よって、合理的に発生が想定される規模の地震からしても規模の小さい地震の発生を想定し、まして「既往最大」の考え方からすれば「700ガル」という値を用いることは全くの誤りであるにもかかわらず、被告関西電力は独自の想定ないし設定を行って基準地震動を策定している点で、設定された基準地震動は非常に小さい数値に恣意的に書き換えられているのである。
 以上のとおり、被告関西電力が策定した基準地震動はあまりに低く、策定された地震動を上回る地震動が生起する可能性に対して適切な考慮が払われていないどころか、そもそも「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり、施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切な地震動」にさえ当たらないのであるから、新基準の求める「基準地震動」として著しく不適正である。

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5 大飯原発の耐震性は不十分であること

 その結果、大飯原発の施設は耐震性が不十分であることが明らかである。 なぜなら、耐震性は誤った低すぎる基準地震動をベースに設計されており、それよりも値の大きな適正に評価された基準地震動によった場合、それを充たすだけの耐震性を有しないことは明白だからである。
 そもそも大飯原発は、既述のように基準地震動を405ガルとして建設された施設であるから、これに対する耐震性しか有していなかったのであり、諸条件に変動がないいもかかわらず基準地震動を700ガルとしても十分な耐震性を有するという被告関西電力の姿勢は到底信用するに値しないというべきである。

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6 大飯原発の耐津波性は不十分であること

 (1) 津波に関する新基準の内容

 「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則」5条は、以下のとおり定める(下線は原告ら代理人)。

 (津波による損傷の防止)
 第五条 設計基準対象施設は、その供用中に当該設計基準対象施設に大きな影響を及ぼすおそれがある津波(以下「基準津波」という。)に対して安全機能が損なわれるおそれがないものでなければならない。

 (2) 「既往最大」を前提として基準津波を策定すべきこと

 2006年9月19日に原子力安全委員会が策定した「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」によれば、津波について、「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても、施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないこと。」が必要であるとしている。
 この点、「既往最大」の津波が「極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波」にあたることは明らかであるから、基準津波についても少なくとも「既往最大」の考え方に立脚して策定されなければならない(「既往最大」でも不十分であることは、脚注*24のとおり)。

 (3) 被告関西電力の設定した基準津波は「既往最大」の考え方にさえ立脚しておらず誤りであること

 そうすると、東北地方太平洋沖地震では当初の想定を9メートル以上上回る巨大な津波が現に発生しているのであるから、「既往最大」の立場からすれば、大飯原発についても、従前の想定を遥かに上回る高さの津波を「極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波」として設定すべきである。このような設定をすべきことは、大飯原発が津波が高くなりやすい半島の先端部に立地していることからも支持される。然るに被告関西電力は、既述のとおり大飯原発においてかかる想定での対策を執っていない。被告関西電力の想定は低きにすぎ、著しく不適正である。
 その結果、大飯原発の耐津波性が不十分であることは明らかである。

 (4) 大飯原発の立地は世界標準たる深層防護の理念にも著しく悖ること

 また、そもそもの問題として、大飯原発の立地は、原告第1準備書面で述べた世界標準たる「深層防護」の理念に著しく悖るといわなければならない。
 すなわち、原子炉施設に立地においては「異常や事故を誘発するような事象が少ない、ということが大切」(甲34・52頁)で、「原子炉の異常や事故を誘発するようないわゆる『外部事象』ができるだけ少ない地点を選ぶということである。考慮すべき外部事象としては、例えば地震や津波などの自然現象と、航空機墜落などの人為的事象がある。このような外部事象が皆無という地点はまずあるまいから、まずその可能性が低いところを選び、設計以降でその地点に特有な条件を考慮して対策を立てる」(甲34・112頁)ことが必要であるにもかかわらず、あえて津波が高くなりやすい半島の先端部を選んで設置されており、「外部事象」たる津波による被害の「可能性が低いところを選」ぶという発想が根本的に欠落しており、しかも当該「地点に特有な条件を考慮」することなく基準津波を低く想定し、相応の「対策を立てる」という考え方が欠落しているのである。
 世界標準の見地からしても、大飯原発の立地は異常であり、その対策は余りに不十分なのである。

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7 大飯原発の耐震性・耐津波性は著しく不十分であり、直ちに運転が差し止められるべきであること

 以上のとおり、大飯原発は、「極めたまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な」地震及び津波について、「既往最大」の見地に立脚した「基準地震動」ないし「津波」が策定されておらず、適正な基準を用いた場合極めて乏しい耐震性・耐津波性しか有していない。その理由は、地震・津波に対する被告関西電力の想定が非常に不適正であり、あまりに過少だからである。このような大飯原発で大地震・大津波が発生すれば、原子炉施設の耐震性等を遥かに上回る力が加わり、施設に甚大な被害が生じ、原告らを含む無数の住民の生命・身体を違法に侵害することは明らかである。
 よって、大飯原発の運転は直ちに差し止められなければならない。

以 上

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