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◆第17回口頭弁論 意見陳述

口頭弁論要旨

松本美津男

私は京都市左京区に住んでいる66歳の松本美津男と申します。

1歳半の夏にポリオウイルスによる両下肢機能障害になり、現在、主にマイカーで外出し、歩行は短距離なら両松葉杖で、長距離や少し重い荷物を持ち運ばなければならない時は手動車いすを併用しています。最近は、ポリオウイルスによる小児麻痺障害者が40~50歳代になると新たに筋力の低下や筋肉の痩せ、筋肉・関節の痛み等が出現するポリオ後症候群のせいか、自信のあった腕の力も弱ってきており今は右肩が慢性的に痛むため毎日痛み止めの薬を朝晩塗ってやり過ごしている状態です。また、血圧の薬など数種類の薬を服用しています。

左京区内の浄楽学区の自主防災会の主催する、主に地震を想定した防災訓練に一昨年秋初めて手動車いすで参加しましたが、指定されている避難所まで行くのに坂がきつく参加された元気な方に押してもらって何とかたどりつけました。けれども、たどり着いた学校の体育館の入り口はスロープがなく臨時に木の板を渡しているというお粗末なもので、かなり出入りしにくい状態でした。しかも防災訓練に参加した人だけでほぼ満員状態で、実際に住民全部が避難して来たらとても入りきれないのは明らかでした。

この問題をその時指摘した人がおり、区役所の担当者はまた検討しますという回答をしました。

この訓練に参加して、本当に大きな地震などあったらこの避難所にはまずたどり着けないだろう、仮にたどり着けたとしても、避難所は溢れかえるのは明らかで、車いす移動などできるスペースはないだろうし松葉杖歩行も相当困難と考えられ、避難生活するのは無理だなと感じました。

昨年防災難訓練の日は雨で、参加するかどうか少し考えましたが、震災は天気など関係なく起こるのだから、大変な状況の時こそ訓練しておくのが大切と思い、車いすで合羽を着て頑張って一時集合場所に指定されている公園に少し遅れて行きました。ところが人影がありません。場所を勘違いしたのかなと思っていたら、他の町の班長とおっしゃる方が来られ、他にも来られた方の話では、訓練が中止になり、役員だけが別の場所で会議をしているということを知りました。花折断層の真上にある私の地域でさえ避難についての認識はこの程度なのです。

そして、国の制度として避難行動要支援者について事前登録制度がありますが具体的な対象者の範囲は自治体任せで、京都市の場合、私が単身なら登録対象者になるのですが同居の配偶者がいるため登録対象に入らないことが分かりました。

また、福祉避難所に指定された施設の方が行きやすそうなので、もし避難指示が出たら、直接福祉避難所へ行けばよいかと区役所に尋ねると、福祉避難所がすぐに準備できるわけではないので先に地域で指定された避難所に行ってもらいたいとの返事でした。

防災訓練に参加した状況を話して福祉避難所に直接行く必要性を訴えても、あなたの地域の避難所が狭く、行くのが大変なのはわかるが国がそういう風に決めているから従ってもらうしかないと自治体としての主体性のない返事でした。

私の防災訓練の体験からも障害者は大きな災害が起これば避難所にも行けないケースが続出すると考えられます。宮津市に一人で住んでいる両下肢障害のクラスメートは「避難所に行っても、手すりがないので、あんなところでは立ち上がることもできないだろうから、避難指示が出ても避難所には行かない。」と言っていました。

実際、東北大震災で多くの死者が出ましたが、NHKなどの調査の結果、障害者の死亡率は一般の人たちの約2倍でした。避難したいと思っても迅速に行動できない、あるいは介助者なしには動けない肢体障害者、単独では避難所まで行きにくい視覚障害者、そして避難の呼びかけが聞こえない聴覚障害者など、どうしても逃げ遅れた犠牲者が多かったわけです。

また、多数の障害者や家族は、避難所の仮設トイレが車いすなどでは利用できない、知的障害や発達障害児者が慣れないところへ行けば大きな声を出したり、動き回ったりしてみんなに迷惑がかかると感じ、危険性を知っていても避難所に行かなかったり、一度避難所に行っても自宅へ戻ったりしました。

避難所を転々とした障害者もいます。「JDF被災地障がい者支援センターふくしま」が実施した調査では147人中「8割の118人が3カ所以上を移動し、うち4人が9カ所を巡った。1カ所目で落ち着けたのは1割の16人だけ」でした。

さて、私はスリーマイル島の原発事故やチェルノブイリ原発事故を見て原子力発電所の事故の恐ろしさを感じてはいましたが、海外で起こったような大事故が日本で起こるとは全く考えていませんでした。

福島原発事故が起こって初めて日本における原発の恐ろしさを知りました。いわゆる安全神話にどっぷりつかっていたのです。
一般住民でも災害避難は大変である上に障害者の避難がいかに困難であるかは先に述べた通りです。これが原発事故であれば更に問題は深刻です。
いたるところで地震の起こる可能性のある日本列島で、事故が起きれば、障害者が避難困難となる原発を稼働させること自体が間違いです。

私は好きで障害者になったわけではありません。障害者でも住みよい社会づくりのために運動もしていますが、原発事故で犠牲者、障害者を大量に生み出すようなことは二度と繰り返させないためにこの裁判の原告に加わりました。

政府は北朝鮮のミサイルの危険性やテロ対策を強調していますが国民の安全を真に守るつもりがあるのなら原発こそ廃止すべきです。

裁判長におかれましては、政府の意向がどうであれ、国民の命と安全を守るため、私たちの子や孫が安心して生活できるよう、悔いのない判決を下していただくよう切にお願いいたします。

以上

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◆原告第41準備書面
-避難困難性の敷衍(京都市左京区について)-

原告第41準備書面
-避難困難性の敷衍(京都市左京区について)-

原告第41準備書面[174 KB]

2017年(平成29年)10月27日

目次

第1. 原告松本美津男の障害について

第2. 原告松本の避難困難性について
1.避難所にたどり着くことの困難性
2.避難所自体の問題性
3.原告松本は、避難行動要支援者の事前登録制度を利用できない。
4.原告松本は、すぐに福祉避難所を利用できない
5.避難場所が存在しても心理的に避難することは困難である。


原告第6準備書面において、避難困難性について述べたが、本準備書面では京都市左京区に在住する原告松本美津男の避難困難性に関する個別事情について述べる。

 

第1. 原告松本美津男の障害について

原告松本美津男(以下「原告松本」という。)は、現在、京都市左京区に在住している。原告松本は、1歳半の夏に、ポリオウイルスによる両下肢機能障害になり、現在、主にマイカーで外出し、歩行は短距離なら両松葉杖で、長距離や少し重い荷物を持ち運ばなければならない時は手動車いすを併用して生活を送っている。

ポリオウイルスによる小児麻痺障害者は、40~50歳代になると新たに筋力の低下や筋肉の痩せ、筋肉・関節の痛み等が出現するポリオ後症候群となることがあるが、原告松本も、腕の力が弱り、右肩が慢性的に痛むため毎日痛み止めの薬を朝晩塗ってやり過ごしている状態である。

下記に述べるとおり、両松葉杖及び車いすで生活を送っている原告松本にとって、原発事故が起きた際に避難することは不可能である。

 

第2. 原告松本の避難困難性について

 

 1.避難所にたどり着くことの困難性

2016年秋頃、原告松本は、浄楽学区(原告松本が居住する左京区内にある)の自主防災会が主催する、防災訓練(主に地震を想定した)に手動車いすで参加した。

しかし、指定避難所までの坂が急であったため、原告松本は、他の参加者に車いすを押してもらい、指定避難所にたどり着くことができた。仮に、原発事故が起きた際に、車いすを押してくれる者がいなければ、原告松本は避難所までたどり着くことが出来ないのである。
 2.避難所自体の問題性

指定避難所の体育館の入り口は、スロープがなく臨時に木の板を渡して、その上を車いすで移動せざるを得ず、原告松本のように、車いすでの参加者にとっては、著しく出入りしにくい状態であった。

加えて、防災訓練に参加した参加者だけで、指定避難所内は、ほぼ満員状態であり、実際に住民全員が避難して来たらとても入りきれないのは明らかであった。原告松本が、仮に避難所にたどり着いたとしても、避難所が避難住民で、溢れかえるのは明らかであり、車いすで移動できるスペースは存在せず、松葉杖歩行も相当困難である。結局、車いすで生活を送っている原告松本が、避難生活をするのは不可能である。
 3.原告松本は、避難行動要支援者の事前登録制度を利用できない。

国の制度として避難行動要支援者について事前登録制度があるが、具体的な対象者の範囲は自治体任せであり、京都市の場合、原告松本が単身なら登録対象者になるが、原告松本には、同居の配偶者がいるため登録対象とはならず、制度を利用することができない。
 4.原告松本は、すぐに福祉避難所を利用できない

原告松本は、福祉避難所に指定された施設の方が、避難し易いと感じ、仮に、避難指示が出た場合に、直接福祉避難所へ避難して良いか区役所に確認した。しかし、「福祉避難所がすぐに準備できるわけではないので先に地域で指定された避難所に行ってもらいたい」と解答された。このように、原告松本は、仮に、原発事故が起きても利用しやすい福祉避難所をすぐに利用することが出来ないのである。
 5.避難場所が存在しても心理的に避難することは困難である。

仮に原発事故が起きた場合、避難したいと思っても迅速に行動できない、あるいは介助者なしには動けない肢体障害者は、単独では避難所まで行くことができない。また、視覚障害者、そして避難の呼びかけが聞こえない聴覚障害者などは、逃げ遅れる場合があり得る。

加えて、障害者は心理的に、避難所に行くことができない。例えば、避難所の仮設トイレが車いすなどでは利用できない。知的障害や発達障害児者が慣れないところへ行けば大きな声を出したり、動き回ったりして他の避難者に迷惑がかかると感じた場合、障害者や家族は、危険性を知っていても避難所に行かなかったり、一度避難所に行っても自宅へ戻ったりするケースが多数起こりうる。

これまで、準備書面において、避難困難性について述べてきたとおり、各自治体の避難計画自体は不十分で現実性のないものであるが、仮に、どれだけ、計画を変更し、避難所を設定しても、弱い立場にある障害者は、心理的に避難することが出来ないのである。弱い立場の障害者が避難困難となる原発を稼働させること自体が問題であり、直ちに廃炉にするべきである。

以上

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◆原告第40準備書面
第3 過酷事故対策を怠る関電に、原発を再稼働させてはならない

2017年(平成29年)10月27日

原告第40準備書面
-過酷事故における人的対応の現実と限界-

目次


第3 過酷事故対策を怠る関電に、原発を再稼働させてはならない

  1.  上記で指摘してきたマニュアルのない危機的状況に陥った際に、事故現場、政府等で情報が錯綜し、指揮命令系統が不分明な混乱状況におちいる危険性という、福島事故で得られた人的対応における現実と限界に、被告関電はどう対応するのか。本訴訟ではその点が全く明らかになっていない。
  2.  例えば、福島第一原発事故においては、全電源喪失が問題となったにもかかわらず、新規制基準における外部電源の耐震重要度がCであり、また単一故障事故しか想定していないことは、被告関電も認めるとおりである。したがって、過酷事故対策においては、非常用電源の確保が重要課題の一つである、この点ですら、被告関電の対策は十分と言い難い。
    すなわち、被告関電が証拠として挙げる丙第67号証における全交流動力電源喪失の対策は下記の様なものである((丙67・8-1-146~148)。・非常用電源として、ディーゼル発電機及びその附属設備を各々別の場所に2台備える。
    ・7日分の容量以上の燃料を敷地内の燃料油貯蔵タンク及び重油タンクに貯蔵し、タンクローリーにより輸送する。
    ・夜間の輸送実施のため、ヘッドライト等の可搬照明を所定の場所に保管する。
    ・タンクローリーについて、地震時においても保管場所及び輸送ルートの健全性が確保できる場所を少なくとも4箇所選定し、各々1台を配備するとともに、竜巻時においては、緊急安全対策要員によりトンネル内にタンクローリー4台を待避させる運用とする。タンクリーリーは4台(3号・4号共用)。
    ・アクセスルートが寸断され、タンクローリーがディーゼル発電機燃料油貯蔵タンクに近づくことが出来ない場合は、延長用給油ホースを取り付け・使用する。しかしながら、タンクローリーの運転や発電機への給油、延長用給油ホースの取り付け、可搬照明の運搬設置など、全てにおいて人的対応が必要にもかわらず、具体的な作業手順はもちろん、作業員の安全対策については曖昧なままである。また、国会事故調アンケートであげられていた、作業員間の情報伝達をどうするのか、また必要な線量計、マスク、食料、水等をいかに備蓄し、その後調達し続けるのかという問題も残されている。
    もちろん、タンクローリーや貯蔵用タンク、可搬照明、延長給油ホースそのものが地震によって破損されるリスクもある。
    また、被告関電は、3号炉及び4号炉同時の重大事故等対策時においても、必要な要員は46名と算定している(丙67・10-7-44)。しかしながら、これもまた、福島第一原発事故の現実及び佐藤氏の指摘からみて、過少すぎるというべきであろう。
  3.  以上のとおり、被告関電が未だに「安全神話」を振りかざし、深層防護における第4・第5層の問題を争点から外そうとするのは、第4・第5層の安全対策が不十分であるからにほかならない。大飯原発第3号機及び4号機において、ひとたび過酷事故が発生すれば、事故収束作業は混乱に陥り、原告らの生命身体の安全が侵害されるのは必至である。こうした現実から目をそらし、福島第一事故以前の「安全神話」に逆戻りした審理がなされることのないよう、原告らは強く求めるものである。

 

以上

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◆原告第40準備書面
第2 過酷事故における人的対応の現実と限界

2017年(平成29年)10月27日

原告第40準備書面
-過酷事故における人的対応の現実と限界-

目次

第2 過酷事故における人的対応の現実と限界
1 原子力情報コンサルタントである佐藤暁氏の指摘
2 福島第一原発事故における人的対応の現実と限界


第2 過酷事故における人的対応の現実と限界


 1 原子力情報コンサルタントである佐藤暁氏の指摘

(1) 1984年から2002年までゼネラル・エレクトリック社(GE社)原子力事業部で大小100以上のプロジェクトにかかわり、その後原子力情報コンサルタントとして、主に米国の原子力業界における最新技術、安全問題、規制情報を収集、動向分析し、提供する業務を行っている佐藤暁氏は、岩波書店の『科学』誌上で、「原子力発電所の安全審査と再稼働」をテーマに論文を連載し(2014年(平成26年)8月号~2015年(平成27年)10月号)、政府の原子力政策とその正当性の根拠への疑念と、原子力安全規制の制度及び手続きに対する懸念を述べている。この中で、佐藤氏は、日本の原子力発電所の過酷事故対策が、実は、軽い切り傷やひび・あかぎれにしか効かない「がまの油」のようなものであると指摘している(甲371[5 MB]

(2) その根拠を示す一例として、佐藤暁氏は、1985年、GE社のプロジェクトとして行った福島第一原発2号機のサプレッション・プール(トーラス)改造工事時の数々の失敗例をあげている(甲372[4 MB])。

トーラスの改造工事にあたっては、まずトーラス内のプール水を抜いて除洗する作業が必要となる。ところが、この最初の作業の段階で、米国から派遣された「プロ」であるはずの作業員が、通気性のない作業服での作業に早々に根を上げ、現場を放り出して米国に帰国したことにはじまり、トーラス底部をブラシ洗浄するための除洗ロボットに、スラッジ(鉄サビやコンクリートの粉塵など)が付着してしまって使いものにならず、塗装の剥奪用の超高圧ジェットも、石化したように堅くなった塗装には歯が立たないという予想外の出来事が起こり、最終的にはトーラスの水位を下げ、川釣りなどで使う「胴付き長靴」を作業員に使用させ、人海戦術で強引にスラッジを回収したという顛末が紹介されている。この際、作業の遅れを取り戻すために、作業員の被爆増加が犠牲になっている。

そのほかにも、作業員が手順を間違え、専用受けタンクに送るべき濃厚な放射性スラッジの廃液を、原子炉建屋の換気ダクトの中に大量に流し込んでしまう、また、作業員が「右左」「時計回り」が自分の立ち位置による相対的な概念であることを失念し、作業対象物ではなく隣にあった別の溶接部を削除してしまうという、些細なヒューマンエラーが引き起こした大変な事態、さらに、仮設通路の手摺りが折れて作業員が汚染水のプールに落下するという、不測の事態が発生している。加えて、現地で集めた臨時作業員の1人が窃盗犯の容疑者で、現場を出たとたんに張り込み中の警察官に身柄確保され連行されるということまで起こっているのである。

佐藤氏は、これらの失敗例から、「新しい試みは、必ず思いがけない出来事に遭遇する」として、日常の勉強や手順書がいかに役に立たないかを実証している。そして、過酷事故対策への教訓として、過酷事故対策の対応手順書は、実戦経験ゼロで、完成度が極めて低いのだと認識すること、初めから難度の高い人的対応は排し、実務者の労苦を最小限にするあらゆる工夫がなされるべきで、その上でたとえば達成制限時間に対して3倍、対応要員の必要人数に対して2倍の尤度を確保すべきとしているのである。

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 2 福島第一原発事故における人的対応の現実と限界

  (1) 吉田調書等から判明した人的対応の限界

一旦、原子炉が危機的状況に陥った場合、情報伝達の不備等を原因として意思決定の混乱が生じる。本項では、政府事故調査・検証委員会(政府事故調)が東日本大震災の発生当時、東京電力福島第一原発所長であった吉田昌郎氏を2011年7月から11月にかけて延べ13回聴取した記録(聴取結果書)をもとに福島第一原発事故において実際に生じた、政府、東京電力の本店及び現場の、「ベント」「海水注入」「退避」に関する混乱の状況を説明する。

  ア ベントをめぐる意思決定の問題
過酷事故時に、格納容器の加圧破壊を防止するために、格納容器内の蒸気を外部へ排出することをベントという。ベントを行なうと格納容器内の減圧が促進され容器自体の破損を防ぐことができるとともに、注水による冷却が可能となる。他方、ベントを行なうと放射性物質を含む蒸気が大気中に放出されるため、ベントは格納容器の破壊を回避するために止むを得ず行う手段といえる。

福島第一原発事故を経て、新規制基準では格納容器圧力逃がし装置の設置が要件化されたが(甲373[292 KB]-22頁、甲374[5 MB])、ベントの実施に伴い放射性物質の放出は必至のため、これを実施する際に、「誰が」主体的に判断するのかという問題は、現時点においても問題となりうる。以下、福島第一原発におけるベントをめぐる混乱ぶりを述べる。

福島第一原発事故において、1号機においては、3月12日00:06ころには、吉田所長が格納容器ベントの準備を指示し、政府、東電本店においても、実施に関する了解が得られていた。そして、現場においてはベント実施に向けて作業を進めていたにもかかわらず、海江田経産大臣は東電のベント実施に対する姿勢に疑念、不信を抱き、3月12日06:50ころ原子炉等規制法64条第3項に基づくベントの実施命令が発出された。この間、東電の現場がベント実施に向けて作業を行っていることは保安院には伝えられていたが、海江田経産大臣には伝えられていなかった。

また、ベントの実施がなされない事に対して、菅直人総理大臣は福島第一原発視察を決定し、3月12日06:15ころ、原子力安全委員会委員長斑目春樹氏とともに福島第一原発へ出発した(甲3-290~292)。なお、菅直人総理大臣の現地視察は、現場の士気を鼓舞したというよりも、事故のいらだちをぶつけるのみで作業に当たる現場に「プレッシャーを与えた可能性もある」と指摘されている(甲3-293)。

しかしながら、この間、東電の現場はベントを躊躇していたのではなく、ベントを行なうために必要であった可搬式エアコンプレッサー及び直流電源の不足が原因のため、これを行なうことができなかったのである。

政府事故調の吉田所長に対するヒアリング結果からは、現場に対して、一方的に指示を行う東電本店及び国の対応に対するいらだちがわかる。

この事例からは、危機的状況において、情報の共有および指揮系統が不分明のまま現場で作業を行うことの限界を示している。民間事故調報告書検証チームによる吉田調書を元に福島第一原発事故の評価をおこなった「吉田昌郎の遺言.吉田調書に見る福島原発危機」(甲375[6 MB]-23)は、ベントに関する意思疎通の問題を「東電は、官邸との関係も含めて、最後までICS(事故指揮命令系統)のガバナンスを確立できなかった」と評している。

甲376[2 MB]・43 回答者が吉田昌郎所長】【図省略】

甲376[2 MB]:49~51頁 回答者が吉田昌郎所長】【図省略】

【甲3.291 国会事故調査報告書】【図省略】

  イ 海水注入をめぐる意思決定の問題(甲3.293~295)
同様の問題は、海水注入をめぐる際にも生じた。「海水注入」とは、原子炉を冷却する場合の非常手段として原子炉に直接水を注入する際に、通常は防火水槽等からの淡水を使用するが、淡水に変えて(淡水が枯渇した後に)海水を注入することをいう。海水を注入した場合、金属腐食による原子炉の損傷が必至(廃炉の可能性が高くなる)なため、その判断には困難が伴う。

3月12日14:54ころ、吉田所長は、1号機に海水注入を指示し、15:30には海水注水の準備を完了した。他方、東電が海水注水による廃炉を懸念していると判断した海江田経産大臣は、17:55原子炉等規制法64条3項に基づく措置命令を発した。ところが、菅直人総理大臣は、細野補佐官、斑目委員長、東電武黒フェローらと海水注水の是非を議論し、菅直人総理大臣が海水注水を了承したのは19:55であった。

実際には、吉田所長は19:04に海水注入を開始し、武黒フェローからの海水注入の待機命令を無視し海水注入を継続した(この間、吉田所長は海水注入を中断する指示をしつつ実際には継続を指示した)。

この事例からは、危機的状況における、指揮系統の混乱、現場で作業を行うことの限界を示している。また、民間事故調報告書検証チームによる著書(甲375.30)は、海水注水に関する意思疎通の問題をICS(事故指揮命令系統)上の問題であると指摘するとともに、吉田所長の独断による海水注入を、「逆に危機を悪化させた場合、または二次災害を引きおこした場合、それは所長が責任を負えない結果と意味合いをもたらす」と評し「危機対応をする部署のそれぞれの権限と責任を明確にしなかったことが事故対応を複雑にし、効果を半減させた」と批判している。

甲377[2 MB]-9 回答者が吉田昌郎所長】【図省略】

甲377[2 MB]-12 回答者が吉田昌郎所長】【図省略】

【甲3 294頁】【図省略】

  ウ 退避の問題
3月14日から15日にかけて、福島第一原発から従業員が撤退するという情報に基づく混乱は、危機的状況において情報不足の深刻性とそれに基づく現場のみならず政府の混乱を示唆している。

国会事故調の報告によれば、3月15日未明の東電清水社長から「福島第一原発からの退避もありうる」という電話連絡を受けて、政府閣僚らは全員撤退を危惧した。ここで菅総理大臣は、吉田所長に電話連絡し状況を確認、清水社長を官邸に呼びつけるなどしたが、実際には、福島第一原発の現場において全員退避との指示はなされていなかった。すなわち、情報伝達の混乱が福島第一原発の従業員全員退避という事実に反する情報として伝わり、緊急時にさらなる混乱を招いたのである。

甲378[983 KB] 31回答者が吉田昌郎所長】【図省略】

【甲3-294】【図省略】

  エ 小括
福島第一原発事故が明らかにしたことの一つは、マニュアルのない危機的状況に陥った際に、事故現場、政府等で情報が錯綜し、指揮命令系統が不分明な混乱状況におちいる危険性があるということである。

また、同様の問題は、東電の現場、本店、政府の間の指揮命令系統のみならず、現場の中でも誰が作業を行うかで混乱が生じうる。3月14日夕方福島第一原発2号機のSR弁(主蒸気逃し安全弁)を開ける際にも、実際に作業を行なうのが運転員なのか、保守員なのかで現場が混乱した事情が読み取れる( 甲378[983 KB]-20,21)。これは、福島第一原発と同様の重大事故が発生した際の人的対応の限界を示すものである。

この点、事故後、規制要件としてベントの設備とマニュアルが求められていることは、前述のとおりである(甲373[292 KB]-22)。しかしながら、仮にベントの手順が整備されたとしても、ベント=放射性物質の放出の決断に関して、誰が意思決定を行なうかについては要件化されていない。

ベントと同様の問題は、水素爆轟防止対策であるイグナイタ(水素燃焼装置)実施の意思決定(甲374[5 MB])にも当てはまる。すなわち、イグナイタは格納容器内の水素濃度が高まった際にそれを燃焼させる装置であるが、密閉空間で水素を燃焼させるというリスクの高い措置を誰が判断するかについては要件化されていない。

福島第一原発事故の先例は、重大事故時に対策設備の施設とマニュアルの設置だけでは万全ではないことを示しているのである。

  (2) 国会事故調アンケート(甲379)

国会事故調査委員会では、福島第一原発事故の翌年である2012年(平成24年)4月27日~5月18日にかけ、事故当時に勤務していた東京電力及びその協力会社の従業員のうち約5500人にアンケート調査を行い、約44%にあたる2415人から回答を得ている。

  ア 従業員から見た問題
このアンケート結果から、前項で指摘した指揮命令系統の混乱や情報伝達の不備が、従業員の立場から浮かび上がってくる。

まず、3月11日時点で、避難せずに敷地内に残った協力会社の従業員に対して原子炉が危険な状態であるという説明はほとんどなされず、また、多くの従業員に対して避難指示がなかったという問題があった。さらに、事故収束業務にあたった従業員の多くは、事故発生時に作業に従事することを事前に説明されておらず、また同意なく従事せざるを得なかった従業員もおり、原子力災害に備えた従業員への説明にも問題があったのである。

アンケート回答には、「20キロ圏内に緊急的な避難指示が出ていることすらテレビで知った。」「勤務会社の所長、副所長、放射線管理責任者等会社責任者は、我先に各々の家族らと共に避難してしまい、免震重要等に残っている社員に対する避難指示・行動指示がなかった。自力で避難しようとしたが、会社の業務車は東電社員に勝手に使われてしまっていた」(甲379[3 MB]・原文198~199頁)。「地震で外に避難しようとしたが、人が多く、1Fの敷地に出ても2時間出れなかった。その間に津波があったが、何の告知もなかった」(甲379[3 MB]・原文201頁)、「事故時の現場対応が後手を踏んだ。免震棟には何もせず時間をもて遊ぶ人が多数いた」(甲379[3 MB]・原文205頁)、「非常時のマニュアルはあったが、全く役に立たなかった。なぜなら、社内イントラ上にデータとして存在し、停電でネットワークが停止していたから。ただ、紙の情報も、書類の散逸がひどく、探し出すのは難しかったと思われる」(甲379[3 MB]・原文・211頁)、「停電のため連絡手段もなく、携帯電話もつながらない」(甲379[3 MB]・原文211頁)という具体的な声が寄せられている。

  イ 従業員の放射線防護に対する安全対策の不備
さらに、このアンケート結果からは、従業員の放射線防護に対する安全対策の不備が露呈されている。具体的には、事故収束に関わった従業員の多くは放射線業務従事者であったが、線量計の数が不足し、複数人で1台の線量計を共有する事態が生じ、また、作業区域の放射線量に関する説明や、累積線量の管理に問題が生じていたのである。

アンケート回答には、「地震でDB(データベース)が使えなくなり、累積被爆線量は個人で管理することになったが、筆記用具もまともになく、メモしていた紙が途中でなくなった。線量管理・放射線防護装備が津波で流された」(甲379[3 MB]・原文198頁)、「APD(線量計)は、10時間で電源が切れ使用できなかった」(甲379[3 MB]・原文200頁)、「正門の車の誘導員には3月13日朝方にはじめて全面マスクとタイベック支給されたが、1セットしかないため、同じ物を脱ぎ着して使用せざるをえなかった」(甲379[3 MB]・原文200頁)、「水不足で手洗いもできない状態で非常食を食べるしかなく、内部被曝は明らかだった」(甲379[3 MB]・原文205頁)、「免震棟は地震には強いが、放射能には対応していなかった。出入り時に除洗もなされず、汚染された床で皆ザコ寝をしており、内部被曝が心配」(甲379[3 MB]・原文205頁)、「食料だけでなく、マスク、線量計、手袋、防護服についても管理保管すべき」(甲379[3 MB]・原文206頁)、「脱水症状の様な人、爆発の際にケガをした人など、現場では処置らしい処置もできない状態だったため、医師の確保が重要」(甲379[3 MB]・原文210頁)という具体的声が寄せられているのである。

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  (3) 事故後に判明した1号機への注水失敗

2017年9月に発刊されたNHKスペシャル『メルトダウン』取材班『福島第一原発1号機冷却「失敗の本質」』(甲380[8 MB])によれば、「吉田所長の英断」と評価されていた1号機への注水は、実は失敗であった。

  ア 1号機について原子炉内に核燃料が残っていない状況が明らかになってきたこと
福島第一原発事故の発生当初、東京電力は炉心溶融(メルトダウン)自体を認めておらず、事故から二か月以上経った2011年5月15日にはじめてメルトダウンの可能性を認めた。しかし、その段階でも、燃料は、原子炉圧力容器の中に大半がとどまっているとされていた。

ところが、2015年に行われた宇宙線「ミュー粒子」を用いた検査では、1号機の圧力容器内には核燃料がほとんど残存じていないことが示唆された。

  イ 2016年9月の日本原子力学会による国際廃炉研究開発機構による発表
さらに、2016年9月7日に日本原子力学会の大会で行われた報告では、1号機に対する注水の寄与がほぼゼロであることが報告された。

すなわち、東京電力は、2011年3月11日の東日本大震災のあと、3月12日に、1号機への注水を開始したが、12日たった3月23日になって制御室の電源が復旧した時点で、1号機の注水量が十分でないことに気付き、注水ルートを変更した。それまでは、1号機の原子炉冷却に寄与する注水はほぼゼロだった。

1号機への注水をめぐっては、3月12日午前7時台に、福島第一原子力発電所の所長であった吉田昌郎が、東京電力本店の注水の中止指示を無視する形で海水の注水作業を続行したことが英断であるとの評価もされているが、実は、吉田所長による決断の結果の注水がまったく奏功していなかったのである。

  ウ 注水量はほとんどゼロであったことが2017年の最新の分析で裏付けられたこと
さらに2017年2月、エネルギー総合工学研究所の専門家とNHKが最新の解析コードを用いて行った分析では、1号機への注水量は0.07~0.075リットル/秒という結果が出た。1号機への注水はほとんど意味がなかったことが改めて裏付けられた。

また、この分析では、仮にそれなりの量が注水されていても、1号機の場合は、核燃料の真上から水を注ぐ「コアスプレー」による注水が行われていたところ、3月12日の時点では、1000度を超える熱により、鋼鉄でできた機器が変形し、コアスプレーの配管が歪んで細くなったり、閉塞してしまった可能性もあることが判明した。
エ海水は復水器へ流れ込んでいた可能性があること

1号機への注水は消火系配管を通じて行われていたが、1号機については、消防車が注水した栓から原子炉に至るまでの「注水ライン」の間に10本の「抜け道」(バイパスフロー)があったことが2013年12月に判明している(下図参照)。この抜け道に、ほとんどの水が流れ込んでいたことになる。

甲380[8 MB]『福島第一原発1号機冷却「失敗の本質」』176~177頁> 【図省略】

一番多くの海水が送水された先は「復水器」と呼ばれる機器であり、この機器に海水が流れ込んだ原因は、下図の通り、低圧復水ポンプの電源が止まることで、本来、消防車から送水された水が進入することが想定されていないルートで、復水器に進入した、というものである。

甲380[8 MB]『福島第一原発1号機冷却「失敗の本質」』180頁> 【図省略】

2016年の日本原子力学会での発表や、2017年のエネルギー総合工学研究所・NHKの分析、はこの推論を裏付けるものになったと言える。

  オ 注水開始時点ではすでにメルトスルーしていた
さらに、上述のネルギー総合工学研究所の専門家とNHKが最新の解析コードを用いて行った分析では、注水が始まった2011年3月12日の段階では、すでに1号機の核燃料は全て溶け落ち、原子炉の中に核燃料はとどまっていなかった(メルトスルー)と推測された。すなわち、仮に3月12日の時点で1号機への注水が奏功していても、すでに核燃料を原子炉圧力容器内に止めることとの関係では、時機を逸していた可能性が高い。

  カ 1号機の大きな水素爆轟の原因が従前の理解と異なる可能性があること
また、このように、事故時の1号機の状況の解析がすすむにつれ、1号機が大きく爆発する原因となった水素の大量発生の原因が、従前から言われていた水-ジルコニウム反応により発生した水素よりも、「溶融炉心コンクリート」(MCCI)、すなわち、溶け落ちた核燃料が原子炉の底を突き破り、格納容器の床に達した後、核燃料の崩壊熱による高温が維持されることで床のコンクリートを解かし続ける事態が起きた際に発生した水素の方が多数(7割)を占めることも分かってきた。

早期にメルトスルーが発生したことで、「溶融炉心コンクリート相互作用」(MCCI)が激しく発生し、それが大きな水素爆発の原因となったのである。3月23日までの間の注水が奏功しなかったことで、「溶融炉心コンクリート」(MCCI)が促進されることとなった。

  キ 小括

この1号機への注水の失敗を例にとっても、現場では全く想定のできない隠れた要因により、注水自体が失敗し、仮に成功していても、メルトダウンやメルトスルーを防止することとの関係では、すでに手遅れであったことが分かる。さらにいえば、水素爆発の発生原因自体が、従前考えられていたものとは異なる可能性が強くなっており、注水の失敗が原因で大爆発を引き起こしたと考えられる。

このような緊急事態への対応について、実際に緊急事態を引き起こして訓練することは危険すぎてできない。工業製品では自動車の衝突安全性能の試験のように、実際に緊急事態を引き起こして試験をする例があるが、原発ではそのような試験ができないのである。
そして、そのような想定外の事象を事前に想定して事前に訓練することも不可能である。

そして、1号機への注水失敗の原因については、国会事故調査委員会も、政府事故調査委員会もほとんど着目していない。事故の検証の段階でも「想定外」だったのである。

結局、1号機への注水失敗に関する経過は、非常事態において人力に頼る作業自体に限界があり、いくらマニュアルを整備しても、想定外のことが次々に発生し、事態の拡大を防げなくなる、という原発事故に関する冷酷な事実を如実に示しているのである。

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◆原告第40準備書面
第1 福島第一原発事故を経てもなお繰り返される安全神話

2017年(平成29年)10月27日

原告第40準備書面
-過酷事故における人的対応の現実と限界-

目次


第1 福島第一原発事故を経てもなお繰り返される安全神話

  1.  福島第一原発事故は、それまでの原発への安全対策が、「万が一にも事故は起こらない」ことを前提とした「安全神話」にすぎなかったこと、具体的には国際標準である深層防護における第1~第3層までの対策しか考えられておらず、策4層(過酷事故対策)及び第5層(避難計画等の防災対策)の対策が極めて不十分であったことを明らかにした(原告第1準備書面・甲32)。
    しかるに、本訴訟においてもなお、被告関電は、「本件発電所においては、自然的立地条件に対する安全確保対策や事故防止に係る安全確保対策により、炉心の著しい損傷や周辺環境への放射性物質の異常な放出が生じる蓋然性はないのであるから、放射性物質の大量放出等が生じて原告らの人格権等が侵害されることは考えられないのであって、かかる事態が生じることを前提とする原子力災害対策の内容の当否は、本件訴訟においては主たる争点にはならない。」(被告関電第9準備書面[10 MB]・59頁)などと、相変わらず「安全神話」そのものの主張を繰り返しているのである。
  2.  このような被告関電の主張は、被告関電が想定する基準地震動以下の地震は絶対に発生しないこと、すなわち起こり得る地震の規模が予知できることが前提となっているが、この前提は一般常識にも科学的知見にも反している。
    例えば、2017年(平成29年)8月、内閣府の南海トラフ地震対策のために設置された南海トラフ沿いの大規模地震の予測可能性に関する調査部会の報告書には、「ここで検討したいずれの手法も、現時点においては、地震の発生時期や場所・規模を確度高く予測する科学的に確立した手法ではなく」「これら科学的知見の現状について、過度の期待や誤解がないよう、社会との間で共有することが不可欠である」(甲370[273 KB]・20頁以下「11.おわりに」)と明確に述べている。
  3.  本訴訟において原告らが問題にしているのは、原子炉施設の安全ではなく、広範な範囲に及ぶ周辺住民の安全である。そして、ひとたび過酷事故が起こってしまった場合、周辺住民の安全は、いかに適切に事故収束作業が行われるかにかかっている。問題は、原発事故においては、事故収束作業に関わる人々が、二重拘束(ダブルバインド)、すなわち待避しないと自分の命が危ないという現実的な危険と、待避してしまったら一般の人たちの命を危うくするという倫理的な危険の板挟みになる点である。過酷事故時において、「福島フィフティ」の言葉に象徴されるような「英雄的」行為を期待し、また、極限状態の中でなお、適切な判断や行動を期待することは、困難というべきである。
    下記、具体的に述べる。

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◆原告第40準備書面
-過酷事故における人的対応の現実と限界-
目次

2017年(平成29年)10月27日

原告第40準備書面
-過酷事故における人的対応の現実と限界-

原告第40準備書面[3 MB]

目次

第1 福島第一原発事故を経てもなお繰り返される安全神話

第2 過酷事故における人的対応の現実と限界
1 原子力情報コンサルタントである佐藤暁氏の指摘
2 福島第一原発事故における人的対応の現実と限界

第3 過酷事故対策を怠る関電に、原発を再稼働させてはならない

◆原告第39準備書面
第11 立地審査指針(甲369の271p~最後)

2017(平成29)年10月27日

原告第39準備書面
-原子力規制委員会の「考え方」が不合理なものであること-

目次

第11 立地審査指針(甲369の271p~最後)
1 立地審査指針の構成
2 福島第一原発事故を経験した今日における立地審査指針の重要性
3 具体的な適用場面における甘い事故想定
4 現在における立地審査指針の位置づけ
5 過酷事故対策や原子力防災の強化によって立地審査指針が不要となったとする考え方は,法や国際基準とも整合しない。
6 原子力規制委員会の「考え方」が本末転倒な不合理なものであること
7 小括


第11 立地審査指針(甲369の271p~最後)


 1 立地審査指針の構成

立地審査指針は,「基本的考え方」,「立地審査の指針」,「適用範囲」を示す「原子炉立地審査指針」及び「原子炉立地審査指針を適用する際に必要な暫定的判断のめやす」(以下「判断のめやす」という。)で構成される[149]

「基本的考え方」は,「原則的立地条件①,②,③」と「基本的目標a,b,c」で構成される(詳細は甲369の260p以下)。

そして,立地条件の適否を判断する際には,公衆に放射線障害を与えないなどの上記「基本的目標」を達成するため,少なくとも三条件が満たされていることを確認しなければならないとして,「立地審査の指針」が定められ,これに関し,原子炉から一定距離は非居住区域とすること等を内容とする「判断のめやす」が示されている(詳細は甲369の261p以下)。

[149] 「原子炉立地審査指針及びその適用に関する判断のめやすについて」


 2 福島第一原発事故を経験した今日における立地審査指針の重要性

立地審査指針は,原則的立地条件②において,原子炉施設の安全防護上の問題を立地の問題としてもとらえ,原子炉と公衆の離隔要件を検討すべきとしている。
また,原則的立地条件③において,原子力防災対策等について適切な措置を講ずることができないような敷地はそもそも立地不適であるとして,原子力防災の問題も立地における隔離要件の中で検討すべきとしている。

このような立地審査指針の基本的考え方は,福島第一原発事故を経験した今日においてもなお原子力発電を実施しようとするのであれば,原子炉の安全性を確保する上でいっそう重要な観点である。

福島第一原発事故の結果,ヨウ素換算でチェルノブイリ原発事故の約6分の1に相当するおよそ900PBqの放射性物質が放出され,これにより,福島県内の1800km2もの広大な土地が,年間5mSv以上の空間線量を発する可能性のある地域になった[150]。このように原発事故が原子炉施設の敷地範囲を超えて周辺住民に放射線障害を与え得るものであることが明らかとなった。

また,福島第一原発事故による避難区域指定は,福島県内の12市町村に及び,避難した人数は,警戒区域(福島第一原発から半径20km圏)で約7万8000人,計画的避難区域(20km以遠で年間積算線量が20mSvに達するおそれがある地域)で約1万10人,緊急時避難準備区域(半径20~30km圏で計画的避難区域及び屋内避難指示が解除された地域を除く地域)で約5万8510人,合計では約14万6520人に達した[151]。避難の過程では多くの混乱が生じ,医療施設の入院患者ら少なくとも60名が死亡した[152]。これらの極めて悲惨な事態は,上記立地審査指針の基本的考え方を適切に踏まえ,いかに最悪の事故が起きようと周辺住民に危険が及ばないよう,そのようなリスクが仮想的にでも考えられる場所にはそもそも原子炉を設置しないこととしていれば,確実に防ぐことができたはずのものである。

福島第一原発事故の教訓からすれば,少なくとも抽象的なレベルとしての立地審査指針の基本的考え方そのものは,今なお周辺住民への被害を防ぐために重要な観点である。

[150] 「国会事故調報告書」(WEB版)349~350頁

[151] 「国会事故調報告書」(WEB版)351頁

[152] 「国会事故調報告書」(WEB版)381頁


 3 具体的な適用場面における甘い事故想定

ただ,従来の立地審査指針は,具体的な適用場面において,重大事故や仮想事故について極めて甘い事故想定をしていたために,これまではほとんど有意義な機能を果たしていなかった。甘い基準で重大事故や仮想事故を想定していたために,非居住区域や低人口地帯であるべき範囲は原発敷地内にとどまるという不合理な結論になり,「考え方の要旨」4(甲369の259p)のように,既許可の施設には立地不適の原子炉は無いと判断されていた。

従来の立地審査指針において極めて甘い事故想定がなされていた理由に関して,元原子力安全委員会委員長の班目春樹氏は,次のように述べている[153]

□ 1964年に制定され89年に改訂された『原子炉立地審査指針及びその適用に関する判断の目安について』というものがあります。/通常「立地審査指針」と言われているものです。原発を新設する時,その場所に建設していいか,適地なのかを判断する基準です。その中身は,単純化していうと,原発を立地するには,災害が起きそうもない場所を選び,仮に大きな事故が起きたとしても,放射性物質の漏出で影響が及ぶ範囲には大勢の人が住んでいないこと,というものです。/

私は事故前から「これはおかしい」と思っていました。本当に安全性の確保につながる指針かと疑っていたので,「原安委として,抜本的に見直すべきだ」とあちこちで発言していました。

電力会社は,原発新設の前に設置許可申請書を提出しますが,その中に,「立地審査指針が満たされている」と必ず記されている。さらに,「最悪の場合に起きるかもしれない事故(重大事故)で放射性物質が飛散する範囲には人は住んでおらず(非居住区域),重大事故を超えるような,起きるとは考えられないような事故(仮想事故)でも,放射性物質が飛散する範囲には,殆ど人は住んでいない(低人口地帯)」とも書いてあります。これはつまり,「どんな事故があっても,影響は敷地外に及ばない」という申請書なのです。/どうして,最悪の重大事故でも影響は敷地内にとどまるのかというと,影響が敷地内にとどまるよう逆に考え事故を設定しているからです。要は「本末転倒」ということです。しかし,実際,福島原発事故では,敷地を超えて放射性物質が飛散しました。立地審査指針を満たしていれば,こんなことは起きないはずでした。/」□

また,班目氏は,国会事故調の第4回委員会でも,「甘々な評価をして」等と発言している[154]甲369[4 MB]の264p以下)。

すなわち,従来の立地審査指針は,抽象的理念としては重要な観点を提示していたものの,その具体的な適用場面において,影響は敷地内にとどまるという結果になるように逆算されていたと規制機関のトップの専門家でさえ考えてしまうほど,不合理な事故想定がされており,その結果として,原子力規制において有意な役割を果たすことができていなかったのである。

このように旧規制機関が原則的立地条件①の審査を懈怠していたのであるから,原子力規制委員会にはこの点の真摯な見直しが求められているのであり,その際には最新の科学的技術的知見が用いられるべきであって,それが原子炉の位置についてもバックチェックを要求している改正原子炉等規制法の趣旨というべきである。

しかし後述のとおり,現在原子力規制委員会が行っている適合性審査では,改正法の趣旨を十分に踏まえたものとは到底言えない。

[153] 岡本孝司「証言班目春樹原子力安全委員会は何を間違えたのか?」 143~144頁

[154] 「国会事故調会議録」76~77頁

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 4 現在における立地審査指針の位置づけ

「考え方」は,「原則的立地条件①」は損傷防止策の評価の中でも考慮されていると指摘しているが,施設そのものの損傷防止策と立地審査指針は,役割の異なる次元の違う話であり,代替できるものではない。

すなわち,立地審査指針の「原則的立地条件」は,原子炉が「事故を起こさないように設計,建設,運転及び保守を行わなければならないことは当然のこと」と前置きしたうえで,「なお万一の事故に備え,公衆の安全を確保するために」設けられている条件である(立地審査指針1.1柱書参照)。

つまり,「原則的立地条件」は,原子炉に万全の損傷防止策等が施されていることを前提にして,なお立地の観点から周辺住民の安全を図るべきとする考え方である。立地の問題を損傷防止策に置き換えるという考え方は,上記のような「原則的立地条件」の基本的な理念に整合しない。

立地の問題を損傷防止策に置き換えるという考え方は,いかなる自然現象等が起きたとしても原子炉の損傷防止策は必ず存するという虚構を前提としており,これは一種の逆算である。

原則的立地指針②,③についても同様である(甲369[4 MB]の269p以下)。

原子力防災対策としての立地審査は,避難計画等の他の原子力防災対策にはない固有の意義があり,他の原子力防災対策があることによって直ちにその役割がなくなることにはならない。


 5 過酷事故対策や原子力防災の強化によって立地審査指針が不要となったとする考え方は,法や国際基準とも整合しない。

(1) 法律違反

改正前の原子炉等規制法24条1項4号は,原子炉の「位置」が「災害の防止上支障がないものであること」を求めており,その具体的基準となっていたのが立地審査指針であった。そして,その立地審査指針は,「原則的立地条件」の中で,原子炉と周辺住民の「離隔」を明確に求めていた。

その後,福島第一原発事故の教訓を踏まえ平成24年に原子炉等規制法が改正された際も,原子炉が災害の防止上支障がないものであるかどうかの適合性審査の考慮要素の中の「位置」の文言は削除されなかった(同法第43条の3の6・1項4号)。

福島第一原発事故で我々は,原子炉そのものの事故対策が功を奏さず,放射性物質が原子炉敷地を超えて広範囲に飛散する現実を目の当たりにした。その上で,改正原子炉等規制法は,従前離隔要件として解されていた「位置」の文言を削除しなかったのであるから,改正原子炉等規制法は,従前通り原子炉と周辺住民の離隔を考慮すべきことを求めていると考えるのが自然である。福島第一原発事故の教訓を踏まえるのであれば,国民の生命・身体の安全確保を図るという理念の下,従来の恣意的な事故想定を正して少なくとも福島第一原発事故の現実を踏まえた想定によって立地を審査する規則を策定することを原子力規制委員会に義務付けているというのが素直な法解釈である。

(2) 確立された国際基準違背

IAEA安全基準では,「個別安全要件」として,「原子力発電所の安全」とは別個に,「原子炉等施設の立地評価」が求められており,「安全要件」(SafetyRequirements)として,「原子炉等施設の立地評価」(Site Evaluation for NuclearInstallations)(NS-R-3(Rev.1))[155]が策定されている。その2.26以下では「人口と緊急時計画の考慮についての基準」(CRITERIA DERIVED FROMCONSIDERATIONS OF POPULATIONAND EMERGENCY)が規定され,立地の際には人口分布や複合災害時を含む緊急時対応計画の実現可能性が考慮されるべきことが規定されている。

すなわち,放射性被害からの安全の確保は,施設そのものの防護のみで図られるのではなく,その前段階としての「立地評価」においても図られるべきものであるという視点を提示している。アメリカ原子力規制委員会も同様である(甲369の271p)。

改正原子力基本法2条は安全確保の上で確立した国際的な基準を踏まえるべきことを規定しているところ,前記の国際基準から考えれば,立地審査は現在の原子力規制においても必要とされているものであり,立地審査を廃止することを肯定する法的根拠は見受けられない。

[155] 「原子炉等施設の立地評価」(Site Evaluation for Nuclear Installations)(NS-R-3(Rev.1))

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 6 原子力規制委員会の「考え方」が本末転倒な不合理なものであること

「考え方」では,従来の立地審査指針が原子力防災に役立つものではなかったということを指摘するが(甲369の274p),それはそもそも「甘々な」(班目氏発言)誤った事故想定をしていたことが原因なのであって,原子力防災のことを考慮した立地審査を行おうとする立地審査指針自体が不合理であるはずがない。

福島第一原発事故の教訓を踏まえれば,本来の立地審査指針が求めるような,技術的見地からは起こるとは考えられない事故(=仮想事故)を真摯に想定し,真に実効性のある緊急時計画を策定しておくことは極めて重要である。

そして,とりわけ周辺住民の避難については,実現性の疑わしい机上の避難計画などではなく,真に実効性のある万全の措置が講じられるべきであり,立地審査を前提として初めて効果的な対策ができるというべきである。

例えば,高齢者や障がい者等の避難が容易でない者の施設が多数立地する地域には,原子炉施設をそもそも設置しないとすれば,避難することそれ自体が心身に多大な悪影響となる避難困難者をより確実に保護することができる。

現在の原子力災害対策指針は実現可能とはとても言えない段階的避難計画を各自治体に立てさせているが,立地審査指針にあるように,避難を必要とする範囲内の住民を少人数とすれば,実現困難な計画を立てさせずに済む。周辺にあまりに多くの人口が分布する原発,多数の住民が居住する離島の周辺にある原発や,半島の付け根にある原発等は,住民の避難の困難性に鑑みて,立地を根本的に見直すべきことになる。

立地審査指針は原子力防災に一定の効果があることは「考え方」も認めるところであり,しかも「位置」の考慮は法律上の要請である。そうであれば,福島第一原発事故の教訓を踏まえた立地審査の基準が策定されていない以上,審査は不合理というべきであり,人格権侵害の現実的危険性を生じさせるものである。

なお,「考え方」は,国際放射線防護委員会(ICRP)の2007年勧告を引用して,立地審査指針が考慮した集団線量が社会的影響の考慮としては不適切であり,福島原発事故を踏まえ半減期の長い放射性物質の総放出量という観点からの規制が合理的だと主張している(甲369[4 MB]の279p)。

この点,立地審査指針における社会的影響を集団線量で考えることが不合理であるかどうかは判然としないが,上記を前提としても,立地審査指針において社会的影響を考慮した離隔要件を設けること自体が不合理であるという考え方には結びつかず,この点からも「考え方」は非論理的である。


 7 小括

福島原発事故の教訓に照らし,立地審査基準(現在でも廃止されたわけではない)によって「非居住区域」とすべき本件原発の周辺地域には,現実には多数の人々が居住している。さらに,「低人口区域」とすべき地域には,多くの大都市が含まれ,夥しい数の人々が居住している。よって,立地審査基準の一点をとってみても,本件原発の設置(変更)に許可を出すのは違法であり,このことは民事訴訟上も,原告らに人格権侵害の具体的危険があることを意味する。

 

以上

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◆原告第39準備書面
第10 火山(甲369の221~258p)

2017(平成29)年10月27日

原告第39準備書面
-原子力規制委員会の「考え方」が不合理なものであること-

目次

第10 火山(甲369の221~258p)
1 立地審査指針の基本的不合理性
2 火山影響評価ガイドにおける評価方法
3 立地評価の方法
4 将来の活動可能性評価に関する国際基準違反
5 川内即時抗告審決定によっても立地評価に係るガイドの合理性は否定されていること
6 大規模噴火の予測に関する火山学者の発言等
7 降下火砕物による影響
8 非常用ディーゼル発電機への影響


第10 火山(甲369の221~258p)


 1 立地審査指針の基本的不合理性

(1) 火山国・日本

世界には約1500の活火山があるといわれており,そのほとんどが環太平洋帯に分布している。北米プレート,ユーラシアプレート,フィリピン海プレート及び太平洋プレートの境界に位置する日本には,世界の活火山の約1割があり,日本は世界有数の地震国であるだけでなく,世界有数の火山国でもある。

【内閣府防災情報のページ】[135] 【図省略】

近年の日本ではなぜか火山活動が低調であるが,噴火の間隔が長いため,たまたま起こらない時期に当たっているだけだと考えられる。近い将来において,VEI4や5級の噴火が続けて起こっても何ら不思議ではない[136]

この火山活動がたまたま静穏だった間に,日本列島には50基を超える原発が次々と建設されてきたが,それらの原発において火山活動に対する安全性は,まったくと言っていい程考えられてこなかった。すなわち,従前の規制当局は,火山活動を考慮した安全対策を事業者に対してほとんど求めて来なかったということである。日本は津波大国であり,原発は津波に対して脆弱であることを認識しながら,津波対策をほとんど求めてこなかった,福島原発事故前の状況と類似している。

政府事故調により日本では火山が「重要なリスク要因」であることを指摘された[137]こともあり,原子力規制委員会は,日本の原子力規制機関として初めて火山についての具体的審査基準(「火山影響評価ガイド」)を作成するに至った。

しかし,審査基準についても,適合性審査についても,火山学・火山防災上の数多くの欠陥や疑問点がある上,火山専門家がほとんど不在の場で議論が進められ,危うい結論が出され始めている[138]。この状況が放置されれば,日本における次の原子炉事故は,火山活動に起因するものとなる可能性が否定できないが,原子力規制委員会にはその危機感がまったく足りていない。

[135] http://www.bousai.go.jp/kazan/taisaku/k101.htm

[136] 中田節也「大噴火の溶岩流・火砕流はどれほど広がるか」(「科学」2014年1月号)48頁

[137] 「政府事故調最終報告書」412,435頁

[138] 小山真人「原子力発電所の「新規制基準」とその適当性審査における火山影響評価の問題点」(「科学」2015年2月号)182頁

(2) 考慮すべき事象を考慮しないことは法の委任に反すること

「考え方の要旨」1(甲369の222p)にもあるように,設置許可基準規則6条1項は,「想定される自然現象」について,「地震及び津波を除く」としているため,例えば,降下火砕物と地震荷重との組み合わせによる安全施設や安全上重要な施設への影響が適合性審査の対象とならない仕組みになっている。

したがって,設置許可基準規則は,火山と地震,あるいは火山と津波の重畳的な組み合わせによる安全施設や安全上重要な施設への影響を審査の対象としておらず,「災害の防止上支障がないものとして」定めなければならないとされている原子力規制委員会規則として不十分であり,法による委任の趣旨を逸脱するといわざるを得ない。

(3) 不合理にも,火山影響評価ガイドに専門家の知見が反映されていないこと

火山影響評価ガイドは,科学的,専門的知見を集約して策定されたものではない。原子力規制委員会の「発電用軽水型原子炉の新規制基準に関する検討チーム」に参加した火山の専門家は,東京大学地震研究所教授の中田節也氏(気象庁火山噴火予知連絡会副会長[139])だけであり,しかも中田氏は第20回会合の冒頭に講演をしそれに続く質問に答えただけである。現に科学雑誌のインタビュー[140]で,中田氏は,「ガイドは先生のアドバイスによってつくられたんですか?」という問いかけに対し,「ちがいます。」と明確に否定し,さらに,「立地評価のところであいまいにしたのが,いちばん痛恨のところです。そこのところを決める際に専門家は誰も関わっていません。」と述べている。

火山影響評価ガイドには火山の科学的,専門的知見の反映が明らかに不十分であって,不合理というほかないものである。

[139] 火山噴火予知連絡会に係る肩書きは平成28年4月1日付けの名簿による。
http://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/STOCK/kaisetsu/CCPVE/meibo_20160401.pdf 【リンク切れ】

[140] 「中田節也氏に聞く:川内原発差止仮処分決定をめぐって」(「科学」2015年6月号)568頁

(4) 火山専門家による批判

火山影響評価ガイドについては,以下のとおり中田節也氏のほかにも,火山噴火予測や防災に関わる代表的な専門家の多くが,厳しく批判している(詳細は甲369[4 MB]の226p以下)。

(5) 日本火山学会の提言に対する規制委員会の無視と曲解

火山影響評価ガイドの内容に多くの火山の専門家は問題意識を持ち,日本火山学会は,2013年9月に臨時に原子力問題対応委員会(石原和弘委員長)を立ち上げた。同委員会は,2014年11月3日の日本火山学会総会でその検討結果を「巨大噴火の予測と監視に関する提言」として報告し,公表した。

ここでは,「噴火警報を有効に機能させるためには,噴火予測の可能性,限界,曖昧さの理解が不可欠である。火山影響評価ガイド等の規格・基準類においては,このような噴火予測の特性を十分に考慮し,慎重に検討すべきである」と記されている。石原和弘委員長は,記者会見において,これは火山影響評価ガイドの見直しを要請するものであると説明している。

しかし,原子力規制委員会は,これを石原氏個人の見解と曲解し,未だに火山影響評価ガイドの見直しに着手していない。


 2 火山影響評価ガイドにおける評価方法

随所で述べてきたように,原規委設置法は,「確立された国際的な基準を踏まえて原子力利用における安全の確保を図るため必要な施策を策定」することを定めており(同法1条),火山に関する規則及びガイド類は,「確立された国際的な基準」というべきIAEAの火山ハザードに対する安全ガイドであるSSG‐21を踏まえたものとなっていなければならない。

SSG‐21は,図表1のとおり火山ハザードについて,4つのステージに分けて評価を行うこととしている。

図表1 SSG‐21 16頁 図1 火山ハザード評価への方法論的アプローチ 【図省略】

このうち,「考え方」が「整合している」とするのは,まず,第2ステージの上から2つ目の黄色い四角,「完新世において火山活動があるか」(Is thereHolocene volcanic activity?)という点である。しかし,将来の活動可能性評価において重要なのは,むしろ第2ステージの上から3つ目の黄色い四角,完新世に活動していない火山について,将来の活動可能性が否定できるか否か,という点であり,これについては,後述するように,火山影響評価ガイドはSSG‐21と整合していない。

また,重要な点として,どのような基準で立地評価や影響評価を行うか,選定された火山事象について,どのようにその影響を評価するかという点があるが,これらの点についても,火山影響評価ガイドはSSG‐21に整合していない。

以下,具体的に述べる。

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 3 立地評価の方法

(1) 個々の火山に限定するのは狭すぎること

「考え方の要旨」1(甲369の233p)によれば,立地評価における火山の抽出は,個々の火山であって,火山弧の抽出ではないとされるが,個々の火山だけに評価方法を限定してしまうのは狭きに失する。

「考え方」が述べるとおり同一のマグマ供給系の火山活動期間は,数十万年から100万年程度である。これは,SSG‐21で考慮されている1000万年という期間からすれば10分の1以下の短さである。すなわち,1000万年に1回以下という低頻度の火山事象まで考慮するならば,単にこれまで活動したことのある火山が繰り返し活動することを考えるだけでは足りず,少なくとも同一の火山弧内の火山フロント[141]より大陸側で,より敷地に近い位置に新しい火山が誕生し活動することまで考慮する必要がある。

また,火山には単成火山と複成火山という分類がある。複成火山が同じ火口から何度も噴火を繰り返して,大きな火山体を成長させるタイプの火山であるのに対し,単成火山は,いったん噴火して火山を生じた後,二度と同じ火口から噴火しないという性質を持つタイプの火山をいう。しかし,単成火山は,例えば東伊豆単成火山群でみられるように,ある狭い地域に群れをなして存在することが多く,単成火山群に属するひとつひとつの火山は1度噴火した後に活動しなくなるが,単成火山群全体として見た場合には,次々と別の場所で噴火をおこし,新しい単成火山をつくることを繰り返す。

【伊豆半島ジオパークホームページ 4.生きている伊豆の大地[142]】 【図省略】

このような場合には,単成火山一つだけを取り上げて,将来の活動可能性がないといえるかどうかを評価しても意味がなく,単成火山群全体として将来の活動可能性を評価しなければ,「災害の防止上支障がない」という法の委任の趣旨に反することとなる。

また,SSG‐21も,2.7において,「地理的領域内における火山活動は,個々の火山に関連する活動よりも長い時間スケールで持続しうる。多くの火山弧が10Ma以上にわたる火山活動を繰り返しているが,火山弧内の個々の火山自体は1Ma程度しか活動を維持できない」として,火山弧も影響評価に含めることを当然の前提としている。

[141] 火山は海溝にほぼ平行に分布することとなるが,この火山分布の海溝側の境界を画する線を火山フロントという。気象庁ホームページ参照

[142] http://izugeopark.org/theme/subtheme4/

(2) 確立した国際基準に「明確な理由を示していない」と虚偽の論難

同「考え方の要旨」2によれば,SSG‐21が1000万年前から現在までに活動があった火山を抽出するとしているところ,その明確な理由を示していない,とされている。
しかしながら,これは明白な誤りである。SSG‐21は,2.7において,「多くの火山弧が10Ma以上にわたる火山活動を繰り返しているが,火山弧内の個々の火山自体は1Ma程度しか活動を維持できない。このように分散した活動は,数百万年間も継続する可能性があるため,過去10Maの間に火山活動があった地域は,将来の活動可能性を考慮すべきである」として,1000万年前を基準とする根拠を述べている。

一方,「考え方」は,SSG‐21と同様の1000万年という基準を採用しない根拠として,個々の火山の活動において,同一のマグマ供給系の火山活動期間は,数十万年から100万年程度と考えられていることを挙げ,それがあたかも日本の地域的特性であるかのように述べるが,SSG‐21も,個々の火山自体は100万年程度しか活動しないことを述べている。結局,「考え方」が1000万年という基準を採用しないのは,確立した国際基準に不合理に反しているものである。


 4 将来の活動可能性評価に関する国際基準違反

(1) 確率論的評価手法を採用していない点で不整合であること

「考え方の要旨」2及び3の部分(甲369[4 MB]の249p),すなわち,完新世に活動していない火山の将来の活動可能性をどのような手法で評価するかという部分はSSG‐21とは全く整合していない。上記「考え方の要旨」2及び3は,階段ダイヤグラム等を用いて「火山活動が終息する傾向が顕著」であり,かつ,「最後の活動終了から現在までの期間が,過去の最大休止期間より長い等」といった事情を「総合的に考慮」する,というものであるが,要するに,決定論的に将来の活動可能性を評価するという手法である。

これに対し,SSG‐21は,5.11において,「このステップでは,将来の火山事象の可能性に対する確率論的評価が用いられる」と述べており,決定論的手法については,あくまでも確率論的評価を基礎として,場合によって決定論的手法が使用できる場合があり得ると述べているのである。「考え方」はSSG‐21と比較してあまりにも安全を軽視しているというほかない。

(2) 十分な証拠がない限り将来の活動可能性を否定してはならないという原則

また,SSG‐21において,決定論的手法は,5.15にあるように,「(将来の活動可能性を否定できるという)結論を担保する十分な証拠がある場合には,それ以上の検討は不要」であるが,逆に,「十分な証拠がない」場合には,将来の活動可能性を否定できないとしてステージ3へ進む,とされている。

これに対し,「考え方」は,「総合的に考慮する」とするのみで,SSG‐21が採用する「十分な証拠がない限り,決定論的手法で将来の活動可能性を否定してはならない」という原則を採用していない。この点でも,明らかに「考え方」はSSG‐21と整合していない。

(3) 疑わしきは安全のために

SSG‐21は,5.9において,完新世に活動があったかどうかの判断に関して,専門家の意見が異なったり,顕著な不確実性が見受けられる場合について,「安全性の観点」から,完新世に活動があったものとすべきとしている。

これは「疑わしきは安全のために」という基本理念を明示したものといえるが,「考え方」にはそのような記載はない。「考え方」の最も根本的な問題点は,このような基本理念を採用していない点であり,基本理念を採用していない以上,「整合する」などと評価できるはずがない。

(4) 最大休止期間によって安易に将来の活動可能性を否定してはならないこと

上記「考え方の要旨」2記載のとおり原子力規制委員会は,特定の火山について,「火山活動が終息する傾向が顕著で,最後の活動終了から現在までの期間が,過去の最大休止期間より長い等過去の火山活動の調査結果を総合的に考慮し」て将来の活動可能性を判断するとしている。

しかし,この評価方法は,SSG‐21と比較してあまりにも非保守的なものというほかない。SSG‐21は,5.10において,過去200万年の間に噴火記録が残っていれば,原則として将来の活動可能性があると考えるべきことを指摘している。分散した火山域や,活動的でないカルデラの場合には,さらに古く,500万年の間に活動していれば,将来の活動可能性が残っているとする。もう一つ,5.14において重要なのは,前期更新世よりも古い時期の時間と量の関係から,明らかな減衰傾向と明白な休止が明らかになる場合があるとしている点である。ここでいう,前期更新世とは,一般に,約258万年前から約78万年前の時期をいうが,SSG‐21は,あくまでもそれくらいのスケールで減衰傾向や休止が認められない限り,活動可能性を否定してはならないと述べているのである。

一方,火山影響評価ガイドには何一つそのような限定はなく,例えば,13万年前と8万年前に活動した火山であれば,最後の活動終了から現在までの期間である8万年が,最大活動休止期間である5万年よりも長いことから,将来の活動可能性が否定されるという運用が現にされている。そればかりか,1度の活動しか確認されていない火山について,安易に将来の活動可能性を否定するような運用がされている。このような審査のあり方は,確立された国際基準であるSSG‐21に反する。

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 5 川内即時抗告審決定によっても立地評価に係るガイドの合理性は否定されていること

(1) 火山影響評価ガイド及び「考え方」における立地評価,とりわけ個別評価と事後的な監視に関する部分は,個々の火山について,将来の活動可能性が十分に小さいといえるかどうかを的確に予測できることを前提としている。

しかし,現在の火山学の水準では,原発の運用期間中に検討対象火山が噴火する可能性やその時期・規模を的確に予測することは困難であり,火山影響評価ガイド及び「考え方」は不合理である。

(2) この点に関して,川内原発仮処分申立却下決定に対する即時抗告事件において,福岡高裁宮崎支部2016年4月6日決定(以下「川内即時抗告審決定」という。)は以下のように判示している[143]

「立地評価に関する火山影響評価ガイドの定めは,原子力発電所にとって設計対応不可能な火山事象が当該原子力発電所の運用期間中に到達する可能性の大小をもって立地の適不適の判断基準とするものであり,しかも,上記の可能性が十分小さいとして立地不適とされない場合であっても,噴火可能性につながるモニタリング結果が観測された(火山活動の兆候を把握した)ときには,原子炉の停止,適切な核燃料の搬出等の実施を含む対処を行うものとしていることからすると,地球物理学的及び地球化学的調査等によって検討対象火山の噴火時期及び規模が相当前の時点で的確に予測できることを前提とするものであるということができる」

「最新の知見によっても噴火の時期及び規模についての的確な予測は困難な状況にあり,VEI6以上の巨大噴火についてみても,中・長期的な噴火予測の手法は確立しておらず,何らかの前駆現象が発生する可能性が高いことまでは承認されているものの,どのような前駆現象がどのくらい前に発生するのかについては明らかではなく,何らかの異常現象が検知されたとしても,それがいつ,どの程度の規模の噴火に至るのか,それとも定常状態からのゆらぎに過ぎないのかを的確に判断するに足りる理論や技術的手法を持ち合わせていないというのが,火山学に関する少なくとも現時点における科学技術水準であると認められる」

「そうであるとすれば,現在の科学技術的知見をもってしても,原子力発電所の運用期間中に検討対象火山が噴火する可能性やその時期及び規模を的確に予測することは困難であるといわざるを得ないから,立地評価に関する火山影響評価ガイドの定めは,少なくとも地球物理学的及び地球化学的調査等によって検討対象火山の噴火の時期及び規模が相当前の時点で的確に予測できることを前提としている点において,その内容が不合理であるといわざるを得ない」(同決定217~218頁)

[143] 伊方原発3号機に係る2017年3月30日広島地裁決定も同旨

(3) このように,火山影響評価ガイドにおける立地評価,とりわけ対象検討火山の個別評価と事後的な監視に関する部分は,裁判所によって明確に不合理であるとされている点であり,「考え方」もまた不合理なものというほかない。

(4) なお,この点についての田中委員長の発言も,迷走しているというほかない。

田中委員長は,2014年11月5日の定例記者会見において,巨大噴火については予測ができないという前提で火山影響評価ガイドを見直すべき旨の前記火山学会の提言につき,「石原さんが勝手に言っただけでしょう」と述べ、姶良カルデラからの火山灰層厚の過小評価を記者から指摘されると,「とんでもないことが起こるかも知れないということを平気で言わないで,それこそ火山学会を挙げて必死になって夜も寝ないで観測をして,我が国のための国民のために頑張ってもらわないと困るんだよ」と予測が困難であることを認め,また,予測ができない現状にあるのは火山学者の怠慢であるかのような発言をしている。

さらに,記者からの「3ヶ月前では原子炉はどうしようもならないでしょう。使用済み核燃料が」という追及に対し,「3ヶ月前ということが分かれば,3ヶ月前にすぐ止めて,その準備をして,容器に少しずつ入れて遠くに運べばできますよ,それは」「(3ヶ月で全部)できると思いますよ」と明らかに誤った回答をしている[144]

[144] 2014年11月5日原子力規制委員会記者会見録2~4頁。
なお,3か月で核燃料をすべて搬出できるという発言については,即日撤回されている。
https://www.nsr.go.jp/data/000068841.pdf

(5) 過去に設計対応不可能な火山事象が到達している場合について

川内即時抗告審決定は,前記1に続けて,過去に設計対応不可能な火山事象が到達している場合の立地評価の考え方について,次のように判示している。

「立地評価は,そもそも設計対応不可能な事象の到達,すなわち,いかなる設計対応によっても発電用原子炉施設の安全性を確保することが不可能な事態の発生を基準とするものであって,その評価を誤った場合には,いかに多重防護の観点からの重大事故等対策を尽くしたとしても,その危険が現実化した場合に重大事故等を避けることはできず,しかも,火山事象の場合,その規模及び態様等からして,これによってもたらされる重大事故等の規模及びこれによる被害の大きさは著しく重大かつ深刻なものとなることが容易に推認される。このような観点からしても,立地評価に関する火山影響評価ガイドの定めは,発電用原子炉施設の安全性を確保するための基準として,その内容が不合理であるというべきである。そして,発電用原子炉施設の安全性確保のために立地評価を行う趣旨からすれば,火山噴火の時期及び規模を的確に予測することが困難であるという現在の科学技術水準の下においては,少なくとも過去の最大規模の噴火により設計対応不可能な火山事象が原子力発電所に到達したと考えられる火山が当該発電用原子炉施設の地理的領域に存在する場合には,原則として立地不適とすべきであると考えられる」(同決定218~219頁)

万が一にも設計対応不可能な火山事象が原発施設に到達した場合の被害の深刻さを前提として,最新の火山学によってもそのような規模の噴火を的確に予測することが困難であることからすれば,立地評価としては,この決定がいうように,過去に設計対応不可能な火山事象が到達していれば,立地不適と解するべきであり,そのように解さない「考え方」は不合理である。


 6 大規模噴火の予測に関する火山学者の発言等

これまでも度々触れてきたとおり特に,大規模噴火の予測に係る火山影響評価ガイドの規定や適合性審査の在り方については,多くの火山学者からの批判がなされている。甲369[4 MB]の247p以下で挙げたのは,そのうち代表的なものである。

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 7 降下火砕物による影響

(1) 降下火砕物の影響評価を考える前提として,まず,降下火砕物により,一般的にどのような影響が生じるかを確認しておく。

道路への影響に関しては,甲369[4 MB]の265p図表1のとおり,降雨時にはわずか5mmの降灰で,降雨時ではなくても5cmの降灰で道路は通行不能となると想定されている[145]

また,わずか6mmの降灰によって自動車のエンジンが故障した例も報告されており,15cmもの降灰があれば,可搬型の発電機等をはじめ,吸気系設備をもった機関は軒並み機能喪失する可能性が高く,道路も通行不能となる。

歩行については,例えば1929年の阿蘇の噴火について「人畜の歩行困難を極め山麓の色見村の如きは全然歩行も外出もできず」,1991年の雲仙の噴火について「南千本木,本光寺町などでは,大量の降灰があり,一時は1m先も見えないほどだった」,1978年の有珠の噴火について「水を含んだ灰はヘドロのように重みを増して思うように流れず,こびりついてしまうため,時にはスコップで削り取らなければならないほど」等の報告もあり[146],降灰時に十分な作業が行えるかどうか,安全側に立った保守的な判断がなされなければならない。

[145] 気象庁『降灰の影響及び対策』

[146] 須藤茂『降下火山灰災害‐新聞報道資料から得られる情報』地質ニュース604号(2004年12月)44~45頁

(2) 次に,電力への影響に関しては,同266p図表2のとおり,降雨時に1cm以上の降灰がある範囲では停電が起こり,その被害率は18%とされている。また,湿った火山灰が柱状トランスなどに付着すると地絡[147]を生じるのであり(1mmの降灰の場合),このような現象が複数の箇所で同時多発的に起こることにより,容易に外部電源の喪失に至り得る。

[147] 一般には,電気を大地に逃がすためにつなぐアースのことをいい,火山灰が高圧電線に設置されている絶縁体に付着することにより,電気が流れて大地に逃げてしまい,送電が行えなくなる現象を指す。

(3) 決定論的手法におけるパラメータの不確実性について

「考え方の要旨」1(甲369[4 MB]の264p)によれば,地理的領域外の火山に由来する降下火砕物の堆積量の設定は,原発又はその周辺で確認された降下火砕物の最大堆積量を基に評価するとされている。

しかしながら,これはSSG‐21の基準に反するというほかない。「考え方」も認めるとおり,降下火砕物は最も広範囲に影響の及ぶ火山事象であり,前記のとおり,ごくわずかな堆積でも,原発の通常運転を妨げる可能性がある。

だからこそ,降下火砕物については地理的領域外の火山も評価の対象に含めているのであり,地理的領域外の火山と地理的領域内の火山とで,評価方法を別異に扱う合理性はない。SSG‐21も,地理的領域内と地理的領域外の火山による影響評価について書き分けていない。また,SSG‐21は,降下火砕物の影響評価についても,決定論的手法のほか,確率論的手法を用いることを求めている(SSG‐21・6.3)。このようにSSG‐21は,決定論的手法においても,個々のパラメータの不確実性を考慮することを求めており,確率論的手法も求めている。にもかかわらず,「考え方」は,原発又はその周辺で確認された降下火砕物の最大堆積量だけを考慮すれば足りるかのような基準となっており,確立された国際的な基準を踏まえたとは到底言えない未熟なものになっている。


 8 非常用ディーゼル発電機への影響

(1) 降下火砕物の影響評価において極めて重要な問題の一つに,火山影響評価ガイド6.1.(a)③換気空調系統のフィルタの目詰まり及び非常用ディーゼル発電機の損傷等による系統・機器の機能を喪失しないこと,並びに,中央制御室における居住環境を維持すること,という問題がある。特に,非常用ディーゼル発電機は,火山現象によって外部電源が失われた際に,原子炉を冷やすための命綱であって,これが機能喪失した場合には,全電源を喪失して炉心溶融に至る可能性も生じ得る。

(2) 従来,多くの原発においては,非常用ディーゼル発電機等の吸気フィルタが目詰まりを起こすか否かを確認するために想定する大気中火山灰濃度について,アイスランド共和国で2010年に発生したエイヤフィヤトラ・ヨークトル氷河の噴火の際のデータである3,241μg/m3(約3mg/m3)が用いられてきた。しかし,3,241μg/m3という値は,最初の大規模噴火があった4月14日から2か月以上,最後の噴火からも3週間以上経過した,7月2日に観測された再飛散値であったことが分かっている[148]。さらに,これはPM10(粒径が10μm以下の浮遊粒子)を測定するための機械で測定されたものであることも文献から明らかになっており,火山灰全体の濃度を把握したものでは全くない。

結局,原子力規制委員会は,2016年10月26日の発表で,この数値が過小評価であったことを認めている。このように原規委の火山についての適合性審査が,全く安全を確保できる内容になっていないことが明らかになっている。

[148] Iceland Status Reports 2 July 2010, Eyjafjallajokull volcanic eruption

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◆原告第39準備書面
第9 津波(甲369の210~219p)

2017(平成29)年10月27日

原告第39準備書面
-原子力規制委員会の「考え方」が不合理なものであること-

目次

第9 津波(甲369の210~219p)
1 津波対策に関する「考え方」の基本的な問題点
2 基準津波の想定
3 東京大学地震研究所教授の纐纈一起氏の「原発のように重要なものは世界中の既往最大の地震や津波に備えるしかない」という見解を,結局規制委員会も否定できていないこと


第9 津波(甲369の210~219p)


 1 津波対策に関する「考え方」の基本的な問題点

(1) 実用発電用原子炉に係る新規制基準及びその考え方は,2011年3月に発生した東北地方太平洋沖地震及びそれに付随して発生した津波に関する検証を通じて得られた教訓等を十分に踏まえておらず,原子炉の安全を確保すべき規制基準として不十分なものである。

(2) また,新規制基準は,基準自体として最低限確保されるべき水準が明確にされておらず,規制基準として不適当,不合理である。例えば,「基準津波」「重大事故等」「必要な機能が損なわれるおそれがない」といった文言の意味が明確に定義されておらず,審査機関の裁量により,任意に基準を引き下げて要件を充たすとの判断をすることが可能となっており,かかる基準は合理性を欠く。

(3) 新規制基準によっても,複合的な罹災に対する備えが不十分である。「考え方」に説明があるように,設計を超える事象(津波が防潮堤を越え敷地に流入する事象等)に対しても一定の耐性を付与するよう求めているが(①外殻防御1,②外殻防御2,③内郭防御),それらが現実的に機能することを前提にすべきではない。

例えば,防潮堤や取水・放水施設に大型航空機等が墜落した場合や沖合を航行する大型船舶が衝突するなどしてその機能を損なった場合の想定が何らなされていない。津波は数波に渡って到来することがある。ひとたび大型船舶が防潮堤前面に衝突して防潮堤が破壊された後に次の津波が到来した場合,安全性を確保することはできない。

(4) また,防潮堤・防波堤が想定される津波に対し機能を保持できるかどうかについては,未だ十分な知見がない。東北地方太平洋沖地震において,1200億円の巨費を投じ,最新技術にて2009年3月に完成したばかりの釜石港湾口防波堤は,津波により倒壊した。その原因としては,港外・港内の水位差,越流によって防波堤背面側が静水圧より10%程度小さくなったこと,目地部や越流による洗掘により,下部が不安定になったことなどが推測されているが,確定的な結論が導き出されているわけではない。予想される入力津波に対し,確実に耐えうる防潮堤・防波堤を設計・施工することは現在の技術水準では不可能なのである。「考え方」のような自然をコントロールできるという前提の発想が,そもそもの誤りである。

現在の津波に対する防潮堤の耐力計算については、甲369の213pに指摘されているとおり,幾つもの問題点が挙げられるが,新規制基準は何らこれに応えるものとはなっていない。

(5) 以上のとおり,現時点における防潮堤・防波堤等の構造物の耐力計算は,実際の地震において発生し得る様々な事象を考慮したものではない。

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 2 基準津波の想定

(1) 「考え方」5‐3‐4では,新規制基準策定前後,すなわち福島第一原発事故発生前後の「津波対策を講ずる基準となる津波の想定」について説明がある。

新規制基準策定以前においても,津波の想定は,設計基準対象施設の供用期間中に「極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波」を想定した上で,具体的な津波対策をすることとされていた。

この想定津波の定義は,非常に大きな津波の想定を求めていることは明らかである。ではなぜ,それにもかかわらず,福島第一原発事故を防げなかったのであろうか。その理由については複数の事故調査報告書でも詳細に検討されているが,「考え方」を読むと,国会事故調等で指摘されている事故前の津波想定の問題点の記述が一切ない。また,新規制基準における津波の想定についても,国会事故調等の指摘する問題点の防止対策は何ら含まれていないといわざるを得ない。このような観点からも,新規制基準は不合理である。

(2) 上記「考え方」5‐3‐5については,まず,「基準津波を超えると,即座に安全機能は喪失」するか,という問題設定が不適切である。基準津波の定義は,原子力施設から離れた沿岸部の一点における評価に過ぎない。敷地に直接影響があるのは入力津波である。また,「即座に」という表現は,時間的な概念が入るため,安全機能の喪失という問題を不明瞭にしてしまう。そうであれば,問題設定としては,「入力津波を超えると,安全機能は喪失するか」とするのが妥当というべきである。

(3) 基準津波の策定方法も不合理である。「考え方」によれば,基準津波の策定にあたっては,まず,津波の発生要因について検討がされる。その中でも地震現象が大きな要因になるといえるが,地震については,東北地方太平洋沖地震においてそもそも大地震の予測が現在の科学技術水準ではほとんどできないということが明らかとなったように,発生要因について適切に抽出することは極めて困難である。

そして,「考え方」では,基準津波は,敷地前面海域の海底地形の特徴を踏まえ,施設からの反射波の影響が微少となるよう,施設から離れた沿岸域で設定され,時刻歴波形として示されたものであるとされる。

しかし,敷地前面海域の海底地形については,正確な測量のされていないところも多い。加えて,地震により,敷地前面海域の海底地形が隆起し,沈降するなどの変化を生じる可能性があることを看過している。

また,施設からの反射波の影響が微少となるように設定することは,おそらくはシミュレーション計算を実施する上での必要性からの設定と思われるが,かかる限定を付することにより,施設近傍を波源とする津波が施設からの反射波と相俟って施設に重大な影響を及ぼすおそれのある想定外の津波となる可能性を排除するものであり,不合理である。

(4) また,新規制基準では,考えられる様々な波源を基に津波対策上の十分な裕度を含めるため,基準津波の策定に及ぼす影響が大きいと考えられる波源特性の不確かさの要因(断層の位置,長さ,幅,走向,傾斜角,すべり量,すべり角,すべり分布,破壊開始点及び破壊伝播速度等)及びその大きさの程度及びそれらに係る考え方及び解釈の違いによる不確かさを十分に踏まえた上で,適切な手法を用いて基準津波を策定するとしている。
しかし,断層と将来そこで発生する地震及び津波に関して得られた知見は未だ不十分である[133]。何をもって「不確かさを十分踏まえた適切な手法」と言えるのか,基準とすべきものがほとんどない中で,かように曖昧な規制基準では厳しい審査が行われるとは到底期待できない。

東北地方太平洋沖地震において明らかとなったことは,現在の科学技術では,世界一地震調査が進んでいたはずの東北地方太平洋沖の日本海溝沿いの領域で,マグニチュード9の地震が発生し得ることも,最大すべり量が50mを越えるような領域が発生し得ることも,ほとんど予測できなかったということである。しかも,東北地方太平洋沖地震は,実はわずかに600年に1回程度の地震であり,原子力の世界で考えなければならない1万年から1000万年に1回というスケールから見れば,ごくごく当たり前に想定できなければならないものである。
新規制基準はこのような厳然たる事実を踏まえていない。

[133] 地震調査研究推進本部地震調査委員会「波源断層を特性化した津波の予測手法(津波レシピ)」3頁

(5) さらに,入力津波の数値計算は,現在の技術水準では,未だその正確性は不十分であり,妥当性を確認する方法はない。すなわち,妥当性を確認した数値計算を用いて適切に評価することは不可能である。

(6) 新規制基準では,実際に原子力施設に襲来する可能性のある津波について,まず,沿岸部のある地点の基準津波を求め,そこから各施設に対する入力津波を求めるという方法をとっている。しかし,そもそも,地震のような津波発生要因については,抽出がほぼ不可能,あるいは極めて困難であるといわざるを得ない。また,波源特性の不確かさの要因として挙げる各要因(断層の位置,長さ,幅,走向,傾斜角,すべり量,すべり角,すべり分布,破壊開始点及び破壊伝播速度等)等については,定量的な把握が極めて困難であることから恣意的な設定がされる可能性は排除することができず,どれだけ新規制基準において「不確かさを踏まえた上で」としたところで不確かさの上に不確かさを重ねて考慮することは,およそ妥当性のある津波対策をすることは困難である。そして,基準津波は,沿岸部でのある地点でのものに過ぎず,かつ,入力津波の算出では,基準津波をもとに,さらに不確実な要素を含む計算を加えて算出されるのであるから,より一層不確実性が増加するといわざるを得ない。


 3 東京大学地震研究所教授の纐纈一起氏の「原発のように重要なものは世界中の既往最大の地震や津波に備えるしかない」という見解を,結局規制委員会も否定できていないこと[134]

「考え方」5-3-6(甲369の220p参照)の記載は纐纈教授の上記見解を受けてのものと思われるが、「考え方」は設問もその回答もこの纐纈教授の真意をまったく理解していないか,あるいは意図的に問題をすりかえるものである。このような思考様式の者が日本の規制機関を担っていることには著しい不安を覚える。まず,世界最大の既往津波といっても,纐纈教授が挙げるのは2004年スマトラ島沖地震の津波であり,わずか10数年前の出来事に過ぎない。原子力の世界で想定しなければならない自然現象は,1万年に1回から1000万年に1回という極めて低頻度の巨大事象であるが,そのようなタイムスケールでの津波のデータは存在しないのであるから,世界の巨大事象を参考に対策するというのは,きわめて理に適った方法である。

スマトラ島沖地震の際には10mに達する津波が数回にわたり押し寄せ,最大波高は30mを超えている。そのような大津波に対して防潮堤で備えるということが果たして適切かどうかは分からないが,日本はプレート境界に極めて近い位置に位置し,地震発生確率が大きいことを踏まえるならば,全国どの原発においても,少なくともスマトラ島沖地震の津波くらいには何らかの方法で備えておくべきである。

[134] 大木聖子,纐纈一起『超巨大地震に迫る日本列島で何が起きているのか』NHK出版2011年135頁
〈KEY PERSON INTERVIEW〉 震災で科学の限界痛感――東京大学地震研究所教授・纐纈一起さん(55)毎日新聞2011.8.13
岡田義光・纐纈一起・島崎邦彦「〔座談会〕地震の予測と対策:「想定」をどのように活かすのか」(「科学」2012年6月号)

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◆原告第39準備書面
第8 地震(甲369の168~209p)

2017(平成29)年10月27日

原告第39準備書面
-原子力規制委員会の「考え方」が不合理なものであること-

目次

第8 地震(甲369の168~209p)
1 地震対策の規制の経緯とその誤り
2 その理由:地震の科学の限界
3 具体的な基準は合理的な理由なく,時間切れというだけで作られなかった
4 規制上の要求事項は曖昧であり,原発への規制として合理性を欠くこと
5 国際的に確立されたIAEA・SSG‐9の不採用
6 応答スペクトルに基づく地震動評価
7 断層モデルを用いた手法による地震動評価
8 震源を特定せず策定する地震動
9 「安全余裕」について


第8 地震(甲369の168~209p)


 1 地震対策の規制の経緯とその誤り

歴史的に見て,日本の原子力の地震対策の規制は,極めて杜撰なものであった。

福島第一原発の原子炉設置許可申請がなされた1966~1971年当時は,安全規制のための耐震設計基準がなく,安全機能が保持されることを確認するための地震動(機能保持検討用地震動)は事業者が独自に設定し,経験主義的に審査された。福島第一原発の耐震設計の基準とする地震動の最大加速度は,建設時は265ガルに過ぎなかった[87]。1970年頃には日本でも広く適用されるようになった「プレートテクトニクス理論」によれば,起こり得る大地震による地震動が265ガルを大幅に超える可能性が高いことは予想できたはずであるが,原子力関係者は最新知見を取り入れようとしなかった。

1978年にようやく定められた「耐震設計審査指針」(旧指針)では,基本方針として,「発電用原子炉施設は想定されるいかなる地震力に対してもこれが大きな事故の誘因とならないよう十分な耐震性を有していなければならない」とされた。つまり,どんな地震が来ても大事故を起こさない原発を設計することが基本的な規制要求とされたのである。しかし,例えば福島第一原子力発電所については,S1‐Dが180ガル,S2‐Dが270ガル,S2‐Nが370ガルとなったが,現在の水準からすれば依然として著しく低いままであった。

1995年の阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)によって,耐震工学に対する国民の不信感が一挙に高まり,原発も地震で損傷するのではないかという不安が増大した。安全委員会は旧指針の改訂になかなか着手しなかったが,2001年7月に耐震指針検討分科会が設置され,5年以上の調査審議を要し,2006年9月に新たな「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(新指針)が安全委員会で正式決定された。新指針ではS1とS2が統合された基準地震動Ssが登場し,これが「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり,施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切な地震動」と定義されたが,基準地震動への影響は小さかった。

国会事故調では,耐震設計審査指針改訂の過程において電気事業者が不適切に関与したことが指摘されており,規制当局が東電・電事連の「虜(とりこ)」となっていたことを認定する重要な根拠となっている[88]

このように,日本の原発では段階的に基準地震動を引き上げて来ているが,震災や国民世論を背景とする場当たり的なものにすぎず,以後は万が一にも深刻な事故を起こさないと真摯に考えるならば,抜本的な基準の見直しが必要である。
現在なされているような弥縫策的な基準地震動の策定は科学的知見に反し,不合理であり,また今日における社会通念にも反するものである。

現に,新規制基準策定前において,日本の20箇所に満たない原発のうち,観測された最大地震加速度が設計上想定された地震加速度を超過する事例は,過去約10年間で少なくとも以下の5ケースに及んでいる[89](関連訴訟の判決でも言及されている公知の事実である)。

旧指針の基準地震動S2は,「起こり得る最強の揺れ」を超えるおよそ現実的でない地震とされており,新指針策定後の各原子力事業者は基準地震動Ssの年超過確率を多くの場合1万年に1回から100万年に1回程度としていた90が,上記のような超過事実からしてこれらの評価に重大な誤りがあることは明白となった。このような超過頻度は異常であり,超過確率を1万年に1回未満として設定している欧州主要国と比べても,著しく非保守的である実態が実証されている[91][92]。しかし,基準地震動策定に係る新規制基準は,新指針からの実質的な変更は見られない。

[87] 「国会事故調報告書」(WEB版)63頁

[88] 「国会事故調報告書」(WEB版)(WEB版)506頁
また,添田孝史「耐震規制の『落としどころ』をにぎっていた電力会社‐東電事故につながるバックチェック先延ばしを開示文書から探る」(「科学」2017年4月号)359頁には,新指針の原案作成に電力会社が全面的関与をしていた実態等が記載されている。

[89] ここでは,国会事故調報告書にならい,少なくとも5ケースとしたが,2011年3月11日福島第二原発,同日東海第二原発,同年4月7日女川原発でも基準地震動を上回る地震動が観測されている(原子力安全・保安院「平成23年東北地方太平洋沖地震の知見を考慮した原子力発電所の地震・津波の評価について~中間とりまとめ~」)。
さらに,2009年8月11日に発生した駿河湾の地震の際には,浜岡原発5号機で基準地震動S1の床応答スペクトルを上回っている。

[90] 例えば,福島第一原子力発電所も福島第二原子力発電所も,東北地方太平洋沖地震発生前は基準地震動Ssの超過確率は10-4~10-6/年とされていた(「原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書-東京電力福島原子力発電所の事故について-」Ⅲ‐28,32
http://www.kantei.go.jp/jp/topics/2011/pdf/03-jishintsunami.pdf【リンク切れ】)。

[91] 「国会事故調報告書」(WEB版)203頁

[92] 耐震バックチェックの審査に委員として関わっていた信州大学の泉谷恭男氏は,基準地震動をここ10年で4回(東北地方太平洋沖地震を1回と見ている。)超過したことについて,「事情を知りさえすれば当たり前のこと」と述べ,「基準地震動は科学的真理などではなく原発審査のための『割り切り』というに過ぎない」等と指摘している(浜田信生「『原発の基準地震動と超過確率』に関連して考えたこと」(日本地震学会ニュースレターVol.25No.4)
http://www.zisin.jp/modules/pico/index.php?content_id=2818 【リンク切れ】)。


 2 その理由:地震の科学の限界

地震は岩盤の破壊現象であり,原理的に予測することは極めて困難である。また地震は地下深くで起こる現象であり,その発生の機序の分析は仮説や推測に依拠せざるを得ないのであって,仮説の検証も実験という手法がとれない以上過去のデータに頼らざるを得ない。しかし,大規模な地震の発生頻度は必ずしも高いものではない上に正確な記録は近時のものに限られている[93]

かつては重力加速度である980ガルを超える揺れは起きないというのが地震の専門家の間の通念であったが,1995年の阪神淡路大震災(兵庫県南部地震)を契機として日本の地震動観測網が整備され始めると,1000ガルを越えるような揺れが次々と観測されるようになった。特に2004年新潟県中越沖地震では柏崎刈羽原発1号機で1699ガル(解放基盤表面)[94],2008年岩手・宮城内陸地震ではKiK-net観測点IWTH25(一関西)の地表の三成分合成値として4022ガル[95]という極めて大きな地震動が観測され,関係者を驚愕させた。

また,世界全体ではM9を超える地震が時々発生していたにもかかわらず,2011年東北地方太平洋沖地震が起きるまで,日本の多くの地震学者は,日本海溝はプレートの固着が弱く,M9級の地震がないと言える地域性があると思い込んでいた。現在は,東北地方太平洋沖地震は600年に1回程度の地震とされている[96]

このように近年の地震観測は,「想定外」の繰り返しである。また,東北地方太平洋沖地震によって,600年に1回程度の地震を「想定外」にしてしまうのが地震の科学の実力であり,近年の地震観測だけで「大地震が起きない地域性がある」等と考えると甚大な被害を生むおそれがあることが明らかとなった。

以上のとおり現在の地震学・地震工学は,大地震の予測の力は明らかに不十分であり,原子力発電所の耐震安全性確保に必要な信頼性を備えているとは言えない。

設置許可基準規則の解釈別記2第4条5項柱書には,「『基準地震動』は,最新の科学的・技術的知見を踏まえ,敷地及び敷地周辺の地質・地質構造,地盤構造並びに地震活動性等の地震学及び地震工学的見地から想定することが適切なもの」と規定されているが,前述のような地震の科学の限界からして,どの程度の地震動を想定するのが適切であるのか,科学的に確定させることは不可能であり,「地震学…的見地から想定することが適切なもの」を策定するには,最低限,最も保守的・批判的見解を有する地震学者の知見を踏まえ,既往最大のものを前提としなければならない。

[93] 福井地裁平成26年5月21日大飯原発3・4号機運転差止判決44頁

[94] 東京電力「柏崎刈羽原子力発電所に耐震安全性向上の取り組み状況」3頁

[95] 防災科学技術研究所「平成20年(2008年)岩手・宮城内陸地震において記録されたきわめて大きな強震動について」
なお,同観測点では地中南北動でも1036ガルという地震動が観測されている。
KiKnet地中観測記録について,電力会社では一般に,それを2倍にしたものをはぎとり波相当とみる簡易な検討を行っている。

[96] 地震調査研究推進本部地震調査委員会「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価(第二版)について」(平成23年11月25日公表)において平均発生間隔が600年程度とされている。

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 3 具体的な基準は合理的な理由なく,時間切れというだけで作られなかった

新規制基準を検討する過程では,前記のような地震の科学の限界を踏まえた基準の抜本的な見直しについて提案されていた。

防災科学技術研究所社会防災システム研究領域長(当時)の藤原広行氏は,「発電用軽水型原子炉施設の地震・津波に関わる新安全設計基準に関する検討チーム」第5回会合において,不確定さの考慮に関する書面[97]を提出している(甲369の179p以下)。藤原氏は,この書面に基づき,「単に現象がばらついているということだけでなくて,我々の認識が足りないところ,あるいは方法論としてもまだ不成熟で足りないところ,色んなタイプの不確かさ」を考慮する必要性や,安全目標と関連づけた定量的な基準の必要性を訴えた[98]

以上の藤原氏の提言について,同チームに参加していた釜江克宏氏(地震工学)は「今,藤原委員からの話は,ほとんどの部分が同調できる」と述べ,高田毅士氏(建築構造)も「藤原さんの御意見に賛同するところが非常に多い」と述べており,異論らしい異論はなかった。

その後も藤原氏は,同チームで幾度か同様の主張を繰り返したが,結局藤原氏のこの提案は,新規制基準において採用されず,具体的・定量的な基準は策定されなかった。

とりわけ,原子力規制庁の櫻田道夫審議官からは「新規制への適用については,各社,いろいろ準備されていて,施行後,直ちに色んな申請が来る」、「それをもう直ちに対応しなければならないと,こういうような事情がございます」等と告げられ,藤原氏の最後の訴えも却下された[99]。もちろん,かかる理由による基準の不策定は,誰がどう見ても不合理である。

本来であれば,適合性審査の開始日を延期してでも,安全目標に沿った具体的な審査基準を策定すべきであったが,原子力規制委員会は,旧規制機関と同様,電力会社の圧力に屈し,電力会社の申請や原発再稼働を優先し,災害の防止上支障がないと言える具体的な審査基準を策定する責務を怠った。

[97] 「震基4-2新安全設計基準(骨子素案)に関するメモ」

[98] 発電用軽水型原子炉施設の地震・津波に関わる新安全設計基準に関する検討チーム第5回会合議事録30,34,49頁

[99] 「発電用軽水型原子炉の地震・津波に関わる新規制基準に関する検討チーム第13回会合議事録」47~50頁


 4 規制上の要求事項は曖昧であり,原発への規制として合理性を欠くこと

設置許可基準規則3条,4条,38条,39条から分かるとおり,地震対策に係る規制上の要求事項の基礎として基準地震動が位置づけられる。このことは,事業者にとって基準地震動の設定が原発耐震設計の出発点であることをも意味する。しかし,基準地震動の引き上げはその後の多くの手続に影響してコストの増加に直結することから,事業者は,対外的には最大の揺れを考慮していると言いながら,内実は1ガルでも引き上げを抑制すべく,前記2の地震の科学の限界を自身に都合良く解釈することが常態化している。

設置許可基準規則の解釈において,具体的にどの程度厳しい基準地震動を申請者に要求するのかということに係る規定はない。これでは,基準地震動を可能な限り小さく止めようとする事業者を厳しく規制するのはほとんど不可能である。


 5 国際的に確立されたIAEA・SSG‐9の不採用

IAEA安全基準シリーズにおいて地震動について規定している最新のものは“Seismic Hazards in Site Evaluation for Nuclear Installations”(訳:「各施設のサイト評価における地震ハザード」)(Specific Safety Guide No.SSG-9)(以下「SSG‐9」という。)である。

SSG‐9は,「5.1地震動ハザードは,確率論的及び決定論的地震ハザード解析手法の両方によって評価することが望ましい」[100]とした上で,確率論的評価においても決定論的評価においても,最大潜在マグニチュード(“max potentialmagnitude”)を評価することを要求している。だが/新規制基準では確率論的評価も最大潜在マグニチュードの評価も求めていない/。その結果,内陸地殻内地震については評価対象となる震源から発生する平均的な地震規模が前提となり,プレート境界地震や海洋プレート内地震については曖昧な根拠によって地震規模が設定されることとなっている。

また,SSG‐9では地震ハザードについて第三者の専門家グループによるピアレビューの実施が規定されている[101]が,日本では基準地震動に係るピアレビューは実施されていない。特に原子力規制委員会・規制庁には強震動についての専門性に疑問が呈されている状況[102]からしても,地震動に係るピアレビューの実施は不可欠である。

これらの確立した国際慣行を無視する規制基準や規制実務は,原子炉等規制法2条の明文に反するものであり,本件原発の具体的危険性を根拠づけるものである。

[100] “5.1 The ground motion hazard should preferably be evaluated by using both probabilistic anddeterministic methods of seismic hazard analysis.”
なお,第1回発電用原子炉施設の地震・津波に関わる新安全設計基準に関する検討チームでは,同規定につき,「地震動ハザードは,地震ハザード解析の決定論的方法か確率論的方法のいずれかを用いて評価すべきである」と訳された資料が配布されていたが,明らかな誤訳である(「国内外の地震・津波関係基準及び東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故を踏まえた各事故調等の主な指摘事項(耐震関係基準の内容に関するもの)」8頁参照)。

[101] SSG-9の11.18-11.20参照。

[102] 例えば,「『忘災』の原発列島揺れ過小評価を指摘島崎元規制委員長代理『過ち繰り返したくない』」(毎日新聞2014年7月21日記事)を参照

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 6 応答スペクトルに基づく地震動評価

(1) 事前の震源特定の困難さ

応答スペクトルに基づく地震動評価に限らず,「震源を特定して策定する地震動」は,事前に震源の位置と規模がある程度正確に予測できることが前提となっている。だが,現在の地震の科学技術の水準では,そもそもこの点の予測が非常に困難である。そのことを奇貨としてか,日本の原子力の世界では,基準地震動を小さく抑えるような震源設定が常態化していた。

内陸地殻内地震については,地震前の活断層の特定が重要になるが,近年のMw6.5以上の内陸地殻内地震[103]に限って見ても,2016年熊本地震のように事前に震源がある程度特定できていた例はむしろ稀であり,2000年鳥取県西部地震,2004年新潟県中越地震,2004年福岡県西方沖地震,2007年能登半島地震,2007年新潟県中越沖地震,2008年岩手・宮城内陸地震のように,事前に震源が十分に特定できなかったものがほとんどである。この中には,2007年能登半島地震や同年新潟県中越沖地震のように,基準地震動を超過した事例も存在する。

活断層の評価には解釈の余地があり得ることから,日本の原子力施設周辺では,あるはずの活断層が無視され,無視できない場合にはできるだけ短く「値切る」という異常な安全審査が行われてきた[104][105]。例えば,2011年福島県浜通り地震の際には,新指針下で活動性が否定されていた井戸沢断層が湯ノ岳断層と連動して活動し,湯ノ岳断層自体も事前に東京電力が評価していた長さよりもさらに長かったことが判明した[106]。これは,当時も今も変わらない,事前評価の限界と十分な「不確かさの考慮」がなされていない審査の実情を示すものである。

事前に震源を特定することの困難さへの弥縫策として,設置許可基準規則の解釈別記2第5項二号⑤では,「各種の不確かさ(震源断層の長さ,地震発生層の上端深さ・下端深さ,断層傾斜角,アスペリティの位置・大きさ,応力降下量,破壊開始点等の不確かさ,並びにそれらに係る考え方及び解釈の違いによる不確かさ)については,敷地における地震動評価に大きな影響を与えると考えられる支配的なパラメータについて分析した上で,必要に応じて不確かさを組み合わせるなど適切な手法を用いて考慮すること」と規定されているが,「不確かさの考慮」について何をどのようにどの程度考慮するのが「適切な手法」といえるのか指標となるべきものがほとんどない中,かように曖昧な規定では「不確かさの考慮」について厳しい審査が行われることは期待できない。

[103] 地震動ガイドⅠ.4.2.1〔解説〕では,Mw6.5以上の地震は,震源断層がほぼ地震発生層の厚さ全体に広がって地表付近に一部の痕跡が確認される地震に当たることになっている。

[104] 渡辺満久「活断層研究と地震被害軽減」(「日本の原子力発電と地球科学」)22頁

[105] 例えば,従前の安全審査では,伊方原発沖の中央構造線は無視され,島根原発近傍の鹿島(宍道)断層は短く評価されていた。

[106] 事前には19.5kmと評価されていたが,地震後のインバージョン解析では26kmと評価されている。原子力安全・保安院「福島第一原子力発電所及び福島第二原子力発電所の耐震安全性について」13頁,引間和人「2011年4月11日福島県浜通りの地震(Mj7.0)の震源過程」249頁参照。

(2) 経験式が有するばらつきの考慮のなさ

活断層から発生する内陸地殻内地震が検討用地震となっているケースでは,多くの場合,「応答スペクトルに基づく地震動評価」では松田式[107],「断層モデルを用いた手法による地震動評価」では入倉・三宅式[108]と呼ばれる,断層の長さ又は面積と地震規模を関連付ける経験式が用いられている。

だが,これらの経験式は,あくまで断層と地震規模との平均的関係を示すものに過ぎず,これらの経験式を予測に使う限り,地震規模の設定には一定の誤差が避けられない。

この点,地震動ガイドⅠ.3.2.3.には,「経験式は平均値としての地震規模を与えるものであることから,経験式が有するばらつきも考慮されている必要がある」と規定されている。ところが,これまでの適合性審査において,原子力規制委員会が松田式や入倉・三宅式等の経験式が有するばらつきを考慮しているようには見受けられない。
これら入倉・三宅式の問題点については既に述べてきたとおりである。

[107] 松田時彦「活断層から発生する地震の規模と周期について」(「地震」第2輯第28巻)269~283頁

[108] 入倉孝次郎,三宅弘恵「シナリオ地震の強震動予測」(「地学雑誌」110(6))849~875頁

(3) 距離減衰式が有する不確かさ

「考え方」も述べるとおり本来であれば,敷地で得られた観測記録を統計分析して距離減衰式を作成することが「不確かさ」を低減させる理想的方法であるが,統計分析が可能な程に十分な観測データを得ている原発サイトは存在しない。女川原発で2005年宮城県沖地震の際に基準地震動を上回る地震動を観測した要因について,観測記録がそれまでの距離減衰式よりも大きい傾向にあることから,「宮城県沖近海のプレート境界に発生する地震の地域特性によるもの」とされている[109]が,観測記録が得られていないサイトでそのような特性を/事前に/考慮する方法については検討されていない。したがって,想定していなかった要因によって距離減衰式による予測を上回る地震動が原発敷地を襲うことは十二分にあり得る。

[109] 東北電力「女川原子力発電所における宮城県沖の地震時に取得されたデータの分析・評価および耐震安全性評価について(報告)の概要」

(4) 距離減衰式のばらつき(偶然的不確定性)

地震は多様で複雑な現象であり原理的に予測が難しい一方で,距離減衰式は少ないパラメータから平均的な地震動予測を行うものに過ぎず,大ざっぱな地震動評価しかできない。仮に事前に地震規模や断層の位置を正確に予測できていたとしても,地震動予測の精度としては少なくとも倍半分程度の誤差は不可避である。そのことは,/各距離減衰式の基のデータが倍半分を超えてばらついている/ことを見ても明らかである。

距離減衰式のばらつき・不確定性を認識論的不確定性と偶然的不確定性に分類し定量的に評価する考え方がある[110]。偶然的不確定性はデータが増えても低減させることができない本質的なばらつきで,採用しているモデル自体の現象説明能力が不十分であることに起因するものもこれに含まれる[111]。距離減衰式は少ないパラメータしか扱わないため,そのばらつきには偶然的不確定性が寄与するところが大きい。

高度な安全性が要求される原発においては,低減させることができない不確定性は当然考慮されなければならない。SSG‐9にも,経験式ないし距離減衰式について偶然的不確定性の考慮が規定されている[112]

ところが,新規制基準には距離減衰式の偶然的不確定性の考慮を要求する明示的な規定がない。その結果,適合性審査では距離減衰式の偶然的不確定性が適切に考慮されておらず,これによる過小評価のおそれが十分にある。

[110] 例えば,内山泰生,翠川三郎「距離減衰式における地震間のばらつきを偶然的・認識論的不確定性に分離する試み」(「日本地震工学論文集」13.)37~51頁

[111] 山田雅行・先名重樹・藤原広之「強震動予測レシピに基づく予測結果のバラツキ評価の検討~逆断層と横ずれ断層の比較」(「土木学会地震工学論文集」2007年8月号)105頁では,モデル化しない(できない)ことによって生じるばらつきを「偶発的バラツキ」としており,「認識論的不確定性」と対比する形で記載されている。また,下記防災科学技術研究所のホームページでは,偶然的不確定性について「採用しているモデル自体の現象説明能力が不十分であることに起因するものもここに含む」とされている。

[112] SSG-9の5.6,7.1(4)(5)を参照


 7 断層モデルを用いた手法による地震動評価

(1) 強震動に関する知見は不十分であること,およびレシピ改正の目的

地震本部地震調査委員会のレシピ冒頭には,「『誰がやっても同じ答えが得られる標準的な方法論』を確立すること」を目指してとりまとめられたものであり,「今後も修正を加え,改訂されていくことを前提としている」と明記されている[113]とおり,断層モデルを用いた地震動評価について,未だ標準的な方法論は確立していない。

さらに,地震本部地震調査委員会は,2016年12月9日付でレシピの「表現の誤り等を訂正」[114]し,その冒頭部分には以下の1段落が付け加わった。

ここに示すのは,最新の知見に基づき最もあり得る地震と強震動を評価するための方法論であるが,断層とそこで将来生じる地震およびそれによってもたらされる強震動に関して得られた知見は未だ十分とは言えないことから,特に現象のばらつきや不確定性の考慮が必要な場合には,その点に十分留意して計算手法と計算結果を吟味・判断した上で震源断層を設定することが望ましい。

ここで,レシピは「最新の知見」ではあるものの「最もあり得る地震と強震動を評価するための方法論」に過ぎず,極めて稀ではあるが発生する可能性がある地震や地震動を評価する方法論ではないことが改めて示された。「特に現象のばらつきや不確定性の考慮が必要な場合」とは,高度の耐震安全性が求められ不確かさの考慮等について規制基準で要求されている原発の基準地震動を策定する場合を含むことは明らかである。レシピを用いて基準地震動を策定する場合,現象のばらつきや不確定性に十分留意して計算手法と計算結果を吟味・判断した上での震源断層を設定することが求められることは言うまでもないが,このような記載を地震本部が敢えて「表現の誤り等を訂正」する形で新たに盛り込んだことからは,原発の基準地震動策定において「レシピ」が適用される場面での計算手法や計算結果の吟味・判断が不十分であるというメッセージを発しようとする,地震本部の意図が汲み取れる。

この修正は,別訴訟で島崎氏が証言しているとおり,基準地震動策定やその審査が不合理であることを意識したものである。

[113] 地震調査研究推進本部地震調査委員会「震源断層を特定した地震の強震動予測手法」(「レシピ」)2016.6(12月修正版)1頁

[114] 地震本部ホームページ

(2) 手法の検証は未だ不十分

「考え方」では,2000年鳥取県西部地震と2005年福岡県西方沖地震によりレシピの検証が済んだかのような書きぶりになっているが,これらの検証では地震後に判明した情報を用いることにより当該地震の観測波形をある程度再現できることが確認された[115]だけで,地震動予測手法としての合理性の検証としては不十分である。当然のことながら,地震前に把握できる情報は,島崎氏も述べるとおり,地震後に把握できる情報に比べ,質・量ともに大幅に限られている。地震動予測手法としての合理性を検証するためには,当該予測手法によって事前に予測された強震動と実際の観測記録とを比較するか,地震発生前に把握できた情報のみを用いるべきであり,地震後に地震波形をもとに推定した情報を用いるのは本来のやり方ではなく,「予測」でもない。

特に本件原発については,島崎氏が別訴訟で証言した通り,「地震後の観測結果」が得られているわけではない。

地震本部地震調査委員会が予めレシピを用いて強震動評価を行っていた震源(活断層)から実際に地震が発生したのは,2016年熊本地震が最初であり,未だ1例しかない(2017年5月現在)。熊本地震を踏まえた予測手法としてのレシピの検証は未だ途上であるが,地震発生前に把握できた活断層の情報を,多くの事業者が用いているレシピ1.1.1(ア)に当てはめて予測すると,熊本地震を過小評価してしまうことは既に明らかである[116]

[115] 地震本部地震調査委員会が行った鳥取県西部地震の検証では,「巨視的震源特性(地震モーメントは除く)および微視的震源特性のアスペリティのおおよその位置・数,破壊開始点の位置については地震記録から推定された既存の研究を利用した」とされている。ケース2では地震モーメントについても既存により鳥取県西部地震において推定されている値が用いられている。
しかし,「時刻歴波形については,ケース1ではいずれの地点も加速度波形,速度波形ともに観測記録と整合していない。ケース2では加速度波形についてはあまり整合していない」「最大加速度についてはケース1・2とも概ね倍半分の範囲に入っているが,計算地点によっては約3倍,1/3になる場合もある」とされた。
福岡県西方沖地震の検証についても,震源断層の位置,長さ,幅,傾斜等の巨視的震源特性やアスペリティ位置の設定には,地震発生後でなければ行えない波形インバージョン(地震波観測記録による逆解析)で求められた震源モデル等が使われている。検証の結果,「観測記録をある程度再現できることが確認された」が「福岡平野や筑紫平野などでは周期1秒~2秒付近に見られる卓越周期の振動性状を十分に説明できていないことが課題としてあげられた」。
「鳥取県西部地震の観測記録を利用した強震動評価手法の検証について」
「2005年福岡県西方沖の地震の観測記録に基づく強震動評価手法の検証」

[116] 経済誌のインタビューで,纐纈一起・東京大学地震研究所教授は,「原発の耐震評価で用いられている地震動の予測手法を熊本地震に適用すると,地震動は過小評価になることが分かった」等と述べている(2016年8月17日付け東洋経済「大飯原発『基準地震動評価』が批判されるワケ島崎氏の指摘を規制委は否定したが…」参照)。

(3) ばらつき・不確かさの考慮の不十分さ

「断層モデルを用いた手法に基づく地震動評価」では,震源断層の面積と地震モーメントとの関係や,地震モーメントと短周期レベルとの関係など,主要な部分に経験式が用いられており,それらの経験式は過去の観測データの回帰により求められていることが多い。そのため,これによって設定される地震動も平均的な値となり,その値に対するばらつきを有していることになる[117]。破壊開始点等のパラメータを変動させることによって「不確かさの考慮」が行われているが,これによって手法が有するばらつきを補えているという保証はない。

前述の藤原広行氏が述べる通り,この点についての規制基準は明らかに不十分である。

特に問題なのがアスペリティ応力降下量である。「断層モデルを用いた手法に基づく地震動評価」では,多数のパラメータが用いられるが,地震動評価結果に与える影響としては,サイト近傍のアスペリティ応力降下量の寄与度が非常に大きい[118]。この点,藤原広行氏からは,新潟県中越沖地震の際のアスペリティ応力降下量が25MPaと解析されていることから,1.5倍または25MPaのいずれか大きい方とすべきとの提案がされている[119]が,この提案を規制庁が検討したという事実もうかがわれない。

また,原発敷地周辺の活断層から発生する地震動を想定する際は,アスペリティ応力降下量につき,Fujii and Matsu’ura(2000)等を根拠に14.1MPa程度と設定している原子力事業者も見受けられる。だが,レシピに記載されたFujii andMatsu’ura(2000)の応力降下量等に係る部分はあくまで暫定値であり,理論面でも,また観測記録との比較という点においても,今後の検証を必要としている[120]

[117] 山田雅行・先名重樹・藤原広行「強震動予測レシピに基づく予測結果のバラツキ評価の検討~逆断層と横ずれ断層の比較」(「土木学会地震工学論文集」2007年8月号)104頁

[118] 「第2回地震・津波に関する意見聴取会(地震動関係)」議事録24頁(藤原委員)

[119] 「第4回地震・津波に関する意見聴取会(地震動関係)」議事録7頁(藤原委員)

[120] 入倉孝次郎「強震動予測レシピ-大地震による強震動の予測手法」(「京都大学防災研究所年報」第47号A)
地震調査研究推進本部地震調査委員会「震源断層を特定した地震の強震動予測手法」(「レシピ」)12頁

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 8 震源を特定せず策定する地震動

(1) 未知の活断層とC級活断層問題

日本列島に分布する活断層は,その活動度により,A・B・Cの3つのクラスに分けられる。1000年当たりの平均変位速度をもとに,1m以上がA級活断層,0.1m以上1m未満がB級活断層,0.01m以上0.1m未満がC級活断層とされている。最近100年ほどの活断層による地震では,A,B,Cいずれのクラスでも同数の地震が発生している。

活断層カタログとして使われている活断層研究会編「新編日本の活断層」(東京大学出版)には,A級活断層は全体の4%,B級活断層は39%,C級活断層は29%,活動度不明の活断層が28%の割合で区分されている。B級活断層はA級活断層の約10倍見いだされており,そのことからすると本来はC級活断層はB級活断層の10倍見いだされなければならないはずであるが,判明しているC級活断層はB級よりも少ない。このことから,未発見のC級活断層が日本の地下に多数潜んでいると考えられている[121]。

なお,この「450ガル」は加藤ほか(2004)のスペクトルであるが,未だにこれをもって設置変更許可を申請している事業者は少なくない。

また,いくら「詳細な調査」であっても,調査可能な範囲は地表付近に限られ,地下の震源断層を直接確認することは現在の技術では不可能である。

したがって,未発見のC級活断層が日本の各原子力発電所の直下や近傍に潜んでいる可能性は十分にある。したがって,「震源を特定せず策定する地震動」の想定に万全を期すことはきわめて重要である。

だが,この点につき真摯に保守性を追求するならば,多くの原発で大幅な基準地震動の引き上げを強いられることにもなりかねない。そのため,事業者は,遅くとも耐震設計審査指針の改訂の頃より,これを低い水準に押し止めることに精力を注いできており[122],規制当局は事業者の実情を慮って本来の規制を怠ってきた。その実情は今も大きく変わってはいない。

[121] 遠田晋次「活断層地震はどこまで予測できるか 日本列島で今起きていること」147頁 講談社 2016年

[122] 耐震設計審査指針(新指針)への対応について,電事連資料には「『震源を特定せず策定する地震動』を450ガルで抑えたいが,もっと大きくすべきと主張する委員がいることに関して原子力で考慮している地震動が一般の設計や防災で考慮している地震動と比べ同等以上であることを主要委員に説明していく」とある(「国会事故調報告書」(WEB版)510頁)。

(2) 観測記録をほぼそのまま用いる手法は新規制基準の趣旨に反する

設置許可基準規則解釈別記2第3項柱書には,「『震源を特定せず策定する地震動』は,震源と活断層を関連づけることが困難な過去の内陸地殻内地震について得られた震源近傍における観測記録を収集し,これらを基に,各種の不確かさを考慮して敷地の地盤物性に応じた応答スペクトルを設定して策定すること」と規定されており,地震動ガイドにも同様の規定がある。

しかるに,原子力規制委員会は,「震源を特定せず策定する地震動」の策定に当たっては,過去の地震動観測記録を/ほぼそのまま用いるもの/とし,「各種不確かさの考慮」については,現状,はぎとり解析に係るものに限定されている。しかしこのような解釈・運用は,新規制基準の趣旨にさえ反する。

「各種不確かさの考慮」が規定されたのは,地震・津波検討チームの第7回会合において,藤原広行氏が,次のように発言したことによる[123]

「震源を特定せず策定する地震動」・・・のところに,「これらを基に」の後に,「各種不確かさを考慮して」という言葉を追記していただいたほうがいいんじゃないのかと思っています。ここの各種不確かさというのは,・・・単なるモデルパラメータだけでなくて,これこそわからないところなので,わからなさかげんという認識論的なものとか,いろいろな不確かさを考慮してということをぜひとも入れていただきたいと思います。

この発言を受けて,「各種の不確かさ」という文言が加わることとなったのである。「わからなさかげんという認識論的なもの」等モデルパラメータに止まらない「いろいろな」ものが「各種不確かさ」に含まれるとすれば,これをはぎとり解析に係るものに限局する解釈は不可能である。

過去の地震記録をほぼそのまま「震源を特定せず策定する地震動」と設定するような現在の運用は,新規制基準の趣旨に反し,原発の安全性を確保するものとは言えない。

[123] 「発電用軽水型原子炉施設の地震・津波に関わる新安全設計基準に関する検討チーム」第7回会合 議事録66頁

(3) HKD020観測記録等が考慮される実情

さらに,「震源を特定せず策定する地震動」においては,過去の地震記録の中でも特に最大とは言えないものが採用されているのが実情である。

地震動ガイドではMw6.5未満の地震は全国共通に考慮すべき地震とされ,収集対象となる内陸地殻内の地震の例として1996年から2013年までの14の地震が例示されている(「考え方」228頁表1No.3~16)。この14の地震の中で原子力事業者が実際に観測記録として用いているのは,事実上,2004年北海道留萌支庁南部地震(Mw5.7)のHKD020(港町)観測点における観測記録だけであり,これを解放基盤波に解析した電力中央研究所の報告[124]を基に,ほとんどの原発で620ガル(水平動)[125]という値が採用されている。

だが,北海道留萌支庁南部地震の地震規模はMw5.7に過ぎない上,この地震の際にはHKD020観測点よりもさらに大きな揺れが発生した地点があったことも解析によって明らかになっており[126],HKD020観測点の記録は偶々収集できたものに過ぎない。地震動ガイドに例示された地震でも,前記観測記録を上回る可能性がある地震動が観測されているが,それらは採用されていない。

他の地震でも,大きな地震動記録は排除されている。

なぜ日本における僅か16年程の観測期間で特に最大という訳でもない北海道留萌支庁南部地震HKD020観測記録等を用いれば「震源を特定せず策定する地震動」として適切なのかという点について,各原子力事業者は,他の観測記録につき信頼できる解放基盤波の評価が存在しないから等と述べるだけで,安全性確保の上で留萌支庁南部地震HKD020観測記録を考慮すれば十分であるとの説明はない。

これに関して纐纈一起東京大学地震研究所教授は,データを集めて地下構造を調べれば計算は技術的には易しいとし,「こんな言い訳を許す審査はあり得ない。『地盤を調べて計算しなさい』と規制委が指示すれば済む」と厳しく批判している[127]

また,旧原子力安全基盤機構では,「震源を特定せず策定する地震動に係る評価手引き」において,はぎとり解析結果の精度が不確かな場合,断層モデルを用いた手法により震源モデル及び地下構造モデルを設定することを規定していた[128]。そうであるにもかかわらず,現状ではこのような評価も行われていない。

原子力規制庁の広報室は,これに関する新聞社のインタビューで,「規制は最低限。規制は確かなデータを根拠にするもので,それ以上の安全対策は電力各社の自主努力。努力がないと本当の意味での安全は達成できない」「こんなギリギリでやっていると電力会社はリスクを抱えたまま。経営としても安全への考え方としても間違っている」と述べている[129]が,原発の安全確保を原子力事業者に委ねている原子力規制委員会の姿勢も根本的に誤っているというべきである。

[124] 佐藤浩章ほか「物理探査・室内試験に基づく2004年留萌支庁南部の地震によるK-NET港町観測点(HKD020)の基盤地震動とサイト特性評価」電力中央研究所報告 研究報告:N130072013.12

[125] 柏崎刈羽原発では敷地の地盤物性の影響を評価して650ガルとされている。

[126] 財団法人地域地盤環境研究所「震源を特定せず策定する地震動計算業務報告書」2‐7図2.2‐4.2011.3

[127] 前掲毎日新聞2016年6月24日東京夕刊

[128] 独立行政法人原子力安全基盤機構「震源を特定せず策定する地震動に係る評価手引き」平成26年2月

[129] 前掲毎日新聞2016年6月24日東京夕刊


 9 「安全余裕」について

新規制基準では,基準地震動による地震力等に対し,建物・構築物について「妥当な安全余裕」を要求しているが,そのことにより,「基準地震動を超える地震が発生しても,耐震重要施設の安全機能が喪失しないことがあり得る」とは言えても,「基準地震動を超える地震が発生しても,耐震重要施設の安全機能が喪失することはない」とは到底言えない。

基準地震動相当の揺れが原発を襲った際に実際の終局耐力に収まるかどうかには,様々な不確実な要因が影響する。

「考え方」の要旨に挙げた前記①及び③については,材質や寸法のばらつき,溶接や施工,保守管理の良否といった諸々の不確定要素を考慮して,やむを得ず設けられる「安全代」である。逆に言うと,いかに品質管理を尽くしても,溶接や施工,保守管理の不備等の不確定要素がこの「安全代」によってすべて補われるとは限らない。溶接や施工,保守管理の不備による種々の事故・事象は,日本の原発でも頻繁に報告されている。

例えば,1991年2月9日,関西電力美浜原発2号機で蒸気発生器細管がギロチン破断するという炉心溶融に至りかねない危険な事故が起きている。この原因は,腐食と疲労,金具がきちんと挿入されていなかったことが重なったものと判明している[130]。製造時の品質管理も,稼動以後の保守管理も,人間が行うものであるため完璧ではあり得ない。

また,応答解析を行う際には建屋や地盤をある程度単純なモデルにする必要があるが,モデル化に伴う誤差も避けられない。さらに,原子炉の運転に伴い,原子炉圧力容器,蒸気発生器,各種配管等には温度差による熱荷重が繰り返しかかるが,これを解析するにも不確定性が伴う。前記②の余裕についても,こういった不確定要素によって食い潰されてしまうかもしれない。

現在適合性審査が行われている原発を含む日本の原発は,元々,現在の水準よりかなり低い設計基準地震動で設計されている。その後たびたび基準地震動を超過する地震動が観測される等して,基準地震動は段階的に場当たり的に引き上げられ,それに伴い安全余裕は着実に削られてきた。初めに低い基準地震動で建設された原発の耐震安全性を抜本的に見直すことは不可能であり,安全性の上限自体はほぼ変わらないのである。着実に安全余裕が削られている実態からすれば,次に基準地震動を超過すれば大事故につながるおそれがあると考えるべきである。

こういった耐震設計の規制に関しては,JEAG4601(社団法人日本電気協会「原子力発電所耐震設計技術指針」)に代表される学協会規格に拠るところが大きい[131]が,その策定は原子力事業者やその関係者が中心になって行っており,策定プロセスの公正性,透明性が十分確保されているとは言い難い。発足当初の原子力規制委員会においては,学協会規格の取り扱いを根本的に見直す方向での議論がなされていた[132]が,規制基準を実質的に被規制者が策定するという倒錯した状況は現在も変わっていない。

[130] 原発老朽化問題研究会・編「まるで原発などないかのように」76頁

[131] 「耐震設計に係る工認審査ガイド」参照

[132] 「平成24年度原子力規制委員会第11回会議会議録」13~15頁

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